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2010年2月 8日 (月)

マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調 名盤

Mahler1011 ブルックナー&マーラーの交響曲特集も、いよいよマーラーの第5番です。通称「マラ5」。大学時代にマーラーの音楽の魅力に目覚めてから一体何度聴いたかわかりません。一般的には第1番「巨人」が最もポピュラーでしょうが、マーラーに興味を持った人が、その次にハマリやすい曲がこの曲です。というのもマーラーの音楽の最大の特徴である「精神分裂的な感情の激変」が、この曲ほど目まぐるしく訪れる曲は他に無いからです。今、喜びに溢れていたかと思えば一瞬にして悲しみの底に陥ってみたり、幸福感に包まれていたかと思えば次の瞬間には苦悩に悶えてみたりの連続なのです。そしてそれは、実はマーラーの人生そのものなのです。子供の頃から父親の激しい怒りと母親の愛情のはざまで成長し、兄弟の次々の死や両親の死を迎えて生きてきたマーラーは、自分の人生を「足に重い粘土をつけて歩いてきた人生」だと語っています。

そんなマーラーがウイーンで音楽家として成功を収め、画家シントラーの娘で美しく教養に溢れたアルマと結婚をした1902年に完成したのが「交響曲第5番嬰ハ短調」です。彼はこの曲の第4楽章「アダージェット」を愛するアルマに捧げました。それは情熱的に燃え上がる愛というよりも、ようやく訪れた幸せを静かに噛み締めているかのようです。そういったマーラーの様々な感情が、素晴らしく充実した管弦楽となんともノスタルジックで美しい多くの旋律によって表現されています。

第1楽章「葬送行進曲」 極めて印象的なトランペットのファンファーレで始まり、静かに葬送の歩みを進めます。これはユダヤの葬列なのでしょう。展開部に入ってからは、音楽は激しく荒れ狂います。手に汗握るスリリングな管弦楽の展開は何度聴いても飽きさせません。最後は再び静かに葬列が遠くに去って行くかのように曲が終わります。 

第2楽章「嵐のように激しく」 1楽章に続いて荒れ狂いますが、中間部で静かにゆったりと流れるノスタルジックな旋律も非常に魅力的です。

第3楽章「スケルツオ」 ウイーン風ののどかな舞曲で始まりますが、情熱的に展開します。一転して中間部のトリオでは静けさに包まれて、幻想的なピチカートに乗った調べが大変美しいです。

第4楽章「アダージェット」 巨匠ヴィスコンティの映画「ヴェニスに死す」で、幻想的な海のシーンで印象的に使われたので昔から有名です。新妻アルマへの愛情に満ち溢れていて、静かに始まって徐々に高揚して行く絶美の旋律が何とも魅力的です。

第5楽章「ロンド・フィナーレ」 牧歌的に始まり、音楽は明るい気分でどんどん高揚していきます。マーラーの書いた曲の中でも最も明るい楽章でしょう。やはり、アルマと迎える幸せな結婚生活への期待が現われているのではないでしょうか。

それでは僕の「マラ5」の愛聴盤および所有盤をご紹介します。

4148jr8kphlレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1963年録音/盤) このコンビの当時の録音にはアンサンブルに緻密さを欠いた演奏が少なからず見受けられます。オーケストラの技量を試されるようなこの曲では当然ながら粗さを感じます。バーンスタインのマーラーの音楽への共感は深く感じられるものの、後年のウイーン・フィルの再録音と比べると表現の追い込みの甘さは遺憾ともし難いところです。もっともそれがストレートな演奏に感じられて、ウイーン・フィル盤のくどさ、しつこさが苦手の人には逆に受け入れ易いと思います。個人的にはウイーン・フィル盤を上位に置きますが、こちらのレニーの演奏も聴いていて楽しめます。

Mar5_barb_2 サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア(1969年録音/EMI盤) EMIへ残した3曲(5、6、9番)のスタジオ盤の一つです。バルビローリの表現は彫りが深くて素晴らしいのですが、オーケストラの力量が不足するのが不満です。ゆっくりと静かに歌う旋律部分は情感がこもり切ってとても良いですが、激しい部分ではだいぶ生ぬるく聞こえます。それでもオーケストラの響きが人間的な肌触りを感じさせるので、単に上手いだけの無機的なオケの音よりはずっと良いと思います。バルビローリならばアダージェットの歌いまわしに期待をしたいところですが、弦が不揃いで案外期待外れです。

Mar5_kuberi_2 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1971年録音/グラモフォン盤) マーラーはクーベリックの重要なレパートリーで独グラモフォンへ全集録音を行いましたが、5番はその中でも特に優れた演奏でした。バーンスタインやテンシュテットのように思い入れたっぷりで物々しくとはなりませんが、やはりマーラーの音楽への共感に満ちているので素晴らしいです。オーケストラも非常に上手いですが無機的に陥らないところが好きです。クーベリックには10年後のライブ演奏が有りますが、この完成度の高いスタジオ録音盤の価値は不滅だと思います。

Mi0000979507ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1973年録音/グラモフォン盤) マーラーの本質からは遠い存在であると思うカラヤンですが、明るく壮麗なフィナーレを持つ第5番は比較的向いている作品だと思います。実際にベルリン・フィルを気持ち良いほどに鳴らしています。但しいつものように弱音部で旋律線を極端なピアニシモで弾かせ続けるカラヤンの癖のためにあちらこちらで音楽が痩せてしまいます。マーラーの病的な感情変化も余り感じ取れません。やはり”マーラーが好きでたまらない”指揮者では無いのですよね。ミリオンセラーとなったアダージェットも綺麗ですが特別に優れている演奏とは思えません。

51myjeho4wlクラウディオ・アバド指揮シカゴ響(1980年録音/グラモフォン盤) アバドの最初のマーラー全集では、ウイーン・フィルと録音した3番、4番、9番を愛聴していますが、5番はシカゴ響との録音です。さすがにオケの上手さは驚くほどでアンサンブルは完璧ですし、音のピッチも完璧です。しかしその割にはハーモニーがそれほど美しく感じられません。これは不思議です。歌謡調の旋律が多いこの曲をアバドは良く歌わせているのですが、弱音部の音量と、強音部の音量が極端過ぎて、ダイナミズムの変化がやや煩わしく感じます。音色が明るくマーラー特有のどろどろした暗さを感じさせないのはオケの個性ですが、同じシカゴ響でも情緒のまるで欠けたショルティよりはずっと好きです。

Mar5_kube_2 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1981年録音/audite盤) グラモフォンへの録音から10年後のミュンヘンでのライブ演奏です。スタイリッシュで完成度の高いグラモフォン盤に比べると、スケールが大きくて、表現もたっぷりとしています。クーベリックのライブであれば、更に熱気を望みたい気もしますが、物々しく成り過ぎない演奏としては大変素晴らしいと思います。完成度の高いスタジオ盤と、どちらを取るかは非常に迷うところです。

Mahler5_maazel ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1982年録音/CBS盤) マゼールはユダヤ系の割には情感に粘着性を感じません。時にかなり遅いテンポを取ることがあっても、それはあくまでも音そのもののドラマであって、感情的に没入することは有りません。この5番の演奏もそんなスタイルです。それでも無味乾燥にならないのは、やはりウイーン・フィルだからです。マーラーの音楽を知り尽くしたオケだからこそ、適度のバランスを保てるのでしょう。この曲には音楽に没入し尽くしたバーンスタインの超名演が有るので余り注目されませんが、一歩引いてマーラーの音を楽しもうという時には良い演奏だと思います。録音が優秀なのも嬉しいです。

Mar5_ber_2 ガリー・ベルティーニ指揮ウイーン響(1983年録音/WEITBLICK盤) 7年後のEMI録音のほうがベルティーニの表現自体は徹底しています。ところがこの演奏が劣るかと言うとそんなことは無く、むしろ過不足の無い自然な表現をマーラーを知りつくしたウイーンの楽団が柔らかい音でカバーしています。ライブならではの高揚感もとても好ましいですし、EMI盤で気にいらなかったアダージェットも幻想味に溢れて素晴らしいです。ウイーンのムジークフェライン大ホールの豊かな響きを捉えた録音も優秀です。

41xhyw2aftl__ss500_ エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送響(1986年録音/DENON盤) インバルのマラ5は1970年代のライブをFM放送からエアチェックしてよく聴きました。それはストレートな表現で好感の持てる演奏だったと思います。けれどもその後に都響での演奏を何度か聴いて失望したので、この人のマーラーには興味を失ってしまいました。この演奏も、いかにもインバルらしく、マーラーに精神的に没入しません。深刻にならないのは良いとしても、余りに醒めた感じがしてしまうのです。同じ職人的な演奏ならば、僕はベルティーニのほうが好きです。

Mar5_bern_2 レナード・バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1987年録音/グラモフォン盤) これはフランクフルトでのライブ演奏です。重く引きずるように進む葬送の足取りは好き嫌いが分かれるかもしれませんが、一度この演奏にハマッてしまったら他の演奏が物足りなく感じるでしょう。展開部は一転して激しさの限りです。時には熱気の余り騒々しく感じさせるバーンスタインですが、この演奏では成功しています。第2楽章も正に嵐のような激しさと静寂との対比が得も言われません。3楽章も理想的、アダージェットでのウイーン・フィルの弦の幻想的な美しさも最高です。フィナーレでは徐々に高揚して、ついには歓喜を爆発させます。 

Mar5_bernstein_2 レナード・バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1987年録音/Memories盤) グラモフォン盤と同じ年のロンドンでのプロムスコンサートの録音です。以前から海賊盤で出回りマニアの間では有名でしたが、Memoriesがバーンスタイン・クラブ公認として同じウイーン・フィルの4番との2枚組みで出してくれました。録音も非常に優れています。グラモフォン盤との基本的な解釈に変わりは有りませんが、スケルツオ後半とフィナーレの彫りの深さと熱気と迫力はグラモフォン盤以上かもしれません。しかし、よほどのマニアで無い限りはグラモフォン盤が有れば充分だと思います。

Mar5_ten_2 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1988年録音/EMI盤) テンシュテットはEMIへ全集録音を残しましたが、これは後のライブ録音です。ロンドン・フィルはどうしてもオケが非力ですので、熱気でカバーができるライブ演奏のほうが大抵優れています。この演奏も、オケのヴィティオーゾ性には欠けますが、いかにもテンシュテットらしいスケールの大きい演奏です。ゆったりとした部分と激しい部分の対比も非常にドラマティックです。バーンスタインの粘る演奏では余りにしつこ過ぎると感じる人には丁度良いのかもしれません。

Mah_ten03_2 クラウス・テンシュテット指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1990年録音/Memories盤) テンシュテットの場合は手兵のロンドンフィルとの演奏よりも、優れたオケへの客演時の演奏の方が大抵優れているのは皮肉なものです。マーラー演奏に長年慣れたコンセルトへボウの実力はロンドンフィルの比ではありません。テンシュテットのライブにしては前半はどこか達観した印象の演奏ですが、充実した管弦楽の響きでこの人のマーラーを味わえるのは何物にも代えがたい喜びです。アダージェットも深く静かで何とも美しいですが、フィナーレの高揚感も相当なものです。僕が持っているのはMemoriesのテンシュテット/マーラー選集ですが、音質は良好なので鑑賞には全く支障有りません。
(補足:当演奏は、その後に「アムステルダム・コンセルトへボウ・アンソロジーLIVE 1990-2000」というボックス・セットで正規盤が出ました。高価ですがそれだけの価値が有ると思います。)

Mar25 ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1990年録音/EMI盤) EMIへの全集録音の中の一つです。ベルティーニにしてはスタイリッシュ過ぎる欠点を感じさせない表情豊かな演奏です。激しい部分も中々ドラマティックですし、メランコリックな部分も雰囲気が良く出ています。ただしアダージェットは早めのテンポで旋律を明確に歌い過ぎているのが、幻想味を薄くしてイージーリスニング的にしている感が有ります。その他の楽章が中々素晴らしいだけに残念です。個人的には83年のウイーン響盤のほうを好みます。

821ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ響(1990年録音/DECCA盤) 同コンビは1970年にこの曲のセッション録音を残していて、その壮麗な音と迫力で支持するファンがおられます。しかし自分にはおよそ情緒の欠如した単なる音響体にしか感じられませんでした。ですが同コンビには、その20年後にウイーンのムジークフェラインで行ったライヴ録音が有ります。ショルティの基本路線が変わったわけではありませんが、長い歳月と共にかつての”力技”の印象が薄れているのとホールの豊かな響きが相まって、案外楽しめる演奏になっています。但しさすがのシカゴ響もセッション録音ほど完璧ではありません。

4106091521_2 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) ノイマンももう少しでマーラーの全集録音を二度残すほど重要なレパートリーとしていました。ドラマティックな爆演型では有りませんが、それらは皆共感に満ち溢れた演奏ばかりです。この5番もやはり良い演奏です。欠点を強いて挙げればスケルツオの主部のリズムが堅苦しく弾むような感じがしない位でしょうか。フィナーレもやや生命感に不足するかもしれません。それでもCANYONの録音は非常に優れているので、この曲では大きな利点となります。

Ma5cci00020_2 小林研一郎指揮チェコ・フィル(1999年録音/CANYON盤) コバケンのマラ5は何年か前に読売日響の定演で聴きました。それは日本のオケとは思えないほどハーモニーが美しく鳴り響き熱気に溢れた素晴らしい演奏でした。そんなコバケンがチェコ・フィルを振るのですから良い演奏にならないはずが有りません。振幅の大きい豊かな表現のまずは理想的なマーラーです。アダージェットも美しいです。但しフィナーレはコバケンにしてはやや冷静に過ぎた感が有ります。CANYONの録音はもちろん優秀で、マイクの近いノイマン盤に比べてホールトーンを生かした録音なのでよりスケール大きく感じます。

さすがに名曲だけあって名盤が目白押しですが、僕が心底満足し切れる演奏としてはバーンスタイン/ウイーン・フィルのグラモフォン盤とプロムス・ライブ盤、それにテンシュテット/コンセルトへボウ盤です。次点としてはベルティーニのウイーン響盤とコバケン/チェコ・フィル盤、更にクーベリックのグラモフォン盤とライブ盤の両方を上げておきたいと思います。

<追記>バーンスタイン/NYP盤、クーベリックのグラモフォン盤、カラヤン/ベルリン・フィル盤、マゼール/ウイーン・フィル盤、アバド/シカゴ響盤、インバル/フランクフルト放送響盤、ショルティ/シカゴ響盤を後から加筆しました。

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マーラー(交響曲第5番~7番)」カテゴリの記事

コメント

私はブーレーズ指揮ウィーンフィルによる録音も持っていますが、一度聴いただけで、そのままです。演奏は完璧かもしれませんが面白くない。やはりマーラーの交響曲の持つ異様性、作品から伝わってくる情念が無いと、特にこの第5番は面白くないと思います。
私が持っている何種類かのCDの中でも、やはりバーンスタイン指揮ウィーンフィルのグラモフォン盤がやはり最高だと思います。
同じオケなのに、指揮者が違うと演奏はこうも違うのかと痛感します。
プロムスでのライブ盤は持っていないので、今後、捜索します。

投稿: オペラファン | 2010年2月 8日 (月) 11時37分

1楽章ユダヤの葬列なんですか、なるほど。この時のマーラーの立ち位置(視点)はどこなのだろう、と考えてしまいます。葬列に参加しているのか、傍観しているのか、死者の視点なのか・・・?

投稿: かげっち | 2010年2月 8日 (月) 12時05分

オペラファンさん、こんにちは。

ブーレーズの5番は聴いていません。面白くはないですか?同じウイーンPOを振った6番は案外好きなのですけれど。そうですね、情念の無いマーラーというのはちょっといただけないですよね。
プロムス・ライブ盤はバーンスタイン好きな人にはやはり面白いと思いますよ。

投稿: ハルくん | 2010年2月 8日 (月) 23時28分

かげっちさん、こんにちは。

葬列でのマーラーの立ち位置ですか?僕が思うには、両親、兄弟、友人の葬列への参列でしょうね。自分の愛するもの達の死の悲しみ、苦しみに直面しているとしか思えません。とても傍観者の視点では有りません。
ですのでマーラーの音楽には人間感情の真実味が感じられるのです。

投稿: ハルくん | 2010年2月 8日 (月) 23時34分

お約束通り、マーラー5番の名盤のご紹介ありがとうございます。
私はハルくんや他の皆さんの様に、色んな盤を聞き比べるまでに至っていない初心者みたいなものですが、一音楽ファンとして、楽しみにしておりました。私は故シノーポリ盤を持っております。ハルくんのお話に出てきた『ベニスに死す』主演のビョルン・アンドレセンのあまりの美しさに感激を通り越して怖ささえも感じたものです。
タイムリーな事に2月7日の題名のない音楽会でマーラー婦人は悪妻だったという話題がされていました。真実は どうだったのでしょうか?
婦人が浮気性だったとか、いやいや愛妻家と言われたマーラーが、実はかなりのマザコンでアルマ婦人は母の代わりとしか見ていなかったとか、妻の自由を認めなかったとか、諸説あるようですね。しかし、こんなにも美しく壮大な遺産を私達に残してくれたマーラーに感謝です

投稿: From Seiko | 2010年2月 8日 (月) 23時37分

Seikoさん、こんばんは。

僕はシノーポリ盤は聴いたことが有りません。でも評判は良いみたいですね。
「ベニスに死す」は美しい映像とマーラーの音楽が見事に融合した名画でしたよね。アンドレセン君の美しさも非常に印象的でした。

マーラーとアルマの本当のところはもちろん当人同士しか知り得ないのでしょうけれど、アルマが書いた「グスタフ・マーラー 回想と手紙」を読むと真実に近い事が分かるような気がします。実は30年以上前に買ったこの本を読み返しながらブログ記事を書いています。全曲について書き終えて、本を読み終えた時にマーラーについて理解をより深められたらいいなぁ、なんて思っています。

投稿: ハルくん | 2010年2月 9日 (火) 00時14分

ハルくんさん、おはようございます

5番のアダージェット、と聞くと、真っ先に思い出すのがショルティ指揮、シカゴ交響楽団の1970年録音です。少し早めのテンポで、美しい旋律が弦同士で絡み合いながら進んで行きます。間の取り方も絶妙。ショルティのマーラー録音の中で、後あとまで残る部分ではないかと思います。HABABI

投稿: HABABI | 2010年2月 9日 (火) 06時27分

ハルくんさん、こんにちは。

そうですよね、もちろん傍観者とは思えません。ただ、もっとも愛していた者を亡くした悲しみ、とだけ言ったのでは表しきれない深く複雑なものがありそうな感じがするのです。うまく言えませんが・・・

たとえば「もっとこの人に愛されたかった」という憎しみとか、「もっとこの人を愛したかった」という無念とか。そういうことをいちいち楽譜に書いているわけではないし、マーラー自身の生き様と直接に対応させてよいかどうかもわからないのですが、何か単純でない悲しみを感じるのです。

もっと直截な悲しみというのも世の中にはあるでしょうが、そしてどちらが深い悲しみだと言えるものでもないでしょうが、その辺の奥深さというか一筋縄ではいかないところがマーラーの特徴のような気がします。考えすぎでしょうか?

投稿: かげっち | 2010年2月 9日 (火) 12時14分

葬列で思い出したのですが、おそらく交響曲第10番の時に触れられるかもしれませんが、1908年マーラー夫妻がニューヨークを訪れた時、マーラーはホテルの窓から見た殉職した消防署員の葬列を見て、泣いていたというエピソードを思い出だしました。
第5番以降、何かマーラー自身、葬列には感じること、こだわりがあったのかもしれません。

余談ですが、現在、私のブログはとんでもないことになっています。こちらも歌劇「魔笛」を話題にしているはず。
どうかご注意下さい。

投稿: オペラファン | 2010年2月 9日 (火) 18時54分

HABABIさん、こんにちは。

実はショルティのレコードを70年代に何枚か買いましたが、正直余り気に入らなかったのですよ。ですのでマーラーも幾らか聴いたとは思いますがほとんど聴いていません。お薦めの5番あたりは改めて聴いてみたい気がしますね。

投稿: ハルくん | 2010年2月 9日 (火) 20時01分

かげっちさん、こんにちは。

マーラーの感情、特に悲しみの感情というのは相当に複雑だと思いますよ。彼がこの世に生まれたことを「幸福なこと」と感じていたとは決して思えません。幸福なことと信じたくて必死にあがく姿を感じてしまいます。それをよく「厭世感」と言い表わしますよね。マーラーの悲しみの根源はそこに有るのではないでしょうか。

投稿: ハルくん | 2010年2月 9日 (火) 20時11分

オペラファンさん、再びコメントありがとうございます。

ニューヨークの話は知りませんでした。恐らくはそれまでの人生で葬列に何度も何度も参列しては悲しみの涙を流してきたであろう彼は、葬列を見ると過去の記憶が甦ってしまうのと「死」そのものの悲しみを激しく実感してしまうのではないでしょうか。いずれにしても尋常の感覚では無かった気がしますよね。

貴殿のブログは大変ですね。早く災いが過ぎ去ることを願っています。ご警告ありがとうございました。

投稿: ハルくん | 2010年2月 9日 (火) 20時23分

まだ、マーラーはあまり聴いていませんが、
説明を読んで、これはすぐにでも
聴きたいと思いました。
愛の力はすごいですよね。

バーンスタインとコバケンですね。

私、コバケンが大好きなんですよ。

投稿: 四季歩 | 2010年2月10日 (水) 19時41分

四季歩さん、こんにちは。

マラ5はいいですよ。
是非ともお聴きになられてみて下さい。

コバケンいいですよね。
昔からファンですが、この人はマーラーが特にいいです。マーラーを指揮するときは出来る限り聴きに行ってます。

投稿: ハルくん | 2010年2月11日 (木) 00時27分

マーラーの「第5」もあまり多くの種類のCDを持っていません。

ハルさんも挙げられているベルティーニ=ケルン放送響(EMI)の演奏が一番好きなCDです。やや楽天的な表現かもれませんが、オケの技量も確かで、アダージェットも聴き応えがあるように思います。

一度聴いてみなければいけないと思っているCDは、バルビローリ=ニューフィルハーモニア管とバーンスタイン=ウィーン・フィルです。

投稿: たろう | 2010年2月14日 (日) 11時09分

たろうさん、こんにちは。

ベルティーニ/ケルンのアダージェットですが、個人的な好みの問題です。確かに聴き応えは大いに有りますね。

バーンスタイン/ウイーン盤も好みは有るでしょうがマーラーファンなら何を置いても必聴盤だと思います。
バルビローリは・・・難しいところですが是非ご自分の耳で確かめられる事を。

投稿: ハルくん | 2010年2月14日 (日) 11時20分

ハルくんさん、こんにちは。

マーラーの悲しみの表現、という面で注目すべき指揮者は誰だとお思いですか?(5番に限らず)

確かに厭世観と言う人もいますが、私のフィーリングにはフィットしない表現です。見捨てられ不安という言葉を使う人がいますが、それに近いかも知れません。愛する人から見捨てられること(亡くなるというのも含む)、(彼自身の信仰はともかく、ユダヤ人としての自覚はあったようなので)神から見捨てられたように感じること、場合によっては愛する人にしがみつきたくなる思い、そういうものを感じることがあるのです。

それはもしかしたら、いまの時代の不安と通底する心性かもしれません。

投稿: かげっち | 2010年2月15日 (月) 12時26分

かげっちさん、こんばんは。

マーラーの悲しみの表現、ですか。中々難しい質問ですね。
静かな悲しみ、ならバルビローリ。激しい悲しみ、ならバーンスタイン。というところでしょうか。

マーラーの伝記を読んでいると、この人は相当に精神分裂的な人だったことがよく分かります。しばしば激しい偏頭痛に襲われたそうなので病気の影響も有るのでしょうか。それにしては指揮者と作曲家の両方で類稀なる才能を持っていたのは凄いことですね。

投稿: ハルくん | 2010年2月15日 (月) 23時49分

↑なるほど。バルビローリの他の演奏は知っていてもマーラーで聴いたことはありませんでした。

精神分裂病という病名は誤解を与えるので最近は統合失調症と言いますが、マーラーがこの病気だったわけではなさそうですね。笑っている自分、泣きたい自分、怒っている自分、いろいろな自分を一つに統合できず、感情や意思の動揺が激しいタイプなのでしょうか。彼の生い立ちと音楽性との関連に切り込もうとした専門家は少なくないと聞きました。

投稿: かげっち | 2010年2月16日 (火) 12時08分

かげっちさん、こんばんは。

マーラーがひとたび偏頭痛に襲われると並みの苦しみようではなかったらしいです。ですのでそれは何か「病気」ではないかと思ったのです。精神分裂が「病気」ということではなく「精神分裂的な」と書きましたが、最近は医学的にもその言葉は使わないのですね。

マーラーの生い立ち(成長過程)においての環境が彼の性格・思想から音楽性へ与えた影響は無視できないと思います。

投稿: ハルくん | 2010年2月16日 (火) 22時25分

ほんものの偏頭痛は「神経の病気」なので「精神の病」とは関係ないそうですが、偏頭痛の正しい診断ができるようになったのは最近なので、マーラーの「偏頭痛」がどういう頭痛だったのか私にはわかりません。しかし、並みの苦しみようでなく、ありきたりの対処は無効だったとすれば、偏頭痛だったのかもしれません。もっと劇症になるクラスタ頭痛というのもあるらしいですが(別の病気)。

統合失調症について述べた「引き裂かれた自己」という本がありますが、この題名(邦訳)を私が見るとマーラーを思い出してしまうのは事実です。

投稿: かげっち | 2010年2月18日 (木) 12時48分

かげっちさん、こんばんは。

アルマの「回想と手紙」を読むと、マーラーの頭痛のことを「偏頭痛」と表わしていますが、症状は相当に酷かったようです。ただ現代の医学に沿って分析するのも中々難しいでしょうね。
「引き裂かれた自己」ですか。確かにマーラーのイメージからは遠くないですね。

投稿: ハルくん | 2010年2月18日 (木) 22時27分

大作曲家の人生を医学的に解明しようとした本は多いですね。まあそれが音楽の内容とどう関連するかは別ですが・・・この曲の4楽章で演技したフィギュアのペアがいましたね。

投稿: かげっち | 2010年2月24日 (水) 12時17分

かげっちさん、こんにちは。

音楽家に限らず、歴史上の人物の病気や死因は色々と研究されますね。
でも確かに音楽を初めとする業績の内容とは余り関係ないような気もします。
アダージェットで演技したフィギュアペアなんて居ましたっけ?憶えていないなぁ・・・

投稿: ハルくん | 2010年2月24日 (水) 23時01分

↑アイスダンスだったかもしれません。

投稿: かげっち | 2010年2月26日 (金) 12時46分

かげっちさん、ネットで調べてみたらアイスダンスでカナダのペアがこの曲を使って演技をしたそうですね。見てみたかったです。

投稿: ハルくん | 2010年2月26日 (金) 22時19分

ハルくんの巻頭の文章、感銘深く拝読しました。すごい見識ですね。彼や四季歩さん同様、私もコバケンが大好きです。私は、第1、第5は理解に至りましたが、他のマーラー交響曲は良く分かりません。どうしたらいいのでしょう?

投稿: やっちゃん | 2010年8月15日 (日) 08時00分

やっちゃんさん、はじめまして。

古い記事へコメント頂きましてありがとうございます。
マーラーワールドへ第1、第5から入られるのはごく普通ですよ。この2曲を受け入れられる方でしたら、他の曲も絶対にOKのはずです。根気よく鑑賞回数を重ねるだけです。
次にお勧めしたいのは、第6あたりでしょうか。そして第2、第4、第9も是非ですね。
残りの「大地の歌」、第3、第7、第8はそれからでも良いと思います。
1曲ごとに曲想が随分と違うのがマーラーですが、それはマーラーの性格そのものだと思います。全曲が気に入るとこんなに面白い作曲家はそうそう居ないですよ。1曲づつ順番に聴き込んで行かれてください。ご感想を楽しみにしています。
これからよろしくお願いします。


投稿: ハルくん | 2010年8月15日 (日) 08時43分

またご無礼を働くことをお許しください。
こちらのサイトを覗くのが遅かったので。
この曲の、バーンスタイン/ウィーンフィル盤との出会いは、私にはとてつもない衝撃でした。すべての音に意味がある、確信に満ちている。そう感じます。家に一人でいる時しか聴けません。知人らに聴かせても、「嫌いだ」という感想が返ってきます。長年、この作品については、私は完全に孤独でした。
マーラーの、不安をたたえた音色が嫌いな人たちの気持ちも今ではわかります。
しかし、いまでも私のフェイバリット盤です。実は9番も好きです。
すいませんでした。

投稿: sasa yo | 2011年1月 4日 (火) 23時50分

sasa yoさま、
ご無礼だなんて、とんでもありません。
古い記事へのコメントをとても嬉しく思います。
マーラーやブルックナーの音楽は好きな人にとってはこの上ないものですが、苦手な人には中々受け入れられないものですからね。特にマーラーへの拒絶反応は大きいと思います。
バーンスタイン/ウイーンフィルの5番の演奏は初めてこの曲の真価が分かる無二のものでは無いでしょうか。同じように9番の演奏もまた無二のものだと確信しています。

投稿: ハルくん | 2011年1月 5日 (水) 00時12分

バーンスタイン&ウィーン・フィルは名演ですが
聴くのに覚悟がいるのが難点です。
その点、シノーポリは聴きやすく、かといって物足りなさはない、
名演だと思います。

ところで、クラシック音楽好きのなかにし礼さんの自伝ともいうべき
「兄弟」のTVドラマで兄の葬儀場のシーンで
この曲の第1楽章が選曲されていて印象深かったです。

投稿: 影の王子 | 2013年9月30日 (月) 23時02分

影の王子さん、こんばんは。

確かにバーンスタイン/ウィーン・フィルを聴くのには少々心構えをする必要が有ります。しかしこれほど多くのものを与えてくれる演奏は有りませんね。
テンシュテットもそれに近いものが有ります。
もう少し気楽に聴きたい場合に自分が選ぶのは、クーベリック、小林研一朗、ベルティーニ、それに最近ではブーレーズ、ラインスドルフ、そんなところでしょうか。

「兄弟」というドラマは残念ながら観ていませんが、興味深いですね。

投稿: ハルくん | 2013年9月30日 (月) 23時29分

モノラルでよければ、ワルターNYPの演奏が秀逸だとおもいます。節回しがどの演奏よりもしっくりします。ただマーラーの一般的な演奏からはもっとも遠い位置にあるという異見もあちこちで散見されます。是非御意見を賜りたいです

投稿: k | 2014年9月 9日 (火) 08時17分

Kさん、コメントありがとうございます。

ワルター/NYPは昔LP盤で持っていました。ワルターらしい自然な情感が感じられる演奏でしたが、いかんせんマーラーの特に5番を聴くには音質の貧しさが大きなハンディだと思います。”一般的な演奏”というのはイメージが湧きませんが、これがマーラーの音楽に不忠実だとは決して思いません。物凄い音響だけが鳴り響いて情感の乏しいマーラー演奏の方がよほどつまらないと思います。

投稿: ハルくん | 2014年9月 9日 (火) 18時07分

昨日のETVでメーター指揮の実演を見ました。IPOゆかりの曲との触れ込みでしたが、どうしても違和感を覚えてしまいました。バーンスタイン/VPOの非常に表情豊かな演奏と比較するとどうしても遜色をかんじられずにはいられません。この曲の表情の難しさを改めて感じました

投稿: k | 2014年11月17日 (月) 20時34分

Kさん

昨夜のメータのライブ観ましたよ。
ユダヤの国のオーケストラのユダヤの葬列曲、僕はとても楽しめました。
バーンスタインの演奏は別格ですし、メータの演奏はそれと比べればずっと楽天的に聞こえますが、弦楽などはとても美しく良い演奏だったと思います。
まぁ、バーンスタインが凄過ぎますね。

投稿: ハルくん | 2014年11月17日 (月) 21時02分

メータ&イスラエル・フィル
TVで観ました。

どうも精彩を欠いた演奏だったように思えます。
オケは万全ですが、ここぞという時の迫力に欠け
歌うべき箇所はもっと歌って欲しい・・・

こちらの期待が大き過ぎたかもしれません。

それだけマーラーの演奏は難しいということでしょうか?

投稿: 影の王子 | 2014年11月23日 (日) 11時10分

影の王子さん

濃厚でドラマティックなマーラーは好きですが、いつもそればかり聴いていると胃にもたれます。そんな時には余り深刻過ぎないマーラーも良いと思います。先日のメータの演奏も落ち着いて聴ける良い演奏だったと思います。
その日の気分によって色々と聴き分けるのは愉しいですし、そう思うと好きな演奏も随分と増えてきます。マーラーの音楽はとても懐が深いのではないでしょうか。

投稿: ハルくん | 2014年11月24日 (月) 23時09分

こんばんわ。初めて投稿します。
まあ名演といわれる盤も多くてとても全部は聴けないですよね。
私はテンシュテット/LPOの1978年盤が一番好きです。スケールが大きくオケの技量も申し分ありません。
オケの巧さといえば、レヴァインとフィラデルフィアの鮮やかな名演が印象に残っていますね。

投稿: MSJ | 2015年3月14日 (土) 02時06分

MSJさん、はじめまして。
ご投稿頂きまして誠にありがとうございます。

マーラーの5番はディスクの数も多いですし、まあ全部聴くなんてことはできません。

テンシュテットの1978年盤というとEMIのセッション録音ですね。私は後年のライブ録音のほうをより好みますが、この曲ではテンシュテットとバーンスタインの両者はやはり双璧だと思います。

レヴァイン盤は聴いていませんので機会あれば聴いてみたいですね。ありがとうございます。
またいつでもお気軽に書き込みください。

投稿: ハルくん | 2015年3月14日 (土) 11時15分

ハルくん早速に返信いただきありがとうございます。
この曲に限らずハルくんの音楽日記楽しく拝見しております。私など教えられることもたびたびあります。これからも大いに参考にさせていただきますので、頑張ってください。
5番はこれまでに実演5回ほど聴いたことがあります。どのオケもこの曲をやるときは集中力を最高度に発揮するので聴き応えがありますね。

投稿: MSJ | 2015年3月15日 (日) 19時06分

MSJさん、こんにちは。

激励のお言葉をありがとうございます。
音楽愛好家同志で色々な感想やご意を交換できればこれほど楽しいことは無いと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いします。

マラ5ぐらい実演に接して楽しい曲はありませんよね。これまで5回は聴いていないかもしれませんが、演奏者にかかわらずいつも満足仕切れます。

投稿: ハルくん | 2015年3月17日 (火) 12時58分

ご無沙汰しております。

まったく期待せず聴いたアバド&ベルリン・フィル盤が
ことのほか良いのです。
激しさや美しさといった点ではベストではありませんが
各細部がまったく過不足なく聴こえてきて充実感があります。
盛り上がるべきところは決めていますし
変なデフォルメが全く無く、曲がすんなり耳に入ってきます。
これはお薦めできます。

投稿: 影の王子 | 2015年6月 1日 (月) 21時25分

影の王子さん、こんばんは。

アバドのマーラーはウイーンPO以外は余り聴いていませんが、良いですか?
激しさや美しさがベストでなくて「良い演奏」が出来るのは凄いです。
一度聴いてみたいですね。

投稿: ハルくん | 2015年6月 2日 (火) 22時24分

5番はバーンスタインのNYフィルとの旧録が新録音よりもわすかに勝っているように思います。特にアダージェット。
またそのアダージェットだけについては映画の中でヴィスコンテイが使用した無名指揮者に依るローマ放響の演奏がずば抜けていました。おそらく当時のすべての音源を聴いた挙句にそれを選んだのでしょう。

投稿: 佐々木 眞 | 2016年4月10日 (日) 09時55分

佐々木さん

コメントありがとうございます。
バーンスタインのNYP盤は昔LP盤を持っていましたが、オケが雑に感じられたので現在はウイーンPOの2種のみで聴いています。
でも晩年の録音は少々粘着質に過ぎるようにも感じられますし、例えば1番のように旧盤を好む場合もあります。
改めて聴いてみたくなり、早速Amazoってしまいました。近いうちに記事に追記したいと思います。
どうぞまたお気軽にコメントください。楽しみにお待ちしています。

投稿: ハルくん | 2016年4月10日 (日) 11時12分

こんばんは。

今日はアマオケ、兵庫県立芸術文化センターで聴きました。
覚悟していたとはいえ、管楽器のマズさはいかんともしがたいものでした。
それでも、「いい曲だ」とあらためて感じました。
被害を免れる第4楽章、生で聴くとまさしく「天上の音楽」でした。
この楽章を聴けただけで元は取れました。

今日あらためて思ったのは、「自分はやっぱりマーラーが大好き」でした。

投稿: 影の王子 | 2016年11月 6日 (日) 22時52分

影の王子さん、こんにちは。

今やアマオケもマーラー、ブルックナーを平気で取り上げる時代になりましたが、難しいのは確かです。特に5番あたりになるとそれは大変です。
でも4楽章だけでも満足できて良かったですね。
マーラー本当に良いですよね。僕も大好きです。

投稿: ハルくん | 2016年11月 8日 (火) 12時50分

こんばんは。

バーンスタインのDG盤は初出以来愛聴してますが
今聴きなおして、感動を新たにしました。
前半2楽章は「マーラーの闇」ではなくて
「バーンスタインの闇」なのでしょう。
加齢とともに共鳴が深まる音楽だとつくづく実感します。

現代の演奏家たちのマーラーを聴いていると
「バーンスタインが最高」とは思えなくなりましたが
やはり別格であることには変わりありません。

投稿: 影の王子 | 2017年10月27日 (金) 23時08分

影の王子さん、こんばんは。

バーンスタインのマーラーが全て好きなわけではありませんし、5番に関しても好きな演奏は幾つも有ります。でもこの人のウイーン・フィル盤とテンシュテットのNDR、コンセルトへボウ両盤はやはり別格です。

投稿: ハルくん | 2017年10月29日 (日) 00時00分

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