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2009年12月

2009年12月30日 (水)

~年末ご挨拶~ ベートーヴェン「第九」 ヘルベルト・ブロムシュテットの交響曲全集から

2009_last 早いもので今年もあと二日を残すのみとなりました。いつもブログにお越し頂く皆様方にはこの1年間大変お世話になりました。コメントを頂いている方も、そうで無い方も、全ての皆様に心より感謝致します。

また最近は自分の記事をアップするのにアップアップとなり、ブログお仲間の方にお邪魔する機会も減ってしまい申し訳なく思っております。来年は新規一転お邪魔する機会を増やしてコメントをもっと書かせて頂きたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

ということで、今年も締めくくりとなりましたが、ここはやはり「第九」しかないでしょう。進行中のブルックナーとマーラーの特集(略してブルマー特集?何となく怪しい名前のような・・・!?)は新年に持ち越しです。

第九はCDで聴いてももちろん感動しますが、本物の大合唱で味わうのはまた格別です。僕は先日、みなとみらいで日フィルの第九コンサートを聴いてきました。東京音大の合唱団でしたが、若人の真摯な歌声というのはいつ聴いても感動させられます。その感動の余韻を残したまま、家でCDの第九を楽しみます。昨年の年末にも記事にしました。
<旧記事>ベートーヴェン 交響曲第9番 「合唱」 名盤

今年はその中で触れなかった演奏をご紹介します。

0184442bcヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管)(1975-80年録音/Berlin Clasiics盤)

このベートーヴェンの第九はブロムシュテットが1975年から1980年にかけて録音を行った交響曲全集に含まれているものです。1970年代と言えば、シュターツカペレ・ドレスデンに多くの名人奏者が居た時代で、ドイツ音楽の演奏にかけては、あのウイーン・フィル、ベルリン・フィル以上に魅力的な音を響かせていた時代です。決して数多くない録音の中でも、ザンデルリンクとのブラームス、サヴァリッシュとのシューマン、ヨッフムとのブルックナーといった各交響曲全集やケンペとのRシュトラウス管弦楽曲全集などの正に記念碑的な名盤が目白押しです。

そしてこの時代にベートーヴェンの交響曲全集を録音したのが他でもないヘルベルト・ブロムシュテットです。この人は元々からオーケストラを自然にドライブして指揮者の個性というのを感じさせませんが、ここではあたかもSKドレスデンが一人で勝手に鳴っているような演奏で、それは『SKドレスデンの音を楽しむベートーヴェン交響曲全集』です。このいぶし銀の音のファンにとってはかけがえの無い全集盤だと思います。第九についても全くそういう演奏で、ここにはフルトヴェングラーのような劇的さは有りません。けれども古典的で肥大化され過ぎない造形を持つとても素晴らしい演奏だと断言できます。特に終楽章が力演で、ドレスデン歌劇場合唱団とライプチヒ放送合唱団の混成チームが非常に素晴らしく、テオ・アダムやペーター・シュライヤーというソリスト陣も大変豪華です。どうぞそれらを極上のドイツの音で楽しんで下さい。

なお、この全集はブリリアント・レーベルからも廉価なライセンス盤で発売されていますが、本家のベルリン・クラシックス盤の方が中低音の充実したSKドレスデンらしい音造りのマスタリングですのでこちらをお薦めします。僕の持っているのは旧盤ですが、現在は写真のボックスセットで出ています。

『第九だけ聴ければ良いや』という方の為には国内盤で分売もされています(以前は徳間から。現在はキングから。)
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それでは皆様良い年をお迎えください!

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2009年12月27日 (日)

シネマ歌舞伎「法界坊」 ~平成中村座公演~ 

Houkaibou

年の瀬ですが、東銀座の東劇で公開されたシネマ歌舞伎「法界坊」を観て来ました。歌舞伎座を持つ松竹が歌舞伎公演をビデオ収録して、劇場で公開するという"シネマ歌舞伎"は数年前から行われています。僕はこれまでに「研辰(とぎたつ)の討たれ」と「鼠小僧」の2本を観ましたが、どちらも最高に面白くて楽しめました。二本とも中村勘三郎が主役です。今回の作品も平成中村座が昨年の11月に浅草寺境内に特設芝居小屋を設けて公演した歌舞伎作品です。舞台物はもちろん生の公演を観るのが一番なのですが、観られなかった公演を低料金で気軽に楽しめる映画というのは大変に有り難いものです。また役者の細かい演技や表情を大きく見られるという、生公演よりもむしろ優れている点も有ります。

今回の「法界坊」は、金と女が大好きという愛嬌溢れる乞食坊主(勘三郎)を中心に巻き起こされるドタバタ劇なのですが、普段歌舞伎に馴染みの無い一般の観客が観ても文句無く楽しめる抱腹絶倒の傑作芝居です。勘三郎の話芸は正に天才的ですが、脇役陣のそれぞれの演技もハマリにハマって最高です。このシネマは昨日26日が初日で、1月もずっと公開されます。その後に全国の劇場で順に公開される予定ですので、生公演を観られた方もそうでない方も、お近くで公開された時には是非ご覧になって下さい。ちなみに現在公開されている東劇は歌舞伎座の目の前、築地のほど近くに有りますので、帰りに寿司屋に寄って来るというのも大きな楽しみですよ。

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2009年12月23日 (水)

マーラー 交響曲第3番二短調 名盤

Alma_3_2 マーラーの交響曲の中で第3番は第4番と並んで最も幸福感に溢れた作品です。そして3番は、どれもが長いこの人の作品の中でも特に長い曲です(演奏時間は約1時間30~40分)。

この曲はオーストリアのザルツブルク近くのアッター湖畔に在るシュタインバッハで過ごす夏の休暇中に作曲されました。ですので曲全体が"美しい自然賛歌"です。全6楽章構成ですが、マーラー自身は第1楽章を第1部、第2楽章以降を第2部と説明したそうです。初演は作曲から6年も後の1902年ですが、その半年前にマーラーは19歳も年下の(おどりゃー犯罪じゃぁ~!)アルマ・マリーアと結婚しました。こんなに若くて美人の女性と結婚すれば、さぞかし人生の幸せを感じていたことと思います。どうりでこの曲が幸福感で一杯に満たされているはずですね。あー、羨ましい・・・。

第1部(第1楽章)のテーマは「夏の到来」です。"夏がやってくる"というこの楽章は行進曲風であり、美しく、とてもユニークな音楽です。ただ、楽想は中々に魅力的なのですが、30分以上も続くと、さすがに"夏"では無く"飽き(秋)"がやって来てしまいます。個人的にはこの楽章を20分以内に凝縮してくれていれば、全体のバランスがもっと良くなったと思うのですが。ブルックナーのように"改定版"を出してくれれば良かった(??)。

第2部の各楽章のテーマは以下の通りです。但し、これらのタイトルは楽譜には書かれていません。マーラーが誤解を招く事を恐れて意図的に書き記さなかったそうです。

 第2楽章 「野原の花々が私に語ること」

 第3楽章 「森の動物たちが私に語ること」

 第4楽章 「夜が私に語ること」

 第5楽章 「天使たちが私に語ること」

 第6楽章 「愛が私に語ること」

それぞれの楽章はとても魅力的です。第2楽章は可憐で美しくチャーミング。第3楽章はエキゾチックでユーモラスですが、中間部のポストホルンのソロは非常に美しく夢見るようです。第4楽章ではアルトの独唱が「真夜中の歌」を静かに歌います。第5楽章は児童合唱が鐘の音を模倣して「ビム、バム!」と何度も繰り返し歌う可愛らしい曲です。そして終曲の第6楽章は再び長大で20分以上を要しますが、弦楽合奏が静かに美しく延々と続いた後にフィナーレとなり壮大な大自然賛歌で曲を締めくくります。

この曲はつまらない演奏で聴くと長過ぎて退屈するだけですが、良い演奏で聴きさえすれば非常に感動的です。ですのでご自分の気に入ったディスクを見つけ出すことが重要です。それでは僕の愛聴盤をご紹介します。

Mah_sch03 カール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送響(1960年録音/archiphon盤) シューリヒトは正に天才指揮者です。職人型で早いテンポを基調にしてモーツァルトを得意としているのにブルックナーも得意。更には時代に先駆けてマーラーも振っています。それも2番や3番という大曲を取り上げているのです。この時代のマーラー演奏はまだまだオケ、特に管楽器が苦戦している場合が多いです。それは多分演奏し慣れていないからでしょう。この演奏はそんな時代のライブとしては中々優れていると思いますし、モノラル録音ながら音質も明快です。曲想もシューリヒトの資質に適していると思います。脂ぎらない爽やかさを感じさせます。優秀な録音の名演奏盤が出ている現代でファーストチョイスに選ぶのは難しいですが、単なる記録として以上に楽しむ事が出来ます。

Mahlerku3 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1967年録音/audite盤) クーベリックはバーンスタインにやや遅れてグラモフォンに全集録音を行いました。それはバーンスタインの良くも悪くも"下品な"演奏に比べて少しも大げさなところの無い一種解毒剤のような演奏でしたので、両者を聴いてバランスを取ったものです。けれどもこの人は元々ライブで真価を発揮する指揮者ですし、当時のライブ演奏が多く正規盤で復刻された現在では主にライブ盤の方を聴いています。この3番もライブ盤で、やや早目のテンポで流れるノリの良い演奏ですが、決してうるささを感じる事は有りません。バイエルン放送響の音もべたつかずに爽快感が有るのでこの曲に適しています。これはやはりオーソドックスな良い演奏だと思います。

Mah_aba03 クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル(1980年録音/グラモフォン盤) 最近では顔つきからもすっかり精悍さが消えうせてしまったアバドですが、昔は中々良い演奏が有ったと思います。特にこの3番の演奏は突然覚醒した名演奏でした。そもそも、この曲や4番は出来ればやはりウイーン・フィルの美音で聴きたいところです。第1楽章から何と柔らかく美しい響きでしょう。管楽も良く鳴りますが、決して騒々しくなることは有りません。弦楽の美しさも格別です。また特筆すべきは名コンマス、ヘッツェルのヴァイオリン・ソロで、とろけるように美しい弾き方に驚嘆します。中間楽章もとても美しいですが、白眉はやはり再び終楽章の弦楽合奏でしょう。これほどの美演を他のオケから聴くことは難しいと思います。フィナーレの壮大さもこけおどしで無く実に見事です。

Mah_ten03 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1986年録音/Memories盤)  テンシュッテットはこの曲を1979年にEMIへ録音していますが、これは7年後のロンドンのロイヤル・アルバートホールでのライブ演奏で、伊Memoriesの海賊盤マーラー選集に含まれます。FM放送から録音したようでテープヒスやノイズは有りますが、音自体はしっかりしていてとても聴き易い音質です。ロンドン・フィルは決して一流のオケとは言い難いので、ライブでこそ命がけの大熱演で真価を発揮するテンシュテットのCDはなるべくライブ盤を選ぶべきです。またテンシュテットのドラマティックな演奏スタイルは2番、5盤、6番といった壮絶な曲に向いていますので、3番のような曲はどうかと思いましたが、これはこれで悪くは有りません。終楽章の息の長い盛り上げ方にも感心しました。
(補足:その後、正規録音盤がICA Classicsからリリースされました。そちらは関連記事参照。)

Mah3_bert ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1986年録音/EMI盤) ベルティーニもマーラーを得意とする指揮者で、ケルン放送と全集録音を残しましたし、日本でも全曲チクルスという画期的なコンサートを実現しました。知り合いの音楽業界人がベルティーニと親しかったので、演奏会後の楽屋に一緒に行って言葉を交わした事も有ります。「マエストロのコンサートはいつもとても楽しんで聴いています。」みたいな事を話すと、非常に喜んでくれました。とても優しくて良い人という印象でした。この3番の演奏も人柄と同様な印象の演奏です。但し少々健康的に過ぎるのが難点です。明るく軽くメリハリの利いた響きは何となく映画音楽かミュージカルのように聞こえてしまう部分が有ります。彼は元々職人型のスタイルなので、素朴感を失って何となく演出臭さを感じさせてしまうのも気になります。そこが良いという方もいらっしゃるのでしょうけれども。終楽章の弦楽は非常な弱音でやや聞き取り辛いのですが、耽美的で美しく良い演奏だと思います。

Mah3bern レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1987年録音/グラモフォン盤) 世評の高い再録音盤です。冒頭のホルンから音がぎっしり詰まった力演なのですが、どうも音が固いのが気になります。この曲にはもっと柔らかさが欲しいところです。高いテンションを維持したまま長い1楽章を進めますが、演奏が凄まじ過ぎて心が安らぐ間が有りません。まるでプロレスラーに羽交い絞めにでもされて身動きが取れないような圧迫感を感じるのです。これでは"夏の到来"というよりも"大嵐の到来"という印象です。中間の4つの楽章は過不足無しですが、終楽章では弦楽がずっと弱過ぎるピアニシモを続けていたかと思うとフィナーレでは異常な程のクレッシェンドを見せます。このような芝居がかった演奏は僕は好みません。「復活」ではあれほどの超名演を残したバーンスタインでしたが、この曲には向いていないようです。などと、文句ばかり書いてしまいましたが、そのドラマティックさがこのひとの魅力ですので、この演奏を好きな方にとっては応えられないと思います。

Mah_noe03 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1994年録音/CANYON盤) 冒頭のホルンにまず耳を奪われます。これほど力まずゆったりと広がりを持った鳴らし方は初めて聴きます。主部に入っても慌てず騒がず本当に遠くから夏が少しずつやってくるようです。一つ一つの音符が深い意味を持ち、デリカシーがこもっている点はまるで魔法のようで、アバド盤を完全に凌駕します。チェコ・フィルの音の美しさもウイーン・フィルと双璧です。これに比べたらバーンスタイン/NYPはまるで軍楽隊の行進としか思えません。中間楽章も同様にとても美しい出来栄えです。終楽章も音が弱くなり過ぎずによく歌うので旋律の美しさを楽しめます。神経質になり過ぎないところがこの曲に適しています。ですが時折見せる寂寥感やフィナーレの彼岸の雰囲気も実に味わい深く、ノイマンは一体どこまでこの曲を深く摑み切っているのか驚嘆します。疑い無く、彼の残したマーラー演奏の最高傑作だと思います。

以上から、僕の段トツのベストはノイマン/チェコ・フィル盤です。この曲に中々馴染め無い方や、バーンスタインが最高だと思われている方にこそ聴いて頂くことをお薦めします。そして次点はアバド/ウイーン・フィル盤です。これも次点ではもったいないぐらいに気に入っています。3番目は無難な所でクーベリック盤でしょうか。

他に興味の有るのはコバケン(小林研一郎)/チェコ・フィル盤です。いずれ聴いてみたいと思っています。

<関連記事>
マーラー 交響曲第3番 テンシュテット/ロンドン・フィルのライブ盤
マーラー 交響曲第1番&3番 ラインスドルフ/ボストン響盤

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2009年12月19日 (土)

ブルックナー 交響曲第2番ハ短調 名盤

200_2 曲の完成順で言えば、「第1番」、「第0番」、「第2番」の3曲がブルックナーの初期の交響曲です。後期の作品のあの深遠な世界に魅入られてファンになった(入信した?)人達にとっては初期の作品もまた大変味わい深い作品群です。これらを聴いて初めてブルックナー鑑賞の最終段階と言えるでしょう。ですが逆に初期作品から聴き始めると音楽の持つ魅力を理解する前に退屈してしまう恐れがあります。ですのでこれからブルックナーを聴いてみようかと思われる方には、中後期の「7番」辺りから聴き始めて「3番」「4番」「5番」「8番」「9番」と順に制覇して頂くことをお薦めします。

初期の3曲の中では、やはり最後の「第2番」の出来栄えが優れています。中には中期の「第3番」「第4番」よりも好む方もいらっしゃるのでは無いでしょうか。第1楽章モデラートは、さながら心を弾ませてアルプスの野山を散策しているような雰囲気です。遠くの雄大な山々を眺めてみたり、足元に咲く花々に目を留めたり、爽やかな空気を吸ったりと、大自然の美しさを満喫できます。第2楽章アンダンテも同様なのですが、もっとゆったりとした曲想でずっと瞑想的です。第3楽章スケルツオは、いかにも初期のブルックナー的な野趣に溢れたとても楽しい曲です。そして第4楽章フィナーレは非常に印象的な、心が沸き立つような曲です。この楽章だけは初めて聴く方でも即座に魅了されることでしょう。

それでは、僕の愛聴盤をご紹介します。後期の曲に比べると普段聴く回数がずっと少ないので所有するCDは限られています。

Bru_yoh02 オイゲン・ヨッフム指揮バイエルン放送響(1968年録音/グラモフォン盤) ヨッフムの一度目の全集はベルリン・フィルとバイエルン放送響とを曲によって振り分けていますが、音の傾向からするとバイエルン放送響のほうがブルックナーには適していると思います。オーストリアに最も近く、アルプス山脈の麓と言っても良いミュンヘンの楽団は昔からブルックナーが得意です。恐らくはドイツの国の中でもオーストリアと気質が似ているのと、素朴で明るい音が適しているのだと思います。この演奏はそんな特色が生かされた素晴らしい演奏です。曲の隅々までデリカシーに溢れて美しいですし、3、4楽章の切れの良さも最高です。現在は分売もされているので、これ1枚でこの曲を楽しむのにも何ら不足は有りません。

Bru_holst ホルスト・シュタイン指揮ウイーン・フィル(1973年録音/DECCA盤) シュタインはわが国のN響を何度も指揮しましたのでオールドファンには良く知られるドイツ正統派ですが、僕はこれまで特別感動した演奏を聴いたことが有りません。全て中の中レベルどまりでした。とは言え、この演奏はウイーン・フィルを指揮したブルックナーなので期待は高まります。ところが第1楽章は早めのテンポにどうも忙しなさを感じてしまいますし、響きも少々うるさい感じです。第2楽章はさすがにウイーン・フィルで美しいですが、第3、第4楽章になると切れの良い力演であるものの、やはり全体的にうるささを感じます。なお、この演奏はハース版ですが、ノヴァーク原典版の方が良いと思います。

Cci00007 オイゲン・ヨッフム指揮ドレスデン歌劇場管(1980年録音/EMI盤) ヨッフム二度目の全集への録音ですが、バイエルン放送盤の名演をも更に上回る最高の出来栄えです。基本的な表現は同じですし、どちらのオケも魅力的なので1、2楽章では甲乙が付け難いですが、3楽章は新盤の方が幾分遅いテンポでスケールの大きいことがプラスです。後期の曲的な演奏と言えるでしょう。逆に終楽章ではテンポを速めて緊迫感が増していて、思わず惹きこまれます。これはブルックナーの指定の"速く"を徹底した結果です。僕はこの演奏を第2番のベスト盤にしたいのですが、現在出ている海外EMI盤のBoxセットはArtリマスターであり、高音が強調されているためにドレスデンの音らしからぬ響きに聞こえます。そこで旧盤(オランダ盤)に買い換えたところ、中低域の音がずっと厚くなり、本来のドレスデンらしい音になって非常に満足しています。

Bru_scro02 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケン放送響(1999年録音/ARTE NOVA盤) スクロヴァチェフスキーの演奏も非常に魅力的です。この人のブルックナーの中でも特に優れた1枚ではないでしょうか。スタイルとしてはヨッフムの旧盤に似ています。1、2楽章はとても美しいですし、スケルツォや終楽章の切れの良さもヨッフムに比べても遜色が有りません。ザールブリュッケン放送響も中々に優れたオケですし、音色に素朴さを失わないのがプラスです。これは廉価盤ですが録音も優秀ですし、このCDだけでも曲の魅力を充分に味わうことが出来ると思います。

<記事追記>

Bru034 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウイーン響(1974年録音/TESTAMENT盤) ブログお友達のたろうさんの愛聴盤ということでとても興味が有り、たまたま中古店で見つけたので購入してみました。後年のジュリーニの遅いテンポで粘りつくような演奏とはだいぶ異なります。非常に良く歌う演奏ですが、もたれることは有りません。ウイーン響の音もとても美しく、トゥッティでうるさくならないのも良いです。流麗なカンタービレは正にジュリーニ調ですが、明るい表情がややイタリア的?に感じられる気もします。3、4楽章はスケールは非常に大きいですが、音楽の厳しさという点ではやはりヨッフムのほうが優る印象です。全体的にとても美しく良い演奏だと思いますが、僕の好みでいえばやはりヨッフム/ドレスデン盤がベストです。

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2009年12月14日 (月)

ブルックナー 交響曲第0番二短調 名盤

Bruckner アントン・ブルックナーの交響曲には第1番から9番の他にもへ短調交響曲と第0番が存在します。このうちのヘ短調は全くの習作ですが、第0番のほうは少々ややこしいのです。この曲に着手したのは第1番よりも以前ですが、完成したのは実は第1番よりも後だというのが現在の定説です。ですがブルックナー自身は2番の名称を与えることなく0番としました。その理由は分かりませんが、ちょっと可哀相な作品です。ですので一昔前には交響曲全集にも含まれませんでしたし、単独でも録音がされることは滅多に有りませんでした。けれども最近は全集に含まれるケースが増えましたし、ファンの間では結構愛聴されています。

ブルックナー・ファンにとってはこの曲からアルプスの山々の美しさや悠久の自然を感じ取る事は容易です。第1楽章アレグロは少々変化に乏しく長ったるく感じないでも有りません。しかし第2楽章アンダンテは非常に美しい曲ですし、第3楽章スケルツオも素朴で野趣を感じるあたりは初期の作品としてよく出来ています。第4楽章モデラートはバロック的な対位法による旋律の絡みが主体の曲ですが、初期作品とはいえ音楽はとても立派です。

とは言え僕は第1番も第2番も普段は余り聴きませんし、0番になると更に聴くことが少なくなります。ですので所有CDも僅かに1種類だけなのですが、ご紹介します。

Buru0 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー指揮ザール・ブリュッケン放送響(1999年録音/ARTE NOVA盤) ブルックナー指揮者には大きく分けてクナッパーツブッシュ、マタチッチ、ヨッフム、朝比奈などに代表される細部にこだわらない無手勝流豪快型と、細部を彫琢して積み重ねていくシューリヒトやヴァントに代表される職人型の二つのタイプが有ると思います。スクロヴァチェフスキーは完全に後者の職人型です。但しシューリヒトやヴァントは職人として100%完成の域に到達しましたが、スクロヴァチェフスキーは2人と比べてしまうとせいぜい90%というところでしょうか。何年か前にこの人がN響定期で振った8番を聴いてなかなか感心しましたが、後期の曲の場合には更なる高みを望んでしまいます。

とはいえザール・ブリュッケン放送響と残した全集の中でも初期の曲については、非常に満足のできるレベルです。初期の曲を後期の曲のように巨大に演奏するのも一つのやり方ですが、その曲の等身大の大きさの演奏というのもリファレンスとして貴重だと思います。そういう点でスクロヴァチェフスキー盤は安心して曲を楽しむ事が出来ます。ザールブリュッケン放送響は技術的にも問題は有りませんし、この曲に名演奏を残してくれた事を喜びたいと思います。

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2009年12月 7日 (月)

マーラー 交響曲第2番ハ短調「復活」 名盤 ~青春の記念碑~

Mah140 マーラーの「復活」は自分にとって特別な曲です。何故かと言うと、今から約30年も前の学生時代に演奏をしたからです。会場は東京渋谷のNHKホールでした。指揮は、若き尾高忠明氏でした。それは「青少年音楽祭」というイベントコンサートで、NHKのスタジオで半年間、毎週練習を重ねて迎えた本番は、教育TVで全国放送もされました。自分のアマオケ活動の中でも記念碑的なコンサートです。そして正に”青春真っ只中!”という感じでした。

それにしても「復活」は凄い曲です。マーラーの大曲には、より声楽パートの割合が多い第8番や器楽のみの7番、9番と色々有りますが、器楽と声楽が拮抗して壮大に盛り上がる音楽としてはこの曲は随一です。自分は演奏経験から曲の隅から隅まで頭の中に入っているからかもしれませんが、この曲はとても分かり易いと思います。それでいて何度聴いても飽きが来ません。これが第2作目の交響曲とは何とも驚きです。

第1楽章アレグロ・モデラートは、既に「葬礼」と題された交響的断章に加筆したものです。マーラーはこの曲で、19世紀の矛盾に満ちた社会に生きる人間として、人生とは何か、なぜ苦しむのか、人は死という厳粛な事実に直面してどう対処すべきなのか、ということを問いかけました。そしてその答えの全ては終楽章に有ります。長大なこの第1楽章は冒頭で激しい弦のトレモロに乗ってチェロとコントラバスが地の底からの響きのようにうめきます。やがて一転してヴァイオリンの天国的な調べに変わりますが、このように地獄と天国を何度も行ったり来たりしながら曲は進行します。それにしても何とも壮大な楽章です。マーラーはこの楽章の後は5分間空けてから第2楽章を始めるように指示しています。

第2楽章アンダンテ・モデラート 第1楽章とはうって変わって、ゆったりと優美に奏される歌謡的な楽章です。但し中間部では非常に荒々しくなり、また元に戻ります。この楽章は他の楽章での人生の戦いにおける、つかの間の休息であるかのようです。

第3楽章スケルツオ ティンパニーの一撃で始まるこの楽章は自身の歌曲「子供の不思議な角笛」の中の「魚たちに説教するバドヴァの聖アントニウス」が転用されています。この楽章はとても楽しく魅力的なので大好きです。途中にビオラが歌う部分が有るので、自分のコンサートの時には一生懸命練習したものです。

第4楽章 「原光」と題されるこの楽章も「子供の不思議な角笛」から転用されてものです。アルトの独唱で「私は神から出たもの、そして再び神の御許に戻るのだ」と歌われます。終楽章の前奏としてとても効果的で美しい音楽です。

第5楽章 いよいよこの交響曲の答えとなる終楽章は恐ろしい最後の審判と復活の音楽で、18世紀の詩人クロプシュトックの詩句「復活する、そう、復活するだろう」が用いられています。ですがマーラーが行った加筆部分からは、ただのキリスト教の復活信仰ということでは無く、生と死を永遠に繰り返す宇宙、自然界の摂理を表わそうとしていることが分かります。この楽章だけで35分~40分かかる極めて長大、壮大な曲です。大きくは3部に分かれていて、順に「生の苦悩と葛藤」「生との激しい戦い」「永遠の生への勝利」という感じです。僕は2部の行進曲の途中で急に"Pesante(重く)"になる箇所が大好きで、いつも感動してしまいます。そして3部の最後には「よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう。おお、信ぜよ、私の心よ」と大合唱がオーケストラとパイプオルガンの大音響と共に高らかに歌われて曲が終ります。

僕の愛聴盤をご紹介していきますが、この曲はどうしても多くなります。

514d4sfdkcl__ss500_ ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィル(1957年録音/CBS盤) 最初にLP盤で買った懐かしい演奏です。ワルターは最高のマーラー指揮者の一人ですが、気宇壮大なこの曲には少々スケール不足を感じます。従って物足りないのは第1楽章と終楽章ですが、それはこの曲では致命的です。逆に第2、3、4楽章はゆったりと非常に味わい深い演奏ですので残念です。なお、この録音に先立って行われた演奏会のライブ盤もM&Aから出ていますが未聴です。いずれ聴きたいと思っています。またウイーン・フィルを指揮したライブ録音も有りますが、録音が悪いので聴きません。 

Mahcci00006 カール・シューリヒト指揮ヘッセン放送響(1960年録音/Tresor盤) シューリヒトは最高のブルックナー指揮者でしたが、実はマーラーも案外指揮しています。2番には1958年にフランス国立放送を指揮した壮絶なライブ録音も有りますが、いかんせん音質が悪すぎました。このヘッセン盤はモノラルですがずっと録音が良好なので楽しめます。早いテンポでぐんぐん進むあたりはいかにもシューリヒトですが、音楽の彫りが深いので物足りなさを感じさせません。それどころか、フランス放送盤ほどでは有りませんがこちらも相当に壮絶な演奏です。意外なのは終楽章の行進曲部分では、やや遅めのテンポでテヌート気味にたっぷりと奏させています。

Mahler2_klemperer オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1962年録音/EMI盤) クレンペラーというと遅いテンポでスケール巨大というイメージですが、意外とそうでない演奏も有ります。この録音がいい例で、1楽章などは幾らか前のめりで腰が座らない印象なほどです。2楽章以降は落ち着きのある演奏ですが、感情の起伏の少ないユニークなマーラーです。終楽章の行進曲だけは遅く、初めてクレンペラーらしくなります。後半の合唱も中々感動的です。それでも、全体を通して聴くと残念ですがこの演奏の価値はそれほど感じられません。

Mah106 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1963年録音/CBS盤) 僕がこの曲を聴き始めた学生の頃には、ワルターとクレンペラー、それにこのバーンスタイン盤がポピュラーでした。中でもマーラーを指揮したときのバーンスタインは千変万化する楽曲をより一層振幅大きく雄弁に演奏しますので、その感動の巾は底知れずです。このようなスタイルはともすれば大げさでこけおどしのように感じられるものですが、彼の場合は真実に裏打ちされているので少しも不自然になりません。彼には新録音盤も有りますが、この旧盤も現役で充分通用する名盤だと思います。

Mahler2オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送響(1965年録音/EMI盤) ミュンヘンでのライヴ録音ですが、クレンペラーの「復活」としては1962年盤よりもずっと好みます。もちろんライヴ特有の演奏上の小さな瑕は有りますが、音楽の流れ、手応えが格段に上です。楽団は首席指揮者クーベリックとの全集録音が開始される前ですが、既に何度か演奏したと思われるマーラー演奏に対する共感度を感じずにはいられません。クレンペラーの演奏はいつも通り基本インテンポなのは変わらず、マーラーの音楽の刻々とした楽想の変化にも至ってクールに対応しています。しかしそれにもかかわらず曲が進むにつれてじわりじわりと高揚してゆくのに惹き込まれてゆきます。音質もこの年代のライブとしては優れています。

Mahcci00006b ジョン・バルビローリ指揮シュトゥットガルト放送響(1970年録音/EMI盤) 「20世紀の偉大なコンダクター」シリーズの1枚です。バルビローリも素晴らしいマーラー指揮者であり、EMIへ録音した5、6、9番はいずれも名演奏でした。この2番は最晩年のシュトゥットガルトでのライブです。全体的に遅めのテンポでゆったりと歌わせた表情豊かな演奏ですが、決してもたれることは有りません。欠点はアンサンブルの乱れや管楽器のミスが結構見受けられることですが、さほど気にはなりません。終楽章はバルビローリが最後の力を振り絞っているようで感動的です。良好なステレオ録音なのも嬉しいです。彼には1966年のベルリン・フィルとのライブ録音(Testament盤)も有り、オケの実力は言うまでも無くベルリンが上なのですが、モノラル録音で音質がパッとしないのが残念です。

Mahler2_tenns_ndr クラウス・テンシュテット指揮北ドイツ放送響(1980年録音/First Classics盤) テンシュテット・ファンには非常に有名な一世一代の名演です。海賊盤にもかかわらず極めて優秀で生々しい録音なのも価値を高めています。冒頭の低弦の表現力と気合からして圧倒されますし、余りに練習が厳しすぎて、このオケと長続きしなかったというのも理解できます。第1楽章は遅いテンポですが、バーンスタインの新盤ほどは粘らないのも普遍性が有ります。圧巻は終楽章で前半の神秘性はいまひとつかなと思っていると、後半の行進曲に入るとテンションが一気に上がってきて壮絶な演奏となります。そしてフィナーレの合唱とオケの壮大さには心底圧倒されます。現在は中古店でも滅多にお目にかかれない貴重盤なので7~8千円はするでしょうがそれだけの価値が有ると思います。First Classics盤がみつからない場合には、Memories盤もありますが、音量ピーク時にリミッターがかけられています。比較すると違いは確かに有りますが、Memories盤でも充分に鑑賞できます。

Htavcoverimage ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1982年録音/オルフェオ盤) クーベリックの演奏はマーラーの音楽の持つドイツ的な要素とボヘミア的な雰囲気をバランス良く感じさせる点でとても優れていると思います。但し、不健康な情念の味わいには欠けています。ライブになるとこの人は熱く燃えるので素晴らしいのですが、この「復活」のような破格の曲の場合にはバーンスタインやテンシュテットといった破格の演奏を耳にしてしまうと、どうしても物足りなく感じてしまうのもやむを得ないところです。それでも終楽章の高揚感は相当なものですし、普通に曲に馴染むにはかえって良いのかもしれません。

Mahler2_maazel ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1983年録音/CBS SONY盤) マーラーの曲のCDは最低1つはウイーン・フィルの演奏で聴きたいと思いますが、2番には案外良いものが少ないのです。ですので、このマゼール盤は貴重と言えます。起伏の大きい表現自体は、この曲に向いているのですが、演奏にやや分析的臭さを感じないでもないです。柔らかく艶の有る弦楽はウイーン・フィルだけのもので、ゆったりした2楽章では魅力が全開です。但し3楽章はリズムが堅く退屈ですし、終楽章では情熱の高まりに欠ける気がします。全体としてマゼールのマーラーでは出来の良くないほうだと思います。

41kjdyzoohl__ss500_ レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1987年録音/グラモフォン盤) 23年の時を経てバーンスタインは再び手兵のニューヨーク・フィルとこの曲の録音を行いました。演奏の完成度としては遙かに上回ります。但し良くも悪くもバーンスタインの体臭が極限まで濃くなっています。それはマーラーの個性をも越えたバーンスタインの個性です。全体的に余りに遅いテンポで物々しく粘るので、普段聴くのにはどうかと思います。けれども集中してこの世界に入り込んでしまうと、感動の深さは計り知れません。それは全て聴き手次第です。特に終楽章が素晴らしく、行進曲"Pesante"の部分の感動も随一だと思います。反面、第2楽章は爽やかさのかけらも無いので好みません。

Mahler2_berti ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/EMI盤) ベルティーニのマーラーはどの曲も明るい響きで沈鬱にならず、荒れ狂うわけでもありません。健康的なロマンティシズムに覆われています。そして曲のどの部分にもきめ細かく神経がゆきわたっていて、雑なところが全然ありません。職人芸の極め付きの技だと思います。インバルの行き方に似ていますが、デリカシーとマーラーへの共感度はベルティーニのほうが上だと思います。そういう意味で独自のマーラー演奏を確立したと言えるでしょう。「復活」のような規格外の音楽にはもっと計り知れないスケールが欲しいと思わないでもないのですが。

408 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) ノイマンは一度目のマーラーの交響曲全集をスプラフォンに録音しました。二度目の全集は未完成のまま他界してしまいましたが、マーラーに対する思いは強かったようです。これは二度目の録音です。第1楽章は早いテンポでかっちりと進めて、情念どっぷりのバーンスタインとはまるで対照的なスタイルです。これもなかなか悪く有りません。第2楽章も早めですが爽やかな美感を感じてなかなか良いです。反面、第3楽章は一貫したインテンポで音楽が堅苦し過ぎて面白くありません。しかし、さすがに終楽章になると少しも大げさでは無いのに聴いていて充実感が有ります。

269 小林研一郎指揮チェコ・フィル(1997年録音/CANYON盤) コバケンの「復活」は、かつてサントリーホールでハンガリー国立響との素晴らしい生演奏を聴きました。この演奏はノイマンと同じチェコ・フィルですが、スタイルが大きく異なります。冒頭は意外にあっさりと始まりますが、第二主題あたりから音楽の振幅がぐっと大きくなり、コバケン本来のドラマティックなスタイルになります。第2楽章は美しいですし、第3楽章は生き生きしたリズムがとても楽しく魅力的です。美しい4楽章を経て終楽章は淡々と開始されますが、壮大なファンファンーレから突入する行進曲も非常にスケールが大きいです。そして圧倒的なフィナーレと、彼にはマーラーの音楽が本当によく合います。

683 クリストフ・エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管(2007年録音/ONDINE盤) 地元フィラデルフィアでのライブ盤です。かつての名ピアニストも、現在では素晴らしいマエストロです。この人の指揮は現代風では無く、古風な伝統を感じさせる濃厚でロマンティックな表現が多いのでとても好きです。フィラデルフィア管はヨーロッパのオケと比べると管楽器の音色が明るいのが気になりますが、むろん優秀なオケです。第1楽章から遅いテンポで情念の濃い演奏をたっぷりと聞かせます。ポルタメントを大きくかけるのも特徴です。第2楽章も懐かしさを一杯に湛えて心がこもり切っています。第3楽章も非常に良いテンポで楽しませてくれます。終楽章は行進曲の燃焼度がいまひとつの気がしますが、フィナーレの壮大さはかなりのものです。それにライブということを感じさせない完成度の高さです。

これらの中で特に素晴らしいと思うのは、やはりバーンスタイン/ニューヨーク・フィルの新旧両盤とテンシュテット/北ドイツ放送盤です。それにコバケン/チェコ・フィル盤が次点として肉薄します。他にはベルティーニ/ケルン放送響盤やエッシェンバッハ/フィラデルフィア管盤にも中々捨て難い魅力が有ります。

参考までに、上記以外ではヘルマン・シェルヘン指揮ウイーン国立歌劇場管、ズービン・メータ指揮ウイーン・フィルというマーラーゆかりのウイーンの演奏もLP盤時代に聴きましたが、もうひとつ気に入らずに手放しました。ただ、特にメータ盤はCDで聴き直してみたい気がします。

P1000411 最後に番外として一つ。尾高忠明指揮ジュネス・ミュジカル・シンフォニー・オーケストラ(1977年録音/ポリドール盤) 僕が参加した青少年音楽祭での演奏です。NHKが収録した録音を当時のポリドールがLP盤で個人配布したものですが、三年前に自分で業者に依頼してCD化しました。当時新進気鋭の尾高忠明氏が、アマチュア学生を集めて編成した特別オケと演奏した一期一会の記録です。トレーナーは現在仙台フィルを振る円光寺雅彦氏でした。自分が参加していて、こう言うのも躊躇われますが、若き情熱のほとばしりを熱く強く感じさせる点では、多くの名演と比べても遜色有りません。アマチュアとしても音大レベルの人が多く参加していて、全体のレベルもかなりのものでした。アマチュアによる歴史的演奏として永遠に記憶されることと思います。

<後日記事>
テンシュテット/ロンドン・フィルのライヴ「復活」
パーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送響の「復活」
アバドとレヴァイン ウイーン・フィルの2つのライブ「復活」

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