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2009年4月 4日 (土)

シベリウス 交響曲第5番変ホ長調op.82 名盤・愛聴盤諸々

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交響曲第5番はシベリウスが50歳になった年(1915年)に、その祝賀演奏会で初演された曲です。自分自身の為のバースデー・シンフォニーですね。シベリウスがこの曲を初めからこの式典の為に書き始めたのかどうかはわかりませんが、彼としては第2番以降で最も明るい印象の曲になっています。これがもしも第4番では、ちょっとハッピー・バースデーの雰囲気では無くなりますからねぇ。(苦笑) 演奏会は大成功だったのですが、彼自身は曲の出来栄えには充分満足をしてはいなかったようで、後から2度も書き直しをしています。初演版は現在では滅多に演奏されません。通常は1919年の最終版で演奏されています。

この曲は、非常に美しい曲想を持った自然賛歌です。北欧の澄み渡った青空の元での清涼な空気を感じます。そういう点では7曲の中でも最右翼ではないでしょうか。季節としては、冬の終わりから春が訪れようとする頃ですね。事実、シベリウス自身がこの曲へ残したコメントが有ります。

「日はくすみ冷たい。しかし春はだんだん近づいてくる。今日は16羽の白鳥を見ることができた。神よ何という美しさか。白鳥は私の頭上を長いこと旋回して、くすんだ太陽の光の中に消えて行った。自然の神秘と生の憂愁、これが第5交響曲のテーマなのだ。」

この言葉がこの曲の全てを語リ尽くしていると思います。

初演版は、現在オスモ・ヴァンスカのCDで聴くことができます。1919年版と比較すると、確かに所々で散漫で無駄に感じる部分が有ると思います。しかし、もしもシベリウスが書き直しを行っていなかったとしても、これはこれで魅力的な作品には違いありません。しかし書き直しにより、曲構成も3楽章と4楽章を一つにしてしまいましたし、ずっと簡潔な傑作に仕上がりました。僕は、ある演奏家の全集を購入しようかどうか迷った時には、大抵は5番をまず聴いてみます。この曲は、オーケストラ自体の音を感じさせない自然音のような響きが理想的です。ところが美しく演奏するのが本当に難しい曲だと思います。その点ではブルックナー演奏に共通しています。従って、この曲の演奏が良ければ他の曲を聴いてもまず大丈夫です。

それでは僕の愛聴盤についてご紹介してみたいと思います。

Cci00023b ヨルマ・パヌラ指揮ヘルシンキ・フィル(1968年FINLANDIA盤) この人はベルグルンドと同じ世代ですが、そのベルグルンドの前のヘルシンキ・フィルの常任指揮者です。名前があまり有名でないのはCDの数が極端に少ないことと演奏活動よりもアカデミーの教授としてより多くの時間を過ごしたからです。事実門下生にはサロネン、オラモ、サラステ、ヴァンスカとそうそうたる名前が並んでいます。この人が60年代にヘルシンキフィルと5番の録音を残してくれたのは幸運でした。オーケストラの実力はベルグルンドの80年代にはまだ及びませんが、透明で清涼感溢れる音色というものは既に確立されています。フィンランドのシベリウス演奏の基礎は更に歴史を遡ると思いますが、パヌラが後輩達に与えた影響が大きいことは明らかだと思います。

Cci00025 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキ・フィル初来日の時のライブ録音です。この時の第3番と5番の演奏で僕はシベリウスに開眼しました。ライブでありながら完成度が非常に高いのはオケの実力が格段に上がったからだと思います。カムの好きなところはベルグルンドやセーゲルスタムに比べて神経質さが無く素朴に感じられるところとロマンティックな感覚が強いところです。ですので2楽章の美しさなどは際立ちます。3楽章後半もこけおどしでない高揚感が素晴らしく非常に感動的に終わります。TDKの録音も相変わらず優秀です。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) 僕が演奏のリファレンスとしているのはこの演奏です。それは最も過不足が無く、それでいて曲の素晴らしさをとことん感じさせてくれるからです。第1楽章冒頭からしてホルンの保持音に続く木管の受け渡しにほれぼれしますし、こけおどしでない壮麗さも実に素晴らしいです。第2楽章の静かな足取りで深く瞑想を感じさるのも見事です。第3楽章の自然な盛り上がりも素晴らしいですが、何より全体に弦楽器と管楽器の透明感の有るハーモニーが本当に美しいです。これでこそシベリウスの音楽が生きるというものです。但し録音がONDINEやBISと比べてパリッとしないのがやや不満です。

668 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタム盤もやはり非常に素晴らしい演奏です。スケールの大きさという点ではベルグルンドに勝ります。曲によっては時に荒々しさが過ぎると感じてしまうことのあるセーゲルスタムですが、この5番ではそのような事がありません。第2楽章の美しさや逍遙しながらの瞑想の深さも充分です。第3楽章の壮麗な盛り上がりも大変見事ですが、決して騒々しくは成りません。それはシベリウス演奏の基本中の基本なのです。ONDINEの録音も透明感が有って最高です。

Si249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音なのですが、完成度の高さには驚かされます。冒頭から非常に美しく、金管も必要以上に強奏されることがありません。もっとも録音がホールトーン的な柔らかい音なのでそう感じるのかもしれません。第2楽章はあっさりとした感じで、弦も木管も素朴な歌いまわしはなかなかです。第3楽章後半も大げさでない盛り上がりに不満は有りません。但し全体的にはサラステにしてはやや平凡に感じられるかもしれません。

41xtezfhf2bl__ss500_ オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もヴァンスカらしく、ピアノとフォルテとの対比の明確なのはセーゲルスタム以上です。彼はよくピアノの音を弱く弾かせ過ぎて旋律が痩せて聞こえることが有りますが、この演奏では気になりません。金管の強奏やティンパニの強打もぎりぎりで踏みとどまっていて逆に効果的です。第2楽章は遅いテンポで弾き方がいじらしいほどであり、瞑想を深く感じさせて素晴らしい出来栄えです。第3楽章も非常に壮大で後半の盛り上がりは実に感動的です。

以上はいずれもシベリウス演奏として優れているので、どれを聴いても満足してしまいますが、今回改めて聴きなおして最も気に入ったのはオスモ・ヴァンスカ/ラハティ盤でした。

この曲は昔から大好きで、その他にも色々と演奏を聴いて来ましたので一通り触れてみたいと思います。ただ面白いことに上記は全てフィン指揮者とフィンオケの演奏です。それ以外の演奏にはフィン+フィンの組み合わせは一つとして有りません。ここまではっきりするとは我ながら興味深い結果です。

・シクステン・エールリンク指揮ストックホルム・フィル(1950年代録音/FINLANDIA盤) 隣のスウェーデン出身の指揮者だけあって、この時代の演奏としては良いとは思いますが、いかんせん録音が古めかしいのでシベリウスの透明感のある音を味わおうとするとどうにも無理が有ります。残念ですが録音のハンディを超えてまで聴きたくなるほどではありません。

・アンソニー・コリンズ指揮ロンドン交響楽団(1955年録音/DECCA盤) コリンズといえば私の世代には、ロンドンの廉価LP盤が懐かしいことと思います。当時はシベリウスの全集などもほとんど無かったので、メジャーのデッカが発売したので欧米で結構なセールスになったのではないでしょうか。しかし優れた全集が多く揃う現在となってはどれほどの価値が有るのかは疑問です。アクセントが過剰に強調された表現や金管が騒々しいのは僕としてはご免なのですが、フィンランド演奏家に物足り無さを感じる方にはむしろ良いのかもしれません。

・タウノ・ハンニカイネン指揮シンフォニア・オブ・ロンドン(1960年代録音/EMI盤) フィンランドの指揮者ですが、なにせ名前がイイですよね。ハンニカイネンとは!僕はこのCDを名前買い?したようなものです(笑)。ところが期待に外れてオケが余りに下手でした。ロンドン響ならまだしも、ちょっとシベリウスには無理が有ります。指揮は非常に大らかなものです。この人は第2番の録音も残していますがやはり同じ印象です。

・バルビローリ指揮ハレ管(1966年録音/EMI盤) バルビローリのシベリウスは昔は好きで良く聴いたものなのですが、現在はすっかり聴かなくなりました。オケの非力さも気になりますし、表現も素朴さと雑さが紙一重でしばしば不満に感じてしまいます。金管の強奏も荒くて耳に障ります。ただし2楽章だけは愛情のこもった表情がなかなか好きです。バルビローリ/ハレ管にはこの他にライブ録音も有りますが、EMI盤よりも更に気入らない演奏でした。 

・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1965年録音/グラモフォン盤) 元々カラヤンの演奏には好きなものが余り多くはないのですが、この演奏は悪くありません。全般的にシベリウスへの愛情のような気分には欠けますが、なかなか爽やかで端正な演奏には好感が持てます。ただし終結部の金管の咆哮だけはいただけません。どうしてフィンランド以外の演奏家は往々にしてこのようになってしまうのでしょう。

・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1976年録音/EMI盤) 旧グラモフォン盤が比較的端正な演奏であったにもかかわらず、何故か新盤では派手なカラベル調の演奏に変わっています。金管の咆哮などは耳を覆いたくなるほどです。カラヤンはかつて「シベリウスの音楽を理解するには北欧の自然を知らなければならない」と言ったらしいですが、結局は終生北欧を知ることは無かったのでしょうね。

・クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団(1971年録音/DENON盤) 昔、LPで持っていた演奏です。ところが何度聴いてもシベリウスの魅力は感じられませんでした。ドイツに生れてロシアも長かったザンデルリンクにシベリウスは遠い存在なのでしょう。録音は多いですが、所詮はレコード会社のやむない人選だったのではないでしょうか。

・ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ響(1982年録音/BIS盤) 父ヤルヴィもシベリウスの交響曲全集を2度録音していますが、これは旧録音の方です。これも1部リーグ昇格に近い演奏だと思います。ただ新録音の方が落ち着いた感じがするようなのでそのうちに聴いてみたいと思っています。

・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ響(1989年録音/DECCA盤) この演奏はファンに案外人気が有りますね。確かにとてもアメリカ西海岸のオケの音とは思えないすっきり爽やか清涼な音がしています。やはり北欧出身のブロムシュテットの指揮だからでしょうか。金管や打楽器をかなり鳴らす部分も有りますが、音楽を壊してしまうような踏み外しは全く有りません。3楽章のスケールの大きい壮麗さも見事なものです。1部リーグに昇格させても良いかもしれません。

・パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1996年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドの指揮はもちろん素晴らしいし、録音もEMI盤と違って優秀なのですが、管楽器がどうしてもヘルシンキ・フィルと比べるとシベリウスの吹き込み不足という気がしてしまいます。それとこの曲の演奏にしては小型車が無理して高速を走っているような感じがしてしまいます。この演奏をヘルシンキ盤よりも高く評価する方が居るのは知っていますが、僕は残念ながらそこまでとは思いません。

・サカリ・オラモ指揮バーミンガム市響(2001年録音/ワーナークラシックス盤) 指揮者は良いのかもしれませんがオケの音、とくに金管が無機的で味が無く好みません。ラトルに鍛えられたオケとして有名ですがシベリウスの音を出すのにはフィンランドのオケに到底かないません。

・渡邉暁雄指揮東京都交響楽団(1975年録音/東京FM盤) 日本の誇る歴代でも世界の5指に入るであろうシベリウス指揮者にも触れます。これは東京文化会館でのライブです。指揮はもちろん素晴らしい(はずだ)と思うのですが、オケの管楽器の非力さはいかんともし難いです。生前の生演奏を偲んで聴く楽しみしか有りません。但しアンコールの「トゥオネラの白鳥」のイングリッシュホルンソロを元ロスフィル主席のギャスマンさんが吹いているので、これは素晴らしいです。

・渡邉暁雄指揮日本フィルハーモニー(1981年録音/日本コロムビア盤) 単純比較では都響盤よりもこの日フィル盤のほうがずっと良いと思います。しかし、それでもヘルシンキ・フィルと来日した際の1、4、7番の名演を知る者としてはオケの落差の大きさがかえすがえすも残念でなりません。

まだ聴いていない中では、コリン・デイヴィスをそのうちに聴こうかと思っています。

次回は第6番の予定です。第5番と並んで僕の最も好きな曲です。

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コメント

>「オーケストラ自体の音を感じさせない自然音のような響きが理想です。」

なるほど、な~るほど。さすがハルくんさま、的確なご指摘です。(ちなみに「思わず奏者の顔を見たくなるような演奏」という評を読んだことがあります、真逆の意味ですが)

1楽章の序盤で言えば、ホルンの揺れ動くような響きが透明な「空気感」「大気感」をつくってくれているのが佳い演奏だと言えるでしょう(7番でも同じ)。カレワラに大気の乙女というのが登場するのを思い出しました。

ただ実は、終楽章の終わり方がどうしてあんな感じになったのか、そこだけ釈然としないのです。終わりそうで終わらない、長い全休止で焦らされる。他にもいろいろな書き方はできるだろうに、という感じです。

投稿: かげっち | 2009年4月 4日 (土) 21時17分

かげっちさん、こんばんは。

「自然音のような響き」というのは何も5番に限ったことではないのですが、特に5番には求めたくなるのですよ。冒頭のホルンの音だけで大体良い演奏になるかどうかは判ってしまいますよね。「空気感」「大気感」が感じられない演奏はいけません。しかしそれが非常に難しいのですが。

終楽章の終結部はたしかに謎ですね。でも考えてみれば、あれが普通の曲のように終わったら、やっぱり普通の音楽になってしまう。終わりそうで終わらないからきっと意味があるのでしょう。大自然が永遠に続くようなメッセージが込められているのかも。もっとも環境破壊でそれも分かりませんけどねぇ。

投稿: ハルくん | 2009年4月 4日 (土) 23時20分

ハルくんさま

終楽章の終結部は「大気感」の余韻を感じ取ることができたら、冒頭の世界から首尾一貫した曲になるのではないでしょうか。もしも残響の長いホールで、音符を長めに演奏したら、それを感じやすいのかもしれません。

投稿: かげっち | 2009年4月 5日 (日) 21時04分

かげっちさん、こんばんは。

ネットで調べてみたら出てきました。

北欧音楽研究家の大束省三氏が、第5番の終結部を「あの最終楽章の壮大な終結部には作曲家が人や世界を超え、宇宙を感じて表現した音楽が描かれている。」「北欧音楽入門」(2000年)だそうです。
これがシベリウス本人の言葉に基づいたものかどうかは本を読んでみないと分かりませんが、うなずける見解だと思います。

ですので残響の長いホールで音を長く弾くというのは正解でしょうね。

投稿: ハルくん | 2009年4月 5日 (日) 21時24分

こんばんは。
「第5番」はとびきり有名な「第2番」よりも好きです。第1楽章のホルンが春の訪れを表し、第3楽章の猛吹雪から春の日差しに変わるシーンは感動します。
演奏家についてですが、ベルグルンド、ヘルシンキ・フィルといったバージンなものについては言うまでもないでしょう。十八番にしているカラヤンに関してはドイツ・グラモフォン盤がお気に入り。これは鳥肌ものです。ブロムシュテットは北欧の血が入っているし、リアルな表現です。彼はシュターツカペレ・ドレスデンからサンフランシスコ響になってからは近代音楽と幅が広くなってきた。また、N響指揮者でもあるのか、オーラを感じさせてくれます。職人芸といったところですね。

投稿: eyes_1975 | 2009年4月 5日 (日) 21時55分

交響曲第5番はシベリウスの作品の中で、一番好きな作品です。
「日はくすみ冷たい。しかし春はだんだん近づいてくる。今日は16羽の白鳥を見ることができた。神よ何という美しさか。白鳥は私の頭上を長いこと旋回して、くすんだ太陽の光の中に消えて行った。自然の神秘と生の憂愁、これが第5交響曲のテーマなのだ。」
このシベリウスのコメントは知っていましたし、この美しいコメントは私の大好きな言葉です。また、この曲の終わり方のユニークさにも大変ひかれます。

シベリウスの音楽とは全く関係ありませんがフィギュアスケートでのフィンランド勢の活躍には嬉しい限りです。私自身、シベリウスの国という事で、どうしても力が入ってしまいます。

投稿: オペラファン | 2009年4月 5日 (日) 23時18分

eyes_1975さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

私は2番も好きなのですが、比べてしまえばやはり5番のほうが上ですね。

カラヤンならやはりDG盤のほうを聴くべきでしょう。EMI盤はまるで「カラベルときらめくストリングス」なので好みません。(笑)
ブロムシュテット盤もとても好きな演奏ですよ。

投稿: ハルくん | 2009年4月 5日 (日) 23時32分

オペラファンさん、こんばんは。

私もやはり5番が一番好きですよ。シベリウスのコメントからして美しいですからね。情景を想像しながら曲を聴いているとたまらないですよ。

フィンランドはどうしてもスピードスケートやノルディックスキーのイメージが強いですが、最近はフィギュアも頑張っていますよね。

投稿: ハルくん | 2009年4月 5日 (日) 23時43分

大束省三さんのお名前を久々に聞きました。「世界を超え、宇宙を感じて」という表現、よく考えるとすごいですね。確かに彼の地では、国を考える前に宇宙を考えたくなるかもしれません。

投稿: かげっち | 2009年4月 6日 (月) 12時48分

クレルヴォ交響曲が渡辺暁雄指揮東京都交響楽団で日本初演された時、歌詞の日本語訳は大束省三氏がなさったような記憶があります。
私の記憶違いでしたら申し訳ございません。

投稿: オペラファン | 2009年4月 6日 (月) 17時48分

オペラファンさん、ネットで調べてみたところではご記憶に間違いは無さそうです。
日本語での歌詞を作るのに、きっとこの方以外には考えられなかったのでしょうね。

投稿: ハルくん | 2009年4月 7日 (火) 00時26分

オペラファンさん、ハルくんさん:
昨年は没後50年だったので、クレルヴォの小型スコアが出版されたらしいですよ。7000円でアカデミア楽譜店から買えます。宣伝文に「シベリウスの書簡ではこの作品は頻繁に Symfoni = 交響曲と呼ばれており、「組曲」とした来信に対して作曲者は「組曲ではなく交響曲」と返信しています。」とありました。

投稿: かげっち | 2009年4月 8日 (水) 12時22分

かげっちさん、それは大変に重要な記述ですね。その事実がクレルヴォを「交響曲」に分類しようとする派の根拠なのでしょうね。自作楽譜タイトルに「声楽付管弦楽の為の交響詩」と書いたものの、後でシベリウスの気が変わったものと想像できますね。
この曲は大半の「交響曲全集」には含まれていませんが、それはCDが1枚増えてしまいセールスの上ではマイナス要素になるからでしょうか。

投稿: ハルくん | 2009年4月 8日 (水) 18時47分

こんばんは
シベリウスの第3番以降の交響曲を聴き始めて間もないのですが、第一印象にも似た感想をお伝えしたいと思います。
第5番では、シベリウスは精一杯のエンターテイメントを与えようと次々と”感じやすい”楽想を提供してくれているように思います。最後のしつこい和音の部分は、私にはベートーヴェンの第5を想起させるものがあり、これももしかするとサービス精神の現れではないかと訝ってしまいます。
以上、的外れな感想で恐縮です。

投稿: HABABI | 2009年4月10日 (金) 23時32分

>HABABIさま
初めまして。なるほど、ベートーベンの5番のラストとの比較は思いつきませんでした。確かに、聴衆にわかりやすい曲をという精神は感じますね。いくらかは4番の評判が気になったのでしょう。あるいは彼のメランコリー(鬱病と断定してよいかどうかはともかく)の重症度が楽想に反映したのかもしれません。症状が重くなるほど、曲想は重く、推敲を重ねた音楽は凝縮して難解になり、しまいには最晩年のように公表されなくなってしまったのではありますまいか。

>ハルくんさま
もともとシベリウスにとってクレルヴォが自信作でなかったことは確かなわけで、曲の位置づけ(ジャンル)にも迷いがあったのでしょうかね。交響曲の定義は曖昧になってしまったロマン派以降、作者が名付ければ交響曲としか言いようがないんでしょうけど。

投稿: かげっち | 2009年4月11日 (土) 02時02分

HABABIさん、こんにちは。

確かに私も5番を初めて聴いた頃には終結部にベートーヴェンと似た「しつこさ」を感じたものです。でも不思議なもので、何度も繰り返し聴いて曲にすっかり愛着が湧いてしまうと何の不自然さも感じなくなってしまいました。女房の顔みたいなものなのですかねぇ。(笑)


投稿: ハルくん | 2009年4月11日 (土) 09時34分

かげっちさん、こんにちは。

確かにシベリウスはクレルヴォに満足していなかったと伝えられています。すぐに楽譜出版がされなかったのも大きくはその理由からなのでしょう。しかし初演当時の時代からすれば、その価値は計り知れないほど大きな作品だと思いますね。それにやっぱり名曲ですよ。あれは。

投稿: ハルくん | 2009年4月11日 (土) 09時57分

>HABABIさま、ハルくんさま
きょうはベランダを開け放して田園をかけながら庭の草取りをしました。初夏のような陽気でした。

さて、ベト5と並行して書かれた田園を聴いているうちに、同じようにしつこい上の2曲の終結部の差異に思い当たりました。ベト5の場合、ハ長調の和音に終止してからそのまま数十小節進むという力技なので、「これなのだ」「どうだ、これなのだ」「わかったか、これなのだ」という断定的なしつこさです。これに対してシベ5の場合、終止する前の属和音の状態で延々と焦らされ最後の一発でようやく和声的に解決するという次第で、聴く側は早く解決してほしいのに未解決のまま宙づりにされるという経験をします。これを属和音の緊張感と取ることもできますが、なかなか解決へ前進できないメランコリックな作曲者の性格と解することもできそうに思えてきました。

投稿: かげっち | 2009年4月11日 (土) 22時48分

かげっちさん、こんにちは。

そうですね、「しつこさ」というよりも「早く解決してほしいのに未解決のまま宙づりにされるという経験」ですよね。正にそれでしたよ。
新説「メランコリックな作曲者の性格」ですねー。「世界を超え宇宙を感じて」とはまた随分異なりますね。(笑)
これはもうシベリウス本人にしか分からないことなのでしょうが、本当に謎の終結部です。

投稿: ハルくん | 2009年4月12日 (日) 08時50分

こんばんは。

もう1枚は5番です。「ADD」表記に納得。アナログ録音がやっぱり好き。TDKの良い仕事にうっとり^^

2年後にベルグルンドが録音を開始するので、何とも素晴らしいタイミングで来日されたものです。

>ブルックナー演奏に共通
聴いていて、ボクも名前が浮かびました。

ブルックナーもそう言えるかも知れませんが、シベリウスの曲は独特のムードが覆っていて、極地が4番だと思います。

抽象的なので、音楽の感想では避けていた言葉なのですが、過日に中古店でジミー・ペイジ氏への古いインタビューを立ち読みしていたら、1stについて「大事にしたのはムード、Gonna leave youを聴いたら解るでしょ」と。

堂々と使わせて貰いました笑。伝説の「929」と同じ大阪フェスティバルホールですし。

投稿: source man | 2014年12月29日 (月) 19時48分

source manさん、こんばんは。

シベリウスのコメントにジミー・ペイジが出て来るとは思いませんでした。(笑)

同じシベリウスのシンフォニーの中でも4番のムードは他の曲とちょっと違いますね。いや違わないかもしれませんが、やはり特徴が有ります。「暗さ」です。
ブルックナーで言えば第6番のアダージョとかそんな雰囲気(ムード)ですね。
全体的にはブルックナーとシベリウスの音楽の本質は似ています。自然界、宇宙的なもので、人間の俗世からははるか遠いところに有りますね。

投稿: ハルくん | 2014年12月29日 (月) 23時17分

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