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2009年2月15日 (日)

チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」ロ短調op.74 名盤

昨日は関東地方にもハルいちばん、じゃ無くて春一番が吹いて、まるで春の様な気温でしたね。今年の冬、大いに聴きまくったチャイコフスキーにもそろそろお別れをして、また来年です。そこで今回は特集の締めくくりとして、代表作「悲愴」を取り上げることにします。

Img_1337242_48284092_2s_2 チャイコフスキーの音楽は、非常に分かり易いメロディーと豪放な管弦楽のために、たとえばブルックナーやマーラーなどの音楽に比べて一段低いものように考えられているクラシック通も決して少なくは無い気がします。また、その一方で熱烈なファンが非常に多いのも事実だと思います。僕はもちろん後者の方なのですが。最後の交響曲第6番「悲愴」は、疑いなくチャイコフスキーの最高傑作であるばかりでなく、古今の多くの交響曲の中においても大衆性と芸術性の両方を兼ね備えた稀有な名作だと思います。遠く深い地の底から響いてくるようなコントラバスのロングトーンに始まり、そこにうめくようなファゴットがかぶる冒頭からして只ならぬ雰囲気です。主部に入っても嘆き苦しみ、悲しみを美しく歌った末に再び荒れ狂い、最後には破滅に至るという第1楽章は傑作中の傑作です。第2楽章のワルツも2+3拍子の5拍子という非常に不安感をかき立てるようなリズムと旋律が魅力的ですね。第3楽章の行進曲は通常のスケルツォ楽章の代わりですが、明るさには程遠く、破滅に向かう雰囲気を強く感じてしまいます。そして第4楽章では再びどこまでも深く深く悲しみの底に沈んでいきます。マーラーの厭世感に似ているかもしれませんが、旋律に甘さが有る分だけ僕は案外楽しんで聴いていられます。

この曲は昨年11月にサンクトペテルブルク・フィルの来日コンサートを聴いた時の記事で愛聴盤についても触れました。

この時にご紹介したフリッチャイのグラモフォン盤、オルフェオ盤の二種類と、ムラヴィンスキーのグラモフォン盤のCDは正に別格の演奏です。この3つの演奏が自分のベスト3である事は変わりませんが、これ以外にも好きな演奏はまだまだ色々と有りますので改めて順番にご紹介させて頂きます。

Cci00005 ウイレム・メンゲルベルク指揮コンセルトへボウ管(1937年録音/テレフンケン盤) 僕が聴いているのはMusic&Arts盤ですが音は悪くないです。よく言われるように1941年盤よりも録音バランス、演奏ともにこの方が良いと思います。全体のテンポ、表情の変幻自在さは相変わらずのメンゲルベルク調ですが、なかでも第1楽章のあの美しいメロディを何とロマンティックに甘くとろけるように奏でることでしょうか。一度は絶対に聴いて頂きたいと思います。と言いながら何度聴いても感激させられますが。

Cci00005b ヘルマン・アーベントロート指揮ライプチッヒ放送響(1952年録音/シャルプラッテン盤) これはよく紹介されてる有名な演奏で、以前は僕も気に入っていました。ですが今改めて聴いてみると、この時代のドイツでの演奏としてはなかなかのものなのですがメンゲルベルクほどの面白さは無いですし、結構ドラマティックな演出のはずですが、それほど心は動かされません。似たようなタイプならばフリッチャイ盤の方が完成度がずっと高いと思います。

458 フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送響(1959年録音/グラモフォン盤) 既にファンには良く知られた最高の「悲愴」です。僕は普段は偏執的(?)なほどに本場物の演奏を好みますが、これはハンガリーの指揮者とドイツのオケとの有無を言わせぬ圧倒的な名演奏です。第一楽章や終楽章の有名な旋律が、かつてこれほどまでに悲しく響いたことがあったでしょうか。断じて有りません。しかも極めてドラマティックな展開も正に圧巻です。「悲愴」がお好きで、もしもこの演奏をまだ聴かれてない方がおられたら、それは一生の不覚ですぞ。録音もとても優れています。

172 フェレンツ・フリッチャイ指揮バイエルン放送響(1960年録音/オルフェオ盤) フリッチャイにはグラモフォン録音とは別にライブ録音が残っています。これこそは知る人ぞ知る、演奏だけをとればベルリン放送盤をも凌駕する凄演なのです。録音も極上のモノラルですので聴いていると音の違いは気にならなくなってしまいます。演奏解釈はベルリン盤とほぼ同じで、ライブでの感興の高さが更に増すだけです。ベルリン放送盤のファンにはこちらも是非聴いて頂きたいところです。それにしてもフリッチャイは病気リタイア後に復帰してからは、何という演奏を行っていたことでしょうか。しかし結局は早死にしてしまうのですが、世界の楽壇のなんとも大きな損失でした。

125 エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1960年録音/グラモフォン盤) この演奏を外すわけには決して行きません。これを初めて聴いた時、それまでカラヤンのゴージャスな響きに馴染んでいた学生(30年前の私です)の耳には非常にショッキングでした。脳天につきささるような鋭利な金管の響き、異常なほどに切れの良いリズム、徹底的に鍛え上げた凄みの有るアンサンブル。それでいていかにも自国の楽団でしか味わえないようなロシア風の歌いまわし。すっかりとりこになってしまいました。ムラヴィンスキーにはライブ盤も有りむろん素晴らしいのですけれど、このグラモフォン盤は原点と言えます。

Cci00009 キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1965年録音/メロディア盤) 名匠コンドラシンの本国でのスタジオ録音です。この人は早々とショスタコーヴィチの全集を録音しましたが、チャイコフスキーの録音は少ないのです。同じモスクワでスヴェトラーノフが全集録音を行った影響もあるのかもしれません。それにしても当時のモスクワの新興オケの実力には目を見張ります。それだけに後任のキタエンコ時代にどんどんレベルが下がった(と私は思います)のが非常に残念です。ムラヴィンスキーのような手練手管こそ見せませんが、早めのテンポで非常に引き締まった良い演奏だと思います。

Cci00006 キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1967年録音/Altus盤) これはメロディア盤から僅か2年後の日本公演でのライブ録音です。NHKによる録音はメロディア盤よりもずっと優れています。演奏はライブの為に多少の不安定さが有りますが、オーケストラの優秀さはやはり変わりません。スタジオ盤と同じく速めでストレートな演奏ですが、更に実演ならではの感情移入の深さを感じますし、これも非常に良い演奏だと思います。

Tchaikovsky_karajan_3817982ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1971年録音/EMI盤) 当時ベストセラーとなった「三大交響曲集」は、まるでライヴのように熱くドライブした演奏が魅力で、カラヤンの録音の中では第一に取りたいと思います。但し第4番ではロシアの香りの無さにかなり不満を感じました。それがロシア臭さが薄れてくる第5番、第6番になると余り不満にはならなくなります。特にこの「悲愴」では壮絶なまでに白熱した演奏に思わず引き込まれます。これで金管の音色にもう少し暗さが有れば言うことが無かったのですが。

Cci00006b エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1983年録音/ERATO盤) 露メロディアによる録音で、僕のCDでは1982年録音と有りますが、これは正しくは83年録音である様です。あのスタジオ録音のような彫琢の限りを尽くしたような精密さは有りません。その代わりにライブならではの荒々しさが凄いです。金管の強奏などは耳をつんざくほどです。ある意味神経質なスタジオ盤よりもこの方が自然な熱演かもしれません。全体の音質は良いのですがフォルテシモでレコーダーの限界を超えてビリつくのがちょっと残念です。ムラヴィンスキーの消え入りそうなピアニシモと凄まじいフォルテの両方を録音収録するのは当時のロシアの機材では無理だったということでしょう。

Cci00007b エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1990年録音/CANYON盤) 有名な日本での全曲チクルス録音の一つです。当然3年後のスタジオ録音と基本的には似ています。ライブ演奏なので時々不安定な部分は有りますが、気になる事は有りません。逆に音楽に勢いが有るので非常に魅力的です。こちらの荒々しさを好む人も多い事でしょう。録音もとても良いですし、僕自身こちらにも大いに惹かれます。

Cci00018 エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1993年録音/CANYON盤) スヴェトラノフは日本ライブの僅か3年後に再び本国モスクワで全曲録音を行いました。これはポニーキャニオンの強い希望であるでしょう。ライブとは違って全体的にはゆったりと落ち着いたテンポでスケールが大きいです。ですがひとたびアレグロヴィーヴォになると一変して荒れ狂って凄い迫力を見せます。第3楽章もことさら力まないのに堂々としています。終楽章は深く美しくかつ壮大です。これは最も「ロシアらしい音」を味わうことのできる名演奏、名録音だと思います。

Cci00009_2 ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィル(1992年録音/RCA盤) 昨年の生演奏は素晴らしかったです。どうしてもその印象と比べると物足りなく感じてしまうのですが、これはこれで悪くない演奏です。ムラヴィンスキー時代の音の凄みと迫力は有りませんが、逆にムラヴィンスキーがそっけなく感じる部分などはテミルカーノフの方がゆったりとした雰囲気が有って美しいと思います。

877 ワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ管(1995年録音/フィリップス盤) 彼はこの後にウイーン・フィルを振って後期交響曲の3曲を録音しますが、その中で最も優れた演奏は5番であり、4番、6番は何となく今ひとつに思います。そこでどうせ6番を聴くなら、僕は手兵キーロフ管とのロシア風の音の演奏の方が好きです。荒々しさと洗練さのバランスがとても良く、およそ欠点の無い現代ロシアのリファレンス的な名演奏だと思います。

Cci00007 ウラジミール・フェドセーエフ指揮モスクワ放送響(1999年録音/Relief盤) これはモスクワでのライブ演奏です。彼はこの前に一度チャイコフスキーの自筆譜による録音も行っています。通常譜との一番の違いは終楽章の速度指定が通常のアダージョではなくアンダンテ、つまり速めであることです。こちらのライブ盤の記載にはアダージョと有るので通常譜らしいです。ですが実際のテンポは自筆譜盤と似たようなものです。ということは指揮者による演奏の違いの方が大きいのだから譜面は別にどっちでもいいじゃないかというのが正直なところです。演奏そのものもこちらのライブ盤のほうが遥かに良いです。ただしスヴェトラーノフほどの荒々しさと土臭さは感じませんし、テミルカーノフやゲルギエフほど現代的に洗練された面が有る訳でもないので、どうしても印象が薄くなるのが気の毒です。それでも2楽章の沈んだ雰囲気などはなかなか素晴らしいと思います。

ということで、しばしの間チャイコフスキー特集をご笑読頂きまして有り難うございました。改めて色々と演奏を聴きなおしてみて感じた事なのですが、自分はやっぱり自国の演奏家によるものが好きだなぁということです。これまではそれほどこだわらなかった後期の5番、6番あたりについてもロシアの演奏家のものが益々好きになりました。なので今回挙げたほとんどの録音はみな僕にとって大切な愛すべき演奏なのだということです。

さて、僕は例年ですと春の足取りが遠くから近づく今ごろからはシベリウスが無性に聴きたくなるのですが、いきなり春の陽気になってしまってはその気にならないかもしれません。そのときはどうしましょうか・・・。

<関連記事>
ポリャンスキー/ロシア国立響 三大交響曲集  上記のどの演奏と比べてもユニークな「悲愴」です。既に「哀しみ」を通り越して、涙も流れないほどの虚しさを感じます。

ロストロポーヴィチ/ワシントン・ナショナル響 モスクワ・コンサート
テミルカーノフ/サンクト・ぺテルブルグ・フィルのライヴ盤

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コメント

こんばんは。

やはりムラヴィンスキー、フリッチャイ二種が来ましたか。私にとっても別格です。

さて、ジュリーニやカラヤンといったメジャーどころがないのが意外でした。やはりロシア系指揮者じゃなくてはだめですか。ロシア系では、ポリャンスキーがお薦めです。

投稿: dokuoh | 2009年2月15日 (日) 22時19分

dokuohさん、こんばんは。

メジャーどころですか?カラヤンはベルリンPOのEMI盤を昔は愛聴していましたよ。今は全く聴いていませんけれど。ロシア系指揮者でないとダメということも無いのですが、やはりロシア人がロシアの楽団を振った演奏に非常に惹かれます。ポリャンスキー盤は未聴なのですが、気になっているCDの一つです。お薦め盤なのですねー。これは是非とも聴いてみたいものです。

投稿: ハルくん | 2009年2月15日 (日) 23時22分

ハルくんさま こんばんは。ご不沙汰をいたしました。いつのまにかチャイコフスキーからシベリウスへと歳月は流れていたのですね。遅まきながら一言参加をさせていただきます。

私の中で「悲愴」はただ一枚、バーンスタイン/ニューヨーク(旧盤)しか有り得ません。ウィーン盤は論外です。メンゲルベルク(2種)、アーベントロート、コンドラシン、ムラヴィンスキー、フリッチャイ、カラヤン…いろいろ聴いて来ましたが、この曲に関してはどれも帯に短し襷に長しです。どうしてバーンスタイン盤を取り上げておられないのか、残念至極です。敢えて反論ですが、ロシア系各指揮者盤は私には土着性よりももどかしさが感じられます。バーンスタインの演奏はロシア臭はなくてもこの曲の悲愴感、絶望感を余すところなく伝えていると思います。

選曲の相違はブラームスのときと同じようにハルくんさんと私との音楽へのアプローチの違いでしょうか。勝手を申し上げて失礼をいたしました。お書きの記事は毎回楽しみに読ませていただいています。

投稿: ezorisu | 2009年3月 7日 (土) 00時52分

ezorisuさん、ご無沙汰しました!
お元気そうで何よりです。
どうも私と嗜好の異なる?ezorisuさんが登場して下さらないと面白くなりません。(笑)
これこそ趣味ブログの醍醐味ですからね。

「悲愴」はチャイコフスキーの中では最もインターナショナルな普遍性を持っている曲だと思いますので、必ずしもロシア風でなくても良いと思いますよ。事実私もこだわってはいません。

バーンスタインは4番で非常にがっかりしたので6番は聴いていません。ユダヤ風に粘着質なのがどうにも気になるのです。マーラーであればそれが絶大な魅力になるのですが…。やはり嗜好の違いなのでしょうねぇ。でも当たり外れの大きい(当ればホームラン!)バーンスタインですから一度は聴いてみたいと思います。

何はともあれ今後も多様なご意見を是非ともお待ちしておりますよ!

投稿: ハルくん | 2009年3月 7日 (土) 01時20分

悲愴は苦手です。チャイコフスキーはかなり好きですが、この曲だけは。

頭の中でブルックナーの9番とパラレルになってましてね。ね、似てるでしょ。しかし同じく、さみしい、孤独な音楽といってもね、悲愴の方は、甘いところがあったり、人間くさかったり。ブルックナーは前作までのそういうところを、きれいさっぱり卒業してしまった。たぶんそれだからブルックナーの方が心にしみるわけですね。

演奏ですか。フリッチャイのを聞いて仰天しています。知らなかった、すごい。演歌。むせび泣き。いままでメンゲルベルクとフルトヴェングラーとムラヴィンスキーがあれば他は要らないと思ってましたが、フリッチャイも入りそうです!

投稿: gkrsnama | 2013年8月 4日 (日) 23時41分

gkrsnamaさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

僕の場合はチャイコフスキーのシンフォニーなら4番、5番も大好きですが、やはり悲愴に一番惹かれます。
ブルックナーは人間の感情を超えていますが、チャイコは人間感情そのままですね。
でも、どちらの曲も心の奥底に染み入ります。

メンゲルベルク、フルトヴェングラー、ムラヴィンスキーどれも素晴らしいと思いますが、僕は現在はフリッチャイとポリャンスキーが好きです。後者はマイナーですし廃盤のようですが、哀しみを通り越したほどの虚無感が独特の個性を放っています。

投稿: ハルくん | 2013年8月 5日 (月) 12時53分

悲愴は名盤の宝庫ですね。さすがにチャイコフスキーの最高傑作なだけはあると思います。
メンゲルベルクの44年ライヴなるものが出たらしいですが・・・。個人的には37年盤をよく聞きます。でもこの演奏を聴き過ぎると病んでしまいそうなのが怖いです笑
ムラヴィンスキーはもはや悲壮って感じの凄絶な演奏だと思います。

投稿: ボナンザ | 2014年3月30日 (日) 22時13分

ボナンザさん

そうですね。「悲愴」は名演が多いと思います。
どれも魅力が有りますが、強いて現在の自分の順番を言えば、①フリッチャイ(DGとOrfeoライブ)②ポリャンスキー③ムラヴィンスキー(DG)です。
哀しみのどん底に深く沈みこむような演奏が特に好きですね。

投稿: ハルくん | 2014年3月31日 (月) 09時08分

第3楽章コーダと第4楽章の冒頭の雰囲気が180度変わるので両者をどう捉えるかによって曲のイメージが変わると思います。第3楽章をあまりはっちゃけてやると第4楽章の冒頭をどのように表現するか悩ましいです。演奏はオーマンデイを始め、ムラビンスキー(DG)等で聞いていますが、これ一枚という選択は難しいです。メンゲルベルク/ACOはポルタメントがすごく印象的(この曲とブラームス交響曲第4…後者は賛否あるかも…ではボルタメント大成功だと思います)カラヤンは『カラヤン流のチャイコスキー』と思えば半分納得。モントゥは『ベートーベン的なチャイコスキー』と評されるけど意外と曲のツボを的確に押さえています…60年代のコンドラシン・スベトラーノフ、いずれも懐かしい名演です。

投稿: k | 2014年10月15日 (水) 06時39分

Kさん

これほどの名曲ですので「これ1枚」というのはとても無理な話でしょう。
過去に何度も書いてはいますが、個人的にはフリッチャイのDG盤とオルフェオ盤、それにポリャンスキー盤が好きです。それにムラヴィンスキー盤、スヴェトラーノフの新盤あたりが続きます。
カラヤンはちょっと・・・ですね。

投稿: ハルくん | 2014年10月16日 (木) 19時28分

こんにちは。

悲愴はいくつになっても身に沁みる名曲です。ところで、ムラヴィンスキーの1956年盤をある動画で見たところ、音質のせいか第3楽章一発目のシンバルがほとんど聴こえませんでした。ネットで調べてもよくわからないのですが、これは有名な話なのでしょうか。

カラヤン1964年盤のシンバルミスはよく知られていますが、修正しなかったようですね。今となってはご愛嬌で済む話でしょうけれど。

投稿: NY | 2015年2月 9日 (月) 19時46分

NYさん、こんばんは。

ムラヴィンスキーに限りませんが、古い映像録音では録音レンジの制限かも知れませんね。

カラヤンの1964年録音は昔LP盤を持っていましたが、70年代のEMI盤を購入してから聴かなくなりました。EMI盤もムラヴィンスキーを知ってからは全く聴かなくなりましたが。
シンバルはズレていましたっけ?憶えていません。幾らレコード大量生産時代とは言っても良くカラヤンがOKしましたね。もしかしたら意図的だったのかも?あの人は低弦の頭の音をわざとずらしていたようですし。

投稿: ハルくん | 2015年2月10日 (火) 23時35分

こんばんわ、前に他で使ったものですがどうしてもカラヤンともう一人の指揮者の悲愴についてしゃべりたくなったのでこちらに書かせていただきます。

私は、カラヤンがあまり好きではない。ただし、彼の悲愴にはいつも感心してきた。
特に71年録音のEMI盤、これが一般的に評価が高いように思う。しかしそれ以降に出た84年ウィーンフィル盤や48年のウィーンフィル盤がわたしの好みだった。わたしはこの古い方のウィーンフィル盤こそカラヤン美学の極みという評価をしてきた。39年最初のベルリンフィルとの録音や55年のフィルハーモニアとのものもそれなりに楽しめるものではあるが。
だがしかし、最近、日本で演奏された2つの盤を手にして、いや耳にして、最高なのは88年のラストのものであると確信した。最初に聞いたのは54年のNHK交響楽団とのもの、当時のN響がここまで素晴らしい演奏をするなんて考えていなかったからその驚きは想像を絶するものがあった。なんていい悲愴なんだろう。そして発売直後から気になっていた一番最後にリリースされた88年東京でのベルリンフィルライブ盤、これぞ彼の悲愴の総決算であった。わたしはこの演奏会のライブ放送をエアチェックしていてそれをテープで聴きまくっていたことを思い出す。当時は76年のグラモフォン盤があって同じベルリンフィルでどのくらい違うのかを聴き比べていたことを思い出す。やはり東京でのライブ盤はすごかった。以降にカラヤンは悲愴を演奏することなく翌年に亡くなった。カラヤンの悲愴 わたしは大好きである。
蛇足だが彼には悲愴のDVDが3種あるという。こちらについてはまだチェックが入っていない。
1939. ベルリンフィル
1948. ウイーンフィル
1954. NHK交響楽団
1955. フィルハーモニア
1964. ベルリンフィル
1971. ベルリンフィル
1976. ベルリンフィル
1984. ウイーンフィル
1988. ベルリンフィル

是非ともNHK交響楽団とのライブ盤とベルリンフィルの東京ライブ盤をおききください。

もう一人の指揮者の悲愴は次回とします。

投稿: まつやす | 2015年3月28日 (土) 21時28分

こんばんわ、続いてもう一人の指揮者の悲愴ですが、さて誰でしょうか?答えは岩城宏之です。彼が悲愴のスペシャリストだってわかる方は相当なファンかも知れませんね。実はNHK交響楽団ねデビューが悲愴です。なんと1956年のことです。カラヤンとN響の1954年の名演奏から2年後、俺の悲愴はどうだとばかりに演奏したのが目に見えるように想像できます。是非とも復刻してもらいたいものです。さらに1960年の欧州演奏旅行でも取り上げ、1965年には最初の録音を行う、もちろんN響と。この演奏が私には岩城の意思が感じられとても好きだったが最近1996年の最後のNHK交響楽団定期公演のCDを聴いた。これがかなり素晴らしいもので第一楽章、第四楽章は泣ける。岩城宏之もまたカラヤンと同じ悲愴フリークだったのか?私も同類である。

投稿: まつやす | 2015年3月28日 (土) 22時06分

まつやすさん、こんばんは。

カラヤンは好きでもありませんが、特に嫌いと言うこともありません。野球のジャイアンツと同じです??
カラヤンの「悲愴」は、64、71、84と幾つかを聴いて興味を全く失ったままです。なので88を聴くつもりは有りませんでしたが、そこまでお勧めであれば一度聴いてみようと思います。

岩城宏之はどうでしょう。日本のオケは生演奏ならばともかく、CDで聴いて良いと思えるのは一つもありませんので・・・
購入はアドヴェンチャーになりそうです。

投稿: ハルくん | 2015年3月29日 (日) 23時15分

こんばんは。

フリッチャイのDG盤を聴き直しました。
両端楽章のこぼれるような弦の歌い方が実に素晴らしいです。
しかもそれが小手先の芸ではなく、慟哭として響くのが
名演たるところではないでしょうか?

投稿: 影の王子 | 2016年1月17日 (日) 20時16分

影の王子さん、いつもお返事が遅れてすみません!

国民楽派は大抵は自国の演奏家のものを好みますが、フリッチャイのDGはそんなことを完全に超越していますね。
これほどまでに心の奥底に深く染み入る演奏は極めて稀です。唯一の例外はポリャンスキーぐらいですね。

投稿: ハルくん | 2016年1月21日 (木) 12時53分

こんばんは。

お書きになられたとおり
ゲルギエフ盤はウィーン・フィルよりキーロフ管
の方が良いと思います。
ウィーン盤は精妙さに欠け、迫力不足です。
キーロフ盤はオケの根太い音色が曲とマッチして良いです。

ゲルギエフは今度はミュンヘン・フィルだそうですが
仕事を絞って、キーロフに専念すべきでは?
と思うのは私だけでしょうか?

投稿: 影の王子 | 2016年12月16日 (金) 23時40分

影の王子さん、こんにちは。

ゲルギエフの5番に関してはウイーンフィルのものは凄く気に入っています。ただ、それ以外はやはりキーロフに食指が動きますね。

キーロフに専念して録音もそちらに絞って欲しいファンもきっと多いと思いますよ。
ロンドンやミュンヘンのほうが多額のギャラが得られるからでしょうかね?

投稿: ハルくん | 2016年12月17日 (土) 10時01分

こんばんは。

マルティノン&ウィーン・フィル(VPO)の1958年のDECCA録音。

「マルティノンの気まぐれな棒にVPOはよくついていっている」
とレコ芸に書かれていましたが、確かにそんな感じで
「腰が軽く、ロシア音楽らしさが無い」か「表現意欲が旺盛」ととるか?僕は後者でした。

なにより1958年のVPOの滴るような弦がDECCAの優秀録音で
捉えられていますからね・・・もう最高です!
終楽章が特にすばらしい!
少なくともVPOのこの曲ではカラヤン、マゼール、ゲルギエフよりは良いと思いますね。

投稿: 影の王子 | 2017年11月25日 (土) 23時12分

影の王子さん、こんにちは。

ウイーンフィルの音と「悲愴」の相性は余り良くないのかもしれません。あの寒々とした孤独感が和らげてしまうような気がします。
事実カラヤン、マゼール、ゲルギエフはどれもピンときません。
マルティノンは聴いていませんので分りませんがどうなのでしょう。一度聴いてみたいですね。

投稿: ハルくん | 2017年11月28日 (火) 16時54分

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