マーラーが完成させた交響曲は全部で10曲です。第1番から第9番までと、8番の後に書かれた番号の付いていない「大地の歌」が有ります。どの曲も本当に愛すべき傑作ばかりですが、聴く回数が多いという点では、1番、2番、5番、6番、9番、大地の歌、ですね。その基準は自分でも良く分かりませんが、音楽的な内容とは必ずしも関係が無いような気がします。ということで、ここはやはり若きマーラーの記念すべき交響曲第1番からスタートしたいと思います。
この曲は初めは2部構成、全5楽章の交響詩として書かれました。それが第1稿です。その後それを改訂したのが第2稿で、その時に副題として「巨人(タイタン)」が付けられました。ですが最終的な第3稿では全4楽章構成として「交響曲第1番」とされました。削除されたのは元の第2楽章「花の章」です。それと合わせて副題の「巨人」も削除されました。
この交響曲は、併行して書かれていた歌曲「さすらう若人の歌」ととても密接な関係に有ります。第1楽章には歌曲の第2曲「朝の野辺を行けば」が使われています。心が浮き浮きするような実に爽やかなメロディです。何年か前にミュンヘンに行った時、早朝にイングリッシュガーデン(市の中心部に有るだだっ広い自然公園)を散歩したのですが、緑の草っ原や小川の脇を歩いていると、頭の中にこのメロディが流れっぱなしになりました。この楽章の中では、ある時は美しく、ある時は力強く壮大に鳴り響きます。僕は歌曲と共に大好きです。
第2楽章はスケルツォに相当しますが、ゆったりとしたとても楽しい楽章です。
第3楽章はコントラバスの独奏でユニークに始まる葬送行進曲です。ですが余り暗さはなく、懐かしい哀愁が漂っています。中間部にはやはり歌曲の第4曲「愛する人の青い2つの瞳が」が使われていますが、震えるほどに美しい音楽です。
第4楽章は「嵐のように」と指示が有り、激しく壮大な曲です。音楽が少々派手に過ぎて、こけおどし的にも感じられますが、何か若者の止むに止まれぬ情熱を耳にしているようなので許せてしまいます。終結部の前の静かなロマンも大変に魅力的です。なお、最近は「花の章」を2楽章に入れる録音が多く見受けられますが、僕はやはりマーラーの意図を尊重して除外すべきだと思っています。
ところで、もしも史上最高の「交響曲第1番」を選ぶとすれば誰の曲だと思いますか?ブラームス?やはり最有力でしょう。他にはブルックナー、シューマン、シベリウス、チャイコフスキーと秀作が色々と有りますが、僕はブラームスとマーラーが双璧だと思っています。番外としては番号無しのベルリオーズの「幻想交響曲」が有りますけれど。
それでは愛聴盤をご紹介させて頂きます。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア響(1961年録音/CBS盤) 「巨人」(と敢えて呼びます)と言えばワルターと言われるほど有名な演奏です。ゆったりとしたテンポで旋律をたっぷりと歌い切っていて、心の底からこの曲を堪能させてくれます。かといって音楽がもたれるような事も決してありません。若い時代にマーラーから指揮者としての才能を高く評価されていたワルターの素晴らしさを改めて認識します。コロンビア響の実力は最上とは言いがたいのですが、実際に聞こえてくる物理的な音からはかけ離れた実に感動的な音楽が響きます。そういう点で、この演奏はワルターが同じオケで録音した「田園」のように正に神業としか言いようがありません。
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1966年録音/CBS盤) バーンスタインは恐らく史上最高のマーラー指揮者でしょう。その彼が若い頃にCBSに録音した旧盤です。この曲の持つ「若い情熱のほとばしり」を最も端的に表現し切った演奏です。全楽章に渡ってテンポの緩急は大きく自由自在です。テンポアップする箇所では、なだれ込むような迫力を見せてバーンスタインの独壇場です。よく言われるように、オケのアンサンブルに甘い部分は有りますが、音楽の勢いの前には余り気にはなりません。バーンスタインは後年にもコンセルトへボウ管とこの曲を再録音しましたが、自分はニューヨーク・フィルとの旧盤のほうを好んでいます。
イーゴリ・マルケヴィッチ指揮フランス国立管(1967年録音/PECO盤) パリのシャンゼリゼ劇場でのライブ録音です。ストラヴィンスキーなどの近代音楽も得意にしていたマルケヴィッチのマーラー演奏を興味深く聴くことが出来ます。第1楽章はテンポがかなり早めで、もう少し歌って欲しい気がします。第2楽章も同様でせかせかし過ぎています。第3楽章では哀愁漂う鄙びた曲の雰囲気がよく出ています。第4楽章はマルケヴィッチに向いているのか、とても緊迫感の有る演奏です。録音は残響が少なめなのでオケの粗さが聞き取れてしまいますが、当時の標準には達しています。
小澤征爾指揮ボストン響(1977年録音/グラモフォン盤) 小澤がまだ40代の初め、ボストン響の常任指揮者に就任した直後の録音です。当時はLPで購入して随分と愛聴しました。現在聴いても、若々しさに溢れて瑞々しく中々に良い演奏だと思います。終楽章のオケの壮麗な鳴りっぷりも実に見事です。ひたすら健康的な音楽であるのがいかにも小澤らしいですが、マーラーでも、この曲の場合にはさほどマイナスには成りません。CD化されてLPの時にはカットされていた「花の章」も追加されました。
クラウス・テンシュテット指揮北ドイツ放送響(1977年録音/First Classic盤) 海賊盤ですが、マニアの間では同じ北ドイツ放送との「復活」と並んで有名な演奏です。衝撃度では「復活」に適いませんが、第1番の演奏としてはやはり群を抜いています。テンシュテットは疑いなく最も偉大なマーラー指揮者の一人ですが、どんなにスケールが大きくても晩年のバーンスタインほどには重く粘りません。その為に演奏に自然に引き込まれていき、最後には感動と共感で一杯に満たされます。北ドイツ放送はやや地味な音色ですが、テンシュテットに叩き込まれた細部にまで徹底的にこだわった表現を忠実に再現しています。第2、第3楽章もとても美しいですが、終楽章の壮大な盛り上がりとスケールの大きさは最高です。海賊盤ですが録音も大変優秀です。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1979年録音/audite盤) ミュンヘンのヘラクレスザールでのライブ録音です。クーベリックはグラモフォンにスタジオ録音の全集を残していますが、この人が本領を発揮するのはやはりライブですので、auditeがミュンヘンでのライブをCD化してくれたのはとても大きな喜びです。第1楽章は案外と落ち着いて進みますが、終結部の爆発力はさすがにクーベリックです。第2楽章はゆったりとしていてとても味が有ります。第3楽章は少々ピアニシモが弱過ぎて味が薄くなってしまいましたが、クーベリックの本領発揮は終楽章です。後半の壮大な盛り上がりが実に見事で感動的です。
ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1985年録音/CBS盤) 後期ロマン派の音楽を演奏した時のウイーン・フィルの魅力は絶大です。1950年代までのあの甘く柔らかい音は失われてしまいましたが、依然として魅力的な音なのには変わり有りません。第1楽章は弱音に傾き過ぎて幾らか旋律線が弱くなっています。けれどもゆったりとした第2楽章では本領発揮です。ところが第3楽章はまたしても弱音に傾き過ぎて楽しめません。終楽章ではようやくウイーン・フィルが全開ですが、決して冷静さを失うことは有りません。マゼールの表現は長短相半ばですが、ウイーン・フィルの美しい音は欠点を全てかき消してくれます。
レナード・バーンスタイン指揮コンセルトへボウ管(1986年録音/グラモフォン盤) バーンスタインのCBS時代の旧盤は「若々しい情熱のほとばしり」を表現し切った名演でした。それから20年後のこの再録音ではスケールは巨大ですが、テンポが遅く、リズムも粘って重ったるく、表情がかなりくどくなり、およそ若者のイメージとはかけ離れてしまいました。しかしコンセルトへボウの上手さ、音の美しさ、響きの厚さは申し分ありませんし、このカロリーの高い演奏を日常的に聴くのはしんどいですが、気分が乗った時に心して聴くのには良いと思います。
クラウス・テンシュテット指揮シカゴ響(1990年録音/EMI盤) テンシュテットがシカゴ響に客演した際のライブ演奏です。彼は手兵のロンドン・フィルを振ってマーラーの交響曲全集やライブ録音を数多く残していますが、北ドイツ放送やこの演奏を聴いてしまうと、やはりロンドン・フィルには非力さを感じずにはいられません。その点、これはオーケストラ・ビルダーのライナー、ショルティに鍛え上げられたシカゴ響がテンシュテットの要求に120%応えている凄い演奏です。全楽章を通じて音の彫りが非常に深く、終楽章の壮大さも驚異的です。但し、やはりドイツ・オケの北ドイツ放送響のほうが音そのものに含蓄の深さを感じます。
小林研一郎指揮ハンガリー国立響(1992年録音/CANYON盤) これは小林研一郎(通称コバケン)が音楽監督の時代に来日してサントリーホールで行ったライブ演奏です。このコンビのマーラーは何年か前に「復活」の実演を聴きましたが、素晴らしいオーケストラでした。マジャール民族の熱い血とコバケンの熱い血が組み合わさった最高のコンビだったと思います。その後オケの名称もハンガリー国立フィルハーモニーに変わりましたが、このコンビはもっと長く聴いていたかったです。この録音も曲の若々しさ、清清しさを充分に湛えて、尚且つ激しさと振幅の大きさを備えた素晴らしい演奏です。ところで余談ですが、コバケンが某アマチュアオケを指揮してこの曲を演奏するのを聴いたことが有ります。それは凄まじい演奏でした。この人はアマオケを振るとリミッターを取り払った情熱200%の演奏をするので、感動の度合いはむしろプロ以上になります。コバケンが指揮するアマオケのマーラー、チャイコフスキーは必聴です。
小林研一郎指揮チェコ・フィル(1998年録音/CANYON盤) コバケンの活動の中心はハンガリーからチェコに移りました。個人的にはボヘミアン(チェコ)よりもマジャール(ハンガリー)の方がコバケンの良さが最大限発揮されると思っています。とは言えチェコ・フィルは世界的にも優秀な楽団ですので、そこで長期間活躍出来るというのは彼の実力に違い有りません。この演奏は非常に美しく、デリカシーを一杯にたたえた表情に溢れています。ボヘミアの自然を爽やかに感じさせながらも壮大なスケールを併せ持っている素晴らしい演奏です。もしかしたら、この曲のイメージに最も近いのかもしれません。
以上の中で特に好きなのは、ワルター/コロムビア響盤、バーンスタイン/ニューヨークPO盤、テンシュテットの北ドイツ放送響盤およびシカゴ響盤、それにコバケン/チェコPO盤です。
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