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2009年9月27日 (日)

シューマン 「交響的練習曲」op.13 名盤

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「交響的練習曲」は「幻想曲」「クライスレリアーナ」と並ぶシューマンのピアノ曲の最高傑作の一つであるだけあって実に素晴らしい作品です。作品の充実度という点だけで無く、自分の”好きな曲”という基準でもこの3曲は抜きん出た存在です。この「交響的練習曲」は主題と12の変奏曲形式の練習曲から出来ていますが、その美しい主題は一時シューマンの婚約者であったエルスネティーネ嬢の父親のフリッケン男爵の作です。シューマンはこの曲を一度改定したことが有りますが、その時には「変奏曲形式による練習曲」とタイトルを変えました。ですが現在では「交響的練習曲」の名で呼ばれる元の版で演奏されています。但しブラームスにより校訂された第3版では遺作の5曲の変奏曲が更に加えられています。それぞれの変奏曲は流れるように連続しており、かつロマンティックなシューマンの音楽そのものです。終曲第12変奏の生命力溢れる付点リズムも交響曲第4番の終楽章に見られる典型的なシューマンの音形です。

この曲にも昔から愛聴している演奏が幾つか有りますので是非ご紹介します。

Cci00021 アルレッド・コルトー(1929年録音/Dante盤) 学生時代にFMから録音して何度も繰り返して聴いていた演奏です。元の録音が秀れていたのでしょうが、Danteの復刻は録音年代が信じられないほど優秀です。低音から高音域までピアノの音に輝きが有ります。コルトーのピアノは相変わらず自在なテンポの変化が天才的ですし、何よりもその濃厚なロマンティックさにすっかり魅了されてしまいます。この人のシューマンでは「クライスレリアーナ」を遙かに凌ぐ出来栄えです。この演奏は是非とも聴いて頂きたいと思います。

Schumannl1600 イヴ・ナット(1953年録音/EMI盤) 吉田秀和がその著書で随所に記したナットはフランス人ながらベートーヴェンとシューマンが本当に素晴らしいです。特にシューマンはしなやかさと自由さがシューマンの精神の移ろい易さに結びついています。シューマンの音楽に不可欠なファンタジーとロマンティシズムを充分に持ち合わせていることからも最も愛すべきシューマン演奏家の一人と言えます。この曲でも柔らかさと温かみが有るピアノの響きによってそうした魅力がことごとく出し尽くされていて強く惹かれます。モノラル録音ですが音質はそこそこ明瞭です。

Schumann-449 ウラジーミル・ソフロニツキー(1959年録音/DENON盤) リヒテルやギレリスが心酔したことで知られるソフロニツキーは、ソビエト国外で演奏をすることが無かったので一般的な知名度は低いのですが、残された少ない録音からもその実力を知ることが出来ます。これは晩年にモスクワで行われたシューマン・プログラムのライヴ録音です。力強い打鍵と輝かしい音、濃厚なロマンティシズムは伝統的なロシアンピアニズムそのものです。この曲は特に出来栄えが素晴らしく、リヒテルが「神様」と称したのもうなずけます。録音は当時のソ連のライヴということを抜きにしても明瞭で優れます。

Schumann-473 サンソン・フランソワ(1965年録音/Melo CLASSIC盤) パリのサル・プレイエルにおけるリサイタルのライヴです。フランソワにはシューマンとは、ある種の同質性を感じます。それは恐らくは精神面における不健康さのようなものです。テクニカル面、またロマンティシズムへの要求にももちろん見事に応えていますが、この点は重要です。幻想的な空間を魂が自由に飛翔する様な演奏スタイルは、現代のテクニックを第一に追求した若手には到底望むべくもありません。こうした演奏こそが本来の芸術の姿では無いかと考えさせられます。フランス放送によるモノラル録音ですが音は明瞭です。

Cci00020 ウィルヘルム・ケンプ(1972年録音/グラモフォン盤) ここでもケンプはとても誠実で堅実なドイツ風の演奏を聞かせています。但しこの曲の「変奏曲」という自由な形式の割りには少々一本調子で融通が利かない印象なのがマイナスです。どちらかいうと「練習曲」としてピアノ学習者が参考に聴くにはとても適していると思うのですが、コルトー、リヒテルのような破格の表現力のピアニストの間に挟まれると、音楽が少々堅苦しく感じられてしまいます。ピアノの音質自体はとても好ましいのですけれども。

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イエルク・デームス(1972 or 1976年録音/Nuova Era盤) デームスは室内楽奏者としては有名ですが、ソリストとしての録音は少ないです。しかし40代の終わりに録音したシューマンのピアノ曲全集はマイナーレーベル制作ながら大変に大きな遺産です。この録音もそれに含まれます。ウイーンの伝統そのものの柔らかなピアノの音と人の温もりを感じる演奏に強く惹かれます。正確無比を目指す現代の演奏家とはだいぶ異なる魅力です。しかし決してぬるま湯的な演奏ではなく、シューマンらしい幾らか屈折した情熱とロマンティシズムが随所に溢れています。

Cci00023 スヴャトスラフ・リヒテル(1977年録音/オイロディスク盤) コルトーにも充分匹敵するほどにロマンティックな演奏です。しかもテクニックはコルトーなど問題にならない上手さです。それでもこの人にピアニスティックなイメージは無く、あくまでも音楽そのものを感じさせます。洗練され過ぎることなくやや朴訥なタッチなのですが、その点もシューマンに実に適していると思います。どの変奏曲も変化と勢いに富んでいて実に聴き応えが有りますし、第12変奏の力強さや見事な高揚ぶりは聴き終えた後に満足感でいっぱいになります。これは真にシューマネスクな素晴らしい演奏です。

Img944e66f5zik5zj マウリツィオ・ポリーニ(1981年録音/グラモフォン盤) 冒頭の主題から第1変奏ではこれがポリーニかと思えるほどのロマンティックな表情です。けれどもそれは濃厚な浪漫というよりは、透明な詩情という感じなので、例えばリヒテルのスタイルとは全く異なります。またピアニスティックな打鍵の固さをそれほど感じさせないので、以前の「幻想曲」よりもずっと良いと思います。第12変奏の切れ味はさすがポリーニ。自分の好みではスタイリッシュに過ぎて今ひとつなのですが、この方が好きだと思われる方もきっと多いと思います。ポリーニのベストのシューマン演奏としてお薦めできます。

Schumann-712gl3umy9l_ac_sl1412_ イーヴォ・ポゴレリチ(1981年録音/グラモフォン盤) ポゴレリチが1980年のショパン・コンクールの本選で落選した為に、審査員のアルゲリッチが「彼こそ天才よ」と言って抗議して審査員を辞任した事は余りに有名ですが、そのおかげですっかり有名となり翌年にはグラモフォンに録音を行います。確かにこの曲も個性的な演奏で、最初のテーマを止まりそうなぐらいに遅く開始します。その後も緩除曲はどれも遅く、速い曲はより速く弾いています。1度聴いただけでは付いていけませんが、繰り返し聴くとやはり天才だと気付かされます。

以上で、魅力的な演奏が沢山有りますが、あえてフェイヴァリット盤を挙げれば、リヒテル、ソフロニツキー、デームスあたりです。

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コメント

嗚呼、こうして並べてみると、それぞれにいいですね。どのシューマンも、それなりに素晴らしい・・・やはりそういうアプローチを許す特質がシューマンの側にあるのでしょうか。

投稿: かげっち | 2009年9月30日 (水) 19時00分

かげっちさん、こんにちは。

ええ、僕の好みで言えばこてこてロマンティックなシューマン演奏なのですが、そうでない行き方のものもやはり価値を認めます。
これは仰るとおりで、ただただ音楽の素晴らしさに他ならないのではないでしょうか。

投稿: ハルくん | 2009年9月30日 (水) 23時51分

私はこの曲はアシュケナージさんが面白いです。
この曲って版によって演奏がまちまちですよね。
シューマンの意志を尊重すれば全11曲ということになりますが、ピアニストさんによって演奏がまちまちです。
ようは5つの変奏曲をどこで弾くかってことなのだけれど、正直言うとあのカッコいいフィナーレの後で5つの変奏曲を聴きたくないだってフィナーレはフィナーレなのだし・・・
んです。
シフさんの演奏はすごく好きなのですが、この件だけがちょっと不満と言えば不満かな。あとは申し分ないのですけれど・・・
まぁ、この5曲を別の曲だと思って聴けばいい話なんですけれどね。。。
アシュケナージさんの演奏はこの5つがところどころに組み込まれていて、まぁ、これに関しては賛否両論あるかと思いますけれど、ひとそれぞれ楽しみ方はあると思います。
この5曲をおまけのように聴きたくないときはケンプを聴いています。
デームスさんの録音は、フィナーレの後もう一度テーマを弾いて5曲を弾いているかな。。。
こうしてみるとシューマンってピアニストさんにとってはピアノ以外?のことで本当に悩むことが多いんですね。。。
他のピアニストさんはどうなのでしょうか。
あ~~~、私、今、気がついた。。。
この曲、リヒテルさん持っていないです・・・
ディスクユニオンに行かなくては・・・

投稿: はるりん | 2009年9月30日 (水) 23時53分

はるりんさん、こんにちは。

僕の好きなリヒテルもポリーニも5曲の変奏曲を第5練習曲と第6練習曲の間に続けて挟んでいます。ですので僕はこの順番がごく自然に聴けて違和感が無いのです。
ところが不思議とケンプで聴いてもそれほど違和感は無いのですけどね。こんな風に書くと、やっぱりおまけなのかと受止められるでしょうが、正直5曲とも好きですのでリヒテル、ポリーニ式がやはりイイんです。あの輝かしいフィナーレの後に聴かされるのだけは絶対にイヤですね。

投稿: ハルくん | 2009年10月 1日 (木) 00時54分

異本が多い作品ですね。私は遺作の変奏曲が好きでして、シューベルト風の繊細な趣きに惹かれます。ポリーニが本編の終曲で弾いている短調まじりの版は珍しい選択だと思います。

フォーレの「主題と変奏」はこの曲を意識したのでしょうか。調性も同じで、なんとなく素人っぽいテーマの雰囲気も似てます。にもかかわらず変奏曲は超一流というところが大家の偉いところです。

投稿: NY | 2012年9月26日 (水) 02時35分

NYさん、こんばんは。

ポリーニの弾くシューマンはやはり良いですね。
僕も良くは判りませんが、終曲では通常使われない第2版から引用されたのでしょうかね?
明るい終曲が、明暗まだら模様に聞こえて、むしろシューマンらしさを増していて良いかもしれません。

フォーレの「主題と変奏」は聴いたことが無いので、今度聴いてみます。ありがとうございます。

投稿: ハルくん | 2012年9月26日 (水) 22時10分

私は、この曲に関し、ブレンデルの演奏が一番好きです。
彼の演奏がどの楽譜を基にしているのが判らず、
興味があります。

投稿: Purinboy | 2015年1月18日 (日) 16時46分

Purinboyさん、コメントを頂きどうもありがとうございました。

ブレンデルは1970年代ぐらいのモーツァルトやブラームスの演奏が余り気に入らず、その後聴かず嫌いをしてしまいましたが、晩年のシューベルトやブラームスの録音は結構好きで、少しづつ聴いているところです。
この曲はまだ未聴ですが、是非聴いてみたいですね。ありがとうございます。

投稿: ハルくん | 2015年1月18日 (日) 19時25分

こんにちは。

リシッツァでシューマンの交響的練習曲を聴いてみました。ショパンのエチュードの新録音とカップリングされているCDなのですが、技巧は完璧ながら、あっさりしすぎというのか、音楽の重みがあまり感じられませんでした。

ショパンのエチュードのDVD版は技巧的にも表現力の点でもポリーニを超えた(と私は思った)凄まじい名演だったのですが、新録音はかなり丸くなっているように感じました。交響的練習曲も表現力の点ではポリーニの方が格上ではないかと思います。

リシッツァはとても個性的なピアニストなので私は好きですが、最近は年齢的なものもあるのか徐々に変化しつつあるように感じます。

投稿: NY | 2015年5月 3日 (日) 21時17分

NYさん、こんにちは。

比較になるかどうかわかりませんが、自分がアルゲリッチに一番惹かれていた時期って若い頃の演奏でした。本能にまかせたような演奏に強烈な魅力を感じました。だんだんそれが恣意的にコントロールされるようになってからは余り好まなくなったのですが、リシッツァも演奏スタイルが変わって来ているのかもしれませんね。
流れるような指の動きは見ているだけで楽しいですが、出てくる音だけを聴いた場合に物凄く惹かれるというほどではありません。
彼女が20代のころに付いた先生って誰なのでしょう?大巨匠に師事したら(していたのかもしれませんが)その後の演奏スタイルが変わっていたかもしれません。

投稿: ハルくん | 2015年5月 5日 (火) 09時57分

こんにちは。

シューマン 「交響的練習曲」も昔から偏愛している曲のひとつで、CDだけでもざっと30種類くらいは所有しているでしょうか?(早く断捨離しろと妻に叱られてるけど、みんな好きで捨てられない!) 遺作の5曲を入れる位置は十人十色で、本当にどれを聴いても新鮮な発見があります(特にバルトのEMI録音は凄かったです。説明するのが大変なので、この曲について10年以上も前にバルトの隠れた名盤CDを教えてもらったり、とても勉強させていただいた、KyushimaさんのHPをご紹介します)。

http://kyushima.web.fc2.com/cd/Symphonic-etudes.html

実演も様々聴いていますが、信頼しているピアニストでも、実演で完璧に弾きこなすのは大変なんだなあと、ほとんどの場合ピアニストに同情して帰路に就きます。

この曲でどれか1枚と言われたら、小林五月さんが弾くCDが、スケールの大きな構築性と大胆なロマンチックさを両立させた素晴らしい演奏で、今は惚れこんでおります。

シューマン「交響的練習曲」、シューベルト「白鳥の歌」、マーラー「第6交響曲」・・・、どうも私は曲の配列が議論になりやすい曲を偏愛する傾向があるのかなと、今気付きました(笑)。

ピアノ好きの友人達とよく話しをしますが、ショパンやベートーヴェンは好きでもシューマンのピアノ曲が嫌いな人、じつに多いです。ショパンよりシューマン派の私としては、何で~といった感じです(笑)。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月29日 (日) 15時47分

追記

「交響的練習曲」の実演経験では同情しか無いみたいな書き方をしてしまいましたが、小林五月さんの実演はやはり解釈、技術共々最高でしたし、小山実稚恵さん、田部京子さんのこの曲の実演でも、大変感動して帰宅しております。

田部京子さんは終演後のサイン会で、「シューベルトを弾く時とシューマンを弾く時は、使う筋肉が全然違う」 とおっしゃっていました。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月30日 (月) 16時35分

犍陀多さん

こんにちは。
シューマンのピアノ良いですよね!
特に幻想曲、クライスレリアーナ、それにこの曲を含めた3曲はどれも大好きです。
私もどちらか言えばショパンよりも好きかなぁ。
ベートーヴェンよりも、と言いたいところですが、うーんどうでしょうね。。

バルトはエッシェンバッハのお気に入りですね。
今年の初めにも来日しましたね。ブラームスの協奏曲のCDは興味がありながら聴いていませんが、この曲も聴いてみたいです。
他にはソフロニツキー、ポゴレリッチは手元にCDが有りますが感想は未記載のままでした。いつか書きたいです。

Kyushimaさんも書かれていますが、結局は演奏家と聴き手との相性の問題だろうと。全くその通りだと思います。

投稿: ハルくん | 2020年12月 1日 (火) 09時36分

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