ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」ホ短調op.95 愛聴盤諸々
スメタナがチェコ国民楽派の開祖なら、ドヴォルザークはそれを集大成した偉大な音楽家です。昔から僕はこの人の作品が大好きなのですが、特に「新世界より」は自分が一番最初にハマったクラシック音楽でした。第1楽章の序奏が静かに始まり、徐々に高揚して主部に移るまでの展開は実に見事ですし、中間部の落ち着きから終結部に再び追い込む緊張感は素晴らしいですね。第2楽章は歌詞まで付けられて「家路」として有名ですが、望郷の念に溢れる曲想には胸を打たれます。特に中間部の孤独感溢れる部分は言葉にならないほどです。「こりゃ失恋した後にはね、涙無しにゃ聞けないよ。あんたわかるかい?」(フーテンの寅さん?ハルくん?談) 第3楽章のスラブ舞曲風のスケルツォも楽しいですし、第4楽章の勇壮な主題はもう最高です。これぞクラシック。オーケストラを聞く醍醐味と言えるでしょう。後半はやや展開が単調になりますが、これはご愛嬌ということころでしょう。
何度もお話していますが、僕はこの手の国民楽派は自国の演奏家以外にはどうも興味が湧かないのです。かつてはバーンスタイン、カラヤン、セルやケルテスといった指揮者でも聴きましたし、一般的にははケルテス盤などは非常に良い演奏だと思います。ですが最近は本当にボヘミア人がボヘミアの楽団を指揮した演奏以外はまず聴きません。それによって失うものよりも、逆に新たに見えてくるものがあると思っています。ということで僕の「新世界より」の愛聴盤をご紹介してゆきます。
ヴァーツラフ・ターリッヒ指揮チェコ・フィル(1949年録音/スプラフォン盤) チェコ・フィルを世界的な名楽団に育て上げたターリッヒの代表盤と言える名盤です。この時代にしては極上の音質なのも価値を失わない理由でしょう。現代の多くの演奏がいわば機械造りの陶器だとすれば、これは名人の手による逸品といった趣きです。造形の崩れは無いですが手造りならではの味わいに満ちています。多くのチェコの後輩指揮者が影響を受けた原点となる演奏と言えます。
ヴァーツラフ・ターリッヒ指揮チェコ・フィル(1954年録音/スプラフォン盤) 何故か前述の49年盤が何度も再発売されてきた影に隠れてしまった新録音盤なのです。音質は更に優れていますが、管楽器や打楽器が前に出て聞こえるのはむしろ49年盤。なので一聴すると49年盤のほうが迫力が有るように感じられます。けれども音楽の深さと言う点では54年盤のほうが更に数段優れています。現在はターリッヒ・エディションという海外盤のみしか出ていませんが、これは24Bitのマスタリングが高音強調で音質的に感心できません。中古店で根気よく旧盤を探されることをお薦めします。
カレル・アンチェル指揮チェコ・フィル(1961年録音/スプラフォン盤) これはステレオ時代の古典的名盤です。アンチェルは名指揮者であるにもかかわらず、歴史の荒波に押し流された人生を過ごしました。しかしこの「新世界より」の録音は正にこの曲のリファレンスといえる名盤です。この演奏を聴かずしてこの曲は絶対に語れません。全盛期のチェコ・フィルの音が聴けるという点で非常に価値が高いですが、実はCDによって随分音質が異なります。正直一番良いと感じるのはやはりアナログ盤です。以前記事にしたことが有りました。CDで選ぶとすればやはり最新リマスターのXrcd盤ということになるのでしょうが、価格が高いのがちょっと難です。案外アナログの柔らかい音に近くて良いのは旧リマスターで、日本コロムビアの国内盤、スプラフォンの海外盤のどちらもお薦めできます。最も気に入らないのは現在のDENONの24Bit盤です。高音が非常に強調されていてチェコフィルでは無くまるでアメリカのオケのように聞こえるからです。
アンチェル/チェコ・フィルのコンビのライブ録音は自分の知る限り2種類有ります。ひとつは1963年ザルツブルクのライブ(オルフェオ盤)です。演奏そのものはスタジオ盤以上に素晴らしいのですが、モノラル録音で音がパリッとしないのでどうもチェコフィルの音に聞こえません。ですので一般的にはお薦めしません。もうひとつは1958年アスコーナでのライブ(aura盤)です。これは非常に激しい演奏ですが演奏と録音の楽器バランスが崩れていて抵抗感が有ります。面白い演奏とは思いますが繰り返し聴くには向かないと思います。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1972年録音/スプラフォン盤) ノイマンは70年代と80年代にドヴォルザークの交響曲全集を二度録音しました。これは最初の全集からの演奏です。当時はノイマンは前任のターリッヒ、アンチェルと比べると個性に乏しく演奏も生ぬるいように感じましたが、イメージを一新させたのは東京で聴いた実演です。その時は8番を聴いたのですが、非常に瑞々しく美しい音の名演奏でした。この9番もアナログ録音らしく柔らかく良い音を味わえます。欠点はティンパニーの音がこもっていることですが、全体としては非常に素晴らしい出来です。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1981年録音/スプラフォン盤) ノイマン二度目のデジタル録音盤です。72年盤と比べた場合、バランスの良さと造形感では優れますが、演奏の覇気はやや劣る印象です。どちらもオーソドックスな名演なのでなかなか優劣は付け難く、結局は聴き手の好み次第だと思います。実際に僕も以前は新盤が良いと思っていましたが、今回聴き直すとオケの音色の点で旧盤のほうにより惹かれました。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1995年録音/CANYON盤) ノイマンはこの2年前の93年にもやはりライブ録音を残していますが、個人的には最後の95年録音を好んでいます。最晩年のかなり枯れた演奏なのですが、力みの一切無いところが逆に何とも言えない風情を醸し出しています。まさか「新世界より」でこんな”白鳥の歌”のような演奏が実現可能だとは思いもしませんでした。但し一般的に、特に若い世代のファンに受け入れられるかはちょっと分かりません。
ズデニェック・コシュラー指揮スロヴァキア・フィル(1973年録音/オーパス盤) コシュラーは日本で都響に度々客演しましたので馴染み深いですが、この人は実に素晴らしい名指揮者でした。この演奏を初めて耳にした当時はアンチェル、ノイマン以上に気に入っていましたが、LP盤を手放してからは長い間聴いていませんでした。ところが最近CDを手に入れてみて余りの素晴らしさにかつての感動が甦りました。第2楽章のどこまでも沈み込んでいくような深さも底知れません。それにスロヴァキア・フィルはチェコ・フィルとは違って完全にローカルカラーの音色なのが何とも魅力的です。唯一の欠点は海外盤だけあって3楽章の冒頭の音が欠落していることです。
ズデニェック・コシュラー指揮チェコ・フィル(1979年録音/Panton盤) コシュラーが最も魅力的な演奏をするのはどうもスロヴァキア・フィルとのコンビのように思います。チェコ・フィルとのライブともあれば大いに期待したいところでしたが、どうも今ひとつ自分の表現をし尽していないのです。名門オケへの遠慮があったのかどうかは判りませんが、ともかくスロヴァキア・フィル盤のような個性と深みが出ていません。むろん悪い演奏とは思いませんが別の指揮者が振ったのと余り変わらない気がします。
ズデニェック・コシュラー指揮チェコ・ナショナル響(1994年録音/ビクター盤) コシュラーが初代音楽監督になった新生オーケストラとの演奏です。コシュラーは若い時から天才的な演奏をしたかと思うと、個性の無い演奏をしたりと出来不出来の多い指揮者だというのが僕のイメージです。この円熟期の演奏も決して悪くは無いのですが、オケがまだ熟成したわけでもなく、かといってローカル色が強いわけでもなく、少々魅力の乏しさを感じてしまいます。やはり僕としてはスロヴァキア・フィルと再録音を行って欲しかったというのが正直なところです。
イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィル(1989年録音/スプラフォン盤) ビエロフラーヴェクは僕がまだ大学生の頃に日フィルに客演した実演を聴いた記憶があります。でも演奏は全然憶えていません。なので全く興味の有る指揮者では無かったのですが、この演奏はなかなか良いのです。実にオーソドックスで安定感が有ります。天才の閃きは感じませんが、常にゆとりが有るので安心して曲を味わうことが出来ます。有る意味ノイマン以上にリファレンス的かもしれません。
オンドレイ・レナルト指揮ブラティスラヴァ放送響(1987年録音/Amadis盤) レナルトもかつての新星日響に客演していたので日本では馴染みが有るかと思います。でも大変地味な存在ですね。このCDは海外盤ですが日本で何枚販売されたのでしょう。相当少ないでしょうね。ところがこの演奏は実に素晴らしいのです。派手さとは無縁の地味な指揮者の滋味溢れる演奏ですが、終楽章は充分な迫力も見せます。録音も良いですし、オケの響きがスロヴァキアフィル以上に田舎臭いのがとても魅力です。
ここまでは全てチェコ&スロヴァキアの指揮者とオーケストラの演奏です。他にもまだまだ有りますがとても全部は聴いていません。最後に番外編として一つだけ純血でない演奏もご紹介します。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1980年録音/オルフェオ盤) クーベリックはもちろんチェコ出身ですしチェコ・フィルとの演奏も有りますが意外に期待外れです。またベルリン・フィルとの演奏にいたってはカラヤン全盛時代のオケが派手な音で鳴り響き過ぎて全然良くありません。その点、手兵のバイエルン放送盤は充実した演奏となっていますが決して過剰なところが有りません。純血の組み合わせ以外では僕が一番好きな演奏です。
以上、「新世界より」の愛聴盤でした。この中から現在特に気に入っているのは、ターリッヒの1954年盤、アンチェルの1961年盤、コシュラー/スロヴァキア1973年盤がベスト3。次点としてレナルト盤です。
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コメント
こんにちは。この曲は私にとっても、最初に聴き込んだ交響曲です。いい曲ですよね。まあ7,8番も好きですけど。
ハルくんさんと同様、私も「作曲者と同じ国の演奏家を推す」という基本方針なのですが、この曲に限っては最初の愛聴盤だったバーンスタイン*ニューヨークフィル(1962年?)の印象が強烈で、今でも一推しなのです(上記クーベリックが二番手)。1楽章のAdagioからAllegroへ突進する迫力、寂寥感あふれる2楽章中間部、勇壮な4楽章主題、個々のプレーヤーの水準、どこを聴いても満足がゆきます。
ドイツ系の木管の響きが好きな自分としては、チェコのオケの木管はフランス的な響きなのでソロが出てくるたびにずっこけてしまう、というのが真相です。
投稿: かげっち | 2009年7月12日 (日) 18時42分
かげっちさん、こんばんは。
いま都議会投票から帰ってきました。って関係無いですね。(苦笑)
バーンスタイン盤は最初に買ったLP盤でした。手放して以来聴いていませんが、CBS時代の録音は時を経てCD化されて聴くと思わぬ発見が有ったりします。
僕にはチェコの木管はあくまでボヘミア調にしか聞こえないのですが。。。逆にドイツの楽団の演奏するチェコ音楽は音が重たくて頂けません。シベリウスと違って好みが割れましたね。
投稿: ハルくん | 2009年7月12日 (日) 19時48分
なるほど。個人的に違和感が大きいのはクラリネットで(自分が吹くから気になるのは仕方ない)フランス的にヴィブラートをかけまくるのがチェコフィルの特徴なので、時にソプラノサックスのように聞こえます。好きになれません。でも弦楽器に限ればチェコの楽団は極上だと思いますよ。3楽章みたいに超ボヘミア的な部分も、よその奏者には真似できない演奏になって当然ですし。
投稿: かげっち | 2009年7月13日 (月) 12時29分
かげっちさん、こんにちは。
管のビブラートと言えばホルンやトランペットのそれも派手ですね。「チェコフィルの入団テストにはどれぐらいビブラートがかけられるかを試される」とかいう冗談が有りました。まんざら冗談とも思えません。(笑)
演奏のネイティヴ志向が非常に強い僕の場合は、ドイツ音楽はドイツの楽団で、チェコ音楽はチェコの楽団で、北欧音楽は北欧の楽団で聴くのが好きなだけなのです。いたって単純なのです。だって讃岐うどんはやっぱり香川県のものが一番ですし、長崎ちゃんぽんは長崎ですよ。音楽の味わいと食の味わいは同じだと思うのですよね。
投稿: ハルくん | 2009年7月14日 (火) 08時53分
そんなオーディションが(笑)なぜチェコフィルの管楽器にそういう伝統があるのか知りたいものです。
チェコフィルに比べプラティスラヴァのほうが、木管は好きですね。あ、仕事でプラティスラヴァから来た女性に会ったことがあるのを思い出しました(そればっか)音楽祭があるからよく知ってる、行ってみたい街だと言ったら、日本では京都のような古都だとおっしゃっていました。
ところで4楽章に一発しか出てこないシンバルをモティーフにしたTVドラマはご覧になったことがありますか?
投稿: かげっち | 2009年7月14日 (火) 12時39分
かげっちさん、こんばんは。
プラティスラヴァから来た女性ですと!?
で齢の頃は?美人でしたか?(こればっか)
シンバルをモティーフにしたTVドラマって何か有りましたね。僕は観ませんでしたけど面白かったですか?
投稿: ハルくん | 2009年7月14日 (火) 22時18分
20代末くらいの美しい方でしたよ。公共の場の会話だったので突っ込んだ話はできませんでしたが。
ドラマはHBCという北海道の放送局の制作で、ディレクターは私の高校オケの先輩です。かつて一応は打楽器奏者でプロオケに在籍してたが、現在は上手い団員が続々入ったので引退し田舎暮らしをしていた男性に、ある日この一発のシンバルだけのためにエキストラの依頼がある、という話です。久しぶりのプロのステージ、田舎の村人もみんな「あの男がクラシック?」と半信半疑ながら、みな札幌の会場に詰めかけます。彼は緊張の余り一発を鳴らしそこねるのですが、村人はそれにも気づかず「クラシックもいいもんだなあ」と喜ぶ、という物語。
投稿: かげっち | 2009年7月15日 (水) 12時38分
主演のフランキー堺が、いい味出していました。村人の関心が、彼が何を鳴らすかということから、これはどういう音楽かということに移ってゆくのがよかったですね。私の故郷の街の懐かしいホール、楽団員の役にも私の知人が出ていました。
実際には3楽章のトライアングルと持ち替えになるので、シンバル一発だけの奏者ということはあり得ないのですけどね。
チューバは2楽章の冒頭にしか出てこないし、実は不思議の多い曲です。
投稿: かげっち | 2009年7月15日 (水) 12時41分
かげっちさん、こんばんは。
TVドラマのご紹介を詳しく有り難うございました。ふる里の製作でお知り合いが出演しているとあってはこれは楽しいですね。
内容自体もなかなか面白そうですので、再放送が有れば今度は是非とも見たいですが、実現するかどうかはちょっと分かりませんね。
投稿: ハルくん | 2009年7月15日 (水) 20時18分
再放送はどうかわかりませんが、DVD出ているようです。倉本聡ですからね。
http://www.tvdrama-db.com/qzcms-drama/drama_info/p/id-14643
ハルくんさんにとって、この曲の季節感はいかがですか?私はお盆の頃に北海道で奏いた記憶のせいか、夜のとばりと肌寒さを連想します。北国の早い秋という感じです。
投稿: かげっち | 2009年7月15日 (水) 22時10分
かげっちさん、こんばんわ。
DVDのご紹介有り難うございます。機会有れば是非。
「新世界より」の季節感というと初夏から秋にかけてというところでしょうか。時間帯は夕暮れから晩頃ですね。やはり「家路」のイメージは影響有りますよ。「夕焼け小焼け」の歌にも通じます。
投稿: ハルくん | 2009年7月17日 (金) 00時01分