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2010年6月 8日 (火)

マーラー 交響曲第10番から「アダージョ」 名盤

ブルックナーとマーラーの交響曲を順番に記事にしてきましたが、ようやく最後の曲にたどりつきました。昨年の11月にスタートしてから半年以上もかかってしまいました。こんなにまとめて二人の曲を聴き続けたのは初めてです。というわけで、最後はマーラーの「未完成」交響曲第10番です。

Mahler マーラーは交響曲第9番完成後の1910年の夏に、続く第10番に着手しました。再び創作に意欲を燃やしたのです。けれども彼は翌年の2月に病に倒れてしまい、5月にはこの世に別れを告げました。ですので第10番は僅かに第1楽章のアダージョがほぼ完成していたほかは、断片的なスケッチにとどまります。この曲は後年、音楽学者によって復元が行われていますが、マーラー自身はこの曲は公表をしないように言い残しています。ですので、個人的にはマーラー以外の手による復元曲を聴こうという気にはなれないのです。鑑賞するとすればアダージョのみです。

この曲は、調性がかなり失われていますし、響き自体も現代曲に近づいています。ですので、よく「シェーンベルクたちの先駆けとなった」という解説を目にしますが、僕はむしろ逆のように思っています。マーラーはウイーンに居た時に、シェーンベルクやツェムリンスキーをよく自宅に呼んでは好物の黒ビールを飲みながら、音楽について激論を交わしたそうです。時には大喧嘩にもなったそうです。けれども、マーラーはアルマに「私には彼の音楽はわからない。しかし彼は若い。彼のほうが正しいのかもしれん。私は老いぼれで、彼の音楽にはついてゆけないのだろう。」と語ったそうです。この言葉から、決してマーラーが先駆けていたのではなくて、むしろ彼は新しい音楽に置いて行かれないように必死だったのだと思います。同業のブラームス爺が、新しい音楽家のことを「まったく最近の連中はなってない!」と、さんざんこきおろしていたのとは大きな違いです。

このアダージョも「生への別れ、死への旅立ち」という雰囲気が一杯ですので、「大地の歌」の終楽章や第9番の両端楽章とその点で共通しています。しかし無調による冷たい響きと不協和音で表現されるマーラーの痛切な心の叫びは、それまでの曲以上と言えます。この曲は美しいとは思いますが、ここまで悲痛な音楽は普段はそうそう聴けるものではありません。同じ「未完成交響曲」といってもブルックナーの9番とはだいぶ異なります。でも、でも、やはりこの曲は限りなく美しく、悲しく、素晴らしい!

Mahler_g この曲の初演は、マーラーの死から14年後にウイーン・フィルにより行われました。その指揮をしたのはマーラーから「才能が無い」と言われていたフランツ・シャルクです。この曲を公表するなと言い残したマーラーは墓の中でどう思ったことでしょう。ちなみに、マーラーは生前自分の墓について、「飾りのない墓石を置いて、ただ“マーラー”とだけ書いてくれ。僕の墓を訪ねてくれるほどの人なら僕が何者かはわかっているだろう。そのほかの人には用はない。」と言ったそうです。実際にウイーンの郊外に建てられた墓はその通りになっています。

それでは僕の愛聴するCDをご紹介します。

4988005221254 レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1974年録音/グラモフォン盤) これはウイーンでのライブ演奏です。バーンスタインがこういう曲をウイーン・フィルと演奏すれば最高なのはわかりきっています。ひとつひとつの音符に深い意味が込められていて真に感動的です。録音のせいか金管が弦楽と溶け合わずに分離したようにも感じますが、反面音の動きは聞き取りやすいです。それにしても何という悲しみに満ちた音なのでしょうか。死を覚悟した(し切れない?)マーラーの悲痛な心の叫びが痛々しく思えてなりません。

Mahler1bernstein レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1975年録音/CBS SONY盤) 僕が昔LP盤で聴いていたのはこの演奏です。ウイーンライブの翌年のスタジオ録音です。二つの演奏にテンポ、表現の差はほとんど有りません。なので、このニューヨーク盤も素晴らしいのですが、やはりウイーンフィルの管や弦の持つ独特の柔らかさを望むことはできません。どちらもマーラーゆかりの楽団とはいえ、長年の間その土地の風土文化に育まれてきた音は異なります。

41tptjxqeyl_2 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1978年録音/EMI盤) 手兵のロンドン・フィルは大抵の場合でオケの力不足を感じてしまいます。けれどもこの曲では余り不満を感じさせません。弦楽中心の単一楽章だからでしょうか。全体にゆったりとしていて、バーンスタインほどの痛切さは感じさせません。どちらかいうと9番の終楽章に近い雰囲気に聞こえます。この演奏だけ聴いていれば素晴らしいと思いますが、実は後述のウイーン・フィルのライブがある為に、自分にとってはどうしても影が薄くなります。

Mahler10_eroica クラウス・テンシュテット指揮ウイーン・フィル(1982年録音/TIENTO盤) これはザルツブルク音楽祭のライブ録音ですが、USAの海賊CD-R盤です。音が良いのでマスターテープ使用だと思います。演奏はバーンスタイン以上に広がりがありスケールが大きく、まるで大波にのみ込まれるようです。全ての音符が繊細に扱われて深い意味が込められているので、最初から最後まで心底惹きつけられます。弦と管が柔らかく溶け合った録音も素晴らしいです。これを聴いていると、ウイーン・フィルでテンシュテットの9番を聴きたかったとつくづく思ってしまいます。この海賊盤には「エロイカ」も収録されていますが、これもまた非常な名演です。今年の8月にはAltusがこのコンサートの正規盤をリリースするらしいので、全ての音楽ファンは必聴です。

<追記> Altusから発売された正規盤はTIENTO盤よりも更に音が良いので、初めて聴かれる方はAltus盤を購入すべきです。TIENTO盤と同じように「エロイカ」の演奏も収録されていますが、こちらも一段と素晴らしく聴くことができます。

081 ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1984年録音/CBS SONY盤) この曲の演奏に関してはウイーン・フィルの魅力は絶大です。やはりマーラー自身が作った響きの歴史を継いでいるわけですから、このオケでなければ出せない音が有ります。悲痛さではバーンスタイン、広がりではテンシュテットですが、美しさでは遜色ありませんし、むしろ良い意味で平常心に近いまま音楽を鑑賞したいと思う時には最適かもしれません。

以上から、僕の好きな順番を上げますと、1位はテンシュテット/ウイーン・フィル、2位はバーンスタイン/ウイーン・フィル、ここまではダントツです。そして3位にはマゼール/ウイーン・フィルとなります。結局全部ウイーン・フィルですが、これはまあ仕方がありませんね。

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マーラー(交響曲第8番~10番)」カテゴリの記事

コメント

この曲、泣かせますね。

私が聴いて記事にしたのは、ちょっと変わっていて、
ギドン・クレーメル+クレメータ・バルティカのです。
これはこれで良いと思います。

バーンスタイン/ウィーンフィルのが
全集に入っているのですが、
まだ聴いていません。

楽しみです。

投稿: 四季歩 | 2010年6月 9日 (水) 19時33分

四季歩さん、こんばんは。

マーラーの醍醐味は重厚な管弦楽の響きですが、室内合奏というのは意表をついたアプローチですね。

バーンスタイン/ウイーンPOをせっかくお持ちなのでしたら、是非聴かれてください。もったいないですよー。
さっそく今晩にも!

投稿: ハルくん | 2010年6月 9日 (水) 22時14分

ごぶさたしています。10番もこんど聴いてみます、手元にないので。

夏に久々の出番があるので、目下そちらが課題です。

投稿: かげっち | 2010年6月12日 (土) 08時24分

かげっちさん、こんにちは。
ご無沙汰しました。でもお元気そうで何よりです。

夏のご出演というのは、どちらででしょう?東京近郊ならば、駆けつけるのですが・・・。九州、北海道となると???です。
ところで、何の曲を演奏されるのです?

投稿: ハルくん | 2010年6月12日 (土) 08時36分

マーラー10番…バーンスタイン/ウィーンフィルの8番とカップリングで収録されていたので、改めて聞いてみました。
ハルさんの言う通り悲しく美しい。そして、迷路に入り込んでしまった様な危うい不安定さがあって…いろんな表情を見せてくれる曲ですね。
マーラーの人生を投影しているのでしょうか?

人間の顔だって人生を映し出しますね。良い人生を送ってきた人は良い顔になる訳で…
オダチューさんがピカチューさんになっても、それが名指揮者としての味になっていくんですよね。
中古ですが、バーンスタインのブルックナー9番/ウィーンフィルを入手したので、クレンペラー盤と聞き比べてみますゞ

投稿: From Seiko | 2010年6月13日 (日) 02時06分

Seikoさん、こんにちは。

この曲は自身の死を意識したマーラーの最後の心境の表現でしょうし、それまでの人生の投影とも言えるでしょうね。この痛切さ、哀しさに心を揺さぶられてしまうのです。

バーンスタインのブルックナー9番は聴いたことがないですね。でもウイーンフィルですから、とても興味が有ります。聞き比べの御感想を是非聞かせてくださいね!

投稿: ハルくん | 2010年6月13日 (日) 17時51分

非難覚悟でコメントします。
マーラーに興味をもったならば一度はクック版による5楽章形式の演奏も聴いて欲しい。
そして聴いてダメと思ったらそれでいい。
第1楽章のアダージョだけ聴けば良い。
クック版による録音はクルト・ザンデルリンク指揮ベルリン響の録音のみ気に入っています。(国内盤・ドイツ・シャルプラッテン)
解説もたいへん丁寧で、この作品の理解を深めるのに充分なものがあります。この解説を読まなかったら私もクック版を無視していたかもしれません。
なおアダージョのみの演奏ではバーンスタイン指揮ウィーンフィルの演奏が最高であるのは異論ありません。けっして誤解しないで下さい。

投稿: 敷居が高いアサヒナファン | 2010年6月14日 (月) 00時36分

敷居が高いアサヒナファンさん、こんばんは。

そうですねー、復元版を実際に耳にしてみてからダメ出しするのもマーラーファンの本来の姿なのかもしれませんね。多くのマーラーCDを聴いているくらいなら、1枚ぐらい復元版が有っても良いでしょうしね。
まあ、これは単なる感覚的なものですが、弟子に完成を託して死んだモーツァルトのレクイエムの場合は作者公認の復元ですが、マーラーの場合は作者禁止の復元を行っているわけですから、自分としてはどうしても抵抗感が拭えないのです。
でも、「一度は聴くべき」というのは貴重なご意見だと思います。非難や誤解などは全くしませんので、どうぞご安心ください。

投稿: ハルくん | 2010年6月14日 (月) 01時06分

>個人的にはマーラー以外の手による復元曲を聴こうという気にはなれないのです。鑑賞するとすればアダージョのみです。

同意です。
一時期はクック版に入れ込みましたが
やはり第5楽章は「作り物」でしかありません。
今はもうアダージョだけで十分です。
これだけでもうお腹一杯。
それだけ優れた曲だと思います。

マゼール盤は録音も含めかなりいいですね。
ウィーン・フィルの弦の美しさが印象的です。


投稿: 影の王子 | 2013年5月 5日 (日) 11時37分

影の王子さん、コメントありがとうございます。

色々な考え方は有るのでしょうが、この曲に対する意見にご同意頂けて嬉しいです。
正に絶筆の名にふさわしい、美しくかつ壮絶なアダージョですね。

この曲に関してはウイーンフィルの演奏は別格ですね。マゼールもバーンスタインも素晴らしいですし、記事中に記載は有りませんが、アバドとウイーンPOの演奏(グラモフォン)も極めて美しいです。
個人的にはやはりテンシュテット/ウイーンPOが最も気に入ってはいますが。

投稿: ハルくん | 2013年5月 6日 (月) 10時11分

マーラーという映画ご存じでしょうか?冒頭に第一楽章のトランペット全合奏が効果的に使用されていてすごく印象的です。この曲は色々と紆余曲折しているみたいで、クック全曲版で聞くとマーラーの当初の意図とは異なった方向に曲が導かれていくような気がします。アルマへの惜別として聴くのなら全曲版、第9番とは別世界として聞くのなら第1楽章までと思います。手許にはオーマンデイ(第2版?)セル(第3楽章付)クック全曲版(レバインとウインモリス)があります。いずれも一長一短です。前述した映画をみてこの曲の奥深さをしりました

投稿: k | 2014年9月24日 (水) 06時49分

Kさん

ケン・ラッセル監督の映画でしたら観たことはありません。DVDがもっと安いと良いのですが。

第10番の全曲版は面白いことは面白いのですが、マーラー自身の筆では無いことがどうしても受け入れられません。ですので10番は自分にとってはやはりアダージョのみの曲なのですね。

投稿: ハルくん | 2014年9月24日 (水) 23時23分

こんにちは。
 ハルくんさんは、補筆版に抵抗があるようですが、補筆版の演奏を第1楽章だけ聴かれたりはしないんですか。

投稿: t2 | 2015年3月22日 (日) 16時15分

t2さん、こんにちは。

そもそも補筆版のCDは所有していません。一つぐらい有っても良いかなと思いますが、結局聴くことはほとんど無いだろうと思いますので。
必ずしも補筆が全て嫌いと言うことでも有りません。そんなことを言うと、モツレクなんか聴けなくなってしまいますからね。

投稿: ハルくん | 2015年3月23日 (月) 23時49分

こんばんは。

アバド&ウィーン・フィル盤も良いですね。
やはりマーラーはウィーン・フィルの響きを想定して
作曲したのではないか?と思わせます。

他にはクーベリックのDG盤もなかなかです
(メインの第3はイマイチでしたが)。

テンシュテットは同年にFMで聴いたのですがCDではまだです。
FM誌によるとバーンスタインの代役だったそうです。

投稿: 影の王子 | 2016年2月 9日 (火) 19時55分

影の王子さん、こんばんは。

アバド/ウイーン盤ですが、ウイーン・フィルの響きは他の楽団とはまるで違いますね。ウイーンそのものの艶とでもいうものなのでしょうかねぇ。
また中間部の現代音楽的な音のからみ合いなど本当に惹き付けられます。
ただ、バーンスタインやテンシュテットに比べると「この世の終わり」のような深刻さはいま一つですね。テンポも速過ぎに感じられます。
ですのでカップリングの9番のほうが好きな演奏ではあります。

投稿: ハルくん | 2016年2月 9日 (火) 21時00分

こんばんは。

私ももうすぐマーラーが亡くなった年齢に達しようとしてます。
そうしてこの曲を聴くと「マーラーって深刻な人だったんだなぁ」
と思ってしまいます。
私自身は世俗的なR.シュトラウスの方に共感を覚えます
(二人と違い、私は独身ですが)。
音楽にではなく、生き方としてです・・・

もう補筆完成版は聴く気になりません。
バーンスタイン&ウィーン・フィル盤で聴くと
アダージョで「完結」していると思います。

投稿: 影の王子 | 2016年3月25日 (金) 20時26分

影の王子さん、こんにちは。

マーラーは気の毒な性格だとは思いますが、あの性格がなければマーラーの音楽は音響だけのそれこそ空虚な音楽に成りかねなかったですね。我々ファンにとっては有り難いことでしたが。
自分にはとても芸術家のような生き方はできません。聖なるものにあこがれはしてもやはり世俗的ですから。

私も補筆完成版はまず聴かないですね。面白くはありますが。

投稿: ハルくん | 2016年3月27日 (日) 09時46分

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