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2009年3月

~目覚めよフィンランド~ シベリウス 交響詩「フィンランディア」op.26

シベリウス特集が交響曲第4番まで終わったところで次は5番と思っていたのですが、ちょっと気が変わってフィンランド国民にとって大変に重要な作品に触れたいと思います。交響詩「フィンランディア」は知らない人が居ないほど有名な曲なのですが、この曲はフィンランドでは第二の国歌と呼ばれています。その理由は曲の作られた背景にあるのです。

Sibelius フィンランドは19世紀の初めから既に100年近くも国境が隣リ合うロシアの支配下にありましたが、当時は弾圧が一段と厳しくなった時期でした。その弾圧政策の一つとして出版物への検閲が義務付けられたのです。その為にフィンランドの新聞関係者が検閲への反対集会を行うことが決定されました。そしてその集会の最後には「フィンランドの目覚め」という劇が上演されることになったのですが、その音楽を担当したのがシベリウスなのです。この劇のフィナーレとなった曲が他ならぬ「フィンランディア」の原曲なのです。その原曲を後でコンサート用に編曲したものが交響詩「フィンランディア」です。この曲はとても親しみやすいので、特に曲の背景を知らなくても感動させられてしまいます。ですが、そのような背景を知ることで感動が一段と増すのでは無いでしょうか。

この曲の演奏には大きく分けて、管弦楽のみで演奏される版と、合唱付きで演奏される版が有ります。更には合唱付きでも男性合唱と混声合唱とが有ります。私は合唱付きで聴くのが好きなのですが、それぞれについての名演奏をご紹介したいと思います。

456 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキフィル/ポリテック男性合唱団(ONDINE盤) この演奏は男性合唱付きです。彼らは母国の賛歌を力強く感動的に歌い上げています。ロシアの圧制に屈することなく皆で立ち上がって戦おう、という祈りをストレートに感じます。他の国の合唱団がこのように歌うことはまず不可能でしょう。セーゲルスタムの指揮も、導入部の力強さや主部の速い部分の切れの良さは実に見事です。仮に合唱団が無かったとしても、大変素晴らしい演奏です。交響曲全集にも収められていますが、単売では4番と組み合わされています。

Cci00024 エリ・クラス指揮フィンランド国立歌劇場管/合唱団(ONDINE盤) この演奏は混声合唱付きです。男性合唱の場合だと、戦う為に立ち上がろうという力強さを感じるのですが、混声の場合にはもっと静かに母国への愛を歌いあげているように聞こえます。どちらも感動的なのことには変わりがなく、雰囲気の違いを楽しめるのが嬉しいです。歌劇場の管弦楽団もなかなか立派なものです。この演奏はシベリウスのカンタータ集というタイトルのCDに収められています。

Sicci00019 オッコ・カム指揮ヘルシンキフィル(TDK盤) これは1982年の日本でのライブ演奏なのでもちろん合唱は付きません。ところが非常に感動的な演奏なのです。導入部から異常なまでに気迫がこもっています。一音一音が迫るように訴えかけてきて圧倒されます。主部に入ってからは早いテンポで前のめりになるほど高揚するさまに興奮させられます。そして中間部では管弦楽がまるで人の歌声のように、というよりも歌声以上に感動的に母国賛歌を歌い上げるのです。何という演奏なのでしょう。オッコ・カムは非常に録音の少ない指揮者ですが、これほどの演奏の出来る人が実にもったいないことだと思います。この演奏は第2番のCDに収められています。TDKの録音は生々しく極上です。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキフィル(EMI盤) この演奏も合唱無しです。ベルグルンドは同じEMIに僅か数年前にフィルハーモニアともこの曲を録音していますが、このヘルシンキフィルとの演奏の方が数段出来は良いです。まあフィンランド人の演奏家がこの曲を演奏して良くなければ、他の国にさっさと移住したほうが良いと思います。この演奏はもちろん非常に素晴らしいのですが、オッコ・カムの奇跡的な演奏と比べてしまいますと感動度合いで少々及ばないというところです。この演奏は全集盤や4~7番の輸入2枚組盤、国内の2番に収められています。

118 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団(BIS盤) この演奏も合唱無しです。ヴァンスカは素晴らしいシベリウス指揮者で管弦楽曲も全てといっていいほど録音しています。ところが、この演奏は中間部の賛歌のところを非常に小さな音で弾かせるので、音楽が痩せて聞こえてしまうのです。この表現は私はちょっと気に入りません。録音もなんだかパリッとしないこもった音なので物足りなさを感じるところです。他の母国演奏家と比べて一段落ちるのがとても残念に思います。この演奏は管弦楽曲のベスト盤に収められています。

486 有名曲なのでフィンランド以外の演奏も多く有りますが、その中で強いてあげればネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ管(グラモフォン盤)はなかなか良い演奏です。ヤルヴィはフィンランドと同じフィン民族の多いエストニア出身ですし、エストニアはやはり同じようにロシアからの独立闘争の歴史を持ちますので、この曲への共感は並々ならぬものが有って当然でしょう。オケの分厚く重々しい響きも私が生で聴いたエーテボリ管の音にかなり近い音です。この演奏は管弦楽曲盤もしくは2番のCDに収められています。

次回こそは交響曲第5番(の予定?)です。

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シベリウス 交響曲第4番イ短調op.63 名盤

1199331182s シベリウスは交響曲第3番で、それ以前の作品に比べてずっと内省的な音楽に変化させましたが、次の第4番では更に瞑想的で深遠な作品を書き上げました。ひとつにはこの作品に取り掛かっている時にシベリウスは喉に腫瘍が出来てしまい、手術を行いました。そのことが「死」というものを意識させて創作にも影響を与えたと、自身で後述しています。それもあってこの作品は当時のフィンランドの聴衆にとっても、困惑する難解な曲だったのです。確かに馴染みやすい音楽とは言えない為に、かなりのクラシックファンと言えども初めは曲に親しむのに苦労するようです。かくいう私もやはり馴染むまでには少々時間がかかったのです。しかし指揮者のサラステはこの様に述べています。「第4番はフィンランドのオーケストラと指揮者にとっては理解しやすく、第7番は雰囲気をつかむのに苦労する。」とです。すなわちこの曲はフィンランドの冬の暗く重苦しい自然とも密接に関係しているのです。その自然の厳しさを知っている自国の国民には理解しやすいが、他の国の人間にはなかなか理解し難いということでしょう。前後の作品の3番や5番がどちらかいうと北国の昼間の印象だとすると、4番は凍てつくような冬の澄み渡った夜空もしくは暗い海という印象になるのではないでしょうか。

私はこのような曲はフィンランド以外の演奏家が本質を表現することはなかなか難しいと思っています。それが実は私を本場もの以外の演奏から引き離す大きな理由なのです。従って私の愛聴盤はどうしても自国演奏家のものばかりが揃ってしまいます。

Cci00023b パーヴォ・ベルグルンド指揮フィンランド放送響(1968年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドは交響曲全集を3度録音していますが、その最初の全集の1970年代のボーンマス響盤よりも更に以前の1968年に4番を単独で録音しています。スタイルとしては後年のヘルシンキフィル盤と変わらず、過剰なところが全く無い地味な表現です。完成度では若干劣るものの、このとき彼は既にシベリウスの音楽をいかに深く把握していたかが良く解ります。ベルグルンドのレコーディング初期の演奏が聴ける貴重なCDだと思います。

51xbpaqnqql__ss400__5 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ベルグルンドの2度目の全集録音からです。さすがにヘルシンキ・フィルだけあって、前述の旧盤よりも更に充実した名演奏です。1楽章や3楽章では弦も管も澄み切った音が本当に美しく、深い詩情に満ち溢れています。また第2楽章のリズムの意味深さや音符の処理の仕方も驚くほど徹底しています。弦楽のイントネーションの緻密さなどは他の演奏家からはちょっと聴くことは出来ません。完成度の高さという点ではやはりトップではないかという気がします。但し80年代のデジタル録音にしてはBISやONDINEと比べてどうも音がパリッとしないのですね。EMIらしいと言えばそれまでなのですけれど。

456 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ベルグルンド盤と同様にさすがはヘルシンキフィルだけあって美しい部分は惚れ惚れするほどに美しい演奏です。また1、3楽章の静寂の表現の深さはことによるとベルグルンド盤以上かもしれません。但しその一方で2、4楽章のリズムの切れ味や緻密さはベルグルンドには一歩及ばない気がします。全体を通しての完成度という点でもベルグルンドが上かな、と思います。ONDINEの録音は非常に優れています。

Cci00023 渡辺暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィルとの福岡サンパレスでのライブ録音です。アケさんとヘルシンキフィルとのコンビはまるで長年連れ添った手兵楽団のような緊密さが有って実に自然です。オケもライブとは思えないほど優れています。ベルグルンド、セーゲルスタム両盤と比べると演奏には大らかさを感じます。その為にずっとロマン派寄りの音楽に聞こえてくるのです。このあたりは好みの問題も有るでしょうが、これはやはり非常に素晴らしい演奏だと思います。半分フィンランド人の血を引くアケさんがどれほど凄いシベリウス指揮者であったかが良く分かります。TDKの録音も相変わらず優秀です。

249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) サンクトべテルブルクでのライブ録音です。これはとても良く歌わせた演奏です。ですのでアケさん/ヘルシンキ盤以上にロマンティックに聞こえます。この曲になかなか馴染めないと感じる方には最も向いている演奏ではないかという気がします。かと言って決して深みに欠けている訳では有りません。サラステはシベリウスのシンフォニーの中で4番が最も好きだと述べていますので、これは音楽への愛情がこのような表現にさせているのかもしれません。

369 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカは他の指揮者に比べて弱音指定部を更に一段小さくするので、時には音が弱すぎて旋律線を損ねてしまう傾向が有ります。この演奏の冒頭も聞こえるか聞こえないか分からないほどに小さな音で始まるのでちょっとイライラしていると、まるで遠い地平線の遙かかなたから音が聞こえてくるように少しづつ大きくなってきます。ここで初めてヴァンスカの意図に納得します。全体的には弱音を多用していますが、ここぞという時には大きくクレッシェンドするので非常に彫りの深い印象になっています。管楽器に依る保持音の生かし方が非常に効果的なのも、管楽器出身のヴァンスカならではです。

さて、以上の演奏はどれもが本当に素晴らしいのですが、それでもあえて個人的な好みで絞るとすればベルグルンド/ヘルシンキ盤、渡辺暁雄/ヘルシンキ盤、サラステ/フィンランド放送盤が私のベスト3です。

この他では世評の高いベルグルンド4回目の録音であるヨーロッパ室内管盤が決して無視できない演奏なのですが、管楽器がヘルシンキフィルに比べて劣る事と弦楽器の音色がなんとなくウォームなのが私には気になります。カラヤン/ベルリンフィル(EMI盤)は余り悪口は言いたくないので(言ってるし!)、シベリウスというよりは映画音楽かムード音楽に聞こえるところが本場物ばかりを聴きすぎた時の口直しに良いかもしれません(ちっとも褒めてないし!)。同じカラヤンでもDGの旧盤のほうがもう少しシベリウスの音楽には近いと思います。バルビローリ/ハレ管はこの曲の演奏に限っては余りにオケのレベルが下手過ぎてとても聴き通すことが出来ません。

次回の予定は第5番です。おそらく私の最も好きな曲です。

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シベリウス 交響曲第3番ハ長調op.52 名盤

080107ota_1 私はシベリウスの音楽を毎年春が近づいて来る頃に集中して聴く習慣が有ります。無性に聴きたくなるのです。その理由は恐らく私がシベリウスの作品の魅力に目覚めたのが、丁度冬が終わりを告げてもうじき春になる時期だったからだと思っています。きっかけになったのは私が社会人になって間もない頃、春スキーに行った帰りにスキーバスに揺られながら携帯オーディオでシベリウスの3番と5番を聴いていました。FM放送から録音したばかりのヘルシンキフィルの来日コンサートです。その日は晴れわたり、明るい日差しに山々の雪が徐々に溶け出していました。その光景とシベリウスの音楽が驚くほどマッチしているように感じたのです。家に帰って調べてみると5番にはシベリウス自身が「春の訪れとともに雪溶けの音に驚いた白鳥が湖から飛び立って自分の頭上を旋回し、光の中に消えていった」そんな風なコメントが付いているとか。なるほどと納得しました。「自然の神秘と生の憂愁」こそがシベリウスの音楽の基本テーマなのです。

Ainola_yards この3番はシベリウスが都会の社交界から離れて片田舎の湖の近くに小さな家(アイノラ:写真)を買って婦人と2人で移り住んだ後の最初の交響曲作品です。よく言われるように1番、2番の気宇壮大な曲想とは異なり、小さな規模の極めて内省的な内容の音楽になりました。第1楽章は土俗的で歯切れの良いリズムに、雪に覆われた大地の上を春の訪れを予感させる風が流れていくような爽やかさと喜びを感じます。第2楽章は素朴で美しい民謡風のメロディが静かに流れていき深い瞑想を感じさせます。余りに心地が良いのでいつまでも聴いていたくなります。第3楽章は前半の舞曲風の部分を経てから後半はそれにコラール主題が重なり合って高揚していきます。ところがこの曲には第4楽章は無くこれで終わってしまいます。壮大な1、2番に比べるとずっとこじんまりとしています。けれども室内楽的とも言える凝縮された構成で表現する「寡黙」と「神秘」。これこそが後期のシベリウス音楽の特徴であるのです。そして私にとってこの曲はシベリウスの中でも特に好きな曲の一つです。

それでは私の愛聴盤のご紹介です。毎回同じような演奏家が並んでしまって申し訳ないのですが、3番以降は益々演奏家を厳しく選ぶ音楽ですので止むを得ません。

423 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時の東京厚生年金会館でのライブ録音です。この演奏こそが前述の私のシベリウス開眼となった記念すべきものなのです。当時のテープを既に駄目にしていた私が、このCDの発売にどれほど歓喜したかはご想像下さい。今改めて聴きなおしてみても、素朴な美しさと優しさ、そして生命感に満ち溢れた素晴らしい演奏です。合奏は非常に優秀なのに少しも神経質で無いところがこの曲にとても合っていると思います。そのうえ更に私の青春の日々の思いが重なりあって、正に宝物のような存在なのです。TDKの録音も相変わらず優秀です。

51xbpaqnqql__ss400__4 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) さすがに初演を行った楽団は音楽が楽員の身体に染み付いています。そしてここでも弦楽器も管楽器も澄み切ったハーモニーが非常に美しいです。ベルグルンドの表現もいつもながらに自然でやり過ぎたところが有りませんし、一つ一つの音符が本当に大切に扱われているので本当に安心して聴いていられます。第2楽章の静かなたたずまいと足取りも瞑想を深く感じさせます。第3楽章の自然な盛り上がりも素晴らしく、これでこそシベリウスの音楽が生きるというものです。但しカムと比べてしまうと幾分神経質な分、好みが分かれるかもしれません。

668 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ヘルシンキフィルの奏でるシベリウス演奏はどれも素晴らしく、このセーゲルスタム盤もまた魅力的です。ところどころでベルグルンド盤よりも更に美しいかなと感じる部分が有りますが、ひとつはこのCDは録音が非常に優秀なのでそう感じてしまうのかもしれません。但し第2楽章の瞑想はベルグルンドのほうが深いような気がします。第3楽章の盛り上がりについては全く文句が有りません。

36133027_1 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクライブでのライブ録音です。冒頭から早めのテンポでさっそうと始まり、リズミカルな心地よさが悪くありません。金管も強奏されティンパニも強打されますが不思議と素朴な曲想を損ねているようには感じません。第2楽章も早めのテンポなのですが違和感は無く、木管の素朴な歌い回しが魅力的です。弦も民謡風の雰囲気が良く出ていてとても好ましく思います。第3楽章は後半のコラールが重なり合ってくるところからも少しも大げさでない自然な高揚感を見せていてとても気に入っています。

643 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もいかにもヴァンスカらしく非常に細部にまでこだわりを見せている演奏です。ピアノとフォルテとの対比はセーゲルスタム以上です。第1楽章は遅めのテンポで非常に小さな音で始まりますが、少々弱すぎてしまい旋律が痩せて聞こえます。その反面ティンパニをかなり強打させるなど、どうも曲想の素朴さが失われているように感じます。第2楽章はとても遅いテンポで瞑想を深く感じさせますのでこれは秀逸です。第3楽章は前半、後半ともに非常に彫りが深くこの曲の魅力がかつて無いほど新鮮に感じられます。特に後半の壮大な盛り上がりは驚くほどです。この演奏で聴くと3番も決してこじんまりとした曲ではなく1、2番のようなスケールの大きな曲に聞こえます。

以上のCDはいずれも大変素晴らしく、これほどの高次元になると正直言って優劣をつけるのは至難の業です。あくまでも私の好みとお断りした上で選びますと、カム/ヘルシンキフィルがベスト。2番がベルグルンド/ヘルシンキフィル。3番にサラステ/フィンランド放送響。以上がベスト3というところです。しかし残りの二つも全くの僅差、特にユニークなヴァンスカは捨てがたい良さが有ります。

さて次回は第4番です。いよいよシベリウスの深遠の世界に入って行きます。

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シベリウス 交響曲第2番ニ長調op.43 名盤

シベリウスの交響曲の中でも最も親しみやすく分かり易い曲です。ところが、それがアダになってシベリウスフリークの間では一段低い評価になっているのかもしれません。確かに後期のあの何処までも深遠な曲想と比べてしまえば音楽に深みが欠けるのは事実です。ですが第1楽章導入部の弦のスタッカート・スラーの伴奏形からしてとてもユニークですし、中間部の壮大な盛り上がりも感動的です。また第2楽章の暗く荒涼たる雰囲気の味わい、第3楽章から第4楽章への移行の見事さなど、シベリウスならではの独創性、斬新さが見られてやはり魅力的な曲だと思います。

私が高校生の時に最初に手にしたこの曲のLPレコード(CDでは有りません)は、セルゲイ・クーセヴィツキー指揮ボストン響のモノラル盤でした。何故それを選んだのかは憶えていませんが、余り曲の魅力を表わしている様には感じられませんでした。次に買ったのはバルビローリ指揮ハレ管のものです。これには感動しました。適度の荒々しさと豊かな歌心が気に入ったのです。70年代当時のシベリウス演奏と言えばカラヤンを聴かなければやはりバルビローリだったのでは無いでしょうか。しかし80年代後半から次々と現れる自国フィンランドや北欧の優れた演奏家たちの録音の前ではそれ以前の演奏達はすっかり色あせてしまった感が有ります。

私が体験した生での名演というとネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団の日本公演です。これはまず音色自体が驚きでした。どこの国の楽団とも違う暗くくすんだ音色はロシアともドイツとも全然異なったのです。なにか北海の荒波に飲み込まれるようなスケールの大きさとも相俟って非常に感動しました。それ以前にBISに残されたこのコンビのCDで聴く音色とも全く違いました。また早すぎるテンポでせわしないBIS盤とは比較にならない名演奏だったのです。その後のグラモフォンへ録音した新盤もあの魅力的な響きを充分再現しているとは言い難いのですが、ずっと落ち着いたテンポなので好ましく思います。

さて、それでは現在の私の愛聴盤についてご紹介します。

51xbpaqnqql__ss400__3 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ベルグルンド/ヘルシンキのシベリウスはどれもが最も安心して聴けるリファレンスと言って良い名演奏なのですが、この2番は必ずしも満足していません。理由のひとつは1楽章のテンポが早過ぎるのです。確かに楽譜の速度指定からすればこのテンポは正しいのですが、ヤルヴィのBIS盤と同じで個人的にはもう少しじっくり落ち着きを残した演奏の方が好きなのです。それにベルグルンドにしては珍しく金管楽器に繊細さが僅かに欠けるのが気になります。

763 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) 非常に素晴らしい演奏です。1番では少々荒々しさが過ぎてしまい、個人的にはいまひとつだと思ったのですが、この曲ではそのようなことは有りません。早過ぎないテンポは理想的でありスケールはとても大きいのですが、ヘルシンキフィルはここではベルグルンド盤よりもずっと繊細で美しい音を出しています。透明度の高い叙情感が何とも言えずに魅力的なのです。録音も非常に優秀です。

Sicci00019 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時の大阪フェスティヴァルホールでのライブ録音です。ここでもTDKの録音は非常に優秀です。2番はオッコ・カムが振りました。カムは結構ロマン的な資質を持っていますので、ゆったりとしたテンポでこの曲の叙情を歌い上げます。それでも他の国の演奏家のようにシベリウスの音楽から離れて行ってしまうようなことは有りません。大げささが全く無いのに非常に感動的です。ライブでこれほど完成度の高い演奏を行えるヘルシンキフィルの実力にも本当に感心します。このCDではアンコールの非常に感動的な「フィンランディア」が聴けるのも嬉しいです。今日久しぶりにこのフィンランディアを聴いてちょっと泣けてきました。

253 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでの全曲ライブ録音の一つです。これももちろん悪い演奏では無いのですが、録音がこもり気味なのが残念です。これなら同じライブ録音でもTDKのほうがむしろ優れていると思います(流石は世界のTDK!)。早過ぎないテンポには好感が持てますが、演奏全体に彫りの深さ不足を感じ無いでもありません。もっともそれは非常にハイレベルでの比較であって、凡百の演奏に比べれば遥かに素晴らしいと思います。フィナーレの壮大な盛り上がりも充分に感動的です。

643 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカは結構表現意欲のある人で、それがハマった時には絶大な魅力になります。管楽器の豊かなニュアンスはいつも通りですし、細部に非常にこだわった演奏をしています。ところが正直に言って少々こだわり過ぎで逆に素朴感を損ねている感が無きにしもあらずなのです。オケの音色の素朴感と不釣合いのようにも思えます。このあたりの好悪は非常に紙一重で、人によってはこれが良いと言う人も多いと思います。かくいう私自身も惹かれる部分とわずらわしさを感じる部分とが拮抗しているのです。

ということで、第2番に関して私の最も好きな演奏はセーゲルスタム/ヘルシンキ盤とオッコ・カム/ヘルシンキ盤の二つです。次点としてヴァンスカ/ラハティ盤でしょうか。

次回は順番で第3番です。

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シベリウス 交響曲第1番ホ短調op.39 名盤

よくシベリウスの交響曲は3番あるいは4番以降の作品が良くて、1番、2番は不出来などという意見が多く見られます。果たして本当でしょうか?もちろん後期の作品が充実していることに疑いの余地は有りません。けれどもその論法から言ったら、ベートーベンは3番以降が価値が有り、1番、2番には価値が無いと言う様なものです。ベートーヴェン好きな人が果たしてそのような言い方をするものでしょうか?愛好家、ファンを自認する人というのは、例え少々未熟な面を残してはいても、若書きの魅力というものを初期の作品から感じとるものでは無いでしょうか。世の音楽評論家の中にさえも、「シベリウスは大好きだ」と言っていながら、一方で第2番を「駄作」「不要」などと決め付けるような人が居ますが、そんな人の言葉を私は信用したくありません。

さて、それはさておき、この第1交響曲はシベリウス33歳の作品です。作品番号からも分かるように彼はそれまでに交響詩などの幾つもの管弦楽作品を作曲した上で、満を持してこの交響曲第1番を手がけました。従って既に自分の音楽というものを確かなものにしています。よく「ロシア音楽の影響を受けている」とも言われますが、私は正直余り感じません。大体、作品7の「クレルヴォ」で既に自国フィンランドの民族的な音楽書法を生かした大作を書き上げた人が、当時ロシアの統治化にあって国民運動が沸き起こっていた時代にわざわざロシア音楽に影響された曲などを作ろうと思うでしょうか。「ロシア的な」演奏を聴きなれた人が勝手にそのように思い込んでいるだけだと思います。むしろ金管をとても息長く吹かせたり長い保持音が頻繁に現れるあたりはブルックナーの影響をよほど感じます。

この曲は第1楽章の冒頭、クラリネットの音がまるで深い森の中から聞こえてくるように神秘的に始まります。その後も息の長い旋律が実に感動的です。第2楽章は北欧のロマンとでも言いたい静寂の調べに魅惑されます。第3楽章は原始的な舞曲のようですがこれも楽しいものです。そして終楽章では北国の厳しさ荒々しさを経た上で再び息の長い旋律を感動的に歌い上げて曲を閉じます。私はこの曲がとても好きです。チャイコフスキーの1番も大好きですが、負けないぐらいに好きなのですよ。それでは愛聴盤を順番に聴いていきましょう。

51xbpaqnqql__ss400__2 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ヘルシンキ・フィルはシベリウスの交響曲の1番から6番までを初演しました。だからという訳では無いですが、音楽が楽員の身体に染み付いているのです。それを3度も全集録音をやろうという指揮者が振れば悪いはずが有りません。表現は自然でやり過ぎたところが皆無です。音符の一つ一つが正にかくあるべしというように感じるのです。人によっては1番の演奏としては物足りなく思うかもしれません。ですがそれが本来のシベリウスなのだと思います。とにかく弦も管も澄み切ったハーモニーが実に美しく、これはちょっと他のオケでは真似が出来ないと思います。

026 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ベルグルンドに比べるとかなりダイナミックな表現です。ある意味「伝統的なロシア風」な演奏に近いのかもしれません。それでも本物のロシアの楽団に比べればずっと節度を持った表現ですのでぎりぎりの所で踏みとどまっています。その危うさが魅力かもしれません。それに流石はヘルシンキフィルで美しい部分はとことん美しいです。後半楽章のスケールも大きく、1番の演奏としてはベルグルンドよりもセーゲルスタムを好む人はきっと多いと思います。録音も優秀です。

Cci00021m 渡辺暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時の福岡サンパレスでのライブ録音ですが、流石はTDKで非常に優秀な録音です。ベルグルンドのEMI盤あたりと比べても余り差を感じません。それより何よりも演奏の素晴らしさに感激します。アケさん(渡辺暁雄はそのように親しみを込めて呼ばれていました)はこれ以前にも既に8回くらいこのオケを振ったことが有ったそうです。このCDの余白にはこの時のリハーサルの録音が収録されていますが、フィンランド語で楽員に細かく指示するアケさんへの尊敬の念はかなりのものだったそうです。この時この楽団のクラリネット奏者であったオスモ・ヴァンスカは後年そのように述べています。ゆったりと優しさに溢れた演奏ですが、とりわけ第1楽章と終楽章の息の長い旋律がこれほど感動的な演奏は他に知りません。

249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) ライブ録音なので始めのうちは演奏が何となくパリッとしないのと、録音が幾分こもり気味なのが欠点ですが、聴き進むうちに感興がどんどん高まってきて思わず引き込まれます。特に終楽章は感動的で、アケさんと並ぶ程です。余計なことですが、この演奏を聴かされたサンクトべテルブルクの聴衆は果たしてこの演奏の真価を理解してくれたでしょうか。

369 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もシベリウスとしてはセーゲルスタム以上にダイナミックな表現です。音の素朴さではヘルシンキフィル以上ですが、時折木管楽器がしみじみと吹くのが大変に魅力的なのはやはりヴァンスカが木管奏者だったからなのでしょう。全体的に非常にロマンティックで表情豊かに細部にこだわりを見せるのはヴァンスカならではです。荒々しい部分ではかなり徹底していますが、やはり紙一重で行き過ぎた踏み外しをしない(多少している?)のもさすがです。

以上はどれも好きなのですが、特に私が個人的に好んでいるのは、最も優しさを感じて感動的な渡辺暁雄/ヘルシンキのTDK盤とダイナミックで表情の豊かなヴァンスカ/ラハティのBIS盤です。

この他の1番の演奏では、LP時代に聴いたロジェストヴェンスキー/モスクワ放送はロシア的でワイルド、繊細さの無い演奏だったので好きではありませんでした。CDでは上記以外でネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ響が結構気に入った演奏でした。サカリ・オラモ/バーミンガム響は響きが無機的に聞こえる所が多くて余り好きでは有りません。バルビローリは決して嫌いでは無いのですが、北欧の空気感がいまひとつなのとEMIのリマスターが高音が強調されていて聴き辛かったです。エールリンク/ストックホルムなんてのも有りましたが録音も古いしほとんど印象に残っていません。最後に渡辺暁雄が日本フィルを振った演奏の方はオケが非力過ぎて通常の鑑賞には向いていません。

この他に皆さんがお気に入りの演奏が有ればぜひ教えて頂きたいと思います。次回は順番で第2番です。

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シベリウス 交響曲全集で思うこと ~名盤~

B0063958_12352883 シベリウスは交響曲第5番の楽譜に自ら「自然の神秘と生の憂愁」と書き記しました。けれどもそれは彼のほとんどの作品について当てはまります。特に後期の作品になると、心象風景やあるいはもっと大きな「宇宙の摂理」といったものさえ感じさせるのです。そういう意味では曲想こそ異なるとは言え、アントン・ブルックナーの音楽と共通している面が有ると思います。両者の音楽は同じように外面的な演奏を著しく嫌います。もしも演出効果を狙ったりすると音楽の意味が全く感じられなくなってしまうのです。ひたすら真摯に音楽に帰依する演奏家のみが彼らの曲を演奏する資格を得られます。言うなれば「真に音楽を演奏できるのは、音楽に選ばれたる者のみ」ということなのです。

シベリウスの完成された交響曲は全部で7曲。音楽に選ばれた指揮者が演奏する場合は例外なく全てが名演になります。逆にそうでない指揮者が演奏するとおよそ全て魅力を感じません。それも有るのでシベリウスの曲のCDを選ぶときにはなるべく単独で選ばずに全集単位で購入するのがベストだと思います。またそのほうが其々の曲を理解し易い利点があるとも思います。

私がシベリウスの交響曲全集をこれまで聴いてきた中で、気に入っているものは以下の通りです。

Cci00010b パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー(EMI盤) 各誌で絶賛された素晴らしい演奏です。シベリウス演奏を知り尽くし極め尽くしたヘルシンキフィルが名匠ベルグルンドの元で繰り広げる演奏は正にリファレンスと言っても差し支えないでしょう。これは彼の2度目の全集です。3度目のヨーロッパ室内管の演奏もあちこちで賞賛されていますが、私はこのヘルシンキ盤のほうが優れていると思っています。

949 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー(ONDINE盤) 同じヘルシンキフィルを指揮してもベルグルンドよりずっとスケールの大きさが有ります。適度の荒々しさと美しさの両立が実に魅力的で非常に好きな全集です。クーシストの弾くヴァイオリン協奏曲が含まれているのも大変嬉しいです。ところで彼にはこれ以前にデンマーク国立放送響を指揮した全集が有るのですが、そちらは少々荒々しさが過ぎている気がします。

Si34v オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団(BIS盤) ヴァンスカはラハティ響をヘルシンキフィルと並ぶ実力オケに育て上げてました。かつて東京でもトリフォニーホールで全曲演奏会を行ったのですが、私は残念ながら聴き逃しています。それが本当に悔やまれるほどこれは素晴らしい演奏です。この全集はシベリウスファンには既に良く知られた名盤ですが、第5番は初稿と通常版両方の演奏が収録されているのも貴重です。

Saraste ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(FINLANDIA盤) これはロシアのサンクトペテルブルクで全曲演奏会を行ったときのライブ録音です。演奏の完成度が高いので、これは恐らくリハーサルとの編集では無いのでしょうか。オーケストラも優秀ですがサラステの音楽もとても優れています。サラステは2008年8月にヴァンスカの公認としてラハティ響の音楽監督に就任しましたので、全集の新録音に大いに期待したいところです。

Sicci00019 オッコ・カム&渡辺暁雄指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー(TDK盤) これは1982年に日本の各地で演奏ツアーが行われた時に収録されたものです。1、4、7番を渡辺が指揮して、2、3、5、6番をカムが指揮していますが、二人のかなりロマンティックな表現は結構共通しているので全集として聞いても何ら違和感が有りません。セットでは売られていませんが、絶対に5枚の単売CD全てを揃えるべきです。それぐらい素晴らしい記念碑的な演奏記録なのです。

Si44wata 渡辺暁雄指揮日本フィルハーモニー(日本コロムビア盤) 渡辺暁雄は母方がフィンランド人ですので、シベリウスと同じ血をひいています。当然シベリウスの音楽にはこだわりが有り、全集も2度録音しました。これは2度目の方ですが、日本人指揮者の優れた演奏としては朝比奈隆のブルックナーと並ぶものと考えます。残念なのは朝比奈と同様にオーケストラの実力が見劣りすることです。従ってこれは番外扱いにしたいと思います。

この他にも、隣国のスウェーデン、ロシア、イギリスなどの指揮者、楽団が結構な数の録音を行っていますが、結果的に母国フィンランド人がフィンランドの楽団を指揮した演奏ばかりが残ってしまいました。これはもしや私の偏見なのではと思わないでも有りませんが、事実なので仕方が有りません。

私はシベリウスを聴く時には大抵その時に気が向いたものを全集単位で選んで聴いています。ですので各曲を単独で比較することは余り無いのですが、今回は丁度良い機会でもあるので改めて第1番から順番に全集以外のCDも交えながら聞き比べてみようと思っています。気長にお付き合い下されば大変嬉しい限りです。

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シベリウス ヴァイオリン協奏曲二短調op.47 名盤

Finland_main 北欧は森と湖の国フィンランドの作曲家ヤン・シベリウス。私はこの人の音楽が大好きです。その音楽の特徴はフィンランドの自然や風土を表わしながら、いつしか心象風景をも感じさせることです。彼の作品では何といっても7曲の交響曲が傑作ですが、それらの真の魅力を聴き取るにはある程度の時間をかけてじっくりと鑑賞していく必要が有ります。その点、もっとずっと親しみやすくポピュラーな作品といえばヴァイオリン協奏曲二短調です。この曲は第一楽章が始まったとたんに北欧の清涼な空気が流れてくる気分になりますし、曲が進むと更にうっそうとした森の中分け入ったり、凛とした一輪の花が咲いている雰囲気だったりと正に北欧の自然そのものなのです。第二楽章はあたかも北欧の夏の夜想曲。涼しく静かに夜が更けて空には満点の星空が・・・というイメージです。第三楽章は一転して何やら荒々しいリズムの原始的な舞曲のようです。但しそれは決して大げさなものではなくて、ずっと内省的なものなのです。私はこの曲も大好きで、あまたのヴァイオリン協奏曲の中でもベートヴェン、ブラームスに次いでベスト3の位置をチャイコフスキーと争うのです。

それではそんな私の愛聴盤をいくつかご紹介させて頂きます。

5520 ペッカ・クーシスト(Vn)、セーゲルスタム指揮ヘルシンキフィル(ONDINE盤) 元々本場物に人一倍こだわりのある私を心底満足させる名演が有ります。クーシストは若くして母国のシベリウス・コンクールに優勝して、その直後にこのCDを録音しました。フィンランドでは大変なベストセラーになりましたが、日本ではほとんど知られていません。端正で凛とした美しさの音はキョンファにも通じますが、キョンファが時折演奏家の個性を感じさせるのに対して、クーシストは本当に音楽そのものしか感じさせません。これは個性が無いこととは全く異なり、それでこそシベリウスの音楽は生きるのです。過剰な表現が一切無いのに全然物足り無くありません。彼は技巧的にも優れていますが、何よりも自国の偉大な芸術家への敬愛の念というものをこの演奏以上に感じさせる演奏は有りません。セーゲルスタム/ヘルシンキの伴奏は非常に美しく、時に荒々しくと理想的です。これもあらゆる中でベストの伴奏と言えます。

053 チョン・キョンファ(Vn)、プレヴィン指揮ロンドン響(DECCA盤) これは昔から宇野功芳先生が激賞してきた名盤です。私もこの演奏でこの曲の魅力を長いこと堪能してきました。キョンファのヴァイオリンの音は端正で余計な脂肪分が無く、厳しさと優しさが両立しているのがこの曲にピッタリなのです。若い頃の彼女の独特の切れ味もまた魅力となっています。プレヴィンの伴奏オケも同傾向で非常に美しく、この演奏はいまだにこの曲の名盤の一角を占めていると思います。

Sicci00015 チョン・キョンファ(Vn)、ラトル指揮フィルハーモニア管(DRUMCAN盤) この演奏は正規盤ではなく所謂海賊CD-R盤です。ですが演奏も録音も非常に素晴らしいので是非ご紹介します。DECCA盤よりも後年の演奏だけあってずっと円熟味を増したゆとりを感じますが、音楽の厳しさは相変わらずです。ラトルの伴奏も美しさと厳しさを持っていて非常に見事です。DECCA盤と両方を楽しみたいところですが、どちらか片方を選べと言われれば私はこの感興の高いライブ演奏の方を選ぶでしょう。

9d22f1f4 諏訪内晶子(Vn)、オラモ指揮バーミンガム市響(フィリップス盤) このCDは実はジャケット買いしました。(^^) なんという美しいお顔でしょうか!美人に滅法弱いワタクシはイチコロなのです。ですので大甘の演奏評価になるとは思いますが、実はなかなか素晴らしい演奏なのです。彼女の音もやはり端正で余計な脂肪分の無いタイプなのでシベリウスには向いています。やはりシベリウスは「クール&ビューティ」でなくてはね!(笑)そういえばやはり女性に弱い宇野先生も最近は推薦盤をキョンファからこの諏訪内に寝返りさせました。まったく齢がいもなくねぇ。(笑) ただ、彼女は一昨年私がこの曲を生で聴いた時、更には昨年秋のNHK音楽祭と、確実に音楽の深みを増しています。やはり山谷有りの人生経験は人そのものを成長させるのでしょうね。

この曲は、演奏効果を狙って過剰に歌いまわしたりすると本来の魅力が歪曲されてしまいます。たとえばオイストラフ(Vn)、ロジェストヴェンスキー盤が典型です。ヴァイオリン演奏的には優れていてもシベリウスとして優れているかと言うと別なのです。モスクワ放送響の音がまるでチャイコフスキーなのもいただけません。同じオイストラフならばオーマンディ伴奏盤の方がむしろシベリウスの音楽には近いと思います。

他には、オーケストラ演奏に期待して、ミリアム・フリード(Vn)、カム指揮ヘルシンキフィル盤とか、カヴァコス(Vn)、ヴァンスカ指揮ラハティ響盤、あるいはイダ・ヘンデル(Vn)、ベルグルンド指揮ボーンマス響盤なども聴いてはみましたがいずれもオケの伴奏は良いのですが、ヴァイオリンに魅力を感じません。フリードは上手いがシベリウスらしくありませんし、ヘンデルとカヴァコスには頼り無さを感じます。私の好きなシェリング(Vn)、ロジェストヴェンスキー盤も全くの期待はずれです。

ということで、現在の私のベストは圧倒的にクーシスト/セーゲルスタム盤です。次いでキョンファ/ラトル盤、CDジャケットで諏訪内晶子、以上がベスト3です。って何だか訳が分からなくなって申し訳ありません。(苦笑)

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