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2010年4月

2010年4月29日 (木)

映画「オーケストラ!」 ~チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲~

Orhestra

記事にするのが遅くなりましたが、日曜日に公開中の映画「オーケストラ!(原題:Le Concert)」を観てきました。以前、予告編を見てとても観たいと思ったからです。これは2009年製作のフランス映画ですが、本国では大ヒットとなった作品だそうです。

ソヴィエト共産主義時代にボリショイ交響楽団で主席を務めた天才指揮者が、共産党指導部のユダヤ人音楽家排斥に抵抗した為に、指揮者を解雇されて、劇場の清掃員に成り下がってしまいましたが、どうしても指揮への想いを断ち切ることが出来ずにいました。そんなある日、劇場の事務所に外国のオーケストラから出演依頼のFAXが届きましたが、それを隠して一人で勝手に出演を承諾してしまいます。ところが、いざコンサート会場のパリへ向かったのは、彼と昔一緒に仕事をして、今では落ちぶれてしまった同僚達でした。彼は何と寄せ集めのメンバーで、偽のオーケストラを編成したのです。そのメンバー集めからパリのコンサートへ向うまでを、面白おかしく話を進めますので、すっかりこの映画はコメディ映画なのかと思いきや、最後に感動的なドラマが待ち受けていました。これからご覧になる方の為に、そのストーリーは書きません。

この映画は色々な新聞や雑誌で紹介されたみたいで、映画館にはお客さんが随分入っていました。途中までのドタバタ調は個人的にはいまひとつ付いて行けませんでしたが、話の結末と、舞台で演奏されるチャイコフスキーのバイオリン協奏曲が非常に感動的でした。元々好きな曲なのですが、映画の中で大変効果的に使われているので、曲の良さを改めて思い知らされた気がします。参考までに、実際に素晴らしいバイオリンの演奏を行なっているのは、フランス国立管弦楽団の第一コンサートマスターである、サラ・ネムタヌさんという女流演奏家です。フランスの女流とは思えないような、ロシア風のたっぷりとした歌いまわしと激しい情熱のほとばしりが、従来の数多くの名演奏さえをも凌ぐ素晴らしさに感じてしまいました。彼女の演奏するこの曲のCDは現在まだ有りませんが、将来出した時には是非聴いてみたいですね。

なお、この曲の推薦CDについては下記の記事をご参照ください。僕の愛聴盤、名盤の数々をご紹介しています。

補足:その後、サラ・ネムタヌさんのCDがリリースされました。下記の記事をご参照ください。

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2010年4月25日 (日)

ブルックナー 交響曲第8番ハ短調 名盤

1214769634 ブルックナーは交響曲を9番まで書きましたが、第9番は未完成に終わっていますので、完成出来た最後の交響曲は第8番になります。それにしてもブルックナーの後期の作品は、もはや一般的な音楽の概念を超越してしまい、まるで「神の啓示」か、あるいは「自然界の創造物」であるかのような印象を与えます。ブルックナーは自分の作品の中で、間違いなく「神」を見ていたと思います。とりわけ曲の規模の大きさと内容の充実さから言って第8番は、仮にマーラーの「千人の交響曲」を東の横綱とすれば、正に西の横綱というところでしょう。

第7番までの作品は当時の楽壇で決して大成功を収めたわけでは有りませんでしたし、ブルックナーの相変わらずの楽譜修正癖から、この8番も作曲着手から初演までに8年間を要しました。ですので、晴れてウイーンにおいてフィルハーモニーの演奏で行われた初演が大成功を収めたことをブルックナーは心底喜んだそうです。

ゆったりと静かに始まり、徐々に天地創造されるかのように徐々に盛り上がる第1楽章アレグロモデラートから実に素晴らしいですが、巨大な宇宙の乱舞のごとき第2楽章スケルツォも非常に魅力的です。そして深遠極まり無いほどに美しい第3楽章アダージョに至って音楽はいよいよ最高潮に達します。それを受けて全てを終結させる壮大な規模の第4楽章と、曲のどこをとっても充実し切っています。ブルックナー・ファンの間で最も人気の有るのは当然です。

それではこの曲の僕の愛聴盤を順にご紹介してみます。

302 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウイーン・フィル(1954年録音/オーパス蔵盤) フルトヴェングラーのブルックナーは余り聴きませんが、その理由はテンポの変化が極端過ぎるのと録音が悪いことからです。その中では最晩年のこの演奏は比較的聴き易さを感じます。1楽章は最も抵抗感が少ないですし、2楽章もフルトヴェングラーにしては夢中に成り過ぎない落ち着きを感じます。3楽章も過度にロマンティックとは言え深みが有り美しいです。終楽章は遅めのテンポでスケールが大きく重厚感が有ります。過度なアッチェレランドが影を潜めているのはプラスです。但し終結部での強奏は荒く響きが濁っています。当時の市販テープから復刻された音はブルックナーを鑑賞するには不充分ですが、それほど悪くありません。

Buru8_convi フランツ・コンヴィチュニー指揮ベルリン放送響(1959年録音/WEIBLICK盤) ステレオと表記されていますが、実際はモノラルです。但し録音は良好ですし、手兵のゲヴァントハウスとは5番、7番しか録音していませんので貴重です。面白いのは、オケがゲヴァントハウスと同じような古武士風な音色であることです。1、2楽章とも幾分速めの足取りで、男性的にたくましく奏します。けれどもリズムがドイツ風にガッチリしているので、せかついた感じはしません。3、4楽章も深遠でスケール大きいです。この豪傑風はクナと良く似ています。正に「ドイツの頑固親父」というイメージの演奏です。(ちなみにドイツ人の親父は皆ハゲ親父ですが)

4543638002252ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウイーン・フィル(1961年録音/Altus盤) ブル8の名盤と言えば、昔は後述のクナ/ミュンヘンと相場が決まっていました。クナのそれ以外のライブ録音では、このウイーン・フィル盤が優れています。人によってはミュンヘン盤以上に評価する方も居ます。確かに弦のしなやかさや陶酔感はウイーン・フィルのほうが上ですし、トゥッティでの迫力も相当なものです。その反面、この曲にしては弦の表情の甘さが過度のようにも感じられます。僕としては、この曲にはもう少し禁欲的な音と表情のほうが好ましいように思うのです。この演奏は、従来は海賊盤でしか聴くことが出来ませんでした。廃盤のMemories盤が比較的音の状態が良好でしたが、ようやくAltusからリリースされた正規音源盤は、モノラル録音ですが、大幅に改善された明瞭な音質になっています。

Buru8_kuna_b000h9i ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィル(1963年録音/DREAMLIFE盤) この演奏こそは、クナのウエストミンスターへのスタジオ録音の直前に行われたコンサートの録音です。演奏そのものはスタジオ録音を凌ぐ演奏としてマニアに評価されて来ましたが、これまで音質の悪い海賊盤でしか聴くことが出来ませんでした。それがようやく放送局の正規音源からCD化されて、格段に良い音質で聴くことが出来るようになったのは大きな喜びです。安定感の有るウエストミンスター盤に、更に実演ならではの豪快さと感興の高さが加わった素晴らしい演奏です。

41p86b8v3ml__sl500_ ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィル(1963年録音/ウエストミンスター盤) 余りにも有名なブル8です。オールドファンでこの演奏を耳にしていないとすればモグリと言われても仕方が無いほどです。けれども、残響の少ないオンマイクの録音は決して耳当たりが良いわけではありません。表面的な音に惑わされたりすれば、この演奏の真価は理解できないでしょう。どこまでも無骨で男っぽい、正に野人ブルックナーを感じる演奏ですが、一度この深い味わいを知ってしまったら、決して離れられません。ウイーン・フィルの流麗な演奏をもってしても越えられない良さが有るからです。前述のミュンヘンでのライブ盤との比較では、僕はウエストミンスター盤を支持します。音質の差がやはり歴然として有るからです。

Buru8_schurihi カール・シューリヒト指揮ウイーン・フィル(1963年録音/IMG盤) クナ/ミュンヘン盤と並んで古くから有名な演奏です。遅いテンポで勇壮重厚なクナに対して、かなり速いテンポで進みますが、表現の彫りが非常に深いのでせわしなさは微塵も感じさせません。トゥッティでは厳しくコントロールされた音を壮絶に鳴り響かせます。柔らかい部分ではウイーン・フィルの過度な甘さを排除して、素晴らしく深みのある音を引き出しています。その長所が最も出たのが3楽章アダージョです。おそらく歴史上で最も美しい演奏だと思います。但しそれは決して表面的な美しさでは無く、どこまでも精神世界の美に思えます。僕は写真の「20世紀のグレート・コンダクター・シリーズ」で聴いていますが、リマスタリングがとても気に入っています。

Buru8_keilberth ヨゼフ・カイルベルト指揮ケルン放送響(1966年録音/オルフェオ盤) ドイツのカペルマイスター、カイルベルトはバイロイトでの「リング」や「オランダ人」の非常に素晴らしい録音が有りますが、ブルックナーにも9番の名演を残しています。このケルンでのライブの8番は奇しくも8年後のベーム/ケルン放送盤とテンポといい響きといい随分良く似た演奏です。ベームのほうがオケの統制が取れているので、それに比べると随分荒っぽく聞こえますが、それがまた魅力といえば魅力です。後半3、4楽章でゆったり歌う部分などは逆にカイルベルトの方が感動的かな、とも思います。不思議と惹かれる演奏です。

Kempe_bru8 ルドルフ・ケンペ指揮チューリッヒ・トーンハレ管(1971年録音/英Somm盤) ケンペのブルックナーは学生時代にミュンヘン・フィルとの4番、5番をLP盤で愛聴しましたが、8番は聴きませんでした。何故ならオケがミュンヘン・フィルよりも劣ることを知っていたからです。けれども30年後に思い立ってCDで聴いてみたところ、素晴らしい演奏だったので、つくづく思いこみというのはいけないものだと反省しました。ゆったりと大きな構えの素朴で男っぽいブルックナーですが、弦や木管は美しく優しさに溢れます。金管だけは時々音の荒さを感じますが、品の無い騒々しさは感じません。さすがはケンペです。

Buru5_behem895 カール・ベーム指揮ケルン放送響(1974年録音/EMI盤) 。これは「20世紀のグレート・コンダクター・シリーズ」の中のディスクで、ウイーン・フィルとのグラモフォン盤の2年前にケルンで行ったライブ録音です。実演のベームらしく、グラモフォン盤よりも速めのテンポで気迫に溢れる演奏となっています。ベームはトゥッティを壮絶な音で鳴らしているのですが、残響の豊かな録音が耳への刺激を中和させています。美しい部分も中々の素晴らしさです。『ベームのブルックナー』としては、僕はウイーン・フィル盤よりもむしろこちらの方を好んでいます。

Buru8_bohm カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ベームはブルックナーを頻繁に演奏していましたし、重要なレパートリーだと思います。けれども僕が唯一気になる点が、フォルテの音が余りに凝縮されて硬くなりがちなことです。それは元々ベームの音の特徴であって、古典作品の場合には気にならないのですが、後期ロマン派のように大きな広がりを持つような響きの作品の場合にはどうも気になることがあります。最も著しいのがブルックナー、それにワーグナーです。この演奏も全体的には良いと思うのですが、第1楽章で時に響きが硬く耳障りに感じられる部分が有るのが残念です。

414zmzvftdl__sl500_aa300_ オイゲン・ヨッフム指揮ドレスデン国立歌劇場管(1976年録音/EMI盤) ブルックナーの交響曲の全集録音を二種類も残していて、それに加えて多くのライブ録音のあるヨッフムの演奏はどれもが素晴らしいと思います。この8番も速めのテンポでぐいぐいと押し進む、とてもスタジオ録音とは思えないほどの壮絶な演奏なのですが、ドレスデンのオケの柔らかい音色が刺激を押さえて、耳に快適に響きます。一転してアダージョでは中声部を中心としたほの暗い響きがドイツの奥深い森を思わせるようです。ところがそれが終結部と第4楽章に至って、再び凄まじい盛り上がりを聞かせます。

Bruckner_sym8_kubelik ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/BR KLASSIK盤) 以前はMETEORの海賊盤で出ていた演奏ですが、正規盤でリリースされました。とても美しい部分も有りますし、非常にドラマティックでスケールも大きいので、一般的にはとても支持される演奏だと思います。ですが、強奏でトランペットが目立ち過ぎるのと金管が今ひとつ溶け合っていない為に、迫力は有ってもうるささを感じます。これは僕がブルックナーを聴く時の重要なポイントですので、いまひとつ好きになれません。クーベリックはブルックナーを少なからず演奏していましたが、僕がこの人を最上のブルックナー指揮者とは思わない理由はそのところなのです。

Buru_box_joch オイゲン・ヨッフム指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1984年録音/TAHRA盤) ドレスデン盤から8年後のライブ録音です。コンセルトへボウとは晩年に5番、7番の超名演を残していますが、この8番も素晴らしい演奏です。但し前半の2楽章までは、響きの融け具合がまだ本調子ではありません。3楽章の後半以降からがコンセルトへボウ本来の深い響きを取り戻して、素晴らしく感動的です。全曲を聴き終えた後には、実演と一緒で「終わり良ければ全て良し」となります。僕はこの演奏は選集で持っていますが、単独でも出ています。

Bruckner_s8 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウイーン・フィル(1984年録音/グラモフォン盤) ジュリーニらしい遅いテンポで造形の大きさを感じさせる演奏です。弦に効かせるイタリア風のカンタービレがブルックナーの音楽の寂寥感を損ねがちなのはいつもの欠点ですが、3楽章あたりは非常に深々とした雰囲気を出しています。金管は分厚く、幾らか金属的に鳴ってはいますが、騒々しさを感じさせる一歩手前で踏み止まるのは、同じウイーン・フィルのカラヤン、ハイティンク盤よりは好ましいです。全体に聴き応えが有るのは確かですし、ウイーン・フィルの録音でシューリヒト盤以降のものであれはジュリーニ盤を選びたいと思います。

Buru8_suitner570 オトマール・スウィトナー指揮ベルリン国立歌劇場管(1986年録音/WEITBLICK盤) スウィトナーにはこの曲のスタジオ録音も有りますが、これはベルリンでのライブ録音です。まろやかに溶け合った響きがとても美しく耳に心地が良く、ブルックナーの法悦感がとても感じられます。テンポも中庸で、速過ぎも遅過ぎもせずに極めて自然です。表情も特に深刻になる訳でも無く大げさ過ぎないのですが、聴き応えに不足する訳ではありません。実にオーソドックスな素晴らしいブルックナーだと思います。

Karajan_buru8 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウイーン・フィル(1988年録音/グラモフォン盤) 実は、この演奏は愛聴盤ではありません。1楽章は汚い音で咆哮する金管に耳をおおいたくなりますし、2楽章のリズムはだらしなく鈍重ですし、ここまでは聴いているのがしんどいです。3、4楽章ではだいぶ修正されますが、それでもカラヤンにとってはブルックナーもリヒャルト・シュトラウスも同じ、物理的な音を響き渡らせる材料に過ぎないとしか思えません。共感している感じが全然しないのです。ブルックナーで唯一カラヤン向きなのは、流麗な7番のみだと思います。 

Oc217 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケン放送響(1993年録音/Arte Nova盤) とうとう現役のブルックナー指揮者の筆頭格になってしまったスクロヴァチェフスキーの8番は何年か前にN響定期で聴きましたが、とても良い演奏で大いに楽しめました。最近の読響での常任退任コンサートも非常に素晴らしかったようです。このCDは17年も前の録音ですが、既にこの人のブルックナースタイルは出来上がっていて、弦楽を中心に引き締まったとても美しい演奏です。金管も中々壮絶なのですが、時に音が若干安っぽく聞こえる感が無きにしもあらずでしょうか。

41yv7qmr0yl__sl500_aa300_セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1993年録音/EMI盤) この人のブルックナーは概してテンポが遅過ぎて、息が詰まる感じがしてしまうので余り好んではいません。けれども8番は元から大曲なので、中では一番向いているように思います。特に3楽章以降が凄いです。トゥッティで強奏しても響きが汚くならないのはさすがです。マニアの間では「リスボン・ライブ」の人気が高いですが、その前の年のミュンヘン・ライブも中々に素晴らしい演奏だと思います。

Buru8_cheri セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1994年録音/AUDIOR盤) ミュンヘンフィルのリスボンでの公演をCD化したもので、チェリ・マニアの間では「リスボン・ライブ」として余りにも有名な海賊盤です。海賊盤と言っても録音は優秀で、音をいじっていない分メジャーレーベルよりも好ましいと思います。実際の会場で聴くチェリ/ミュンヘン・フィルの美しい音が幾らかでも想像できる様な気がします。テンポは相変わらず遅く息苦しいですが、呼吸困難に陥るほどではありません。終楽章の巨大さは確かに圧巻です。僕はチェリビダッケは普段ほとんど聴きませんが、このCDは例外です。

Buru8_haithin ベルナルト・ハイティンク指揮ウイーン・フィル(1995年録音/フィリップス盤) 僕はこの人の70年代の演奏を幾つか聴いて一度も感心した事が無かったために、いつしか全く聴かなくなりました。それでも、この演奏は世評が高かったので、騙されたと思って聴いてみたのです。その結果ですが・・・「凡才の努力賞」という感じです。ウイーン・フィルの音はもちろん美しいですし、特にアダージョには深みを感じます。終楽章も途中までは良い演奏だと思いますが、後半では壮絶な迫力が力みにつながってしまい没入できません。結局この演奏に天才の「閃き」は感じませんし、どうしてこの人が「巨匠」と呼ばれるのか理解に苦しみます。

Ph06008 ギュンター・ヴァント指揮ミュンヘン・フィル(2000年録音/Profile盤) ヴァントには後述のベルリン・フィル盤も有りますが、その前年に録音されたこちらのミュンヘン・フィル盤を好みます。というのもオケの魅力に大きな差が有るからです。特に管楽器のブルックナーの音楽への共感度の深さの違いは明らかです。これはいくら名人揃いのベルリン・フィルでもどうしようもありません。その点、ミュンヘン・フィルは素晴らしいブルックナーを演奏します。もっとも前半の1、2楽章はオーソドックス過ぎる演奏であることもあって、幾らか食い足りなさを感じます。3楽章後半から終楽章になると演奏が非常に高揚して聴き応え充分です。とりわけ終楽章の後半は極めて感動的です。

51lvxtiinalギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィル(2001年録音/RCA盤) ヴァントのベルリン・フィルとの一連のライブ録音シリーズは総じて好みません。もちろんこれだけ聴いていれば決して悪いことは有りませんが、ミュンヘン・フィルや北ドイツ放送響との名演を知る以上、オーケストラとしてブルックナーの音楽への共感度に欠けるベルリン・フィルではたとえ技術的に上手くてもどうしようもありません。長大なこの曲を聴き進むうちに自分の耳の集中力は徐々に減衰してゆき、最後には幾らか飽きてしまいます。

Buru8_asahina 朝比奈隆指揮大阪フィル(1994年録音/CANYON盤) 東国の外れ、日の出る国の生んだ奇跡のブルックナー指揮者朝比奈隆の演奏についても触れてみます。僕はこの人のブル8の生演奏は東京都響でしか聴いていませんが、確かに感動的でした。CDでは大阪フィルとの二種類を所有しています。一つ目は94年サントリーライブです。随分評判となった演奏会ですが、今こうしてCDで聴いてみると、どうしてもオケの非力さが目立ち過ぎます。テンポ感もよく言われるほどずっしりとは感じられません。気迫の余りにどこか浮ついた感じがします。これは飽く迄も会場で感動すべき演奏なのではないかと思います。

3202010666 朝比奈隆指揮大阪フィル(2001年録音/オクタヴィアレコード盤) 晩年の朝比奈隆は我が国のファンの間では神様扱いでしたが、僕は正直そこまではのめりこんではいませんでした。日本人が振った日本のオケのブルックナーとしては奇跡としても、本場のオケの演奏と比べて勝るとはとても思えなかったからです。各パートの歌い回しがどうしても外国人の話すドイツ語のように子音の発音がハッキリしないのも気に成ります。それでもこの演奏は腰の浮ついた94年盤よりは随分どっしりと感じられますので、朝比奈さんの演奏ならばこちらを選びます。

これらの中から僕のベスト3を選ぶとすれば、シューリヒト/ウイーン・フィル(EMI)、クナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィル(ウエストミンスター)、ヨッフム/コンセルトへボウ(TAHRA)です。次点は・・・一応ヴァント/ミュンヘン・フィル(Profile)、もしくはチェリビダッケ/ミュンヘン・フィル(リスボンライブ)としておきます。

残念なのが、マタチッチ/チェコ・フィルとケンペ/ミュンヘン・フィルという名コンビの録音が残されていないことです。とはいえこの曲には多くのCDが存在しますので、皆さんのお気に入りの演奏を色々と教えて頂けると嬉しいです。

ところで余談ですが、先日のティーレマン/ミュンヘン・フィルの「ブル8」横浜公演は聴きたかったのですが、財政難で諦めました。はたして出来栄えはどうだったのでしょうね。 

<補足>
フルトヴェングラー、クーベリック、ジュリーニ盤を追加して、クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィル盤の紹介を正規盤に書き替えました。 

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2010年4月17日 (土)

ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」op.24 名盤

Ecfdc52e_2東京では桜も散って、いよいよこれから春まっさかりかと思いきや、この寒さ。おまけにとうとう41年ぶりの遅い時期の雪まで降る始末です。いったい春ちゃんはどこへ行ってしまったのでしょうね。そこで春ちゃんを呼び戻すために、今週はブルックナーとマーラーはお休みして、冬を吹き飛ばすのにふさわしい曲を聴きましょう。

ということでベートーヴェンのおなじみのピアノとヴァイオリンの為のソナタから「スプリング・ソナタ」です。ベートーヴェンはこのジャンルで10曲を書きましたが、僕が好きなのは、やはりこの曲と「クロイツェル・ソナタ」の2曲です。

この曲はベートーヴェンくんの『不滅の恋人』の一人とされる伯爵令嬢のジュリエッタに恋をしていた時期に作曲されたものと言われています。どうりで明るく甘く、身も心もとろけるように美しいメロディですよね。やっぱり人間はいつでも恋をしていないといけません!

この曲は皆さんご存知の通り4楽章構成です。最も有名な第1楽章は最高に美しい旋律が魅力的ですが、僕は「春の夢」のような趣きの第2楽章も、心が本当に浮き浮きしてくるような喜びに溢れた第4楽章も大好きです。本当にいい曲ですよね。ハ~ルよ来い!!

僕の愛聴盤のご紹介です。但し、どうしても僕好みのドイツ・オーストリア系の地味な演奏家が中心になっています。

379 アドルフ・ブッシュ(Vn)、ルドルフ・ゼルキン(P)(1933年録音/NAXOS盤) ドイツ・ロマン派の伝統の最後の偉大な継承者アドルフ・ブッシュの残した戦前の録音です。速めのテンポですが、適度なポルタメントが古き良き時代の味わいを感じさせます。とても「懐かしさ」を感じさせる素晴らしい演奏です。若きゼルキンのピアノもとても上手く生命力に満ちて優れています。僕の所有しているのはNAXOSレーベルのSP盤からの板起し盤ですが、音質にはやはり限界が有ります。一般の鑑賞向けとはちょっと言えないのが残念です。

Betocci00015_2 ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn)、ヴィルヘルム・ケンプ(P)(1952年録音/グラモフォン盤) オーストリア出身の大ヴァイオリニストは案外少なくて、クライスラー以降にはこの人しか思い当たりません。僕はこの人が大好きで、昔からベートヴェンの協奏曲なんかを愛聴していました。カール・ゼーマンと組んだステレオ録音も有ってLP時代に愛聴しましたが、この曲に関してはケンプの優しい表情溢れるピアノの良さから、モノラル録音のほうを好んで聴いています。地味で派手さは少しも無いのに、得も言われぬ味わい深さが有ります。ああ、これぞオーストリアの味!

Beethoguryucci00015 アルトゥール・グリュミオー(Vn)、クララ・ハスキル(P)(1957年録音/フィリップス盤) モーツァルトのヴァイオリンソナタの名盤で余りに有名なアルトゥール青年とクララおばちゃまのコンビです。このベートーヴェンも、喜びと生命力に溢れた、とても素晴らしい演奏です。ベルギー派のグリュミオーのヴァイオリンはドイツ・オーストリア系の演奏家と比べるとやや小股の切れ上がった感じがしますが、この曲なんかではそれが魅力的に感じられます。これがアウアー派の豊潤さにまでなると行き過ぎに感じてしまいますけれども。モノラル末期の録音はヴァイオリンの音がとても美しく捉えられています。

636 ヘンリク・シェリング(Vn)、アルトゥール・ルービンシュタイン(P)(1958年録音/RCA盤) ベートーヴェンの曲でシェリングを外すわけには行きません。素晴らしい演奏です。但しこの曲には大ヴァイオリニストと大ピアニストのコンビは少々立派過ぎる感が無きにしもあらずです。ケチの付けようが無いのが不満と言ったら贅沢ですか?僕としてはもっと緩くてのんびりできる演奏がいいなぁと思うのです。そのあたりは奥さんと一緒ですね。あんまりきっちりし過ぎて口うるさいよりも、多少ユルい方が心安らぐのですよ。といってあまりユル過ぎても困りますが。(笑)

225ダヴィド・オイストラフ(Vn)、レフ・オボーリン(P)(1962年録音/フィリップス盤) よく音楽評論家には推薦されますし、オイストラフの歌いまわしが大きいですし、表情が温かいのもこの曲に向いていそうです。オボーリンの音はさほど評判は良くないようですが、派手さの無い音は悪くありません。「荒い」と言う人も居ますが、そんなに荒くもないと思います。オイストラフのドイツものの演奏は概して楽天的に過ぎて余り好まないのですが、この曲は例外的に気に入っています。やはり曲の性格でしょう。

Beethocci00016 カール・ズスケ(Vn)、ワルター・オルベルツ(P)(1969年録音/シャルプラッテン盤) ドイツの名ヴァイオリニストで室内楽奏者のズスケは、かつてベルリン弦楽四重奏団(後にズスケSQに改名)の第1奏者時代に生で聴きました。僕がまだ20代の頃です。いかにも地味ですが美しい音でした。地味が滋味につながるとは正にこの事です。この録音も派手さの無いドイツ風の演奏ですが、それはかつてのブッシュ時代の古めかしい印象ではなくて、もっとずっとスタイリッシュです。良い演奏なのですが、ひとつだけ気になるのが、第1楽章でオルベルツのスフォルツァンドが強過ぎることです。これはマイナスポイントです。惜しい!

1198031330 ユーディ・メニューイン(Vn)、ヴィルヘルム・ケンプ(P)(1970年録音/グラモフォン盤) 実はメニューインという人は昔LPで聴いたフルトヴェングラーとのベートーヴェンの協奏曲がモノラルを擬似ステレオ化したもので、余りに音が酷かったので印象を悪くしてしまいました。それ以来ほとんど聴かなかったのですが、実は大変な名ヴァイオリニストだと気が付いたのが、この演奏でした。ゆったりとしたテンポで滋味深く奏でる演奏はかつて聴いたことの無いものです。この時メニューインは50代半ば、ケンプは70代ですが、まるで長年連れ添った仲睦まじい夫婦の見本のような雰囲気です。これは現実の夫婦では極めて稀なことなので憧れてしまいますよね~。(笑) 

ということで、僕が最も好きな演奏はメニューイン/ケンプ盤です。より若々しさを保った演奏としては、シュナイーダーハン/ケンプ盤(もしくはゼーマンとのステレオ再録音盤)とグリュミオー/ハスキル盤が良いですね。オイストラフも中々に良いです。

<補足>後からオイストラフ/オボーリン盤を追記しました。

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2010年4月11日 (日)

マーラー 交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」 名盤

Mahler_41 マーラーが「交響曲」というカテゴリーの音楽形式を、果たして発展させたのか、あるいは破壊したのかは良く判りません。けれども、多くの先人達の誰とも異なる新しい発想と手法で、極めて革新的な作品を世に生み出したことだけは確かです。第1交響曲から第7交響曲までの、どの作品をとっても大変に個性的でしたし、巨大なスケールを持った曲が何曲も有りました。しかし、この第8交響曲に至っては、およそ過去の常識を超えた巨大な作品を創造したのです。スケールにおいて、正に「交響曲の横綱」です。マーラーはこの曲を、最初は4楽章構成で書いていましたが、そのうちに第1楽章を前半とし、第2~4楽章をまとめて後半とする、2部構成に書き直しました。声楽の比重が高いので、交響曲というよりも、むしろ壮大なオラトリオのような印象です。マーラーはこの曲のスケッチを書き上げた直後に、指揮者のメンゲルベルクに次のような手紙を送っています。

『私は、ちょうど今、第8交響曲を書き上げたところです。これは、今までの私の最大の作品であるだけでなく、内容においても形式においても類のないもので、言葉ではとても表現することができません。宇宙がふるえ、鳴り響くさまを想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、運行する惑星や太陽のそれなのです。』

この手紙からも、この曲がマーラーの大変な自信作であったことが良く判ります。また次のように語ったこともあります。

『これまでの私の交響曲は、すべて主観的な悲劇を扱っていたが、この交響曲は、偉大な歓喜と栄光をたたえるものである。』

マーラーの生涯は常に厭世的な死の恐怖にさらされていたと思われますが、だからこそ、神の国へ入る永遠なる喜びを求めて、このように作品を書き上げたのでしょう。

そして1910年9月12日、今から丁度100年前のミュンヘンにおいて第8交響曲の初演が行われました。指揮台に立つのはマーラー自身です。何しろこの曲は大オーケストラと大合唱、少年合唱、8人のソリスト、総勢800人を必要とします。初演の際にはスタッフを含めて総勢1030人で公演が行われたそうです。この時の聴衆は3000人だったそうです。その様子を愛聴アルマが「回想と手紙」の中で書き記しています。

『ミュンヘンに住むすべての人々、それにこの演奏会を聴きに各地から集まってきたすべての人々の息づまるような緊張は、そら恐ろしいばかりだった。最後の総練習からして、早くも居合わせたすべての人々を熱狂的な興奮にたたきこんだ。だが本番の時の狂乱はもはやとどまるところを知らない有様だった。マーラーが指揮台に現われると、満場の聴衆は一斉に起立し、あとは水を打ったように静まりかえった。桟敷に座っていた私は興奮のあまり気を失いそうだった。』

開演前から凄まじい様子だったようですが、演奏会は圧倒的な大成功を収めました。マーラーはこのとき、聴衆にとって「神様」そのものとなったことでしょう。

僕はこの曲を生演奏では、10年ほど前の小林研一郎指揮の日本フィル定期でしか聴いたことしかありません。日本フィルは、普段はオケの力不足を感じることが多いのですが、このときばかりはオーケストラと合唱団が渾然一体となった熱演に大変感動させられました。この曲はCDでも、普段は滅多に聴きません。このような破格の曲は破格の演奏で、時々に聴けば良いと思えるからです。ですので所有するCDの数も限られています。

4988005221254 レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1975年録音/グラモフォン盤) マーラーの生まれ変わりのような指揮者バーンスタインがザルツブルク音楽祭で演奏したライブ録音です。これは初演のときの熱狂ぶりを思わせるような大変な熱演です。ウイーン・フィルがまるでうなるように白熱の演奏をしていますが、合唱団もまた天にも届けとばかりに熱く熱く歌い上げています。やはりこの曲は、このように破格の感動を得られる演奏で聴きたいと思います。録音は最新ではありませんが、この曲を家でCD鑑賞するのには充分なレベルにあります。

F4ad7f18l クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1986年録音/EMI盤) EMIに交響曲全集の録音を進めていたテンシュテットが癌を発病した後の録音です。いかにもテンシュテットらしい壮大なスケールの演奏です。録音のせいで合唱の位置がやや遠くに聞こえるのが最初のうち気になりますが、慣れてしまうと気にならなくなり、やがて気迫に圧倒されるようになります。オケの力強い音と表現力もロンドン・フィルとは思えません。そのうえ演奏には、なんとなく「オラトリオ」を聴いているような、不思議な格調の高さが有ります。これは、もしかしたら合唱団がイギリスの団体なので、ドイツ語の硬いアクセントが無いからなのかもしれません。

519vhdryhalガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/EMI盤) 東京での歴史的全曲チクルスでのライブ録音です。この大規模な作品を、再度セッション録音するのも大変なことでしょうが、その必要が全く無いぐらいに完成度の高い演奏です。第9番といい「大地の歌」といい、ライブでこのような演奏が可能であるとは、当時のケルン放送響がベルティーニの手でどれほど厳しく鍛えられていたか良く分ります。バーンスタインやテンシュテットのように宇宙的なまでではありませんが、充分にスケールの大きさが有りますし、合唱も非常に優れています。

519 ディミトリー・ミトロプーロス指揮ウイーン・フィル(1960年録音/オルフェオ盤) マーラー生誕100年の年のザルツブルク音楽祭ライブです。ミトロプーロスはニューヨークフィルとケルン放送でマーラーを多く演奏しましたが、さすがにウイーン・フィルとの記念演奏会とあってはまた別格の演奏です。演奏内容だけをとれば15年後の同じザルツブルクでのバーンスタイン以上の凄さだからです。但し、録音がいくら良質なモノラルとはいっても、金管の強奏では音が割れますし、この壮大な曲と演奏を再生するのには、やはり無理が有ります。あくまでも記録としての価値にとどまるでしょう。でも本当に凄い演奏です。

これ以外では、クーベリック/バイエルン放送響(グラモフォン盤)はLP時代によく聴きました。非常に整った演奏でしたが、むしろ未聴であるライブ録音のほうに期待しています。

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2010年4月 4日 (日)

ブルックナー 交響曲第7番ホ長調 名盤

Bur8th_pic_04 ブルックナーの交響曲の第5番以降の曲は、曲想が非常にがっちりしていて、ある意味「男性的」だと言えると思います。その中で唯一、第7番だけは前半の1、2楽章が、弦楽を中心としたゆったりとなだらかに歌う音楽なので、誤解を恐れずに言えば「女性的」な印象を受けます。旋律は美しく、とても聴き易いですし、3楽章のスケルツォも親しみ易いので、この交響曲は昔からとても人気が有ります。ブルックナーを聴き始める人が、最初にまず第4番「ロマンティック」から入ると、次には大抵この第7番に移るのが普通です。ただ反面、他の後期の曲と比べると幾分聴き応えに不足する印象が無きにしもあらずです。それでも第5、7、8、9番の4曲はどれも大好きですし、昔から変わることなく愛聴し続けています。

ブルックナーは、この曲の第2楽章アダージョで、リヒャルト・ワーグナーが考案して「ニーベルングの指輪」で使用した楽器ワーグナー・チューバを使用しました。そして、この楽章の作曲が終わりかけた時に、偶然にもワーグナーの死の知らせがブルックナーの元に届きました。ワーグナーを非常に尊敬していたブルックナーは号泣したそうです。そして、2楽章のコーダを書き上げて、これをワーグナーの為の「葬送の音楽」としたそうです。

それでは僕の愛聴盤をご紹介します。枚数が多いですが、頑張って全部聴き直してみました。

Burukunacci00011 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウイーン・フィル(1949年録音/Music&arts盤) クナとウイーン・フィルの演奏が聴けるのは幸運です。ザルツブルクでのライブですが、録音もこの年代としては良好です。但し、ここには晩年の巨大なスケール感は有りません。むしろ速めのテンポであっさりと進んでいきます。それでもどこもかしこも味わいが有るのは、さすがにクナとウイーン・フィルです。クナにはケルン放送との1963年の演奏も残されていますが、僕はウイーン・フィル盤のほうが好きです。なおこの演奏はオルフェオ盤でも出ていますが、僕の所有しているのはMusic&artsのブルックナー選集です。

Cci00036b カール・シューリヒト指揮ハーグ・フィル(1964年録音/Scribendum盤) シューリヒトがウイーン・フィルとEMIに録音した何曲かは全てが名演でしたが、この7番だけはマイナーなオケとレーベルへの録音でした。オケの音は薄いですし、力不足は如何ともしがたいので、この演奏が他人に薦められるかといえばノーです。ところが、嫌いかというと決して嫌いではありません。音の輪郭は極めて明瞭で、速いテンポで飄々と即興的に進みますが、聴いているうちに、いつの間にか惹きつけられるのです。これは何とも不思議な演奏です。なお僕の所有しているのはScribendumの組物ですが、DENONからは単品で出ていました。

Buru7_konvi フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管(1958年録音/Berlin classics盤) コンヴィチュニーは第5番では非常に圭角のある豪快な演奏をしていましたが、この7番では曲想に合わせた流麗な演奏をしています。と言っても最近のオケのように洗練され尽くした音ではなく、あくまでも無骨なドイツ魂を感じさせる音です。トゥッティでは金管が突出することもなく、厚い響きを美しく聞かせます。この時代のゲヴァントハウス管は本当に魅力的な音色をしています。テンポは全体に速過ぎも遅過ぎもせず、しっかりとした足取りで進みます。第2楽章も非常に表情が美しいです。録音は古いステレオですが優れています。

Buru7_matachi ロブロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィル(1967年録音/スプラフォン盤) 僕が学生の頃にブル7と言えば、この演奏でした。マタチッチの豪快なブルックナーは今聞いても本当に魅力的で、8番以外の5、7、9番をチェコ・フィルと録音してくれたのは幸運でした。ゆったりとしたテンポで大きな広がりをもっていて、それは神々しいほどの雰囲気です。分厚いハーモニーが素晴らしく、特に第1楽章が美しさの限りです。第2楽章も良いですが、むしろ重量感のあるスケルツォ楽章を好んでいます。DENONのリマスターも非常に優秀で、自然な響きを心から堪能出来ます。

Buru_hss ハンス・シュミット‐イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響(1968年録音/TAHRA盤) この人のブルックナーはほとんど正規レコーディングされていませんが、さすがはドイツの名匠だけあって素晴らしいブルックナーです。広がりのある部分はゆったりと、動きのある部分は生き生きと描き分けていますが実に自然です。オケの音も柔らかく溶け合っていて、ハーモニーがとても美しいです。第2楽章も中々に感動的です。ライブですが録音も良いですし、隠れた名演だと思います。

Buru_box_joch オイゲン・ヨッフム指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1970年録音/TAHRA盤) ヨッフムは7番に多くの録音が残っています。本人が曲を好んでいたのか、単に人気の有る曲だったからは知りませんが、どれもが名演奏なのは確かです。この演奏は単売もされているはずですが、僕のは選集の中に含まれています。晩年にさしかかる以前の演奏ですので、足取りに若々しさを感じます。金管も中々に強奏していますので、迫力を感じますし、1楽章の展開部では音がうねるようです。一転して2楽章はかなり内省的な表現ですが、静かなる感動を呼び起こされます。録音も優れています。

Buru7_joch_wien オイゲン・ヨッフム指揮ウイーン・フィル(1974年録音/The Bells of Saint Florian盤) 「聖フローリアンの鐘」という変わった名の海賊レーベルのCDです。ヨッフムがウイーン・フィルを振ったブルックナーは珍しいので紹介しておきます。録音は万全では無いですが、悪くはありません。さすがにウイーン・フィルの弦楽の流麗さは別格で、柔らかい木管と金管が美しいハーモニーを奏でています。他の演奏には無い、独特の”たおやかさ”を感じるので、もしもこの演奏が音質の更に良い正規盤で登場すれば、独自の位置を占める名盤になることでしょう。

Buru_cci00007 オイゲン・ヨッフム指揮ドレスデン国立歌劇場管(1976年録音/EMI盤) ヨッフムの二度目の交響曲全集での録音です。やはりスタジオ録音のせいか全体は落ち着いた感じです。ヨッフムにしては随分繊細な演奏ですが、必要以上に神経質にならない大らかさが好きです。最近の指揮者によくありがちな、変に神経質でいて肝心なところが無神経、というのとは全く違います。ドレスデンもウイーン・フィルと遜色のない柔らかくまろやかでしっとりとした美音を堪能させてくれます。一方で3楽章、4楽章では分厚いハーモニーで適度に荒々しい迫力を感じさせてくれます。

083 オイゲン・ヨッフム指揮ミュンヘン・フィル(1979年録音/WEITBRICK盤) これはブルックナーを得意としているミュンヘン・フィルとの本拠地でのライブ演奏です。ヨッフムのブルックナーはどれもが素晴らしいので、いちいち細かいところを比べるのも躊躇われますが、分厚い響きでどっしりとしたドレスデンEMI盤と比べると、やや落ち着きの無さを感じます。弦楽もほんの僅かに雑に聞こえる部分も有りますし、金管の強奏も迫力とうるささとの紙一重です。それでもあまたの演奏と比べれば遙かに素晴らしいのですけれども。マスタリングは高音に多少強調感を感じます。

Buru7_johu オイゲン・ヨッフム指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1986年録音/Altus盤) ヨッフムが亡くなる半年前にコンセルトへボウを連れて日本に来た時のライブ録音です。会場は人見記念講堂です。この時はTVでも映像が放送されたので、記憶に良く残っています。最晩年だけあって枯淡の境地のような演奏なので、以前のどの演奏とも異なる印象です。緊張感を感じさせるよりも、ゆったりと深く瞑想させるような、まるで彼岸の雰囲気と言えるでしょう。やはりこの演奏は不世出のブルックナー指揮者ヨッフムのかけがえの無い特別な記録です。

Buru7_kara ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1975年録音/グラモフォン盤) カラヤンはブルックナーの交響曲全集を残していますが、僕は元々カラヤンの演奏を余り好まないのでほとんど聴いていません。それでも7番はカラヤンには向いているかと思ったので珍しく持っています。この演奏は弦楽や木管は中々美しいと思いますが、問題は金管です。トゥッティで容赦なく強奏するのが、騒々しくてハーモニーを壊しているからです。どうも品が無いように感じます。本来のブルックナー指揮者であれば、こんなことを感じることは無いと思います。ですので、この人の他のブルックナーを中々聴こうという気にはなれないのです。

Buru7_fulo 朝比奈隆指揮大阪フィル(1975年録音/ビクター盤) 日本が生んだ奇跡のブルックナー指揮者朝比奈隆が手兵の大阪フィルとヨーロッパ・ツアーに行った際に、ブルックナーいにしえのリンツ聖フローリアン教会で演奏したライブ録音です。これは日本の楽団が演奏したブルックナーとしては最上の演奏記録だと思います。教会の深い残響に助けられているせいも有るでしょうが、演奏のアラ、傷もそれほど感じられません。そして何よりも教会の雰囲気に団員を特別な雰囲気にさせたのでしょう。アダージョが静かに終わった直後に、外から鐘の音が遠く聞こえて来るのが収録されています。

Bruckner_7__bohm1500_カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) 流麗さのある第7番ですので、ウイーン・フィルの音が非常に生きています。録音も良く、新録音と比べてもさほど聴き劣りしません。演奏はどういうわけか第1楽章でベームの呼吸が僅かに浅くなり、テンポが前のめりに感じられなくもありませんが、第2楽章以降はじっくりと音楽を堪能させてくれます。第3楽章の重厚な厳しさは流石はベームです。もし、この曲をウイーン・フィルでそれも良い音質で聴きたい場合には第一に上げたい演奏です。

Buru7_933 カール・ベーム指揮バイエルン放送響(1977年録音/audite盤) 前述のウイーン・フィルとのグラモフォン盤の翌年にミュンヘンで行ったライブです。オーケストラがドイツのオケなので、本来のベームらしい剛直で男性的な印象が強いです。もちろん美しさにも欠けていませんが、ウイーンスタイルの流麗で柔らかい印象とは趣がだいぶ異なります。全体にテンポは速めで緊張感が強く、音楽が緩むことが全くありません。金管がよく鳴っていますが、全体の均衡がとれているのでうるささを感じません。これも中々に良い演奏だと思います。

Buru7_burom ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン国立歌劇場管(1980年録音/DENON盤) 同じドレスデンを振ったブルックナーとして、どうしてもヨッフムのEMI盤と比べたくなってしまいます。この演奏は普通に良い演奏だとは思います。けれども、フレージングの大きさや呼吸の深さ、それにハーモニーの美しさという点で、やはりヨッフムの域にはまだまだ達していないと感じます。テンポが硬直している為に退屈しやすいのも気になります。ちなみにブロムシュテットは、最近ゲヴァントハウス管と新盤を出しましたが、それも評判がいまひとつなので聴いていません。

Bruckner_s7_1 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウイーン・フィル(1986年録音/グラモフォン盤) ジュリーニのブル9のテンポの遅さは尋常ではありませんでしたが、7番では割に普通のテンポです。特に第1楽章を速めに流していて音のタメも有りません。どうも呼吸の浅さを感じます。全体を通して強調される弦楽のカンタービレもブルックナーとは幾らか異質に感じられます。寂寥感を失わせているからです。ただ、やはりウイーン・フィルの持つ音の柔らかさには大きな魅力が有ります。それだけで高水準の演奏ですが、特別なものは余り感じられません。好き嫌いはともかく、ジュリーニはもっとジュリーニらしい方が面白いです。

F4ccc935 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウイーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) ベルリン・フィル盤では「どうだ」とばかりに金管を鳴らすのに抵抗を感じたのですが、この晩年のウイーン・フィル盤ではそういう事は有りません。1、2楽章は力みが無く、とても美しい演奏です。3、4楽章は、かつての馬力の有る演奏とは違って実に淡々としているので、何だかカラヤンでは無いみたいです。ですので、恐らくカラヤンの好きな方にとっては、この演奏は面白く無いと思います。これは自分も含めてカラヤン嫌いな方こそ聴くべき演奏だと思います。

Bru7_want_41jzbkt6ejlギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響(1992年録音/RCA盤) ハンブルク、ムジークハレでのライブ録音です。ヴァントは必ずしもスケールの大きい指揮者では有りませんが、この演奏は幾らか速めのテンポですっきりと進みます。後期ロマン的な巨大化した印象は全く感じさせずに、透徹した音楽を感じさせます。7番の演奏スタイルとしてはシューリヒトに近いのかもしれません。弦楽器と管楽器も響きが美しく溶け合っています。ヴァントは既に最円熟期を迎えていますし、個人的には後述のベルリン・フィル盤よりもずっと好みます。

Bur7_asa 朝比奈隆指揮大阪フィル(1992年録音/CANYON盤) 朝比奈隆のブルックナーは生演奏を何度か聴きに行って感動しました。けれども多く残されたCDを後から聴いて感銘を受けることは決して多くはありません。どうしても日本の楽団の力不足を感じてしまうからです。フレージング感覚も何となくドイツ・オーストリアの楽団とは違う気がします。そんな中で比較的気に入っている演奏として、この録音を上げておきます。フローリアン教会ほどの残響が無いので、細部が明瞭に聴き取れる半面、どうしてもアラ、傷は目立ちます。それでも全体としては中々高いレベルにあると思います。

Cheli_buru7 セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1994年録音/EMI盤) チェリビダッケの晩年の演奏に共通した特徴ですが、終始一貫して遅いテンポで変化が無いために、聴いているうちにだんだんに息が詰まってしまいます。音楽の流れが非常に悪いのです。スケルツォの重く切れの無いリズムにも耐えられません。しいて言えば終楽章だけはスケールの大きさで一聴に値します。オケの音についても、よく言われるような特別に美しい音色だとも思いません。ですので、この演奏には特に心を動かされないのです。当然、このCDは自分の愛聴盤には成り得ません。

Buru7_vant ギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィル(1999年録音/RCA盤) ヴァントの最晩年に近づいた録音ですが、’92年の北ドイツ放送盤と似通っていて、同じような速めのテンポですっきりと進みます。どうしても気になるのは、カラヤンほどでは無いにしても金管の強奏が刺激的で耳につくことです。ですのでトゥッティが壮大なわりには感動できません。やはりベルリン・フィルはブルックナーの音楽には、ベストの楽団では無いと感じてしまいます。

Bru7_sander クルト・ザンデルリンク指揮シュトゥットガルト放送響(1999年録音/ヘンスラー盤) これはライブ録音ですが、ザンデルリンクのブルックナーは録音が少ないので貴重です。ゆったりとしたテンポでスケールの大きい1楽章はブルックナーを聴く醍醐味を与えてくれます。2楽章では、静かな悲しみをいっぱいに湛えて「葬送の音楽」の印象を強く感じさせます。これほど悲劇性の強い演奏も珍しい気がします。後半の3、4楽章もやはりスケールが大きく、巨人の足取りを感じます。オケの出来栄えも優れていて不満は有りません。さすがにドイツの楽団です。

以上の中から自分のフェイバリットを上げるとすれば、ヨッフム/ドレスデンのEMI盤、ヨッフム/コンセルトへボウの1986年盤、マタチッチ/チェコ・フィル盤、ベーム/ウイーン・フィル盤、そしてザンデルリンク/シュトゥットガルト放送響盤です。
番外としては、朝比奈/大阪フィルの聖フローリアン盤、それにヨッフム/ウイーン・フィルの海賊盤を上げたいと思います。しかし、こうしてみると7番はヨッフムが質量ともに大きく他を圧倒しています。さて、みなさんのお気に入りの演奏はどれでしょうか。

<補足>
ベーム/ウイーン・フィル、ジュリーニ/ウイーン・フィル、ヴァント/北ドイツ放送響盤を追記しました。合わせて関連ディスクの記述を多少書き換えました。

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