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2008年11月28日 (金)

モーツァルト 「レクイエム」ニ短調K.626 名盤 

Mozart4_2
一週間後の12月5日はウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの命日です。それにしても、天才モーツァルトの残した多くの作品ほど世界中で演奏されている音楽は無いでしょうね。なんでも彼の作品に、もしも著作権が残っていたとしたら、それだけで小さな国がひとつ買えてしまうのだとか。小室哲哉氏が聞いたらなんと羨ましく思うことでしょうか。(^^)

僕はこれまでモーツァルトの命日に「レクイエム」をことさら厳かに聴いてきたというわけではありませんが、今後自分に残された人生で、彼の命日にこの曲を聴いてみるというのも悪くないかな、という気がしてきました。

僕のかつての職場の上役に、熱烈なモーツァルト・ファンが居ました。その人は病気の為に定年の前に亡くなってしまったのですが、生前に「自分の葬儀にはレクイエムを流して”モーツァルト葬”にしてほしい」と言っていたそうです。ですので、残された奥様は本人の希望の通りにしました。ご主人はきっと喜んだことでしょう。でも、僕の葬儀の時には何でも構わないので、生きているうちにせいぜいこの曲を聴いておきたいと思います。

モーツァルトの「レクイエム」には、現在では様々な版が存在しています。但し、僕は正直言って、版の違いには余りこだわりません。理由として、結局のところはどれをとってもモーツァルト本人の完成作品では無いからです。もちろん、ジュースマイア版にケチをつけるのは学者やファンの自由ですが、モーツァルトが死の床に在り、作品の完成を託した人物の偉業(とあえて言いたいです。彼が補作を諦めていたら、これほど演奏されるようにはなり得なかったからです。)は、到底無視できるはずはありません。ましてや、あの「ラクリモーサ(涙の日」を更に補作するなどというのは余計なことではないでしょうか。モーツァルト自身がジュースマイアに「この曲はこのまま手をつけなくて良い」と指示した可能性も充分考えられると思います。

演奏も最近では古楽器による演奏が増えましたが、現代楽器と古楽器には、それぞれの良さが有ると思いますし、余り決めつけをしたくはありません。

数多くあるこの曲のCDを、それほど沢山聴いたわけではありませんが、心に残る演奏は幾つも有りますし、最近でも非常に素晴らしいものを知りましたので、是非ここでご紹介させて頂きたいと思います。

Cci00035 オイゲン・ヨッフム指揮ウイーン交響楽団(1955年/グラモフォン盤) これは記念碑的な演奏です。生誕200年の年にモーツァルトゆかりのウイーン・ステファン大聖堂において彼の命日に行われたミサがそのまま収録されています。当然、会場の雰囲気には厳かでただならぬものが有りますし、演奏も非常に感動的です。ただ、ミサという割には独唱(特にソプラノのゼーフリート)がオペラティックな歌い方なのが気になります。我慢して聴いていれば徐々に気にはならなくなりますし、当時のスタイルとしては仕方が無いところでしょうか。録音も当時のライブとしては良好だと言えます。

953 ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1956年/オルフェオ盤) ワルターの「モツレク」には数種類の録音が有り、ニューヨーク・フィルとのCBS盤や、ウイーン・フィルとのものでは先にリリースされた同じ年の演奏がSONYから出ていますが、僕はこのオルフェオ盤を一番好んでいます。オケ、合唱、独唱ともに比較的欠点が少ないですし、演奏の感動が最も伝わってくるように思います。但し、やはりアルトがオペラティックな歌い方で少々古さを感じてしまいます。録音は並みというレベルです。

Cci00037 カール・シューリヒト指揮ウイーン・フィル(1962年/Tresor盤) これもステファン大聖堂で行われたライブです。ワルターが登場すればシューリヒトを出さない訳には行きません。モーツァルトの演奏にかけてはこの二人は特別な存在だからです。演奏スタイルはロマンティックですが、ヨッフムやワルターのように粘り気はありません。ずっと爽やかな印象です。この辺りはシューリヒトならではというところです。聴くたびに魅力が増してくる不思議な演奏だと言えます。独唱の歌い方が古めかしいのはこの時代では仕方ありません。

Cci00038 カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団(1961年/テルデック盤) リヒターは「マタイ受難曲」や「ロ短調ミサ」のように遅いテンポでのロマンティックな演奏も有りますし、逆にあの時代にしては早めのテンポできりりと引き締まった演奏も有りますが、これは後者のスタイルです。正に襟を正して聴きたくなるような厳かな演奏です。合唱の彫りの深さと仰ぎ見るような立体感は流石リヒターだと思います。現在でも余り古さを感じさせない名演奏だと僕は思っています。

713 カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1971年/グラモフォン盤) 僕が初めて買った「モツレク」のレコード(LP盤)でした。当時はもちろん最新盤でしたが、時の過ぎるのは早いもので、最近ではすっかり古楽演奏派に押されてしまい、「もはや古いスタイル」と言われています。ですが、古くて何がいけないのでしょう。これほど感動的な演奏を前にして、演奏スタイルがどうのこうのと言う方がおかしいと思います。確かにテンポは相当に遅いですが、その分スケールの大きい非常に立派な演奏であり、時代を超えた普遍性を感じます。決して古臭いとは思いません。ベームのこの余りに美しく悲しい「涙の日」を聴く時には、僕はとても平常心では居られなくなるのです。

Cci00023 ハンス・ギレスベルガー指揮ウイーン宮廷音楽教会管弦楽団&合唱団(1979年/タワーレコード盤) この指揮者の名前をご存知でしょうか?ウイーンの合唱界では有名な人です。一見聞いたことも無いような団体ですが、ウイーン・フィルの団員と国立歌劇場合唱団が特別参加しています。この演奏は、オーストリアの名門SEONレーベルがウイーンの音楽界の総力を挙げて録音に臨んだものなのです。最初の「キリエ」からして厳粛な雰囲気が違いますし、合唱には非常に厚みが有ります。どんどん立体的に重なり合ってくる様は正に圧巻です。そして何より素晴らしいのは、いかにも大聖堂で教会合唱団を聴いているような厳かで敬虔な響きであることです。ソプラノとアルトはウイーン少年合唱団。しかもソロパートまでを少年が歌っているのですが、これが信じられないほど上手いのです。この純粋無垢な歌声を聴いてしまったら、大人の歌手には”あざとさ”が感じられてしまい、とても聞けなくなるほどです。オーケストラの管楽パートも滅法上手いのですが、実はトップ奏者は皆ウイーン・フィルの団員なのです。これは当たり前ですね。この演奏がぬるま湯の教会的演奏などと思ったら大違いです。「怒りの日」などの切れ味と緊迫感は凄いです。この時代にこれほど正統的かつ新鮮な演奏をしていたギレスベルガーには本当に驚きます。この演奏はペンギン・ガイドでも推薦されていましたので、世界では高い評価を受けていた何よりの証明です。嬉しいことに、このCDには「戴冠式ミサ」も収められています。「レクイエム」の名演と比べると劣りますが、それでもフィリップスの同じウイーンのクリスチャン・ハラー盤よりも上だと思います。録音も優秀ですし、タワーレコードの廉価盤として出ているので太鼓判のお薦めです。

Mozart_sacredmusic ニクラス・アーノンクール指揮ウイーン・コンツェントゥス・ムジクス(1981年録音/テルデック盤) モーツァルトで古楽器演奏は取り立てて好きということはありません。但し、かつての巨匠指揮者達による演奏はロマンティックに過ぎて大時代的感じることも事実です。アーノンクールはこの曲をAシェーンベルク合唱団と再録音しましたが、僕が持っているのはテルデックに残した宗教曲全集への旧盤です。この曲での合唱はウイーン国立歌劇場です。演奏はかつてのアーノンクール調で、切り裂くようなスタッカートや極端なダイナミクスの変化が刺激的です。好きでは有りませんが、確かに新鮮です。

Cci00036 ペーター・ノイマン指揮ケルン室内合唱団(1990年/ヴァージン盤) これも古楽器による演奏です。ペーター・ノイマンは宗教合唱曲のスペシャリストであるだけにやはり素晴らしいです。前述のギレスベルガーやこのノイマンの演奏を聴いていると、所謂「巨匠指揮者」の演奏がどんなに感動的であっても、宗教曲の場合にはその専門家と合唱団が歌う方がやはり本物のように思えてきます。同じ古楽器派でもアーノンクールと比べると、ずっと表現が自然で抵抗感も無く、虚飾を排した端正で引き締まった演奏です。透明感のある合唱や独唱の美しさも印象的です。

というわけで、魅力ある演奏は幾つも有りますが、ハンス・ギレスベルガー盤こそは隠れたる超名演であり、現在の僕の一番の愛聴盤です。廃盤になってしまわないうちに是非お聴きになられてください。

<補足>ギレスベルガー盤は既に廃盤になりましたが、Amazonの日本、イギリス、アメリカで「Hans Gillesberger Requiem」で検索を掛けるとRCA盤が比較的安価で見つかると思います。ご参考までに。

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モーツァルト(声楽曲)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさま こんばんは

いつも拙ブログにご訪問、コメントありがとうございます。m(_ _)m

モツアルトの「レクイエム」LP時代は色々と聴いていたように思うのですが、どういう訳か、CD時代になってから聴いていないというか、CDを持っていないのではないかな、と思っています。ヴェルディのレクイエムは、何種類か持っていますし、ロッシーニの「スタバト・マーテル」もいくつか持っているのに;; どうしてなのか、分かりません〜。

ハルくんさんの推薦盤を手に入れたいと思っています。

ミ(`w´彡)

投稿: rudolf2006 | 2008年11月28日 (金) 17時21分

こんばんわ
モツレクはめったに聴きません。灰色のマントの男が怖い?そうかも知れません(笑)。
聴くのはせいぜい4・5年に一回位でしょうか。でも貴兄の挙げられたベーム、リヒターなどは夾雑物が無く前者は温もり、後者は峻厳、それが心の深いところで精神を高揚させてくれるので好きです。新しいところでは、クリストフ・シュべリングとコーラス・ムジクス・ケルン・ノイエ・オーケストラのフランスOPUS盤がモーツアルトが残したフラグメントを音にしている視点が新しいので、久し振りに一枚増えました。日ごろ怠惰を貪っているような私にはリヒターの「オホーツクの氷」を思わせる演奏が好ましい時があるのも事実です。

ハンス・ギレスベルガー盤のこと、今まで全く知りませんでした。耳にしていなくて素晴らしい演奏に違いないと、早速聴いてみたくなりました。ソプラノ、アルトが少年と言うのが嬉しいですね。ホグウッドも少年聖歌隊ですが、こちらはモンダー版の演奏でしたね。でも廃盤の憂き目に遭ってしまうのが落ちかな。

投稿: ISCHL | 2008年11月28日 (金) 22時59分

rudolfさん、こんにちは。
こちらこそいつもコメントありがとうございます。

レクイエムはヴェルディ、フォーレ、ブラームス、ドヴォルザークなど、いずれも傑作だと思います。やはり時代も国境も超えて「おくりびと」の気持ちというのは共通なのでしょうね。モーツァルト、ぜひお聴き直されてみてください。

投稿: ハルくん | 2008年11月29日 (土) 01時34分

ISCHLさん、こんにちは。
いつもコメントありがとうございます。

クリストフ・シュべリング盤は残念ながら聴いておりません。確かに新しい視点で新鮮ですね。一度聴いてみたい気がします。

峻厳なリヒター盤も本当に素晴らしいです。バッハばかりで無くこちらももっと評価されるべきですね。

ギレスベルガー盤はソプラノとアルトのコーラスパートは少年合唱ですが、両方のソロパートについても少年なのです(説明不足なので本文を修正しました)。非常に上手いのですが、それより何よりその純粋な歌声に感激してしまうのですね。私はバッハの場合も聖トーマス教会の少年合唱がとても好きなので、このギレスベルガー盤はその点でもかけがえが無いのです。
もしもお聴きになられましたら、是非ご感想をお聞かせください。

投稿: ハルくん | 2008年11月29日 (土) 01時51分

ハルくんさん、こんばんは!今回はモツレクですね。

うぐいすの愛聴盤はベーム/ウィーン・フィルです。ベーム自身は遅めのテンポで訥々と実直に進めている感じなのですが、オケや歌手・合唱が非常に表情豊かで艶やかに歌っているので、結構ロマン的な感じに聴こえます(実はそれもベームの指示かもしれませんが)。あと、ベームにはウィーン響とのDVDもありますね。こちらもライブではないのですが、ウィーン・フィルを振ったCDよりも推進力や覇気が感じられます。

ワルターはウィーン・フィルのは持ってなくって、ニューヨーク・フィルのが手元にあります。テンポが速めで曲を劇的に追い込んでいくタイプで、ややあっさりしてる気もしますが、でもまあこれも好きです。いつかウィーン・フィルのも聴いてみたいと思います。

投稿: うぐいす | 2008年11月30日 (日) 18時44分

うぐいすさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

ベーム/ウィーン・フィルはやはり好きです。最近の演奏と比べると古いということになるのかもしれませんが、むしろ感情、表情が豊かで良いですよね。更に昔の本当に古めかしい演奏に慣れていると全然古いとは感じないですし。(^^)

ワルターはオケの違いで印象は相当異なります。私としてはやはりウイーンフィルが好きですね。表情が柔らかくロマンティックな分だけ古めかしく感じるのも事実なのですが。

投稿: ハルくん | 2008年11月30日 (日) 23時10分

ハルくんさん

御無沙汰しておりました。
モーツァルトのレクイエム!!
無人島に流されたとして、持っていきたいCDはと聞かれたら、必ずこの曲を上げるでしょう。バッハのロ短調ミサと並んでこのレクイエムは私にとって特別な曲です。
お友達と同じく私が死んだときには、この曲を流してほしい、と思っています。(フリーメーソンのための葬送曲」にも心惹かれますが・笑)
なかでもベーム・ウィーン・フィルの1971年盤は、私がこの曲と出会った演奏でもあり、特別な思いがあります。一時、モーツァルトのレクイエムばかりを買い求めてあらゆる演奏を聴いていた時もあったのですが、このベーム盤は、どんなに時代を経ても、恐ろしいほど生々しくモーツァルトの祈りを感じさせてくれる名演だと思います。最近はすべての演奏においてテンポが速くなっており、たまにベームを聴くと、そのテンポ感を取り戻すまで、ちょっとしたタイム・ラグはあるのですが、一度入り込んでしまったら、完結する宇宙のような大きさ深さの中に飲み込まれていくのみです。

投稿: aosta | 2008年12月 1日 (月) 12時03分

「無人島に一枚」aostaさんは、このレクイエムなのですね。私も大好きな曲ですが、無人島から生還したいので、自分のためにはブラームスのクラ5を持参します。ちなみに自分の葬儀で使う音楽は既に数曲指定してあるのですが、ドイツレクイエムの4曲目をエンディングに使ってほしいと思っています。
話をこの曲に戻すと(最近は映画「アマデウス」のエンディングをつい思い出してしまっていけませんが)ベーム(1971)の演奏は確かに白眉ですね。しかしギレスベルガーも素晴らしい。この曲に関しては、古楽器でないほうが好きです。歌手・合唱団の出来が重要だというご意見にはまったく賛同します。ロマン的になりすぎず、さらりと演奏したほうが悲しみが増すような気がするのは私だけの趣味でしょうか・・・

投稿: かげっち | 2008年12月 1日 (月) 12時40分

ハルくんさま こんにちは

先日、車のラジオでベートーヴェンの第9番を聞きました。第3楽章の途中からだったのですが、オーケストラの響きはウィーン・フィルかなと思いました。指揮者はバーンスタインそれともカラヤン…?と思い巡らして第4楽章に入ってベーム!と確信しました。遅い!とにかく遅い!合唱に入ってからがなおさら遅い!遅すぎる!お経じゃないんだから…。トスカニーニのテンポを気に入っているだけに全く違う音楽を感じました…

という次第で私はベームのテンポがまったくダメです。何を聴いても良いと思ったことがありません。特にこのレクイエムがダメ!
仰々しい・じれったい・もったいぶっている…。私もまだ若いのかなあ(笑)。F・ブッシュやワルター、シューリヒトなどの古い演奏を聴いているとモーツァルトの音楽は本来もっと早く演奏するものなのでは?と思います。

好きな順番はシューリヒト、ワルター(NYP)、リヒターです。私が初めて買ったのはリヒターでした。

投稿: ezorisu | 2008年12月 1日 (月) 18時42分

aostaさん、ご無沙汰しました。
時々ブログ覗いていましたが話題がちょっと苦手な分野でしたので…(笑)

モツレクはそんなに大切な曲だったのですね。コメント読ませて頂いているうちになんだか考え込んでしまいました。「良い演奏」とは一体何なのだろうと。レクイエムとはこの世に別れを告げた人の魂を慰める曲ですよね。「あなたが居てくれて良かった。出会えて良かった。この別れは寂しいけれど、天国へ先に行って待っていてね。私達が行くまで楽しみに待っていてね。」
そういう気持ちを捧げる曲だと思うのです。だとすれば版がどうだとか、歌い方がどうだとか、テンポがどうだとか、そんなことはどうでも良いことではないかという気がしてきました。大事なことは「亡くなった魂に思いが響いてほしい」という心気持ちが精一杯込められているかどうかです。
感動的な演奏を残せる指揮者はそのことが充分にわかっているのでしょうね。

ベームの演奏は本当に感動的です。aostaさんのコメントを読むと自分が思っていたことがそのまま文章になっているから不思議です。(文章力の違いかぁ)(苦笑)

投稿: ハルくん | 2008年12月 1日 (月) 22時54分

かげっちさん、コメントありがとうございます。
ご自分の葬送音楽をもう予約しているのですか?ドイツレクイエムなんですねー。
私はヴェルディ以外なら何でも良いと思っています。(笑)

私にはやはりベームとギレスベルガーが一番です。結局は演奏スタイルよりも、演奏する人の心と思いの深さ大きさが重要なのではないでしょうか。宗教音楽の場合は普通の音楽とはその点がだいぶ異なると思います。

そうそう、「アマデウス」の最後のシーンは何度見ても感動しますね。あのラクリモーサのアーメン!泣けます。

投稿: ハルくん | 2008年12月 1日 (月) 23時12分

ezorisuさん、たくさんコメントありがとうございます。

私がラジオでトスカニーニの第九を聴いたら、「これじゃ早過ぎてダメだ~」って言いますよ。(笑)

ベームの演奏が全て好きなわけではありませんが、このモツレクは良いですよ。テンポが遅くても立派で堂々としています。そして音楽が実に深い。と感じるのですがねぇ。人の好みの違いはホントに面白いものです。
ただ、前述のようにテンポの速さと演奏の良し悪しは関係無い気が随分しています。

投稿: ハルくん | 2008年12月 1日 (月) 23時44分

なるほどハルくんさんのおっしゃるように、カトリック教会でのレクイエムは「亡くなった人の天における平安を願い、キリストにとりなしを願う」ものかもしれません。でも私個人としては「亡くなった方を想い起こす、亡くなった方がわたしたちに残してくれたものを想う」ために葬儀があると考えているので、自分の葬儀には自分らしい音楽を使ってもらえたら、と考えるわけです。で、何を選ぶかというと(数曲ありますが)、例えばシベリウスのフィンランディアのコラールに歌詞をつけた讃美歌や、ドイツレクイエムの4曲目というわけです。自分にとって、バッハはちょっと別格ですが、他ではこの二人の音楽がもっとも好きだからであり、自分の生き方に通じる要素を感じる音楽だからでです。
ベームの、特に晩年のテンポの遅さには、ezorisuさんがおっしゃるようについていけないものを感じますね。音楽として成立する限界の遅さに挑戦しているような感じです。ウィーンフィルのように上手くなければ音楽として崩壊しているでしょう。加齢とテンポはおそらく関係があります、自分でも最近は若い頃に比べ、遅めで演奏することを好むようになったなと感じます。

投稿: かげっち | 2008年12月 3日 (水) 12時48分

かげっちさん、コメントをたくさんありがとうございます。

いえ、私が言いたかったのは「レクイエムという音楽の本来の目的からして、演奏を行う場合にスタイルや技術的な上手い下手とかは重要ではない。大切なのは亡くなった人を思う心だ。」ということなのです。
かげっちさんがご自分の葬儀の時には、お好きな曲を流して送ってほしいというのはよく判りますよ。当然です。

加齢とテンポは間違いなく大いに関係有ると思います。人間、70~80歳を過ぎると普通は、あらゆる生活のテンポが緩やかになりますよ。当然音楽する呼吸も緩やかになるわけです。聞く側にとっては、その演奏家と一緒に呼吸できるかどうかで好き嫌いが分かれるのでしょう。
だから私でもベームの呼吸に曲によっては付いていけるし、あるいは付いていけません。
レクイエムは付いていける方の演奏なのです。
余談ですが、例えばチェリビダッケのブルックナーでは私は呼吸困難に陥ります。ですのであの場合は「遅過ぎて好きでない」ということになります。

投稿: ハルくん | 2008年12月 3日 (水) 23時16分

かげっちさん

私のブログにコメントをくださりありがとうございました。
ハルくんさん、ちょっと場所をお借りいたします。
レクイエム、日本語では「鎮魂曲」と訳されまたそう理解されることの多い曲ですが本来の意味は少し違うかもしれません。
穏やかなアダージョで始まる一曲めの“イントロティウス”においても、「永遠の安息のための祈り」が美しく、荘重に歌われます。
けれどやがて、「父なる神の右に座し給いて、生ける者と死にたる者とを裁き給わん」との言葉通り、最後の審判の日に対する畏れと救いへの祈りへと変わって行きます。ここでは既に「死者のため」の音楽ではなく、今生きてある現存の人間すべての救いのための祈りと希求の音楽です。
 この視点の転換に伴う劇的な高揚と祈りが、この曲の魅力であり、また素晴らしさでもあると思います。
そしてベームの演奏には、本来の意味における「レクイエム」として、根源的な祈りがあるように思えます。
それはテンポだけに左右されるされるものではなく、ベームの「レクイエム」から聴こえてくる音楽的深度によるものなのではなかろうか、とも思うのです。
ご紹介のありました、ギレスベルガーについては、全くぞんじませんでした。早速買いに走ります!


投稿: aosta | 2008年12月 4日 (木) 14時54分

aostaさん、こんばんは。

先にコメントさせて頂いてもよろしいですか?(笑)

>ここでは既に「死者のため」の音楽ではなく、今生きてある現存の人間すべての救いのための祈りと希求の音楽です。

私はキリスト教の信者では有りませんので分りませんが、恐らくは生ける者と死せる者との区別というのは無いのではないでしょうか。仮に「死者のための」としたところで「生ける者も明日は死せる者」。従って「人間すべての救いのための祈りと希求の音楽」となるのでしょうね。演奏家はそのような精神で全ての人間のために音楽を捧げなければならないのです。

ギレスベルガー是非お聴きになってください。ご感想を楽しみにしています。


投稿: ハルくん | 2008年12月 4日 (木) 20時35分

ハルくんさん、またお話しができてうれしいです。

実のところなんだかかしこまった口調でコメントを書いてしまって、ちょっぴり後悔していたaostaです(笑)。
そうですね。「キリスト教的な解釈では」と構えてしまっては、この曲の持つ本当の深さ大きさには届かないかもしれません。むしろそうした先入観から解放されて初めて「人間すべての救いのための祈りと希求の音楽」に出会えるのかもしれない、とも思いました。
「アマデウス」は本当によくできた映画だと思います。サリエリの鬼気迫る葛藤もどこか納得する部分があって、妙に同感してうなずいてしまうんですよね。
何かに憑かれたかのように、また苛まれるかのようにラクリモーサの作曲をする壮絶なまでのモーツァルトの姿には、映画だとわかっていても心をわしづかみにされるような感動を覚えます。

投稿: aosta | 2008年12月 5日 (金) 19時57分

aostaさん、こんばんは。

>「アマデウス」は本当によくできた映画だと思います。

本当にそう思います。前半は楽しく、後半はドラマティック、最後は悲劇的に、とモーツァルトの人生そのものを表現し尽くしていますし、演劇がベースとなっているために全く退屈させませんよね。それにモーツァルトの音楽の引用が余りに効果的なのには心底驚かされます。
何度観ても面白いと言う点では最右翼の映画かもしれませんね。

投稿: ハルくん | 2008年12月 6日 (土) 01時04分

こんばんは
ハンス・ギレスベルガー盤、タワーに在庫がありましたので早速手に入れました。まだ封切りしていませんが、なるべく早く聴いてみるつもりです。安易に感想を述べられるような曲ではありませんので、年明けぐらいまで少々時間を下さい。
アンリ・ゲオンの「モーツアルトの散歩」の最終章、ある日プラータ公園のアカシア並木の残り葉の散っていく下でコンスタンチェと坐りながら「レクイエム」は自分自身のためのものであると、涙ながらに妻に告げる感動的な場面とか、銀蛇亭で自ら注文したワインも飲めず、「間もなく今の作曲も終わるでしょう。でも寒気がしてなりません。冬の薪の用意もしなければなりません」・・とすっかり弱りきった様子で窮状を訴えるなど『神の愛でし人』モーッアルトの臨終と葬送までの記述を読み進んで行くと、知らず知らず涙が溢れてくるのを感じます。最近の綿密な史実と研究は別にして、ゲオンのモーツアルトに注ぐ眼差しは深い愛に充ちていて、私には永年の座右の一冊となっています。

ピーター・シェファーの「アマデウス」の舞台と映画も両方を見ましたが、何時までも心に残る傑作ですね。特に映画の最後の字幕で流されるK595の第2楽章が途絶えるまでそれこそ金縛り状態になって暫く席を立つことが出来ませんでした。たしかあれはブレンデルでしたね。

投稿: ISCHL | 2008年12月 6日 (土) 23時09分

ISCHLさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

アンリ・ゲオンの「モーツアルトの散歩」なのですが、実はまだ読んだことがありません。そこでこの正月休みに読もうと思って早速注文をしました。届くのが今から楽しみです。

ギレスベルガー盤のご感想楽しみにしております。もちろん感想は人それぞれですので分りませんが、私の感想は全て記事のとおりですので。

「アマデウス」の映画のラストのシーンと音楽は本当に印象的でした。でもあれはK466ですよね?

投稿: ハルくん | 2008年12月 7日 (日) 00時01分

お早うございます。
ご指摘の通りK466でしたね。いつの間にかすり替わっていました。バックハウスの聴きすぎか、あの寂寥感が頭のなかにすり込まれていたのかもしれません。ピアノはイモジェン・クーパーでした。DVDを持っている娘に確かめましたので、これも早とちりでした。
「モーツアルトとの散歩」でも「と」の一字を抜かしていました。確認を怠りご免なさい。
では良い日曜日でありますように!

投稿: ISCHL | 2008年12月 7日 (日) 09時29分

こんばんは。

拝読し、ベーム/ウィーン/DG盤を買い直しました。
Classicに目醒めた昨年以前に持っていた何枚かのうちの1枚でして、確かにイイ演奏ですが音が...。

買ったのは、OIBP盤。JazzやRockではリマスター盤が当然だし、紙ジャケでしたし。...無知は怖い。

国内最初期(西独)盤。音の厚みと響きがまるで違う!

投稿: source man | 2010年4月12日 (月) 20時37分

source manさん、こんばんは。

ベーム/ウイーンPO盤は本当に素晴らしいですね。でも記事にも書きましたが、ハンス・ギレスベルガー盤が知られざる超名演です。セオン・レーベルの録音も非常に美しいですし、機会が有れば是非聴かれてみてください。

投稿: ハルくん | 2010年4月13日 (火) 00時20分

ハルくんさん

こんにちは。先日はアドバイスありがとうございました。ブラームスの交響曲の件、単品をまとめてAmazonに注文しました。届くのが楽しみです。

モーツァルトのレクイエムで、オイゲン・ヨッフム指揮ウイーン交響楽団(1955年/グラモフォン盤)、こちらはLPですか?それともCDは廃盤かな?同じジャケットのものを探してみましたが見つかりませんでした。

投稿: Paseri | 2010年12月 5日 (日) 16時29分

Paseriさん、こんにちは。

ヨッフム指揮ウイーン交響楽団のモツレクですが、僕の所有は国内盤のCDです。
ポリドール POCG-2435で、1991年発売のものです。廃盤のようなので中古店で探されてみて下さい。

投稿: ハルくん | 2010年12月 6日 (月) 23時22分

ハルくんさん

こんばんは。ヨッフムのモツレクですが、中古で見つけました。ただ、値段が高すぎて諦めました。また気長に探してみようと思います。

投稿: Paseri | 2010年12月 7日 (火) 19時03分

Paseriさん、こんばんは。

ヨッフム盤がそんなに高かったですか。
僕も以前中古で購入したのですが、その時には高くは無かったのですけれど。
余談ですが、安くて素晴らしいのはハンス・ギレスベルガー盤です。これは僕の一押し盤で、隠れたる超名演盤だと思っています。もしもご興味が有りましたら。

投稿: ハルくん | 2010年12月 8日 (水) 00時02分

ハルくんさん

こんにちは。ハンス・ギレスベルガー盤は記事にあるディスクですよね。さっそくオンラインショップで検索したら取扱い終了になっていました(泣)近くにお店がないので残念です。気長に探してみますね。

投稿: Paseri | 2010年12月 8日 (水) 15時35分

Paseriさん、こんにちは。

いつの間にかタワーレコードでも取扱い中止になってしまったのですね。中古店やネットショップで出ることも有るかと思います。

投稿: ハルくん | 2010年12月 8日 (水) 23時03分

こんばんは。

シューリヒト/ウィーン'62/archiphon盤を無事入手。
大聖堂だからなのか、理想的な響きで、特にVnと女性陣の声が印象に残る感傷的な演奏に感じました。コノ1枚だけでも、シューリヒトが指揮者になってくれたコトに感謝。スゴいスゴいlovely

裏ジャケには...Wiener Singakademie(directed by Hans Gillesberger)。ちゃんと確保してます、タワレコ廉価盤scissors。貴Blogを拝読し、シューリヒトの後に聴こうと決めていて寝かせて置きました。

投稿: source man | 2010年12月17日 (金) 21時00分

source manさん、こんばんは。

シューリヒト盤は個性的ですね。ワルターもベームも良いですが、この人の演奏も外せないですね。

そしてギレスベルガー盤!これは是非とも無心でじっくり耳を傾けてみてください。ラクリモーサだけが少々あっさりしていて物足りなく感じますが、それ以外の曲は最高です。ご感想を楽しみにしています。

投稿: ハルくん | 2010年12月17日 (金) 22時59分

こんばんは。

ヨッフム/ウィーン交響楽団を聴きました。冒頭の鐘が大聖堂を感じさせてくれてlovely雰囲気在ります。シューリヒト/archiphon盤とは対照的に、男性陣に印象が残ります確かに。冒頭だけでなく、楽章間?にもチーン,チーンと鳴るのも他盤では聴けない特徴だし入手して大正解でした。

投稿: source man | 2010年12月26日 (日) 23時20分

source manさん、こんばんは。

ヨッフム/ウイーンSO盤を入手されたのですね。とても気に入られたようで良かったです。
宗教音楽でこういう本物の臨場感が有る録音は珍しいので聴いていて楽しいですよね。

投稿: ハルくん | 2010年12月26日 (日) 23時59分

こんばんは。

ワルター/VPO'56年ザルツブルク音楽祭を入手。
ショルティ/VPOのマーラー8番然り、ウィーンの合唱力ってズバ抜けてます。

>録音はなかなか良好です。
冒頭?も、よく聞こえる合唱陣に比べるとオケがもう少し...とは思いますが充分に楽しめます。「なかなか」という表現が絶妙です。

周年というのは特別なんでしょうね。2055~6年にスゴい演奏が生まれる事を期待したいです。

入手は'96年King盤なのですが、Olfeo盤も同年発売なのですね。

投稿: source man | 2011年4月15日 (金) 23時51分

source manさん、こんにちは。

ワルターではやはり'56のザルツブルク盤が好きですね。ウイーンの合唱は本当に素晴らしいです。ただ昔の演奏はソリストがオペラティックに歌うのがどうしても気になりますけれど。

2055年ですか?いやーその頃は既にレクイエムを歌われる側になっているんじゃないかなぁ(苦笑)

投稿: ハルくん | 2011年4月16日 (土) 09時00分

こんばんは。

ワルター/VPOの1937年パリ公演/レコード芸術盤(EMI)入手。
試聴すると音は【なかなか良好】で、マーラー9番の事もあるし、
冒険気味で買いました。

我が装置でも、合唱陣がよく聞こえるし思わぬ収穫でした。
聴かれた事はありますか?

きっとオペラチックと感じられるでしょうし、お勧めはできないですが。

投稿: source man | 2011年4月18日 (月) 22時33分

source manさん、こんばんは。

ワルターの'37年盤というのは聴いたことがありません。音質と演奏スタイルの点で、ちょっとどうかな、という思いが強かったものでして。歌唱がオペラティックなのは時代からして仕方がないでしょうね。

投稿: ハルくん | 2011年4月18日 (月) 23時35分

ハルくんさん、こんばんは。 私は モーツァルトのレクイエムも好きで よく聴くのですが、 この記事を読んで ギレスベルガーの演奏を聴いてみたくなり、探していたのですが、最近、やっと入手出来ました! 早速、聴き込んでいます。 やはり素晴らしい演奏ですね。今まで ベーム盤やワルター盤、古楽器のホグウッド盤、コープマン盤等を聴いていましたが どのタイプとも違っていて、教会の音楽なんだな・・・と感じます。この演奏を聴いて これは「モーツァルトのためのレクイエム」なのては?と思いました。ジェスマイヤーは 補筆完成の依頼を受ける時に 師のために完成させようと 思ったのではないでしょうか。 この演奏から そんな「絆」のようなものを感じます。
素晴らしい演奏を紹介していただき ありがとうございました。 ところで、私が入手したCD(RCAの日本盤)には戴冠式ミサ曲の代わりに 「アヴェ・ヴェルム・コルプス」 と ハイドンの「テ・デウム」 が収められていて、どちらも名演です。レクイエムから続けて聴くと、昇天したモーツァルトを天使達が、「お帰りなさい。」と言っているようで 感動的です。

投稿: ヨシツグカ | 2012年3月28日 (水) 21時58分

ヨシツグカさん、こんばんは。

ギレスベルガーを聴かれたのですね。
お気に入られたようですので良かったです。

僕は中古店で500円程度で売っていたのを、それほど期待もしないで購入したのですが、聴いてみてビックリでした。仰られる通り、一般的な名盤とは全く違う「教会音楽的な」演奏だったので目からうろこでした。一人でも多くの方にこの演奏の良さを知って頂ければ本当に嬉しいです。

RCA盤の場合は、組み合わせがアヴェ・ヴェルム・コルプスなのですね。それは未聴ですが、やはり良いでしょうね。

投稿: ハルくん | 2012年3月28日 (水) 23時09分

こんばんは。

ペーター・ノイマン盤はどこにも過不足が無く
すべてにおいてバランスが良いと思えます。
といっても優等生的ではなく、本当に美しいです。
この演奏だとこの私でも(笑)天国に行けるかもしれません。
こんなにすっきりと曲が耳に染み込んでいく演奏も珍しいでしょう。
曲の魅力を再発見した思いです。

5年前、ザ・シンフォニーホールで聴いた
大阪のプロの合唱団での実演も実に素晴らしかったです。

この曲は演奏によって生きも死にもする気がします。

投稿: 影の王子 | 2017年2月13日 (月) 23時12分

影の王子さん、こんにちは。

かつてのワルター、ベームの名盤は今でも大好きですが、やはりこのような巨匠タイプでない演奏も耳にするのは必要ですね。決して「どちらか」というつもりは無いのですが、個人的にはむしろこのような演奏の方が現在はしっくりきます。
それにしてもペーター・ノイマンは本当に素晴らしいですね。

投稿: ハルくん | 2017年2月14日 (火) 12時35分

AIと作曲とは極めて「相性が良い」と本で読みました。
以下は単なる僕の「想像」です。

AIにモーツァルトの全ての楽曲を学習させる。
こうした作業では完璧にAIの勝ち。
人間の「恣意性」が排除された「AIアマデウスくん」が誕生します。
「彼」が「レクイエム」の補筆をしたらどうでしょうか?
もしかしたら現行の版が「お払い箱」になるかもしれません。

AIは「自己学習」しますから、「AIアマデウスくん」が次に
「交響曲第42番」「ピアノ協奏曲第28番」を作曲するでしょう。
そうなると「おお、これは紛れもないモーツァルトだ!」と喝采するか
「紛い物に過ぎん!AIが作った曲に感動できるか!」と吐き捨てるか?

僕自身はおそらく前者になる・・・と思います。
もしそれが大多数になったら
「AIルードヴィヒ」「AIフレデリック」たちも認知されるでしょう。
つまり、過去の大作曲達の「新作」が次々と発表されるのです!
そうなったら現代の作曲家たちはまさしく「AI失業」します。

数年前なら「SF物語」だったのも「現実」になろうとしています。

投稿: 影の王子 | 2017年11月25日 (土) 09時30分

影の王子さん、こんにちは。

興味深い問題提起をありがとうございました。
なるほど人類は以前では考えられなかったような「神の領域」に歩んでいるのですかね。

作曲家が要らなくなり、アンドロイドが演奏家にとって変わりAIベルリンフィルとなり演奏を会を行う、すると演奏家が要らなくなる。そうしてどんどんと人間が要らなくなる。
と、最後に残るのは一体何でしょうね?
これは果たして進化と呼べるのかどうか・・・

投稿: ハルくん | 2017年11月27日 (月) 12時41分

こんにちは。

AI搭載ロボットが人間レベルの機能に追いつく順は
足→脳→腕→顔→指だそうです
(「マックの仕事を奪い合う」のはこの意味)。
そうしますと、演奏家はまだ「AI失業」しないようですね。
おそらくはハルくんや僕が生きてる間は・・・
しかしながら、ポピュラー音楽よりもクラシック音楽においては
作曲家の立場はより早く危うくなることでしょう。

投稿: 影の王子 | 2017年11月27日 (月) 15時52分

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