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2010年4月11日 (日)

マーラー 交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」 名盤

Mahler_41 マーラーが「交響曲」というカテゴリーの音楽形式を、果たして発展させたのか、あるいは破壊したのかは良く判りません。けれども、多くの先人達の誰とも異なる新しい発想と手法で、極めて革新的な作品を世に生み出したことだけは確かです。第1交響曲から第7交響曲までの、どの作品をとっても大変に個性的でしたし、巨大なスケールを持った曲が何曲も有りました。しかし、この第8交響曲に至っては、およそ過去の常識を超えた巨大な作品を創造したのです。スケールにおいて、正に「交響曲の横綱」です。マーラーはこの曲を、最初は4楽章構成で書いていましたが、そのうちに第1楽章を前半とし、第2~4楽章をまとめて後半とする、2部構成に書き直しました。声楽の比重が高いので、交響曲というよりも、むしろ壮大なオラトリオのような印象です。マーラーはこの曲のスケッチを書き上げた直後に、指揮者のメンゲルベルクに次のような手紙を送っています。

『私は、ちょうど今、第8交響曲を書き上げたところです。これは、今までの私の最大の作品であるだけでなく、内容においても形式においても類のないもので、言葉ではとても表現することができません。宇宙がふるえ、鳴り響くさまを想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、運行する惑星や太陽のそれなのです。』

この手紙からも、この曲がマーラーの大変な自信作であったことが良く判ります。また次のように語ったこともあります。

『これまでの私の交響曲は、すべて主観的な悲劇を扱っていたが、この交響曲は、偉大な歓喜と栄光をたたえるものである。』

マーラーの生涯は常に厭世的な死の恐怖にさらされていたと思われますが、だからこそ、神の国へ入る永遠なる喜びを求めて、このように作品を書き上げたのでしょう。

そして1910年9月12日、今から丁度100年前のミュンヘンにおいて第8交響曲の初演が行われました。指揮台に立つのはマーラー自身です。何しろこの曲は大オーケストラと大合唱、少年合唱、8人のソリスト、総勢800人を必要とします。初演の際にはスタッフを含めて総勢1030人で公演が行われたそうです。この時の聴衆は3000人だったそうです。その様子を愛聴アルマが「回想と手紙」の中で書き記しています。

『ミュンヘンに住むすべての人々、それにこの演奏会を聴きに各地から集まってきたすべての人々の息づまるような緊張は、そら恐ろしいばかりだった。最後の総練習からして、早くも居合わせたすべての人々を熱狂的な興奮にたたきこんだ。だが本番の時の狂乱はもはやとどまるところを知らない有様だった。マーラーが指揮台に現われると、満場の聴衆は一斉に起立し、あとは水を打ったように静まりかえった。桟敷に座っていた私は興奮のあまり気を失いそうだった。』

開演前から凄まじい様子だったようですが、演奏会は圧倒的な大成功を収めました。マーラーはこのとき、聴衆にとって「神様」そのものとなったことでしょう。

僕はこの曲を生演奏では、10年ほど前の小林研一郎指揮の日本フィル定期でしか聴いたことしかありません。日本フィルは、普段はオケの力不足を感じることが多いのですが、このときばかりはオーケストラと合唱団が渾然一体となった熱演に大変感動させられました。この曲はCDでも、普段は滅多に聴きません。このような破格の曲は破格の演奏で、時々に聴けば良いと思えるからです。ですので所有するCDの数も限られています。

4988005221254 レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1975年録音/グラモフォン盤) マーラーの生まれ変わりのような指揮者バーンスタインがザルツブルク音楽祭で演奏したライブ録音です。これは初演のときの熱狂ぶりを思わせるような大変な熱演です。ウイーン・フィルがまるでうなるように白熱の演奏をしていますが、合唱団もまた天にも届けとばかりに熱く熱く歌い上げています。やはりこの曲は、このように破格の感動を得られる演奏で聴きたいと思います。録音は最新ではありませんが、この曲を家でCD鑑賞するのには充分なレベルにあります。

F4ad7f18l クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1986年録音/EMI盤) EMIに交響曲全集の録音を進めていたテンシュテットが癌を発病した後の録音です。いかにもテンシュテットらしい壮大なスケールの演奏です。録音のせいで合唱の位置がやや遠くに聞こえるのが最初のうち気になりますが、慣れてしまうと気にならなくなり、やがて気迫に圧倒されるようになります。オケの力強い音と表現力もロンドン・フィルとは思えません。そのうえ演奏には、なんとなく「オラトリオ」を聴いているような、不思議な格調の高さが有ります。これは、もしかしたら合唱団がイギリスの団体なので、ドイツ語の硬いアクセントが無いからなのかもしれません。

519vhdryhalガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/EMI盤) 東京での歴史的全曲チクルスでのライブ録音です。この大規模な作品を、再度セッション録音するのも大変なことでしょうが、その必要が全く無いぐらいに完成度の高い演奏です。第9番といい「大地の歌」といい、ライブでこのような演奏が可能であるとは、当時のケルン放送響がベルティーニの手でどれほど厳しく鍛えられていたか良く分ります。バーンスタインやテンシュテットのように宇宙的なまでではありませんが、充分にスケールの大きさが有りますし、合唱も非常に優れています。

519 ディミトリー・ミトロプーロス指揮ウイーン・フィル(1960年録音/オルフェオ盤) マーラー生誕100年の年のザルツブルク音楽祭ライブです。ミトロプーロスはニューヨークフィルとケルン放送でマーラーを多く演奏しましたが、さすがにウイーン・フィルとの記念演奏会とあってはまた別格の演奏です。演奏内容だけをとれば15年後の同じザルツブルクでのバーンスタイン以上の凄さだからです。但し、録音がいくら良質なモノラルとはいっても、金管の強奏では音が割れますし、この壮大な曲と演奏を再生するのには、やはり無理が有ります。あくまでも記録としての価値にとどまるでしょう。でも本当に凄い演奏です。

これ以外では、クーベリック/バイエルン放送響(グラモフォン盤)はLP時代によく聴きました。非常に整った演奏でしたが、むしろ未聴であるライブ録音のほうに期待しています。

<関連記事>
マーラー 交響曲第8番 クラウス・テンシュテットのロンドン・ライブ

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マーラー(交響曲第8番~10番、大地の歌)」カテゴリの記事

コメント

ハルさん
こんばんは

早いものですね。
もう8番ですね。
マーラー、ブルックナーシリーズ楽しませていただいております。

8番はバーンスタイン&ニューヨークフィルのものとノイマン&チェコフィルのを持ってます。
やはり、バーンスタインの方が自分には合ってます。ウィーンフィル盤は未聴です。

投稿: kurt2 | 2010年4月11日 (日) 23時14分

kurt2さん、こんばんは。

いつも有り難うございます。
ええ、8番まで来ると残りももう少しですので頑張っています。

バーンスタインはウイーン盤の他にはロンドン響盤では有りませんでしたっけ?
ノイマンは未聴ですが、こういう破格の曲には少々物足りなく感じそうです。

投稿: ハルくん | 2010年4月12日 (月) 00時01分

交響曲第8番の第2部はゲーテの「ファウスト」第2部から最終の場です。(私にとって、これが重要!)
私は第2部だけをよく聴きます。
この作品の録音のベストは、やはりバーンスタイン指揮ウィーンフィルの録音ですが、クーベリックの録音も愛着があります。
クーベリック盤でのエディット・マティスのソプラノ独唱が大好きだからです。
晩年にさしかかって来たマーラーが、この「ファウスト」の大詰めの場面で何を見ようとしたのか、聴くたびに思いを馳せるものがあります。

投稿: オペラファン | 2010年4月12日 (月) 11時04分

ゲーテの「ファウスト」を初めて読んだ(もちろん和訳で)のは、中学生の時でしたが、内容が難しくて判りませんでした。
この第2部では、「この世ははかない仮の世で、人間は救われて天国に入る」と歌われますね。マーラー自身も救われたいと切に願っていたのだと思います。

投稿: ハルくん | 2010年4月12日 (月) 23時59分

ハルくん様。来ましたね、千人の交響曲。
私もバーンスタイン-ウィーンフィル盤ですよ。
このCDを購入する時、世界の小澤-ロンドン響と、さてどっちにするかで散々考えて、こちらにした記憶があります。
理由は合唱がウィーン少年合唱団だったから。天使の歌声を小学生の頃、一度聞いて素晴らしかったからです(当時は毎年来日してましたよね?)結果…演奏も歌も申し分ありません。凄い!の一言。
今年マーラー生誕150年。来年没後100年の特集をN響アワーで1年かけてやるという事で、マーラーの色々な逸話なども紹介される様で楽しみです。

投稿: From Seiko | 2010年4月13日 (火) 12時41分

またもやうち間違い…ロンドンじゃなくボストンと入力したつもりでした↓幅の広いハル様は小さなミスを指摘する方ではないでしょうが、一応訂正しておきます。
注釈…人間としての幅の広さですよ。身体のサイズは存じ上げておりませんから。

投稿: 追記 うっかり者のSeikoです | 2010年4月13日 (火) 21時03分

Seikoさま、わざわざご訂正ありがとうございます。

人間としての巾の広さは、年齢的には人並み程度でしょうか。最近運動不足でウエストが少しづつ膨らんでいますけど、って話では無かったですね!(爆)

やっぱりバーンスタイン/ウイーンですか。このCDをお選びになられて間違いは無いですからね。

個人的にはマーラーの生誕150年って、あんまりピンとこないのです。マーラーは生れた時のドラマは感じませんが、死ぬ時はドラマそのものだったと思うからです。ですので来年の没後100年こそは、この人の死を心から悼みたいと思っています。

投稿: ハルくん | 2010年4月13日 (火) 23時24分

再々こんにちは。

ショルティ/シガコ+ウィーン合唱盤で初体験。
西独盤だったのと、合唱がウィーンだったので購入。合唱が際立つ分、録音の問題からかオーケストラ自体は遠く感じ印象に残らず。

先程バーンスタイン/ウィーン'75ライヴ聴きました。
合唱も、オーケストラもよく聞こえるし聴き応え在りました。

91年独盤で10番と8番1楽章が1枚目、2~4楽章が2枚目に収録。
いま貴blogの【2部構成】の件を拝読し、Discの収め方に納得。

8番は2番と違い、もう声楽なのでは。音質からそう感じるのカモ知れませんが、ショルティ盤はより宗教曲な感じで、嫌いではありまセン。

投稿: source man | 2010年4月25日 (日) 17時52分

source manさん、こんばんは。

8番は極めて声楽的ですけれど、オケも重要な事には変わり有りません。ですので演奏(録音)のバランスが非常に難しいのでしょうが、バーンスタインのバランスは自分には理想的に思えます。
ショルティは実は元々余り好きでは無いので、この曲も聴いていません。しかし一度ぐらいは聴いてみるべきですね。ありがとうございます。

投稿: ハルくん | 2010年4月27日 (火) 00時40分

ハルくん様

morokomanです。

昨年の大晦日は、日付がかわる直前にシベ4を聴きました。そして、凍りつくように曲が終わって、しばらくすると除夜の鐘が鳴り始めました。しばらくそれに耳を傾けてから、シベ5を聴きました。

「死」もしくは「終焉」と「再生」をイメージする上で、本当に理想の組み合わせです。シベ4&5は。この組み合わせ、CDで絶対に定着して欲しい!

その前の年も大晦日と正月はそんな感じで、それ以後シベ5三昧に突入しました。今年もそうしようか、と思ったのですが、毎回そんな感じでは進歩がない……なので、違った曲にしようと思いました。普段はあまり聴かないマーラーあたりにしよう、と思い立ちました。

何にしようかなと思ったとき、かつてハルくん様とのやり取りで、マーラーの場合正月は3、4、8を聴く、といったことお書きになっておられたことを思い出しました。

自分の場合は、4番は季節的に冬と春の合間、すなわち3月を聴きどきにしており、3番は夏ですね。なので、残っているのは8番です。8番を聴いてみよう、と思いました。

実は、今まではこの8番は苦手でして……。数回聴いて以後敬遠していました。大人数でワーワー騒いでいるようなイメージがあったからです(実際は私にこの曲を受け入れる度量がなかっただけなんですけれどもね)。
 
演奏は、もちろん昨秋に入手したベルティーニ/ケルン放響のもの。
 
 
 
           あ~。いいな~。ベルティーニ……。
  
 
 
とにかく、曲の良さに思い切り浸れる。余計なことを考えず、頭を空っぽにすればするほど、頭の中が素晴らしい音響で埋め尽くされる。

へんてこな「悩み」や「苦しみ」が一切ない。これはすごいことだと思います。おそらくこの人の実力なら、マーラーの音楽に隠されたさまざまな矛盾も、彼の「心眼」で観えていたと思うんです。でも、あえてそれを音にしない。巧妙に避けて(もしくは隠して)いるように思えます。でも、聴き手が幸せになれることを最優先しているんだと思います。真の「職人」だから、それを可能にすることができたんだと思います。

ひたすら曲の良さに浸って、大きな感動と共に曲が終わる……自分の意識では30分ぐらいしか経過してないように感じるのですが、実際は80分近く経過しているのにびっくりします。

これほどの実力者がいたなんて! つくづく世界は広いものだと思います。(この人のモーツァルトを聴いてみたいと思うのですが……ご存知の方はいらっしゃるのでしょうか)。

正月から一ヶ月はマラ8の季節! 実にいいですね~。自分の定番になりそうです。

今はベルティーニですが、来年は新しい録音を聴いてみたいです。熱く燃え上がるような演奏がいいな。(^^)

投稿: morokoman | 2014年1月27日 (月) 20時50分

morokomanさん、こんにちは。

マーラーの8番は初めのうちは馴染みにくいですが、聴き込むと本当に素晴らしい曲ですね。

ベルティーニの演奏は極端に肥大化していないので、音楽そのものを理解しやすいと思います。
それ以外では、(良い意味で)極限まで肥大化しているバーンスタイン/ウイーンPOとテンシュテット/ロンドンPOのライブが是非お勧めできます。機会が有りましたら是非。
でも、熱く燃え上がるような演奏であれば、やはりバーンスタインの方でしょうか。

投稿: ハルくん | 2014年1月28日 (火) 13時22分

こんばんは。

ブーレーズ盤を聴きました。

ブーレーズのマーラーの他の曲は、ウィーン・フィル、
シカゴ響、クリーヴランド管なのに
この曲だけはシュターツカペレ・ベルリン。

初出の「第6」の時に彼は「全集にはならない」と言っていたのに
これはレコード会社の要請でしょうか?

イエス・キリスト教会でのセッション録音で
とにかく明晰な音です。
演奏は彼らしく理路整然としたものですが
オケの響きがマーラーと合わない気がしました。

経費削減のためかもしれませんが、上記の3つのオケのどれかと
録音してくれていたら素晴らしかったかもしれません。

しかしながら、インバルと都響のCDのように
複数の会場の録音を「合成」して売り出すよりかは
はるかに良心的ですね。

投稿: 影の王子 | 2015年2月16日 (月) 21時43分

影の王子さん、こんばんは。

ブーレーズのマーラーの録音は全てを聴いたわけでは有りませんが、5番、6番、7番など案外と気に入っています。
8番は未聴ですがオケがSKBでしたか。

>インバルと都響のCDのように複数の会場の録音を「合成」して売り出す

まぁ、セッション録音だと解釈して聴けば良いのでしょうが、”ライブ録音”という触れ込みで売られるとちょっと抵抗感を覚えますね。

投稿: ハルくん | 2015年2月16日 (月) 23時12分

こんばんは。

クーベリックのDG盤を聴きました。
第2部の美しさは格別です。
合唱と独唱が素晴らしく、録音も十分です。
ブーレーズだと地味過ぎて退屈でしたが
「こんなに良い曲だったか?」と思いました。
マーラーらしかぬ?格調の高さを感じます。

投稿: 影の王子 | 2015年12月26日 (土) 22時05分

影の王子さん

こんにちは。
クーベリックのDG盤はセッション録音の分、非常に整っていますし、格調も高く、声楽陣もすこぶる優秀ですね。ただ、この曲の途方もないスケールの大きさという点では、バーンスタインやテンシュテットのLiveに比べると物足りなさを感じます。
もちろん聴く際に求めるものによって価値は変わるわけですので、愛聴盤の一つに加えておくに充分な存在価値は有りますね。

投稿: ハルくん | 2015年12月28日 (月) 14時01分

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