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2010年6月

2010年6月27日 (日)

映画「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」

Cafe_de_los_maestros_2 渋谷の東急文化村ル・シネマで映画「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」を観てきました。昨日は公開初日でしたので、僕が観た3時の回も上映40分前にはチケットは売り切れとなりました。この映画は予告編を見たときから観たいなぁ~と思っていたのです。1940年代から50年代にタンゴの母国アルゼンチンで黄金時代を築いた演奏家達は既に70歳から80歳代ですが、彼らの多くは現在でも現役で、正に人間国宝級です。そんな国宝マエストロが総勢22人、タンゴの聖地ブエノスアイレスのコロン劇場に一堂に会して一夜のコンサートを開いたのです。この映画の前半は、その時に行われたレコーディング風景、後半がコンサートのドキュメントです。ですがその中で、出演者の現在と昔の映像、あるいはブエノスアイレスの街やタンゴ・カフェの現在と昔の映像、はたまたサッカースタジアムの風景などがふんだんに盛り込まれていて、時代の変化を強く感じさせます。その映像の切り替えがまるで魔法のような素晴らしさなのです。そして、タンゴといえばあの情熱的なダンスですよね。音楽に合わせて、老いも若きも大勢の踊る姿が映し出されます。とりわけ美人が美しい足を見せて激しく情熱的に踊る姿には魅了されました。

僕はタンゴといってもせいぜいアストル・ピアソラぐらいしか聴いていませんでしたが、この黄金時代のマエストロ達の演奏を観て聴いて心底圧倒されました。バンドネオンというのは、アコーディオンに良く似たタンゴの中心的な楽器ですが、名人達の音の変化、表情の変化は正に千遍万化です。この楽器とヴァイオリンがタンゴ・オーケストラの主役ですが、それがピアノ、ベース、ギターと一体となった演奏の、それはまあ素晴らしいこと。タンゴの音楽の持つ「情熱」と「哀愁」を心の底から味合わせてくれます。歌手も何人か登場してきますが、これがまた人生の年輪をひしひしと感じさせられて実に素晴らしいのです。でも驚く事に、彼らの演奏に「老い」や「衰え」は全く感じられません。逆にルービンシュタインのピアノやミルシテインのヴァイオリンのように老いてますます魅力を放っているのです。

演奏家や歌手については、これまで全く知らなかったので、ここに詳しく書くことはできませんが、知識が無くても映画は充分に楽しめます。なぜならどんな音楽でも、本物の素晴らしさは耳にするだけで分かるからです。それはきっと音楽好きな方なら、誰でも同じだと思います。クラシック・ファンでもJAZZファンでも、ROCKファンでも楽しめると思います。マエストロたちは演奏の合い間に、昔の思い出話をたくさん語ってくれますが、それがまたとても味わい深いのです。

アルゼンチン・タンゴの映画ということで、昨日の観客はほとんどが60歳以上の方たちでした。若者の街渋谷のル・シネマにこんなに年配者ばかりが集まったことってあるのかなあ。この映画は若い人にも是非観てほしいと思います。

ちなみにこの時にレコーディングされた演奏が2枚組みのCDアルバム「CAFE DE LOS MAESTROS」として販売されています。なんでも2006年のラテン・グラミー賞の最優秀アルバムだそうです。さっそくオーダーしましたので、聴いた後の感想はいずれ記事にしたいと思います。

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2010年6月21日 (月)

新国立劇場 ビゼー 歌劇「カルメン」 

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新国立劇場で公演中の「カルメン」を観に行きました。なんといっても、このオペラは有名ですし、世界中で愛好されていますよね。「わたしの名前は~カルメンでっすっ!♪」といえば、子供(但し昔の?)も知ってるピンクレディーです。冗談はさておき、このオペラは日本での初演も古く、1922年にいわゆる浅草オペラで公演されました。このときの合唱団にはエノケンも加わっていたそうです。浅草オペラは1923年に起きた関東大震災で浅草が壊滅的になったために、僅か数年間で幕を閉じてしまいましたが、当時一大オペラ・ムーブメントを起こしました。その熱狂的なファン達の中には、宮沢賢治や川端康成、それに小林秀雄、サトウハチロー、東郷青児などのそうそうたる文化人が居たんだそうですね。彼らに「カルメン」は大受けだったそうですが、それもそのはず、まずストーリーが実にわかり易いです。軍隊のしがない伍長ドン・ホセが、喧嘩騒ぎで捉えられたジプシーの美女カルメンに色目を使われて逃がしてしまい、あげくに軍隊を脱走して恋するカルメンを追いかけますが、カルメンは花形闘牛士に惚れてしまいます。結局ホセは嫉妬のあまりにカルメンを刺し殺す、という話です。モテない男がふられてストーカーになってしまい、逆恨みをして事件を起こすなんていう話は、昔からどこの国でもあったのですね。女の人(には限りませんが)は、別れ話の時にはよくよく気をつけましょうね。それと、このオペラの人気は音楽にあります。何しろわかり易いメロディの宝庫なのです。前奏曲は、あの浅草オペラ時代に「チャンチャカチャカチャカ・チャンチャカチャカチャカ・チャンチャカチャカチャカ・エッヘッヘ♪」などという可笑しな歌詞をつけて歌われて親しまれたそうです。カルメンが歌う「ハバネラ」、闘牛士エスカミーリョが歌う「闘牛士の歌」も最高ですね。

さて、前置きが長くなりましたが、現代では「浅草オペラ」ならず「新宿オペラ」です。我が国唯一のナショナル・オペラ・シアターでの「カルメン」です。演出は話の舞台であるスペインの香りがプンプン漂うオーソドックスなものなので楽しめました。指揮はマウリツィオ・バルバチーニさん。イタリアのオペラ指揮者なので手堅かったですが、もう少しスペインの土臭い歌い回しが欲しかったかなぁ。歌手については、カルメン役のキルスティン・シャべスさんはとても良かったですよ。豊満な肉体と色気が正にカルメンです。ドン・ホセ役のトルステン・ケールさん、エスカミーリョ役のジョン・ヴェーグナーさんも良かったですが、むしろ浜田理恵さんのミカエラが情感一杯の歌唱で素晴らしかったです。歌手陣にはほとんど不満が無かったのですが、実はレレレと思ったのはオーケストラです。今回担当の東京フィルハーモニーは新国立歌劇場のオケ・ピットには常連ですが、今日の演奏は正直いただけなかったです。普段の定期演奏会で弾くメンバーがどれぐらい居たのかな、と首をかしげました。もちろん定期がベストメンバーで、それ以外の公演には準メンバーが出てくるのはわかっていますけれど、それにしても腕前が随分低かったなぁ。元々こういうオペラに管弦楽の出来栄えをうるさく言うお客さんは多くはないと思いますし、僕だって生の舞台と歌には、それだけで充分満足してしまうのですが、それにしてもあんまりオペラ観客をなめたような演奏をするのは、けしからんです。そうなるとやっぱり劇場専属のオーケストラが欲しくなりますよね。海外の歌劇場の専属オケは仮に技術的に完璧ではなくても、オペラやバレエの伴奏に慣れていて、表現が上手いのですよね。せめてそういう良さを持ってもらいたいと思うのです。せっかくのナショナル・オペラ・シアターにはこれからも多く通いたいと思っているので、オーケストラにももっと力を入れて欲しいなぁ。今は亡き若杉さんの後を次いで芸術監督に就任したオダチューさん、頑張ってくださいね。

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2010年6月13日 (日)

スロヴァキア・フィルハーモニー日本公演 ~スラヴの魂~

Slovak_po スロヴァキア・フィルが3年ぶりに来日しています。チェコを代表するのがチェコ・フィルならば、スロヴァキアを代表するのはスロヴァキア・フィルです。昔から地味なオーケストラでしたが、個人的には30年前に聴いた名匠ズデニェック・コシュラーとのドヴォルザークの交響曲の録音が余りに素晴らしかったので、忘れられない存在でした。とはいえ実際に生の音を聴いたのは、3年前の公演が初めてでした。チェコ・フィルがチェコの高級レストランの味だとすれば、スロヴァキア・フィルは片田舎のレストランの味とでも言いましょうか、実に素朴な音色と味わいなのです。僕がしばしば「本場もの」の演奏に固執するのは、こういう味わいにかけがえのなさを感じるからです。

昨夜、サントリーホールで聴いたプログラムはスメタナの「モルダウ」とドヴォルザークの「チェロ協奏曲」に「新世界より」という、これ以上の組み合わせはないというプログラムです。ツアー終盤の今週、東京芸術劇場と新潟の長岡では、話題の辻井伸行くんがショパンの協奏曲を弾くのと、メインもブラームスの1番です。そちらも興味深いプログラムですが、チケットはどうやら完売しているようです。

さて、昨日のコンサートですが、指揮はチェコのレオシュ・スワロフスキー。日本には何度も来ていますが地味な存在です。ノイマンやコシュラーに指揮を学んで、地元やヨーロッパでは随分と活躍しています。実は3年前の公演もこの人の指揮でしたので、今回も奇をてらわないオーソドックスな演奏だろうとは思っていました。1曲目の「モルダウ」は正にそういう演奏でした。安心して曲そのものの美しさをうっとりと味わえます。2曲目のチェロ協奏曲の独奏は、イスラエル人のガブリエル・リプキンでした。33歳ですから若手です。非常に表現力の豊かな人だなと感じました。ただし僕の席がバックステージで、ちょうどチェロが彼の体に隠れてしまうので、音がはっきり聞きとりづらかったです。ですので、音そのものの評価は出来ないと思います。それよりも感激したのは、オーケストラの響きです。僕はこの曲が本当に好きなのですが、CDで聴いて心の底から満足できるオケの演奏は、コシュラーがチェコ・フィルを指揮した録音(独奏は提剛さん)です。けれども、昨日のスロヴァキア・フィルの響きも本当に素晴らしいものでした。そしてメインの「新世界より」も、当然のことながら、このオケの民族的な響きを堪能できる名演奏でした。スワロフスキーの指揮は3年前よりも随分、テンポの動きや表情づけが大きくなった印象です。といってもアメリカ風やドイツ風の派手な表現とはまるで異なります。演奏がどんなに盛り上がっても、管が弦の音を掻き消すように咆哮することもありません。あくまでも節度があるのです。それでこそボヘミアの音楽は生きます。

アンコールは定番の「スラヴ舞曲集」から急速な曲の作品72の7です。これまで聴いた演奏の中でも特に速く切れの良い演奏だったので、体中の血が踊りました。これこそが本場のスラヴ舞曲ですね。スロヴァキア(スラヴの国)の民族の魂を聴いた気がします。演奏終了後の聴衆の拍手も凄かったです。

せっかくですので、僕の愛聴するスロヴァキア・フィルの名演をいくつかご紹介してみます。

Kosler_dvo9 ズデニェック・コシュラー指揮/ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」(オーパス/ビクター盤) この演奏こそが学生時代に聴いて感激した、コシュラー/スロヴァキア・フィルの名演です。この時にはこのコンビで交響曲全集を残したのですが、現在では全て廃盤です。せめて「新世界より」だけでも再リリースしてほしいところです。ちなみに自分の持っている海外盤CDは第3楽章の頭の音が編集ミスで欠如していますので、最近は仕方無く買いなおした中古LP盤で聴いています。コシュラーはこの後も、チェコ・フィルとのライブ盤、チェコ国立響との新盤を残しましたが、やはりスロヴァキア・フィルとの演奏が一番好きです。

Pesek_dvo9 リボール・ペシェク指揮/ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」(仏GMS盤) チェコの指揮者ペシェクは地味な存在ですが、幸いスロヴァキア・フィルと「新世界より」を残してくれました。デジタル録音でこのオケの音を味わえるのはとても有りがたいです。全集盤ではオケがロイヤル・リヴァプールPOでしたので、個人的には引いてしまいます。ただし、この演奏は速めのテンポで、実にあっさりとしていますので、アメリカ風やドイツ風の演奏スタイルに慣れたファンの耳にはたぶん物足りなく聞こえると思います。

Cci00008ズデニェック・コシュラー指揮/ドヴォルザーク「スラブ舞曲集」(ナクソス盤) コシュラーは「スラブ舞曲集」をスプラフォンレーベルにもチェコ・フィルと録音を残しましたが、それを上回る素晴らしい演奏です。やはりコシュラーはスロヴァキア・フィルと最も相性が良かったと思います。全曲ともローカルな味わいに溢れていて、いかにも農民達の踊りを感じさせてくれますし、作品72-2のドゥムカの情感の美しさは他にちょっとありません。個人的にはノイマン盤よりも好んでいます。録音も優秀ですし、入手もしやすいので絶対のお薦めです。

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2010年6月 8日 (火)

マーラー 交響曲第10番から「アダージョ」 名盤

ブルックナーとマーラーの交響曲を順番に記事にしてきましたが、ようやく最後の曲にたどりつきました。昨年の11月にスタートしてから半年以上もかかってしまいました。こんなにまとめて二人の曲を聴き続けたのは初めてです。というわけで、最後はマーラーの「未完成」交響曲第10番です。

Mahler マーラーは交響曲第9番完成後の1910年の夏に、続く第10番に着手しました。再び創作に意欲を燃やしたのです。けれども彼は翌年の2月に病に倒れてしまい、5月にはこの世に別れを告げました。ですので第10番は僅かに第1楽章のアダージョがほぼ完成していたほかは、断片的なスケッチにとどまります。この曲は後年、音楽学者によって復元が行われていますが、マーラー自身はこの曲は公表をしないように言い残しています。ですので、個人的にはマーラー以外の手による復元曲を聴こうという気にはなれないのです。鑑賞するとすればアダージョのみです。

この曲は、調性がかなり失われていますし、響き自体も現代曲に近づいています。ですので、よく「シェーンベルクたちの先駆けとなった」という解説を目にしますが、僕はむしろ逆のように思っています。マーラーはウイーンに居た時に、シェーンベルクやツェムリンスキーをよく自宅に呼んでは好物の黒ビールを飲みながら、音楽について激論を交わしたそうです。時には大喧嘩にもなったそうです。けれども、マーラーはアルマに「私には彼の音楽はわからない。しかし彼は若い。彼のほうが正しいのかもしれん。私は老いぼれで、彼の音楽にはついてゆけないのだろう。」と語ったそうです。この言葉から、決してマーラーが先駆けていたのではなくて、むしろ彼は新しい音楽に置いて行かれないように必死だったのだと思います。同業のブラームス爺が、新しい音楽家のことを「まったく最近の連中はなってない!」と、さんざんこきおろしていたのとは大きな違いです。

このアダージョも「生への別れ、死への旅立ち」という雰囲気が一杯ですので、「大地の歌」の終楽章や第9番の両端楽章とその点で共通しています。しかし無調による冷たい響きと不協和音で表現されるマーラーの痛切な心の叫びは、それまでの曲以上と言えます。この曲は美しいとは思いますが、ここまで悲痛な音楽は普段はそうそう聴けるものではありません。同じ「未完成交響曲」といってもブルックナーの9番とはだいぶ異なります。でも、でも、やはりこの曲は限りなく美しく、悲しく、素晴らしい!

Mahler_g この曲の初演は、マーラーの死から14年後にウイーン・フィルにより行われました。その指揮をしたのはマーラーから「才能が無い」と言われていたフランツ・シャルクです。この曲を公表するなと言い残したマーラーは墓の中でどう思ったことでしょう。ちなみに、マーラーは生前自分の墓について、「飾りのない墓石を置いて、ただ“マーラー”とだけ書いてくれ。僕の墓を訪ねてくれるほどの人なら僕が何者かはわかっているだろう。そのほかの人には用はない。」と言ったそうです。実際にウイーンの郊外に建てられた墓はその通りになっています。

それでは僕の愛聴するCDをご紹介します。

4988005221254 レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1974年録音/グラモフォン盤) これはウイーンでのライブ演奏です。バーンスタインがこういう曲をウイーン・フィルと演奏すれば最高なのはわかりきっています。ひとつひとつの音符に深い意味が込められていて真に感動的です。録音のせいか金管が弦楽と溶け合わずに分離したようにも感じますが、反面音の動きは聞き取りやすいです。それにしても何という悲しみに満ちた音なのでしょうか。死を覚悟した(し切れない?)マーラーの悲痛な心の叫びが痛々しく思えてなりません。

Mahler1bernstein レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1975年録音/CBS SONY盤) 僕が昔LP盤で聴いていたのはこの演奏です。ウイーンライブの翌年のスタジオ録音です。二つの演奏にテンポ、表現の差はほとんど有りません。なので、このニューヨーク盤も素晴らしいのですが、やはりウイーンフィルの管や弦の持つ独特の柔らかさを望むことはできません。どちらもマーラーゆかりの楽団とはいえ、長年の間その土地の風土文化に育まれてきた音は異なります。

41tptjxqeyl_2 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1978年録音/EMI盤) 手兵のロンドン・フィルは大抵の場合でオケの力不足を感じてしまいます。けれどもこの曲では余り不満を感じさせません。弦楽中心の単一楽章だからでしょうか。全体にゆったりとしていて、バーンスタインほどの痛切さは感じさせません。どちらかいうと9番の終楽章に近い雰囲気に聞こえます。この演奏だけ聴いていれば素晴らしいと思いますが、実は後述のウイーン・フィルのライブがある為に、自分にとってはどうしても影が薄くなります。

Mahler10_eroica クラウス・テンシュテット指揮ウイーン・フィル(1982年録音/TIENTO盤) これはザルツブルク音楽祭のライブ録音ですが、USAの海賊CD-R盤です。音が良いのでマスターテープ使用だと思います。演奏はバーンスタイン以上に広がりがありスケールが大きく、まるで大波にのみ込まれるようです。全ての音符が繊細に扱われて深い意味が込められているので、最初から最後まで心底惹きつけられます。弦と管が柔らかく溶け合った録音も素晴らしいです。これを聴いていると、ウイーン・フィルでテンシュテットの9番を聴きたかったとつくづく思ってしまいます。この海賊盤には「エロイカ」も収録されていますが、これもまた非常な名演です。今年の8月にはAltusがこのコンサートの正規盤をリリースするらしいので、全ての音楽ファンは必聴です。

<追記> Altusから発売された正規盤はTIENTO盤よりも更に音が良いので、初めて聴かれる方はAltus盤を購入すべきです。TIENTO盤と同じように「エロイカ」の演奏も収録されていますが、こちらも一段と素晴らしく聴くことができます。

081 ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1984年録音/CBS SONY盤) この曲の演奏に関してはウイーン・フィルの魅力は絶大です。やはりマーラー自身が作った響きの歴史を継いでいるわけですから、このオケでなければ出せない音が有ります。悲痛さではバーンスタイン、広がりではテンシュテットですが、美しさでは遜色ありませんし、むしろ良い意味で平常心に近いまま音楽を鑑賞したいと思う時には最適かもしれません。

以上から、僕の好きな順番を上げますと、1位はテンシュテット/ウイーン・フィル、2位はバーンスタイン/ウイーン・フィル、ここまではダントツです。そして3位にはマゼール/ウイーン・フィルとなります。結局全部ウイーン・フィルですが、これはまあ仕方がありませんね。

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2010年6月 1日 (火)

マーラー 交響曲第9番二長調 名盤 

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マーラーはアメリカからヨーロッパに戻っていた1909年の夏に交響曲第9番を完成させました。そして再びニューヨークへ行った1910年の冬に、この曲の修正にかかりきりになりました。それでもクリスマスには、妻アルマと娘と、家族だけで水入らずの楽しい時間を過ごしたそうです。それはマーラーがこの世を去ることになる僅か5ヶ月前のことでした。

『第9交響曲』の迷信におびえて、9番目の交響曲に「大地の歌」と名づけたマーラーにとって、この曲は本当は10番目の交響曲です。そして、後期ロマン派の巨人が完成させた最後の交響曲となったのです。果たして、この作品は生涯の大傑作となりました。曲の構造は第6番以来のシンプルな4楽章構成です。けれども内容は長い曲の中にぎっしりと詰め込まれています。

第1楽章 アンダンテ・コモード

第2楽章 ゆるやかなレントラー風のテンポで(歩くようにそして極めて粗野に)

第3楽章 ロンドーブルレスケ、アレグロ・アッサイ(極めて反抗的に)

第4楽章 アダージョ 

なんといっても驚くべきは、この曲は長大であるにもかかわらず、どこをとってもおよそ無駄が無いことです。楽想は相変わらず、静けさ、激しさ、怖さ、優しさなどが、次々と表情を変えて繰り返されるマーラー調なのですが、音楽が結晶化されているために少しも停滞する事がありません。長い第1楽章から音楽の深さははかりしれず、生と死の狭間で激情的に揺れ動くマーラーの精神そのものです。第2楽章の素朴な雰囲気と中間部の高揚は心をとらえて止みません。第3楽章の激しさにも大いに惹かれます。この皮肉的な楽しさは、マーラーの現世との最後の戦いだったのでしょう。そして終楽章アダージョでは、とうとう黄泉の国に分け入ってゆくような神秘感を一杯に漂わせています。マーラーは自身の死を既にはっきりと予感していたのでしょう。僕はマーラーの全交響曲の中で、やはりこの曲が最も好きですが、古今の交響曲の中でも、肩を並べられるのはブルックナーの9番しか有りません。

僕はこの曲を一度演奏したことが有ります。もう三十年も前のことですが、大学を卒業した年に、当時交流のあった都内の大学数校のオーケストラによる合同コンサートが開かれたのです。指揮をしたのは久志本 涼さんでした。楽器を始めた時にはまさかマーラーの9番を演奏できるなどとは思ってもいませんでした。この2年前には「復活」を演奏することも出来ましたし、つくづく幸せな学生時代だったと思います。

聴き手として接した比較的最近の演奏では、2008年のパーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送響の来日公演があります。決してドロドロと情念の濃い表現では有りませんが、音楽への共感を深く感じられてとても良い演奏でした。彼のマーラーは是非また聴きたいと思っています。

この曲の愛聴盤はもちろん少なくは無いので全て聴き直すのが中々大変でしたが、順番にご紹介していきたいと思います。

Walter_mahler_9 ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1938年録音/EMI盤) ユダヤ系であったワルターは戦前からナチスによって様々な妨害を受けていましたが、これはオーストリアがドイツに占領される僅か2ヶ月前のウイーンでの歴史的演奏会です。これが単なる「記録」に留まらないのは、録音が非常に明快な為に、演奏を充分に鑑賞することが出来るからです。ここにはマーラーからその才能を高く評価されたワルターが、同じユダヤ系の師の音楽を命がけで守ろうという強靱な意思の力を感じます。現代の指揮者にこのような精神状態になれというのは無理な話です。真に「鬼気迫る演奏」というのはこのような演奏のことでしょう。

3199040660 ブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1961年録音/CBS盤) あの壮絶な1938年盤と比べると、随分ゆったりと落ち着いた演奏です。「ゆったり」とは言っても緊張感に欠けるわけでは有りませんが、どうしても38年盤の印象が強すぎるのです。時にはかつてのような激しさを垣間見せたりもしますし、細部の表情づけも入念で、やはりワルターだけのことはあります。それをステレオ録音で聴けることは有り難いとは思います。でも、やっぱりどこかで「生ぬるさ」を感じてしまうのですね。 

Bar9 サー・ジョン・バルビローリ指揮ベルリン・フィル(1964年録音/EMI盤) 定期演奏会の余りの素晴らしさに楽団員たちが感激して、急遽録音を行うことになったという有名な演奏です。バルビローリのマーラーとしても5番、6番ではニューフィルハーモニアというオケの弱さがありましたが、ベルリン・フィルは最高です。阿修羅のようなバーンスタインが「現世での戦い」ならば、こちらはいわば「過ぎ去った戦いの追想」です。遠い昔を懐かしんでいるかのような風情がたまりません。特に弦楽の扱いの素晴らしさが、そういう雰囲気をかもし出すのだと思います。けれども熱さが無いわけではなく、静けさと熱さが同居する稀有な名演だと思います。

Mah9_anche カレル・アンチェル指揮チェコ・フィル(1966年録音/スプラフォン盤) アンチェルが「プラハの春」事件で亡命する2年前の録音です。この人のお国もののドヴォルザークやスメタナは最高に好きですが、それ以外ではこれまで心底気に入った演奏はありません。この演奏も中々に立派な演奏ではあるのですが、バルビローリの後に聴くと、弱音部分でのニュアンスや共感度合いでどうしても聴き劣りしてしまいます。弦楽にも硬さを感じます。第3楽章ロンドーブルレスケは切れの良さで楽しめますが、少々健康的過ぎるのが気になります。ということで、アンチェルのファン以外には余りお勧めはできません。

Mah9_horen ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ロンドン響(1966年録音/BBCレジェンド盤) 知る人ぞ知るマーラー指揮者ホーレンシュタインの演奏は昔LPで聴いた6番が無骨ながらも非常に惹きつけられる演奏でした。1楽章冒頭の弦は意外にあっさりと開始しますが、徐々に情念と熱気の高まりを増してきます。やはりユダヤの血を感じます。2楽章は遅く穏やかで、これこそレントラー風です。但し中間部はスケール大きく聞かせます。第3楽章ロンドーブルレスケは無骨の極みで巨大な演奏に惹きつけられます。後半では鳥肌が立つほどです。アダージョも美しく深い演奏です。これはクナッパーツブッシュがマーラーを指揮したらかくやと思わせるような?演奏かもしれません。但しオケにミス、傷はだいぶ目立ちます。

B000csuwrg_09_lzzzzzzz オットー・クレンペラー指揮ウイーン・フィル(1968年録音/TESTAMENT盤) これはウイーンでのライブ録音です。柔らかい音色や人間味の溢れる味わいは確かに魅力的なのですが、この曲に要求される凝縮力や緊張感に欠ける気がします。録音のマイク・セッティングのせいで、オケが小編成に聞こえるのも気になります。この人の7番のような巨大な超名演と比べると満足し切れないというのが、正直な感想です。クレンペラーには1967年のニュー・フィルハーモニアとのスタジオ録音(EMI盤)も有り、3楽章での遅いテンポによる巨大な表現や終楽章後半は素晴らしいですが、全体としてはウイーンPOの魅力を聴ける、こちらの演奏のほうが良いとは思います。

Kubelikmahler9 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1975年録音/audite盤) これは東京のNHKホールでのライブ録音です。クーベリックのマーラーは大抵が速めのテンポで熱く、ユダヤ調のしつこさは無いのに感情に強く訴えかける、という具合ですが、この演奏もやはり同様です。但し、1、2楽章ではまだ少々燃焼不足を感じさせます。3楽章でエンジン全開となって、続くフィナーレではこの世の惜別の歌を感情一杯に聞かせてくれます。

41ssfkrzcpl カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ響(1977年録音/グラモフォン盤) この演奏は昔、LP盤で愛聴しました。遅いテンポでスケールの大きな、いかにもジュリーニの演奏です。けれども、感情の嵐が吹き荒れるような部分でもイン・テンポを保つために、幾らか一本調子な感もあります。2楽章の中間部や3楽章などは、そのイン・テンポが確かに巨大な迫力を生んで素晴らしいのですけれど、ここまで感情の揺れが無いマーラーってのもどうかなぁ、と思わないでもありません。しかし、そこがジュリーニの魅力なのですね。分厚い音の合奏も、さすがにシカゴ響で聴き応えが有ります。

Img_739346_23409081_0 レナード・バーンスタイン指揮ベルリン・フィル(1979年録音/グラモフォン盤) バーンスタインがベルリン・フィルを振った余りにも有名な演奏です。当時FM放送からテープへ録音して何度も聴きました。この人のマーラーは必ずしも全てが最高だという訳ではないですが、9番だけは比較を絶する凄さです。壮絶さという点で並び得るのが戦前のワルターのみでしょう。全ての音が意味深く共感に溢れ、生と死の狭間で揺れるマーラーの精神がこれほどまでに音楽になり切っている例は他に決して無いと思います。あとは後年のコンセルトへボウ盤との比較のみです。 

41tptjxqeyl クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1979-80年録音/EMI盤) 晩年に入る前のスタジオ録音です。テンシュテットのライブ演奏の凄さを知る者にとっては、もの足りなさが残ると思います。これも普通に素晴らしい演奏なのは確かなのですが、どうしても期待が過大になってしまうからです。それでも部分的には彼らしい表現力に耳を奪われる瞬間は多く有ります。圧倒的な感動までに至らないのが残念です。ロンドン・フィルの力量は例によって、いまひとつというところです。

00000153839 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1982年録音/グラモフォン盤) カラヤンが手兵ベルリン・フィルとバーンスタインの演奏の評判の高さに対抗心を燃やしたとしか思えません。同じライブ盤を3年後に残したのですから。この演奏は美しく、アンサンブルも最高なのですが、およそ「死の翳り」というものは感じられません。余りに健康的だとも言えます。元々俗人のリヒャルト・シュトラウスを得意とするカラヤンとマーラーの生まれ変わりのようなバーンスタインとでは根本的に資質が異なります。マーラーを振って勝負になるはずが有りません。カラヤンがベルリン・フィルを二度とバーンスタインに振らせなかったのも何となくうなずけます。

081 ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1984年録音/CBS SONY盤) マーラーと縁の深いウイーン・フィルの演奏だというだけで惹かれてしまいます。戦前ほどの濃密さは無いですが、それでもこの柔らかい音は他のオケとは違います。それでいて現代的なアンサンブルも持ち合わせているので魅力的です。バーンスタインほどテンポに緩急はつけず、ジュリーニほどインテンポではないですが、バランスの良さを感じます。終楽章のみ少々速く感じますが、非常に美しいです。この演奏はウイーン・フィルのマーラーを良い録音で聴きたい方にはお勧めです。

1852957571 レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1985年録音/グラモフォン盤) バーンスタインはカラヤンの邪魔立てを知ってか、それならと「へーん、ベルリンPOを振らなくったっていい演奏は出来るやーい」と、今度はコンセルトへボウと録音を行いました。こうなればマーラー演奏に伝統の有るコンセルトへボウは負けるわけには行きません。かくて両者の意地がベルリンPO以上の演奏が実現しました。スケールの大きさ、完成度ではこちらがずっと上です。3楽章のたたみかける迫力もベルリンPO以上。終楽章の神秘性、寂寥感も最高です。どちらか一つを選ぶなら僕は迷わずにコンセルトへボウ盤を取ります。

Tm_mahler9_bertini ガリー・ベルティーニ指揮ウイーン響(1985年録音/WEITBLICK盤) これはEMIへの録音盤ではなく、ウイーンでのライブ演奏です。ベルティーニはケルン放送を振るときよりもずっとオケの自発性に任せている印象で、おおらかさを感じます。最初はかなり手探り状態で危なっかしいのですが、少しづつ調子が上がって行くのがいかにもライブです。2、3楽章もオーケストラにミスも多く、荒い感じがしますが、終楽章では神秘的な雰囲気を漂わせていて感動的です。やはり良い演奏だと思います。ムジークフェラインの響きを美しく捉えた録音も良いです。

Vcm_s_kf_repr_354x359クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル(1987年録音/グラモフォン盤) ウイーンでのライブ録音です。弦も管も非常に響きの美しさを感じます。しかもライブとは思えないほどにアンサンブルが優秀で、安心して聴いていられます。3楽章のドライブ感も実に見事です。ただし問題は、この曲の「怖さ」が余り感じられないことです。悲劇性、汚さから離れて、ひたすら美しさに徹した演奏には幾らか疑問を感じます。アバド/ウイーンPOの3番、4番は文句無しの名演奏ですが、この曲の場合は、そこまでの感銘は受けません。ただ、聴き疲れしませんし、何度でも繰り返して聴ける名盤だと思います。深刻なマーラーは苦手だと言われる方には是非のお薦めです。

Bertini_mahler9ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/EMI盤) EMIへの全集録音ですが、「大地の歌」と同様に日本でのライブ収録です。さすがに手兵のケルン放送だけあって、スタジオ録音と間違えるほどに完成度が高いです。録音も広がりが有り優れています。ユダヤ的な粘着性は余り感じさせない耽美的な演奏ですが、この人の職人的な面が最上に発揮されています。但し、マーラーの死への恐れの心情表現は必ずしも充分に感じられず、終楽章も余り心に深く響きません。むしろ完成度は低くとも終楽章はウイーン響盤の方が感動的でした。

Cc2f2 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1995年録音/CANYON盤) この演奏には激しさはおよそ感じませんし、全体のテンポも極めて中庸です。けれども、全ての音符に意味深さが込められているので、聴いているとマーラーの音楽が自然にどんどん心の奥底まで染み入って来ます。これは凄いことです。ノイマン晩年のマーラー再録音はどれもが素晴らしいのですが、この9番は、3番、6番と並んで特に優れた演奏だと思います。チェコ・フィルの音は非常に美しいですし、CANYONの録音はもちろん優秀です。

Ozawa_mahler9小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラ(2001年録音/SONY盤) 自分は同じ日本人として小澤さんを尊敬しているのですが、サイトウ・キネン・オケについては少々懐疑的なのです。スーパー臨時編成オケで、松本フェスティヴァルでの中心的役割を果たすのは良いとしても、次々と発売されたライブCDにはどうも商業主義を感じずにはいられませんでした。この演奏は東京文化会館でのライブ録音で、もちろん水準を越える出来栄えですが、常設オケのような熟成された音が感じられません。この直後にボストン響を指揮したフェアウェル・コンサートと比べると大きな差が有るように感じます。出来ればボストン・ライブをCDリリースして欲しいところです。

実は、この曲は普通に演奏してくれれば、どの演奏も感動的です。それほど音楽が素晴らしいからです。この曲を演奏して、もしも人を感動させられなければ、その演奏家はマーラーを演奏しないほうが良いのかもしれません。僕の好みでベスト盤を上げてみますと、迷うことなくバーンスタイン/コンセルトへボウ盤です。それに続いてバーンスタイン/ベルリン・フィル盤です。この2つはたとえどちらか片方のみだけでも充分過ぎるほど満足できますが、やはり両方としたいです。バーンスタインが余りに素晴らしいので、その他は随分引き離されますが、バルビローリ/ベルリン・フィル盤は個人的に大好きです。それ以外はかなり団子状態ですが、マゼール/ウイーン・フィル盤、ベルティーニ/ウイーン響盤、ノイマン/チェコ・フィル盤には捨て難い良さが有ります。そして番外として外せないのは歴史的演奏のワルター/ウイーン・フィル盤です。

<追記>アバド/ウイーン・フィル盤、小澤/サイトウ・キネン盤を後から加筆しました。アバド盤はとても気に入っています。

<後日記事> 
マーラー 交響曲第9番 バーンスタイン/イスラエル・フィル盤

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