マーラーの「復活」は自分にとって特別な曲です。何故かと言うと、今から約30年も前の学生時代に演奏をしたからです。会場は東京渋谷のNHKホールでした。指揮は、若き尾高忠明氏でした。それは「青少年音楽祭」というイベントコンサートで、NHKのスタジオで半年間、毎週練習を重ねて迎えた本番は、教育TVで全国放送もされました。自分のアマオケ活動の中でも記念碑的なコンサートです。そして正に”青春真っ只中!”という感じでした。
それにしても「復活」は凄い曲です。マーラーの大曲には、より声楽パートの割合が多い第8番や器楽のみの7番、9番と色々有りますが、器楽と声楽が拮抗して壮大に盛り上がる音楽としてはこの曲は随一です。自分は演奏経験から曲の隅から隅まで頭の中に入っているからかもしれませんが、この曲はとても分かり易いと思います。それでいて何度聴いても飽きが来ません。これが第2作目の交響曲とは何とも驚きです。
第1楽章アレグロ・モデラートは、既に「葬礼」と題された交響的断章に加筆したものです。マーラーはこの曲で、19世紀の矛盾に満ちた社会に生きる人間として、人生とは何か、なぜ苦しむのか、人は死という厳粛な事実に直面してどう対処すべきなのか、ということを問いかけました。そしてその答えの全ては終楽章に有ります。長大なこの第1楽章は冒頭で激しい弦のトレモロに乗ってチェロとコントラバスが地の底からの響きのようにうめきます。やがて一転してヴァイオリンの天国的な調べに変わりますが、このように地獄と天国を何度も行ったり来たりしながら曲は進行します。それにしても何とも壮大な楽章です。マーラーはこの楽章の後は5分間空けてから第2楽章を始めるように指示しています。
第2楽章アンダンテ・モデラート 第1楽章とはうって変わって、ゆったりと優美に奏される歌謡的な楽章です。但し中間部では非常に荒々しくなり、また元に戻ります。この楽章は他の楽章での人生の戦いにおける、つかの間の休息であるかのようです。
第3楽章スケルツオ ティンパニーの一撃で始まるこの楽章は自身の歌曲「子供の不思議な角笛」の中の「魚たちに説教するバドヴァの聖アントニウス」が転用されています。この楽章はとても楽しく魅力的なので大好きです。途中にビオラが歌う部分が有るので、自分のコンサートの時には一生懸命練習したものです。
第4楽章 「原光」と題されるこの楽章も「子供の不思議な角笛」から転用されてものです。アルトの独唱で「私は神から出たもの、そして再び神の御許に戻るのだ」と歌われます。終楽章の前奏としてとても効果的で美しい音楽です。
第5楽章 いよいよこの交響曲の答えとなる終楽章は恐ろしい最後の審判と復活の音楽で、18世紀の詩人クロプシュトックの詩句「復活する、そう、復活するだろう」が用いられています。ですがマーラーが行った加筆部分からは、ただのキリスト教の復活信仰ということでは無く、生と死を永遠に繰り返す宇宙、自然界の摂理を表わそうとしていることが分かります。この楽章だけで35分~40分かかる極めて長大、壮大な曲です。大きくは3部に分かれていて、順に「生の苦悩と葛藤」「生との激しい戦い」「永遠の生への勝利」という感じです。僕は2部の行進曲の途中で急に"Pesante(重く)"になる箇所が大好きで、いつも感動してしまいます。そして3部の最後には「よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう。おお、信ぜよ、私の心よ」と大合唱がオーケストラとパイプオルガンの大音響と共に高らかに歌われて曲が終ります。
僕の愛聴盤をご紹介していきますが、この曲はどうしても多くなります。
ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィル(1957年録音/CBS盤) 最初にLP盤で買った懐かしい演奏です。ワルターは最高のマーラー指揮者の一人ですが、気宇壮大なこの曲には少々スケール不足を感じます。従って物足りないのは第1楽章と終楽章ですが、それはこの曲では致命的です。逆に第2、3、4楽章はゆったりと非常に味わい深い演奏ですので残念です。なお、この録音に先立って行われた演奏会のライブ盤もM&Aから出ていますが未聴です。いずれ聴きたいと思っています。またウイーン・フィルを指揮したライブ録音も有りますが、録音が悪いので聴きません。
カール・シューリヒト指揮ヘッセン放送響(1960年録音/Tresor盤) シューリヒトは最高のブルックナー指揮者でしたが、実はマーラーも案外指揮しています。2番には1958年にフランス国立放送を指揮した壮絶なライブ録音も有りますが、いかんせん音質が悪すぎました。このヘッセン盤はモノラルですがずっと録音が良好なので楽しめます。早いテンポでぐんぐん進むあたりはいかにもシューリヒトですが、音楽の彫りが深いので物足りなさを感じさせません。それどころか、フランス放送盤ほどでは有りませんがこちらも相当に壮絶な演奏です。意外なのは終楽章の行進曲部分では、やや遅めのテンポでテヌート気味にたっぷりと奏させています。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1962年録音/EMI盤) クレンペラーというと遅いテンポでスケール巨大というイメージですが、意外とそうでない演奏も有ります。この録音がいい例で、1楽章などは幾らか前のめりで腰が座らない印象なほどです。2楽章以降は落ち着きのある演奏ですが、感情の起伏の少ないユニークなマーラーです。終楽章の行進曲だけは遅く、初めてクレンペラーらしくなります。後半の合唱も中々感動的です。それでも、全体を通して聴くと残念ですがこの演奏の価値はそれほど感じられません。
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1963年録音/CBS盤) 僕がこの曲を聴き始めた学生の頃には、ワルターとクレンペラー、それにこのバーンスタイン盤がポピュラーでした。中でもマーラーを指揮したときのバーンスタインは千変万化する楽曲をより一層振幅大きく雄弁に演奏しますので、その感動の巾は底知れずです。このようなスタイルはともすれば大げさでこけおどしのように感じられるものですが、彼の場合は真実に裏打ちされているので少しも不自然になりません。彼には新録音盤も有りますが、この旧盤も現役で充分通用する名盤だと思います。
オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送響(1965年録音/EMI盤) ミュンヘンでのライヴ録音ですが、クレンペラーの「復活」としては1962年盤よりもずっと好みます。もちろんライヴ特有の演奏上の小さな瑕は有りますが、音楽の流れ、手応えが格段に上です。楽団は首席指揮者クーベリックとの全集録音が開始される前ですが、既に何度か演奏したと思われるマーラー演奏に対する共感度を感じずにはいられません。クレンペラーの演奏はいつも通り基本インテンポなのは変わらず、マーラーの音楽の刻々とした楽想の変化にも至ってクールに対応しています。しかしそれにもかかわらず曲が進むにつれてじわりじわりと高揚してゆくのに惹き込まれてゆきます。音質もこの年代のライブとしては優れています。
ジョン・バルビローリ指揮シュトゥットガルト放送響(1970年録音/EMI盤) 「20世紀の偉大なコンダクター」シリーズの1枚です。バルビローリも素晴らしいマーラー指揮者であり、EMIへ録音した5、6、9番はいずれも名演奏でした。この2番は最晩年のシュトゥットガルトでのライブです。全体的に遅めのテンポでゆったりと歌わせた表情豊かな演奏ですが、決してもたれることは有りません。欠点はアンサンブルの乱れや管楽器のミスが結構見受けられることですが、さほど気にはなりません。終楽章はバルビローリが最後の力を振り絞っているようで感動的です。良好なステレオ録音なのも嬉しいです。彼には1966年のベルリン・フィルとのライブ録音(Testament盤)も有り、オケの実力は言うまでも無くベルリンが上なのですが、モノラル録音で音質がパッとしないのが残念です。
クラウス・テンシュテット指揮北ドイツ放送響(1980年録音/First Classics盤) テンシュテット・ファンには非常に有名な一世一代の名演です。海賊盤にもかかわらず極めて優秀で生々しい録音なのも価値を高めています。冒頭の低弦の表現力と気合からして圧倒されますし、余りに練習が厳しすぎて、このオケと長続きしなかったというのも理解できます。第1楽章は遅いテンポですが、バーンスタインの新盤ほどは粘らないのも普遍性が有ります。圧巻は終楽章で前半の神秘性はいまひとつかなと思っていると、後半の行進曲に入るとテンションが一気に上がってきて壮絶な演奏となります。そしてフィナーレの合唱とオケの壮大さには心底圧倒されます。現在は中古店でも滅多にお目にかかれない貴重盤なので7~8千円はするでしょうがそれだけの価値が有ると思います。First Classics盤がみつからない場合には、Memories盤もありますが、音量ピーク時にリミッターがかけられています。比較すると違いは確かに有りますが、Memories盤でも充分に鑑賞できます。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1982年録音/オルフェオ盤) クーベリックの演奏はマーラーの音楽の持つドイツ的な要素とボヘミア的な雰囲気をバランス良く感じさせる点でとても優れていると思います。但し、不健康な情念の味わいには欠けています。ライブになるとこの人は熱く燃えるので素晴らしいのですが、この「復活」のような破格の曲の場合にはバーンスタインやテンシュテットといった破格の演奏を耳にしてしまうと、どうしても物足りなく感じてしまうのもやむを得ないところです。それでも終楽章の高揚感は相当なものですし、普通に曲に馴染むにはかえって良いのかもしれません。
ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1983年録音/CBS SONY盤) マーラーの曲のCDは最低1つはウイーン・フィルの演奏で聴きたいと思いますが、2番には案外良いものが少ないのです。ですので、このマゼール盤は貴重と言えます。起伏の大きい表現自体は、この曲に向いているのですが、演奏にやや分析的臭さを感じないでもないです。柔らかく艶の有る弦楽はウイーン・フィルだけのもので、ゆったりした2楽章では魅力が全開です。但し3楽章はリズムが堅く退屈ですし、終楽章では情熱の高まりに欠ける気がします。全体としてマゼールのマーラーでは出来の良くないほうだと思います。
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1987年録音/グラモフォン盤) 23年の時を経てバーンスタインは再び手兵のニューヨーク・フィルとこの曲の録音を行いました。演奏の完成度としては遙かに上回ります。但し良くも悪くもバーンスタインの体臭が極限まで濃くなっています。それはマーラーの個性をも越えたバーンスタインの個性です。全体的に余りに遅いテンポで物々しく粘るので、普段聴くのにはどうかと思います。けれども集中してこの世界に入り込んでしまうと、感動の深さは計り知れません。それは全て聴き手次第です。特に終楽章が素晴らしく、行進曲"Pesante"の部分の感動も随一だと思います。反面、第2楽章は爽やかさのかけらも無いので好みません。
ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/EMI盤) ベルティーニのマーラーはどの曲も明るい響きで沈鬱にならず、荒れ狂うわけでもありません。健康的なロマンティシズムに覆われています。そして曲のどの部分にもきめ細かく神経がゆきわたっていて、雑なところが全然ありません。職人芸の極め付きの技だと思います。インバルの行き方に似ていますが、デリカシーとマーラーへの共感度はベルティーニのほうが上だと思います。そういう意味で独自のマーラー演奏を確立したと言えるでしょう。「復活」のような規格外の音楽にはもっと計り知れないスケールが欲しいと思わないでもないのですが。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) ノイマンは一度目のマーラーの交響曲全集をスプラフォンに録音しました。二度目の全集は未完成のまま他界してしまいましたが、マーラーに対する思いは強かったようです。これは二度目の録音です。第1楽章は早いテンポでかっちりと進めて、情念どっぷりのバーンスタインとはまるで対照的なスタイルです。これもなかなか悪く有りません。第2楽章も早めですが爽やかな美感を感じてなかなか良いです。反面、第3楽章は一貫したインテンポで音楽が堅苦し過ぎて面白くありません。しかし、さすがに終楽章になると少しも大げさでは無いのに聴いていて充実感が有ります。
小林研一郎指揮チェコ・フィル(1997年録音/CANYON盤) コバケンの「復活」は、かつてサントリーホールでハンガリー国立響との素晴らしい生演奏を聴きました。この演奏はノイマンと同じチェコ・フィルですが、スタイルが大きく異なります。冒頭は意外にあっさりと始まりますが、第二主題あたりから音楽の振幅がぐっと大きくなり、コバケン本来のドラマティックなスタイルになります。第2楽章は美しいですし、第3楽章は生き生きしたリズムがとても楽しく魅力的です。美しい4楽章を経て終楽章は淡々と開始されますが、壮大なファンファンーレから突入する行進曲も非常にスケールが大きいです。そして圧倒的なフィナーレと、彼にはマーラーの音楽が本当によく合います。
クリストフ・エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管(2007年録音/ONDINE盤) 地元フィラデルフィアでのライブ盤です。かつての名ピアニストも、現在では素晴らしいマエストロです。この人の指揮は現代風では無く、古風な伝統を感じさせる濃厚でロマンティックな表現が多いのでとても好きです。フィラデルフィア管はヨーロッパのオケと比べると管楽器の音色が明るいのが気になりますが、むろん優秀なオケです。第1楽章から遅いテンポで情念の濃い演奏をたっぷりと聞かせます。ポルタメントを大きくかけるのも特徴です。第2楽章も懐かしさを一杯に湛えて心がこもり切っています。第3楽章も非常に良いテンポで楽しませてくれます。終楽章は行進曲の燃焼度がいまひとつの気がしますが、フィナーレの壮大さはかなりのものです。それにライブということを感じさせない完成度の高さです。
これらの中で特に素晴らしいと思うのは、やはりバーンスタイン/ニューヨーク・フィルの新旧両盤とテンシュテット/北ドイツ放送盤です。それにコバケン/チェコ・フィル盤が次点として肉薄します。他にはベルティーニ/ケルン放送響盤やエッシェンバッハ/フィラデルフィア管盤にも中々捨て難い魅力が有ります。
参考までに、上記以外ではヘルマン・シェルヘン指揮ウイーン国立歌劇場管、ズービン・メータ指揮ウイーン・フィルというマーラーゆかりのウイーンの演奏もLP盤時代に聴きましたが、もうひとつ気に入らずに手放しました。ただ、特にメータ盤はCDで聴き直してみたい気がします。
最後に番外として一つ。尾高忠明指揮ジュネス・ミュジカル・シンフォニー・オーケストラ(1977年録音/ポリドール盤) 僕が参加した青少年音楽祭での演奏です。NHKが収録した録音を当時のポリドールがLP盤で個人配布したものですが、三年前に自分で業者に依頼してCD化しました。当時新進気鋭の尾高忠明氏が、アマチュア学生を集めて編成した特別オケと演奏した一期一会の記録です。トレーナーは現在仙台フィルを振る円光寺雅彦氏でした。自分が参加していて、こう言うのも躊躇われますが、若き情熱のほとばしりを熱く強く感じさせる点では、多くの名演と比べても遜色有りません。アマチュアとしても音大レベルの人が多く参加していて、全体のレベルもかなりのものでした。アマチュアによる歴史的演奏として永遠に記憶されることと思います。
<後日記事>
テンシュテット/ロンドン・フィルのライヴ「復活」
パーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送響の「復活」
アバドとレヴァイン ウイーン・フィルの2つのライブ「復活」
最近のコメント