昨日関東地方にもハルいちばん、じゃ無くて春一番が吹いて、昨日はまるで春の様な気温でした。今年の冬も大いに聴きまくったチャイコフスキーにもそろそろお別れ、また来年です。そこで今回は特集の締めくくりとして代表作「悲愴」を取り上げることにします。
チャイコフスキーの音楽は非常に分かり易いメロディと豪放な管弦楽ゆえに、この人の作品をたとえばブルックナーやマーラーなどに比べて一段低いものように考えられているクラシック通も決して少なく無い気がします。また、その一方で熱烈なファンが非常に多いのも事実だと思います。僕はもちろん後者の方なのですが。最後の交響曲第6番「悲愴」は疑いなく彼の最高傑作であるばかりでなく、古今の多くの交響曲の中においても大衆性と芸術性の両方を兼ね備えた稀有な名作だと思います。遠く地の底から響いてくるようなコントラバスのロングトーンに始まり、そこにうめくようなファゴットがかぶる冒頭からして只ならぬ雰囲気ですが、主部に入っても嘆き苦しみ、悲しみを美しく歌った末に再び荒れ狂い最後には破滅に至るという第1楽章は傑作中の傑作です。第2楽章のワルツも2+3拍子の5拍子という非常に不安感をかき立てるようなリズムと旋律が魅力的ですね。第3楽章の行進曲は通常のスケルツォ楽章の代わりですが、明るさには程遠く、破滅に向かう雰囲気を強く感じてしまいます。そして第4楽章では再びどこまでも深く深く悲しみの底に沈んでいきます。マーラーの厭世感に似ているかもしれませんが、旋律に甘さが有る分だけ私は結構楽しんで聴いていられます。
この曲は昨年11月にサンクトペテルブルク・フィルのコンサートを聴いた時の記事で愛聴盤についても触れました。http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-a1a3.html
この時にご紹介したフリッチャイのグラモフォン盤、オルフェオ盤の二種類と、ムラヴィンスキーのグラモフォン盤のCDは正に別格の演奏です。敢えて難を言えば、フリッチャイ盤にはロシアの味わいに欠ける点が物足りないことです。これはまあドイツの楽団では仕方がないでしょう。一方ムラヴィンスキー盤は楽器の録音バランスがやや不自然な点が気になります。弦楽器が異常に目立つのはスタジオ録音でしか有り得ないからです。まるで指揮台か客席最前列で聴いている感じです。これは録音スタッフがオケの余りの凄さに驚いて意図的にこのように録音したのかもしれませんね。
この3つの演奏がやはり自分のベスト3である事は変わりません。しかし、他にも好きな演奏はまだまだ色々と有りますので順にご紹介させて頂きます。
ウイレム・メンゲルベルク指揮コンセルトへボウ管(1937年録音/テレフンケン盤) 僕が聴いているのはMusic&Arts盤ですが音は悪くないです。よく言われるように1941年盤よりも録音バランス、演奏ともにこの方が良いと思います。全体のテンポ、表情の変幻自在さは相変わらずのメンゲルベルク調ですが、なかでも第1楽章のあの美しいメロディを何とロマンティックに甘くとろけるように奏でることでしょうか。一度は絶対に聴いて頂きたいと思います。と言いながら何度聴いても感激させられますが。
ヘルマン・アーベントロート指揮ライプチッヒ放送響(1952年録音/シャルプラッテン盤) これはよく紹介されてる有名な演奏で、以前は僕も気に入っていました。ですが今改めて聴いてみると、この時代のドイツでの演奏としてはなかなかのものなのですがメンゲルベルクほどの面白さは無いですし、結構ドラマティックな演出のはずですが、それほど心は動かされません。似たようなタイプならばフリッチャイ盤の方が完成度がずっと高いと思います。
キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1965年録音/メロディア盤) 名匠コンドラシンの本国でのスタジオ録音です。この人は早々とショスタコーヴィチの全集を録音しましたが、チャイコフスキーの録音は少ないのです。同じモスクワでスヴェトラーノフが全集録音を行った影響もあるのかもしれません。それにしても当時のモスクワの新興オケの実力には目を見張ります。それだけに後任のキタエンコ時代にどんどんレベルが下がった(と私は思います)のが非常に残念です。ムラヴィンスキーのような手練手管こそ見せませんが、早めのテンポで非常に引き締まった良い演奏だと思います。
キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1967年録音/Altus盤) これはメロディア盤から僅か2年後の日本公演でのライブ録音です。NHKによる録音はメロディア盤よりもずっと優れています。演奏はライブの為に多少の不安定さが有りますが、オーケストラの優秀さはやはり変わりません。スタジオ盤と同じく速めでストレートな演奏ですが、更に実演ならではの感情移入の深さを感じますし、これも非常に良い演奏だと思います。
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1983年録音/ERATO盤) 露メロディアによる録音で、私のCDでは1982年録音と有りますが、これは正しくは83年録音である様です。あのスタジオ録音のような彫琢の限りを尽くしたような精密さは有りません。その代わりにライブならではの荒々しさが凄いです。金管の強奏などは耳をつんざくほどです。ある意味神経質なスタジオ盤よりもこの方が自然な熱演かもしれません。全体の音質は良いのですがフォルテシモでレコーダーの限界を超えてビリつくのがちょっと残念です。ムラヴィンスキーの消え入りそうなピアニシモと凄まじいフォルテの両方を録音収録するのは当時のロシアの機材では無理だったということでしょう。
エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1990年録音/CANYON盤) 有名な日本での全曲チクルス録音の一つです。当然3年後のスタジオ録音と基本的には似ています。ライブ演奏なので時々不安定な部分は有りますが、気になる事は有りません。逆に音楽に勢いが有るので非常に魅力的です。こちらの荒々しさを好む人も多い事でしょう。録音もとても良いですし、僕自身こちらにも大いに惹かれます。
エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1993年録音/CANYON盤) スヴェトラノフは日本ライブの僅か3年後に再び本国モスクワで全曲録音を行いました。これはポニーキャニオンの強い希望であるでしょう。ライブとは違って全体的にはゆったりと落ち着いたテンポでスケールが大きいです。ですがひとたびアレグロヴィーヴォになると一変して荒れ狂って凄い迫力を見せます。第3楽章もことさら力まないのに堂々としています。終楽章は深く美しくかつ壮大です。これは最も「ロシアらしい音」を味わうことのできる名演奏、名録音だと思います。
ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィル(1992年録音/RCA盤) 昨年の生演奏は素晴らしかったです。どうしてもその印象と比べると物足りなく感じてしまうのですが、これはこれで悪くない演奏です。ムラヴィンスキー時代の音の凄みと迫力は有りませんが、逆にムラヴィンスキーがそっけなく感じる部分などはテミルカーノフの方がゆったりとした雰囲気が有って美しいと思います。
ワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ管(1995年録音/フィリップス盤) 彼はこの後にウイーンフィルを振って後期交響曲の3曲を録音しますが、最も優れた演奏は5番であり、4番、6番は何となく今ひとつに思います。そこでどうせ6番を聴くなら、僕は手兵キーロフ管とのロシア風の音の演奏の方が好きです。荒々しさと洗練さのバランスがとても良く、およそ欠点の無い現代ロシアのリファレンス的な名演奏だと思います。
ウラジミール・フェドセーエフ指揮モスクワ放送響(1999年録音/Relief盤) これはモスクワでのライブ演奏です。彼はこの前に一度チャイコフスキーの自筆譜による録音も行っています。通常譜との一番の違いは終楽章の速度指定が通常のアダージョではなくアンダンテ、つまり速めであることです。こちらのライブ盤の記載にはアダージョと有るので通常譜らしいです。ですが実際のテンポは自筆譜盤と似たようなものです。ということは指揮者による演奏の違いの方が大きいのだから譜面は別にどっちでもいいじゃないかというのが正直なところです。演奏そのものもこちらのライブ盤のほうが遥かに良いです。ただしスヴェトラーノフほどの荒々しさと土臭さは感じませんし、テミルカーノフやゲルギエフほど現代的に洗練された面が有る訳でもないので、どうしても印象が薄くなるのが気の毒です。それでも2楽章の沈んだ雰囲気などはなかなか素晴らしいと思います。
ということで、しばしの間チャイコフスキー特集をご笑読頂きまして有り難うございました。改めて色々と演奏を聴きなおしてみて感じた事なのですが、自分はやっぱり自国の演奏家によるものが好きだなぁということです。これまではそれほどこだわらなかった後期の5番、6番あたりについてもロシアの演奏家のものが益々好きになりました。なので今回挙げたほとんどの録音はみな僕にとって大切な愛すべき演奏なのだということです。
さて、僕は例年ですと春の足取りが遠くから近づく今ごろからはシベリウスが無性に聴きたくなるのですが、いきなり春の陽気になってしまってはその気にならないかもしれません。そのときはどうしましょうか・・・。
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