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2009年2月

チャイコフスキー「交響曲全集」 スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立響 

Cci00011 チャイコフスキーに一度は別れを告げてシベリウスへ移ろうとしましたが、またまたチャイコフスキーを聴いています。というのは、この冬に色々演奏を聴き直しているうちにエフゲニ・スヴェトラーノフの演奏はやっぱり良いなぁと改めて感じ入ったのです。彼の演奏は1990年の東京ライブと1993年のモスクワ録音と2種類の全集が有り、どちらも掛け値なしに素晴らしい演奏なのですが、僕はこれまで最初の1967年のメロディア録音盤というのを聴いていなかったのです。その理由は、昔LPでチャイコフスキーの交響曲全集を購入した時にはロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響盤を選んだことと、その後もスヴェトラーノフには演奏/録音ともに優秀な全集が2種類も有るし、昔の演奏は若々しい演奏だろうけれどどうせあのメロディアの良いとは言えない録音なのだろうし、と決め込んでいたからです。でも最近はスヴェトラーノフが以前にも増して好きになり、やっぱり昔のものも聴いてみたくなったのです。幸い現在は韓国Aulosが安価でリマスター盤を販売してくれています。

さて、いざ聴いてみて非常に素晴らしい全集であることに驚きました。予想をはるかに越えていたのです。確かにこれはロシアの最初のステレオ録音によるチャイコフスキーの交響曲全集ですし、あのコンドラシンのショスタコーヴィチ交響曲全集と並ぶ正に記念碑的な全集なのですが、演奏そのものも単に若々しいなどと簡単に済まされるものでなく、楽曲に向かう気迫が半端でありません。4番、5番、6番のマッシヴでいて壮絶な演奏は、ムラヴィンスキーにも引けを取りません。「悲愴」第1楽章のアレグロ・ヴィーヴォの異常なまでの迫力も五分と五分です。これは大変なことです。何故スヴェトラーノフが僅か30代の若さでソヴィエト国立響の常任指揮者に抜擢されて、全集録音までをも任されたかが良くよく理解できるというものです。もっとも1番から3番まではどちらか言うと晩年のじっくりとした演奏の方が私は好きです。ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響の全集は1番~3番の演奏がとても魅力的で、後期の出来が今ひとつだったのと逆なのは面白い現象です。どうも迫力ばかりを強調しましたが、情緒的な味わいも実に深いのは、やはりロシアの演奏家ならではです。それと当時のソヴィエト国立響が上手い事。現在(名前はロシア国立響に変わりましたが)よりも数段上だと思います。さすがに冷戦時代の共産主義国家の文化レベルは凄いものです。

とにもかくにも、この全集は全てのロシア音楽ファン、チャイコフスキーファンにとって聴く価値の有るものだと思います。決して晩年の全集以上とは言いませんが、いずれの全集もかけがえのない不滅の価値を持っているのは間違い有りません。しいて欠点を言えば、昔のメロディア録音なので非常に音が硬いことです。これには耳の慣れがちょっと必要かもしれません。Aulosのリマスターは余り評価されないレヴューも見受けられますが、僕はなかなか良いリマスターだと思っています。

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傑作オペラ映画「ラ・ボエーム」

Cci00012s_2 先週公開されたオペラ映画「ラ・ボエーム」を観に行きました。マスコミでも結構取り上げていますが、何といっても私がイタリアオペラの中で最も愛する作品ですし、主役が絶世の美人歌手アンナ・ネトレプコにローランド・ビリャソンのコンビとあっては見逃すわけには行きません。プッチーニ生誕150周年記念というこの映画はドイツ・オーストリアの合作です。監督はロバート・ドーンヘルム、音楽はベルトラン・ド・ビリー指揮、バイエルン放送響です。

さて、その映画ですが、幕が上がって(じゃなくて上映が始まって)いきなりスクリーンに目を奪われます。美しい!オペラの舞台では無く完全な映画として撮影されているのですが、19世紀のパリのうす汚れた部分、美しい部分がそっくり再現されています。映像そのものが詩情を表現していて本当に素晴らしいのです。そして、この映画は完璧にオペラの楽譜通りに進行しますが、音とシーン、演出が有機的に結合していて実に自然です。「映画」として見事に完成されているのです。

ミミ役のネトレプコは大スクリーンに映し出されると、正直ちょっと齢を取ったかな、という感じです。但しそれは若い娘役として見た場合であって、彼女の美しさ、色っぽさは今だ健在であり、演技ぶりも立派なものです。おじさん的には実にそそられてたまりません。歌の方も、その美貌で大幅にポイント加算されるので問題ありません。そしてルドルフォ役のビリャソンが本当に素晴らしいのです。見た目も役柄にぴったりだし、演技がまた驚くほど上手いし、おまけに歌の方も抜群です。これは過去の名歌手達と比べても充分並び立つ素晴らしさです。他の脇役達もとても達者で感心することしきりです。私の大好きな第1幕の若い2人が恋に落ちるシーンの感動、終幕のミミの息絶えるシーンの悲哀さなどは観ていて涙がこぼれるほどです。

また、この映画は音楽伴奏にも手を抜くことなく、オペラの得意なビリーの指揮するバイエルン放送響の演奏が素晴らしい表現力で酔わせます。これはCDとして聴いても充分満足出来る演奏ではないかと思います。

この映画は恐らくは過去のあらゆるオペラ映画を越える完成度でしょう。どんなに素晴らしいオペラ公演とも違った音と映像とドラマの魅力を伝えてくれると思います。いずれDVDにも成るでしょうが、是非とも劇場の大スクリーンの迫力でご覧になられることをお薦めしたいと思います。しかしこれほどの名画が現在東京では新宿のタイムズスクエア1館のみの上映というのは寂しいものです。もっとも土曜午後というのに空席が目立っていましたから興行的には致し方ないのでしょう。

映画ボエームの予告編リンク:http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD13657/trailer.html

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シベリウス幻の傑作 「クレルヴォ交響曲」op.7 名盤

私は毎年、春が近づいて来る今ごろはシベリウスの音楽が無性に聴きたくなります。それはたぶん若い頃に初めてシベリウスの曲の魅力に気が付くきっかけになった、丁度今ごろ雪山へ行ったとき何気なく聴いていたシベリウスの音楽が辺りの雪解けと陽の光の光景に驚くほどマッチしているのに驚いた経験が有ったからだと思います。もちろん曲によって印象は異なりますが、多くの曲にそんなイメージを湧かせてくれる部分が頻出します。

シベリウスの作品の中核は何と言っても傑作揃いの第1番から第7盤までの7曲の交響曲でしょう。彼の初期の作品「クレルヴォ交響曲」は、一応は交響曲に分類されていますが、シベリウス自身は譜面タイトルには単に声楽付管弦楽の為の交響詩「クレルヴォ」と記しています。マーラーの「千人の交響曲」や「大地の歌」が交響曲なのだからこの曲も別にいいじゃないかと思うのですが。そもそもこの作品は自国フィンランドでの初演は大成功だったのにもかかわらず、自己批判的な本人が気に入らずに出版も再演もされなかった為に長い間「幻の作品」になってしまったのです。それがようやく1958年に復活演奏されて出版もされましたが、大作であることと歌詞がフィンランド語であることが障害となって世界では簡単には広がりませんでした。それでも時とともにレコードが発売されたり、1974年にはわが国でも渡辺暁雄/都響により初演されたりと徐々に普及して来たのです。しかしこの曲がシベリウスファン以外の人にどれぐらい聴かれているかと考えると少々疑問であり、ほとんど聴かれていないのではないかと思います。これは大変残念なことです。

この曲はフィンランドに1000年以上も昔から伝わる叙事詩「カレワラ」伝説が題材となっています。その長大な全編の中の第35章と36章の部分がこの曲に使われています。話の内容ですが、超人クレルヴォがある日ソリを走らせて家に帰る途中に若い女を誘おうとして、2人に断られたものの3人目にやっと成功して自分のソリに誘い入れて犯してしまいます。行為を楽しんだ後にお互いの身の上話をしてみると、実は生き別れになっていた兄妹の間柄であることが判りました(こういう近親相姦の話は案外題材に多いですね)。そして悔やんだ妹はその場で川の流れに身を投げて死んでしまいます。クレルヴォも家に帰って自殺しようとしますが、それを母親に止めらて、逆に父の仇討ちを決心して出かけます。ところが復讐を果たして家に戻ってみると彼の家は荒れ果てていて母の姿も無く、落胆した彼は妹と過ちを犯してしまった場所に再び戻ってそこで自らの剣で命を絶つという話です。とんだ超人ですね。

この曲は5部構成で出来ています。

第1部「導入部」 序曲の位置づけですが、非常に魅力的です。詩情に溢れており、円熟期の作品のようなフィンランドの雄大で美しい自然が目に浮かぶようです。面白いことに主題のメロディがあたかもNHKの大河ドラマのタイトル曲を思わせます。(いや逆ですね。大河ドラマの作曲家が影響を受けているのでしょう。)

第2部「クレルヴォの青春」 情緒溢れる幻想的な美しい曲です。交響曲で言えば緩徐楽章にあたります。

第3部「クレルヴォと彼の妹」 長大なこの曲の核心部分であり、クレルヴォと妹の話が歌い述べられます。出だしにソリを元気良く飛ばして女狩をしようとする部分の音楽は楽しいのですが、最後は話の結末通り劇的に終わります。

第4部「行進曲」 父親の仇打ちの部分です。

第5部「クレルヴォの死」 フィナーレです。家に戻った後の悲劇的な最後を劇的に閉じます。

この曲は現在では既に「幻の作品」ではなく幾つものCDが発売されていますが、私は二つの演奏を愛聴しています。

Cci00010b パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/EMI盤) この曲を世界で初めて録音したのはベルグルンドです。このCDは再録音盤になります。ベルグルンドはシベリウスのスペシャリストとして、交響曲全集を3度録音していますが、これはそのリファレンスとも言える2度目のヘルシンキフィルとの全集の中に収められています。当然演奏は悪いはずが無く、この曲の良さを充分に楽しめます。

Cci00010 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(2000年録音/BIS盤) ヴァンスカも非常に素晴らしいシベリウス指揮者であり、その交響曲全集も正にベストを争う出来栄えですが、このクレルヴォも本当に素晴らしく、この曲に関してはベルグルンド盤以上だと思います。録音の質、バランスも優秀であり、非常に繊細で深みや静けさが表現し尽くされた演奏をとことん味わえます。私はこの演奏で初めて曲の魅力が100%理解できたと思います。

ということで、しばらくはシベリウス特集で行きたいと思っていますので、どうぞお暇のある方はご笑読下さい。批判反論でも何でもご遠慮なくコメント頂ければ嬉しい限りです。

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チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」ロ短調op.74 名盤

昨日関東地方にもハルいちばん、じゃ無くて春一番が吹いて、昨日はまるで春の様な気温でした。今年の冬も大いに聴きまくったチャイコフスキーにもそろそろお別れ、また来年です。そこで今回は特集の締めくくりとして代表作「悲愴」を取り上げることにします。

Img_1337242_48284092_2s_2 チャイコフスキーの音楽は非常に分かり易いメロディと豪放な管弦楽ゆえに、この人の作品をたとえばブルックナーやマーラーなどに比べて一段低いものように考えられているクラシック通も決して少なく無い気がします。また、その一方で熱烈なファンが非常に多いのも事実だと思います。僕はもちろん後者の方なのですが。最後の交響曲第6番「悲愴」は疑いなく彼の最高傑作であるばかりでなく、古今の多くの交響曲の中においても大衆性と芸術性の両方を兼ね備えた稀有な名作だと思います。遠く地の底から響いてくるようなコントラバスのロングトーンに始まり、そこにうめくようなファゴットがかぶる冒頭からして只ならぬ雰囲気ですが、主部に入っても嘆き苦しみ、悲しみを美しく歌った末に再び荒れ狂い最後には破滅に至るという第1楽章は傑作中の傑作です。第2楽章のワルツも2+3拍子の5拍子という非常に不安感をかき立てるようなリズムと旋律が魅力的ですね。第3楽章の行進曲は通常のスケルツォ楽章の代わりですが、明るさには程遠く、破滅に向かう雰囲気を強く感じてしまいます。そして第4楽章では再びどこまでも深く深く悲しみの底に沈んでいきます。マーラーの厭世感に似ているかもしれませんが、旋律に甘さが有る分だけ私は結構楽しんで聴いていられます。

この曲は昨年11月にサンクトペテルブルク・フィルのコンサートを聴いた時の記事で愛聴盤についても触れました。http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-a1a3.html

この時にご紹介したフリッチャイのグラモフォン盤、オルフェオ盤の二種類と、ムラヴィンスキーのグラモフォン盤のCDは正に別格の演奏です。敢えて難を言えば、フリッチャイ盤にはロシアの味わいに欠ける点が物足りないことです。これはまあドイツの楽団では仕方がないでしょう。一方ムラヴィンスキー盤は楽器の録音バランスがやや不自然な点が気になります。弦楽器が異常に目立つのはスタジオ録音でしか有り得ないからです。まるで指揮台か客席最前列で聴いている感じです。これは録音スタッフがオケの余りの凄さに驚いて意図的にこのように録音したのかもしれませんね。

この3つの演奏がやはり自分のベスト3である事は変わりません。しかし、他にも好きな演奏はまだまだ色々と有りますので順にご紹介させて頂きます。

Cci00005 ウイレム・メンゲルベルク指揮コンセルトへボウ管(1937年録音/テレフンケン盤) 僕が聴いているのはMusic&Arts盤ですが音は悪くないです。よく言われるように1941年盤よりも録音バランス、演奏ともにこの方が良いと思います。全体のテンポ、表情の変幻自在さは相変わらずのメンゲルベルク調ですが、なかでも第1楽章のあの美しいメロディを何とロマンティックに甘くとろけるように奏でることでしょうか。一度は絶対に聴いて頂きたいと思います。と言いながら何度聴いても感激させられますが。

Cci00005b ヘルマン・アーベントロート指揮ライプチッヒ放送響(1952年録音/シャルプラッテン盤) これはよく紹介されてる有名な演奏で、以前は僕も気に入っていました。ですが今改めて聴いてみると、この時代のドイツでの演奏としてはなかなかのものなのですがメンゲルベルクほどの面白さは無いですし、結構ドラマティックな演出のはずですが、それほど心は動かされません。似たようなタイプならばフリッチャイ盤の方が完成度がずっと高いと思います。

Cci00009 キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1965年録音/メロディア盤) 名匠コンドラシンの本国でのスタジオ録音です。この人は早々とショスタコーヴィチの全集を録音しましたが、チャイコフスキーの録音は少ないのです。同じモスクワでスヴェトラーノフが全集録音を行った影響もあるのかもしれません。それにしても当時のモスクワの新興オケの実力には目を見張ります。それだけに後任のキタエンコ時代にどんどんレベルが下がった(と私は思います)のが非常に残念です。ムラヴィンスキーのような手練手管こそ見せませんが、早めのテンポで非常に引き締まった良い演奏だと思います。

Cci00006 キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1967年録音/Altus盤) これはメロディア盤から僅か2年後の日本公演でのライブ録音です。NHKによる録音はメロディア盤よりもずっと優れています。演奏はライブの為に多少の不安定さが有りますが、オーケストラの優秀さはやはり変わりません。スタジオ盤と同じく速めでストレートな演奏ですが、更に実演ならではの感情移入の深さを感じますし、これも非常に良い演奏だと思います。

Cci00006b エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1983年録音/ERATO盤) 露メロディアによる録音で、私のCDでは1982年録音と有りますが、これは正しくは83年録音である様です。あのスタジオ録音のような彫琢の限りを尽くしたような精密さは有りません。その代わりにライブならではの荒々しさが凄いです。金管の強奏などは耳をつんざくほどです。ある意味神経質なスタジオ盤よりもこの方が自然な熱演かもしれません。全体の音質は良いのですがフォルテシモでレコーダーの限界を超えてビリつくのがちょっと残念です。ムラヴィンスキーの消え入りそうなピアニシモと凄まじいフォルテの両方を録音収録するのは当時のロシアの機材では無理だったということでしょう。

Cci00007b エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1990年録音/CANYON盤) 有名な日本での全曲チクルス録音の一つです。当然3年後のスタジオ録音と基本的には似ています。ライブ演奏なので時々不安定な部分は有りますが、気になる事は有りません。逆に音楽に勢いが有るので非常に魅力的です。こちらの荒々しさを好む人も多い事でしょう。録音もとても良いですし、僕自身こちらにも大いに惹かれます。

Cci00018 エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1993年録音/CANYON盤) スヴェトラノフは日本ライブの僅か3年後に再び本国モスクワで全曲録音を行いました。これはポニーキャニオンの強い希望であるでしょう。ライブとは違って全体的にはゆったりと落ち着いたテンポでスケールが大きいです。ですがひとたびアレグロヴィーヴォになると一変して荒れ狂って凄い迫力を見せます。第3楽章もことさら力まないのに堂々としています。終楽章は深く美しくかつ壮大です。これは最も「ロシアらしい音」を味わうことのできる名演奏、名録音だと思います。

Cci00009_2 ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィル(1992年録音/RCA盤) 昨年の生演奏は素晴らしかったです。どうしてもその印象と比べると物足りなく感じてしまうのですが、これはこれで悪くない演奏です。ムラヴィンスキー時代の音の凄みと迫力は有りませんが、逆にムラヴィンスキーがそっけなく感じる部分などはテミルカーノフの方がゆったりとした雰囲気が有って美しいと思います。

877 ワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ管(1995年録音/フィリップス盤) 彼はこの後にウイーンフィルを振って後期交響曲の3曲を録音しますが、最も優れた演奏は5番であり、4番、6番は何となく今ひとつに思います。そこでどうせ6番を聴くなら、僕は手兵キーロフ管とのロシア風の音の演奏の方が好きです。荒々しさと洗練さのバランスがとても良く、およそ欠点の無い現代ロシアのリファレンス的な名演奏だと思います。

Cci00007 ウラジミール・フェドセーエフ指揮モスクワ放送響(1999年録音/Relief盤) これはモスクワでのライブ演奏です。彼はこの前に一度チャイコフスキーの自筆譜による録音も行っています。通常譜との一番の違いは終楽章の速度指定が通常のアダージョではなくアンダンテ、つまり速めであることです。こちらのライブ盤の記載にはアダージョと有るので通常譜らしいです。ですが実際のテンポは自筆譜盤と似たようなものです。ということは指揮者による演奏の違いの方が大きいのだから譜面は別にどっちでもいいじゃないかというのが正直なところです。演奏そのものもこちらのライブ盤のほうが遥かに良いです。ただしスヴェトラーノフほどの荒々しさと土臭さは感じませんし、テミルカーノフやゲルギエフほど現代的に洗練された面が有る訳でもないので、どうしても印象が薄くなるのが気の毒です。それでも2楽章の沈んだ雰囲気などはなかなか素晴らしいと思います。

ということで、しばしの間チャイコフスキー特集をご笑読頂きまして有り難うございました。改めて色々と演奏を聴きなおしてみて感じた事なのですが、自分はやっぱり自国の演奏家によるものが好きだなぁということです。これまではそれほどこだわらなかった後期の5番、6番あたりについてもロシアの演奏家のものが益々好きになりました。なので今回挙げたほとんどの録音はみな僕にとって大切な愛すべき演奏なのだということです。

さて、僕は例年ですと春の足取りが遠くから近づく今ごろからはシベリウスが無性に聴きたくなるのですが、いきなり春の陽気になってしまってはその気にならないかもしれません。そのときはどうしましょうか・・・。

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チャイコフスキー ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の想い出」 もうひとつの名演

チャイコフスキーの大傑作ピアノトリオ「偉大な芸術家の想い出」については少し前に記事にしたばかりです。http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-9199.html

その時の記事の中で、コーガン/ギレリス/ロストロポーヴィチの古い演奏を、比類なき名演だとご紹介しました。それについては全くの事実なのですが、実はその後にたまたま中古ショップで珍しいCDを見つけました。

Cci00020b 演奏はダヴィド・オイストラフ(Vn)、レフ・オボーリン(Pf)、スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー(Vc)のトリオで、1961年のライブ録音と記載されています。イギリスのマスタートーン・マルチメディアという会社が「レニングラードマスターズ」というシリーズ?で出したようですが、現在は恐らく廃盤扱いでしょう。実は相当の音の悪さを覚悟の上で購入したのですが、実際に聴いてみると録音は予想以上でした。まあ、この手は粗悪な音の物が多いので最初から期待はしていないからでしたが、幸いにも鑑賞には支障のない良好なレベルでした。そして肝心の演奏が何とも素晴らしいものだったのです。これはまあメンバーを考えれば当然のことではあるのですけれども。コーガン/ギレリス/ロストロポーヴィチの演奏はインテンポで極めて堅牢な造形でありながらもロシアの味わいに満ち溢れた正に純血ロシアンでなければ出来ない演奏でした。こちらはそれに比べればややゆったりとしたテンポでたっぷり歌うことに重点を置いた演奏です。特に素晴らしいのがやはりオイストラフのヴァイオリンです。この人はライブになると本当に良いです。ほれぼれするほど楽器が歌っており素晴らしい味わいです。クヌシェヴィツキーのチェロも非常に上手いです。この人は今まであまり聴いたことは有りませんでしたが、品格から言えばロストロポーヴィチに全然負けていません。ヴァイオリンとチェロに関しては、この両トリオは全くの互角だと思います。残るオボーリンのピアノだけがテクニック面でギレリスと比べるとだいぶ劣っています。個々を比べればそのようになるのですが、アンサンブル全体として比べた場合には、音楽の造形と凄み、迫力でコーガン/ギレリス/ロストロポーヴィチ盤が優れ、豊かな表情と情緒表現の点ではオイストラフ/オボーリン/クヌシェヴィツキー盤が更にその上を行くと思います。私としてはこの両盤にとても優劣はつけることは出来ません。そしてどちらもつくづく純血ロシアンの演奏なのだと感じ入るばかりです。それにしてもこれほどの名曲の名演奏が現在どちらも陽の目を浴びていないとはかえすがえすも残念なことです。

尚、このメンバーは1950年頃にスタジオ録音を残していることも今回知りました。部分的に試聴した限りでは後年のライブの円熟味と深さには及ばない気がしますが、その演奏を全部聴いた方がいらっしゃればご感想を是非お聞きしたいと思います。

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チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ短調op.35 名盤

立春と言っても名ばかりで寒い日が続いています。まだまだチャイコフスキーを聴くのに適した気候です。寒い外から帰って冷えた体をウオッカで(といいたいところですが実は芋焼酎で)暖めながら、ロシア音楽を聴く楽しみは格別です。

チャイコフスキーはヴァイオリン協奏曲にも名作を残しました。曲の激しさにおいてはブラームスと双璧でしょう。ブラームスはジプシー民族の情熱を、こちらはロシア民族の情熱を余すところなく歌い上げます。第1楽章のポロネーズ調に爆発するところなどは何度耳にしても興奮させられます。第2楽章の感傷的な曲想にも心惹かれますし、第3楽章の高揚するパッションも比類ないところです。ところが、この曲は最初大ヴァイオリニストのアウアーにして「演奏不能」と言われてしまいます。初演後にも酷評されてしまい、曰く「酷い曲で周囲に悪臭が漂う」とか。おそらくそれは演奏が余りに難しくて、本当にそのような演奏だったのでしょう。それでは曲の真価は判りませんものね。事実、現在でも本当に良いと思える演奏は少ないと思います。テクニックが欠ければ騒音にしか聞こえないし、情熱に欠ければ退屈するし、繊細さに欠ければ楽しめないし、オーケストラの音がしっかりしていないと拍子抜けするし、おまけにロシアの味わいも求めたい。などとこれら全ての条件を満たして初めてこの曲の魅力が伝えられると思います。

それでは僕の聴いている幾つかの演奏をご紹介させて頂きましょう。

123 ブロニスラフ・フーベルマン(Vn)、オーマンディ指揮フィルハーモニア(1946年録音/Music&Arts盤) 古い録音ですが音はとてもしっかりしています。これは正真正銘「世紀のヴルトゥオーゾ」の名に相応しい演奏です。但しテクニック的には現代の演奏家と比べると結構おおざっぱで、おおらか。とにかく凄いのは表現力が実に豊かで音楽が大きいことです。その自由奔放な弾き方は現在ではとても考えられない程です。3楽章の追い込みも迫力が凄まじいです。これは是非一度は耳にしておくべき演奏だと思います。          

429_2 ヤッシャ・ハイフェッツ(Vn)、ライナー指揮シカゴ響(1957年録音/RCA盤) いつもながらの快速超特急の演奏です。ハイフェッツのヴァイオリンは全ての音符を粒立ちの良い明確な音でどんどんすっ飛ばしてゆくので、とても爽快ではあるのですが、ゆったりと情緒的に歌って欲しい部分までも同じように飛ばして行くのでおよそ味わいというものが感じられません。こういう演奏は幾ら凄くても僕の耳には少々辛すぎます。

163 ダヴィッド・オイストラフ(Vn)、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1959年録音/CBS SONY盤) オイストラフという人はもちろん非常に上手いのですが、スタジオ録音だとどうも気合が入らずにぬるま湯演奏になることが多いのです。これはオーマンディもしかりです。このCBS盤は昔は名盤と呼ばれてベストセラーでしたが、後年の素晴らしいライブ演奏が有る以上、今では余り存在価値が無いのではないかと思います。

049 ダヴィッド・オイストラフ(Vn)、ロジェストヴェンスキー指揮モスクワフィル(1968年録音/メロディア盤) これはライブ録音なので、CBS盤のようなぬるま湯の雰囲気は全く有りません。常に程よい緊張感を持ち続けます。それでいて歌心に溢れ、ちょっとしたスケールまでが味わい深いです。とにかくフレージングが大きくて自然なのです。オーケストラ伴奏も抜群です。ロシアの雰囲気もたっぷりですし、この曲の魅力を全て表現し尽した稀有な名演奏だと思います。 

053 チョン・キョンファ(Vn)、プレヴィン指揮ロンドン響(1970年録音/DECCA盤) チョン・キョンファの最初の方の録音です。彼女の若い時代の演奏はどれもとても好きでした。非常に端正で凛としていて、かつ切れの良さを見せるヴァイオリンは実に魅力的です。もちろん後年の円熟した演奏も素晴らしいのですが、この頃に持っていた若々しい良さは本当にかけがえの無いものだと思います。

205 諏訪内晶子(Vn)、キタエンコ指揮モスクワ・フィル(1990年録音/TELDEC盤) 彼女のチャイコフスキーコンクール優勝記念のライブ演奏です。はっきり言ってヴァイオリンは非常につたないです。テクニックに問題は無いのですが、フレージングがどうもギクシャクしているのです。ただ、それではこの演奏はつまらないかと言えば決してそんなことは有りません。何しろこの当時の彼女は本当に可憐でした。目の中に入れても痛くないぐらい可愛いと思いました。そんな少女がひたむきに弾く演奏にはおじさんはちょっと参ってしまうのです。なのでハイフェッツやオイストラフのスタジオ盤よりもこの方がよっぽど聴いていて心が湧き立ちます。3楽章の盛り上がりにはなかなか興奮させられます。

Suwanai__1 諏訪内晶子(Vn)、アシュケナージ指揮チェコ・フィル(2000年録音/フィリップス盤) コンクールから10年の時を経た再録音盤です。すっかり大人の女性になった彼女は実に美しいです。おじさんはますます参ってしまいます。彼女の姿を想像しながら聴いていれば演奏はどうでも良くなってしまいます。ならばCDでなくてDVDで鑑賞したいところですが、残念ながら出ていません。「たのむからDVDにしてくれ~」(苦笑) 冗談はさておき、この演奏はなかなか素晴らしいです。ここには10年前のぎくしゃくしたフレージングは既に無く、端正な弾き方は何となく現代音楽を思わせる部分も有ってユニークです。2楽章の深さも、3楽章の熱気も相当のものです。ただ、この録音からも既に9年が過ぎていますが、その間に彼女は結婚、出産、DV、離婚訴訟と私生活では天国と地獄を味わいました。なので最近はあの美しい顔が随分疲れた表情に見えるのが気の毒なのですが、ところが音楽は逆に深みが増しています。昨年末のNHKでのシベリウスなどは実に見事でした。今後の彼女には大いに期待したいところです。「おじさんは応援しているぞ~!再婚してもいいぞ~」ってそれは無いか。(苦笑)

753 ワディム・レーピン(Vn)、ゲルギエフ指揮キーロフ管(2002年録音/フィリップス盤) これはライブ録音です。レーピンは以前からテクニックには申し分が無かったですが、最近は円熟を増して音楽が実に深くなってきました。歌いまわしの上手さなどはオイストラフにも迫ると思います。それでいて繊細さはレーピンの方が上なのです。そしてなんと言ってもゲルギエフのオーケストラ伴奏はおよそ過去のあらゆる演奏の中で最高の素晴らしさです。これほど立派で情緒と表情が豊かな演奏は初めて耳にしました。

以上の中から私のベスト3はというと、1にオイストラフ/ロジェストヴェンスキー、2にレーピン/ゲルギエフ、3に諏訪内/アシュケナージとしたいです。  

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喫茶店「珈琲の詩」のマスターはバッハ狂

土曜日に暫らくぶりで僕のお気に入りの喫茶店「珈琲の詩」に行きました。場所は渋谷からほど近い東急田園都市線高津駅の目と鼻の先です。このお店を私が知ったのは以前にTVの街角さんぽ番組で取り上げられていたからです。その番組の中で「マスターが大のバッハ狂である」と紹介されていたのでどうしても行ってみたくなり、直ぐにネットで調べて訪れてみたのです。さすがはバッハ狂のマスター、客商売とは言え所謂愛想笑いで客に媚を売るようなタイプではありません。なんとなくおそるおそる声をかけてみたところ、何でもこの商売を始めたのも音楽を一日中聴いていられるから、などと言われるだけあって、色々とお話を聞かせてくれたり、僕の為にバッハの曲を選んでくれたりと実に親切で優しかったのです。すっかり気に入って、それ以来近くに行った時には必ず寄っています。

866 マスターが一番楽しそうに話してくれるのは、2000年のバッハの没後250年記念の年にライプチッヒの教会で行われた記念演奏会を実際に聴きに行かれた時のことです。バッハの命日に聖トーマス教会で行われたゲオルグ・クリストフ・ビラー指揮の「ロ短調ミサ曲」の演奏会は全世界にTV放映されてDVDにも成りましたが、それには一番前の客席に座っているマスターと奥様がしっかり映っているのです。あのような演奏会を体験なさっただけでも羨ましいのに、ご自分達の姿が映像に残されているなんて、なんともかけがえの無い記念ですね。僕はこの時の演奏は本当に素晴らしいと思います。カール・リヒターのように深刻で激しいわけでも無く、最近の古楽派の少人数の精緻なコーラスでも有りませんが、聖トーマス教会合唱団(「トマナー・コーア」と呼ばれます)の少年達の純粋素朴な歌声は最も心に響いて来ます。

お店では、普段はバッハが半分ぐらい、残りはモーツァルトやハイドンがよくかかっていますが、マスターに頼めばこのDVDを直ぐに見せてくれます。旅行のアルバムも見せてくれながら、生解説付きなので楽しいです。それと忘れてならないのはマスターの入れてくれるコーヒーがとても美味しいのです。こじんまりとした店内の壁の棚にはクラシックのLPレコードやCDがぎっしり並んでいて壮観です。

皆様も、生活圏内のかたは是非一度お立ち寄りになられてみては如何でしょうか。

「珈琲の詩」ホームページhttp://www.cafe-uta.com/

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