2021年2月25日 (木)

メンデルスゾーン 劇付随音楽「真夏の夜の夢」 名盤

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「真夏の夜の夢」(原題:A Midsummer Night's Dream)は、有名なシェイクスピアの書いた喜劇戯曲です。

物語には、森に住む妖精たちや、そこに入り込んだ人間たちが登場します。二組の人間の恋人たちは、惚れ薬のために相手を取り違えてしまったり、妖精の王様と女王は養子を巡って喧嘩をしたりと大騒ぎです。しかし最後には、妖精の王の画策や妖精パックの活躍によってハッピーエンドとなります。

ところで、英語タイトルの Midsummer は、「夏至」(6月21日頃)を意味しますが、この戯曲は6月のことではなく、森で起こる騒動は五月祭の前夜の4月30日のこととなっています。
戯曲のタイトルと内容の時期の不一致については研究家の間でも謎で、シェイクスピアが何故「A Midsummer Night's Dream」としたのかは分からないようです。

日本でも長い間「真夏の夜の夢」とされて来ましたが、近年は文学界も音楽界も「夏の夜の夢」とされる傾向に有ります。

この戯曲に基づいてメンデルスゾーンが有名な「劇付随音楽」作品61を作曲しますが、「序曲」のみは作品21として先行して書かれました。これはメンデルスゾーンが元々はピアノ連弾曲として書いたもので、それを管弦楽用に編曲して完成させたのは僅か17歳のことです。
神秘的な序奏に続いて特徴的な音型や楽器を駆使して、森の中で跳ね回る妖精たちや、ロバの鳴き声、動物たちの幻想的な世界の描写が天才的ですね。
「劇付随音楽」は、この序曲を聴いて感銘を受けたプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の命令により作曲することとなります。

序曲に続く「劇付随音楽」は全12曲で、以下の通りとなります。

序曲 (作品21)
1. スケルツォ
2. 妖精たちの行進「丘を越え谷を越え」
3. 妖精の歌「まだら模様のお蛇さん」
4. 情景「魔法をかける」
5. 間奏曲
6. 情景「ぶざまな田舎者どもが」
7. 夜想曲
8. 情景「魔法が解ける」
9. 結婚行進曲
10.葬送行進曲
11.武骨者の踊り(ベルガマスク舞曲)
12.終曲

このうち、「情景」は短く、演奏されなくてもさほど影響が無いので除かれ、序曲を含めて全10曲で演奏されるケースが多いです。また、「序曲」「スケルツォ」「間奏曲」「夜想曲」「結婚行進曲」の5曲の組形としてもよく演奏されますが、その場合チャーミングな「妖精の歌」が抜けるのは残念です。

曲の中で最も有名なのは「結婚行進曲」です。高度経済成長期の豪華な結婚披露宴にはぴったりでしたが、バブル崩壊以降には、落ち着いたワーグナーの「婚礼の合唱(結婚行進曲)」が使われることが多くなったような気がします。歌は世につれ世は歌につれ、ですね。

この作品はもちろん舞台劇として公演が行われますが、音楽と題材がバレエにとても適します。以前、オーストラリアバレエ団が日本で公演を行ったので観に行きましたが、実に楽しかったです。もっと取り上げられて良いと思います。

それでは愛聴盤のご紹介です。

81f6uxyo95l_ac_sl1500_ オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) オールド・ファンにはお馴染みの定番ですが、現在聴いても幾らかゆったりしたテンポでスケールの大きい演奏に圧倒されます。実に立派でシンフォニーを聴くかのような聴き応えが有りますが、その反面この曲にしては重くもたれる気もしますハーパーとベイカーの歌は上手いですがやや厚化粧に感じます。録音もさすがに古くなった感はあります。

511fbx0m2rl_ac_ アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン響(1976年録音/EMI盤) プレヴィンの適度に軽快でロマンティックな雰囲気造りが、この曲にピッタリです。ロンドン響も落ち着いた響きと安定感のある演奏で不満は有りません。コーラスに児童合唱を起用しているのが、下手だと批判されることもありますが、僕はメルヘン的で好きです。完全全曲版であるのも大きなポイントです。録音はどうしても幾らか鮮度が落ちた感は有ります。

41btqb3tdl_ac_ ギュンター・ヘルヴィッヒ指揮シュターツカぺレ・ベルリン(1976-77年録音/キング:シャルプラッテン原盤) 当時の東ドイツ陣営の演奏なので、管弦楽の響きは渋く、生真面目です。西側の華麗なメンデルスゾーンとは一線を画します。しかし古典音楽の形式感が強く感じられていて今聴くと逆に新鮮です。全般的に速いテンポで颯爽としていますが、オーケストラは非常に上手く、キレの良さの中にも、それはかとなくロマンティックな歌心を感じさせるのは、あのアーベントロートに師事したヘルヴィッヒだからでしょうか。録音も演奏に相応しい落ち着いた音造りです。

Previn_midsummer_nights アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル(1986年録音/フィリップス盤) プレヴィンの再録音で、旧盤と基本解釈は変わりませんが、最大のポイントはウィーン・フィルの起用です。ことさら甘く演奏させている訳ではなくても弦楽や管楽の音の美しさはやはり
大きな魅力です。夜想曲のホルンにも魅了されます。コーラスはウィーン・ジュネス合唱団とありますが、少年合唱団よりも年齢が上のように聞こえます。録音は最新では有りませんが優れています。

Za81liitjyi7l_ac_sl1100_ クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィル(1995年録音/SONY盤) 大晦日恒例のベルリン・フィルのジルベスターコンサートのライブです。全編にナレーションが入っているので対訳を見ながら劇を味わうのは楽しいですが、音楽を何度も聴くうえでは邪魔に感じるかもしれません。石丸幹二による日本語版も制作されています。アバドの指揮はきびきびしたテンポで良いですが、オーケストラの編成が大きくマイクが遠めな為に、楽器の音のキレが悪く聞こえてしまいます。実際にはそんなことは無いのでしょうが、ライブの弊害です。演奏はメンデルスゾーンにしてはグラマラスに過ぎる気もしますが、表現は豊かですし雰囲気一杯ですので楽しめます。

ということで、完全全曲のプレヴィン/ロンドン響盤が自分のファースト・チョイスにはなりますが、唯一のウィーン・フィルによるプレヴィン盤、シュターツカぺレ・ベルリンのヘルヴィッヒ盤はオーケストラの音の魅力で上回ります。

なお、5曲の組曲としては一つだけ印象深い演奏が有ります。

61btjawwbrl_ac__20210225165401 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1967年録音/SONY盤) 速いテンポで颯爽と演奏していて、その完璧な合奏能力に舌を巻きます。録音もパートごとに透明感が有るので、響きが重ったるくなりません。妖精が想像されるような神秘性にはもしかしたら乏しいかもしれませんが、器楽的、純音楽的にこれほど素晴らしい演奏は知りません。是非一度聴いて頂きたいと思います。

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2021年2月 5日 (金)

ウエーバー 歌劇「魔弾の射手」全曲 名盤 ~ドイツ国民のオペラ~

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『魔弾の射手』(原題ドイツ語:Der Freischütz)は、言わずと知れたカール・マリア・フォン・ウェーバーが作曲したオペラです。

ドイツの古い伝説に基ずく題材でオペラを作曲することを思いついたウェーバーは、ヨハン・フリードリヒ・キントに台本を依頼します。そこでキントはヨハン・アウグスト・アーペルとフリードリヒ・ラウンの『怪談集』に収められた民話『魔弾の射手』を基に台本を書き上げました。
オペラはドイツ伝統の歌芝居であるジングシュピールの形で完成し、1821年にベルリンの王立劇場でウェーバー自身の指揮で初演されて空前の大成功を収めました。

原題のDer Freischützとは、ドイツの民間伝説に有る、「思いのままに命中する弾を持つ射撃手」の意味です。伝説では7発のうち6発は狙った標的に必ず命中するが、残りの1発は悪魔の望む所へ命中するとされます。

このオペラはよく「ドイツ国民のオペラ」と言われますが、リヒャルト・ワーグナーが下記のように讃えています。

『「魔弾の射手」が美しいドイツの大地に生まれたことを思うだけでも、ドイツの民を心から愛さずにはいられない。森を語り、夕べの美しさを語り、星を語り、月を語り、時を打つ村の塔の鐘を語っては止まぬ夢を見るドイツ。汝らと共に信じ、胸ふるわせ、讃えることの出来る何たる幸せ。私がドイツの民の一人であることを思う、その喜び。』(以上、概略)

ドイツオペラには、それ以前にもモーツァルトの「後宮からの誘拐」、「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「魔笛」、そしてベートーヴェンの「フィデリオ」と数々の傑作が生まれましたが、物語の舞台はいずれもドイツではありませんでした。ドイツ古来の民話を題材として、ドイツの深い森を舞台として生まれた初めてのオペラが「魔弾の射手」です。

現在もドイツには深い森が残り、伝統の射撃祭の日には昔ながらの衣装をまとった狩人たちが街を練り歩くのだそうです。

また、この作品には民謡が多く含まれていると思われがちですが、実際はそうでは無く、このオペラの民謡的な歌が後に民謡のように歌われるようになったというのが事実です。それほど国民に愛されたのですね。

登場人物
マックス:若い狩人。射撃の名手。
アガーテ:マックスの恋人。
カスパール:若い狩人。悪魔ザミエルと契約を交わした。
クーノ:森林保護官。アガーテの父。
エンヒェン:アガーテの従姉妹。
オットカール:ボヘミアの領主。
ザミエル:悪魔。魔弾の作り方を伝授する。
隠者

あらすじ
第1幕
狩人のマックスは翌日行われる射撃大会の練習をしていた。しかし弾は的を射抜くことができない。このままでは結果が危ぶまれるが、恋人アガーテの父クーノは、大会の彼の結果次第ではアガーテとの結婚は認めないと言っている。
狩人のカスパールは、自信を喪失したマックスに、「狼谷へ深夜に来たら、勝つ方法を教えてやる」と言い、マックスを誘い出す。

第2幕
その夜、マックスは狼谷に向かった。その頃、カスパールは狼谷で悪魔のザミエルに、マックスの命を引き換えに契約の延長と、7発中6発は自分の狙うところに命中し、残りの1発は悪魔の望む箇所へ命中する魔弾を作るように頼んだ。そこへマックスがやってきて、カスパールと共にその魔弾を鋳造する。

第3幕
射撃大会の日となり、アガーテは花嫁衣裳を着て、マックスとの結婚に備えている。婚礼の花冠を頼んでいたが、届いてみると葬儀用の冠だった。そこでアガーテは森の隠者から貰った白いバラで花冠を編んでもらい、それを代わりにかぶることにした。

「狩人の合唱」が歌われて、開始された射撃大会ではマックスが魔弾を使い素晴らしい成績を上げていた。領主がマックスに最後の1発で鳩を撃つように命令すると、その弾は飛び出してきたアガーテに向かって発射されてしまう。しかし、バラの花冠がお守りになってくれて弾はそれる。そしてその弾がカスパールに命中して、彼は死んでしまう。
不審に思った領主がマックスにその理由を問いかけると、マックスは正直に答えた。怒った領主はマックスに追放処分を宣告するが、隠者が登場してマックスの過ちを許すように領主に諭す。領主はそれに従い、1年の執行猶予の後にマックスとアガーテとの結婚を許すことにした。一同は領主の寛容の徳を讃え、神に感謝の祈りを捧げる。

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それでは所有するCD盤をご紹介します。

4125vm9j7el_ac_ ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル/国立歌劇場合唱団、グリュンマー(S)、ホップ(T)、ベーメ(B)、シュトライヒ(S)他(1954年録音/EMI盤)
有名なザルツブルク音楽祭のライブです。当時、フルトヴェングラーの演奏は遅過ぎると批評されたそうですが、それへのマエストロ本人の反論が有ります。「これはたんなるロマン派オペラではなく、このジャンルの最初の作品であり、しかも他のいかなるオペラにも増してそれを代表し、その真髄をきわめた作品であり、・・このオペラはひたすら『ロマン派的に』演奏されなければならない」 (フルトヴェングラー『音と言葉』)。この録音には実演下による演奏の傷は多々有るものの、この劇的な音楽の奔流はちょっと他の指揮者には聴かれないものです。最高の歌手陣による渾身の歌唱も圧巻です。嬉しいことにモノラル録音ながら、ステレオのような奥行きとダイナミズムが有る優秀な録音で、最近King Internationalから真ステレオ録音盤がリリースされましたが、買い替えが不要かと思えるほどです。

Img_1027 ヨゼフ・カイルベルト指揮ベルリン・フィル/ベルリン・ドイツオペラ合唱団、グリュンマー(S)、ショック(T)、クーン(B)、オットー(S)他(1958年録音/EMI盤)
カイルベルトも時代と共にその名が忘れられる一方で、古き良きドイツを感じさせるマイスターとしていまだに根強いファンを持ちます。この録音も「魔弾」の代表盤として君臨してきました。録音こそ幾らか古めかしさは感じますが、当時のベルリン・フィルのドイツ的な厚みのある音と底力に圧倒されます。セッション録音の完成度の高さと、あたかもライブのような気迫が兼ね備わった素晴らしい演奏です。それはまたジングシュピールとしての古典的な造形性とロマン派的な激性が高次元で融合していて実に見事です。しかし「狩人の合唱」は凄い!

51stqmgyll_ac_ ロブロ・フォン・マタチッチ指揮ベルリン・ドイツオペラ管/合唱団、ワトソン(S)、ショック、フリック(B)、シェードレ(S)他(T)(1967年録音/DENON盤:原盤オイロディスク)
かつて日本の聴衆にも親しまれたマタチッチはブルックナーの名演などからコンサート指揮者のイメージが強いですが、実は歌劇場のキャリアが豊富でオペラも得意でした。この演奏はドイツの伝統的なオーソドックスさと巨匠的なスケールの大きさを備えて極めて聴き応えが有ります。セッション録音ですが擬音が多用されていて、さながら映画を観ているような臨場感が有ります。狼谷の場面など緊張感の有る演奏と相まって迫力満点です。歌手陣ではガスパールのフリックが最高ですが、他も実力者揃いです。旧東独オイロディスクの録音はアナログ的な柔らかさと明瞭さが有り素晴らしいです。

C732072i カール・ベーム指揮ウィーン国立歌劇場管/合唱団、ヤノヴィッツ(S)、キング(T)、リーダーブッシュ(B)、ホルム(S)他(1972年録音/オルフェオ盤)
これはウィーンでのライブです。ベームは「魔弾」のセッション録音を残していませんので、これが唯一のディスクと成ります。実演ながら、がっちりと引き締まった造形感を持ち、緊迫したドラマを十全に描いているのは流石ベームです。歌手陣も万全ですが、ヤノヴィッツのアガーテは凛々しさで出色です。録音も生の舞台を彷彿させる臨場感のある素晴らしいもので、これはセッション録音では感じられない魅力です。狼谷の場面で演奏に被る効果音がやや大き過ぎるようには思いますが、その分非常に劇的で凄まじい迫力が有ります。やはりベームのオペラ・ライブは最高です。

513vapojful_ac_ カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場管/ライプチヒ放送合唱団、ヤノヴィッツ(S)、シュライヤー(T)(1973年録音/グラモフォン盤)
カルロス43歳にしての初レコーディングは「魔弾」でした。それまでの伝統的な演奏スタイルを払拭したような斬新な演奏はリリース当時「新しい決定盤」ともてはやされました。確かに快速なテンポでえぐような彫りの深いフレージングは今聴いても刺激的です。もちろん演奏がそうなのですが、レコーディング写真を見ると、スタジオにスタンドマイクが大量に立てられていて、編集段階で各楽器が明瞭に浮き上がるように調整されたことが容易に理解出来ます。その為に音のバランスが不自然に感じられる箇所も多く見受けられます。加えて、セリフを全て歌い手でなく役者に任せているのが、やや不自然です。もちろん管弦楽は上手く、魅力的な響きです。カルロス・ファンには最高の名盤でしょうが、伝統的なドイツオペラを好む向きには必ずしもベスト盤にはならないと思います。

613xxyayzgl_ac_ ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響/合唱団、ベーレンス(S)、コロ(T)、メヴェン(B)、ドナート(S)他(1979年録音/DECCA盤)
クーベリック手兵のバイエルン放送響とのセッション録音であり、悠然としたテンポで管弦楽も合唱も見事に整い仕上げられた演奏です。しかしシンフォニックな響きは良いとしても、ここには劇場の雰囲気は全く有りません。これがワーグナーなら良いのでしょうが、このオペラには不釣り合いのように感じます。合唱も美しいですが、狩人の合唱など、もっと荒々しさが欲しいです。狼谷の場面にも恐ろしさが有りません。このオペラには演奏精度の高さよりも、血が湧き肉踊るような劇的な要素が不可欠だと思います。

51bvz49i0l_ac_ ヴォルフ=ディーター・ハウシルト指揮ドレスデン国立歌劇場管/合唱団、 スミトコヴァー(S)、ゴルトベルク(T)、ヴラシーハ(B), イーレ(S)他(1985年録音/DENON盤)
これは第二次大戦で連合軍の爆撃により瓦礫となり、40年ぶりに再建されたドレスデン国立歌劇場の復興記念ライブです。ハウシルトは主にドイツの歌劇場で活躍して、日本でもN響や新日フィルへ客演指揮しましたが、地味な存在です。しかし名門ゼンパーオーパーでの「魔弾」のライブ録音が聴けるのは嬉しいです。極めてオーソドックスかつ穏やかで目新しさは無いかもしれませんが、ドイツ伝統の舞台が味わえます。録音もこの楽団のいぶし銀の響きを忠実に捉えていて嬉しいです。CD3枚組で幕ごとに収まっているのも聴き易いです。なお、この年には記念演奏会としてヘルベルト・ブロムシュテット指揮で第九が演奏されました(その記事はこちらの中)。

51tlabqk4al_ac_ サー・コリン・ディヴィス指揮ドレスデン国立歌劇場管/ライプチヒ放送合唱団、マッティラ(S)、アライサ(T)、ヴラシハ(B)、リンド(S)他(1990年録音/フィリップス盤)
これはセッション録音であり、ディヴィスの指揮は全体的に悠然とした構えで、シンフォニックに仕上げています。その点ではクーベリックにやや似ていますが、こちらは名門歌劇場オケであることが有利に働いていて、やはりオペラの味を感じます。擬音も多く使われて劇場的な雰囲気を感じさせ、狼谷の場面も中々にリアルです。歌手陣は配役と声質のバランスが的確で聴き易いです。オペラの実演のような奔流のような緊迫感は有りませんが、じっくりと落ち着いた聴き応えは有ります。録音は優秀です。

実は学生時代最初に手に入れたレコード(LP盤)はグラモフォンのヨッフム指揮バイエルン放送響盤でした。今はどこにも見当たらないので手放したようですが、地味ながら古典的なジングシュピールとして良い演奏だったと思います。

ということで、個人的には舞台の臨場感がそのまま楽しめるライブ盤にどうしても惹かれますが、加えて演奏に絶大な魅力が有るとなると、フルトヴェングラー盤とベーム盤の二つに絞られます。
もちろんセッション録音にも凄く惹かれる演奏は有り、カイルベルト盤とマタチッチ盤です。
この四つがマイ・フェイヴァリット盤となりますが、さりとてカルロス・クライバー盤を外すわけにはゆかないのでこれは番外としたいです。

それにしてもドイツビールを飲みながら聴くにはこのオペラは最適です。ドイツの村や森を想い浮かべながらご一緒に如何でしょう?

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2021年1月27日 (水)

東京ニューシティ管弦楽団定期演奏会 指揮 飯森範親 ピアノ 三原未紗子

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日曜日は東京芸術劇場で行われた東京ニューシティ管弦楽団の定期演奏会へ行きました。
一昨年のブラームス国際コンクールのピアノ部門に優勝した三原未紗子さんがソリストを務め、コンクールのファイナルで弾いたブラームスのピアノ協奏曲第1番を聴くことが出来るからです。三原さんは若手ピアニストでは珍しく、非常に懐の広い、含蓄のある演奏をする人です。つまりブラームスの音楽にピッタリですし、実際にコンクールでも審査員の先生方から「ブラームスの音をしていた」と評価されたと聞いています。

緊急事態宣言下の上に更に降雪予報が出ていたのでハラハラしましたが無事に開催されました。

この日指揮者を務めた飯森範親氏は現在契約している東京交響楽団から、こちらのオーケストラの音楽監督へ2022年に就任することが決まっているそうです。今日は就任決定後の初の演奏会であるからか、開演前にプレトークをされて、就任への並々ならぬ意気込みについて語られました。
ということで演奏に期待が高まりました。

前プロのキラールの作品は弦楽合奏で、ヴァイオリン、ヴィオラはスタンディングでの演奏でした。徐々にハーモニーやリズムが重なり合って盛り上がる面白い曲ですが、どこからか「ゴジラ」のテーマを連想してしまいました。

そして前半2曲目がブラームスです。この協奏曲第1番は実演では滅多に聴くことがありませんが、第2番とともに「溺愛する」と言える愛聴曲です。特に第1番はこのホールで1998年か99年にラドゥ・ルプーの独奏、ホルスト・シュタイン(懐かしいですね!)指揮バンベルク交響楽団で大変素晴らしい演奏を聴いたことがあります。(その記事はこちらから ブラームス ピアノ協奏曲第1番 名盤 )
なにしろこの曲を生で聴くのはそれ以来ですし、しかもソリストが三原さんなので胸が高まりました。

いよいよ三原さんが出て来て演奏開始です。冒頭には交響曲以上にシンフォニックな管弦楽が続きますが、中々に気合が入っている重厚な響きが聞こえ、「おっ、これは!」と思いました。
そしてピアノが入ります。それまでの管弦楽のテンポから幾らか落ち着いたテンポで、しかし緊張感の有る空気を作ります。そして曲が進み、ピアノと管弦楽が交互に演奏を繰り広げますが、三原さんの音は打鍵の強さは感じるものの、それが決して力任せでは無いしなやかさが有り、常に管弦楽と共に、ブラームスのあの地味ながら非常に美しいハーモニーをホールに響かせ続けました。
飯森氏の指揮に導かれるようにホルンも非常に好演、弦も木管もとても綺麗でした。それらが三原さんの弾くスタインウェイのピアノと良く溶け合っていて正に至福のブラームスでした。
そうなれば、第2楽章に益々期待します。夜空に浮かんだ月が雲の合間から出てはまた隠れる様を永遠に繰り返すような美しい音楽ですが、正にそんな雰囲気を醸し出してくれました。これぞブラームス!
静寂から一転して始まるフィナーレでは、三原さんは思いのほか速いテンポで弾き出しました。1、2楽章がゆったりと広がりの有るテンポでしたので、スリリングな対比に思わず興奮させられます。しかし基本テンポは速くても、聴かせどころではピアノも管弦楽も大きく歌い、心から堪能させてくれます。

なにしろトータル演奏時間が交響曲よりも長いという長大な協奏曲ですが、その長さを全く感じさせない素晴らしい演奏でした。それは恐らく、三原さんの飯森マエストロへのリスペクト、マエストロの三原さんへの高い信頼、オーケストラ団員の二人への信頼と共感、さらには出演者のこの一年に渡るコロナ禍での苦境を乗り越えての演奏会への気合や喜びや、会場に足を運んでくれたお客様の期待感、それらが全て一体になったからこそ、このような素晴らしい演奏会になったのだと思います。

おっと、後半のストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」についても。
この曲は元々ピアノ協奏曲的な要素が有りますが、三原さんは休憩中に普通の黒衣装に着替えて、今度は後方に下がったピアノに着きました。自らこの曲の演奏も買って出たそうです。凄いですね!
1947年の3管編成版でしたが、飯森氏の指揮は管弦楽を綺麗に鳴らしてまとめ上げ、且つこの曲がバレエ音楽であることを認識させてくれるようなリズム感と楽しさに溢れるとても良い演奏でした。
今後の音楽監督への就任が楽しみです。このオーケストラの実力を見直す演奏会でしたが、今後さらに飛躍させてくれること間違いなさそうです。いずれ三原さんとも次は第2番の協奏曲を聴かせてくれたら良いと思います。

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2021年1月21日 (木)

レハール 喜歌劇「メリー・ウィドウ」 名盤 ~陽気な未亡人~

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喜歌劇「メリー・ウィドウ」(原題はドイツ語で Die lustige Witwe “陽気な未亡人”の意)は、フランツ・レハール作曲のオペレッタで、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」と並ぶ人気作品ですね。レハールお得意の甘く美しい旋律がふんだんに取り入れられていて魅了されます。

特に第二幕で未亡人ハンナが故郷を想いながら歌う「ヴィリアの歌」と、第三幕の“メリー・ウィドウ・ワルツ”として有名なハンナとダニロの二重唱「唇は語らずとも」(Lippen Schweigen)は名曲中の名曲です。

メリー・ウィドウ・ワルツは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ヴェニスに死す」の中にも使われていて、主人公の老作曲家がヴェニスのホテルへ到着すると、このワルツの調べが聞こえてきます。また、ディナーの前にロビーでお客たちが待つシーンでもオーケストラによりワルツが演奏されます。この映画はもちろんマーラーの交響曲第5番のアダージェットが余りにも有名ですが、メリー・ウィドー・ワルツも印象的です。

「メリー・ウィドウ」の原作はアンリ・メイヤックの「大使館付随員」で、それを元にヴィクトル・レオンとレオ・シュタインが台本を作りました。
初演は1905年にアン・デア・ウィーン劇場でレハール自身の指揮で行われました。

登場人物
ハンナ・グラヴァリ(ソプラノ):裕福な未亡人
ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵(テノール):大使館の書記官、ハンナの元恋人
ツェータ男爵(バリトン):ポンテヴェドロ国のパリ駐在公使
ヴァランシエンヌ(ソプラノ):ツェータ男爵の妻
カミーユ・ド・ロジヨン(テノール):フランス人の大使館員、ヴァランシエンヌの愛人

あらすじ
第1幕 パリのポンデヴェドロ公使館
広間でポンデヴェドロ国王の誕生祝賀パーティーが開かれている。話題の中心はハンナ・グラヴァリ未亡人。ハンナはポンデヴェドロの老富豪と結婚し、そのわずか8日後に夫が急逝したために巨額の遺産を受け取ったのであった。

パーティーに出席したハンナは、多くの男性から口説かれる。しかしハンナがフランス人と結婚すれば、遺産がポンデヴェドロから失われることになるので、ポンデヴェドロ公使のツェータ男爵は、それを阻止するために書記官のダニロ・ダニロヴィチ伯爵とハンナを引き合わせようとする。実はダニロとハンナはかつては恋人同士であったが、二人の身分の違いが彼らを引き裂いたのだった。

ダニロは、ハンナの資産目当てで結婚すると見られるのを嫌い、わざとハンナと距離を置いている。その一方、カミーユ・ド・ロジヨンは、ツェータ男爵の美貌の夫人を熱心に口説くが、その気がないヴァランシエンヌはハンナをカミーユにあてがおうと画策する。

ハンナは踊りの相手にダニロを指名するが、ダニロはその権利を1万フランで売ると宣言する。しかし男たちは「とてもそんな大金は出せない」と諦める。そのため、2人は喧嘩しながらも踊り始める。

第2幕 ハンナの屋敷の庭
パーティーの翌日、来客を前にハンナはここに故郷の風景を再現すると言って「ヴィリアの歌」を歌う。

カミーユはなおもヴァランシエンヌに求愛している。そしてヴァランシエンヌの心が揺らいだと見るや、カミーユは彼女を庭のあずまやに連れ込む。そこにツェータ男爵が現れ、妻があずまやで誰かと会っているのではと勘繰るが、そこから出てきたのは何とカミーユとヴァランシエンヌの身代わりになったハンナであった。

騒動の結果、ハンナとカミーユが婚約宣言するはめになり、国家から富が失われるのを嘆くツェータ男爵とハンナへの想いを胸に秘めたダニロも動揺する。

第3幕 ハンナの屋敷の庭
庭にパリの有名レストラン「マキシム」風の飾り付けがなされ、踊り子たちも揃っている。そこへ故国から「もし富豪の遺産がわが国から失われると、国は破産の危機に瀕する」との電報が届く。決心したダニロはハンナに愛を告白する。

一方で、あずまやからヴァランシエンヌの扇子が見つかり、会っていたのはカミーユとヴァランシエンヌだったことが分かってします。怒ったツェータ男爵は、ヴァランシエンヌと離婚してハンナと結婚すると言い出す。

しかしハンナは、「もしも再婚すると遺産を失う」という夫の遺言を告げる。ツェータ男爵が結婚の申し出を撤回すると、資産を気にしなくて良いことが分かったダニロは、ついにハンナに求婚する。するとハンナは、夫の遺言の続きとして「遺産のすべてを失い、その遺産は再婚した夫のものとなる」と明かす。

ヴァランシエンヌは扇子の中に書かれた言葉を読んで欲しいと夫に請う。そこには、「私は貞淑な人妻です」と書かれてあった。妻を疑ったことに対してツェータ男爵が妻に許しを請い大円団となり幕を閉じる。

オペレッタは実演やDVDでの映像鑑賞が楽しいですが、さりとてCDで美しい音楽と演奏に集中して味わうのも良いものです。
ともかくは所有盤のご紹介をしてみます。

51kfceyu3nl_ac_ オットー・アッカーマン指揮フィルハーモニア管、シュワルツコップ(S)、クンツ(Br)、ゲッダ(T)他(1953年録音/EMI盤) ルーマニア生まれのアッカーマンは戦前からもっぱら各地の歌劇場で指揮者として活躍しましたが、録音はEMIに残したオペレッタが知られています。ロンドンのオケとの演奏でウィーンの味には欠けますが、元々作品の舞台がパリなので、これはこれで良いかもしれません。むしろモノラル録音のためにレトロな雰囲気が醸し出されていて、この作品に似合います。歌手陣に関しては文句無しで、往年の素晴らしい面々がずらりと揃っています。録音は明瞭で優れています。

410y41neh7l_ac_ ロベルト・シュトルツ指揮ウィーン国立歌劇場管、ギューデン(S)、グルンデン(Br)、クメント(T)他(1958年録音/DECCA盤) ウインナ・ワルツで有名なシュトルツはオペレッタの作曲家でもありましたが、この作品の初演時にはレハールの元で副指揮者を務めました。面白いのはシュトルツ作曲の序曲が本篇の前に置かれています。確かにいきなり舞台が始まる作品なのでアイディアとしては面白いです。ただ、少々平凡な序曲なので、飛ばして聴いても差し支えありません。しかし本編の演奏は素晴らしいです。‘50年代のウィーンの粋な味わいと情緒に満ち溢れていますし、それでいて第三幕の舞踏シーンの盛り上がりは凄いです。初演の舞台を彷彿させる点でかけがえがありません。DECCAのステレオ録音で音質も良好です。シュトルツには‘66年のベルリンでの録音も有りますが未聴です。

51ji6rpp5hl_ac_ ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮フィルハーモニア管、シュワルツコップ(S)、ヴェヒター(Br)、ゲッダ(T)他(1962年録音/EMI盤) これもロンドンのオケの演奏で、ウィーンの風味よりはパリ風味寄りです。マタチッチの指揮はやや甘さや軽快さには欠けますが、その反面立派な風格があり、登場人物の故郷ポンデヴェドロが、セルヴィアをモデルにしていることを考えると、マタチッチの持つ旧ユーゴの土臭さが生きているようで面白いです。ただ、主役の歌に関してはシュワルツコップのハンナもダニロもアッカーマン盤の方が魅力が勝るように感じます。録音は当時のEMIにしてはかなり優れていると思います。

41tktel40ol_ac_ ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル、ハーウッド(S)、コロ(T)、ホルヴェーク(T)他(1972-73年録音/グラモフォン盤) さすがカラヤンというか、演奏からはオペレッタの庶民性や猥雑さが後退して、すこぶる絢爛豪華さを感じます。元々は酒場の楽団として出発したベルリン・フィルもつくづく出世したものです。特に弦楽セクションの磨き抜かれた美音は、耳がとろけるような甘さに満ちていますし、弱音のデリカシーも素晴らしいです。歌手陣もそうしたコンセプトによる統一感が有り、各歌手の個性よりはアンサンブルの絶妙さに舌を巻きます。もちろん楽しさに事欠く訳では有りません。

71rppitcxcl_ac_sl1200_ ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィル、ステューダー(S)、スコウフス(Br)、トロースト(T)他(1994年録音/グラモフォン盤) 発売時「ウィーン・フィル初のメリー・ウィドウ録音」との触れ込みでしたが、実際にはシュトルツ盤が有るので、半分はウソになります。しかしそれぐらい稀少です。何しろウィーン・フィルが演奏するとワルツもポルカもことごとくウィーン風に聴こえます。ガーディナーがこの曲を指揮したのも意外でしたが、演奏は実に格調が高く、パリの華麗さよりはウィーンの上品さが感じられます。モンテヴェルディ合唱団が起用されたことも、それに輪をかけています。歌手陣も個々の個性は余り強調せずにアンサンブルとしてまとまっています。従って面白みには欠けるかもしれませんが、個人的にはとても気に入っています。

以上、歌手陣と楽しさの極みではアッカーマン盤、古き良きウィーンの味わいではシュトルツ盤が特にお気に入りです。しかしカラヤン盤やガーディナー盤も個性的な魅力が有るので惹かれます。

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2021年1月13日 (水)

ヨハン・シュトラウス(2世) 喜歌劇「こうもり」(Die Fledermaus) 名盤

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今年の初聴きはNHK衛星放送のニューイヤー・コンサートでしたが、それ以外にもウインナ・ワルツのCDを色々と聴いていました。それについてはまた来年。(笑)

代わりに喜歌劇「こうもり」(ドイツ語でDie Fledermaus)です。ヨハン・シュトラウス(2世)の代表オペレッタであるだけでなく、レハールの「メリー・ウイドー」と並ぶ、楽しい楽しい傑作ですね。作品の中にワルツやポルカの名曲がふんだんに盛り込まれていて、これ1曲でニューイヤー・コンサートをそのまま味わう気分になれます。

原作はベンディックスの喜劇『牢獄』に基づいてメイヤックとアレヴィが書いた喜劇『夜食』です。オペレッタの台本はそれをカール・ハフナーとリヒャルト・ジュネが手直ししました。

作品はヨハン・シュトラウスお得意の優雅で美しいワルツと楽しいポルカが全編に使われています。台本には日付の設定は特に有りませんが、ドイツ語圏の国では大晦日恒例の演目となっています。
本家のウィーンでは毎年年末年始に公演され、大晦日の国立歌劇場の「こうもり」と新年のウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」がウィーンでの恒例行事となっています。

一般的にオペレッタの楽しみというと、スコアにはほとんど書かれていない台詞が演出家の裁量で決められて、観客を笑わせるために世事などを取り上げたり、様々なアドリブが用いられます。音楽も他のウインナ・ワルツを自由に追加したり、逆に演奏しなかったりもします。ですので、本来オペレッタは「今回はどんな演出となるのだろう?」とワクワクさせられる実演が一番です。昔観たウィーン・フォルクス・オーパ―の公演は実に楽しかったです。

歌手の声域も厳密では無く、アイゼンシュタインを昔はテノールが歌うことが多かったですが、最近はバリトンで歌われることが多く、オルロフスキー侯爵はバリトンや女性歌手が歌う場合も有り、さらに地声で歌わせたりと趣向が凝らされます。看守役にはいつか二期会の公演だったか、コント55号の坂上二郎が扮していたのには笑わせられました。日本語上演で大いに楽しめるのもオペレッタならではです。

<登場人物>
アイゼンシュタイン男爵(テノールまたはバリトン)- 金持ちの銀行家
ロザリンデ(ソプラノ)- アイゼンシュタインの妻
フランク(バリトンまたはバス)- 刑務所長
オルロフスキー公爵(メゾソプラノまたはカウンターテナーやテノール)- ロシア貴族
アルフレード(テノール) - 声楽教師、ロザリンデの昔の恋人
ファルケ博士(バリトン) - アイゼンシュタインの友人、こうもり博士
アデーレ(ソプラノ) - ロザリンデの小間使い
フロッシュ(台詞) - 刑務所の看守

<あらすじ>
第1幕 アイゼンシュタイン邸
アイゼンシュタインの妻ロザリンデが嘆いている。夫が役人に暴力をふるってしまったことで8日間の禁固刑となってしまった為だ。
そんな折、昔の恋人アルフレードが、家の前で毎日セレナーデを歌ってはロザリンデに求愛をしている。夫が刑務所に入るので、その留守にロザリンデと逢引しようと企んでいる。ロザリンデもまんざらではないが、世間体を気にして躊躇している。

そこへファルケ博士がやって来てアイゼンシュタインに、「今夜、オルロフスキー公爵邸で舞踏会が開かれるので、楽しんでから刑務所に入ればいい」と勧める。妻をどうごまかすか躊躇するアイゼンシュタインをファルケは「いくらでもごまかせるさ」とそそのかす。その気になったアイゼンシュタインは、舞踏会に行くことに決めて小躍りする。

アイゼンシュタインが「礼服を出して」と言うので怪しみ気づいたロザリンデは、それなら自分も舞踏会へ行こうと決心し、小間使いのアデーレに暇を出す。アデーレも実は姉から手紙でオルロフスキー邸の舞踏会に誘われていた。

そしてアルフレードがやって来る。ロザリンデは喜び、二人で酒を飲み始める。ところが、そこへ夫を連行しに来た刑務所長フランクが現れる。男を家に引き入れたことが知られるとまずいと思ったロザリンデは、とっさにアルフレードを夫に仕立てる。困ったアルフレードもアイゼンシュタインに化けることを承知して、身代わりとなり刑務所に連れて行かれる。

第2幕 オルロフスキー公爵邸の舞踏会
オルロフスキー侯爵邸では華やかな舞踏会が開かれていた。侯爵がファルケに「何か面白いことは無いか」と言うとファルケは、「今夜は“こうもりの復讐”という楽しい余興がある」と言う。

やがて、女優に化けたアデーレや、フランスの侯爵ルナールを名乗ったアイゼンシュタイン、刑務所長らが次々にやってくる。
そこへ仮面をかぶってハンガリーの伯爵夫人に変装したロザリンデが現れる。
アイゼンシュタインは伯爵夫人が自分の妻だとは気づかずに口説き始める。ロザリンデは夫の浮気の証拠にしようと懐中時計を言葉巧みに取り上げる。人々は、仮面の女性の正体を知りたがるが、彼女はハンガリーのチャールダーシュを歌って「私はハンガリー人よ」と言う。

人々がファルケ博士に「“こうもりの話”をしてくれ」と言う。3年前ファルケとアイゼンシュタインが仮面舞踏会に出かけた帰りに、アイゼンシュタインが酔いつぶれたファルケを森に置き去りにした為に、翌日ファルケは日中、仮面舞踏会のこうもりの扮装で笑われがら帰宅する破目になり、「こうもり博士」というあだ名をつけられたのだった。

やがて舞踏会が最高潮に達するが、夜も更けると締めくくるワルツが始まり、全員が歌い踊る。

第3幕 刑務所の部屋
刑務所の中で、身代わりで捉えられているアルフレードがロザリンデへの愛の歌を歌っている。朝っぱらからブランデーで酔っ払った看守のフロッシュがくだを巻いていると、同じく酔っ払ってご機嫌なフランク所長が戻ってくる。

そこへアイゼンシュタインが出頭して来たので、所長は「既に牢にはアイゼンシュタイン氏が入っているんだが」と驚く。
更にそこへロザリンデが来たので、アイゼンシュタインは慌てて弁護士に変装する。ロザリンデは昨日の経緯を変装したアイゼンシュタインに話す。そこでアイゼンシュタインは正体を現して妻とアルフレートを責めるが、ロザリンデは舞踏会で奪い取った時計を取り出して見せ、逆に夫をやり込めてしまう。

そこにファルケとオルロフスキー公爵、その他舞踏会の客たちが現われる。
ファルケは「昨日舞踏会に誘ったのは、すべて私が仕組んだことで、3年前の“こうもりの復讐”だ。」と種明かしをする。「それでは浮気も芝居なのか」と安心するアイゼンシュタイン。アルフレードは「実際とは違うが、まあいいか」とつぶやく。
そしてロザリンデの歌う「シャンパンの歌」で幕となる。

とまあ、こんな具合です。
さて、それでは所有のCDのご紹介へ。

Sl1600 クレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィル、国立歌劇場合唱団、ギューデン(S)、パツァーク(T)、リップ(S)他(1950年録音/DECCA盤) 当然ながらモノラル録音ですが、DECCAの優秀録音は鑑賞の妨げになりません。録音当時のウィーン・フィルの田舎情緒あふれる音色はいかばかりでしょう。クラウスの指揮は決して緩いばかりではなく、躍動感も充分です。しかしウインナ・ワルツ独特のリズムには、これこそが本物かと思わずにいられません。歌手達も当時ウィーンで活躍していた名歌手たちが揃い、その歌声には酔わされます。台詞は全てカットされていますが、CDで繰り返し聴く条件下では抵抗有りません。どれほど時代が変わっても普遍的な価値を持つ名演奏だと思います。

Zap2_aa015601w ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル、国立歌劇場合唱団、ギューデン(S)、クメント(T)、ケート(S)他(1960年録音/DECCA盤) クラウス盤から10年経ち、ウィーン・フィルの音の田舎臭さは薄れたものの、柔らかく甘い音色は健在です。それにカラヤンの歯切れ良い指揮とが上手く融合して、極上の楽しさを味合わせてくれます。主要な役の歌手陣はクラウス盤からは幾らか見劣りますが、その代わりにこの録音には舞踏会の場面にガラ・パフォーマンスが挿入されていて、当時の世界的な歌手(テヴァルディ、モナコ、ニルソン、ビョルリンク、ベルガンサ他)が次々と登場します。ニルソンが歌う「踊り明かそう(マイ・フェアレディ)」など他のどこで聴けるでしょう!プロデューサー、カルショーが残した「ニーベルンクの指輪」全曲にある意味で匹敵する、現在では到底実現し得ない録音遺産です。

713puim9tpl_ac_sl1500__20210113153201 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン国立歌劇場、ギューデン(S)、ヴェヒター(T)、シュトライヒ(S)他(1960年録音/RCA盤) 上述のDECCA録音と同じ年の大晦日にウイーンで公演されたライブ録音です。歌手は何人か入れ替っていますが、カラヤンの人選ですのでDECCAと同等以上と言えます。ライブですのでノリの良さはこちらが当然上です。アンサンブルのずれは随所に有りますが、気にするだけ野暮というものです。舞踏会のガラパフォーマンスもさすがにDECCA盤には劣りますが、ステファノの「オーソレミオ」など豪華です。実演ならではのセリフが長いのはドイツ語の分かる人なら良いですが、そうでないと長ったらしく感じるかもしれません。モノラル録音ですが音質は明瞭です。

Img_1009 ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン響、国立歌劇場合唱団、ローテンベルガー(S)、ゲッダ(T)、ホルム(S)他(1971年録音/EMI盤) ウィーン・フィルの名コンサートマスターだったボスコフスキーはクラウスからニューイヤーコンサートを引き継ぎましたが、この録音ではウィーン・シンフォニカ―が使われました。クラウスに比べれば遥にスマートな演奏ですが、カラヤンよりもゆったりとしたテンポでウィーンのおおらかな雰囲気が漂います。歌手陣も名歌手が揃い、味わいが深いです。録音も良好ですし、名盤の一つに数えたいと思いますが、その反面、もしもこれがウィーン・フィルだったらと思うと幾らか残念な気もします。

912satdbol_ac_sl1500_ カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管、国立歌劇場合唱団、ヴァラディ(S)、プライ(Br)、ポップ(S)他(1975年録音/グラモフォン盤) もちろん有名な名盤ですし(と認めた上で)颯爽としたテンポで躍動感に溢れた「こうもり」は当時実に新鮮で驚きでした。序曲の中間部のほの暗い情緒や、挿入された「雷鳴と電光」の迫力には天才を感じたものです。旋律の歌いまわしの上手さも同様です。ただしそれはあくまでクライバーの「こうもり」であって、ウイーンの伝統的なそれではありません。そういった違和感は拭えません。歌手陣は平均的ですが、侯爵にロシア民謡歌手のイヴァン・レブロフを起用したのは、彼の妙な歌唱のおかげでシャンパンの歌が台無しに(自分にはそう聞こえる)なりました。これはクライバーのファンの為の「名盤」だと思います。

41gt1qhrn2l_ac_ アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル、国立歌劇場合唱団、カナワ(S)、ブレンデル(Br)、グルべローヴァ(S)他(1990年録音/フィリップス盤) 録音がだいぶ後のものとなり、この中では録音が最も優れます。プレヴィンはウィーン・フィルの美しい音を生かしますし、クライバー盤よりはずっと伝統的なウインナ・オペレッタを楽しめます。ただし、ここにはクラウス、ボスコフスキー時代のおおらかな雰囲気とは別のものが有ります。その原因は歌手陣のオペラ調のドラマティックな歌い方に有るようです。オペレッタにはもう少し軽みのある歌唱が相応しいように思います。当然好みの問題なので、逆にこれで丁度良いと感じる方もおられるでしょうし、まずは実際にお聴きになられるしかないと思います。

ということで所有盤では、演奏に関してはクレメンス・クラウス盤を最も好みながらも、ガラ・パフォーマンスのボーナスポイントが絶大なカラヤンのDECCA盤が演奏、録音を含めた総合点でトップです。この両盤に続くのはカラヤンのライブ盤とボスコフスキー盤を上げたいです。

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2021年1月 1日 (金)

2021年 新年のご挨拶

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明けましておめでとうございます。

世界中が新型コロナに明け暮れた昨年となり、ベートーヴェンの生誕250周年記念は吹き飛んでしまいました。しかし、こんな時期だからこそ苦難に決して屈することのない精神力をもつこの人の音楽が求められるのではという声が多く発せられ、年末には各地でその演奏が行われました。

私の聴いた弦楽四重奏の演奏会ではメンバーがトークで「ベートーヴェンの誕生日は12月16日と言われています。ということは12月までは249歳でした。ようやく250歳となり、来年2021年の誕生日までは250歳です。まだ1年は250歳記念が続きます。」
と話されました。なるほど!
もう2021年となりましたが、250歳を祝い、今年もまたベートーヴェンの音楽を大いに聴いてゆきたいと思います。

それはそうと、上の写真は英国のプログレッヴ・ロック・バンド、ピンク・フロイドが1970年に発表したアルバム『原子心母』(げんししんぼ、原題:Atom Heart Mother)の有名なジャケットです。同じ英国のデザイナー集団ヒプノシスによるデザインでした。
タイトル曲の「原子心母」は当時のアナログLP盤のA面を全て使った大作で、チェロや金管楽器、合唱団を使ったクラシカルテイストの作品でした。今ではまず聴くことは有りませんが、ロック・ミュージックが多様に変化、進化していた楽しい時代でした。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

2021年 元旦 ハルくん

 

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2020年12月26日 (土)

ステファン・メラ― ベートーヴェン ピアノソナタ全曲演奏会

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ウイーン国立音楽大学教授であり、ベートーヴェンのピアノ音楽の権威であるステファン・メラ―氏によるベートーヴェンのピアノソナタ全32曲演奏会が12月21、22日に横浜市開港記念会館講堂にて開催されました。
二日とも午後、夜の合計4回での公演でしたが、私もスタッフとして開演後しばらくロビーに留まったものの、あとは客席で演奏を聴くことが出来ました。

メラ―氏は数曲を連続して弾き、約1時間ごとに5分程度の休憩を挟む程度というタフさ。1曲として楽譜を見ることなく、どの曲も実にエネルギッシュにして味わい深い演奏でした。

よく練習曲としても弾かれる初期のソナタからはその演奏の激しさ、深さから完全なベートーヴェンの姿が浮かび上がりますし、中期のソナタからはとても200年以上昔の音楽では無く、いま生きている人間の激しい感情と現実感が迫り来ます。そして後期のソナタこそが白眉で、とりわけハンマークラヴィーア、31番、32番が非常に印象的でした。

ベートーヴェンが生涯を通して作曲し続けた唯一のジャンルであるピアノソナタを、彼が生きて作曲したウイーンの街に伝統として根付いた演奏スタイルでこうして連続して聴くことの意味の大きさがひしひしと感じられました。そのような公演に多少でも関わり合えたのは何とも貴重な体験だったと心から感謝です。

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(主催 ミュージックオフィス小路清忠アーティスツサークル)

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中 恵菜 ヴィオラ・リサイタル

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こちらのコンサートは中恵菜リサイタル実行委員会の主催で開かれ、私が委員長を務めました。そのご報告となります。

中 恵菜(なか めぐな)ヴィオラ・リサイタル(ピアノ江崎萌子)が盛況のうちに終了しました。
今年NHK BSやFM放送で取り上げられ、今大きく注目されている新進カルテット、カルテット・アマービレのヴィオラ奏者 中 恵菜さんのソロ・リサイタルは、中さんの高校時代からの同級生で現在はライプツィヒでコンサート修業中のピアニスト江崎萌子さんの一時帰国に合わせての共演でした。

同じドイツで研鑽を積み、気心も知れたお二人の造る音楽は大変素晴らしく、お客様に大絶賛されました。かくいう主催者もしばし音楽に聴き惚れてしまい完全にお客さんモードになりました!
プログラムもシューベルトのアルペジオ―ネソナタやブラームスのソナタ第二番をメインに掲げてヴィオラという楽器の素晴らしさを再認識されたお客様が大勢いらっしゃいました。

お二人が我が国の音楽界を牽引する演奏家に成長するのもそう遠い未来のことでは無いでしょうし、更には世界に向けて頑張っていって欲しいものです!

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開催:2020年12月19日 川崎市高津区”小黒恵子童謡記念館”にて

(主催:中恵菜リサイタル実行委員会、協力:県央音楽家協会)

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ご投稿についてのお願い

皆様こんにちは。

勝手に二週間もの間のコメントご投稿を自粛させて頂きまして誠に申し訳ありませんでした。

ただし、多くの方が連続してご投稿されると、今回の様にとてもお返事を差し上げることが出来なくなります。

そこで、今後は頂いたコメントにお返事を差し上げるまでは、次のコメントをお待ちくださるようお願い致します。

この交流の場を長く続けてゆく為にも是非ご理解とご協力をお願い致します!

ハルくんより

※このお願いについてのコメントは特に不要です。

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2020年12月16日 (水)

中 恵菜 ヴィオラ・リサイタルのお知らせ

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直前のご案内となりますが、NHK BSでも放送されて大きな話題となっている新進カルテット、カルテット・アマービレのヴィオラ奏者 中 恵菜さんのソロ・リサイタルを来週12月19日(土)に川崎市高津で主催致します。

ライプツィヒで研鑽中のピアニスト江崎萌子さんの一時帰国に合わせての特別共演です。

中さんの使用楽器のヴィオラ Montagnanaの豊饒な音色と記念館所蔵ピアノのベーゼンドルファーインペリアルとのハーモニーを是非ともお聴き逃しなく♬ 

新型コロナ感染対策としてお客様を会場収容人数の4分の一に減らし、充分な座席距離を置いての公演です。
14時の回は既に満席ですが、18時の回は残り数席ございます。ご興味ありましたらこちらまでご予約下さい!

日時:2020年12月19日(土)
1回目 14:00開演(13:30開場)※予約満席 
2回目 18:00開演(17:30開場)

会場:小黒恵子童謡記念館(東急田園都市線高津駅より徒歩約10分)※下部チラシ参照

ご予約は 中 恵菜リサイタル実行委員会(TEL 090-6009-7213)迄

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2020年12月15日 (火)

もう一つの「バイロイトの第九」 カール・ベーム 1963年ライブ

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ドイツの有名なバイロイト音楽祭は、リヒャルト・ワーグナーが自分の作品のみを上演する目的で建てた祝祭劇場で毎年夏に開催される音楽祭です。けれどもベートーヴェンの第九だけは、開幕記念演奏会のときにワーグナーが自分で指揮をして演奏されたことから例外的に節目節目に演奏をされて来ました。

オールド・クラシック愛好家にとっては「バイロイトの第九」と言えばまず、第二次大戦で中断したバイロイト音楽祭が戦後に再開した1951年の開幕で行われたフルトヴェングラーの演奏が思い浮かぶことでしょう。フルトヴェングラーは1954年にもバイロイトで演奏をしていますが、メジャーレコード会社のEMIが1951年の録音をレコード化したことから、こちらが圧倒的に良く知られています。その神がかった演奏はどれほどの時を経ても第九の一つのスタンダードと成り得ています。(この録音も含めて第九の様々な演奏家のCDについてはこちらから)

しかし今回取り上げるのは、もう一つのバイロイトの第九で、ワーグナーの生誕150年、没後80年記念となった1963年にカール・ベームが指揮した演奏です。この演奏は過去に幾つか海賊レーベルから出ていましたが、近年になりバイエルン放送局所蔵の音源をオルフェオがCD化しました。モノラル録音ですが広がりや臨場感が有るので聴き易く、年代的にはかなり良好の音質です。リマスタリングされた音が幾らかイコライジング気味な音なのが残念ですが、この手の復刻ではむしろ控え目の方ですし、何より高音域が過度に強調されることもなく、中音域から低音域のしっかりした音に支えられているのが嬉しいです。その為に木管楽器やチェロ、コントラバスの低弦、ティンパニなどの音が非常に明瞭で力強く響きます。

ベームの指揮はもちろんフルトヴェングラーの山あり谷あり波乱万丈型とは違い、基本的にインテンポを守り造形感を強く感じさせます。しかし実演で燃えて鬼神となるベームの本領をかなり発揮していて、そのエネルギー感が半端有りません。後年のグラモフォンの録音では遅いテンポで巨大な広がりの有るスケールを感じさせましたが、それよりも全楽章ともテンポは速めで直線的な迫力を強く感じさせます。爆発する推進力と重厚感がここでは見事に両立しています。

フルトヴェングラーのバイロイト盤と並べても決して遜色のない素晴らしい演奏であり録音であると思います。

グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)
グレース・バンブリー(メゾ・ソプラノ)
ジェス・トーマス(テノール)
ジョージ・ロンドン(バス)
カール・ベーム(指揮)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
録音:1963723
場所:バイロイト祝祭劇場
録音:モノラル(ライヴ)

発売:独オルフェオ

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2020年12月11日 (金)

緊急事態宣言とお願い

嬉しいことにこのところ沢山の方からコメント書き込みを頂いていて大変有難いのですが、お返事が間に合わなくなっております。

全てのコメントにお返事を差し上げるのがポリシーですが、このままではお返事崩壊が避けられません。

そこで今日から二週間の12月25日までをコメント書き込みの自粛要請期間とさせて頂きます。

拙ブログが続くのも皆様の閲覧とコメントの書き込みがあればこそと感謝の気持ちに少しも変わりは有りませんが、どうぞご理解下さいますよう宜しくお願い致します。

ハルくん

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2020年12月 4日 (金)

ブルックナー 交響曲第8番 クリスティアン・ティーレマン/ウィーン・フィルハーモニー CD新盤/決定盤

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今やドイツ・オーストリア音楽の盟主となったクリスティアン・ティーレマンはウィーンでもドレスデンでもバイロイトでも引っ張りだこですが、口の悪い輩には、やれ「指揮が下手だ」とケチを付けられるようです。確かにしゃくりあげる(アッパースイングの)指揮姿は格好の良いものでは無く、見ているだけで心を奪われるカルロス・クライバーの指揮姿とは雲泥の差が有ります。だが、個人的にはビジュアルイメージほどには好まない演奏が案外と有るクライバーよりも、映像では無く音だけを聴いていた方が良いと思えるティーレマンに好感を持ちます。

そんなティーレマンがウィーン・フィルとブルックナーの全曲演奏、全曲録音を開始しました。これまでミュンヘンやドレスデンでブルックナー録音を残してきたこの人の一大プロジェクトは大歓迎です。

その皮切りは第8番で、いきなり初球から剛速球を投げ込まれた印象です。これは昨年の10月に録音されたもので、このコンビは日本でもこの曲を演奏しましたね。その生演奏を聴いた人の話では、ご本人はとても良いと感じたらしいのですが、周りの知人にはそれほど称賛されてなかったそうです。

そしてこのCDがリリースされる直前にNHKでウィーンでのライブ映像が流れました。当然観ましたが、やはり映像だと指揮姿に気を取られてしまい、演奏そのものに集中出来ませんでした。要は良いのか悪いのかよく分からなかったのです。

そして今回、ようやくCDでじっくりと音楽に集中出来ました。そして感想はと言えば。。。素晴らしい!!です。

第1楽章からゆったりとしたテンポで構えが大きく、それでいて少しももたれません。いいテンポです。目新しいことは何もしません。実にオーソドックスです。ブルックナーの音楽の魅力がごくごく自然に心に浸み込んで来ます。トゥッティの響きも素晴らしく、これはウィーン・フィルなら当然と言えば当然なのですが、それを捉えるバランスの良い録音も上出来の仕事です。

第2楽章も少しも慌てず騒がず、しかし堂々とした進軍で聴き応えが有ります。ここぞという時にはぐっと重みを与えるセンスも良しです。中間部ではウィーン・フィルの美しい弦の魅力が全開です。

第3楽章のハーモニーの美しさも当然過ぎるものの、やはり美しい!です。どこまでもゆったりとブルックナーの法悦の世界に浸り切れます。

第4楽章もまた雄渾でスケールが大きく、しかしもたれない良いテンポです。チェリビダッケのような異形の凄みさえ有りませんが、全体も細部も充実し切っています。

全曲を聴き終えてみて、これはオーソドックスなスタイルでの究極の演奏だという気がします。これまで個人的に好んでいたクナッパ―ツブッシュ、シューリヒト、チェリビダッケは比べてみれば、やはり個性やアクの強さが相当に有ります。極めて高い次元のオーソドックスさで並ぶのはヴァントのみでしょう。ヴァント晩年の北ドイツ放送響やミュンヘン・フィルとの演奏は本当に素晴らしいですが、このティーレマン新盤の決定的なアドヴァンテージはやはりウィーン・フィルというブルックナー・オーケストラとして最上の名器です。特にヴァイオリン群と木管群の音色と歌わせ方の素晴らしさは他のどこの楽団も及びません。

これから出て来る後続の曲の特に5番、7番、9番などの演奏が楽しみでなりません。

※この他のCDの鑑賞記は下記をご覧ください。
ブルックナー 交響曲第8番 名盤

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2020年11月26日 (木)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」ハ短調 Op.13 名盤 ~三大ソナタ~

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今年も残りひと月余りとなりました。コロナ禍で明け暮れた大変な年となってしまった為に、ベートーヴェンの生誕250周年どころではなくなりました。しかし、それではいけないと思い、これまで楽聖の曲を特集して来ました。

ベートーヴェンが大変なピアニストであったことは良く知られています。故郷のボンから音楽の都ウィーンに移り住んで間もない若きベートーヴェンは、まずピアニストとしてその演奏でウィーンの聴衆を驚かせました。まだ22歳の時です。既に“学生”ではなく“楽聖”?

そのベートーヴェンが生涯を通して作曲を続けた32曲のピアノ・ソナタは“旧約聖書”と称されるバッハの『平均律クラヴィーア曲集』に対して“新約聖書”と呼ばれます。若くして手がけた習作ソナタから、最後の第32番まで作曲は約40年にも渡ります。そんなジャンルはピアノ・ソナタのみです。

もちろんベートーヴェンの作品群において交響曲も弦楽四重奏曲も不滅の領域ですが、こと楽器との結び付きの深さの点ではやはりピアノを置いて他には有りません。そのピアノ・ソナタをこともあろうにこれまで1曲も記事にしたことが有りませんでした!

32曲のピアノ・ソナタを作曲の順に追ってみると、ベートーヴェンが次々と新しい世界を切り開いてゆく様や作曲の進化ぶりが解かります。
その中で俗に「3大ソナタ」と呼ばれる「悲愴」「月光」「熱情」が有り、続いて「テンペスト」「ワルトシュタイン」「告別」を加えて「6大ソナタ」とも呼ばれます。「3大」は、その名の通りの傑作揃いで文句は有りません。自分の好みで言うと「ワルトシュタイン」を加えて「4大」としたいところですが、キリが悪くなるのでやむなしです。

一方、最後の第30番、31番、32番は「後期3大ソナタ」と呼ばれますが、これはピアノ・ソナタの孤高の領域に到達しています。ただただ畏敬の念を持つばかりです。

これらを今年中に記事にするには、もう時間が足りませんが、ともかく初期のピアノ・ソナタの頂点である「悲愴」を取り上げます。ベートーヴェン自身がその標題を付けたかどうかは不明ですが、初版譜に標題が付けられていたことから、本人が認めていたことは確かです。

古典的な形式をしっかりと保ち、劇的であり且つ気品を失わない楽想が本当に魅力的です。その名の通り悲愴感を一杯に湛えて疾走する第1楽章、稀代の美しい主旋律を持つ第2楽章、そして走りゆく哀しみを湛えた第3楽章と、聴きどころが満載で聴き手を一瞬たりとも飽きさせません。
後年の深遠さとは異なる若きベートーヴェンの魅力に満ちていて、初期ピアノ・ソナタの頂点と言わしめます。

楽曲構成
第1楽章 グラーヴェ ― アレグロ・モルト・コンブリオ ハ短調 ソナタ形式
第2楽章 アダージオ・カンタービレ 変イ長調 ロンド形式
第3楽章 ロンド・アレグロ ハ短調

さて所有CDのご紹介ですが、まとめて聴くことが無い為に、CD棚から集めるのに苦労しました。

51rgdgm0fll_ac_ ヴィルヘルム・バックハウス(1954年録音/DECCA盤) 後年のステレオ録音が定番として知られますが、その6年前のモノラル録音の旧盤です。テクニックで唸らせようとする煩悩や飾り気を全く感じさせない男性的で朴訥としたスタイルがベートーヴェン自身のピアノのイメージと重なり合います。良く聴くと決してインテンポでは無く微妙なテンポの浮遊性を持ちます。切れの良さで旧盤を好む声も有りますが、自分は録音も加味して新盤を好みます。

R800 ハンス・リヒター=ハーザー(1955年録音/DECCA:フィリップス原盤) バックハウス以上にドイツ的で1980年辺りまで現役で活躍したにもかかわらず商業的な理由で知名度が低いのは残念ですが、ベートーヴェンのソナタをモノラル期からステレオ期にかけて結構な曲の録音を残しているのは嬉しいです。この曲も骨太の音で、ゆったりとスケールの大きい演奏が素晴らしく、同時期のバックハウスと充分に渡り合います。

51wjxhhn5l_ac_ イーヴ・ナット(1955年録音/EMI盤) ベートーヴェンのソナタの全曲録音を行っていて根強い人気の有るナットはフランス人で、同時期のドイツ系のピアニストよりは演奏にしなやかさや即興的な閃きが有る印象を受けますが、音のタッチは明確でベートーヴェンの音楽の威厳というものを案外と感じさせます。モノラル録音ですが良好で同時期のDECCAと遜色は有りません。

81v4ermuo1l_ac_sl1500_ アニー・フィッシャー(1958年録音/EMI盤) 導入部のグラーヴェが正にその通り“重々しく、荘重に“弾かれます。主部もがっちりと男性的な演奏であり、打鍵も重いので非常に聴き応えが有ります。第2楽章も遅いテンポで荘重さを保ちますので段々と胃にもたれて来ます。更にそれが第3楽章にも続くので気分まで重くなります。え、”悲愴”だから良い?いや、もう少しすっきりした古典的な軽みが有っても良さそうです。所有はBOXセットです。

811tspiultl_ac_sl1500_ スヴャトスラフ・リヒテル(1959年録音/ビクター盤:メロディア音源) 古いモスクワ録音でマスターテープに僅かに劣化した部分も散見されます。しかしステレオ録音で気にはなりません。それよりも壮年期のリヒテルの音楽への没入度の凄まじさに圧倒されます。ある意味でフルトヴェングラーのライブ的です。第1楽章主部はかなり速いですが、グールドは速く弾くこと自体が目的ですが、リヒテルは音楽に没入して速く弾かずにいられないという大きな差が有ります。ですので、第2楽章は速めに流れますが、情感がひしひしと感じられて惹きつけられます。そして第3楽章も気迫に溢れ切っています。

996 ヴィルヘルム・バックハウス(1960年録音/DECCA盤) もちろん昔から定番中の定番として知られる演奏で、男性的で朴訥としたスタイルがベートーヴェン自身のピアノを感じさせるのは旧盤と同じですが、よりスケール感を感じます。テンポの浮遊性もいよいよ神業の域に入り、どこまでも自然に感じさせます。DECCAの優れたステレオ録音で、バックハウス愛用のベーゼンドルファーがこれほど美しく聞こえるのにも感嘆するばかりです。所有するのは全集ですが、三大ソナタ単独でも出ています。

71ppjemblql_sl1500_ ルドルフ・ゼルキン(1962年録音/CBS盤) これはあくまでも自分の感覚なのですが、この当時のゼルキンには最も古典的な造形感を感じます。それでいて溢れ出るパッションをも同時に感じられるという言うなれば稀有な演奏です。颯爽としたテンポで駆け抜けますが決して軽くなり過ぎずに、しっかりとした音楽の手応えが有ります。

4158hes8gml_ac_ アルトゥール・ルービンシュタイン(1962年録音/RCA盤) 比較的ゆったり気味のグラーヴェから主部に入りますが、疾走感は無く、おっとり刀で旋律線を強く意識しているように感じられます。第2楽章では逆に朗々と歌い上げるというよりも静寂感に包まれています。第3楽章にしても常にゆとりが有り、“ドラマティックな”演奏とは対極に位置する印象です。

6189bgv0xl_ac_ ウラディーミル・ホロヴィッツ(1963年録音/CBS盤) スタジオ録音ですが、ベートーヴェンの音楽への敬意からか、とてもオーソドックスな演奏です。もちろんドイツ的な朴訥としたスタイルでは無く、この人らしいインパクトのある音とデリカシーの有る音とで紡ぎ出されるスマートな演奏ですが、聴いていて自然に引き込まれます。

21k0ktk0nsl_ac_ul320_ クラディオ・アラウ(1963年録音/フィリップス盤) アラウの壮年期の録音ですが、既に普通の奏者の最晩年の趣です。テンポは遅めで間をたっぷりと取り、一音一音に念を押すような重量感が有ります。両端楽章などは聴き応え充分です。但し第2楽章の遅過ぎるテンポは少々胃にもたれます。これは指揮者で言えばさしずめクレンペラーの演奏で、好きな人には応えられないかもしれません。

71wykr2aukl_ac_sl1400_ ヴィルヘルム・ケンプ(1965年録音/グラモフォン盤) 昔の定番ということではバックハウスと双璧でした。両者に共通して感じるのは、極めて自然に音楽の素晴らしさに引き込まれることです。技術偏重でもなく、威圧的でもなく、神経質でもなく、しかし威厳も味わいも失わずにただただ聴き惚れてしまいます。これがドイツの伝統というものでしょうか。しかし、その中でも抜きん出た一握りの巨匠による演奏。そんな気がします。所有するのは全集ですが、もちろん三大ソナタ単独で出ています。

7116u6m7akl_ac_sl1500_ グレン・グールド(1966年録音/CBS盤) やってくれるね、グールド!という感じの強烈な演奏です。第1楽章のアレグロは疾走感どころでは無く、猛スピードであれよあれよと駆け抜けます。第2楽章もすっきり速めですが、第3楽章がまたしても超スピードでかっ飛ばします。現代に流行りの快速ベートーヴェン演奏の先駆けだったのかもしれません。また、ある意味ロマンティシズムを排除したバロック的だとも言えるのかも。

412cmdz5gjl_ac_ フリードリヒ・グルダ(1967年録音/アマデオ盤) グルダは若い頃にアマデオに全曲録音を行い、DECCAの協奏曲全集と共に新時代のベートーヴェン像を打ち立てました。それ以前のドイツ系巨匠ピアニストの重厚さとは異なる、ほとばしる生命力と若い躍動感を強く感じさせるものです。この曲でも同様なのですが、それでいてウィーンの伝統の上に立った一種の安心感も与えるところが大きな魅力です。

492 エリック・ハイドシェック(1967年録音/EMI盤) ハイドシェックが若い頃に録音した全集盤からです。この人は後年にわが国でちょっとしたブームを巻き起こしましたが、個性が強過ぎて好みからは逸れています。しかし若い頃の自由奔放なモーツァルトなどは大好きです。このベートーヴェンも個性は強く、古典的にきっちりした演奏では有りません。けれどもそれがこの人のインスピレーションから出ているからか、それほどの抵抗は感じません。むしろ洒脱なフランス人の弾くベートーヴェンを楽しむならお勧めかもしれません。

230051167 エミール・ギレリス(1973年録音/グラモフォン盤) 感情が激流のごとく迸るリヒテルの演奏に比べるとずっと客観的ですが、それでもこの演奏は中々に情念の高まりを感じます。それでいて造形性をしっかりと保っているのが、この初期の曲ではプラスしています。ただ、第2楽章がやや平板に感じられるのは残念です。

51x095kohl_ac_ クリストフ・エッシェンバッハ(1975年録音/グラモフォン盤) 今では指揮がメインのマエストロですが、録音当時は若手ピアニストとして注目を浴びていました。冒頭グラーヴェの遅さはトップクラスですが、アレグロに入ると標準的な速さと成ります。しかしテンポの速さとは別に音そのものに重量感が有るのが印象的です。第2楽章もかなり遅いテンポで身体と感情を引き摺るようであり、哀しみと諦めに包まれているのがかなりユニークです。第3楽章は重量感は有るものの標準的な速さです。小股の切れ上がったスマートさとは無縁の重い聴き応えのある演奏です。

100000009000828373_10204 ラザール・ベルマン(1979年録音/SONY盤) 当時のソヴィエト出身で西側の国際コンクールで優勝して一躍センセーションを巻き起こし、カーネギーホールで行ったリサイタルのライブ録音です。“森の熊さん“然とした顔つきですが、演奏は質実剛健そのものでした。この曲の演奏も、打鍵にも演奏にも重量感が有りますが、気をてらわない極めてオーソドックスなものです。師でもあるリヒテルの若い頃とはタイプがだいぶ異なり、むしろギレリスに似たタイプだと言えます。

71tckqlt5ml_ac_sl1200_ ダニエル・バレンボイム(1983年録音/グラモフォン盤) バレンボイム二度目の全曲録音からです。この人の中核レパートリーはベートーヴェンとモーツァルトですが、より才能が輝いているのは後者の方だと思っています。この「悲愴」の演奏はとても美しく、オーソドックスで安心して聴いていられますが、反面、情念の高まりに不足するように感じられます。少なくとも自分にはです。

412kpwv2cgl_ac_ クラディオ・アラウ(1986年録音/フィリップス盤) アラウは23年前の旧録音でも晩年の趣を持ちましたが、こちらは正真正銘の晩年録音であり、テンポは更に遅くなり、巨大なスケール感と聴き応えを感じさせます。楽聖の若き青春の日の音楽が、まるで後期の音楽のごとく聞こえてきます。第2楽章のテンポについては旧録音と余り変わらないにもかかわらず、感覚上はむしろもたれません。これはアラウの芸格がついに神域に入ったということだと思います。

51m2ven1xl_ac_ ブルーノ=レオナルド・ゲルバー(1987年録音/DENON盤) アルゼンチン生まれながらドイツ物を中心とした王道レパートリーを得意としたゲルバーは40代後半の円熟期に全曲録音を行いました。インテンポで堅牢な造形を保つわけではなく、あちらこちらで微妙なルバート、間、アッチェランドを駆使しています。けれどもそれらが決して煩わしさを感じさせないのは自然に湧き起こるインスピレーションに従っているからかもしれません。

71qlzzgwgel_ac_sl1050_ スタニスラフ・ブーニン(1993-4年録音/EMI盤) ブーニンがまだ20代のときに日本で録音した演奏です。後の2007年に再録音を行いますが、そちらは未聴です。第1楽章は速めのテンポで焦燥感が出ていて良いと思います。第2楽章はやや詰めが甘く含蓄やロマンティシズムが不足しているのが残念です。第3楽章も淡々とし過ぎで気迫不足に感じられますがとても綺麗です。

Eyjidwnrzxqioijwcmvzdg8ty292zxitaw1hz2vz アルフレッド・ブレンデル(1994年録音/フィリップス盤) ブレンデル全盛期の演奏は非常に細かくディナーミクの変化やアゴーギグを行っていて一見気づき難いのですが、そのコントロールが自然にというよりも理知的に頭で考えているように感じてしまいます。
その為に、音楽に中々没入して行きません。とりたてて欠点ということでも無いのですが、ベートーヴェンの魅力を余り感じ取ることが出来ません。

716wmdys7ul_ac_sl1400_ マウリツィオ・ポリーニ(2002年録音/グラモフォン盤) いかにもポリーニらしく、テンポもディナーミクも完ぺきに統率が取れていて、そこには情に流されるようなことは寸分も有りません。聴いていて頑丈な高層ビルディングを仰ぎ見るような印象を受けます。
さて、それでベートーヴェンの音楽に感動できるかと言えば首をかしげます。むしろ座り慣れない高級ソファに座らせられたような窮屈さを感じてしまいます。これは2枚組CDのお得盤です。

ということで、世に知られたピアニストが弾けば、聴いていられない演奏などは有りませんが、個人的に楽しんで聴ける演奏と言えば、リヒテル、バックハウスの新盤、ゼルキン、ケンプ、ラザール・ベルマン、そしてアラウの新盤。というところです。

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2020年11月16日 (月)

ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番 イ長調Op.69 名盤

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ベートーヴェンが器楽曲のジャンルで最も情熱を注いだのが32曲のピアノソナタ、そして16曲の弦楽四重奏曲だというのは紛れもない事実ですが、続いてはヴァイオリンソナタを全部で10曲書き上げています。それに比べればチェロソナタの5曲というのは決して多くは有りません。

しかし、チェロソナタは初期の作品5の第1番と第2番、中期の作品69の第3番、後期の作品102の第4番と第5番と、それぞれの時代の特徴や形式を代表するような傑作を残しています。ですので比較的初期に作品が集中しているヴァイオリンソナタ以上にベートーヴェンの作風の進化を示しているように思います。

5曲のうち、最も良く知られていて一際人気の高いのは作品69の第3番ですが、作品5の2曲の親しみやすい魅力にも大いに惹かれます。一方で作品102の2曲には後期に見られるある種の理屈っぽさが感じられる為に、いつでも楽しく聴けるという訳には行きません。

なにはともあれ第3番は中期の"傑作の森"において「運命」「田園」「皇帝」などと共に書かれましたので、演奏時間こそ20分ちょっとと比較的短めながらもおよそ内容に無駄が無く、凝縮しきった大変な傑作です。

ベートーヴェンが様々な曲で試みたように、ここでもまたチェロはピアノと対等な役割を担っています。それ以前のチェロソナタは、実質「チェロ伴奏付きのピアノソナタ」でした。
この曲のチェロ奏法は格段に高度な技術を求められるようになっていて、低音から高音まで広い音域が要求され、ピアノと時には寄り添い、時には渡り合い、かつ豊かに歌い上げなければなりません。

曲は三楽章構成です。

第1楽章 アレグロ イ長調。2分の2拍子。
冒頭のチェロの勇壮な第1主題を聴いただけで一瞬にして惹き込まれてしまいます。展開部に入っても、チェロとピアノの絡み合いが息つく間を与えません。曲は更に盛り上がってフィナーレに突入します。

第2楽章 スケルツォ、アレグロモルト イ短調。4分の3拍子。
チェロとピアノ共に鋭いリズムで切り裂くように奏でる精悍なスケルツォで大変に魅力的です。

第3楽章 アダージオ・カンタービレ-アレグロ・ヴィヴァーチェ
大らかな序奏部に始まり簡潔に終えると、直ぐに快活なアレグロに入り、音楽が疾走する中でチェロが優美な主題を大きく歌い上げます。これぞ正に『歌うアレグロ』の真骨頂ですが、このように勇壮でいながらも優美さを持つ音楽というのはベートーヴェンでなければちょっと書けません。聴き惚れているうちにあっという間にコーダに入り、チェロとピアノが白熱したまま堂々と曲が終わります。

CDを購入される際には、2枚のCDにまず5曲全てが収められていますので、もし好きなチェリストが全集を出して入れば、それを求められると良いと思います。そうでなければ第1番から第3番の1枚もの、あるいは第3番から第5番(このパターンは多いです)の1枚ものを求められれば宜しいです。

ということで愛聴盤のご紹介です。

028945301327 ピエール・フルニエ(Vc)、ヴィルヘルム・ケンプ(Pf)(1965年録音/グラモフォン盤) パリのプレイエル・ザールで行われたコンサートの全曲ライブ録音です。フルニエの素晴らしいテクニックと美しい音色が臨場感ある優れた録音で捉えられていて、共演するケンプのピアノも素晴らしく、両者による古典的な造形性を保つ極上の名演奏となっています。ライブでありながら演奏の完成度の高さは驚くほどで、これをリファレンスにするのには何の抵抗も有りません。第3番以外の曲も全て名演ですし、チェロとピアノの為の3曲の変奏曲作品も含まれていますので、これは是非とも全曲盤を座右に置かれて聴かれるべきです。

Bee-91m1jsqhll_ac_sl1500_ ジャクリーヌ・デュプレ(Vc)、ダニエル・バレンボイム(Pf)(1970年録音/EMI盤)この全曲のセッション録音が行われた当時、デュプレ25歳、バレンボイム28歳という若さでしたが両者の才能が溢れ出た素晴らしい演奏です。テンポは幾らかゆったり気味で、豊かな表情でスケール大きく歌い上げるデュプレのチェロがとにかく魅力的ですが、バレンボイムのサポートも不満有りません。古典的な造形性をはみ出しているわけでも何でもありませんが、やがて訪れるロマン派への憧憬が感じられます。リファレンスとしての完成度においてはフルニエに一日の長が有りますが、こちらもまた聴かれて損のない演奏だと思います。

Cla110616142 ダニール・シャフラン(Vc)、アントン・ギンズブルグ(Pf)(1971年録音/Venezia盤) シャフランはロストロポーヴィチと同時代の旧ソ連を代表する名チェリストで、1949年のブダペスト、1950年のプラハの二つのコンクールでどちらもロストロポーヴィチと共に優勝を分け合っていることからも実力が計り知れます。ヨーロッパやアメリカ、日本へもツアーを行い活躍しましたが、ロストロポーヴィチほど一般の知名度の高さは有りません。けれども名器アマティの太い低音と美しい高音で表情豊かに歌わせた、このスケール大きく素晴らしいベートーヴェンを聴きさえすれば誰しもが魅了されることと思います。ピアノのギンズブルグも優秀です。この全曲CDはロシアのマスターテープをリマスターしたものですので音は良いですし、バッハの無伴奏チェロ組曲全曲と組み合わされているのでお勧めなのですが、残念なことに既に廃盤ですので入手は難しいかもしれません。

Bee-celo ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)(1961年録音/フィリップス盤) もちろんこの曲でスラヴァの演奏を外すことは出来ません。フルニエ盤と双璧のベストセラーとなったディスクです。もっとも私は第3番以降しか持っていませんが、出来れば全曲盤で入手されると良いと思います。チェロとピアノが対等に渡り合うという点ではこの二人以上の組み合わせは無いかもしれません。正にがっぷり四つの力比べをしている感が有ります。随所にみられる激しい音のアタックは、さながら対決をしているかのようで、「優雅さ」よりは「真剣勝負」の印象が強いです。ですので聴き手によっては幾らか好みが分かれるかもしれません。

Bee-61hf0zvxagl_ac_ パブロ・カザルス(Vc)、ルドルフ・ゼルキン(Pf)(1953年録音/CBS盤) もうひとつは大巨匠カザルスのモノラル録音で、フランスのプラドにおけるカザルス音楽祭でのライブ録音です。これは第3番以降のみのディスクですが、1951年のペルピニャンの収録と合わせて全集としても出ています。カザルス晩年の演奏ですが、ゆったりとしたテンポで雄大なベートーヴェンを聴かせます。何か曲の大きさが一回りも二回りも大きくなったような貫禄が有ります。壮年期のゼルキンのピアノがまた実に立派で素晴らしいのですが、主役はあくまでもカザルスです。リファレンスには向きませんが、やはりこれも是非聴いておいて頂きたい演奏です。

Zap2_a2021420w 鈴木秀美(Vc)、小島芳子(Hf)(1996年録音/独ハルモニアムンディ盤) 別に古楽器が嫌いなわけでは無いのですが、モーツァルト以降の音楽はやはりモダン楽器演奏を好みます。というわけで1点だけは古楽器演奏盤です。なにも日本人だからなどという安っぽい基準でなく鈴木秀美は本当に凄い演奏家だと思いますし、ハンマーフリューゲルで共演する小島芳子もまた素晴らしいです。しかし、前述した錚々たる面々のモダン楽器の表現力と比べると楽器の限界を感じます。もっとも、その古雅な響きがピリオド楽器の魅力ではありますし、ここは無心で楽しむことにしましょう。

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