« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月

2010年2月28日 (日)

ショパン ピアノソナタ第2番変ロ短調op.35「葬送」 名盤 ~祝・生誕200年~ 

Chopin001 今年はピアノの詩人フレデリック・ショパンの生誕200年のアニバーサリーイヤーですね。そして明日3月1日が彼の誕生日です。僕ももちろんショパンは好きですが、それほど頻繁に聴いているわけではありません。彼の作品の中でよく聴く曲と言えば、小林麻美の「雨音はショパンの調べ」 あっ、これは違いました。(笑) いやいや、そうではなくて、ピアノ協奏曲、エチュード集、プレリュード集とかなのですが、最も好きな曲を上げろと言われれば、たぶんピアノ・ソナタ、それも第2番「葬送ソナタ」だと思います。この曲の特に第1楽章がたまらなく好きなのですね。ゆっくりとどこまでも高く魂が飛翔してゆくような中間部にさしかかると、ホントに逝ってしまいそうになります。(それじゃマズイですけれどね~)(笑) もちろん第3楽章の葬送行進曲も好きです。何度も何度も聴いているせいか、ことさらに葬式の音楽だとは感じないですが、この楽章にもやはり魂の飛翔を感じます。中間部の静かな叙情も素晴らしいですね。やはりこの曲は掛け値なしの名曲だと思います。

この曲には好きな演奏が幾つも有りますので、ご紹介しておきます。誕生日に葬送ソナタというのも何ですがまあいいでしょう。

41lnhodiz0l__ss500_ アルトゥール・ルービンシュタイン(1961年録音/RCA盤) 同じ祖国ポーランド出身の大巨匠ルービンシュタインのショパンは素晴らしいのですが、この人はスタジオ録音の場合にはどうもサロン的に軽く(気楽に)弾き過ぎる傾向が有ります。それでも構わない曲目も多く有りますが、ソナタのような重厚な曲はやはりもう少し気合を入れて弾いてもらいたかったです。これがもしもライブ演奏であれば、ずっと真剣勝負の演奏を聴くことが出来たことと思います。

41ecwmpllxl__ss400_ ウラディミール・ホロヴィッツ(1962年録音/CBS盤) 高校生の時に始めて買ったレコード(もちろんアナログLP)でした。これはホロヴィッツがステージ活動を一切行わなかった12年間の間の録音です。この人の音をいつも聴いて思うのは、本来の「ピアノ」の音を感じるのです。現代のピアノ録音がなんだか電子ピアノのような綺麗さを感じるのとはやはり違うのです。この演奏も精神の強靭さを感じる1楽章が大好きです。2楽章の機関銃のような弾きぶりは圧巻です。そして3楽章葬送行進曲での限りない精神の深さと中間部の静寂の美しさの対比は得も言われぬ見事さです。うーん、ホロヴィッツ!

51ukeut7bpl アルトゥーロ・べネディッティ・ミケランジェリ(1967年録音/DIAPASON盤) イタリアのフェレンツエ近郊の町プラトで行われたコンサートの記録です。録音状態は万全ではありませんが、ピアノの音に芯が有るので充分鑑賞できます。僕はこの人は好きです。何しろ名前が良いですよ。いかにも芸術家という名前じゃないですか。その上、顔つきもいかにもですし。実際のピアノも音色といい、テクニック、気品、全てにおいて最も「芸術家」という呼び方に相応しいと思います。それは「機械的に」上手い若手の遠く及ばない境地だと思います。

996 アルトゥーロ・べネディッティ・ミケランジェリ(1973年録音/TOKYO FM盤) ミケランジェリが日本に来て東京文化会館で行ったリサイタルの完全ライブ録音です。大学生のときにFM放送を録音して何度も聴いたものです。この人は葬送ソナタのスタジオ録音を行っていませんので、保存状態の良いライブ録音がこうして聴けるのは実に幸せです。よく言われるように、この人のピアノの音色は他の誰とも違う美しさです。力強く、輝きを放つ音そのものが独特の存在感を示しています。表現も余裕が有り、いつもながら高貴さを一杯に湛えて実に素晴らしいです。

51o5s6arc1l__ss500_マルタ・アルゲリッチ(1975年録音/グラモフォン盤) 個人的にはこの人の演奏は70年代が一番好きです。60年代は若さの勢いが魅力的ですが音楽が未消化気味。80年代以降はだんだん恣意的な演奏になって、こざかしさを感じてしまうからです。元々出来不出来にムラの多い人だとは思いますが、この葬送ソナタは70年代の彼女としては普通の出来だと思います。特に3楽章葬送行進曲がいまひとつ感銘度合いに欠けているのが残念です。

382 ウラディミール・アシュケナージ(1976年録音/DECCA盤) アシュケナージのピアノの音は実に美しいです。なんだか電子楽器のように聞こえます。まあそれは良いとしても、この演奏はまるで深刻さの無いあっけらかんとした演奏です。1楽章を飄々と快速に飛ばして行くところなどは、余りに脳天気に感じます。この曲をこんなに楽しく弾かれると唖然とします。2楽章もスピードを競うスポーツのような弾きぶりにまたも唖然。葬送行進曲は実に堂々とした演奏です。うーん、この曲をここまで立派に弾かれてもねえ・・・。こういう求道精神の無い弾き方をしていたら飽きてしまって指揮者に転向したくなるのはよく分かります。

51qthr2xf0l__ss500_ マウリツィオ・ポリーニ(1984年録音/グラモフォン盤) ポリーニのエチュード集は衝撃的でした。サロン的な甘さを一切取り払って芸術性一本で勝負という気迫を感じたものです。また、それを支える最高のテクニックが凄かったです。何人たりとも近づけない孤高の境地だったと思います。その後もプレリュード、ポロネーズなど色々と録音していますが、あのエチュードはとうとうポリーニ自身でも二度と到達出来ない「世界最高得点」になってしまったのではないでしょうか。この葬送ソナタは甘さの一切無い演奏ということでは個性的です。やはり孤高の素晴らしい演奏だと思います。

Chopin_kissin エフゲニ・キーシン(1998年録音/RCA盤) 神童キーシンの27歳の時の演奏です。キーシンの最近発売のCD5枚セットに収められています。とにかく音が綺麗です。和音が本当に美しい。ショパンの不健康な香りはありませんが、決して脳天気ということでは無く、ニュアンスの変化も感じさせます。けれども本当の白眉は3楽章です。遅いテンポで重く引きずるような足取りは、まるで皆で棺を担いで歩いでいるかのようです。これこそは葬送行進曲ではありませんか。中間部の静かな詩情もとても美しいです。そして最後は葬列が少しづつ遠くへ去って行きます。非常にユニークな名演奏だと思います。

以上の中で僕のベスト3を選ぶとすれば、第1位ホロヴィッツ、第2位ミケランジェリ東京ライブ、第3位にはポリーニとキーシン、というところです。さて皆さんのお気に入りは?

<後日記事>
ショパン ピアノソナタ第2番「葬送」 続・名盤

| | コメント (19) | トラックバック (0)

2010年2月27日 (土)

バンクーバーオリンピック フィギュアスケート

Photo バンクーバーオリンピックももう終盤です。オリンピックは夏冬のどちらも大好きな自分なのですが、今回はTV放送を余りゆっくり観ていません。昨日の女子フィギュアスケートも夜帰ってダイジェストで観ただけです。真央ちゃんはよく頑張りました。キム・ヨナさんはそれ以上に素晴らしかったです。けれどもこれは2人の能力の違いでは決して無いと思います。それはトリノ以降の4年間のコーチ/スタッフの「戦略」の差だと思っています。4年前にヨナさんは現役時代にトリプルアクセルを得意としていたブライアン・オーサー氏に弟子入りして「アクセルを教えて欲しい」と頼んだそうですが、ブライアンは「トリプルアクセルはリスクが有るから、それ無しでも勝てる方法を考えれば良い」と言ったそうです。そして4年間演技構成を変えずに、ひたすら完成度を高めて来ました。その見事な結実が今回のSPとフリーだったわけです。一方真央ちゃんはタラソワさんに師事して表現力を磨きました。それ自体は良かったのですが、やはり一緒に滑ることをしない(出来ない?)タラソワさんのコーチにはどうしても弱点が有る気がしてしまいます。トリノの前に荒川静香さんが、タラソワさんの師事から離れる決断をしたときに「一緒に滑ってくれるコーチが欲しい」と言ったことが忘れられません。結果、荒川さんは見事に復活して金メダルに輝きました。タラソワさんは良くも悪くも「芸術家」だと思います。難しい「鐘」というプログラムを過去何人かに挫折させても、今回真央ちゃんに挑ませました。真央ちゃんの為にプログラムを組むというよりも、自分の理想のプログラムに挑戦をさせた、という印象です。それもオリンピックイヤーに挑戦したのですから、消化するのにぎりぎり間に合った?感じです。ブライアンコーチがキム・ヨナさんがバンクーバーで勝つ為にはどうしたら良いかを4年間考え続けて、同じ基本路線を確実に実行してきたのと、どうも方法論が異なるような気がしてなりません。ですので今回はコーチの長期的な戦略対決で勝負が分かれたと思っています。4年後には再びこの2人の天才の饗宴が見られたら良いですね。それにアメリカ代表の長洲未来さんもです。長洲さん、4位入賞おめでとう!もちろん安藤美姫さんも鈴木明子さんもよく頑張りました。更に4年後を目指せ!おっと男子もだ。

以上は、どしろうとの好き勝手な感想ですので、あんまり真剣に受止めないで下さいね。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010年2月14日 (日)

ブルックナー 交響曲第5番変ロ長調 名盤

Doitu080l_2            ケルンの大聖堂

交響曲第5番はブルックナー中期の傑作です。後期の作品に匹敵するか、あるいはそれ以上のスケールの大きさを持つ、正に聳え立つ巨峰です。ブルックナー自身はこの曲を「対位法的」と呼びましたが、最も典型的なのは巨大なコラールが対位法と一体になった終楽章です。もちろん、他の楽章も構築性において一段と際立つ作品です。がっちりとした構築性と堅牢な管弦楽の響きは、あたかもドイツのゴシック様式の巨大な大聖堂を仰ぎ見るような印象を受けます。
この曲は初演の際には、指揮者のフランク・シャルクが聴衆に受け入れ易くする為に楽譜に大幅なカットと、金管、打楽器を追加するという改定(改悪?)を行いました。もちろん現在では通常、原典版で演奏されていますが、改定版はクナッパーツブッシュの録音で聴くことが出来ます。

第1楽章”アダージョ~アレグロ” 荘重な導入部に続く主部は、スピード感有る印象的な主題が何度も転調しながら繰り返されます。これには心が躍るような感動を覚えさせられます。正にブルックナーの音楽の醍醐味を味わえます。

第2楽章”アダージョ、非常にゆっくりと” 冒頭、弦のピチカートによる三連音の上に、オーボエが二連音で哀しげな旋律を奏でて非常に印象的に始まります。その後、弦楽が大河の流れのような広がりを持つ旋律を歌い、とても荘厳な雰囲気を感じさせます。本当に感動的な楽章です。

第3楽章”スケルツオ‐モルト・ヴィヴァーチェ” 2楽章の三連音がそのまま急速な伴奏形となり、トウッティで激しく奏されます。野趣に溢れた豪快な迫力が魅力的です。

第4楽章”フィナーレ、アダージョ~アレグロ・モデラート” 最終楽章は対位法を駆使して作曲された正に音の大伽藍です。その巨大なフーガとコラールは圧倒的なスケールで心の底から感動させられます。

この曲も素晴らしい演奏が多く有りますので、順にご紹介します。

Buru5_kuna2 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウイーン・フィル(1956年録音/DECCA盤) 大学生になった頃に初めてこの曲を聴いた演奏(もちろんアナログLPで)でした。曲の良さが直ぐに理解出来たのは演奏が良かったからでしょう。珍しいシャルク改訂版による演奏なのですが、指揮の意味深さによる演奏の魅力が音楽を充分にカバーしています。テンポは全体に早めなのにもかかわらず、せかせかしたところが全く無く、クナの呼吸の深さをつくづく感じます。当時のウイーン・フィルの柔らかい音は一聴すると音に迫力が無い様に感じるかもしれませんが、音楽そのものの聴き応えは充分です。特に第2楽章の弦楽の美しさは例えようも有りません。

Buru5_kuna3 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィル(1959年録音/DREAMLIFE盤) DECCA盤と同じ改定版によるミュンヘンでのライブ演奏です。以前から何種類かの海賊盤が出回っていて、中でもGreenHILL盤はかなり良い音質でしたが、ようやく正規音源盤が出て、この演奏の凄さを存分に味わう事が出来るようになりました。ブルックナーをモノラル録音で鑑賞するのは適さないのですが、クナ位凄い演奏になると鑑賞に耐えます。ウイーン・フィルの美音には劣るものの、野趣に溢れたミュンヘン・フィルの音はこの曲には相応しいです。基本テンポはやはり早めですが、ここぞという所でクナは(足で床をドンと鳴らして)オケに気合を入れますので、のけ反るような迫力が生れます。若輩指揮者には真似のできない至芸です。

Buru5_konvi フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1961年録音/BERLIN Classics盤) 名指揮者コンヴィチュニーもブルックナーをよく振りました。極めて男性的で豪快な演奏です。金管を強奏するので直接的な迫力が有ります。しかしトランペットがいささか強過ぎるので全体のバランスを欠き、響きに「法悦」を感じる事が出来ません。音が汚いというわけでは有りませんが少々やかましく聞こえます。その点がクナの響きとは大分異なります。けれども第2楽章アダージョはたっぷりと深みを感じて中々に魅力的です。

Buru5_schu カール・シューリヒト指揮ウイーン・フィル(1963年録音/グラモフォン盤) これはウイーンでのライブ録音です。この人とウイーン・フィルとのブルックナーの正規録音が3、8、9番しか無いのは残念ですが、モノラル録音ながらも状態の良い5番が残されたのは喜びです。シューリヒトは普段は早めのテンポで淡々と音楽を進めますが、この演奏はテンポがたびたび変化しますし、表現も非常に濃厚で劇的です。けれどもそれが決して外面的に陥ることが無く、どこまでも音楽の内面的な感動に結びつくのは流石にシューリヒトです。フィナーレもクナに負けないほどの迫力です。

Klenpelar_wien オットー・クレンペラー指揮ウイーン・フィル(1968年録音/Testament盤) クレンペラーがウイーン・フィルに1968年に客演した際の録音がテスタメントからBOXで出たのはとても嬉しい出来事でした。この曲はかつてセブンシーズからも出ていましたが、リマスタリングで音質が格段に向上しています。いかにもクレンペラーらしいインテンポのがっちりした指揮ぶりですが、ウイーン・フィルの音が演奏に瑞々しさを与えてくれています。一本調子の所が面白みが無いと言ってしまえばそれまでですが、こういう真面目な曲を真面目な演奏で聴くのも悪くはないでしょう。

Buru5_mata ロブロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィル(1970年録音/スプラフォン盤) 年配ファンには懐かしいマタチッチですけれども、最近はやや忘れ去られているようです。録音が少ないので仕方が有りませんが、かつてN響の定期で聴いたワグナーの管弦楽の美しくも豪放な響きは今でも耳の底に焼きついています。ブルックナーの正規録音は5、7、9番しか残っていませんが、どれもが貴重な財産です。この5番はテンポは全体に早めで極めて豪快なのですが、それがブルックナーの持つ野趣の面を強く感じさせてくれて納得します。機械的に上手く空虚な音の演奏とは正に対極に位置します。1楽章の主部などは相当に快速ですが、その一方で2楽章の弦楽はゆったりと味わい深く非常に感動的です。

Buru5_kenpe ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィル(1975年録音/BASF盤) ケンペはクナの指揮でブルックナーが体に染み付いているミュンヘン・フィルと素晴らしい録音を残しました。これはケンペの最大の遺産の一つと言えるでしょう。ゆったりした部分はより遅く、速い部分はスピード感を持って、非常にメリハリが利いています。スケールは大きいのですが、もたついた感じが無いのは流石です。堅牢なオケの響きが、正に石造りの大聖堂を仰ぎ見るようです。響きはやや固めですが金管のバランスが良いので決してうるさくなりません。ケンペとミュンヘンフィルの正規録音が他には4番しかないのが本当に残念です。なお、この演奏は海外のPILZから廉価盤で出ていますが、音が薄いので避けるべきです。国内テイチク旧盤のほうが遙かに優れていますので、最近出たXrcd盤かどちらかを選ぶべきです。

Buru5_eu オイゲン・ヨッフム指揮ドレスデン国立歌劇場管(1980年録音/EMI盤) EMIへの全集盤に含まれる演奏です。最円熟期を迎えたヨッフムが全集録音を残すには一番良い時期に完成させてくれたと思います。5番ではマタチッチほどでは無いですが、テンポにかなり緩急をつけています。オケを豪快に鳴らしていますが、ドレスデン管弦楽団のまろやかに溶け合う音が騒々しさを感じさせません。いつもながらこのオケの自然で素朴な音色が魅力的です。音だけで大自然の広がりを感じさせます。マイナスは1楽章の終結部でたたみ込むようにアッチェレランドしてスケールが小さくなったことです。

Buru5_johu オイゲン・ヨッフム指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1986年録音/TAHRA盤) ヨッフムが最晩年にコンセルトへボウと演奏したライブ録音を仏ターラが幾つもCD化してくれたことはブルックナー・ファンにとって感涙の喜びでした。特にこの5番は白眉の演奏で、名演中の名演です。録音が良いのも嬉しいです。柔らかくふくよかにブレンドされた名門コンセルトへボウの音が実に美しく捉えられていて正に「法悦」を感じます。6年前のEMI盤よりもスケールが大きく、1楽章終結部も自然です。2楽章のたっぷりとした深さも素晴らしく、これほどまでに崇高で感動的な演奏も稀です。後半の3、4楽章ももちろん素晴らしいですが、特に終結部の巨大なスケールは圧倒的です。

Buru5_cheri セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1986年録音/Altus盤) 第5番ともなればチェリビダッケを無視する訳には行かないでしょう。但しチェリ・ファンでは無い僕は幾つもCDを持っていません。晩年のミュンヘン・ライブと、このサントリーホールでのライブ盤のみです。相変わらず極度に遅いテンポで、音楽の自然な流れを感じられないために、聴いていて息が詰まります。オーケストラの状態も必ずしもベストでは無かったように感じます。録音も1993年盤の方が良いと思うので、よほどのチェリ・ファンでなければこのディスクは必要無いのではないでしょうか。

Bruckner5_743ベルナルト・ハイティンク指揮ウイーン・フィル(1988年録音/フィリップス盤) 良い演奏が無いわけでは無いハイティンクなのですが、自分とはどうも相性が合いません。普通の意味では「良い」演奏かもしれませんが、自分にはいま一つです。まずウイーン・フィルに演奏させて、この響きは無いだろうと思います。ブルックナーの敬虔な響きが聞こえて来ないからです。フレージングの呼吸の浅さも気に成ります。第3楽章までは、ほとんど聴きどころがないと言って良いぐらい。強いて言うと終楽章ではコラールがスケール大きく鳴り響き、ようやく充実感が得られました。全体的には愛聴盤からは遠い存在です。

Bruckner_5セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1993年録音/EMI盤) 熱心なチェリ・ファンでは無い自分は、この人の演奏を聴いているとどうも極度に遅いテンポに付いて行けずに呼吸困難に陥ってしまいます。ファンはそこが凄いと言うのでしょうけれども。けれども、この演奏は元々巨大な造形美を誇る曲ですので、チェリの良さが発揮されていると思います。テンポの遅さは感じても1986年のサントリー・ライブよりも音楽の流れが感じられますし、響きの美しさや神秘感もこのミュンヘン録音の方がよく感じられます。従ってチェリの第5であれば、この演奏を選びます。

Buru5_want ギュンター・ヴァント指揮ミュンヘン・フィル(1995年録音/Profil盤) ヴァントのブルックナーには北ドイツ放送やベルリンフィルとの録音が多く存在しますが、個人的に最も好むのは晩年のミュンヘン・フィルとの演奏です。それは、このオケの元々南ドイツ的な素朴で明るめの音がクナ、ケンペ、チェリビダッケという歴代のブルックナー指揮者によってしっかりと受け継がれてきたからです。現代的で都会的なベルリンフィルの音との違いは明らかです。木管のセンスなんかも随分隔たりが有ると感じます。真面目な職人ヴァントは大見得を切ったりはしないので時に面白みの無さを感じたりもしますが、極めてオーソドックスな演奏で曲そのものを味わうにはとても良いと思います。

これらの中で個人的にベスト3を選ぶとすれば、ヨッフム/コンセルトへボウの1986年盤がダントツのナンバー(オンリー)ワンです。そしてケンペ/ミュンヘン・フィル盤がナンバー2。残り一つはマタチッチ/チェコ・フィル、ヨッフム/ドレスデン国立管、ヴァント/ミュンヘン・フィル等と乱立状態ですが、むしろ改訂版のハンディを乗り越えてクナッパーツブッシュのミュンヘン、ウイーン両盤といきたい所です。余り好まないチェリビダッケも1993年盤だけは残しておきたいです。

未聴のCDの中では、もうじきミュンヘン・フィルと来日して第8を演奏するティーレマン盤を聴いてみたいと思っていますが、その感想はその時にまた。

<関連記事>
ティーレマン/ミュンヘン・フィルのブルックナー第5番
アイヒホルン/バイエルン放送響の聖フローリアン・ライブ ブルックナー第5番 

| | コメント (30) | トラックバック (1)

2010年2月 8日 (月)

マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調 名盤

Mahler1011 ブルックナー&マーラーの交響曲特集も、いよいよマーラーの第5番です。通称「マラ5」。大学時代にマーラーに目覚めてから一体何度聴いたかわかりません。一般的には第1番「巨人」がポピュラーでしょうが、マーラーに興味を持った人が、その次にハマリやすい曲がこの曲です。というのもマーラーの音楽の最大の特徴である「精神分裂的な感情の激変」が、この曲ほど目まぐるしく訪れる曲は他に無いからです。今、喜びに溢れていたかと思えば一瞬にして悲しみの底に陥ってみたり、幸福感に包まれていたかと思えば次の瞬間には苦悩に悶えてみたりの連続なのです。そしてそれは、実はマーラーの人生そのものなのです。子供の頃から父親の激しい怒りと母親の愛情のはざまで成長し、兄弟の次々の死や両親の死を迎えて生きてきたマーラーは、自分の人生を「足に重い粘土をつけて歩いてきた人生」だと語っています。

そんな彼がウイーンで音楽家として成功を収め、画家シントラーの娘で美しく教養に溢れたアルマと結婚をした1902年に完成したのが「交響曲第5番嬰ハ短調」です。彼はこの曲の第4楽章「アダージェット」を愛するアルマに捧げました。それは情熱的に燃え上がる愛というよりも、ようやく訪れた幸せを静かに噛み締めているかのようです。そういったマーラーの様々な感情が、素晴らしく充実した管弦楽となんともノスタルジックで美しい多くの旋律によって表現されています。

第1楽章「葬送行進曲」 極めて印象的なトランペットのファンファーレで始まり、静かに葬送の歩みを進めます。これはユダヤの葬列なのでしょう。展開部に入ってからは、音楽は激しく荒れ狂います。手に汗握るスリリングな管弦楽の展開は何度聴いても飽きさせません。最後は再び静かに葬列が遠くに去って行くかのように曲が終わります。 

第2楽章「嵐のように激しく」 1楽章に続いて荒れ狂いますが、中間部で静かにゆったりと流れるノスタルジックな旋律も非常に魅力的です。

第3楽章「スケルツオ」 ウイーン風ののどかな舞曲で始まりますが、情熱的に展開します。一転して中間部のトリオでは静けさに包まれて、幻想的なピチカートに乗った調べが大変美しいです。

第4楽章「アダージェット」 巨匠ヴィスコンティの映画「ヴェニスに死す」で、幻想的な海のシーンで印象的に使われたので昔から有名です。新妻アルマへの愛情に満ち溢れていて、静かに始まって徐々に高揚して行く絶美の旋律が何とも魅力的です。

第5楽章「ロンド・フィナーレ」 牧歌的に始まり、音楽は明るい気分でどんどん高揚していきます。マーラーの書いた曲の中でも最も明るい楽章でしょう。やはり、アルマと迎える幸せな結婚生活への期待が現われているのではないでしょうか。

それでは僕の「マラ5」愛聴盤および所有盤をご紹介します。

4148jr8kphlレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1963年録音/盤) このコンビの当時の録音にはアンサンブルに緻密さを欠いた演奏が少なからず見受けられます。オーケストラの技量を試されるようなこの曲では当然ながら粗さを感じます。バーンスタインのマーラーの音楽への共感は深く感じられるものの、後年のウイーン・フィルの再録音と比べると表現の追い込みの甘さは遺憾ともし難いところです。もっともそれがストレートな演奏に感じられて、ウイーン・フィル盤のくどさ、しつこさが苦手の人には逆に受け入れ易いと思います。個人的にはウイーン・フィル盤を上位に置きますが、こちらのレニーの演奏も聴いていて楽しめます。

Mar5_barb_2 サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア(1969年録音/EMI盤) EMIへ残した3曲(5、6、9番)のスタジオ盤の一つです。バルビローリの表現は彫りが深くて素晴らしいのですが、オーケストラの力量が不足するのが不満です。ゆっくりと静かに歌う旋律部分は情感がこもり切ってとても良いですが、激しい部分ではだいぶ生ぬるく聞こえます。それでもオーケストラの響きが人間的な肌触りを感じさせるので、単に上手いだけの無機的なオケの音よりはずっと良いと思います。バルビローリならばアダージェットの歌いまわしに期待をしたいところですが、弦が不揃いで案外期待外れです。

Mar5_kuberi_2 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1971年録音/グラモフォン盤) マーラーはクーベリックの重要なレパートリーで独グラモフォンへ全集録音を行いましたが、5番はその中でも特に優れた演奏でした。バーンスタインやテンシュテットのように思い入れたっぷりで物々しくとはなりませんが、やはりマーラーの音楽への共感に満ちているので素晴らしいです。オーケストラも非常に上手いですが無機的に陥らないところが好きです。クーベリックには10年後のライブ演奏が有りますが、この完成度の高いスタジオ録音盤の価値は不滅だと思います。

Mi0000979507ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1973年録音/グラモフォン盤) マーラーの本質からは遠い存在であると思うカラヤンですが、明るく壮麗なフィナーレを持つ第5番は比較的向いている作品だと思います。実際にベルリン・フィルを気持ち良いほどに鳴らしています。但しいつものように弱音部で旋律線を極端なピアニシモで弾かせ続けるカラヤンの癖のためにあちらこちらで音楽が痩せてしまいます。マーラーの病的な感情変化も余り感じ取れません。やはり”マーラーが好きでたまらない”指揮者では無いのですよね。ミリオンセラーとなったアダージェットも綺麗ですが特別に優れている演奏とは思えません。

51myjeho4wlクラウディオ・アバド指揮シカゴ響(1980年録音/グラモフォン盤) アバドの最初のマーラー全集では、ウイーン・フィルと録音した3番、4番、9番を愛聴していますが、5番はシカゴ響との録音です。さすがにオケの上手さは驚くほどでアンサンブルは完璧ですし、音のピッチも完璧です。しかしその割にはハーモニーがそれほど美しく感じられません。これは不思議です。歌謡調の旋律が多いこの曲をアバドは良く歌わせているのですが、弱音部の音量と、強音部の音量が極端過ぎて、ダイナミズムの変化がやや煩わしく感じます。音色が明るくマーラー特有のどろどろした暗さを感じさせないのはオケの個性ですが、同じシカゴ響でも情緒のまるで欠けたショルティよりはずっと好きです。

Mar5_kube_2 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1981年録音/audite盤) グラモフォンへの録音から10年後のミュンヘンでのライブ演奏です。スタイリッシュで完成度の高いグラモフォン盤に比べると、スケールが大きくて、表現もたっぷりとしています。クーベリックのライブであれば、更に熱気を望みたい気もしますが、物々しく成り過ぎない演奏としては大変素晴らしいと思います。完成度の高いスタジオ盤と、どちらを取るかは非常に迷うところです。

Mahler5_maazel ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1982年録音/CBS盤) マゼールはユダヤ系の割には情感に粘着性を感じません。時にかなり遅いテンポを取ることがあっても、それはあくまでも音そのもののドラマであって、感情的に没入することは有りません。この5番の演奏もそんなスタイルです。それでも無味乾燥にならないのは、やはりウイーン・フィルだからです。マーラーの音楽を知り尽くしたオケだからこそ、適度のバランスを保てるのでしょう。この曲には音楽に没入し尽くしたバーンスタインの超名演が有るので余り注目されませんが、一歩引いてマーラーの音を楽しもうという時には良い演奏だと思います。録音が優秀なのも嬉しいです。

Mar5_ber_2 ガリー・ベルティーニ指揮ウイーン響(1983年録音/WEITBLICK盤) 7年後のEMI録音のほうがベルティーニの表現自体は徹底しています。ところがこの演奏が劣るかと言うとそんなことは無く、むしろ過不足の無い自然な表現をマーラーを知りつくしたウイーンの楽団が柔らかい音でカバーしています。ライブならではの高揚感もとても好ましいですし、EMI盤で気にいらなかったアダージェットも幻想味に溢れて素晴らしいです。ウイーンのムジークフェライン大ホールの豊かな響きを捉えた録音も優秀です。

41xhyw2aftl__ss500_ エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送響(1986年録音/DENON盤) インバルのマラ5は1970年代のライブをFM放送からエアチェックしてよく聴きました。それはストレートな表現で好感の持てる演奏だったと思います。けれどもその後に都響での演奏を何度か聴いて失望したので、この人のマーラーには興味を失ってしまいました。この演奏も、いかにもインバルらしく、マーラーに精神的に没入しません。深刻にならないのは良いとしても、余りに醒めた感じがしてしまうのです。同じ職人的な演奏ならば、僕はベルティーニのほうが好きです。

Mar5_bern_2 レナード・バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1987年録音/グラモフォン盤) これはフランクフルトでのライブ演奏です。重く引きずるように進む葬送の足取りは好き嫌いが分かれるかもしれませんが、一度この演奏にハマッてしまったら他の演奏が物足りなく感じるでしょう。展開部は一転して激しさの限りです。時には熱気の余り騒々しく感じさせるバーンスタインですが、この演奏では成功しています。第2楽章も正に嵐のような激しさと静寂との対比が得も言われません。3楽章も理想的、アダージェットでのウイーン・フィルの弦の幻想的な美しさも最高です。フィナーレでは徐々に高揚して、ついには歓喜を爆発させます。 

Mar5_bernstein_2 レナード・バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1987年録音/Memories盤) グラモフォン盤と同じ年のロンドンでのプロムスコンサートの録音です。以前から海賊盤で出回りマニアの間では有名でしたが、Memoriesがバーンスタイン・クラブ公認として同じウイーン・フィルの4番との2枚組みで出してくれました。録音も非常に優れています。グラモフォン盤との基本的な解釈に変わりは有りませんが、スケルツオ後半とフィナーレの彫りの深さと熱気と迫力はグラモフォン盤以上かもしれません。しかし、よほどのマニアで無い限りはグラモフォン盤が有れば充分だと思います。

Mar5_ten_2 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1988年録音/EMI盤) テンシュテットはEMIへ全集録音を残しましたが、これは後のライブ録音です。ロンドン・フィルはどうしてもオケが非力ですので、熱気でカバーができるライブ演奏のほうが大抵優れています。この演奏も、オケのヴィティオーゾ性には欠けますが、いかにもテンシュテットらしいスケールの大きい演奏です。ゆったりとした部分と激しい部分の対比も非常にドラマティックです。バーンスタインの粘る演奏では余りにしつこ過ぎると感じる人には丁度良いのかもしれません。

Mah_ten03_2 クラウス・テンシュテット指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1990年録音/Memories盤) テンシュテットの場合は手兵のロンドンフィルとの演奏よりも、優れたオケへの客演時の演奏の方が大抵優れているのは皮肉なものです。マーラー演奏に長年慣れたコンセルトへボウの実力はロンドンフィルの比ではありません。テンシュテットのライブにしては前半はどこか達観した印象の演奏ですが、充実した管弦楽の響きでこの人のマーラーを味わえるのは何物にも代えがたい喜びです。アダージェットも深く静かで何とも美しいですが、フィナーレの高揚感も相当なものです。僕が持っているのはMemoriesのテンシュテット/マーラー選集ですが、音質は良好なので鑑賞には全く支障有りません。
(補足:当演奏は、その後に「アムステルダム・コンセルトへボウ・アンソロジーLIVE 1990-2000」というボックス・セットで正規盤が出ました。高価ですがそれだけの価値が有ると思います。)

Mar25 ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1990年録音/EMI盤) EMIへの全集録音の中の一つです。ベルティーニにしてはスタイリッシュ過ぎる欠点を感じさせない表情豊かな演奏です。激しい部分も中々ドラマティックですし、メランコリックな部分も雰囲気が良く出ています。ただしアダージェットは早めのテンポで旋律を明確に歌い過ぎているのが、幻想味を薄くしてイージーリスニング的にしている感が有ります。その他の楽章が中々素晴らしいだけに残念です。個人的には83年のウイーン響盤のほうを好みます。

4106091521_2 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) ノイマンももう少しでマーラーの全集録音を二度残すほど重要なレパートリーとしていました。ドラマティックな爆演型では有りませんが、それらは皆共感に満ち溢れた演奏ばかりです。この5番もやはり良い演奏です。欠点を強いて挙げればスケルツオの主部のリズムが堅苦しく弾むような感じがしない位でしょうか。フィナーレもやや生命感に不足するかもしれません。それでもCANYONの録音は非常に優れているので、この曲では大きな利点となります。

Ma5cci00020_2 小林研一郎指揮チェコ・フィル(1999年録音/CANYON盤) コバケンのマラ5は何年か前に読売日響の定演で聴きました。それは日本のオケとは思えないほどハーモニーが美しく鳴り響き熱気に溢れた素晴らしい演奏でした。そんなコバケンがチェコ・フィルを振るのですから良い演奏にならないはずが有りません。振幅の大きい豊かな表現のまずは理想的なマーラーです。アダージェットも美しいです。但しフィナーレはコバケンにしてはやや冷静に過ぎた感が有ります。CANYONの録音はもちろん優秀で、マイクの近いノイマン盤に比べてホールトーンを生かした録音なのでよりスケール大きく感じます。

さすがに名曲だけあって名盤が目白押しですが、僕が心底満足し切れる演奏としてはバーンスタイン/ウイーン・フィルのグラモフォン盤とプロムス・ライブ盤、それにテンシュテット/コンセルトへボウ盤です。次点としてはベルティーニのウイーン響盤とコバケン/チェコ・フィル盤、更にクーベリックのグラモフォン盤とライブ盤の両方を上げておきたいと思います。

<追記>バーンスタイン/NYP盤、クーベリックのグラモフォン盤、カラヤン/ベルリン・フィル盤、マゼール/ウイーン・フィル盤、アバド/シカゴ響盤、インバル/フランクフルト放送響盤を後から加筆しました。

<関連記事>
マーラー交響曲第5番 続・名盤
マーラー交響曲第5番&6番 ジョルジュ・プレートル/ウイーン響

| | コメント (48) | トラックバック (0)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »