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2010年9月

2010年9月25日 (土)

ベートーヴェン 交響曲第5番ハ短調op.67 名盤(モノラル録音編)

220pxbeethoven_3 「第五じゃない!第一です!」なんて電気屋さんのテレビコマーシャルをご存知の方は、それなりのお年の方ですね。なんて話はどうでもいいとして、ベートーヴェンのいよいよ第5交響曲です。通称「運命」ですが、実はこの呼び名が広く使われているのは日本だけ。本国ドイツでも余り使われません。他の国ではほとんど使われていないのが実情です。「運命はこのように扉をたたく」とベートーヴェンが語ったと弟子のシントラーが書き記したからですが、曲とは必ずしも結びついていないようです。我々日本人にとってはさんざん刷り込まれているせいか、すっかりイメージとして定着していますけれども。

Vcm_s_kf_repr_400x168それにしてもこの曲は傑作です。第1楽章アレグロ・コンブリオの冒頭の8つの音が、何度も何度も繰り返されて曲を構成するあたりは正に天才的としか言いようが無いですね。そして、この音楽の持つパワー、パッションといったらどうでしょう。第2楽章アンダンテの気品が有って尚且つ勇壮な広がりも何とも素晴らしいです。第3楽章アレグロはスケルツォ楽章ですが、運命の動機が高らかに歌われて、あたかも苦悩と勇気が対決しているようです。そして切れ目無しに続く第4楽章の雄渾なことは並ぶものが無いと思います。正に「苦悩を突き抜けた歓喜」です。ですので、この曲をスタイリッシュに整然と流すだけのような演奏だけは決してしてほしくないのです。

それでは、例によってフルトヴェングラーを中心にモノラル録音時代の名盤を聴いていきましょう。

Cci00054 ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年録音/ターラ盤) 第二次大戦中の放送用録音です。僕はターラのボックスで持っていますが、中低域に量感のある聴きやすい音です。フルトヴェングラーは大戦中はナチスドイツの海外に向けた文化的な象徴でした。どうしても彼を亡命させるわけにはいかなかったのです。ですのでベルリン・フィルに在籍したユダヤ系楽員もナチスの迫害からはかなり例外扱いされました。というよりもフルトヴェングラーが守ったのですが。従ってオーケストラの水準も落ちることなく保たれていました。フルトヴェングラーの手足のように自由自在に動くオケが極限状態の中で、どれだけ白熱した凄い演奏を行っていたかの記録は、ファンならずとも一度は聴いておかなければなりません。

41uvmjpcql__sl500_aa300_ ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1947年録音/audite盤) 第二次大戦が終わってフルトヴェングラーがベルリン・フィルへの復帰した歴史的演奏会です。この時は5月25、26、27日と29日の4日間に同じ曲目で行われました。これは初日25日の録音です。会場のティタニア・パラストは古い映画館なので残響は少ないですが、RIAS放送録音集ではマスターテープからのマスタリングでかなり明快な音で聴くことができます。久々の演奏会なので初めのうちは指揮とオケの間に幾らか様子を見合っている印象を受けますが、逆に記念の演奏会を実感できて興味深いです。

Furt_berlin_5img ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1947年録音/グラモフォン盤) ベルリン・フィルへの復帰演奏会3日目の5月27日の演奏ですが、これは昔からグラモフォンが発売していましたので非常に有名です。会場は長い間ティタニア・パラストとされていましたが、最近ではベルリンに有ったソ連放送局のスタジオに客を入れて演奏されたことが分かっています。さすがに復帰3日目の演奏だけあって、指揮とオケの息がピタリと合っています。かつての手足の関係が完全に戻っています。演奏そのものをとればやはりベストかもしれません。グラモフォン盤は旧盤で持っていますが、米MYTHOSのアナログ盤からの復刻CDがベールを2枚剥いだような次元が異なる良い音ですのでファンには是非のお薦めです。

Betho5_furemi ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウイーン・フィル(1954年録音/EMI盤) これは亡くなる年の3月のスタジオ録音です。ここには’43年や’47年のあの白熱したパワーと変幻自在のドラマは見られません。イン・テンポでスケール大きく広がりのある演奏です。それを物足りないといった感想もよく聞きます。けれども戦前戦後を通してドイツ音楽を一人で支えてきた神様の最後の境地として耳を傾けるに充分の価値が有ると思います。優秀な録音でウイーン・フィルの美感を味わえるのも嬉しいです。3楽章から4楽章へのブリッジを非常に遅く巨大なスケールで持ちこたえて、そのあとに気が付かないぐらいに僅かづつ加速してゆく様はこの人にしか出来ない神業です。僕は終楽章だけならこの演奏が一番好きかもしれません。

41uvmjpcql__sl500_aa300__2 ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1954年録音/audite盤) これもRIAS放送録音集に収めらえている’54年5月の演奏です。フルトヴェングラーが亡くなる半年前の最後の第5の録音です。音質もスタジオ録音並みに優秀です。テンポ設定ではウイーン・フィルとのEMI録音が一番遅く、それよりも幾らか速めですが、これはやはり実演であったせいでしょう。但し全盛期の白熱とパワーはもはや有りません。フルトヴェングラーが手兵ベルリン・フィルと共にした最後の演奏ということで、やはり大切にしたいと思っています。

31hy76477kl__sl500_aa300_ アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC響(1952年録音/RCA盤) フルトヴェングラーの演奏がロマン的なのに対してトスカニーニはよく即物的だと言われました。確かに表面的なスタイルは正反対ですが、演奏家としての凄さはお互いに認め合っていたそうです。両者に共通していたのは炎と燃え尽きるような情熱と生命力です。フルトヴェングラーには陽の裏側の陰りを強く感じることが多いのに対して、トスカニーニはどこまでも陽側の精神の強靭さを感じます。残響の無い録音が即物的だという評価を助長したのでしょうが、決してそんなことはありません。速くストレートな演奏の中に絶妙なカンタービレとニュアンスが一杯に織り込まれています。

Erich_betho5 エーリッヒ・クライバー指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1953年録音/DECCA盤) カルロスの実父クライバーには根強いファンがいますし、「フィガロ」などの未だ最高の名盤も有ります。基本的に速めのテンポで優雅さとニュアンスを持ち合わせるのはシューリヒトに似ています。但しこの人には驚かせるようなデフォルメは有りません。終楽章に向かって徐々に高揚してゆく良い演奏なのですが、強いて言えば1楽章で音の緊張感に不足する部分が有るのが欠点です。DECCAの優秀な録音はモノラルでもオケの素晴らしい音を捉えていて嬉しいです。

Schu_bet_758 カール・シューリヒト指揮パリ音楽院管(1957年録音/EMI盤) これもEMIへの全集に収められています。1楽章は速めのテンポですが、シューリヒトにしては案外遅めな気がします。トスカニーニや父クライバーのほうがよほど速いです。けれども強靭な生命力はいつもと変わりなく、決め所の迫力はトスカニーニに負けません。2楽章以降も絶妙なニュアンスの変化を見せながら進みます。4楽章ではトランペットが明るい音色で勝利の歌を高らかに奏するのですが、ビブラートを目いっぱいかけ過ぎるのが少々耳につきます。

Betho5_kuna ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ヘッセン(フランクフルト)放送響(1962年録音/ターラ盤) 「クナッパーツブッシュはベートーヴェンに不向きであるという風評に真っ向反対をする」という評論家の方がおられましたが、僕はやっぱり不向きだと思っています。苦悩、歓喜という人間的なドラマ抜きで部分部分をじっくりと積み重ねてゆくブルックナー・スタイルの演奏はどうも合わないと感じるからです。クナのファンはどんな曲を演奏してもクナであるところが嬉しいのでしょうが、僕の聴き方はやはり先に音楽があっての演奏選択なのです。とはいえこの極めて遅く巨大で圧倒的な「運命」も是非一度は聴かれて欲しいと思います。意外にハマるかもしれませんよ。

以上の「第5」の演奏の中で特に好きなものを挙げれば、やはり人間の苦悩や歓喜を他の誰よりもドラマティックに表現し切っているフルトヴェングラーになります。とりわけ’47年5月27日盤、’54年EMI盤、’54年RIAS盤の3つです。他にはトスカニーニだけはどうしても外せません。

次回はステレオ録音編です。色々と改めて聴き直してみることにします。

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2010年9月24日 (金)

中国漁船衝突問題

このブログは音楽とその他趣味の話題を主体にしていますので、政治的な話題にはこれまで触れたことは有りませんでした。ですが今日は一言コメントしたい気分です。

中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきた(と言っていますが証拠のビデオは未だ公開されていません。さっさと公開すべきです。)問題で、日本政府は中国政府の強硬な圧力に押しまくられて、漁船船長の身柄を釈放するそうです。前原大臣はあれほど日本の法律に従って粛々と対応すると言っていたにもかかわらずです。これには納得できないばかりか、怒りがこみ上げてきます。今の政府は果たして日本の国を守る気構えが有るのかと。「尖閣は日本の領土」といくら主張をしても、その日本の「国内」で違法行為を働く者を「外交関係に配慮して釈放する」などと余りに弱腰の姿勢では、日本は国として近隣諸国から甘くみられるだけです。というか既にそう見られていますよね。北朝鮮は言うに及ばず、中国、ロシア、韓国いずれもしかりです。第二次大戦で負けたということがトラウマになって、正しいことでも何にも主張が出来ない国になってしまったようです。特に今の政府には本当に失望しました。外国の脅威から国民の安全を守れないような国は国ではありません。僕はナショナリストでは有りませんし、まして中国の人が嫌いなわけでは有りません。しかし国として大国主義を振りかざすような部分は嫌に感じますし、やはり日本としての主張はとことん行うべきだと思うのです。こんなことで腰砕けになるようでは、尖閣はおろか沖縄県だって侵略されかねないです。そういう危機感を一国の政府には持って頂きたいです。東シナ海を「友愛の海」としたいなどと言う極楽トンボ首相がせっかく退陣しても、これでは何も変わりません。日本の政府はしっかりせい!国民は怒っているぞ!

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2010年9月20日 (月)

ベートーヴェン 交響曲第4番変ロ長調op.60 名盤(ステレオ録音編)

B0134905_6151917さて、モノラル録音編に続いて、今度は「ギリシアの乙女」のステレオ録音盤を聴いてみます。モノラルとステレオでは、単純に比べればステレオのほうが良いに決まっています。それは映画であれば、モノクロのスクリーンがカラーになるようなもので、登場する人物の肉感がずっとリアルに感じられるのと同じです。ところが、それにもかかわらずモノラル録音時代の名演奏に相変わらず惹かれ続けるというのは、演奏そのものの持つ力がどれだけ凄いかということでしょう。とはいえ、ステレオ録音盤にも素晴らしい名盤が幾つも有ります。それらを順番に聴いていくことにしましょう。
それはともかく、やっぱりギリシアの乙女って素敵ですよね~。うーん、思わず見とれて??しまいます。

031 ブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1958年録音/CBS盤) もちろん激しさや迫力に欠ける訳では有りませんが、シューマンがこの曲を表現した「ギリシアの乙女」のイメージを一番感じる演奏です。何と優雅で優しさを湛えていることでしょう。ワルターはあるときは誰よりも壮絶な演奏をすることもありますが、優しく歌うような演奏にかけてはこの人の独壇場となります。2楽章にも深刻さは無く、幸福感に満たされています。同じ曲を演奏してもフルトヴェングラーとは正反対の印象です。3楽章スケルツォさえ何とも優雅です。シューマンが感じた第4番はこのような音楽だったのでしょうね。

Beethoven_cluytensアンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィル(1959年録音/EMI盤) 全集盤に収められている演奏です。この演奏もまた「ギリシアの乙女」的な演奏です。第1楽章導入部の重々し過ぎない開始から主部に入っても常に余裕が有ります。第2楽章では牧歌的な美しさを味わえます。第3楽章、第4楽章もテンポにゆとりが有り、夢中に成り過ぎない落ち着きが心地良く感じられます。けれども決してもたつくわけではありません。自然な音楽の生命力も持ち合わせています。録音は余り明瞭では無く、リマスターが高域型で音が軽く感じられますが、演奏のスタイルから抵抗感は少ないです。

Cci00055 フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1960年頃録音/edel classics盤) これも全集盤に収められている演奏ですが、相変わらずゲヴァントハウス管の音色が魅力的です。木管といい金管といい古色蒼然としています。いやー何という古風な音なのでしょう。これこそは古き良き時代のドイツの響きですね。コンヴィチュニー親父の強固な統率によって古武士軍団が堂々と進軍するさまには鳥肌がたつほどの迫力を感じます。第1、3、4楽章は圧倒的です。

Wacci00001b オットー・クレンペラー指揮ウイーン・フィル(1968年録音/テスタメント盤) 1968年のウイーンでのライブです。晩年のクレンペラーが指揮をすると北欧の巨人の間のギリシアの神様というイメージです。アレグロに入ってもじっくりと遅いテンポなので、あたかも巨大な神殿を見上げるかのようです。けれどもアダージョまでは良いとしても、スケルツォもフィナーレも一貫して遅いイン・テンポを通すのでだんだんもたれてしまいます。クレンペラーのファン以外には少々厳しいのではないでしょうか。

976 カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1969年録音/オルフェオ盤) ザルツブルク音楽祭でのライブです。演奏そのものは’72のグラモフォンの録音に近く、更に力が有って良いような気がするのですが、録音に混濁感が有るのと高音部が強調されているのに抵抗を感じます。これはたぶんオルフェオのマスタリングのせいかもしれません。ですので、ベーム/ウイーン・フィルの4番を楽しみたい場合には、僕はグラモフォン盤を選択します。

Behm815 カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1972年録音/グラモフォン盤) グラモフォンへの全集に収められています。ベームがウイーン・フィルと70年代に残したスタジオ録音は、60年代までのベルリン・フィルとの録音やあるいはライブ演奏の緊張感は有りません。けれども逆にウイーン・フィルの音の持つ優雅さや潤いとが、ほど良いバランスを保っていて僕は好きです。この演奏もクレンペラーほどもたれませんし、音楽を落ち着いてゆったりと楽しめる点で素晴らしいと思います。

Beetho4_mura エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1973年録音/メロディア盤) ムラヴィンスキーはベートーヴェンを何曲も指揮していますが、個人的には4番の演奏が一番好きです。余分な脂肪分を削ぎ落とした実に凛としたスタイルがこの曲に適しているのだと思います。ロシアの若く美しい乙女ナターシャ(誰だそれ?)を見るかのような気がします。これは’73年モスクワでのライブ録音です。モスクワでは他に’72年の録音も有り、どちらも素晴らしいのですが、’73年のほうが録音の響きが柔らかいのでベートーヴェンに向いているのと、演奏自体も更に優れていると思います。

189 エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1973年録音/Altus盤) モスクワでの録音のちょうど一月後に日本にやってきて、東京文化会館で演奏したときの録音です。当時のNHKによる録音は優秀なので、文化会館の響きを忠実に再現して、ステージの上のオーケストラが目に浮かぶような臨場感です。演奏については’73年モスクワ盤とどちらが上かは難しいところです。これから聴かれる方はどちらでも良いですし、興味のある方は両方とも聴かれればベストだと思います。

0184442bc ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1978年録音/Berlin classics盤) これも全集盤に収録されている演奏です。ドレスデンのルカ教会で録音された、このオケのいぶし銀の響きを堪能できる良い演奏です。弦も管もティンパニーも柔らかく溶け合った実に美しい響きです。造形的にもとても立派な演奏なのですが、ブロムシュテットはここでも自分の個性を全く感じさせません。元々このオーケスラは誰が指揮しても演奏を変えようとしないので、「まるで牛車みたいだ。」と言った名指揮者が昔いたそうです。現在なら「大型ベンツみたいだ」となるのでしょうかね。

786 カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管(1982年録音/オルフェオ盤) シュターツカペレ・ドレスデンがベンツなら、これはさしずめバイエルン・モーター(BMW)です。しかも大変なスピード狂でハイウェイを突っ走ります。まるでディープ・パープルを聴くような快感を感じますが、これが果たしてベートーヴェンかというと??というのが実感です。アレグロでは余りの速さでオケは前のめりにコケまくっていますし、シンコペーションもグチャグチャです。この演奏が非常に人気が有るのは知っていますが、僕は正直好みません。クライバーのオペラ演奏は好きなのですが、管弦楽曲はベートーヴェンもブラームスも余り好みとは言えません。

というわけで、クライバーを除いてはどれも皆好きな演奏ですが、ワルター、コンヴィチュニー、ムラヴィンスキーの3つは特に好きです。

次回は、もちろん・・・第5です。フルトヴェングラーなどのモノラル録音盤から聴いていきます。

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2010年9月17日 (金)

ベートーヴェン 交響曲第4番変ロ長調op.60 名盤(モノラル録音編)

Image51 第4交響曲は、第3番「英雄」と、第5番「運命」の間の曲なので余り目立たない存在です。そのうえ副題も付いていないので尚更です。けれども、この曲は大変素晴らしく、実に魅力的だと思います。シューマンがこの曲を「二人の北欧神話の巨人(3番と5番)の間にはさまれたギリシアの乙女」と例えたと伝えられています。さすがは音楽評論家でもあったシューマン先生ですね。でもこの曲は「乙女」と呼ぶほどやわな曲でもないと思います。激しさも充分に持ち合わせているからです。それともギリシア美人はもしや案外と激しい気性を秘めているのでしょうか。シューマン先生はもしかしたら、そんなギリシア美人もお気に入りだったのかもしれませんね。

この曲は僕も昔から大好きですが、特に素晴らしいのが第1楽章です。不気味な静けさの導入部からアレグロの主部へ移るときのスリルは何度聴いても興奮します。そして気分を高揚させたまま、表情を刻々と変化させてゆくのは最高の聴きものです。第2楽章アダージョも深いロマンの香りが溢れていて実に美しいです。第3楽章スケルツォも楽しいですが、ベートーヴェンとしては平均的な出来というところでしょうか。第4楽章アレグロでは再び躍動感と楽しさに溢れます。というわけで、この第4交響曲は全体が短めで簡潔なせいもありますが、一度聴き始めるとあっという間に聴き終えて、また初めから聴き直したくなるほどです。

さて、僕の愛聴盤のご紹介ですが、まずはモノラル録音からです。例によってフルトヴェングラーを中心に聴いてみましょう。

Beethoven4jpg ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年録音/メロディア盤) 僕が初めて聴いたべト4の演奏はこの演奏でした。第二次大戦中のライブ録音です。廉価LP盤の音は貧弱でしたが、演奏の凄さに感動しました。お化けが出そうに不気味な導入部に続くアレグロの推進力と迫力が凄く、フォルテの音の激しさは尋常ではありません。ティンパニーの強打にも鳥肌が立ちます。第2楽章ではロマンティックな雰囲気が一杯で音楽に陶酔させてくれます。それは極めてロマン的で古い演奏スタイルかもしれませんが、フルトヴェングラーの演奏でこの曲を聴くと、3番と5番にも決して見劣りしない曲に思えてきます。

803 ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年録音/オーパス蔵盤) これはメロディア盤の演奏会に先立って聴衆無しで放送用に録音された別テイクです。ですので、ここにはライブ演奏の鬼気迫るような雰囲気は有りません。ティンパニーの強打などはかなりのものですが、フォルテの音は常識範囲に留まっています。オーパス蔵の板起こし(アナログ盤からの直接復刻)の音質はメロディア盤よりもずっと良好ですので、この曲のロマン的な面と古典的な面をバランスよく楽しむことが出来ます。

Beethoven4_furjpg ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウイーン・フィル(1952年録音/EMI盤) 戦時中の演奏と比べるとテンポがずっと遅くゆったりとしています。全体的に少々生ぬる過ぎる印象が残りますが、逆にウイーン・フィルの柔らかな音でくつろげる良さが有ります。この曲には、激しい演奏と穏やかな演奏のどちらでも許容できる音楽の懐の深さを感じます。僕はこの演奏もとても好きです。第4楽章のイン・テンポでスケール大きく広がりのあるところなどは特に気に入っています。EMIへのスタジオ録音ですので音質は良好です。僕はこれも海外References盤で聴いています。

Toscanini_beethoven_3_4 アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC響(1951年録音/RCA盤) ギリシア彫刻を思わせるような力強く明快な演奏です。これは乙女どころではなく、若くたくましい男性のイメージです。1楽章アレグロ部の躍動感には聴いていて思わず腰が動いてしまいます。2楽章ではロマンに深く沈滞することなく明るく健康的に歌われます。3楽章は速めでリズムが実に生きています。終楽章は速過ぎず遅過ぎず実に良いテンポです。そしてこの強靭な生命力に惚れ惚れしてしまいます。

Schu_bet_758 カール・シューリヒト指揮パリ音楽院管(1958年録音/EMI盤) これもEMIへの全集に収められています。この年でモノラル録音なのは残念です。シューリヒトの古典派の演奏は案外トスカニーニと共通点が有ります。速めのテンポで引き締まっていること、基本的にイン・テンポなのに時々デフォルメを見せること、強靭ともいえる生命力があること、楽譜の読みが非常に深いこと、オケを自分の手足のように統率すること、などです。そしてどちらも本当に素晴らしいので、とても甲乙などは付けられません。

次回はステレオ録音編です。モノラル盤に負けず劣らず素晴らしい演奏が色々と有ります。

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2010年9月11日 (土)

ベートーヴェン 交響曲第3番変ホ長調「英雄」op.55 名盤(ステレオ録音編)

Naporeon2 ベートーヴェンが第3交響曲を、初めはナポレオンに献呈するつもりでいたのに、彼が皇帝の座に就いたことに腹を立てて献呈を取りやめてしまった、というのは有名な話です。但し他にも、第2楽章のテーマが「英雄の死と葬送」だったことから、相応しくないと考えて取りやめたという説も有るそうです。まあ歴史の真実は誰にも分らないということです。この曲の副題は「エロイカ(Eroica)」で元々はイタリア語でしたが、もしも英語なら「ヒーロー(Hero)」ですか。ベートーヴェン作曲交響曲第3番「ヒーロー」ではちょっとサマにならないですよねぇ。(笑) それじゃ甲斐バンドか麻倉美樹になってしまいます。(古っ!)

それはさておき、フランス革命の後の混乱を収拾したのがナポレオンならば、ベートーヴェンの「エロイカ」は交響曲に革命をもたらしました。ハイドン~モーツァルト~そしてベートーヴェン自身の第2交響曲から何と大きな飛躍を遂げたことでしょう。それまでの古典派交響曲とは全く異なるスケールの大きさです。正に音楽界の「大革命」と呼べるでしょう。第1楽章の雄大な広がりとうねり、第2楽章「葬送行進曲」の静かに始まり徐々に高まってゆく悲しみの感情と大きさ、第3楽章スケルツォの躍動感と立派さ、第4楽章のエロイカ変奏の呆れるほどの充実感と、それぞれが本当に素晴らしいのですが、長大な曲全体の統一感も実に見事です。

それでは、フルトヴェングラーの名盤モノラル録音の名盤に続いて、今度はステレオ録音の名演奏を聴いてみることにしましょう。

Monteux_eroicaピエール・モントゥー指揮ウイーン・フィル(1957年録音/DECCA盤) オールド・ファンに人気の高いモントゥーは速めのテンポで気迫がこもり、キリリと引き締まったところがシューリヒトに似ています。即興的な味わいも似ていて、”幾らか重みを増したシューリヒト”という印象です。ステレオ最初期の古い録音のせいもあって響きが薄いですが、逆に当時のウイーン・フィルの室内楽的な演奏を味わえるのがとても楽しいです。モントゥーには最晩年のコンセルトへボウ管との録音が有り評価が高いですが、このウイーン・フィル盤にも独特の良さが有って好んでいます。

Beethoven_cluytensアンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィル(1958年録音/EMI盤) 全集盤に収められている演奏です。第1楽章から速めのテンポで颯爽と進みゆく熱のこもった演奏です。ベルリン・フィルの優秀さも手に取るように感じられます。ところがEMIの録音は分離が悪く、音色感の乏しい音でがっかりです。2楽章以降もライブのような気合の入った演奏で、管楽器のソロの上手さも光りますし、合奏はアンサンブルの良さが際立ちます。

422 ブルーノ・ワルター指揮コロンビア響(1959年録音/CBS盤) ワルター晩年のステレオ録音です。第1楽章は戦闘的な雰囲気からは最も遠い、優しく穏やかな表情の「英雄」です。2年前のトスカニーニ追悼コンサートの時に見せた気力もだいぶ影を潜めてしまいました。さすがの英雄(ワルター)もこの時すでに83歳ですので精力減退というところでしょうか。得意の一瞬のパウゼもほとんど見せていません。第2楽章の葬送も余り暗さを感じない演奏です。ワルターらしいと言えばそれまでですが。第3楽章は颯爽として活力があります。そして第4楽章では再び柔和な表情のエロイカ変奏を聴かせます。迫力には欠けますが、決して嫌いではない演奏です。

Cci00055フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1960年頃録音/edel classics盤) 全集盤に収められている演奏ですが、何と言ってもゲヴァントハウス管の音色が魅力的です。これほどの古き良き時代のドイツの古武士のような音色は今ではもう聴けません。但しコンヴィチュニーの指揮は相変わらずで、融通の利かない(ドイツの)ハゲ頭の頑固おやじのような演奏です。第1楽章提示部も真面目に繰り返しています。ゆったりとしたテンポで堂々とした立派な演奏なのですが、どこか生真面目過ぎて面白みに欠ける面が有ります。そこがいかにもドイツらしいとも言えるのですけれども。

026 ラファエル・クーベリック指揮ウイーン・フィル(1971年録音/オルフェオ盤) ザルツブルク音楽祭でのライブ演奏です。ゆったりと広がりのあるテンポでスケールの大きさを感じます。クーベリックは手兵のバイエルン放送響とは実演ではヒートアップし過ぎて前のめりになることがしばしば有りますが、ウイーンPOとはそのバランスが上手く保たれています。但し前半の2楽章まではやや不完全燃焼の物足りなさを感じます。第3楽章からはようやくエンジン全開になって、熱気と迫力で聴きごたえ充分です。録音は決して悪くはないのですが、マスタリングのせいか高域が強調され過ぎで音が硬く感じられるのが難点です。

410pr0hx8el__sl500_aa300_カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1972年録音/グラモフォン盤) グラモフォンへのスタジオ録音です。ベームは実演でこそ燃える人でした。ですのでスタジオ録音の評価が軽んじられる傾向無きにしもあらずです。この録音が含まれる全集盤も昔は人気が有りましたが、現在では余り話題になりません。けれどもこの演奏の安定感は見事です。ドイツ音楽を演奏して、ゆったりとした構えでこれほど安心して聴かせる指揮者はそうは居ません。音楽そのものを心から味あわせてくれます。ウイーン・フィルの美音を捉えた優れた録音も嬉しいです。

649 カール・ベーム指揮バイエルン放送響(1978年録音/audite盤) ベームはバイエルン放送響と相性が良く、ライブでの熱演の録音が幾つも残されています。当然期待されるわけですが、この演奏は録音が残響過多でオフ気味なのでオケがだいぶ遠く感じます。実際には中々の熱演をしているようなのですが、柔らかい録音に緩和されてしまっているのが少々残念です。基本的なテンポは6年前のスタジオ録音とよく似ています。バイエルン放送はもちろん優秀ですので、ウイーン・フィル盤と優劣を付けるのは難しいところです。

0184442bc ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1976年録音/Berlin classics盤) ブロムシュテットが首席指揮者だった時代に録音した全集盤に収められています。この人は草食系男子(菜食主義者なのは有名)のせいか、どのオーケストラを指揮しても自分の色を要求するのではなく、オケの持つ色を尊重します。ですので、ドレスデンのように元々素晴らしい伝統の音色を持つオケを指揮する時には余計なことを一切しないのが長所となります。このオケのベートーヴェンを聴けるというだけで価値が有るのですが、この演奏は全集盤の中での出来映えは大分劣るほうだと思います。

875 クラウス・テンシュテット指揮ウイーン・フィル(1982年録音/Altus盤) いまだに熱烈なファンを持つテンシュテットですが、僕がこの人を初めて聴いたのはエロイカでした。70年代終わりのころにNHK FMで「東ドイツの幻の名指揮者」という紹介が印象的でした。その時のオケは記憶ではベルリンPOなのですが、確かではありません。さて、このCDは、ザルツブルク音楽祭でのライブ演奏です。以前は海賊盤でしか聴くことができませんでしたが、併録されたマーラーの10番のアダージョが余りに素晴らしいので記事にしたことが有ります。それが最近ついに正規盤でリリースされました。このエロイカも非常な名演奏で、今まで一部のファンにしか知られていなかったのが本当に勿体なかったぐらいです。第1楽章のスケール大きな広がりと流れの良さはフルトヴェングラー以来だと思いますし、フォルテの音のひとつひとつに込められた気迫はトスカニーニ、シューリヒト並みです。極めて繊細な弱音で開始される第2楽章の悲しみの深さも計り知れません。中間部では足取りの一歩一歩が心に重くのしかかるようです。第3楽章も実に堂々としたスケルツォです。第4楽章はスケールの大きさよりも白熱した演奏です。この楽章の白熱度合ではクーベリック/ウイーン盤が並ぶと思いますが、トータルではやはりテンシュテットが圧倒的です。

上記以外の演奏で特に記憶に残るのは、フェレンツ・フリッチャイの晩年のライブ盤です。クナッパーツブッシュ以上に遅いイン・テンポの巨大な演奏でした。ただ、クナもそうなのですが、5番、7番のように比較的短く凝縮された曲はそのやり方が大いに魅力を発揮しますが、エロイカのように元々曲が長大なのを、更に巨大に演奏されてしまうと聴いていてもたれてしまいます。
ムラヴィンスキー盤は何故かモノラル録音でしたが、贅肉の削ぎ落とされた演奏に窮屈さを感じるので余り好みとは言えませんでした。

というわけで、3回に亘って「エロイカ」の名盤を聴きましたが、フルトヴェングラーの「エロイカ」は他のどんな指揮者をもってしても越えられない孤高の高みに到達した演奏だと改めて思いました。ステレオ録音盤に限定して言えば、テンシュテット/ウイーン・フィル盤が最高です。これは正規盤で出て入手がし易くなりましたし、録音も優秀ですので絶対のお薦めです。あとは入手困難なもののシューリヒト/フランス国立管盤は外せません。

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2010年9月 4日 (土)

ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」 名盤(モノラル録音編) ~指揮者の英雄たち~

フルトヴェングラーと同じ時代を生きた指揮者たちは本当に個性が豊かでした。現代であれば間違いなく巨匠と呼ばれたであろう人たちでさえも(たとえばルドルフ・ケンぺとか)、当時の大勢の巨人たちの間にあってはただの中堅指揮者程度にしか見られませんでした。もちろんフルトヴェングラーの振るベートーヴェンは神様の領域でしたが、彼以外にも指揮者の「英雄」は何人も存在します。正に巨匠の時代だったわけです。そんな人たちの演奏をあらためて聴いてみましょう。まずはモノラル録音期の演奏からです。

Toscanini_beethoven_3_4 アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC響(1953年録音/RCA盤) 陰影の深いフルトヴェングラーとは正反対の演奏です。速いイン・テンポでぐんぐん進む推進力は爽快ですが、余りに陰りの無い健康的な音楽は自分の好みとは言えません。けれどもこの生命力に溢れる演奏は、決して好き嫌いで片付けられない圧倒的な存在感を示します。激しいスタッカートと明るいカンタービレもトスカニーニならではです。この人に鍛え抜かれたNBC交響楽団が手足の如く統率されて、豪快に骨太の演奏を聴かせるので正に圧巻です。録音は明快ですが、残響の少ないデッドな音なので耳には優しくありません。

630 ブルーノ・ワルター指揮シンフォニー・オブ・ジ・エア(1957年録音/MUSIC & ARTS盤) シンフォニー・オブ・ジ・エアというのはトスカニーニの手兵だったNBC交響楽団のことで、これはトスカニーニの追悼コンサートをワルターが指揮したものです。トスカニーニのスタイルを意識したのかは分かりませんが、ワルターにしては速めのテンポで贅肉の少ない演奏です。とは言え、ところどころにやはりワルターらしい、柔らかい表情や一瞬の間(ま)が現れるのが面白いです。録音は特に良いわけではありません。歴史的な演奏を聴けるだけで喜ぶべきでしょう。

Schu_bet_758 カール・シューリヒト指揮パリ音楽院管(1957年録音/EMI盤) シューリヒトのEMIへの全集の中の1曲です。この人のエロイカの録音は多いのですが、これは唯一のスタジオ録音です。トスカニーニよりも早いテンポで一気苛成に進みますが、熱い情熱がほとばしるようです。しかもこの速いテンポで一画一画に深いニュアンスが込められているのは本当に凄いことだと思います。切れの良いスタッカートの切迫感もトスカニーニ並みです。オケの音は明るいですが、演奏スタイルがドイツ的で無いので違和感は感じません。録音もモノラル末期で非常に明快です。

550 カール・シューリヒト指揮ウイーン・フィル(1961年録音/オルフェオ盤) ザルツブルク音楽祭のライブです。表現的には速いテンポで一気苛成に進むパリ音楽院管盤と変わりません。テンポが僅かにゆっくりになりましたが、生命力は相変わらずです。それにやはりウイーン・フィルですので、音には柔らかさと甘さを感じます。完成度ではスタジオ録音のパリ音楽院盤に及びませんが、ウイーン・フィルの音には捨て難い良さを感じます。録音は年代的には標準レベルだと思いますが、音質が硬く分離が悪いのが気になります。

Mahcci00045 カール・シューリヒト指揮フランス国立管(1963録音/PECO盤) シャンゼリゼ劇場でのライブで、これは演奏が素晴らしいうえにステレオ録音です。テンポは'61年ウイーンPO盤よりも更に僅かにゆったり気味です。生命力は全く失われていませんが、一気苛成に進む印象はかなり薄れました。第2楽章だけは逆に速めですが、音楽の流れの勢いが凄まじいです。全体的にシューリヒトらしい一画一画のニュアンスのこだわりがスタジオ録音並みの精度なのには驚かされます。これほどの素晴らしい演奏が優秀なステレオ録音で聴けるのは実に幸せです。初出の仏ディスク・モンターニュ盤は非常に入手が困難ですが、PECO盤でも聴くことができます。

494 カール・シューリヒト指揮ベルリン・フィル(1964年録音/テスタメント盤) ベルリンでのライブです。録音はモノラルですが明快です。シューリヒト晩年の「エロイカ」はここに挙げた4種の中では最もテンポが遅くなっています。決してもたつくわけでは有りませんが、それ以前の生命力と気迫は明らかに後退しています。更にはこの人特有の一画一画のニュアンスのこだわりも余り見られません。その理由はドイツの名門オケなので逆に徹底できないのかもしれません。普通の意味ではとても良い演奏なのですが、もしも名前を伏せればシューリヒトと分からないと思います。

Cci00015 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウイーン・フィル(1962年録音/伊メモリーズ盤) ウイーンでのライブです。巨人クナのベートーヴェンは、実は個人的にはそれほど好みません。遅いインテンポで悠々と進むスケールの大きさは凄いのですが、聴いていてもたれます。また、この演奏には人間的なドラマを感じません。僕は苦しみ歓喜を爆発させる(だけでは困りますが)ベートーヴェンを感じたいと思うのです。クナには'50年代の録音も幾つか有りますが、どうせ微動だにしない「英雄」を聴くならば、やはり晩年の演奏が良いと思います。この演奏はLiving Stage盤とかでも出ていますが音質が劣るので、伊メモリーズ盤がお勧めです。但し相当に入手は困難です。

この他では、カルロス・クライバーの実父エーリッヒ・クライバーがウイーンPO、コンセルトへボウと残した2種の演奏がLP時代に印象深い名演奏でしたが、現在CDは所有していません。

これらの今では伝説ともいえる英雄たちの演奏を、ここで良いの悪いのなどと言う気は起りません。すべてが個性的で真に素晴らしい演奏ばかりだからです。我々音楽ファンは、それらになるべく多く触れる機会を持って、自分の気に入った演奏を味わえば良いだけではないでしょうか。

次回はステレオ録音期の演奏を聴いてみます。

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