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2010年3月 5日 (金)

マーラー 交響曲第6番イ短調「悲劇的」 名盤

Alma05

マーラーは毎年夏になると指揮者としての仕事は休暇を取って、ヴェルター湖畔の別荘で作曲を行うことにしていました。そして1904年の夏にこの別荘で完成させたのが、交響曲第6番です。愛妻アルマがこの時の様子を著書「回想と手紙」の中で語っています。

「夏は美しく平穏で楽しかった。マーラーはようやく完成した第6交響曲を(ピアノで)弾いてくれた。第1楽章の大きく、天翔けるような主題はスケッチが仕上がった頃に話してくれた、私(アルマ)をある主題の中に焼き付けておこうとした、というそれだった。第2楽章では、砂の上で遊んでいる子供達の情景を表現しようとした。ところが恐ろしい事に、子供達の声はしだいに悲しげなものになり、しまいにはひとすじのすすり泣きとなって消えてゆくのだ。終楽章では、英雄が運命の打撃を三度受けて、最後の一撃が木を切り倒すように彼を倒すと語ってくれたが、その英雄とは彼自身のことなのだ。この曲ほど彼の心の奥底から直接流れ出た作品はほかに無い。あの日、私達は2人とも泣いた。それほど深く私達はこの音楽とこれが予告するものに心を打たれたのだった。第6交響曲は彼の最も個人的な作品であり、しかも予言的な作品である。彼は彼の一生を《先取りして音楽化した》のだ。」

これがこの曲の全てであると思います。この曲は真に感動的な傑作ですが、それはマーラー自身の本当の心の音楽、人生の音楽だったからです。曲について付け加えることは何も有りませんが、楽章構成についてだけ触れておきます。

この曲は古典的な4楽章構成で、第1楽章と第4楽章がアレグロですが、問題となるのは中間の二つの楽章の順番です。そこには大きな謎が有ります。
マーラーが曲を完成させて最初に出版された時には、第2楽章スケルツオ→第3楽章アンダンテの順だったのですが、自身の指揮で初演する際に第2楽章アンダンテ→第3楽章スケルツオの順に入れ替えました。ところが、その後にウイーンで初演をする際に、プログラムにはアンダンテ→スケルツオとあったのを、実際の演奏では元のスケルツオ→アンダンテに戻したとされました。
また、マーラー夫妻とも親交の有った大指揮者メンゲルベルクがアルマに正しい順序について尋ねたとき、アルマはメンゲルベルクに「スケルツォ-アンダンテ」という答えを電報で送ってきたとのことです。そのことから国際マーラー協会は1963年に「第2楽章スケルツオ→第3楽章アンダンテがマーラーの最終意思である」と発表し、その形で長く演奏されてきました。

ところが後年になると、「ウイーンの初演で中間楽章が入れ替えられたという報告には疑いが有る」と疑義が唱えられます。研究者の意見は割れていて結論は出ませんでしたが、2003年に国際マーラー協会が「アンダンテ→スケルツォがマーラーの最終意思である」と見解を変えたことから、その後は第2楽章アンダンテ→第3楽章スケルツォが主流となりました。

そのような経緯が有りますが、僕としては誰が何と言おうとも、絶対にスケルツオ→アンダンテのほうが良いと思っています。古典的な作品の場合には確かに緩徐楽章→スケルツオの方が全体のまとまりは良いのですが、後期ロマン派の大曲、それもシリアスな曲の場合には、スケルツオ→緩徐楽章のほうが迫真性が増すように思います。例えばベートーベンの「第九」、ブルックナーの「第8」、ショスタコーヴィチの「第5」などです。マーラーの第6番の場合も、静かなアンダンテから終楽章へ移らないと、どうにもしっくりと来ません。スケルツォ-アンダンテの順であれば、スケルツォの性格が強調されますし、第1楽章の終わりのイ長調から第2楽章がイ短調で開始されることになり、和音の移行も自然です。アンダンテ-スケルツォの順は古典的な構造が明確であるだけです。そもそも「学説」というものは一つの研究結果に過ぎませんし、国際マーラー協会にしても、一部の研究家の考えに左右されています。真実は神(マーラー自身)のみぞ知るです。

それでは、僕の愛聴盤をご紹介します。

Mahler51wulweolsl_ac_ サー・ジョン・バルビローリ指揮ベルリン・フィル(1966年録音/Testament盤) バルビローリが初めてベルリン・フィルでマーラー9番を指揮した時に楽団員がすっかり惚れこんでしまい、あのEMI盤が録音されたのは有名ですが、第6番もバルビローリの得意曲であり、ライブでの録音が残されています。ただしこれはモノラル録音なので、この曲の管弦楽を楽しむには残念です。それでもバランスが良く明瞭なので音の生々しさが感じられるのが救いです。楽団の実力もニューフィル・ハーモニアより数段上ですし、ずっと速いテンポでエネルギッシュに突き進む迫力が特に終楽章で著しく、演奏だけで比べれば、この人の6番のベストとして考えてもおかしくはありません。それだけにこれが良質のステレオ録音であったならと思わずにはいられません。なお、2、3楽章は、アンダンテ→スケルツォで演奏しており、バルビローリはこの考えだったようです。

Mahler51vs8rscvjl サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フルハーモニア管(1967年録音/Testament盤) 後述のEMIのレコーディングに先立ってロイヤル・アルバート・ホールで開催されたライブです。EMI盤が相当遅いテンポなのに比べるとそれよりは速めで、ライブならではのエネルギーを感じます。幸いにステレオ録音なのでベルリン・フィル盤よりも音に広がりが有り聴き易いです。ただしあの広いホールの後ろの座席で聴くような音の遠さを感じますので、生々しさではベルリン・フィル盤が上です。EMI盤との比較ではアンダンテの情緒性においてでは劣りますが、終楽章の高揚感と迫力はやはりライブが上回ります。EMI盤がお好きな方には是非お聴き頂きたいです。なお、この演奏でも第二楽章にはアンダンテを置いています。

Mahlersymphonyno6 サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967年録音/EMI盤) 1楽章は相当に遅いテンポで始まります。しかし緊張感を保っているので巨大なスケールを感じます。余り上手すぎない?オケの響きが機械的で無く人肌を感じさせるのも良いです。アルマの主題も大きく羽ばたくようで見事です。展開部以降も念を押すような巨人の足取りが続きます。2楽章スケルツォもやはりスケール大きく素晴らしいです。けれども白眉は3楽章アンダンテです。美しい弦の歌い回しが何と愛情に満ち溢れていることでしょう。終楽章は再び巨大なスケールですが、こけおどしは一切無くじわじわと圧倒されます。2、3楽章の順については、バルビローリ自身はアンダンテ→スケルツォの考えだったようですが、LP盤の初リリースの際にEMIが当時の主流だったスケルツォ→アンダンテに入れ替えてしまいました。しかしCD化では2種類が存在しています。僕はスケルツオ/アンダンテで聴きたいので写真の海外盤で聴いています。以前聴いていた高音強調型の国内盤より好ましいです。

4106090279 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1967年録音/SONY盤) セルのマーラー録音は少ないですが、しかもライブでの演奏です。第1楽章はかなり速いですが、逆に何かいたたまれないような切迫感が感じられて悪くありません。それでいて響きが騒々しくならないのも良いです。ただ、アルマの主題はあっさりとし過ぎで、もの足りません。第2楽章スケルツォも速いテンポで緊迫感に溢れます。中間部には繊細なニュアンスがこめられていて良いです。第3楽章アンダンテは深い情感が感じられて感動的です。第4楽章には一気珂性の勢いが有って引き込まれます。この年代のライブにしては録音は優れます。

Mah6_kube ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1968年録音/audite盤) これは比較的早い時期のライブ録音です。第1楽章のたたみかけるテンポが異常に早く、せわしなく感じます。続く第2楽章スケルツォも全く同様です。第3楽章も速めですが、よく歌ってはいます。しかし更に深い沈滞感が欲しいところです。後半は弦にやや不揃いを感じます。終楽章もやはりかなり速いテンポですが、これは高揚感、切迫感が有って悪くありません。全体的にはクーベリックのマーラーとしては平均点以下という印象です。

230075289 ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送響(1981年録音/シャルプラッテン盤) レーグナーは1楽章をバルビローリに次ぐかなり遅いテンポで進みます。しかしオーケストラの音は厚く深く、重心の低い響きが聴き応え充分です。録音の良さは遥に上で、楽器の音色の美しさが際立ちます。ただし2楽章にアンダンテを持って来ているのは不満です。これは録音年代を考えると珍しいです。演奏も深淵さには今一つかなという所です。3楽章スケルツォは意外に速めですが重厚感は有ります。終楽章は再び遅いテンポで、じっくりと進みます。決して夢中にはならずに管弦楽をおよそ騒々しさとは無縁に分厚く響かせるのが良いです。特に後半に入るとスケール大きく非常に聴き応えが有ります。

Mahler6_maazelロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1982年録音/SONY盤) マゼールのマーラーは基本的にクールだと思います。音そのものが雄弁に語ることは有っても、感情的に没入したり陶酔することは有りません。そこがこの人のマーラーを完全に好きにはなれない大きな理由です。とは言え、ウイーン・フィルの美感溢れる音でマーラーを味わえるのは貴重です。特に6番ではバーンスタインが騒々しい演奏に陥っていますので尚更です。この演奏はテンポが遅くも速くも無く、クール過ぎもせずに、曲そのものを聴くにはとても良いと思います。ウイーン・フィルのこの曲の演奏では第一に推せます。なお、第2楽章にはスケルツォを置いています。

51n2b7pc3vzl__ss500_ エーリッヒ・ラインスドルフ指揮バイエルン放送響(1983年録音/Orfeo盤) ラインスドルフというとRCAレーベルの幾つかの録音を聴いたことは有りますが、感心した事はほとんど有りませんでした。なのにこのCDを買ったのは、彼がウイーン出身のユダヤ系であったことと、珍しくドイツの楽団との演奏だったからです。1楽章はゆったり気味ですが良いテンポです。アルマの主題でぐっとルバートさせて歌うところは最高に上手く、思わず惹きこまれます。2楽章スケルツォはやや速めです。美しく柔らかく歌う3楽章は響きに孤独感が漂っていて素晴らしいです。後半も非常に感動的です。終楽章はじっくりとスケールが大きく聴き応えが有ります。マーラー演奏に慣れたバイエルン放送は優秀ですし、録音も客席で聴いているような臨場感が有って好きです。

Mah6_berti ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1984年録音/EMI盤) ベルティーニ/ケルン放送の全集の中では最も出来の良い演奏だと思います。この曲はともすると熱演の余りに響きが騒々しくなる演奏が有りますが、ベルティーニはその点、熱演だけれども美しい響きを保っています。複雑にからみあう旋律を明確に描き分けるのもこの人の利点です。1楽章のテンポは速過ぎず遅過ぎず丁度良いです。2楽章スケルツォはリズムの切れが良いですし、中間部の表情の変化がとても上手いです。3楽章も静かに始まり後半は非常に美しく盛り上がります。4楽章も慌てず騒がず実に充実しています。

511nn21jt0l__ac_ エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送響(1983年録音/DENON盤) インバル壮年期の全集録音への1曲ですが、これが中々に素晴らしい出来栄えです。ドイツの楽団の堅牢な響きを生かしつつ、そこにユダヤの詩情をほのかに加えてオーソドックスで安心して聴けるマーラーとなっています。1楽章は落ち着きと推進力のバランスが絶妙、アルマの主題の歌わせ方も上手いです。2楽章スケルツォも重量感のある手堅い演奏です。3楽章アンダンテはゆったり美しく深々と歌わせます。終楽章も慌てず騒がず壮麗な響きを引き出して聴き応え充分です。全曲を通して実にオーソドックスな名演奏だと言えます。

R1356050515565258005843jpeg ジョゼッペ・シノーポリ指揮シュトゥットガルト放送響(1985年録音/WEITBLICK盤) シノーポリのマーラーはほとんど聴いていませんが、これは珍しく聴く気になりました。1楽章のテンポは中庸というところで、オーケストラは最上とまでは行きませんが録音が明晰なので好ましいです。2楽章はスケルツォですがこれはテンポと表情の変化を自在につけて楽しませます。3楽章のアンダンテは極めて遅く深く沈滞して素晴らしいです。終楽章ではエネルギッシュに盛り上げます。いかにもライブらしさが感じられる演奏なので気に入っています。

Mahler-6-366 サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル(1987年録音/BERLINER PHILHARMONIKER盤) ベルリンでのライヴですが、これはラトルがベルリン・フィルを始めて指揮した記念すべき公演です。ラトルはウィーン・フィルとの初共演でもマーラーの9番を選んでいました。この演奏でもラトルの意気込みが溢れて熱気に包まれています。1楽章は速いテンポと切れ味鋭いリズムでたたみかけるストレートな演奏で、姑息な手練手管が全く見られません。ベルリン・フィルも絶好調で応えています。2楽章にアンダンテを置いたのは残念ですが、演奏は美しいです。3楽章スケルツォは快速で立派ですが諧謔さは余り感じません。終楽章は大熱演で管弦楽の威力が半端無いですが騒々しくはありません。録音は最新では無いものの、各パートの聴きどころは良く聞こえますし、低音域も厚くバランスが非常に良いです。この演奏が大成功したことは、後にラトルが音楽監督に就任することからも明らかです。 

Bernstein レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1988年録音/グラモフォン盤) バーンスタインは1960年代にニューヨークPOとCBSに録音を残していましたが、再録音はウィーン・フィルとになりましたので大いに期待されました。第1楽章はかなり速く切迫感の有るテンポで打楽器が打ち鳴らされ、金管が咆哮して、非常に戦闘的です。それがバーンスタインの解釈なのですね。己の人生や回りの世界と戦う英雄、それは解るのですが、聴いていて少々うるさく感じられる箇所が有るのも事実です。第2楽章スケルツォも同様の演奏です。それが第3楽章アンダンテになると流石にウィーン・フィルで柔らかく繊細な歌が絶美です。終楽章は曲想の通りに激しく壮絶な演奏に浸り切れます。特に後半の素晴らしさが目立つ名演です。

Mah6_ten クラウス・テンシュテット指揮ロンドンフィル(1991年録音/EMI盤) テンシュテットが癌に侵されながらも一時的にカムバックした後のライブ演奏です。元々非常な熱演型の人でしたが、既に余命を感じたのでしょう、鬼気迫る凄演です。 ロンドン・フィルは残念ながら一流とは言い難く、EMIの多くのスタジオ録音には大抵物足りなさを感じます。けれどもこのライブ演奏では、それを感じさせません。この曲は余りに熱演されるとうるさく感じることが有るのですが、この演奏には真実味が有るせいか、自然と引きずり込まれてしまいます。1、2楽章は造形が大きく、3楽章は深く黄泉の世界に入るようです。そして終楽章の巨大さは圧巻です。第2楽章にはスケルツォを置いています。

Mahler6_2 ジョルジュ・プレートル指揮ウイーン響(1991年録音/WEITBLICK盤) 1楽章は非常に速いテンポで開始します。だいぶ前のめりに感じます。推進力が有るのは良いですが、もう少し重さが欲しくなります。特に展開部ではテンポを一段と上げます。アルマのテーマの処理は可も無く不可も無くというところ。この演奏では第2楽章にスケルツォ、第3楽章にアンダンテの順に並べられているのは我が意を得たりです。ただ2楽章主部は相当な快速テンポなので、音楽が上滑りしています。3楽章は一遍の愛の詩になっていて、余り深刻さを感じさせません。終楽章は元々切迫した曲想ですので、快速テンポが不自然には感じません。無難に及第点と言って良いと思います。暗く重苦しいマーラーが苦手の方には良いのではないでしょうか。(更に詳しくは関連記事参照)

6large ピエール・ブーレーズ指揮ウイーン・フィル(1994年録音/グラモフォン盤) 基本的にはスタイリッシュですが決して冷静で面白くないということは有りません。1楽章からウイーン・フィルの美感を生かしていて、バーンスタインのように騒々しくならないので曲そのものを楽しめます。もちろんユダヤの情念みたいなものは感じませんが、節度のあるロマンティシズムが心地良いです。2楽章はスケルツォでリズムに切れが有る良い演奏です。中間部もウイーン・フィルの柔らかさが生きています。3楽章もやはりウイーン・フィルで非常に美しい演奏です。終楽章の前半はかなり冷静な演奏ですが、響きは実に美しいです。後半は冷静過ぎることなく熱気を増してゆくので不満有りません。

00000689270 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1995年録音/CANYON盤) チェコ・フィルの美しい音が優秀な録音で捉えられています。さすがにCANYONです。1楽章は速めのテンポで進みますがせかせかした感じは無く、表情もニュアンスに富んでいます。少しもうるささを感じさせない豊かな響きがとても心地良いです。2楽章スケルツォもやはり速めで1楽章と同様のことが言えます。中間部は優しい表情に魅了されます。3楽章は美しい弦がよく歌っていてロマンティシズムを感じますが、明るめの音色からほの暗い音色に移り行く変化が実に素晴らしいです。終楽章は落ち着いて始まりますが、次第に高揚してゆく演奏にじわじわと引き込まれていきます。ノイマンのマーラー再録では3番に次いで優れた出来栄えだと思います。

Mahler-6-s0reulb7l_ac_ マリス・ヤンソンス指揮ロンドン響(2002年録音/LSO Live盤) ヤンソンスがロンドン響に客演した際のロンドンでのライヴです。マリスの6番には他にもコンセルトへボウとバイエルン放送響と二種の録音が有りますが、これが最初のものです。その為か、1楽章からこの人にしてはテンポも速く、余りルバートも加えずに、若手指揮者のようにストレートで熱気に包まれた演奏です。ロンドン響もヴィルトゥオーゾ・オケでは無いですが、集中してマリスに熱く応えています。2楽章にはアンダンテを置いていて、静謐感、寂寥感は良く出ています。3楽章は速く激しく、リズムも鋭利です。終楽章の壮大な高揚も素晴らしく感動的です。終結部のハンマーの豪快なこと!

 Mahler-6 クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィル(2004年録音/グラモフォン盤) アバド2度目の再録音はライブ収録でした。アバドはこのヴィルトゥオーゾ・オケを高らかに鳴らしながらも響きのコントロールが素晴らしく、少しも騒々しくなりません。ライブとは思えないほどの完成度の高さです。1楽章のテンポは幾らか速めですが重厚感を損なってはいません。終楽章の高揚感は圧倒的で非常に印象的です。2楽章にスケルツォ、3楽章にアンダンテを置いているのは良いのですが、後者が美しい割には深淵さ、神秘性が今一つ感じられないのが惜しまれます。

817 クリストフ・エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管(2005年録音/ONDINE盤) エッシェンバッハは現代では珍しく昔のドイツ浪漫的な資質を持つ指揮者なので好きなのですが、何故か振るのは明るい音色のアメリカやフランスのオケが多いのが残念です。これはフィラデルフィアでのライブ演奏です。1楽章は比較的速めのテンポで進めますが、テンポ・ルバートを頻繁に行っています。それがやや不自然な場合も有りますが、表現意欲そのものは好ましいです。2楽章スケルツォはテンポと表情の大きな変化が中々堂に入っていて感心します。3楽章はエッシェンバッハが本領発揮した実に深々としたロマンティシズムに溢れた秀演です。4楽章はスケールの大きい演奏でこれも優れています。このCDにはマーラー16歳の作品「ピアノ四重奏楽章イ短調」が併録されていて、エッシェンバッハがピアノを弾いています。この曲、何となく「さわやかなブラームス」という感じで面白いです。

51jnfj2rtil__ac_ ベルナルト・ハイティンク指揮シカゴ響(2007年録音/CSO-RESOUND盤) ハイティンクにコンセルトへボウとのクリスマス・マチネ・ライブでこの第6番が抜けていたのは残念でしたが、替わりにシカゴ響とのライブ盤が残されています。オーケストラの響きがコンセルトへボウの熟成度に劣るのは仕方有りませんが、演奏そのものは素晴らしいです。1楽章はテンポが速過ぎず、遅過ぎずに中庸ですが造形が立派です。2楽章スケルツォもまた堅牢なテンポでスケールの大きさを感じます。3楽章はピアニシモが美しく、静寂の中に神秘感を深く湛えていて感動をもたらします。そして終楽章こそはシカゴ響の本領発揮で巨大な迫力を与えますが、響きの美しさを失わないので騒々しさとは無縁です。後半では時にリヒャルト・シュトラウスを感じさせるほどで新鮮な感銘を受けます。

Mahler-j-6-esayq1ul_ac_sl1072_ ジョサナン・ノット指揮バンベルク響(2008年録音/ TUDOR盤) 日本では東響への客演でお馴染みのノットは英国生まれですが、ドイツの歌劇場で下積みを重ね、30代の若さでバンベルク響の音楽監督に就任します。マーラーを得意として交響曲の全曲録音も達成しています。この6番では、2楽章をスケルツォとしているのが嬉しいです。1楽章を速いテンポでリズムを刻み、切迫感が有りますが、ハーモニーが美しく騒々しくなりません。2楽章も同様に速いですが、中間部は表情の変化が多彩で楽しいです。3楽章アンダンテは美しく神秘感も出ています。終楽章は颯爽と進みますが、破滅的なところが無いのは良し悪しです。全体は現代的でスマートですが無味乾燥なことは無く、マーラーの音楽を楽しませてくれます。バンベルク響もノットの統率で好演しています。録音も優秀です。

Mahler-375 ミヒャエル・ギーレン指揮南西ドイツ放送響(2013年録音/Hanssler SWR盤) 近現代作品を主要レパートリーとしたギーレンのマーラーには熱烈なファンが居ますね。第6番の録音には1971年と1999年の2種類が有りますが、これはメモリアル・アルバムとしてリリースされた2013年のザルツブルグ音楽祭のライヴです(アルバムには1971年の録音も収録されています)。1楽章が過去のどの演奏よりも遅く、スネアの音を大きく叩かせるので、何か死者の軍隊の行進みたいな異様な雰囲気です。けれどもこの個性的な演奏には徐々に惹き込まれてゆきます。2楽章にはアンダンテが置かれていて、特に遅くは有りませんが雰囲気は有ります。3楽章のスケルツォ、そして終楽章ではやはり遅く、重く引き摺るようで、クレンペラーのあの7番を想わせるユニークな凄演です。

81fv4gzbbbl__ac_sl1500_ ダニエル・ハーディング指揮バイエルン放送響(2014年録音/BR KLASSIK盤) 1楽章は速いテンポで開始され、ルバートも余りかけずに先へ先へと突き進みます。流石にアルマの主題では大きく歌わせますが、全体的には現役の青春の熱い情熱のようなものを感じます。2楽章にアンダンテを置くのは残念ですが、演奏はとても美しいです。もっとも悲壮感はそれほど感じさせません。3楽章スケルツォはリズムの切れが素晴らしく切迫感が有ります。終楽章も響きが美しく壮麗ですが健康的に感じられるのは気のせいでしょうか。オーケストラはもちろん優秀です。なお、このディスクは82分を越えますがCD1枚です。

第6番に関して僕が最も好きなのは、バルビローリ/ニュー・フィルハーモニアのEMI盤です。他にもバーンスタイン、テンシュテット、レーグナー、ベルティーニ、インバル、ラトル、ヤンソンス、ハイティンク、ノット、ギーレンと色々と上げられますが、アルマの主題が見事なラインスドルフも外せません。とにかく傑作交響作品ですので、どの演奏にも愛着が有ります。

<補足>後からバルビローリのベルリン・フィル盤とニューフィルハーモニアとのライブ盤、インバル/フランクフルト響盤、シノーポリ/シュトゥットガルト放送盤、ラトル/ベルリン・フィル盤、プレートル/ウィーン響盤、ヤンソンス/ロンドン響盤、アバド/ベルリン・フィル盤、ハイティンク/シカゴ響盤、ノット/バンベルク響盤、ギーレン/南西ドイツ放送盤、ハーディング/バイエルン放送響盤を追加しました。  

<後日記事>
ジョルジュ・プレートルのマーラー交響曲第5番&6番 

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マーラー(交響曲第5番~7番)」カテゴリの記事

コメント

アルマの回想、素晴らしいですね。
こういう芸術家の夫婦って、すごいですよね。

またまた、沢山のマエストロが並んでいます。
私にしたら、どれにしようかと立ちつくして
しまう感じですね(笑)

一つ一つ聴いていきます。
覚悟きめて(笑)

投稿: 四季歩 | 2010年3月 6日 (土) 19時43分

四季歩さん、こんにちは。

アルマは何人かの男性と付き合ったり再婚をしたので男好きのように言われていますが、マーラーと結婚をしていたときには支え合っていたものと信じています。それも深い部分で彼の音楽を理解していたと思います。

このような名作はそれぞれの演奏のどれもが素晴らしいので、ぜひ順番にゆっくりとお聴ききになられてください。

投稿: ハルくん | 2010年3月 7日 (日) 13時47分

ハルさん、こんにちは。

『悲劇的』はマーラーの交響曲の中でも構成としては古典的な曲の1つですね。ただ、使用している楽器を見ると様々な打楽器が出てきて、その点は近現代の曲に通じるのかもしれません

CDでは、ブーレーズ=ウィーン・フィル(グラモフォン)が好きです。ドロドロしていない表現が、この曲の古典的な特徴を際立たせているように思います。

でも、この曲は実演で聴きたくなります。これまで2度、実演を聴いたことがありますが、終楽章で振り落とされるハンマーや一度に6つのシンバルが鳴らされる様は視覚的にもなかなか刺激的ですネ

投稿: たろう | 2010年3月 7日 (日) 14時12分

マーラー6番…演奏会で聞いた事がない上に、実はCDも2番と6番持ってないんです。今日はペライアさんのコメントを、わざわざ私あてに寄せて下さったかげっち様にお礼を言いたくて投稿しました。新参者にまでコメントを有難うございました。ジャネット・リンさんに魅せられた方なら、年代的にあまり変わらないのでしょうか。ただ、文面だけでは男性か女性か判断出来なくて…尾高さんの時もTV見ましたのコメント頂いて嬉しく思いました。今後もいろんな情報や話題の提供どうぞ宜しくお願いします(^O^)/~~ see you !

投稿: From Seiko | 2010年3月 7日 (日) 21時25分

たろうさん、こんばんは。

確かにこの曲は生演奏で楽しみたいところですが、残念なことに僕は余り良い演奏にめぐり逢ったことが有りません。

ドロドロしていない演奏という点では、ブーレーズ盤はベルティーニ辺りに並ぶ良い演奏だと思います。それに何と言いましてもウイーンフィルですからね。これはマーラー演奏では大きなアドヴァンテージになります。

投稿: ハルくん | 2010年3月 7日 (日) 23時01分

Seikoさん、こんばんは。

マーラーの5番をお好きな方でしたら6番はお勧め出来ますよ。是非機会有ればどれかCDを聴かれてみてください。ちなみに2番も傑作ですので、そちらもですが。

投稿: ハルくん | 2010年3月 7日 (日) 23時06分

◇ハルくんさん
この曲の演奏者には、精神性・技術・体力どの面をとっても強靱な資質が要求されるように思います。ライブで名演に巡り会うことが少ない所以でしょう。こういう曲を苦もなく演奏できるオケも凄いが、演奏の苦心をドロドロと見せてくれる演奏のほうを好むファンもいるでしょう。
マーラーの交響曲は確かに大編成ですが、よく考えるとその全部を一度に鳴らすことは意外と少ないです。むしろ「ここにはこの音色しかあり得ない」という考えなのでしょう、多種類の楽器を要求している面があります。人生には「他と置き換えのきかない体験や出会い」があるものですが、それを音楽にするとこうなってしまうのでしょうか。聴く側にも持久力が要求される曲だ、とも言えるでしょうね。

◇From Seikoさん
私は♂ですよ~(/ ^^)/
最近は仕事の関係で演奏機会がほとんどなく、もっぱら録音を聴いています。

投稿: かげっち | 2010年3月 9日 (火) 13時13分

かげっちさん、こんにちは。

マーラーは特に6番、7番で多種多様な楽器を使いましたね。しかもそれが本当に自然で効果的に使われているのに感心します。
一方演奏については中々扱いが難しくなります。例えばこの曲の第1楽章などは打楽器を強調させ過ぎると「騒々しく」なって閉口します。ブレンド加減が難しいのです。このあたりも生演奏の難しさの理由なのだと思います。

投稿: ハルくん | 2010年3月10日 (水) 11時34分

マーラー大好きでここにたどり着きました。曲と演奏に対する深い考察はとても素晴らしいと感心しています。
6番は9番と並んで、最高と思います。
演奏はベルティーニ、バーンスタイン、カラヤンと持っていますが、ベルティーニの第4楽章は急ぎすぎでとても聞いていられません。第1、2楽章が名演なのに…。対照的にカラヤンは3,4楽章が名演ですよ。
バーンスタインは感動的ですが、「マーラー作曲、バーンスタイン編曲」を聞いている感じです。
ここのブログを見たら、ラインスドルフ盤が聞きたくなりました。でもまずバルビローリからかなあ。

投稿: まっこい | 2010年8月15日 (日) 21時39分

まっこいさん、はじめまして。

ようこそお立ち寄り下さいました。マーラーがお好きなのですね。最高傑作はもちろん9番ですが、6番も本当に愛すべき曲ですね。僕も大好きです。

ベルティーニの終楽章は、僕はそれほど速くは感じないので好きです。
「バーンスタイン編曲」というのはよく言い当てていると思います。
カラヤンは9番がそれほど好きでなかったので6番は聴いていません。機会あれば一度は聴いてみます。

もちろん演奏の好みは人それぞれだと思いますが、バルビローリ、ラインスドルフはお勧めできます。お聴きになられた後のご感想を楽しみにお待ちしています。
これからよろしくお願いします。

投稿: ハルくん | 2010年8月15日 (日) 22時15分

こんばんは。
ノイマン/チェコ・フィル'95入手。3番がとてもだったので。
唯一聴いてたハイティンク/仏国立管と比べると速い1楽章のグイグイくる推進力にハマリもう他盤では満足できなくなりそで怖い...。

投稿: source man | 2011年1月23日 (日) 22時00分

source manさん、こんばんは。

ノイマン盤いいですよね。CANYONの録音もいいですしね。でもこの曲はいい演奏がまだまだ有りますよ。もちろん好みもありますが、バルビローリ、ベルティーニ、テンシュテット、ラインスドルフ、セル・・・みんな大好きなんです。

投稿: ハルくん | 2011年1月23日 (日) 22時13分

度々お邪魔して申し訳ありません。

マーラーの一番好きな曲ですね。
長らくセルのライヴ盤を愛聴していた時期がありましたが、やはり新しい良い録音の演奏を聴くと辛いな。マーラーは、専門家じゃないので世評に準じて情けないですが、やはりベルリンPO、ウィーンPO、シカゴSO、クリーヴランドOといった高性能オケで聴きたいですね。だからバルビローリ盤はベルリンPOライヴしか持ってなくスタ録はスルーして聴いてません(失礼)。最近よく聴くのが、ハイティンク・ベルリンPO、ドホナーニ・クリーヴランドOですね。ブーレーズ・ウィーンPOは第1楽章の迫力に欠けるのが惜しいけど、すっきりしてて全体としては悪くないですよ。ショルティ・シカゴSOはテンポが速すぎて好みじゃないですね。プレートル盤は某評論家に騙されました(笑)。どれが一番好みかと問はれれば・・・ベルリンPO贔屓の小生なのでハイティンク盤にしたい気持ちもありますが、少しの差でドホナーニ盤に軍配を上げます。失礼しました。

投稿: シーバード | 2012年7月 6日 (金) 15時53分

シーバードさん、

記事にも書きましたが、バルビローリで好きなのはEMIスタジオ録音盤です。他の演奏はこの人の個性が少々弱く感じられます。

ハイティンクとドホナーニは食わず嫌いマエストロなんです。(申し訳ありません) 正確に言えば、演奏を幾つか聴いて好きにならなかったのですが。
ショルティもやはり同様ですね。
プレートルは良い指揮者だと思いますが、マーラーの演奏はそれほど好みません。特に6番です。

投稿: ハルくん | 2012年7月 6日 (金) 19時51分

はじめまして。わたしもマーラー大好き人間の一人です。個人的な話で申し訳ありませんが、この歳(56歳)になってようやく、全曲通して聞く時間がもてるようになり、休日など、指揮者の聞き比べを、一日かけて楽しんでおります。私は専門家ではないので、指揮者の良し悪しがあまりわからず、それなりにいいなと思って聞いています。ちょうで演奏会場に足を運ぶみたいに、今日はショルティを聞きに行こうみたいに。特に好きな2番は10人の指揮者をストックして、日によって楽しんでいます。
また、新しいディスクをお聞きになられたら、感想を掲載してください。待ってます。

投稿: たかだ じつお | 2013年5月30日 (木) 15時25分

たかださん、はじめまして。
コメントを頂きまして誠に有難うございます。

休日の指揮者聴き比べ、良いですね。色々な演奏の違いを聴き比べるのはクラシック音楽愛好の醍醐味ですものね。
私も同じ年代で、この年でようやくそれぞれの演奏の良さを幅広く楽しめるようになりました。特にマーラーはどんな演奏を聴いても面白く感じます。私も大好きですよ。

また何でもお気軽にコメント下さい。楽しみにしておりますので。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。

投稿: ハルくん | 2013年5月30日 (木) 22時44分

マーラーは苦手で(;一_一)
はじめに復活を聞いてあまりに大げさでケロケロ笑ってしまって。

悲劇的は好きですよ。ただし1つだけ。セル。終楽章の対位法の描き方が立派だからです。同じ曲でもショルティなんかは情緒的で×。対位法は構造が崩れちゃうんで、ロマン派流のルパートは禁物です。

投稿: gkrsnama | 2013年6月 1日 (土) 00時23分

gkrsnamaさん、コメントを頂きまして誠にありがとうございました。

マーラーとブルックナーはロマン派の大管弦楽を聴く醍醐味に溢れていますが、マーラーの場合には分裂気味の精神状態から音楽に繊細さと大げささが同居しますね。でも、その大げささもやはりマーラーの心から生まれているので、噓くささは全く感じずに真実味を感じてしまいます。

「悲劇的」も真実味に溢れた傑作ですね。僕は曲としては、むしろ1~3楽章を特に好んでいるので、気に入った演奏が色々とあります。セルも好きですが、構築性には難の有るバルビローリなんかも大好きです。
ショルティは音そのものは迫力が有りますが、個人的には余り情緒が感じられず、クールな印象の方が強いですね。好まないので余り聴きこんではいませんが。

投稿: ハルくん | 2013年6月 1日 (土) 12時37分

ハルさん、こんにちは
マーラーの記事がでてますね。私も大好きなのです。
マーラーは全曲聞くには覚悟がいるので、6番の場合は1,4楽章を好んで聞きます。私のベスト4(20以上の中から)です。バーンスタイン新旧、カラヤン、バルビローリ。

ちなみにラトルも2,3楽章が逆ですね。初演に準じているみたいです。
やはり、アンダンテ3楽章がいいですね。
私のバルビローリ盤はアンダンテ3楽章です。

何年か前にブレーズは実演も行きました(名古屋)。最後のハンマーが聞きごたえありますね。(見応え?)

それではまた。

投稿: DICK | 2013年6月 3日 (月) 01時46分

DICKさん、こんにちは。

マーラー良いですよね。僕は6番だと1、3楽章(アンダンテ)が特に好きですね。
アンダンテは絶対に3楽章に置くのが良いと思っています。どうしてマーラーがそんなに迷ったのか不思議です。

ブーレーズの6番はCDでしか聴いていませんが、悪くないと思っていますよ。

投稿: ハルくん | 2013年6月 3日 (月) 23時31分

ザンダー指揮フィルハーモニア管のテラーク盤が
他を圧して素晴らしいです。

曲を分析し尽くしている感じで
曲の迫力・美しさが内面から
湧き出てくるようです。
テラークの録音は優秀です。

いいのは1~3楽章が1枚に収まっていることです。
2と3楽章の入れ替えもスムーズですね。

さらには第4楽章のハンマー2回と3回の
2ヴァージョンが収録されてます。

で、解説CDもあるのですが、これの対訳はありません。

輸入盤で探されるのが賢明でしょう。

投稿: 影の王子 | 2013年12月 6日 (金) 01時13分

影の王子さん、

ベンジャミン・ザンダーという指揮者、名前は知っていますが演奏を聴いたことはありません。中々に地味な存在ですね。
ただ、マーラーを得意にしているようですし、一度聴いてみたい気がします。
テラークの録音であれば音質は極上なのは間違いが無いでしょうし。
ご紹介どうもありがとうございました。

投稿: ハルくん | 2013年12月 6日 (金) 13時51分

この曲の原体験はノイマン/LGOです。現代風のマーラーとは一線を画す所があります。余りにも楷書すぎて万人向けとは言えないかも知れませんが、曲の構造は手にとるように解ります。その後往年の名演とされたホーレンシュタイン/ストックホルムPoやアドラーを始め、カラヤン、セル、クーベリック(2種類)、バルビローリ、ショルティと聴きましたがやはりノイマン/LGOに戻ってしまいます。

投稿: k | 2014年9月23日 (火) 23時28分

Kさん

ノイマンの旧盤は聴いていませんが、確かにゲヴァントハウス時代の演奏も素晴らしかったですね。
ホーレンシュタイン、セルも好きですが、一番好きなのはやはりバルビローリです。情緒綿々とした演奏として最高です。

投稿: ハルくん | 2014年9月24日 (水) 23時13分

こんばんは。

雑誌とかで、アンダンテ→スケルツオが「決定」みたいな事が
書かれてますが
ハルくんさんはスケルツオ→アンダンテを支持されており、
大いに共感します。

アンダンテの夢見るようで儚い美しさは
続く終楽章での「破滅」が待ち構えているからこそ
生きると思います。

あと、CDではなくDVDですが、バーンスタイン&ウィーン・フィルは
いろいろな特殊楽器が見れて「愉しい」です。
特殊楽器の有無はマーラーとブルックナーの大きな違いの一つですね。

投稿: 影の王子 | 2015年3月22日 (日) 20時39分

影の王子さん、こんにちは。

断然、スケルツオ→アンダンテですね。

>アンダンテの夢見るようで儚い美しさは
続く終楽章での「破滅」が待ち構えているからこそ生きる

正に同感です!その通りだと思います。
この曲や続く7番は映像を観て楽しいでしょうね。

投稿: ハルくん | 2015年3月23日 (月) 23時54分

こんばんは。

マゼール&ウィーン・フィル盤を聴きました。
少し「安全運転」のきらいがありますが
全体としてはウィーン・フィルの美感を味わえる演奏と思います。
録音時1982年にはまだまだウィーンの音が生きていたのですね。
マゼールの良さは決して楽器が無意味に鳴ったり
オケが混濁するようなことが無いので
この曲にピッタリです。
ご指摘のとおりテンポが速すぎず遅すぎず
安心して聴けるのも良いです。
これはもっと評価させるべき盤ではないでしょうか?

投稿: 影の王子 | 2016年5月 1日 (日) 21時11分

影の王子さん、こんにちは。

マゼールのマーラーは比較的地味ですが、何といってもウイーンフィルによる全集というのが大きいです。曲によってはクール過ぎますが、それもまた個性ですし、情熱的、感情爆発のマーラーばかり聴いているのも疲れますからね。この6番の演奏は全集の中でも特に優れた出来栄えですね。

投稿: ハルくん | 2016年5月 2日 (月) 12時50分

こんばんは。

試聴はしたのですが、貴Blogの内容をバルビローリとベルティーニを混同して後者を入手。続けて本命の前者も入手。

バルビローリは冒頭から金管が音を外したのか単に音が割れて録音されてるのか、ブワっブワっと耳障りなのが引っ掛かります(94年オランダ盤、アンダンテは第3楽章)が、第2楽章からは安定し、魅惑の第3楽章。フィルハーモニア管でここまで美しい音を聴かせてくれるのは失礼ながら予想外でした笑。

改めてベルティーニも聴くと、冒頭のヘンな感じはないし穏やかに上手いですが、第3楽章はバルビローリの後では物足りなく感じます。

とても良い聴き比べでした。

ボクのような浅聴きには苦笑、アンダンテはどちらでも愉しめそうですが、時短で聴きたい時は2枚目だけで済むので、第3楽章のご意見に賛成です笑。

投稿: source man | 2017年4月 3日 (月) 21時00分

source manさん、こんにちは。

この曲も本当に魅力的な作品だと思います。

演奏に対する好み、録音の許容値など聴き手により様々ですし、どれが良いというのは中々難しいので、やはりこの名作は実際に色々と聴かれてみることをお勧めしまね。

投稿: ハルくん | 2017年4月 5日 (水) 13時02分

 わたしは6番はうるさいだけで嫌いでした。でも最近3楽章がいいなと思うようになりました。マーラーはこの曲で何が言いたかったのですか。アルマと一緒に泣いたそうですが、未来が不安なんですか?だれか教えていただきたいです。

投稿: マラきち | 2020年6月27日 (土) 05時10分

マラきちさん

うるさいだけと感じられていたのは、実際にそのような演奏を聴かれていたのかもしれませんね。私も実演なんかでは何度か耳にしました。

この曲についてご興味あればアルマの「回想と手紙」やマーラーの伝記本などお読みになると良いと思います。
ただし「回想と手紙」もそうですが、伝記や告白ものには真実以外も書かれていることが多いので鵜呑みにはできません。ボルトン氏の回顧録も物議を醸しだしていますよね(苦笑)。

投稿: ハルくん | 2020年6月29日 (月) 09時07分

うるさいだけと思っていた6番が良い曲だと思いました。アッバードとシカゴです。この勢いでブーレーズはどうかと注文して見ました。うれしい。

投稿: マラキチ | 2020年7月26日 (日) 06時10分

マラキチさん

アバドのマーラーも良いですね。
6番は聴いていませんが、シカゴの他にベルリンフィルのも有りますし、いずれ聴いてみたいと思っています。

投稿: ハルくん | 2020年7月26日 (日) 12時06分

ハルくんさん、こんばんは。

マーラーの交響曲はどれも大好きですが、この6番は中でも9番・3番と共に非常に好んで聴いております。形式自体は比較的古典的なのに、内容自体はとてもアグレッシブで表現主義的なのがギャップ萌えです(笑)故に、自ずと高まるヴォルテージの凄まじさこそがこの作品の魅力だと感じております。

なので、スケルツォとアンダンテの順番もハルくんさんと同じくスケルツォが先に限ると思っています。逆だとやはりイマイチ興が削がれるように思いますので。

という訳で、私の好きな演奏は劇的興奮に満ちているものが中心です。ベスト盤はバルビローリのEMI録音盤で、美しさと激情、温かみと凄絶さを兼ね備え、しかも英HMVアナログ初版は録音も素晴らしく良いという理想的な盤です。次いでバーンスタインのDGG録音。確かに戦闘的ですが、個人的にはそれこそがこの演奏の魅力となっており、しかもVPOのオケの魅力があって素晴らしいです。フィナーレだけならばバルビローリ以上に惹かれます。

この2つがずば抜けており、あとは随分と離されておりますが、アバドの旧盤(シカゴ響)も良いですね。後のユルいBPO盤より遥かに緊張感があって聴きごたえがあります。しかし、そのアバド盤を更に研ぎ澄まし、鮮烈にしたようなラインスドルフのスタジオ録音はもっと素晴らしいですね。この指揮者から連想されるような「事務的でつまらない」「無難で面白みがない」というものとはかけ離れた、強力な前進性と強烈な表現意欲に圧倒される良い演奏だと思います。

あと、何故か宇野功芳氏が挙げられた演奏はことごとく好きになれませんでした・・・。

投稿: げるねお | 2020年8月10日 (月) 02時44分

げるねおさん、こんにちは。

宇野功芳氏も好きだと言っていた6番ですが、ご推薦盤はノイマン、プレートルかな?でもノイマン盤は私も好きですけどね。

この曲は二楽章には絶対にスケルツォですよね!
どうしてマーラーが迷ったのか理解できません。また逆を選択する指揮者も。ところが一番好きな演奏をするバルビローリがスケルツォを三楽章に置いていたのは皮肉です。並びを差し替えてリリースした当時のEMIのプロデューサーには拍手です。

ラインスドルフのマーラーはいいですね。6番はオルフェオのライブ盤が気に入っているのでRCA録音は聴いていませんが。


投稿: ハルくん | 2020年8月10日 (月) 12時25分

こんばんは。
この曲の音盤には、テンシュテットのような個人的真実味を伴った説得力ある名演もありますが、近年は不思議と歴史的大事件と近い時期に収録させたものも多くあり、「歴史聴き」すると、演奏や演奏者の好き嫌いを超えて、平静ではいられなくなります。

ちょっと思い起こすだけでも、
ティルソン・トーマス&サンフランシスコ響(旧盤)(2001年9月12日~15日録音 9.11同時多発テロ翌日~)
アシュケナージ&シドニー響(2011年3月3~5日録音 3.11東日本大震災直前)
ご紹介の推薦盤の中の一枚、インバル&フランクフルト放送響も、(1986年4月24~26日録音 最終日チェルノブイリ原発事故)

https://columbia.jp/kono1mai/038.html

私としても、楽章順は、誰が何と言おうとスケルツオ→アンダンテのほうが良いと信じ続けておりますが、まだ録音が無い時代、この曲が初めての一期一会かもしれない聴衆には、最高に美しいアンダンテを早めに聞かせて、曲の世界に早く引き込ませたいという心理が、作曲者には働いたかもしれませんね。

昨今の、パンデミック(第一楽章) → ロックダウンの静寂(第二楽章) → ロックダウン解除後の混沌=現在(第三楽章) → (絶対にそうなって欲しくないシナリオですが)、世界大混乱、恐慌や大戦等による更なる人類の大量死(第四楽章)という流れで考えると、アンダンテ→スケルツオというストーリーもありかなと・・・。

そういえば、暗澹たる灰色の日々であった17歳の柴田南雄青年の心を大いに震わせ、「音楽がこんなにも絶望的であり得るなら、自分も何とか生きていけるんじゃないか」 という思いを抱かせ勇気付けた、クラウス・プリングスハイム&東京音楽学校管弦楽部による日本初演も、調べるとアンダンテ→スケルツオでしたね。

http://www.shinkyo.com/concert/i205-1.html

投稿: 犍陀多 | 2020年11月11日 (水) 19時10分

犍陀多さん、こんにちは。

なるほど、歴史聴きするにはうってつけの曲かもしれませんね。

楽章順については、私も誰が何と言おうとスケルツオ→アンダンテしかないと思います。
のちの音楽学者は初演時の楽譜を重んじるようですが、演奏直前にマーラーが「スケルツオ→アンダンテ」に変更したという事実こそが重要です。人間冷静に理屈で考えるよりも、せっぱつまった時の直感の中にこそ真実は現れるのではないでしょうか。私はそう信じます。

投稿: ハルくん | 2020年11月12日 (木) 10時49分

おはようございます。

ちなみに、この曲で私が超個人的で究極に「自分史聴き」をするのは、前の方の話題にもあった、アバド&シカゴ響盤(1979年2月1.2.4日録音)です。

私がこの録音で曲を覚えたというのもありますが(スケルツォ→アンダンテ)、この録音期間中に、私の母が若くして死んでいます(涙)。

「亡き母をしのぶ曲」

こういう聴き方は、誰から何を言われても強いです(笑)。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月13日 (金) 09時42分

犍陀多さん、こんばんは。


そうでしたか。究極のご自分史ということなんですね。。。

投稿: ハルくん | 2020年11月14日 (土) 00時22分

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