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2010年7月

2010年7月31日 (土)

ドヴォルザーク 交響詩全集 ボフミル・グレゴル/チェコ・フィル

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ドヴォルザークはアメリカに渡っている間に最後の交響曲である「新世界より」を作曲しましたが、その後再び母国のチェコに戻りました。帰国した翌年の1896から1897年にかけて作曲されたのが5曲の交響詩です。そのうちの4曲はチェコの詩人で民話の研究家でもあるカレル・エルベンの民族的バラード集から題材がとられています。いまでもチェコの子供たちに親しまれている昔ばなしを美しい音楽に表現したのが、このドヴォルザークの交響詩なのです。

「水の精」op.107  湖の近くに住む若い娘が誤って湖に落ちてしまう。彼女を助けた水の精は彼女を妻にする。やがて二人に子供が生まれる。彼女が里帰りをしたがるために、水の精は夕べの鐘が鳴るまでに帰るという条件で許す。ところがやっと戻ってきた娘を彼女の母親が再び湖に返そうとしない。怒った水の精は子供を連れて嵐の中を家にやってくる。ドアの音がドンドンと叩かれて異様な音がするので娘がドアを開けてみると、子供がドアに叩きつけられて息絶えていた、という話です。娘を助けたのは良いとしても、拉致して子供を生ませてこの始末では水の精というのは本当にひどい奴ですね。

「真昼の魔女」op.108  家事に追われる母親が、泣きわめく子を叱りつけて「真昼の魔女を呼ぶよ」とおどす。子供が泣き止まないでいると、本当に魔女が現れて「子供をもらってゆく」と言う。母親は魔女に憐れみを乞うが聞き入れられない。そのとき教会の鐘が鳴ると魔女は消える。安心した母親は子供を抱いたまま気を失う。夕方、夫が帰宅して彼女は意識を取り戻すが、子供はすでに死んでしまっていた、という話です。子供を感情的に叱りつけてはいけないということなのでしょうね。

「金の紡ぎ糸」op.109  狩りに出た若い王が、森のつむぎ小屋で水をもらった娘に一目ぼれして求婚する。娘は継母に付き添われて城に向かうが、継母は途中で彼女を殺して両足を切断し、遺体を森に捨ててしまう。そして自分の連れ子を娘に仕立てて城に連れて行き、気が付かない王と結婚させる。森の魔法使いの老人は、継母に金の紡ぎ車を送り、代わりに切断された娘の両足を受け取る。魔法使いは娘の体を元に戻して彼女を生き返らせる。王妃が王の前で金の紡ぎ車で糸をつむごうとすると、紡ぎ車は継母の悪事を歌いだす。驚いた王様は急いで森に行き、娘と再会して改めて妃に迎え入れる、という話です。この王様って、とんでもなくそそっかしがりやでお馬鹿さんだと思いませんか。

「野ばと」op.110  若く美しい未亡人は、実は夫を毒殺していた。やがてハンサムな若者が彼女に求愛したので、彼女は再婚する。一羽の鳩が亡き夫の墓の近くの樫の木に巣をつくり、悲しそうに鳴き続ける。彼女はその声を聞いているうちに自責の念にかられて自殺をしてしまう。すると死によって罪をあがなった女を憐れむように鳩が優しい歌を歌いだした、という話です。夫を殺したくなるときもあるでしょうが、本当に殺してしまってはいけないということですね。

「英雄の歌」op.111  最後の曲だけはエルベンのバラードからではなく、ドヴォルザーク自身の詩的な楽曲です。苦難を乗り越えての光明というテーマらしいですが、具体的な記述は残されていません。芸術家ドヴォルザーク自身のことだという見方も有りますので、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」みたいなものなのでしょうか。

5曲はどれもが幻想的でボヘミアの情緒いっぱいであり、円熟した管弦楽で書かれています。ヤナーチェクもエルベン題材の4曲を「最上にチェコ的な名曲」と激賞しています。

ところが、この交響詩が全曲まとまったCDというのは、非常に少ないのです。クーベリックがグラモフォンに管弦楽曲集を残していますが、オケはバイエルン放送響です。演奏自体はとても素晴らしいのですが、やはりチェコのオケの音で聴きたいところです。ところが残念なことにアンチェルもノイマンも全曲は残していません。それでも幸いなことに、素晴らしい全曲録音があります。名指揮者ボフミル・グレゴルがチェコ・フィルを指揮した演奏です(1987年録音/スプラフォン盤)。この人はオペラを得意にしていて、プラハ歌劇場で長く指揮をしていました。昔、LP盤で愛聴したヤナーチェクの歌劇「利口な女狐の物語」の名演奏が特に忘れられません。オペラを得意とするだけに、交響詩のような作品の語り口は非常にうまいものです。まるで、おじいさんが子供達に昔ばなしを聞かせているような風情があります。このCDは2枚組で値段も手ごろですので、是非聴かれてみてください。  

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2010年7月28日 (水)

ドヴォルザーク 「弦楽のためのセレナーデ」ホ長調op.22 ~いっそセレナーデ~

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夏向き音楽家ドヴォルザークの作品は交響曲、チェロ協奏曲、弦楽四重奏などに名作が目白押しです。ところが意外と親しまれていないのが管弦楽曲です。「スラヴ舞曲集」は非常に有名ですが、「序曲」とか「交響詩」にも数々の名作が有ります。また合唱曲にも「レクイエム」「スターバト・マーテル」「カンタータ」などの名作が有ります。これらの曲については、おいおい触れていきたいと思っています。けれども、夜更けに家でくつろいで仕事の疲れを癒そうとするときには、いっそセレナーデという気分になります。「管楽のためのセレナーデop.44」も美しい曲ですが、僕は「弦楽のためのセレナーデop.22」が大好きなんです。全5楽章構成ですが、どの楽章も本当に素晴らしいです。

第1楽章:モデラート 懐かしさいっぱいの美しいメロディにまずノックダウンです。ドヴォルザークの良さここに極まれりです。

第2楽章:テンポ・デ・ワルツ ワルツですが楽しいというよりも哀愁をいっぱいに漂わせます。中間部ではまるで夜想曲という風情に魅了されます。

第3楽章:スケルツォ/ヴィヴァーチェ 心が躍らされますが、やはり中間部が非常に魅力的です。うーん、ドヴォルザーク!

第4楽章:ラルゲット 抒情をいっぱいに湛えて実に美しいです。夏の夜に一人静かに聴くのに最高です。うーん、セレナーデ!

第5楽章:フィナーレ/アレグロ・ヴィヴァーチェ 闊達に曲を閉じますが、やはり懐かしさや哀愁を感じさせます。1楽章のメロディが静かに回想されるあたりは心にくいですね。

それにしても何と美しく心に染み入る曲なのでしょう。それでは僕の愛聴盤をご紹介します。

504 プラハ室内管弦楽団(1993年録音/DENON盤) 指揮者を置かない団体なので演奏の自発性には優れますが、逆に表現意欲がやや薄く感じる部分もあります。長所でもあり短所でもあるというところです。けれども、弦楽パートが絡み合う美しさを堪能できるという点で、これ以上の演奏は中々無いと思います。録音が優秀なので、楽器の音そのものの美しさを充分味わえるのもメリットです。本当に何度でも繰り返して聴きたくなる曲で演奏ですので、これ1枚だけで充分と思えるほどです。

Cci00055bs ラフェエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) 指揮者を置いた演奏としては最高レベルです。クーベリックの表現意欲を感じます。残念なのは70年代のライブ録音なので、やや録音の粗さを感じます。悪いことは無いのですが、プラハ室内管の美しい音を聞いた後ではどうしても差を感じてしまいます。ですので、これは素晴らしい「新世界より」のCDに収録されたカップリング曲として楽しめば良いと思います。

これ以外の演奏で、忘れられないのはヴァーツラフ・ターリッヒがプラハ合奏団を指揮した演奏(1940年頃録音/スプラフォン盤)です。音と表現が少々時代がかってはいるものの、これ以上無いほどにノスタルジックな気分でいっぱいです。元々曲がそういう曲だけに非常に魅了されます。録音の古さを忘れさせるぐらいの素晴らしさです。    

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2010年7月25日 (日)

ドヴォルザーク 交響曲全集 ウラディミール・ヴァーレク/プラハ放送響

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♪夏が来れば思い出す~ はるかなチェコ遠い空~♪♪ と言いましても僕はチェコに行ったことはありません。(涙) けれども毎年暑い時期になると、むしょうに聴きたくなるのがボヘミアの音楽なのです。スメタナ、ドヴォルザーク、いいですよね。周囲のうだるような空気が、すぅ~と爽やかになってゆく気がします。ということで、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。昨年の記事では、ノイマンとクーベリックの幾つかの全集をご紹介しましたが、今年は、ウラディミール・ヴァーレク指揮プラハ放送響(2000-2003年録音/スプラフォン盤)です。実はヴァーレクという指揮者の年齢は知らなかったのですが、もう75歳になるのですね。プラハ放送響の主席指揮者も既に25年間勤めているそうです。立派なベテラン指揮者です。日本にも多く来日していますが、その割りにはそれほど人気が高いわけではありません。

ともかく、これはドヴォルザークの没100周年記念として2004年にスプラフォン・レーベルからリリースされた全集です。僕はボヘミアの音楽を聴く場合に一番気にするのは、まずオーケストラの音です。ドイツ風に分厚い音ではなく、ウイーン風の柔らかくしなやかな音でもなく、アメリカ風の機能的な音でもなく、あくまでも爽やかさと素朴さを感じさせるボヘミア風の音でないと抵抗があるのです。こんなことを言うと、きっと「ボヘミア風の音なんてものがあるのか?」と聞かれるかもしれません。でも、確かにあります。それはチェコやスロヴァキアのオーケストラが共通して持っている音です。

ここで演奏しているオーケストラは、プラハ放送交響楽団です。名門チェコ・フィルハーモニーは、優秀なアンサンブルと洗練された音色を持っていますが、それと比べると、ずっと荒削りな印象です。ただしそれが逆に素朴さを感じさせる結果になって、決して悪くありません。スロヴァキアのフィルハーモニーやブラスティラヴァ放送響ほどの田舎臭さはありませんが、チェコのオーケストラの中では非常に良い素朴な味わいを持っていて魅力的です。ヴァーレクの指揮も奇をてらうようなところはおよそ皆無で、実にオーソドックスなものです。9曲の交響曲の演奏の出来栄えにばらつきは全く有りません。安心してボヘミア音楽に身を浸していられます。ドヴォルザークの交響曲は、音楽的に充実しているのは、やはり第6番以降、とりわけ第7~9番の3曲ですが、5番以前の曲も僕は好んでいます。

全集盤としてお勧めするのは、どうしても定番のノイマン/チェコ・フィルの旧盤、あるいは新盤のうちのどちらかということにはなるでしょうが、このヴァーレク/プラハ放送響盤をちょいと気分を変えたいときのセカンドチョイスとして選んでも悪くはないかもしれません。

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イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィル ドヴォルザーク 交響曲全集

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2010年7月19日 (月)

ファリャ バレエ音楽「恋は魔術師」 愛聴盤 ~火祭りの踊り~

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うっとうしかった梅雨もついに明けましたね。東京でも梅雨明け十日の猛暑に見舞われています。いやぁ、それにしても暑いのなんのって。(汗汗) ビールが実に美味しいのはありがたいのですけどねぇ・・・

こうも暑いと、さすがにマーラーを聴こうという気分でもなくなります。涼しさを感じる音楽として、僕が毎年夏場に聴きたくなるのは、まずボヘミア音楽です。スメタナ、ドヴォルザーク、爽やかでいいですよね。ただし余りに暑いときには、むしろ照りつける太陽と乾いた土の雰囲気のスペイン音楽なのですよ。ロドリーゴのアランフェス協奏曲も夏の夕暮れには最高なのですが、もう一人のスペインの大作曲家マヌエル・デ・ファリャもいいです。僕が特に好きなのはバレエ音楽「恋は魔術師」です。

この曲は、初めはスペインの劇作家シェルラという人が、アンダルシア地方の民話をもとにして書いた台本による1幕のバレエ「アンダルシアのジプシーの情景」でした。それをコンサート演奏用に楽器を増やして、独唱をつけた形に編曲したのものです。

その台本はといえば、おおよそこんな内容です。

『官能的なジプシー女カンデラスは夫が死んだ後に、若くハンサムなジプシー男と恋に落ちます。ところが死んだ夫が亡霊になって現れて二人の恋の邪魔をします。困ったカンデラスが思いついた作戦は、生前美女に弱かった夫の亡霊を、友人のルシアに誘惑してもらうということです。夫の亡霊がルシアにうつつをぬかしている間に、愛する恋人たちはどんな魔術も効き目を失うというといわれる完全な愛の接吻をして、めでたく結ばれます。』

いかにも情熱的なスペインらしい話ではありませんか。生きてる人も亡霊になっても、みなさん情熱的に恋をしているのですねぇ。自分もぜひ見習いたいものです。

現在広く演奏されているのはコンサート用の全曲版です。なんといっても有名なのが第5曲の「火祭りの踊り」です。怪しげに始まってメラメラと燃え上がってゆく躍動的な曲です。この曲は昔からとっても好きなんですよ。第8曲の「無言劇(パントマイム)」もロマンティクでいいですね。歌入りの曲ではメゾ・ソプラノがいかにもジプシーっぽく情熱的に歌います。その艶めかしいことときたら、たとえ幽霊でもクラっと来ちゃうでしょうね。もちろん、うぶなワタクシなんぞはイチコロです。

さて、CDの数はそれほど多くありませんが、愛聴盤をご紹介します。

00000452006 ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮ニュー・フィルハーモニア管(1966年録音/DECCA盤) ブルゴスはスペインとドイツのハーフなので、どちらの音楽も得意です。3年前にドレスデン・フィルと来日したときに聴いたブラームスの1番なんかは中々堂々としていました。でも、この人は昔からスペイン物で知られています。この若い時代の演奏も彼の代表盤といえます。やはりスペインの雰囲気がよく出ていて上手いものです。

Falla002 ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮スペイン国立管(1998年録音/BMG盤) DECCA盤があれば鑑賞にはこと欠きませんが、不満を言うとすれば、オケの音に土臭さが無いことでした。そこで30年の時を超えて新録音された演奏があります。オケは嬉しいことに名門のスペイン国立響です。いやー、これこそスペインの乾いた赤土の音です。ファンファーレは闘牛場を思わせますし、メゾ・ソプラノもなんだか声楽家というよりも民謡歌手みたいです。これは120%本場ものを味わえる最高の演奏です。ただし入手性は悪いかもしれません。

Falla001 ペドロ・デ・フレイタス・ブランコ指揮マドリード・コンサート管(1959年録音/EMI盤) ずいぶん古い本場ものの録音です。指揮者もオーケストラも名前はまったく知りませんし、読み方もこれでいいのかどうか分かりません。もともと乾いた音のオケが残響の少ない録音で、実に乾き切っています。けれどもこのローカルな味わいには惹かれます。このメゾ・ソプラノもドスのきいた声で演歌歌手みたいです。現在では、たとえローカル都市でもこんな演奏が聴かれるのかどうかは疑問ですね。いいなぁ、スペイン!フラメンコ!ジプシーの美女!

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2010年7月17日 (土)

テンシュテット/ロンドン・フィルのライヴ盤 マーラー交響曲第2番「復活」

547喉頭がんのために1994年に引退、1998年に亡くなった名指揮者クラウス・テンシュテットは何と言ってもマーラーの演奏が一番凄かったのですが、EMIレーベルにロンドン・フィルとスタジオ録音した全集だけを聴いていると、いいマーラーの演奏だなぁとは思えても、決してこの人の真価は判りません。その理由は、演奏が彼が喉頭がんを発病して治療のために一度楽壇から離れる以前の録音だからです。がんの治療を終えて彼は再び音楽活動を始めますが、それ以後の演奏には常に一期一会という言葉を意識させられるような正に鬼気迫るような趣を感じます。その最高の姿が、EMIにライヴ録音で残した第6番と第7番です。そこではロンドン・フィルもスタジオ録音で感じさせた力量不足の印象をまったく感じさせませんでした。

「復活」には1981年のEMIスタジオ録音の他に、ファンの間では非常に有名な北ドイツ放送響との1980年のライブ演奏の海賊盤(First Classics)があります。この演奏は、再起後の演奏とは趣が異なりますが、ロンドン・フィルとはオーケストラの格の違いを見せつける北ドイツ放送響に、それは正に命がけの大熱演をさせています。そんなテンシュテットの「復活」に、また新しい音源が登場しました。リリースは今年の3月でしたが、記事にするのが少々遅くなりました。

この新音源は1989年にロンドン・フィルとフェスティヴァル・ホールで行われたコンサートです。どうしても北ドイツ放送盤との比較になるわけですが、北ドイツ放送盤はオンマイク気味の録音なので、楽器の音が非常に生々しくとらえられています。冒頭のコントラバスの演奏なんかも、弓の松やにが飛び散るのが見えるようです。それに対して、今回のロンドン・フィル盤はもっとホール・トーン的な録音です。違いはありますが、どちらも優秀な録音です。

演奏については、どちらも振幅が非常に大きく、緩急の変化がもの凄いという点で変わりません。大見得を切るようなドラマティックさも、バーンスタインと双璧です。けれども全体的に、ロンドン・フィル盤は北ドイツ盤よりもテンポがより遅くなっています。そのために空間の広がりはロンドン盤のほうに大きさを感じる気がします。ゆったりした部分では何か枯淡な雰囲気も醸し出します。一聴した時には、北ドイツ盤がずっと良いように思ったのですが、ロンドン盤を何回か聴き直してみると、これはこれで捨てがたい味わいがあるのが分かってきました。終結部の天にも届けとばかりの大合唱も比較出来ないほどに、やはり凄まじいです。

北ドイツ放送のFirst Classics盤は入手が難しいこともあるので、テンシュテットのマーラー演奏の凄さを知るためには、今回のロンドン・フィル盤のリリースは大歓迎すべきです。マーラーの音楽を、そして「復活」を、心から愛する人には是非とも聴いていただきたい名盤がまたひとつ増えました。

<旧記事>マーラー 交響曲第2番「復活」 名盤

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2010年7月11日 (日)

パーヴォ・ヤルヴィのマーラー交響曲第2番「復活」

Mahler2_jarvi パーヴォ・ヤルヴィは今年から名門パリ管弦楽団の常任指揮者に就任するらしいです。エッシェンバッハの後任なのですね。彼は間違いなくこれからの指揮界の中心となる人物の一人だと思います。実父のネーメ・ヤルヴィが、豪快でおおらかな指揮ぶりなのに比べると、ストイックなほどにきめ細かくデリカシー溢れる指揮をします。けれども脆弱な印象は決して無く、一本筋の通った強さをも感じるのです。出身がエストニアですから北欧ものは得意なはずですが、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーなどのドイツものが大好きみたいです。マーラーの演奏では、2008年にフランクフルト放送響と来日した際にサントリーホールで第9番を聴きました。それはユダヤ系の情念たっぷり型や爆演型のマーラーとは全く違う、抑制のきいた演奏でしたが、美しくデリカシーに富んでいてマーラーの音楽への共感を感じられたので、とても満足できました。

最近Versin Classicsからリリースされた「復活」は昨年2009年の最新録音です。同じフランクフルト放送響を振っています。どうやら彼は、オーケストラごとにレパートリーを固めているように思います。この先もマーラーの録音はフランクフルト放送が中心になるのかもしれません。

さて、この「復活」ですが、1楽章はともすると、力が入り派手に大見得を切る「松竹大歌舞伎」のような演奏になるか、逆に分析的に過ぎて冷めた演奏になることが多いのですが、パーヴォはどちらでもありません。テンポは中庸で、速くも遅くもないのですが、表情が異常なほどに多彩で刻々と変化するのに驚かされます。弱音部ではほとんど聞こえないぐらいのピアニッシモになります。しかし、それらのきめ細かい表情が造り物めくことはありません。音楽を堪能させてくれるのです。深く沈滞するべきところでは心憎いくらいにゆったりと対応しています。演奏方法としては分析的なのですが、決して冷めて聞えないところにパーヴォの非凡さを感じます。

2楽章は美しい演奏なのですが、個人的には更にのんびりした表情が求めたくなります。3楽章はリズム感が素晴らしく、弾んで揺れるような流れの中で各楽器が次々とセンス良く出入りをするのが非常に心地良いです。

4楽章は繊細で美しくかわして、いよいよ終楽章に突入ですが、この先はリミッターを外してエンジン全開にしてほしいところです。冒頭から緊張感があるので期待しますが、中間の行進曲の部分ではやや燃焼不足に感じました。ここはもっと突っ走って欲しかったです。ですが追い込みのたたみかけは中々に凄いです。合唱の登場は極限の弱音で、あたかも天上界から遠くかすかに聞こえてくるような雰囲気です。ここは非常に感動的です。それが徐々に盛り上がってゆき、ついには大合唱となります。どんなにフォルテになってもハーモニーの美しさを失わないのですが、渾身の合唱は非常に感動的です。その合唱と管弦楽を優秀な最新録音で堪能できるのも快感です。

バーンスタインやテンシュテットの熱烈なファンがこの演奏をどう受止めるかは判りません。爆演型ではないので、物足りなく感じるかもしれません。けれども、全く異なるタイプの演奏、ある意味「毒消し」として聴くのにも良いと思います。などと言って誤解されると困るのですが、この演奏にはマーラーの音楽への共感はしっかりと込められています。過去のどの演奏とも一線を画すということで、是非一度お聴きになられてみてはいかがでしょうか。

<過去記事> マーラー交響曲第2番「復活」 名盤

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2010年7月10日 (土)

エッシェンバッハのマーラー交響曲第1番「巨人」

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今年はショパンとシューマンのアニヴァーサリー・イヤーですが、マーラーの生誕150周年でもあります。でも僕はマーラーに「生誕何年」という言い方は、どうもしっくり来ないのです。自分の人生を「一枚の紙切れのような人生」と言い、常に自分や回りの人間の「死」を恐れ、生まれてきた苦悩を生涯背負い続けたマーラーに「ハッピー・バースデイ」というのに何となく抵抗を感じるからです。僕としてはマーラーは、むしろ来年の「没後100年」の時に心から悼みたいと思っています。

それはさておき、クリストフ・エッシェンバッハの指揮したマーラーの新盤が最近リリースされましたので聴いてみました。クリティアン・ティーレマンがブルックナー、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスを得意とすれば、エッシェンバッハはマーラー、ブラームス、シューマンを得意にします。この二人にはドイツ・ロマン派の伝統的なスタイルを更につき詰めて行って欲しいと願います。

僕がエッシェンバッハを実演で聴いたのは、若手演奏家を集めて編成されるシュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団を率いての2005年日本公演です。その時には、ブラームスの4番がなんとも大きくロマンティクに演奏されて感銘を受けました。まるでフルトヴェングラーのようであり、しかもスケール感を失わなかったのです。幸いにも、この名演奏はCD化されています。

エッシェンバッハのマーラーの録音には、既にフィラデルフィア管との「復活」と「第6番」が有ります。どちらもスケールの大きい名演奏だと思うのですが、アメリカの楽団の中でも特に明るい響きのフィラデルフィア管というのが少々不満でした。できればドイツの楽団で彼のマーラーを聴きたいと思っていたので、今回の新盤はベルリン・ドイツ交響楽団なので嬉しいです。

実際に聴いてみると、期待した通りのドイツ的なオケの響きに満足しました。あくまでも弦楽器が土台を造り、その上に管楽器が美しくブレンドされています。音色は幾分ほの暗さを持って落ち着いた色合いです。演奏も全体としてスケールが大きく、ズシリとした手ごたえを感じます。但しテンポには振幅が有り、たたみ掛ける箇所ではかなりの高揚を見せます。終楽章の熱気、迫力もかなりのものです。

このCDの録音が優秀なのは大きなアドヴァンテージですが、それを別にしても、過去の名盤である、ワルター、テンシュテット、バーンスタイン、小林研一郎などに充分肩を並べられる演奏だと思います。

<過去記事> 「マーラー 交響曲第1番 名盤」

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2010年7月 8日 (木)

ブルックナー交響曲第5番 ティーレマン/ミュンヘン・フィル盤

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ドイツ後期ロマン派の伝統的な演奏スタイルというと、深遠で巨大、重圧というような言葉が思いつきますが、それらは現代ではすっかり失われてしまった感が有ります。かつての大巨匠たち、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュ、クレンペラーなどに代表されるスタイルは、すっかり遠い過去のものとなりました。けれども、現代の演奏家の中にも、そのようなスタイルを追求しようという人が存在しないわけではありません。たとえばクリストフ・エッシェンバッハ、それにクリスティアン・ティーレマンです。エッシェンバッハはマーラーを好んで取り上げていますが、ティーレマンのほうはブルックナー、ワーグナーを好んでいるようです。彼は今年の3月にミュンヘン・フィルと来日してブルックナーの第8番を演奏しましたが、残念ながら僕は聴き逃しました。

同じミュンヘン・フィルとは第5番のCDが有ります。これは、しばらく前に聴いて中々気に入っていたのですが、記事にするのが後回しになっていました。

ティーレマンの遅く重圧な指揮ぶりを「伝統的なふりをしている」というように意地悪く書かれているのを見かけることがあります。けれども、実際に聴いてみると、どうしてどうして、あたかも往年の巨匠が現代に蘇ったみたいなので嬉しくなります。たとえ「ふり」だろうが何だろうが、聴いて良けりゃ文句はありません。ミュンヘン・フィルは昔からブルックナー指揮者にとても恵まれていて、クナッパーツブッシュ~ケンペ~ヨッフム~チェリビダッケ~ヴァントの元で何度も演奏を繰り返してきました。第5番の録音も数多く存在します。ティーレマンは、2004年にミュンヘン・フィルの常任指揮者としての就任記念の演奏会で、この曲を選んだのですが、その時のライブ録音がこれです。その前には、ギュンター・ヴァントが1995年に残したやはりライブ盤がありますが、同じガスタイク・ホールでのコンサートなので響きがとてもよく似ています。どちらも弦と管のハーモニーに注意をはらっています。決して金管を騒々しく咆哮させるような真似はしません。ヴァントよりもティーレマンのほうが幾分金管の音量が強めなのですが、それはほんの僅かの差です。テンポは全体的にティーレマンのほうが遅く、第2楽章あたりは少々もたれ気味ではありますが、チェリビダッケのように息ができないほどに遅いわけではありません。素晴らしいのは終楽章で、巨大なフーガも聴き応え充分ですが、それ以上に魅力的なのは弦楽で奏される中間部です。旋律が美しく織り合わされて、まるで合唱のように聞こえます。この楽章が、これほど魅力的に奏されたのも稀な気がします。

この演奏は、オイゲン・ヨッフム/コンセルトへボウ盤(但し1986年録音)の神々しさには及びませんが、マタチッチ/チェコ・フィル、ケンペ/ミュンヘン・フィル、ヴァント/ミュンヘン・フィルといった名盤に充分肩を並べると思います。今後の彼には大いに期待したいと思います。

でも、CDジャケットの写真はちょいとスカし過ぎですよねぇ。こういう写真が古いファンから悪印象を持たれるのかもしれません。クナやマタチッチの無骨な顔と表情を真似しなくっちゃ。そりゃムリか・・・(笑)

<過去記事> 「ブルックナー交響曲第5番 名盤」

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2010年7月 4日 (日)

ビゼー 歌劇「カルメン」 名盤

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世界中の人に愛されているオペラ「カルメン」は、オペラの入門曲に最適だと思います。他にも「椿姫」「蝶々夫人」「魔笛」「こうもり」、あるいは「アイーダ」や「魔弾の射手」あたりも良いのですが、まずは「カルメン」が一番解り易いのではないでしょうか。僕も昔はよくLPレコードで聴いたものです。最近はすっかり遠のいていましたが、先日、新国立劇場で舞台を観てからは、再びCDで聴いています。やっぱりこの作品は理屈抜きで楽しめますね。

このオペラには、パリのオペラ・コミック座で初演されたオリジナル版とウイーンで初演されたグランド・オペラ版の二つがあります。大きな違いは、オリジナル版はセリフ入りですが、グランド・オペラ版はセリフでなく簡単なレチタティーヴォです。生の舞台ではセリフ入りも良いのですが、家でCDを聴く場合はセリフよりもレチタティーヴォのほうが好きです。ただし、余りこだわる必要は無いと思います。実際に鑑賞する場合には、演奏そのものの違いのほうがずっと受ける印象が大きいからです。

Bizet作曲家のジョルジュ・ビゼーはフランス人ですし、歌詞もフランス語ですので、当然このオペラはフランスの香りが多く漂っています。ところがビゼーは作曲の時に舞台設定の地であるスペインに滞在して、民族的な旋律を多く取り入れました。ですので、この作品はフランスとスペイン両方の曲想を持っています。ですので演奏者は、フランスの洒脱さとスペインの土俗的な雰囲気を場面場面で対応しなければならないので苦労します。そのうえ登場人物は個性的なキャラクターばかりですので、声質、上手さなど、全てに満足できる演奏というのは中々に少なくなります。更にDVDともなれば、歌手の容姿までが気になりますので、いよいよ至難の技となります。と、前置きはこれぐらいにして、僕の「カルメン」愛聴盤のご紹介をします。

Carmen_karajan ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウイーン・フィル(1963年録音/RCA盤) カラヤン最初のレコーディングです。ウイーン・フィルはさすがに歌劇場のオケだけあって弾き方が実に上手いものです。表情はリリカルですし、音の艶も申し分ありません。カラヤンの指揮も活力がありますが、重さを感じさせるところでは、充分にタメを作っていて聴き応えがあります。カルメンのレオンタイン・プライスは艶のある声と歌い方でまずは理想的といえるでしょう。コレルリのホセも素晴らしいですが、最高なのはメリルのエスカミーリョです。こりゃカルメンも惚れてしまうだろうという格好良さです。フレーニのミカエラも悪いはずが無く、主役の4人のバランスとしてはベストに思います。プロデューサーは有名なジョン・カルショーですので、臨場感を感じる録音アイディアが豊かでとても楽しめます。録音も明快です。

Karmen_callas ジョルジュ・プレートル指揮パリ国立歌劇場管(1964年録音/EMI盤) マリア・カラスがカルメンを歌う有名な録音です。プレートルは今では巨匠指揮者になってしまいましたが、この頃はまだ青二才という評価だったと思います。けれどもこの演奏は、いかにもフランス的な、軽く粋で流れるような演奏です。歌手も声の軽い人たちで固められています。ただ一人マリア・カラスを除いてです。従って、カラスの表情の濃い歌がよけいに浮き彫りになります。一見アンバランスと思えるこの配役は、実はカラスのために有るのだと思います。この歌はやはり凄いですよ。カルメンが登場したとたんに、空気が変わります。こんな歌手はちょっと居ないですね。紅白のトリの美空ひばりみたいなものです。やっぱりカラスはトリだ?(笑) 但し録音はやや古めかしさを感じます。

Karmen_bulgos ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮パリ国立歌劇場管(1966年録音/EMI盤) フランスの演奏家の場合にはどうしても軽みが出すぎて、スペイン的なアクが無くなるように思います。その点、スペイン系のブルゴスが指揮をすると、フランス的な軽みの中にも情念の濃さと情熱を感じさせて、とてもバランスが好ましく思います。カルメンのグレース・バンブリー、ホセのジョン・ヴィッカースは、ともに美声と表情が魅力的です。ミカエラのフレーニも良いのですが、問題はエスカミーリョのパスカリスで、弱々しく闘牛士らしくありません。全体的には中々に良い演奏だと思います。この演奏はセリフ入り(吹き替え)のオリジナル版です。録音はEMIとしては平均的です。

Karmen_bernstein レナード・バーンスタイン指揮メトロポリタン歌劇場(1973年録音/グラモフォン盤) 僕が学生の時に最初に買った「カルメン」は、バーンスタインのLP盤でした。前奏曲から驚くほど遅いテンポで、45回転盤を33回転で回しているかと思うほどでした。(って若い方には意味不明かも?) それは彼の晩年のマーラー演奏を先取りしたかのようです。本幕に入ってもフランスの軽妙さとはほど遠い、重量感のある演奏ぶりですが、不思議ともたれることは無く、聴き応え充分なのです。歌手はカルメンのマリリン・ホーン、ドン・ホセのジェームス・マックラッケンともに、とても良い出来だとは思うのですが、バーンスタインの個性的な指揮の前では歌手はどうしても印象が薄れてしまいます。全体がひとつのシリアスなドラマに感じられるというのが非常にユニークです。

Carmen_abadoクラウディオ・アバド指揮ロンドン響(1977年録音/グラモフォン盤) オケがロンドン響のせいもあるかもしれませんが、オペラっぽくなくて交響作品みたいな演奏です。少々堅苦しさを感じます。リリカルなのは良いですが、生気がいまひとつ欠けています。オペラの得意なアバドですから、これがライブ収録ならば随分違ったことと思います。カルメンのテレサ・ベルガンサは美声ですが、妖艶さよりも清純さを感じさせるので、好みが分かれると思います。ホセのドミンゴは流石に素晴らしいです。ミカエラのコトルバスも良いです。エスカミーリョのシェリル・ミリンズは余り闘牛士という感じではありません。アバドの指揮を含めて、全体的に小ぎれい過ぎる演奏だと思います。

Carmen_kara_berlin ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1982年録音/グラモフォン盤) カラヤン二度目の録音です。今回はセリフ入りのオリジナル版ですが、セリフはフランス人による吹き替えなので、歌手の声と異なるコテコテのフランス語発音にしらけます。ベルリン・フィルは響きは立派ですが、オペラの演奏ではやはりウイーン・フィルのほうが上に思います。カラヤンも旧盤よりもゆったりと情緒を強調した表現なので全体的に重く、流れに淀みを感じたり、もたれてしまう場合が多いです。カルメンのアグネス・バルツァは声が非常に好きですし、表情も魅惑的です。ドン・ホセのカレーラスは情熱的で思い込んだら一途という愚かさも感じさせて最高です。問題はエスカミーリョのホセ・ヴァン・ダムが、おじんくさく、伊達男さを感じません。これじゃ最後の場面でカルメンはホセに心が戻っちゃって話の結末が変わってしまうでしょう。というわけで色々と欠点は多いのですが、カルメンとホセの歌が好きなので捨て難い演奏です。

Carmen_kliber カルロス・クライバー指揮ウイーン国立歌劇場(1978年/ORF収録) これはDVDです。昔、NHKで放送されたときにVTRに録画して何度となく鑑賞した舞台映像です。海賊CD盤も出てはいましたが、音が余り良くないので、それならばDVDで観たほうが良いと思います。クライバーのオペラ指揮姿が拝めるだけでも貴重ですしね。カルメンのエレーナ・オブラスツォワは歌はなかなかですが、容姿に期待は禁物です。妖艶というには無理があります。ホセのドミンゴには文句の無いところです。クライバーの指揮は生気と色気を感じさせて見事です。演出はフランコ・ゼフェレッリですので、写実的でオーソドックスな舞台が楽しめます。この人の昔の監督映画「ロミオとジュリエット」も、中世の街を絵に描いたような映像でしたものね。

以上の演奏から、もしも初めてこの曲のCDを買おうという方に勧めるとすれば、迷うことなくカラヤン/ウイーン・フィルの旧盤です。演奏、歌唱、録音すべてにおいて欠点が無いからです。あとはどうしても捨てがたいのが、バーンスタイン/メトロポリタン盤と、カラスのプレートル盤の二つです。

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