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2010年11月11日 (木)

ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2010 プレートルの「エロイカ」

Viener_po_2010

今年もウィーン・フィルハーモニーが来日しました。世界のオーケストラの中で僕が特に好きな楽団といえば、なんといってもシュターツカペレ・ドレスデンと、このウィーン・フィルです。いぶし銀の響きのドレスデンは、例えてみればコシのある信州蕎麦。なめらかで艶やかな音のウィーン・フィルはのど越しの良い更科蕎麦というところです。どちらが美味しいかということではなく、味わいの違いだけなのです。ということで、僕はツアーの最終公演となる10日のサントリーホールへ行ってきました。

当初、この日に予定されていたプログラムはマーラーの第9交響曲でした。ウィーン・フィルとは所縁のマーラー、それも最高傑作の9番とあっては聴き逃すわけにはいきません。そう思ってチケットを購入し、心待ちにしていたのですが、指揮者のサロネンが来日不能になり、代役としてジョルジュ・プレートルが振ることになりました。それに合わせて、曲目もエロイカに変更されました。ウィーン・フィルのベートーヴェンは3年前にアーノンクールで7番を聴きましたし、自分としては是非ともマラ9を聴きたかったのです。同じ気持ちのファンは多かったのではないでしょうか。とは言え、ウィーン・フィルのエロイカが聴けるのですから悪いはずは有りません。

ジョルジュ・プレートルというと、最初に名前を知ったのは、マリア・カラスの歌う「カルメン」のレコードの指揮者としてでした。随分と昔の話です。それ以来、ほとんど注目をしない指揮者だったのですが、近年のニューイヤーコンサートへの登場で、その素晴らしい指揮ぶりに驚かされました。音楽家とはいっても、結局は芸人なので、長年一つの道を真っ直ぐ歩んでいれば、いつか芸の大きな花が咲くものなのですね。

そんなことを思いながら会場へ入ったところ、宇野功芳先生がソファに座られていました。以前にも面識が有ったので、お声をかけさせて頂きました。私「今日はプレートルですから期待できますね。」 先生「絶対に良いですよ。」 私「ほんとうに楽しみですね。」 こんな短いやりとりでしたが、先生も期待充分ということがわかりました。

さて予鈴が鳴って席に着き、団員がステージに上がるのを見守り、いよいよコンマスのキュッヘル登場です。チューニングが終わり、最後にプレートルが出てきました。前半はシューベルトの交響曲第2番です。序奏の1stヴァイオリンのスケールは幾らか不揃いでしたが、こういう始まりはウィーン・フィルでも難しいと見えます。曲が進みにつれて音が混じり合い、どんどんと響きが膨らんでいきます。こうなるとウィーン・フィルの独壇場です。この曲は普段聴くことは有りませんが、この楽団特有の柔らかく美しい音で聴くと、やっぱりシューベルトはウィーンの音楽家だなぁと思います。音楽とオケの音とに寸分の隙間も感じないからです。正に「同質性」を感じます。プレートルはこの曲ではほとんど手を加えずに、表現を楽団に任せてたようです。この曲ではそれはとても好ましい事だと思います。

休憩をはさんで、後半はいよいよ「エロイカ」です。冒頭の二つの和音は、とても速く切れの良い音でした。かつてのフルトヴェングラーのような重い音とは全く異なります。その後のテンポはかなり速めです。けれどもそれぞれの楽器が次ぎから次ぎへと、出たり引っ込んだりする掛け合いの見事さはため息が出るほどで、「ああ、ウィーンフィルだ!」と心の中で叫びました。それはフルトヴェングラー時代と(それ以前は知らないので)少しも変わることが有りません。プレートルのテンポは速いですが、速過ぎるとは感じさせません。テンポを落とすところは気付かせないぐらいに微妙に落として雰囲気を変えていますし、程よい緊張感が有って、音楽の流れの良さを感じさせます。

第2楽章も速めです。葬送を意識し過ぎて、音楽がもたれるようなことはありません。それに、ウイーン・フィルの弦の何と美しいことでしょう。そこに柔らかい音の管楽器が溶け合って、至福の美しさとでも言いたくなります。トゥッティでの強奏もわめきちらすことは無く、響きの美しさを感じます。

第3楽章は相当に急速テンポでした。老齢のプレートルがよくぞこれほど躍動感ある指揮をするものだと驚きました。そのテンポで余裕をもって弾き切って、少しもリズムがこけないオケの安定感もさすがです。トリオのホルンはウインナホルンの味わいが最高です。

第4楽章は冒頭のピチカートが軽やかに始まります。続く、弦の掛け合いの美しさはさすがです。この楽章も速いテンポで進み徐々に高揚してゆきますが、全曲を通して感じるのは、プレートルの音楽はドイツ的な重圧さとは異なる、フランス的な(と言って構わないでしょう)「軽み」です。ですが、そこは円熟の巨匠のこと、少しもせわしない雰囲気はありませんし、逆に色々な所でちょっとしたニュアンスの変化や遊び心を感じさせて、実に聴きごたえがあります。これこそが本当の「芸の術」なのでしょう。聴いていて本当に楽しくなります。

終了後の聴衆の拍手はもの凄かったです。演奏の素晴らしさもあるでしょうが、たぶん86歳の巨匠が日本に来るのはこれが最後かもしれないという皆の思いもあったと思います。プレートルもそれに本当に嬉しそうに応えていました。

アンコールはブラームスのハンガリア舞曲第1番でした。ヴァイオリンが、もうこれ以上たっぷりとは弾けないであろう限界まで大きく歌っていました。弦の音が本当に美しかったです。テンポの変化が凄く、ドラマティックな演奏ですが、最高のエンターテイメントです。2曲目は得意の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」ですが、普段の1.5倍の速さではないかと思わせるほどの急速テンポが素晴らしかったです。

盛大な拍手の中、ウィーン・フィルの団員も満足した様子でしたが、彼らが舞台袖に引き上げた後もプレートルは一人で何度も何度も舞台に戻って来ました。出来ることなら、神様が許してくれさえすれば、再びこの舞台で名演奏を聞かせてほしいものです。その時には絶対に聴きに行きたいと思います。当夜、聴くことができなかったマーラーの9番はまた聴ける機会がきっと有ることでしょう。曲目変更の不満も全く消え去って、満足感に浸りきった本当に素晴らしいコンサートでした。

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ベートーヴェン(交響曲第1番~3番)」カテゴリの記事

コメント

嗚呼、それは良いものをお聴きになった!

読んでいるだけでも、うずうずしてきます。そういう演奏が私は好きなんです。

ウィーンはアンコールをアンコール的に快速に演奏しますね、苦もなく弾ける腕が凄いですが。快速の1番も聴いてみたかった。

今回は来日中にコントラバス奏者が富士山で亡くなられて、団員にとっても忘れられない悲しい旅行になったことでしょう。関係者の皆様のお慰めをお祈りします。

投稿: かげっち | 2010年11月12日 (金) 12時26分

saraiです。
ハルくんさんがどう思われたか、楽しみにしていました。

シューベルトはそんなにテンポを揺らさずにおおらかに演奏していましたね。
で、やっぱり、エロイカは素晴らしかった。古今の演奏を聴き込んでいるハルくんさんもプレートルはよかったようで何よりです。
あの緊張感のあるエロイカはCDに記録するのが難しいと思いませんか。多分、私の聴いた宮崎公演とハルくんさんの聴いたサントリーホールでも本質は同じだとしても、ずい分違っていたような気がします。それだけ、即興性のある演奏でした。

では。

投稿: sarai | 2010年11月12日 (金) 12時41分

かげっちさん、ありがとうございます。

アンコールは大抵速いテンポでノリノリで演奏されるのが普通ですが、この日の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」は本当に速かったです。
ハンガリア舞曲の方は基本テンポは速くはないのですよ。思いっ切りルバートしたり、元に戻したりの緩急の変化が凄かったのです。

亡くなったメンバーの追悼とか何かコメントが有るのかと思っていましたが、全く有りませんでした。悲しみはステージの上では表さないのですね。プロフェッショナルですね。

投稿: ハルくん | 2010年11月12日 (金) 20時47分

saraiさん、こんばんは。

貴ブログでお書きになられていた通りの素晴らしい演奏でした。CDに忠実に収録できるかどうかは分かりませんが、まず実現はされないでしょうね。

これはあくまで僕の印象ですが、プレートルは決して即興的ではなく、練習で結構細かく指示を出しているような気がします。職人タイプだと思うのです。ところが、フランス人のおおらかさというか、決して神経質になったりしないのですね。適度のゆるさがとても心地良いのです。細かさとゆるさの絶妙なさじ加減こそ、「匠の技」に他ならないです。

投稿: ハルくん | 2010年11月12日 (金) 21時02分

ハルさん、お久しぶりです。

現在、タイ出張中です。

日本ではクラシックを身近に聴くことができ、羨ましい限りです。

しかも、ウィーン・フィルを生で聴けるなんて幸せですね。演奏も素晴らしかったようで、まさに垂涎です。

プレートルは、私にとってクラシックを聴き始めた頃に強烈な印象として残っています。中学生の頃、当時住んでいた神戸でウィーン交響楽団の日本公演でプレートルが指揮した演奏会を聴きました。プログラムは、シューベルトの交響曲第7番『未完成』とマーラーの交響曲第1番でした。

当時は、曲の表現云々より、生でオーケストラ、しかも外来オーケストラを聴けること自体が大興奮で、プレートルの指揮の下、ウィーン響が感興に乗った演奏をしていたことを覚えています。特にマーラーの第1の終楽章のクライマックスはとても印象に残っていますね。そのときも確かアンコールはブラームスのハンガリー舞曲第1番でした。

プレートルの凄いところは年齢を重ねても若々しい指揮をしているところでしょうか。ニューイヤーを見ると、とても高齢とは思えません。スクロヴァチェフスキと並んで貴重な指揮者ですね。

投稿: たろう | 2010年11月12日 (金) 23時38分

たろうさん、こんにちは。
タイ出張中なのですね。でもお元気そうでなによりです。

プレートルはウイーンSOとも結びつきが深いですね。この人はオーケストラを締め付けるタイプでは無いので、団員が自然に感興に乗ってくるのでしょうね。
それにしても、先日も頼りなさそうな足取りでステージに出てくるのですが、指揮台に上がって指揮棒を構えたとたんにシャンとなります。そして実に生命力溢れる指揮をしてしまいます。大したものですよ。

投稿: ハルくん | 2010年11月13日 (土) 00時08分

プレートル 1/4に亡くなりましたね。
2008年・2010年のニュー・イヤー・コンサートのCDは良かった。
今年はドゥダメルなので観ませんでした。
こうした曲目は「いぶし銀」の芸のある・なしで決まる気がしますね。
若きのプーランクは超名演です!

投稿: 影の王子 | 2017年1月 7日 (土) 18時52分

影の王子さん、こんばんは。

プレートルは残念です。良い指揮者でした。
プーランクのスぺシャリストと言って良いですし、若いころのカラスとの「カルメン」も良いし、サン=サーンスの3番も良いし、晩年のマーラー、ウイーンフィル日本公演の「エロイカ」もです。
そしてニューイヤーコンサートでの円熟の芸は忘れられませんね!

投稿: ハルくん | 2017年1月 8日 (日) 01時12分

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