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2010年8月

2010年8月29日 (日)

ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」 ~フルトヴェングラーの名盤~

Furtwangler1 フルトヴェングラーは自身の著書「音と言葉」のなかで、ベートーヴェンの音楽についてこのように語っています。

『ベートーヴェンは古典形式の作曲家ですが、恐るべき内容の緊迫が形式的な構造の厳しさを要求しています。その生命にあふれた内心の経過が、もし演奏家によって、その演奏の度ごとに新しく体験され、情感によって感動されなかったならば、そこに杓子定規的な「演奏ずれ」のした印象が出てきて「弾き疲れ」のしたものみたいになります。形式そのものが最も重要であるかのような印象を与え、ベートーヴェンはただの「古典の作曲家」になってしまいます。』

フルトヴェングラーは当時から既に、ベートーヴェンの曲が多くのコンサートの中でルーティンワークのように演奏されることに大きな危機感を感じていたのです。そして演奏を行う際には古典的な形式感だけでも、内心の情炎だけでもいけないと述べています。

フルトヴェングラーの演奏は現代の「演奏ずれ」したものと比べれば、随分と造形を損なっているように感じないでもありません。急激なアッチェレランド(たとえば第九の終結部)などは一見、そう見えます。但し、曲全体を通して眺めると、不思議と構造的な破たんを感ずることはありません。部分的なデフォルメが決して全体の統一感を損なわないのです。このことは驚くべきことです。なぜならそんな相反することを同時に成し遂げられるような演奏家は他に存在しないからです。この点が古今の指揮者のなかで独自の位置に置かれる理由だと思います。もっとも個人的には、ブルックナー、ワーグナー、ブラームスなどの演奏においては、一部の例外は有るにしても、大半の演奏で人間感情の吐露が余りに勝り過ぎている点で余り好んではいません。やはりフルトヴェングラーに最も適しているのはベートーヴェンの音楽だと思います。

僕がクラシック音楽を聴き始めたころ、当然ベートーヴェンのシンフォニーを聴きたいということになります。そこで「運命」「田園」「合唱」などと副題が付いて親しみが湧く曲を順に聴いていきました。買ったのは当時のベストセラーのカラヤンのレコードです。でも「英雄」だけは、さて誰の演奏で聴いてみようかと音楽書籍を調べてみると、なんでもフルトヴェングラーという人の第二次大戦中の演奏が伝説的な名演らしいことが分かりました。いわゆる「ウラニアのエロイカ」です。それをどうしても聴きたくなってレコード店で探してみると、もちろんオリジナルのウラニア盤ではありませんが、海外の廉価LP盤がありました。音質は貧弱でしたが、元々古い録音なので意外と抵抗感なく聴けました。それよりも音楽の凄さが直感的に伝わってきたのです。目の前に迫りくるこの音は一体何なのだろう・・・と。恐らく貧弱な音質を通してでも、フルトヴェングラーの言う「演奏ずれ」のしていない一度限りの演奏を心に感じたからなのだと思います。

フルトヴェングラーの「エロイカ」の録音は「運命」と並んで非常に多く、恐らく10種類以上は有るでしょうが、僕は主要なものしか聴いていません。それでも片手の指の数以上にはなってしまいます。まずはそれらをご紹介します。

Cci00054 ウイーン・フィル(1944年録音/ターラ盤、メロディア盤) いわゆる「ウラニアのエロイカ」です。僕はターラの戦時中録音集BOXとメロディアの単独盤で持っています。戦時中の古い録音にしてはバランスが良く、随分と音がしっかりしていますし、ウイーン・フィルのアンサンブルが驚くほど優秀です。とにかく演奏の燃焼度が半端でなく、凄まじいほどの燃え上がり方です。明日をもしれぬ当時の時代の緊張感が、このような演奏にさせたのかもしれません。フォルテの一つ一つの音がまるで雷の一撃のように迫り来ますし、ウイーン・フィルの楽員が死んだ気になって弾いている姿が目に浮かびます。この演奏は歴史的な記録ということを別にしても、絶対に聴かれるべきです。CDは色々なレーベルから復刻されていますが、メロディア盤かターラの1枚ものなら手堅いところだと思います。

Furt_be3_1950 ベルリン・フィル(1950年録音/ターラ盤、audite盤) 戦後のベルリン・フィルとの演奏です。翌々年1952年には幾つものエロイカの録音を残しますが、それに比較するとテンポがだいぶ速めで、ウラニア盤に近い印象です。但し音はウイーン・フィルのしなやかさの代わりにベルリン・フィルの剛直さを感じます。音楽に勢いを感じるので、52年の一連の演奏よりも好むファンも少なくないと思います。CDは1枚ものではターラ盤が有りますが、auditeから最近出たRIAS放送録音集は高音が少々固い面はあるものの、ターラ盤からベールを1枚も2枚も剥ぎ取った印象で完全に上です。但しセット物のみになります。 

Furt_be3 ウイーン・フィル(1952年録音/EMI盤) 昔はウラニア盤以外では、このEMI録音しか聴くことができませんでした。僕は独エレクトローラの疑似ステレオLP盤で聴いていましたが、これは非常に美しい音がしていました。唯一のスタジオ録音盤ということもあり、他のライブ録音と比べると興奮度合いがずっと控えめですが、その代わりにゆったりとした広がりが有ってスケールの大きさを感じます。近年流行の古楽器派的な演奏と比べると非常に遅いテンポですが、音楽が停滞したりもたれると感じることは全く有りません。フルトヴェングラー以外の一流指揮者が、この遅いテンポをとると大抵もたれてしまうのとは、やはり大きな違いです。特に極めて遅いテンポでじっくり始まって徐々に巨大に高揚してゆく終楽章は素晴らしいです。録音も良いですし、代表盤のひとつとして選択するべきです。僕はCDでは海外EMIのReferences盤で聴いていますが、音はとても気に入っています。

794 ウイーン・フィル(1952年録音/ターラ盤) EMI録音が11月26と27日に行われた直後の30日に同じウイーンで開かれた演奏会の録音です。従って表現はほぼ同じです。とは言え、やはりライブのほうが気分的な高揚感が勝り、即興性を強く感じます。逆にその分だけEMI盤の安定感には欠けることになりますが、この辺は一長一短だと思います。ファンにとってはEMI盤と比較する興味は起きますが、繰り返して鑑賞することを考えた場合には、やはり録音が優れていてウイーン・フィルの柔らかい音質を味わえるEMI盤をとることになります。こちらもライブにしては音質は悪くありませんが、幾らか音の揺れとざらつきを感じます

Furt_be3_be ベルリン・フィル(1952年録音/ターラ盤) ウイーンでの演奏会の一週間後の12月7日に今度はベルリンでこの曲を指揮しました。第1楽章は速めのテンポでストレートに進むのが1950年盤に似ています。一転して第2楽章は重く暗く粘ります。終楽章はやや彫の深さにかける気がします。録音状態はウイーンでの前の週のライブに比べると音が安定はしていますが、終楽章のみ幾らかざらつきを感じます。余り奥行きを感じない録音なので1950年盤と大差は無いところです。

41uvmjpcql__sl500_aa300_ ベルリン・フィル(1952年録音/audite盤) ’52年12月のベルリン演奏会は二日間で、これは翌日8日の録音です。RIAS放送局のオリジナルテープからCD化されたために非常に良い音質です。演奏も二日目ということもあり、オーケストラに安定感を感じます。切迫感は前日のほうがあるかもしれませんが、録音が良い分だけ演奏に彫の深さを感じられて満足できます。印象としてはEMI盤の大きな広がりに、ライブの高揚感を加えた感じです。第2楽章も悲しみが深く心に染み込んで非常に感動的です。フルトヴェングラーが亡くなって50年以上も経って、実に素晴らしい録音が現れました。但しこれもRIAS録音集なので、是非とも分売して欲しいと思います。

以上から、更に厳選すれば、1944年盤、1952年EMI盤、1952年RIAS盤の三つです。それぞれに特徴が有るのでこれ以上は絞ることは出来ません。

次回は、フルトヴェングラー以外の指揮者の「エロイカ」の名盤を聴いてみます。

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2010年8月22日 (日)

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー ~最高のベートーヴェン~

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僕がクラシック音楽というものを聴くようになったきっかけは、高校生の時に「新世界交響曲」やチャイコフスキーのピアノ協奏曲という素晴らしい名曲を耳にする機会があって、心の底から感動したからです。けれども、それから更に深く入りこんだ理由としては、フルトヴェングラーの演奏するベートーヴェンを聴いたことが一番の理由だったと思います。

僕が高校生の時代、とは言っても1970年代に入っていましたから、当然フルトヴェングラーが亡くなってから既に十数年が経っていました。それでも当時の音楽雑誌の推薦盤は大抵、カラヤン、ワルター、フルトヴェングラー、それにトスカニーニだったと記憶しています。ですので、それぞれの演奏を当時のLPレコードで色々と聴いてみたのです。当時はカラヤンの人気が凄くて、一番店頭を賑わしていたのですが、実際に聴いてみると、どうも面白くないのです。特にベートーヴェンが全く心を打たないのですね。余りにスタイリッシュに過ぎるというか、ベートーヴェンのあの「苦悩を突き抜けて歓喜へ」というイメージから遠く離れているのです。それに比べてフルトヴェングラーの演奏はどれもモノラル録音で音質が貧しいのですが、心への響き方がまるで違いました。特に第二次世界大戦中の「英雄」「運命」「第七」「第九」などの演奏には、余りの凄さに魂を抜き取られてしまうぐらいの衝撃を受けました。

その後も色々な音楽、演奏を聴いてきましたので、もちろんフルトヴェングラー以外にも大好きな演奏家は大勢居ます。作曲家によっては、フルトヴェングラーが一番好きなわけでは無いケースも多くあります。けれども、ことベートーヴェンに関しては、いまだにフルトヴェングラーが最高です。もちろん全ての曲で一番では無いのですが、多くの曲において他の指揮者の演奏はフルトヴェングラーの到達した崇高な境地には遠く及ばないと思うのです。その理由は、フルトヴェングラーの創り出す音楽の持つ「ドラマ」です。絶妙なフレージングに、リタルダンドとアッチェレランド、クレッシェンドとデミュニエンドを魔法のような上手さで駆使して、比類なくドラマティックな表現と化すのです。それはフルトヴェングラーにしか出来ない天才の業です。そしてそれはベートーヴェンの音楽の持つ激しさや劇的な要素に正にピタリと一致するのです。

余り語られませんが、戦前のドイツ/オーストリアでフルトヴェングラーは、ベルリン・フィルとゲヴァントハウス管弦楽団とウイーン・フィルの首席指揮者を同時期に兼任しました。ヨーロッパのこれほどの主要ポストを掌握できた指揮者は後にも先にも決して存在しません。それほど絶対的な存在だったのです。

夏休みも終わって、段々と芸術の秋が近づいてきます。そこで、しばらくはベートーヴェンを集中的に聴こうと思っています。但し、恐らくはベートーヴェンの記事を書いているのか、フルトヴェングラーの記事を書いているのか分からなくなりそうな気がします。一応このことをお断りしておいて、次回からベートーヴェンの交響曲を聴いていきます。

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2010年8月15日 (日)

「CAFE DE LOS MAESTROS」 ~アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち~

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6月に映画を観て、非常に感銘を受けた「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」の中で、伝説の巨匠たちが一夜限りのコンサートのリハーサルを兼ねてレコーディングを行ったのが、2枚組のCDアルバム「CAFE DE LOS MAESTROS」です。これは2006年のラテン・グラミー賞の最優秀アルバムだそうです。元々僕はタンゴといえば、「リベルタンゴ」でブレイクしたアストル・ピアソラぐらいしか聴いていませんでしたが、映画の中で余りに素晴らしい演奏の数々に感激したので、このCDアルバムを直ぐに購入したのです。何度となく聴いて楽しんでいましたが、記事にするのがすっかり遅れてしまいました。

当然、映画の中に登場するタンゴの巨匠たちの演奏がそのまま収録されています。ほとんどの演奏家や歌手は1940年代から50年代の第二次タンゴ黄金時代に活躍した人たちですが、中には1920年代から30年代の第一次タンゴ黄金時代に演奏をしていた、ガブリエル・クラウシというバンドネオン奏者までいます。100_3 この人は映画収録時に96歳だったそうです。この人があの南米最高のオペラハウスのコロン劇場でたった一人で演奏を聴かせるシーンとその演奏は感涙ものでした。もちろんCDにはこの人のその曲も収録されています。但し残念なことに、この人は今年の2月に98歳で亡くなられたそうです。

コンサート自体が、オーケストラ、バンドネオン、ギター、ヴァイオリンなどの色々な楽器、あるいは歌と実にバラエティに富んでいますので、CDで聴いていても全く飽きません。しかも最新の優秀な録音ですので、巨匠たちの音がとても生々しく感じ取れます。

映画の中で一人のバンドネオンの巨匠が語る一言に「タンゴが育つ土地はブエノスアイレスだけ」とありました。そうなのでしょうね、悲しいほどの「哀愁」と燃え上がるような「情熱」がタンゴの本質ならば、この土地に住む人々が心に持っているのも同じ、哀愁と情熱なのでしょう。そういえばアルゼンチン・タンゴを情熱的に踊る女性って、とっても素敵ですものね。一度でいいから一緒に踊ってみたいと思いますが、無理だろうなぁ。高校生の時代にフォークダンスでさえろくに覚えられなかった口ですからね・・・(苦笑)

ともかく、ここで聴くことができる音楽はクラシックとかジャズとかポップスとかのジャンルを超えていると思います。そんなことはどうでもよいことに思えてしまうのです。ただ目の前にある音楽が自分の心に深々と染み入ってくるだけです。もちろんこのCDを聴くだけでなく、絶対に映画をご覧になるべきですが、万一CDだけを聴かれても、音楽の素晴らしさは充分に感じとれるはずです。

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2010年8月13日 (金)

ブルックナー 交響曲弟7番 ベーム&チェリビダッケのミュンヘン・ライブ盤

実は、随分前にブルックナーの第7番のCDを二つ購入していました。一つはカール・ベームとバイエルン放送響の演奏です。もう一つはチェリビダッケとミュンヘン・フィルの演奏です。録音時期は17年も離れていますが、ベーム/バイエルンの会場はヘラクレス・ザール、チェリビダッケ/ミュンヘンはガスタイク・ホールと、どちらも同じミュンヘンのコンサート・ホールでのライブ録音です。好対照の両者の演奏ですが、同曲の旧記事に書き加えましたので、ご興味が有りましたらご覧になられてください。

<旧記事>
「ブルックナー 交響曲第7番 名盤」

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2010年8月11日 (水)

シベリウス ヴァイオリン小品集 ~アイノラにて~

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夏の暑いときには北欧の音楽もまたボヘミア音楽と並んで清涼感が最高です。冷房の効いた部屋でうっかり聴いていると風邪でもひきそうなくらいの涼しさを感じます。北欧はフィンランドの生んだ偉大な音楽家シベリウスというと、交響曲や管弦楽曲を直ぐに思い浮かべますが、実は室内楽曲も随分と書いています。そんな中で、夜に一人静かに楽しむのにお気に入りのCDがあります。ヴァイオリンとピアノのための小品集です。このCDは実は特別な録音です。その理由は、これがシベリウスが1904年に移り住んだイェルヴェンバーの自宅アイノラで録音されたものだからです。

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ベリウスは都会での生活の煩わしさが嫌になって、田舎イェルヴェンバーの湖のほとりに引っ越しました。その家は愛妻アイノの名前をとって「アイノラ(アイノの家)」と名づけられました。ここでシベリウスは中期以降のあの深遠な交響曲の創作を行うわけですが、その合間には、とても親しみ易い小品集を幾つも作曲しました。そんな曲たちを、フィンランドの若手奏者が、シベリウスが実際に使っていたピアノを使用して演奏・録音しました。ヴァイオリンを弾くのはペッカ・クーシストです。この人は19歳の時にフィンランドのシベリウス・ヴァイオリンコンクールで優勝して、自国では一躍有名になりました。その直後に録音したシベリウスのヴァイオリン協奏曲は、セーゲルスタム/ヘルシンキ・フィルの素晴らしい伴奏とも相まって、僕の大好きな演奏です。<旧記事>シベリウス ヴァイオリン協奏曲 名盤

けれどもクーシストはその後、ヴァイオリンの通常名曲にはほとんど目もくれず、シベリウスの室内楽作品ばかりを録音したり、北欧の民謡をフォーク/ジャズ風に演奏したりと非常にユニークな活動をしています。

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これは、そんなクーシストがシベリウスの小品を集めた愛すべきCDです(フィンランドONDINEレーベル盤)。シベリウス使用のピアノを弾いて息の合った伴奏を聞かせているのは、ヘイニ・カルッカイネンというやはりフィンランドの若手女性ピアニストですが、二人はまるでホームコンサートのようにリラックスした演奏ぶりです。録音もアイノラの室内の柔らかい響きを捉えているので、一緒に部屋の中で聴いているような臨場感が味わえます。

それでは曲目を下記に紹介します。

・5つの小品 op.81 

・4つの小品 op.78

・5つの田園舞曲 op.106

・4つの小品 op.115

・3つの小品 op.116

作品番号から判るように、これらは中期から最晩年に書かれたものです。前半の三作品は、まるでクライスラーの小品のように洒落ていて楽しい曲想です。但し、晩年の作品115と116では深い心象風景を感じずにいられません。どことなく印象派ドヴュッシーの作品のような雰囲気を漂わせています。このCDを静かに聴きながら、アイノラで家族でくつろぐシベリウスの姿を思い浮かべていると、とても幸せな気持ちになってしまいます。

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2010年8月 9日 (月)

ドヴォルザーク ヴァイオリンとピアノのための作品全集

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ドヴォルザークは室内楽作品も多く作曲しましたが、ピアノやヴァイオリンの独奏曲はとても少ないです。そのことは彼の尊敬するブラームスと似ているかもしれません。けれどもそれらの作品はいずれも愛すべき佳曲です。それもまたブラームスに似ています。そんな作品の中で、ヴァイオリンとピアノのための楽曲を集めた素晴らしいCDが有りますので是非ご紹介したいと思います。

ヴァイオリンを弾くのはチェコが輩出した名ヴァイオリニストのヨゼフ・スークです。この人はドヴォルザークの曾孫にあたりますので、作曲家の血を受け継いだ名手による演奏を聴くことが出来ます。スークのヴァイオリンは非常に端正で虚飾の無い表現が特徴です。楽器の音そのものの特徴も同じです。なのでブラームスやベートーヴェンの場合にはやや線の細さを感じることが多いです。この「線の細さ」は、左手のヴィヴラートの幅が小さいことと、右手の弓の使い方にあるでしょう。清潔感があって脂肪分が少ない音なので、曲によっては物足りなさを感じてしまいます。ところがドヴォルザークになると、音楽そのものが非常に清涼感に溢れているので、スークの音にぴったりです。そして実はこの音の特徴は、同郷のスメタナ四重奏団やチェコ・フィルなんかの音と全く同じです。これこそが「チェコの弦」の特徴なのですね。

ここで、ご紹介するのは2枚組のCDです。僕はアナログ盤時代に2枚に分売されていたものを愛聴しましたが、今は2枚が組み合わされて廉価CDで出ていますのでお買い得です。ピアノ伴奏は同郷のアルフレート・ホレチェクです。ヴァイオリンにぴったり合わせて文句有りません。

曲目は以下の通りです。

・ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調op.57 

・ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ ト長調op.100

・マズレック ホ短調op.49

・4つのロマンティックな小品op.75

・バラード ニ短調op.15

・夜想曲 ロ長調op.40

・スラブ舞曲第2番 ホ短調op.46-2

・ユモレスク 変ト長調op107-7

この中で、一番有名なのは「ユモレスク」でしょう。ピアノ独奏曲からヴァイオリンに編曲されましたが、曲の懐かしい雰囲気がヴァイオリンにぴったりです。大好きな曲です。けれども僕が一番愛して止まないのは、作品100の「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」です。この曲はドヴォルザークが子供たちのために作りましたので、技巧的にとても易しく書かれています。僕は昔ビオラを弾いていましたが、友人から借りたヴァイオリンでこの曲を弾いて楽しんでいました。いかにもドヴォルザークらしい親しみやすく美しい曲です。鑑賞用としても第一級の名作です。他には作品75の「4つのロマンティックな小品」もとても魅力的です。

ということで、スークの爽やかな音で聴くドヴォルザークの小品は夏の夜にぴったりです。どうですか、今夜はグラスを傾けながらロマンティックな小品を楽しみませんか。

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2010年8月 5日 (木)

ブログ開設2周年記念御礼!

Huku0006a_2 あっと驚くタメゴロ~!一昨日の3日で、ブログを開設してからもう2年になりました。あっという間の2年間でした。その間に大勢の方にお立ち寄り頂きまして、本当に有り難いことだと感謝しています。3年目のスタートですが、これからも多くの方に何でもコメントを頂ければ嬉しい限りです。3年目の目標としては、これまで案外と記事の少なかったバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンには多く触れたいと思っています。それといわゆる定番名曲を順に「名曲シリーズ」として取り上げてゆきたいです。

それでは、みなさま今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

ハルくん  2010年8月5日

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