2019年10月15日 (火)

藤田真央 ピアノ・リサイタル

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今日は紀尾井ホールへ話題のピアニスト藤田真央のリサイタルを聴きに行きました。このホールで彼の演奏を聴くのは、今年の3月にチェリスト伊藤悠貴のリサイタルのピアニストとして聴いて以来、半年ぶりです。その時の演奏会では二人の音色のコラボレーションが無類の音の美しさを醸し出していました。

今回もまた素晴らしい演奏でした。あのもの凄く柔らかい手の動きから弱音も強音も本当に美しい音が出てきます。
彼の音色感覚には独特のセンスを感じますが、後半のショパンのスケルツォ全曲では大胆な加速やルバートも効かせて凄く魅力的でした。
そのスケルツォも第一番から第三番までをほとんど切れ目なく一気に弾いてしまうのは凄いです。第4番の前だけハンカチで汗を拭いていました。プログラム前半のモーツァルトのソナタ第10番やベートーヴェンのソナタ「テンペスト」も良かったですが、自分としてはスケルツォを取ります。

アンコールは4曲。その最後のドビュッシー「月の光」では静寂感、薄明感に魅了されました。
彼と共演した伊藤悠貴が「彼は天才」と言っていましたが本当ですね。

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2019年9月 5日 (木)

カール・オルフ 世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」 名盤 ~ボイエルンの歌集~

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ボイエルン修道院

19世紀初め、南ドイツのバイエルン地方にあるボイエルン修道院の書庫から11世紀から13世紀の間に書かれたとみられる古い詩歌を集めた写本が発見されました。それらは修道院を訪れた若い旅人や修道僧たちが書き遺したものと考えられますが、内容は、酒、恋愛、男女の営み、社会風刺などと極めて世俗的なものが多いのが特徴で、ラテン語、古イタリア語、ドイツ語、古フランス語などの様々な言語で書かれています。

それらが『カルミナ・ブラーナ』(ボイエルンの歌集)という題名で編纂され、1847年に出版されました。それを基にドイツのカール・オルフが作曲したのが同名の有名な世俗カンタータです。

それは“楽器群と魔術的な場面を伴って歌われる独唱と合唱の為の世俗的歌曲”という長い副題が付けられた舞台形式によるカンタータで、ソプラノ、テノール、バリトン独唱、混声合唱、少年合唱、管弦楽、さらに本来は舞踊を伴うという大作です。

作品は3つの主要部分から構成されています。
第1部『初春に』 うららかな春の気分と愛が歌われる
第2部『酒場で』 酒場での男の欲望が歌われる
第3部『愛の誘い』 男女の愛と性欲が歌われる
更にその前後に置かれたプロローグとエピローグでは、「人間は常に運命に支配されて翻弄されるだけである」と歌われます。

曲は原始的なバーバリズム溢れるリズムとシンプルな和音が特徴で、歌詞はラテン語が主体ですが、一部にドイツ語と古いフランス語が用いられています。 初演は1937年にフランクフルトの劇場でベルティル・ヴェツェルスベルガーの指揮により行われました。

オルフは1935年から1951年にかけて“トリオンフィ”(勝利3部作)と呼ばれる舞台演奏用の作品を作曲していて、この「カルミナ・ブラーナ」はその第1作目にあたり、第2作の男と女の愛の現場を描いた「カトゥーリ・カルミナ」、第3作の愛の結実と結婚を描いた「アフロディーテの勝利」へと続きます。しかし演奏頻度においては圧倒的に「カルミナ・ブラーナ」が勝ります。

冒頭の「おお、運命の女神よ(フォルトゥナ)」は激しいリズムと緊迫感から、スポーツイヴェントの選手入場やドラマや映画のシーンで多く使われので、曲名を知らない方でも必ず耳にしていると思います。 オルフの代表作であり20世紀の音楽作品の傑作の一つと言えます。

ということで、恒例の愛聴CDのご紹介ですが、まずは「勝利三部作」のCDから始めます。

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フェルディナント・ライトナー指揮ケルン放送響/合唱団(1973-74年録音/Acanta盤) 作曲者オルフと親交の厚かったライトナーが、オルフの監修の下に製作した三部作全曲の録音です。初回は分売でリリースされましたが、有難いことに現在ではまとめて発売されています。三部作ともドイツ的な重厚さと素朴さが魅力であり、現代のスマートで颯爽とした演奏とは印象が異なります。「カルミナ・ブラーナ」も、じっくりとしたテンポによる風格が素晴らしく、この曲のリファレンスとしてかけがえのない価値を放ちます。録音も優れています。これが廉価盤で購入できるとは実に有難いですね。

以降は「カルミナ・ブラーナ」単独盤です。

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オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツオペラ管(1967年録音/グラモフォン盤) ヨッフムもまたオルフ演奏に定評が有り、早々とモノラル期に行った録音に続く再録音盤でした。この録音にもオルフが立ち会っていたようです。長い間ベストセラーとして君臨しましたが、現在聴いてもエネルギッシュでドイツ的なバーバリズム全開の魅力は「カルミナ・ブラーナ」では絶対に外すことの出来ない名盤中の名盤です。これから聴かれる方はまずはこの演奏を。但し、あえて指摘するとすればバリトンのフィッシャー=ディースカウは抜群に上手いもののコントロールされ過ぎの印象です。録音の鮮度はやや落ちていますが、バランスは良く聞きごたえは有ります。

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ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプチヒ放送響(1959年録音/エテルナ盤) ケーゲルは元々合唱を得意とする指揮者なのでこの曲にはうってつけです。洗練され過ぎることの無い、粗削りで素朴な味わいはヨッフム以上ですし、魔術的、呪術的という言葉が最も似合うように感じます。現代的で無いところが、逆にこの演奏の最大の魅力となるのでは無いでしょうか。録音は流石に古さを感じますが、鑑賞には問題ありません。ケーゲルは70年代に再録音を行っていますが、そちらは未聴です。

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リッカルド・シャイー指揮ベルリン放送響(1983年録音/DECCA盤) 全体の速いテンポと切れの良いリズム感が魅力です。ですので、この現代的でスマートな演奏を好む方は多いのではないでしょうか。しかしドイツのオケを使っているにもかかわらず、暗さよりも明るさを強く感じる響きと、軽快で健康的に過ぎるように聞こえるのが個人的には幾らかマイナスです。声楽陣も独唱、合唱ともに洗練されていて非常に美しい反面、荒々しい力強さを感じることは有りません。

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ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響(1984年録音/Profile盤) ライヴ収録ですが、さすがは名職人ヴァントですので緻密な完成度の高さに感心させられます。テンポは速くも遅くもなく中庸。響きについても良くコントロールされていて素朴さこそ有りませんが、さりとて洗練され過ぎることもなく無く、やはり中庸です。そのあたりもヴァントらしいと言えば、いかにもヴァントらしい立派な良い演奏なのですが、個人的には正直もう少し個性や主張が欲しくなります。管弦楽はもちろんのこと声楽陣、合唱とも優秀です。

ということでオルフ自身の監修、立ち合いで録音されたライトナー盤とヨッフム盤が貫録勝ちというところです。ただしオルフは他にもサヴァリッシュの録音やショルティの演奏会など色々と立ち会ったようですので、それが決め手だということではありません。

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2019年8月18日 (日)

クレド交響楽団演奏会~ジェラール・プーレさんのブラームス ヴァイオリン協奏曲~ 

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昨日は本当に暑かったですね~(大汗)
しかし夏休みも残り2日。勝どきの第一生命ホールまで足を伸ばしてフランス国宝級のヴァイオリニストであるジェラール・プーレさんのブラームスのコンチェルトを聴きに行きました。オケはクレド交響楽団というアマチュア団体です。

「ドン・ジョバンニ」序曲と「真夏の夜の夢」序曲の2曲のみが前半で短めでしたが、これが素晴らしい演奏でした。慶応高校と大学1年のメンバーが中心らしいですが、上手さにビックリです。さすがは”陸の王者慶応”!

指揮者は豊平 青さん。慶応ワグネルではヴァイオリン奏者ですが、プーレさんに師事したことがあるので、今回は師弟共演ということです。しかし前半を聴けば類まれな音楽の才能に恵まれた若者だということが直ぐに分かります。

さて、その後半のお目当てのブラームスですが、師弟の信頼関係はもちろんのことオーケストラの素晴らしさと相まって、プーレさんは気合と集中力全開の演奏でした。元々大きな音でゴリゴリと弾かれないのは師のシェリング譲りだと思いますが、音のニュアンスの豊富さと粋な味わいは絶対に他の誰にも真似ができません。それが指揮者とオケにある時は寄り添い、ある時は思い切りよく自在に弾き切り、正に千両役者。国宝級だと思う所以です。ご年齢がもう81歳だなんて一体誰が信じられるでしょう!

素晴らしい演奏会でした。プロのオケでもそうそう出会えない感動を与えてもらいました。音楽は素晴らしい!そして実に深い!

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2019年8月 4日 (日)

ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.26 名盤

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マックス・ブルッフはケルン生まれのドイツの作曲家で、ブラームスより5歳年下です。早くから才能を示して、ヴァイオリン協奏曲第1番は特に人気が有り頻繁に演奏されました。もっとも、この作品はブルッフが28歳の年に初演されて好評でしたが、それでも満足出来ずにヨーゼフ・ヨアヒムに助言を求めて二年後に改定版を発表しました。そのかいあってヨアヒムが独奏した演奏会は大成功に終わりました。

ブルッフの曲は魅力的な旋律を持つことが特徴で、作品をとても親しみやすいものにしています。「旋律は音楽の魂である」「旋律を歌うのに不向きなピアノにはさほど興味を持てない」という発言もしていたそうです。彼はロマン派の中でも古典的な志向が強かったので、メンデルスゾーンやシューマン、ブラームスには非常に敬意を払い、反対にリストやワーグナーには敵対心を持ちました。
ひところはかなりの人気を博していましたが、ブラームスが交響曲第一番でセンセーショナルな成功を収めてからは、その陰に隠れてしまい、後年はごく少数の作品を除いてすっかり忘れ去られました。いつまでもヴァイオリン協奏曲第一番が最も知られていることにも不満を感じていたようです。

さて、そのヴァイオリン協奏曲第一番は現在でもよく取り上げられますし、人によっては古今のヴァイオリン協奏曲の五指に数えるかもしれません。僕も大好きですが、ブラームス、ベートーヴェン、シベリウス、チャイコフスキー、メンデルスゾーン・・・と自分の五指からは残念ながら漏れてしまいそうです。しかしブルッフの特徴である美しい旋律を凄く楽しめますし、その一方で胸が高まるような高揚感も持っています。第二楽章は単に美しいだけでなく、自然や神への祈りが深く感じられて感動的ですし、第三楽章はブラームスのヴァイオリン協奏曲の終楽章にも匹敵する躍動感が最高です。確かに時代の波にも消し去られなかっただけある名曲です。

なお、ブルッフには現在ではほとんど演奏されないヴァイオリン協奏曲第二番と第三番がありますが、幻想曲風な第二番、管弦楽がシンフォニックな第三番とも一聴に値するものの、第一番を超えたとはお世辞にも言えません。むしろヴァイオリン協奏曲スタイルの「スコットランド幻想曲」の方がずっと美しい名曲です。

それではCD愛聴盤をご紹介します。

51hffygjmrl_1_20190728222201 クリスティアン・フェラス独奏、ワルター・ジェスキント指揮フィルハーモニア管(1958年録音/EMI盤) フェラスが意外に表現意欲旺盛に、かつロマンティックに弾いているのに驚きます。気迫もかなり感じられます。ところがEMIの録音がステレオながら古く感じられてがっかりです。フォルテ部分もリミッターをかけたかのように盛り上がらず、拍子抜けをしてしまいます。

81uf1ctim3l__sl1500_ ヤッシャ・ハイフェッツ独奏、サー・マルコム・サージェント指揮新ロンドン響(1962年録音/RCA盤) ハイフェッツとしては最後期の録音で、かつての魔人的な凄みこそ失われたものの、テクニックと音色の冴えはまだまだ衰えません。それどころかどんなに速い部分でも音符の一つ一つに意味が有ります。第二楽章も颯爽としている割に味が有ります。しかし白眉はやはり第3楽章で、疾風のごとく駆け抜ける演奏の切れ味は凡百の演奏家の追随を許しません。この曲の演奏として必ずしも一番好きということでも無いのですが、絶対に外せない名演というところです。

03_1103_01 ユーディ・メニューイン独奏、サー・エードリアン・ボールト指揮ロンドン響(1971年録音/EMI盤) メニューインはこの曲を最低3回は録音していて最後の録音となります。第1楽章など良く歌わせますが、技術の衰えが酷く耳を覆います。ところが第2楽章に入ると味わいが深まって思わず聴き惚れます。続く第3楽章も技術の衰え何のそのと堂々と弾かれるのですっかりこの人のペースにハマってしまいます。ボールトの指揮もメニューインを引き立てていて素晴らしいです。

51oltnnhi5l チョン・キョンファ独奏、ルドルフ・ケンペ指揮ロイヤル・フィル(1972年録音/DECCA盤) 若きキョンファのシベリウスと並ぶ名ディスクは長く自分のリファレンスとして君臨しています。余計な甘さ、脂肪分が無く引締まった音の美しさ、切れの良い技巧とリズムが最高です。第二楽章のしみじみとした味わいと祈りの気分も素晴らしいです。ロイヤル・フィルは往々にして音の薄さを感じさせますが、この演奏では全くそんなことが無く、非常に立派で厚みが有る音を聴かせています。これはケンペの実力でしょう。

51s5mzw9dql アルテュール・グリュミオー独奏、ハインツ・ワルベルク指揮ニュー・フィルハーモニア管(1973年録音/フィリップス盤) グリュミオーは美音でロマンティックに歌わせますが、決して粘着質にベタベタとなったりはしません。あくまでさらりと爽やかな印象を与えるのが、この曲には向いています。この人はライブ録音では意外と音程などに怪しい部分が見受けられますが、このセッション録音では完璧です。ワルベルクの指揮も素晴らしく充実して聴きごたえがあります。

91ca63d7s3l__sx522_ レオニード・コーガン独奏、ロリン・マゼール指揮ベルリン放送響(1974年録音/DENON盤) 1960年頃までのコーガンは凄まじいまでの切れ味が凄かったですが、70年代ともなると凄みがだいぶ失われました。しかしこの人はロマンティックに走るわけではなくヴィルトゥオーゾのスタイルを変えなかった為に、その魅力も失われて来たのはやむを得ません。この録音でも第二楽章の祈りが弱く感じられるなどのマイナスが有りながら、それを終楽章で挽回できないというのが残念です。

41zvv7wej4l サルヴァトーレ・アッカルド独奏、クルト・マズア指揮ゲヴァントハウス管(1977年録音/フィリップス盤) パガニーニの印象の強いアッカルドですが、案外とドイツ物を録音しています。速いパッセージではいかにもヴィルトゥオーゾ的に技巧をひけらかしますが、緩徐部分ではロマンティックに歌い上げます。独奏の音色は明るく、ほの暗い情緒感はさほど望めないところをオーケストラのいぶし銀の音がしっとりとバランス良くカヴァーしています。また、このディスクの大きなメリットは第2番、第3番、スコットランド幻想曲が全て収められていることです。

51swsllgv2l アンネ=ゾフィー・ムター独奏、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1979年録音/グラモフォン盤) ムターのデビュー時の録音です。僅か16歳でこれほど高度な演奏をするのには驚嘆します。ただし常に大きなヴィヴラートを利かせたグラマラスな弾き方がこの曲として相応しいかどうかは聴き手の好み次第です。カラヤンとベルリン・フィルのグラマラスな演奏も同様です。どんなにシンフォニックで立派でもこういうヘビー級で爽やかさに欠けるこの曲の演奏というのは自分の好みからは全く外れてしまいます。

41f2mc3gbel チョン・キョンファ独奏、クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1990年録音/EMI盤) キョンファ円熟期の再録音です。技巧的にさほど衰えは感じられませんが、若いころの鋭い切れ味は減少しました。その分ロマンティックさが増しました。テンシュテットの指揮も同様でスケールも大きいですが、終楽章ではややもたつきにも感じられます。EMIの録音の影響もあり、ロンドン・フィルの音がモノトーンっぽいのは残念です。個人的にはキョンファであればケンペとの旧録音がずっと好きです。

81pczsd46sl__sl1410_ マキシム・ヴェンゲーロフ独奏、クルト・マズア指揮ゲヴァントハウス管(1993年録音/TELDEC盤) 若きヴェンゲーロフの録音ですが、当時の実力のほどが充分に伺えます。美しい音と高いテクニックで余裕をもって弾き切っています。ロマンティシズムも兼ね備えていますが、くどくならない程度に上手く歌っています。半面、終楽章での切れの良さも素晴らしいです。マズアとゲヴァントハウスはここでも厚みのある音で独奏を堂々と支えていて、アッカルド盤での演奏に負けません。

41chx8vajel 諏訪内晶子独奏、サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズ(1996年録音/フィリップスン) 諏訪内さんのデビューCDでしたが、高い技術で危なげなく弾き切っています。やや細身に感じられる音色も奇麗です。端正な歌いまわしは清潔感に溢れます。但しここまで真面目に弾かれると人によっては面白みに欠ける印象を受けるかもしれません。しかしそのクールさがこの人の魅力です。オケは元々室内合奏規模ですが、ここではメンバーを増強しているようで、響きもそこそこ厚く鳴っていて、問題ありません。

51kuoh9xyl 五嶋みどり独奏、マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィル(年録音/SONY盤) これはライブでの録音です。五嶋みどりは流石というか、ライブとは思えないぐらい高次元の完成度です。ただ逆にスリリングさを生み出すほどに追い込んでいる印象は受けません。これは贅沢な不満です。ベルリン・フィルの音は立派この上ないですが、この曲には厚く重すぎて余り向いていないように思います。それにヤンソンスの指揮と独奏に所々隙間を感じるのは自分だけでしょうか?とは言え一般的には高い評価を受けるであろう演奏です。

ということで、マイ・フェイヴァリット盤を上げるとすれば、迷うことなくチョン・キョンファ/ケンペ盤に決まりです。他にハイフェッツ盤は折に触れて聴きたいと思います。

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2019年7月15日 (月)

プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」 東京文化会館/新国立劇場共同制作”オペラ夏の祭典2019-20”

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昨日は東京文化会館と新国立劇場の共同制作によるプッチーニの歌劇「トゥーランドット」を観に上野の東京文化会館へ行ってきました。
この演目はびわ湖ホールと札幌でも公演される予定らしく、日本のオペラ公演の今後の一つの興行の在り方を示す画期的なプロジェクトだと思います。

総合プロデュースは指揮者の大野和士ですが、演出、美術、衣装にスペインのバルセロナ出身のスタッフが担当し、オーケストラはバルセロナ交響楽団です。
最初はどうしてわざわざスペインからオケを呼ぶ必要が有るのか疑問を持ちましたが、今日の演奏を聴いてみて納得が出来ました。大野が監督をしているこのオーケストがこの演目に欠かせなかったからです。それほど素晴らしかったです。音の重心が低く、ずしりとした重み、厚みが有り、非常に骨太でひ弱さが有りません。繊細な美しさも充分持っていますが、それが弱さに繋がらずに、あくまで逞しさを感じさせます。実はそれは新国立劇場に入る幾つかの在京オケにいつも感じてきた弱点だからなのです。

それにしても大野和士の指揮は流石でした。いくら主兵のオケといえども、ダイナミックさと繊細さのバランスが絶妙で、かつ、このオペラの近現代的な斬新な音を普段CDで聴いている以上に素晴らしく再現していました。

声楽陣も主要役柄は皆素晴らしく、最も気に入ったのはカラフのイリンカイでした。充分な声量と豊かな情感を備えた素晴らしいテナーです。「誰も寝てはならぬ」は感動的でした。
タイトルロールのテオリンも良かったですね。この大変な役を聴きごたえ充分で不満はありません。リューの中村恵理さんもとても良かったです。第一幕のアリアでは正直それほどでもありませんでしたが、三幕の自刃のアリアでは情感が籠りに籠り大粒の涙を誘いました。
新国立劇場、藤原歌劇団、びわ湖ホール合同の合唱団はとても力強く厚みが有り、オーケストラと一体になりこのオペラの一つの醍醐味をたっぷりと味合わせてくれました。少年合唱はとても上手かったのですが、何というか合唱コンクールのように聞こえたのがちょっとでした。例の「やーまのおてらの鐘がなる~」(笑)のところは同じ綺麗でももっと神秘的な雰囲気が欲しかったです。

最後に演出については、ことさら前衛的でもなく、オーソドックスさと現代的な感覚とのバランスが良かったように思います。演出には保守的な自分でも充分楽しめたのは良かったです。

このような質の高いプロジェクトならば、目の玉の飛び出る高額チケットの海外歌劇場の引っ越し公演よりもむしろ大歓迎です。

 

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2019年7月 8日 (月)

プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」全曲 名盤 ~誰も寝てはならぬ~

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イタリアオペラでヴェルディとプッチーニのどちらが好きかと聞かれても、ちょっと決められないというのが正直なところです。しかし旋律の美しさに心を奪われるのは、やはりプッチーニです。
プッチーニのオペラは所謂「お涙頂戴」的な作品が多いので、当時の聴衆に大変人気が有りました。けれども円熟期のオーケストレーションに関しては近現代の和声や響きを大いに感じます。忘れてならないのは「トスカ」以降の作品はすべて20世紀に入ってからのものだということです。そしてその最後の作品こそが歌劇「トゥーランドット」です。

「トゥーランドット」は、18世紀初めにラ・クロワが出版した『千一日物語』の中の「カラフ王子と中国の王女の物語」に登場する姫で、その物語を基にイタリアのゴッツィが戯曲を書き、その題材から生まれた最も有名な作品がプッチーニの「トゥーランドット」です。

1926年にミラノ・スカラ座でアルトゥーロ・トスカニーニの指揮により初演されましたが、そこまでには多くのアクシデントがありました。
台本固めに紆余曲折したために作曲もかなり滞っていましたが、ようやくオペラの完成が近づき、ミラノ・スカラ座でトスカニーニの指揮により初演されることに決まりました。ところがプッチーニは激しい喉の痛みと咳で、医者に癌と診断されます。手術が施されましたが、突然の心臓発作で息を引き取ってしまいます。

作品は第三幕後半の召使リューが自刃する場面までで未完成に終わりました。そこで遺されたピアノスケッチをプッチーニの息子から依頼された作曲家アルファーノが補作を行って総譜を完成させます。ところがトスカニーニはそれに不満で、補作の約400小節のうち100小節以上をカットしてしまいます。アルファーノは激怒しますが、結局は押し切られて削除されました。

こうして向かえた初演で、トスカニーニはリューの自刃の場面で突然指揮を止め、聴衆に向かって「マエストロはここまでで筆を絶ちました」と言うと指揮台を降ります。翌2日目からは補作部分も演奏されました。
この初演以降、トスカニーニによるカットが入った版が広く使われて、アルファーノの初稿版は、1982年まで演奏されることが有りませんでした。
アルファーノの補作部分にはプッチーニの霊感が感じられないという指摘をしばしば目にします。確かに事実だと思いますが、それが果たしてアルファーノの責任なのか、あるいは既に力を使い切ったプッチーニのスケッチそのものにあるのかは分かりません。それに、そうだとしても、リューの自刃の場面で話が尻切れトンボに終わるよりは、やはり結末までたどり着けたほうが良いと思うのです。

一方で、作曲家ベリオが指揮者シャイーの委嘱により、最後をプッチーニのピアノ譜の原作通りピアニッシモで終わらせる補作版を書いています。当然管弦楽の響きにアルファーノよりも新しさが有るのと、余韻を持って幕を閉じるのは凄く良いと思います。

いずれにしても「トゥーランドット」には単に中国の古謡や民謡が使われているだけでなく、多種多様な管楽器や打楽器が用いられ、斬新な調性や和音による響きが満載されています。そこからはドビュッシー、シェーンベルク、ストラヴィンスキー、オルフなど様々な“新しい音”を容易に感じ取れることと思います。

<主要登場人物>
トゥーランドット姫(ソプラノ)
皇帝アルトゥーム(トゥーランドットの父)(テノール)
ティムール(ダッタン国を追われた元国王)(バス)
王子カラフ(ティムールの息子で身分と名前を隠している)(テノール)
リュー(ティムールと王子に仕える若い娘の召使)(ソプラノ)
ピン、ポン、パン(皇帝に仕える三大臣)

<物語>
舞台:古代の中国北京
第1幕 宮殿(紫禁城)前の広場で役人が群衆に向かい「トゥーランドット姫に求婚する者は、姫の出題する3つの謎を解かなければならない。もし解けない場合には、その男は斬首される」と宣言する。
謎解きに失敗したペルシアの王子が処刑されるのを、戦に敗れて国を追われ放浪中の身であるダッタン国の王子カラフが見ている。そこにトゥーランドット姫が現れるが、カラフは一目見てその美しさの虜となる。ティムール、リューが思いとどまるよう説得するが、カラフは自分が新たな求婚者となることを宣言してしまう。

第2幕 群衆が万歳を叫ぶ中、皇帝アルトウームとカラフの前にトゥーランドット姫が冷やかな表情で出てくる。 姫は、どうして自分が謎を出し、求婚を断ってきたのかの訳を述べる。「かつてロウ・リン姫は、異国の男性に騙され、絶望のうちに死んだ。自分は彼女に成り代わり世の全ての男性に復讐を果たす」と。
そしてカラフの謎解きが始まるが、彼は与えられた三つの謎を全て解いてしまう。
謎を解かれたトゥーランドット姫は皇帝に「私は結婚などしたくない」と哀願するが、皇帝は約束を守るよう娘に翻意を促す。そこでカラフは姫に「それでは私もたった一つ謎を出そう。明日の夜明けまでに私の名が分かれば、私は死んでもよい。」と提案をする。

第3幕 街にトゥーランドット姫の命令が下る。「今夜は誰も寝てはならぬ。男の名を解き明かすことができなかったら住民は皆死刑とする」と。しかしカラフは「姫も眠れぬ一夜を過ごしていることだろう。夜明けには私は勝利するだろう」と高らかに歌う。
ティムールとリューが、求婚者の名前を知る者として捕えられ連れてこられる。名前を白状するようにリューは拷問を受けるが、彼女は口を閉ざして、衛兵の剣を奪い取り自刃する。全員が驚き嘆いてその場を立ち去り、トゥーランドット姫とカラフだけが残る。
カラフは姫に熱く口づけをする。姫はリューの献身を目の当たりにしてからは冷たい心に変化が生れ、彼を愛するようになる。そこで王子は自分の名がカラフであると教える。姫は「彼の名前がわかった」と人々を呼び戻す。
トゥーランドットとカラフが皇帝の前に進み出て、姫が「彼の名前は『愛』です!」と宣言する。群衆は愛の勝利を讃えて「皇帝万歳!」と高らかに歌い幕となる。

それではCD愛聴盤をご紹介します。オペラの核心的な役柄はトゥーランドット、カラフ、リューの三人です。これが主要三役で、その他は二の次と言っては語弊がありますが、それよりも指揮と管弦楽の出来栄えが極めて重要だと思います。

41v0rr4vkslアルベルト・エレーデ指揮サンタ・チェチーリア音楽院管(1955年録音/DECCA盤) この盤の売りは、やはりカラフを歌うマリオ・デル・モナコです。これほど男性的で圧倒的に力強いカラフは他に居ません。半面余りに男臭さが過ぎて姫に同情するような優しさ、弱さが薄く感じられるかもしれません。トゥーランドットのボルク、リューのテバルディも好演です。エレーデの指揮とオケの音が美しくイタリア的カンタービレで味のある演奏が楽しめます。録音年の割に案外と明瞭なステレオ録音なのはさすがDECCAです。

51hppb4x9l トゥリオ・セラフィン指揮ミラノ・スカラ座歌劇場(1957年録音/EMI盤) 名匠セラフィンがスカラ座との録音を残しているのは嬉しいのですが、モノラルなのにはがっかりします。二年前のDECCA録音がステレオで遥に音が良いのですから。カラスのトゥーランドットは極めて表情豊かですが、いささかやり過ぎに感じます。フェルナンディのカラフも表情豊かですし中々に検討しています。リューのシュワルツコップは意外の配役ながら流石の説得力で胸を打ちます。とにかくセラフィンの指揮とスカラ座が素晴らしいだけに残念な録音です。

81b05jc0mxl__sl1500_ エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ローマ歌劇場(1959年録音/RCA盤) この盤の売りはトゥーランドットのニルソンとカラフのビョルリンク、リューのテバルディと主要三役が充実している点です。録音もステレオです。但しせっかく名門ローマ歌劇場が使われているのにラインスドルフの指揮がイタリア的な輝かしいカンタービレに不足するのはやや残念です。

51hscw1knl フランチェスコ・モリナーリ=プラデッリ指揮ローマ歌劇場(1965年録音/EMI盤) 主要三役の総合点ではこの盤を最も好みます。トゥーランドットのニルソンは更に凄みを増して最高ですし、カラフのコレッリも輝かしい声質が大きな魅力です。リューのスコットもまた素晴らしいです。そのうえモリナーリ=プラデッリがローマの名門歌劇場オケと合唱団から引き出す、まるでライヴ演奏のような迫真性のある輝かしい音が胸に迫り来ます。録音の鮮度こそ幾らか落ちてはいますが、全体のバランスが良いので聴き易く十分楽しめます。

71jcakeoh6l__sl1400_ ズービン・メータ指揮ロンドン・フィル(1972年録音/DECCA盤) この盤の売りはカラフのパヴァロッティでしょう。「誰も寝てはならぬ」もハマり歌唱です。ただし、声質が優しいので、少々無鉄砲なところのある情熱的なカラフのキャラクターとしては幾らか物足りなさを感じます。トゥーランドットのサザーランド、リューのカバリエは中々の健闘です。メータは昔からこの作品を得意にしていますが、ロンドン・フィルから非イタリア的で近現代的な音を引き出すアプローチで成功していると思います。

51646dpjpnl リッカルド・シャイー指揮サンフランシスコ歌劇場(1977年録音/Gala盤) これは正規盤ではありませんが、複数の海賊レーベルから出ているライブ録音です。録音はところどころに幾らか不安定なところは有りますが、かなり優れています。若きシャイーのエネルギーに満ち溢れた指揮が大きな魅力です。市中のシーンなど「カルミナブラーナ」を彷彿させる速いテンポで切れが良く興奮を誘います。ただしトゥーランドットのカバリエは、冷徹さや凄みには欠けます。カラフのパヴァロッティはメータ盤と同じく一長一短です。

6165dllnqhl ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウイーン・フィル(1981年録音/グラモフォン盤) いかにもカラヤンらしいオーケストラと合唱が主役のユニークな演奏です。ウィーン・フィルの輝かしい音響と柔らかな美しさの両立に圧倒されます。といって歌手にも手を抜くことは一切無く、むしろカラヤンの音楽にピタリとはまる起用に感心します。リッチャレッリのトゥーランドットは意外でしたが、女性的なイメージが強く感じられてこれはこれで良いです。ドミンゴのカラフは強烈さこそナンバーワンの座は譲るかもしれませんが、充分に力強く、かつ感情がこもり素晴らしいです。

71o4ilqtehl__sl1025_ ロリン・マゼール指揮ウイーン国立歌劇場(1983年録音/SONY盤) これはウイーン歌劇場でのライブ録音であり、生舞台の臨場感が味わえます。マゼールの指揮は管弦楽の扱いが最も20世紀音楽を強く意識させられる演奏であり、それでいてゆったりとした構えで情感が豊かなのがユニークです。さりとて歌手陣も非常に素晴らしく、エヴァ・マルトンのトゥーランドットはニルソン張りに凄みが有り、かつもう少し女性を感じさせます。カレーラスのカラフも感情豊かな人間味の溢れる王子で、有名なアリアなども強く心に訴えかけます。リッチャレッリのリューも好演です。物理的な音響としてではなく、感動が胸に迫る点では古今随一の演奏だと思います。

べリオ補作版(映像によるDVD)
41ad97423al ヴァレリー・ゲルギエフ指揮ウイーン・フィル(2002年収録/TDK盤) ザルツブルグ音楽祭でのライブ収録ですが、はっきり言って現代的な舞台演出が余り好きではないので、これならむしろCDの音だけを楽しみたいです。もし映像であればメトロポリタンで収録されたゼッフィレッリ演出の方が好きです。

これらの中で特に愛聴するのは、モリナーリ=プラデッリ指揮ローマ歌劇場盤、カラヤン指揮ウイーン・フィル盤、マゼール指揮ウイーン歌劇場盤、この三つです。
残念なのはトスカニーニによる録音が無いことです。晩年にあれほど多くの録音を残したマエストロが残さなかったのは、やはり自らが関わり合いながらも未完に終わったということで録音する気になれなかったということなのでしょうか。

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2019年6月18日 (火)

日本フィル横浜定期演奏会 ~日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演~ 

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先週土曜は横浜のみなとみらいホールで日本フィルの定期演奏会を聴きました。というのも愛してやまないシベリウスのヴァイオリン協奏曲の独奏者がペッカ・クーシストだったからです。

彼が19歳で母国フィンランドのシベリウスコンクールの覇者となり、直後に録音されたCDは愛聴盤で、現在でもこれが最高だと思っています。その記事は、シベリウス ヴァイオリン協奏曲 名盤 から。

しかし、その彼の生演奏が聴けるとは思いませんでした。

これは日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演なので、指揮者もフィンランドのピエタリ・インキネンでした。

「フィンランディア」に続いて演奏された協奏曲では、クーシストは黒いマントのような服装で現れて案の定個性的でした。
しかしそのヴァイオリンはCDでの演奏を彷彿させる、派手さや甘さを排除して北欧の澄んだ空気のように極めて透徹した完璧なシベリウスです。
オーケストラも歴史的にシベリウスに定評のある日フィルですが、この日も美しく澄んだ音でシベリウスの世界を再現してくれていました。

盛大な拍手にこたえてのアンコールは、この人らしくフィンランドの200年前のフォークダンス曲です。フィドルらしさを出して、しかしクラシカルでもありとてもユニークでした。
アンコール2曲目はバッハの無伴奏パルティータから「クーラント」です。静寂感を一杯に漂わせた独自の表現で聴衆を魅了させました。

この日のメインはシベリウスの第5番で、これも良い演奏でしたね。流石に金管はわずかに危ないところが有りましたが、その分弦楽と木管のハーモニーが綺麗で楽しみました。開始して間もなく第二ヴァイオリンの一番後ろでクーシストが弾いているのに気づきました。一人で譜めくりしながら、シベリウスを楽しんで弾いているのが遠目にも良く分かります。

この人やはり良いなあ。

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2019年5月 5日 (日)

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64 名盤 ~メンコン大特集~

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平成から令和に変り空前の10連休ですが、この機会にメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴きまくりました。何故かこの曲は今まで記事にしたことが無かったのです。CDの数が多すぎるせいかもしれません。

メンデルゾーンの大傑作と言うだけでなく、古今のクラシック名曲の中の大輪の花、ヴァイオリン協奏曲ホ短調は、略して「メンコン」と呼ばれて世に広く親しまれています。ヴァイオ リン協奏曲のジャンルでは、個人的にはブラームス、ベートーヴェン、シベリウスなどを特に好みますが、この曲の持つロマンティシズムの極みの味わいは他には決して代えられないものです。第一楽章冒頭にいきなり登場するあの有名な主旋律や第二楽章の耽美的なまでの美しさは正に天才の業です。

ところが演奏においては、このような王道の曲は逆に難しくなります。楽譜を単に形にするだけならこの曲以上の難曲は幾らでもあります。しかしこれほど知られている名曲というのは、これまで大家の手によりさんざん演奏されていますので、音色の綺麗さや音程の正確さ、歌いまわしの流麗さなどの差が直ぐに分かってしまうからです。ベートーヴェンのそれとは幾らか要素が異なりますが、本当の難しさにおいて双璧だと思います。

ともあれこの曲はメンデルスゾーンの恵まれた人生そのもののように苦悩や暗さを感じさせない、甘いロマンティシズムと幸福感に満ち溢れた作品ですし、新しい令和の時代にこのような音楽を聴いて幸せな気分に浸るのも悪くありません。

それでは、改めて聴き直したCDを順にご紹介してみたいと思います。

51oj92zlpzl__sy355_ フリッツ・クライスラー独奏、レオ・ブレッヒ指揮ベルリン国立歌劇場管(1926年録音/EMI原盤、ナクソス盤) もう1世紀近く前の古い古い録音ですが、当時のSP盤からの復刻はことのほか音が明瞭で鑑賞に支障ありません。但し管弦楽の音はかなり薄いです。とにかくクライスラー本人のヴァイオリンでメンコンが聴けるのですから、歴史的な価値は大きいです。演奏は現代の若手のほうがよほど正確に弾けるのは確かですが、しかしこの柔らかな味わいは中々聴けるものではありません。第二楽章の甘く柔らかなボルタメントはどうでしょう!

517p6dgwbdl__sy355_ ヤッシャ・ハイフェッツ独奏、アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC響(1944年録音/RCA原盤、ナクソス盤) ハイフェッツ全盛期の魔人のようなヴァイオリンと鬼神トスカニーニががっぷり四つに組んだ唖然とする凄演です。第一楽章は快速テンポで飛ばしますが迫力が尋常でありません。第二楽章も随分速いのですが、その中で大きく歌い上げていて流石です。終楽章の速さについては驚異的です。こんな速さで弾いた人は後にも先にも有りません。フィナーレに向かっての怒涛のたたみ掛けには言葉が出ません。ライブなので聴衆の盛大な拍手も楽しめます。

51yh9srtaml__sx300_ ユーディ・メニューイン独奏、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1952年録音/EMI盤) だいぶ時代が新しくなりましたが、それでも70年近く前のモノラル録音です。メニューインの技巧が衰える前の録音ですので、安定した音で弾いています。ボルタメントが適度でツボにはまり、甘さも過剰に成りませんし、2楽章では感傷的な雰囲気がにじみ出ています。管弦楽はフルトヴェングラーの本領発揮出来る曲ではありませんが重厚で立派です。

Cci00030 ジョコンダ・デ・ヴィート独奏、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮トリノRAI響(1952年録音/IDI盤) トリノでのライブの放送録音で音質がかなり貧弱です。演奏はデ・ヴィートらしい一音一音やフレージングを大切に扱った好感の持てるものです。終楽章は一転して突き進み、気迫に満ちています。これでもう少し録音が良ければとつくづく思います。もしもフルトヴェングラーの指揮を聴きたい場合にはメニューイン盤で聴くに限ります。

Cci00030b イダ・ヘンデル独奏、ハンス・ミュラー=クレイ指揮シュトゥットガルト放送響(1953年録音/ヘンスラー盤) ヘンデルがまだ20代でのライブ録音です。音質はデ・ヴィート盤とは雲泥の差で優れています。技巧的には現代の基準ではアマい部分も散見されますが、歌心の有るフレージングは魅力的です。クレイ指揮の管弦楽もしっかりした演奏を聴かせます。

51b2yqwfql_sx355_ ヨハンナ・マルツィ独奏、パウル・クレツキ指揮フルハーモニア管(1955年録音/EMI盤) 古いファンには根強い人気のマルツィですが、彼女ならではの甘さを排除したメンコンです。背筋をピンと伸ばしたような気高い精神を感じます。この曲の演奏としては聴き手の好みが分かれるかもしれません。技術的には高いレベルに有ります。クレツキ指揮の管弦楽も安定しています。モノラルですが音質は良好です。

413f47tmt6l 渡辺茂夫独奏、上田仁指揮東京交響楽団(1955年録音/東芝EMI盤) 渡辺君は7歳でパガニーニを弾きこなし、神童と呼ばれて多くのプロオケと共演しました。ハイフェッツの推薦でジュリアード音楽院に入学して米国でも演奏が評判になりましたが、2年後に精神不安定から服毒自殺を図ってしまいました。命は取り留めたものの障害が残り、二度と演奏することは有りませんでした。これは留学する前にTBSが録音した記録です。この見事な演奏を聴くと、14歳でこれほどの演奏を聴かせる子供が現代でも果たしているかどうか。もしも事故無く成長していたらどうなっていたかと思わずにはいられません。正に悲劇です。

51cd0dcpsnl_sy355_ ダヴィド・オイストラフ独奏、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1955年録音/CBS盤) オイストラフはこの曲をステレオ録音で残さなかったのでモノラルです。1,2楽章を遅めのテンポで大きくたっぷりと歌い上げていて、さながら王者の貫禄です。しかしどうも分厚いステーキのような味わいで曲のイメージからはみ出します。メンデルスゾーンには幾らかでも爽やかさを残してほしいです。終楽章は速く気迫が溢れますが、オケの音が引っ込んだ録音バランスなのがマイナスです。

51hffygjmrl_1 クリスティアン・フェラス独奏、コンスタンティン・シルヴェストリ指揮フィルハーモニア管(1957年録音/EMI盤) ここからはステレオ録音になります。二十歳過ぎから天才として活躍したフェラスが24歳の時の録音ですが、爽やかな美音と高い技巧に感嘆します。テンポは比較的速めで淡々としていて、フレージングもおおむねサラリとしたものなので強い個性や濃厚なロマンティシズムの表出は有りませんが、品の良い音楽の香りが至る所から漂い来るようです。

Brahms_violin_con_02 ユーディ・メニューイン独奏、エフレム・クルツ指揮フィルハーモニア管(1958年録音/EMI盤) 6年前のフルトヴェングラー盤と比べると若干技巧の衰えを感じます。天才少年として余りに早く舞台に数多く上がり過ぎた代償だと言われます。音質はもちろんこちらが良好ですが、音楽そのものは6年前の演奏が優れます。指揮者の力量の違いも大きいでしょう。こちらも悪い演奏では無いですが、どちらかを選べと言われれば迷うことなくフルトヴェングラー盤を取ります。

51em1nccsgl__sl500_ アイザック・スターン独奏、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1958年録音/CBS盤) スターン全盛期のこの演奏は素晴らしいです。音楽のゆとりと感興の高さとが奇跡的なレベルで両立しています。スターンのハイポジションの美しさ、G線の音を割る迫力に魅了されます。管弦楽の立派さ、充実感も特筆されますので、この曲を何の過不足もなく味わい尽くせます。技術的にも音楽的にもこれほど完成度の高い演奏には中々お目にかかれないと思います。

316looeko2l__ac_ul640_ql65_ ヤッシャ・ハイフェッツ独奏、シャルル・ミュンシュ指揮ボストン響(1959年録音/RCA盤) ハイフェッツが58歳での録音ですが、この録音の半年後に事故で腰を痛めて演奏が激減しますので最後の輝きです。44年録音よりは遅くなりましたが、それでも一般の演奏よりは相当速いです。セッション録音のせいも有るのか、音の切れ味や凄みが和らいではいますがまだまだ魔人健在です。但しこの人の真の凄さを聴きたければ44年盤を勧めます。

51b2yqwfql_sx355_ ヨハンナ・マルツィ独奏、ハンス・ミュラー=クレイ指揮シュトゥットガルト放送響(1959年録音/ヘンスラー盤) マルツィにはライブ録音盤も有りますが、放送局のテープ音源なので同じモノラルながら音質はEMI盤を凌ぎます。演奏もライブでの傷は微細ですし、ソロもオーケストラも非常に安定しています。音楽の勢いや表現の豊かさ、感興の高さにおいてもこちらが上ですので、マルツィのメンコンとしてはこちらをお勧めしたいと思います。

814lnxyugl_sl1500_ ジノ・フランチェスカッティ独奏、ジョージ・セル指揮コロムビア響(1962年録音/CBS盤) ヴァイオリンの音色の美しさでは当代随一だったこの人のステレオ録音が残されたのは嬉しいです。速いテンポで流れるように進みますが、美音と洒落たニュアンスが一杯で惚れ惚れします。充分上手いですが精密さよりは味わいを重視するのも好ましいです。セル指揮の管弦楽もしっかりとした造形感を持ちピタリと合わせています。

51uwbpowiwl ミシェル・オークレール独奏、ロベルト・ワーグナー指揮インスブルック響(1963年録音/フィリップス盤)ティボーの弟子のオークレールはテクニック的には特に見るべきものは無いですが、いかにもパリジェンヌという小粋な歌い方や節回しが確かに魅力的です。日本の若手には是非こういうところを学んで欲しいと思います。ただこの演奏では指揮者の力量はともかくも、オーケストラがアマオケみたいと言っては言い過ぎですが、音の薄さがどうしても気に成ります。

51q02cn2l4l アルテュール・グリュミオー独奏、カール・シューリヒト指揮フランス国立放送管(1963年録音/Altus盤) 珍しい組み合わせの共演のライブですが、嬉しいことに良好なステレオ録音です。グリュミオーの美音が感じられます。けれども技術的に傷とも言えない些細な傷が案外所々に存在します。オケとのズレも何か所か有りますし、終楽章冒頭ではリズムが合っていません。グリュミオーの実演はいつもこんな感じだったのでしょうか。もう少し聴いて確かめてみたいです。

81dxu7xvzjl__sx355_ ヘンリク・シェリング独奏、アンタル・ドラティ指揮ロンドン響(1964年録音/マーキュリー盤) シェリングの三大B以外の録音はそれほど多くは無いと思いますが、「メンコン」も珍しい印象です。端正な美音が印象的ですが、どこをとってもハッタリの無い演奏なのでこの曲にしてはやや面白みに不足する感が無きにしも非ずです。もう少しロマンティシズムを醸し出してくれた方が良いように思います。ドラティの指揮にも同じことが言えます。

71pprasliql_sl1060_ アイザック・スターン独奏、レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィル(1967年録音/SONY盤)。これは東西分断以後、初めて再統一されたエルサレムで再出発したイスラエル・フィルの歴史的なコンサートの記録です。スターンは実演にもかかわらず完璧な演奏で、更に歌いまわしの情感の深さが1958年盤を上回ります。バーンスタインの指揮も非常にドラマティックさが有ります。ですので1958年盤とどちらか片方のみを選択するのは困難です。それでも心情的には感動の深さでこちらの記念碑的ライブを取りたいところです。

51wjhflunzl__ss500_ ナタン・ミルシテイン独奏、クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル(1972年録音/グラモフォン) ミルシテイン晩年の録音ですが、技巧は安定しており、比較的速めで子気味良く進む中で演奏の端々に気の利いた味わいやニュアンスを感じさせる辺りはやはり往年の大家の一人です。管弦楽がアバドとウイーン・フィルとあれば今更何をいわんやです。特に第二楽章ではソロとオケとが非常に美しく溶け合っています。

81rqqjkzjpl_sy355_ イツァ―ク・パールマン独奏、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン響(1972年録音/EMI盤) パールマンのまだ若い時代の録音ですが、美音と技巧が冴え渡ります。しかしこの演奏には聴き手を圧倒するような押しつけがましさは無く、第一楽章は遅いテンポで名旋律をたっぷり、ゆったり味合わせてくれますし、第二楽章では夢見るように優しく傍らに寄り添って来るようです。終楽章も煽り立てるのではなくリズミカルで自然な盛り上がりを聴かせます。プレヴィンの指揮と管弦楽も実に美しいです。

91ca63d7s3l__sl1500_ レオニード・コーガン独奏、ロリン・マゼール指揮ベルリン放送響(1974年録音/DENON盤) いかにもコーガンらしい、情緒に溺れずに、きりりと背筋を正すような立派な演奏です。曲の性格からも50年代の頃のあの快刀乱麻のごとき緊張感は見せませんが、音の切れ味と上手さは健在です。マゼールもオケをヴァイオリンにピタリと合わせて素晴らしいハーモニーを醸し出しています。決して無味乾燥な演奏ではありませんが、この曲に”甘さ”を求める人は向かないかもしれません。

51dsvqfs4ol アイザック・スターン独奏、小澤征爾指揮ボストン響(1980年録音/SONY盤) スターンの二度目のセッション録音に成ります。ライブも含めた過去二種の演奏と比べると技術的に少々衰えを見せています。もっとも他の奏者と比べればよほど上手いのですが、それまでが余りに完璧過ぎました。表現的にも取り立てて深みを増しているわけでは無いですし、小澤の指揮もアンサンブルは上手く合わせているのですが、余りにまとめ過ぎている為にとても美しいものの少々インパクトに欠けます。

4197tcsj9dl チョン・キョンファ独奏、シャルル・デュトワ指揮モントリオール響(1981年録音/DECCA盤) キョンファが70年代初めに録音したシベリウスやブルッフの演奏にはその素晴らしさに衝撃を受けました。それに比べるとこのメンデルスゾーンはそれほどのインパクトは有りません。彼女特有の鋭い切れ味を出すわけでも無く、この曲のロマンティシズムを押し出すわけでも無く、どことなく中途半端に聞こえます。それは恐らく曲との相性の問題ではないでしょうか。水準以上の良い演奏ではありますがメンコンの特別な名演には感じません。

144 アンネ=ゾフィー・ムター独奏、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1980年録音/グラモフォン盤) この録音の時にムターは17歳でした。彼女はカラヤンに気に入られて多くの録音を残しましたが、どれも完成された技術と音の美しさに驚かされました。このメンコンも同様です。しかし反面、音楽の奥深さやロマンティシズムを十全に出せているとは言い難く、全般的に一本調子に感じなくも有りません。こと音楽表現に関してはまだまだ未成熟だと感じます。

911oksahbwl__sl1500_ ナージャ・サレルノ=ソネンバーグ独奏、ジェラード・シュウォーツ指揮ニューヨーク室内響(1987年録音/EMI盤) ナージャがまだ二十代後半での録音です。ゆったりとしたテンポで大胆に歌い上げようとする意欲に好感が持てます。少なくとも前述のムターの演奏よりもずっと面白く聴けます。しかし表現意欲が徐々にしつこく感じられるのも事実です。二楽章も思い入れがたっぷりの割には胸に響きません。全般的にヴァイオリンの音も僅かですが粗く感じられます。

81pczsd46sl_sl1410_ マキシム・ヴェンゲーロフ独奏、クルト・マズア指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1993年録音/テルデック盤) ヴェンゲーロフの若い時代の録音ですが、決して歌い崩すことなく節度を保ってカッチリとした造形性を感じさせます。その点ではスターンの1958年盤に似ています。それでいて情緒的にも不足することが無いところも似ています。テクニック的にも最高レベルに位置しますし、マズアとゲヴァントハウスの響きも立派この上なく、最上のオーケストラサポートです。あえて難を言えば、ライブ的な高揚感には幾らか不足しているかもしれません。

Suwanai__1 諏訪内晶子独奏、ウラディーミル・アシュケナージ指揮チェコ・フィル(2000年録音/フィリップス盤) 諏訪内さんも貫禄の演奏を聴かせています。中庸の速さですが、高度な技巧で弾き切り、過度にロマンティックにならない節度ある歌い方が好ましいです。いかにも現代的な名演なのですが、このような演奏スタイルでは曲想的にシベリウスの方が向いているとは思います。アシュケナージ指揮チェコ・フィルは立派な響きで好サポートをしています。

51kuoh9xyl 五嶋みどり独奏、マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィル(2003年録音/SONY盤) ベルリンでのライブ収録ですが、演奏の完成度はセッション録音に引けを取らないのは流石です。ヴァイオリンの音量も意図的にバランスを大きくされていないので生演奏の臨場感が心地よく感じられます。円熟した五嶋みどりが美しい音で入魂の演奏をしているのが良く感じられて感銘を受けます。しかし彼女は表情オーバーに弾くわけではなくあくまでも内面的な没入感を感じさせるという風でしょうか。

以上、名演奏は数多く有りますが、マイ・フェヴァリットをあえて選べば、本命は王道の極みのスターンのオーマンディ盤とバーンスタイン盤の両盤です。対抗としてはフランチェスカッティ/セル盤とパールマン/プレヴィン盤を上げます。大穴は壮絶なハイフェッツ/トスカニーニ盤で決まりで、これはむしろ大本命にしたいぐらいです。あとはメニューイン/フルトヴェングラーが捨て難いところです。もしも録音の音質優先で選びたいという方には諏訪内晶子盤と五嶋みどり盤がお薦めです。

<補足>スターンが余りに素晴らしいので、バーンスタインとのライブ盤と小澤征爾との再録音盤も聴きました。またグリュミオー/シューリヒト盤を書き漏らしていたのでそれぞれ記事中に加筆しました。更にはオークレール盤とヴェンゲーロフ盤を加筆しました。

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2019年4月20日 (土)

四野見和敏指揮ヴォーカル・コンソート東京 J.S.バッハ「ミサ曲ロ短調」演奏会

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昨日19日は渋谷の文化センター大和田さくらホールへ四野見和敏指揮ヴォーカル・コンソート東京の演奏会でJSバッハ「ミサ曲ロ短調」を聴きに行きました。我が県央音楽家協会にも参加して頂いている出演者からのお招きです。

ロ短調ミサを聴くのは久々でしたが、若手の実力声楽家メンバーで構成された合唱団のハーモニーは大変美しかったです。ソリストを務めるのも団員なのですが、どの人も実に素晴らしかったですね。

オーケストラはVCTバロック・オーケストラという古楽器団体ですが、コンミスやチェロトップはクイケンのラ・プティットバンドに所属していたそうですので団体の実力のほども説明不要です。 
この日はドレスデンパート譜を使ったそうで、恥ずかしながら細部の違いは分かりませんが、声楽とオーケストラの音色とハーモニーが大変しっとりと落ちついたそれに感じられました。

平成時代が幕を閉じようとする今、最高の音楽を美しい演奏で楽しめた至福の時を過ごしました。

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2019年4月12日 (金)

シューベルト 歌曲集「白鳥の歌」 名盤 ~いっそセレナーデ~

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シューベルトの三大歌曲集の一つ『白鳥の歌』(Schwanengesang)は、シューベルト本人が編集した『美しき水車小屋の娘』や『冬の旅』とは異なり、彼の死の翌年に出版社のハスリンガーによりまとめられた遺作作品集で、レルシュタープ、ハイネ、ザイドルの3人の詩人による14の歌曲からなります。

元々シューベルトは、レルシュタープとハイネによる歌曲集をそれぞれ出そうと考えていましたが、未完成に終わったために、やむなく彼の遺稿集としてザイドルの詩による歌曲「鳩の便り」が加えられ、『白鳥の歌』と表題が付けられて出版されました。当然、全体としてのストーリーやテーマは有りません。

ちなみに新シューベルト全集では『レルシュタープとハイネの詩による13の歌曲』と『鳩の使い』(ザイドル詞)とに分けられていて、この『白鳥の歌』という歌曲集は存在していません。

また、ベーレンライター版では同じレルシュタープの詩で歌曲集には含まれなかった「秋」を補遺として挙げています。

それはさておき「白鳥の歌」14曲の内訳はこのようになっています。

「ルートヴィヒ・レルシュタープの詩による7曲の歌曲」
レルシュタープは詩集を最初ベートーヴェンに送り、歌曲の作曲を依頼しましたが、ベートーヴェンの健康状態が芳しくなかったために実現せず、詩集はシューベルトのもとに渡りました。その辺りのいきさつは定かではありませんが、ともかく完成した7曲と未完成の1曲 が残されました。

「ハインリヒ・ハイネの詩による6曲の歌曲」
どれもハイネの『歌の本』の中の「帰郷」から選び出された詩による6曲の歌曲で、シューベルトは生前これを完成させて出版社に手紙も出していました。

ヨハン・ガブリエル・ザイドルの詩による『鳩の便り』
ザイドルはシューベルトの仲間の一人で、『さすらい人が月に寄せて』など幾つかの詩が使われはしましたが、余り多く取り上げられはしませんでした。それでもこの作品はシューベルトの絶筆となりました。

<曲目について>

レルシュタープの詩による歌曲

第1曲「愛の使い」
 旅する若者が、故郷の恋人を想う愛の歌。

第2曲「兵士の予感」
 戦場の兵士が、故郷の恋人を想う歌。

第3曲「春の憧れ」
 心を騒がす春への憧れを歌った歌。

第4曲「セレナーデ
 恋人への思いをマンドリンを模した伴奏で切々と歌う歌。

第5曲「住処」
 河、森、野こそが私の居場所である、というさすらい人の孤独な心情を歌う曲。

第6曲「遠国にて/はるかな土地で/遠い地にて」
 故郷も家族も捨てて世俗から逃れようとする男の歌。

第7曲「別れ」
 故郷に別れ新しい土地に赴く主人公を乗せた馬車の歌。

(※補足)レルシュタープの詩による歌曲の順序は原詩の通りに並んでいます。

ハイネの詩による歌曲

第8曲「アトラス」
 世界の苦悩を負ったアトラスが「驕れる心よ、おまえが限りなく幸福になるか、もしくは限りなく不幸になるかを望んだために、俺は今不幸なのだ」と悲劇的に歌う。

第9曲「君の肖像/彼女の肖像」
 失恋した男が恋人の肖像を見つめ過去を思い返すが、ふと現実に戻る様子が歌われる。

第10曲「漁師の娘」
 海辺で戯れる若い男女の歌。

第11曲「街」
 街の情景を表し、重苦しく孤独を歌う歌。

第12曲「海辺にて」
 抒情とレチタティーヴォが融合された歌。

第13曲「影法師(ドッペルゲンガー)」
 恋に破れた者が、自分の慟哭を映し出す影法師(ドッペルゲンガー)を、失恋した場所で見つける、という極度の緊張感を持つ劇的な歌。

ザイドルの詩による歌曲

第14曲「鳩の便り」
 レルシュタープとハイネによる曲たちと雰囲気が大きく異なるが、この軽妙な歌曲はどこかモーツァルトが死の前にあっても軽妙で楽しい曲を書いていたことを思い出させる。

愛聴盤CDについて

さて『白鳥の歌』という歌曲集の位置づけは色々と議論されるでしょうが、シューベルトがいよいよ死の淵に近づいてから書かれた作品ばかりですので、それぞれの曲の凄さで言えば、あの「冬の旅」をも凌駕していると思います。演奏者によっては時に「秋」を追加して歌うことが見受けられますが、その解釈の是非はともかくとして、やはり昔から慣れ親しんだ14曲の形で聴きたいとは思います。

しかし編集された経緯からも、この歌曲集を一人の歌い手が万全に歌い切るのは中々に困難です。抒情的な要素の強いレルシュタープ曲はテノールで聴くのを好みますし、「セレナーデ」などは特にそのように思います。ところがハイネの曲集では音楽が非常に重く深刻なので低声で聴きたいと思います。ただし声質や歌い方も有りますので、必ずしもどちらでなければということでもありません。ということで、いっそセレナーデ以外の曲はお気に入りの歌手で聴けば良いではないかという気すらしてきます。

とにかく愛聴盤を順にご紹介します。まずバリトンからです。

81d2gklfsal__sx569_ ハンス・ホッター(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1954年録音/EMI盤) モノラル録音ですが音質は良好で聴き易いです。本領を発揮しているのはやはりハイネ歌曲で、ことさら劇的に歌うわけでは無いのに、その深々とした声には思わず引き込まれます。何となく「指輪」のヴォータンを想わせるのも面白いです。レルシュタープ曲や「鳩の便り」などでも、淡々とした自然体の歌に独特の魅力を滲ませます。

41xsdgw7ckl ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1962年録音/EMI盤) 声に若々しさが有るのと後年の演出臭さが感じられないストレートな歌い方に好感が持てます。もちろん歌唱の上手さについては既に完璧ですし、人によってはこちらを好む方も多いのではないでしょうか。但しEMIの録音に鮮度が不足するのがかなりマイナスです。

51tinrajxl ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1972年録音/グラモフォン盤) 「冬の旅」と違い録音回数は限られますが、この人の全盛期の「白鳥の歌」の録音です。例によって表現の彫りの深さは尋常でありませんが、EMI盤と比べるともってまわった演出臭さが幾らか気になります。しかし声もピアノも録音が優れていますので、EMI盤に心惹かれるものの、やはりこちらを代表盤にするべきかと思います。

51onmmcopml ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、アルフレッド・ブレンデル(Pf)(1982年録音/フィリップス盤) グラモフォン盤から僅か10年後の録音ですが、声の輝きがが驚くほど失われています。それと同時にもってまわった歌い方が陰を潜めました。一般的には評価の低い録音のように思いますが、個人的には結構好んでいます。ブレンデルのピアノも大変美しく透徹感がとても感じられて惹きつけられます。

41etmcv2x3l クリスティアン・ゲルハーエル(Br)、ジェラルド・フーバー(Pf)(1999年録音/Arte Nova盤) ゲルハーエルは特に深い声を持つわけでも無く、精緻極まりない解釈を聴かせるわけでもありません。歌い方も中庸で強い個性を持ちませんが、非常に多くのものを要求されるこの歌曲集で、それらの要素を過不足なく手堅くこなしているように感じます。これはこれで中々に立派なことです。決して廉価盤などと侮れません。

81dn9alvoxl__ss500_ マティアス・ゲルネ(Br)、アルフレッド・ブレンデル(Pf)(2003年録音/DECCA盤) これもロンドンにある室内楽の殿堂ウィグモア・ホールでのライヴ録音です。ゲルネの声はとても深く、演出臭さの無い歌いっぷりが現代のハンス・ホッターという趣です。レルシュタープ曲で全体的に重苦しく成り過ぎに感じられますが、ハイネ曲に入ると感銘度合いは圧倒的となります。「ドッペルゲンガー」の凄いこと!ブレンデルのピアノもやはり素晴らしいです。なお、やはり晩年のレルシュタープ詩による「秋」が間に差し挟まれているのと、「鳩の便り」がアンコールとして歌われるのはライヴならではユニークです。

続いてはテノールです。

61aybneurdl エルンスト・ヘフリガー(T)、イェルク・エーヴァルト・デーラー(Hf)(1985年録音/クラーヴェス盤) ヘフリガーの美声が三大歌曲集で最も適するのは「水車小屋」で、続いては「冬の旅」「白鳥」という気がします。シューベルトが死の淵に立った怖さがこの「白鳥の歌」という作品ではやや物足りないように思えてしまいます。声そのものに凄みが足りないのが一番の理由なのでしょう。

51mcs1xtl ペーター・シュライヤー(T)、アンドラーシュ・シフ(Pf)(1989年録音/DECCA盤) 若い時のシュライヤーとはうって変わって、劇的で濃厚な表情付けの歌い方をしていますが、それがこの歌曲集にはピッタリで非常に深い感銘を受けます。「セレナード」など抒情的な曲での美しさは絶品ですが、反面「アトラス」や「ドッペルゲンガー」でのドスが効いた声が凄いです。シフのピアノの素晴らしさも特筆に値します。「秋」も挟み込まれ、「鳩の便り」以外にもザイドルの詩の曲が3曲も収められています。これは掛け値なしの名盤です。

51kwltmd0gl ペーター・シュライヤー(T)、アンドラーシュ・シフ(Pf)(1991年録音/ウィグモア・ホール盤) ロンドンにある室内楽の殿堂ウィグモア・ホールでのライヴ録音です。2年前のDECCA盤も大変に濃厚な歌いっぷりでしたが、それがライヴでは更に倍増されていて言葉にならないほどです。表現が余りに大げさだと抵抗を感じる方も居るかもしれませんが、これは絶対に聴いておくべき壮絶な演奏です。ただし「鳩の便り」が歌われていないので、残念ながら「白鳥の歌」のファーストチョイスには成り得ません。

51kubm7xell ヴェルナー・ギューラ(T)、クリストフ・ベルナー(Hf)(2006年録音/ハルモニアムンディ盤)  ギューラも美声ですが、声質が太くも細くもなく、知と情どちらにかに偏ることなく、演出臭さを感じることなく自然な歌い方が大好きです。「アトラス」や「ドッペルゲンガー」では骨太さに欠ける感が無きにしもあらずですが、抒情的な「セレナーデ」や「鳩の便り」の美しさは正に絶品です。特に後者では、もう直ぐこの世を去らなければならないシューベルトの心の寂しさが溢れ出てくるようでちょっと言葉にならないほどの感動です。

71jvwbzbfel__sx569_ イアン・ボストリッジ(T)、アントニオ・パッパーノ(Pf)(2008年録音/EMI盤) ボストリッジの声は非常に細身なので、この歌曲集を透明感のある美しさで弱音に重きを置いて歌い上げています。通常声の太さが要求される「アトラス」や「ドッペルゲンガー」でも同様です。ですので、まるで「水車小屋」を聴いているかのような錯覚を起こしそうです。大変ユニークですが、演出臭さの無い真摯さに好感が持てます。共演のパッパーノは指揮者ですが、ピアノもとても上手く、オーケストラのように豊かな響きでボストリッジの細身の歌唱を見事に支えていて素晴らしいです。

さて、この中でマイ・フェイヴァリットを上げるとすれば、断然シュライヤー/シフのDECCA盤です。次点としてはギューラ/ベルナー盤を上げたいと思います。番外として外すことが出来ないのはシュライヤーのウィグモア・ホールのライヴ盤です。

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2019年4月 1日 (月)

伊藤悠貴 チェロ・リサイタル ~オール・ラフマニノフ・リサイタル~

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先週3月29日(金)に、今や押しも押されぬ若手のトップチェリスト伊藤悠貴のリサイタルが紀尾井ホールで開催されました。

このコンサートは、昨年6月にロンドンに有る室内楽演奏の世界の殿堂ウィグモアホールで開かれたオール・ラフマニノフ・プログラムの日本での再現となったものです。日本ではやはり若手で大注目株のピアニスト藤田真央との共演となりました。

プログラム後半に演奏されたチェロ・ソナタのような元々チェロ用の曲はもちろんですが、前半もチェロ用の曲以外のピアノ独奏曲や歌曲を並べて、それらを全てチェロで演奏するという、ロンドンでも日本でも前代未聞のプログラムです。
「ラフマニノフの神髄は歌である」と主張する伊藤悠貴以外には考えつかないプログラム構成で、彼のテクニックは抜群ですが、あえてそれだけで勝負をせず、結果的に「器楽的なチェロ」というよりも「チェロという楽器そのものの深い音色と歌の魅力」を通常のプログラムよりも300%、いやそれ以上に私たちに届けてくれた演奏会となりました。

伊藤悠貴のデリカシーに溢れる美しいチェロの音と藤田真央の透き通るように美しく柔らかなピアノの音との混ざり具合は抜群のハーモニーを奏でていました。

アンコール最後の曲として演奏された「ヴォカリーズ」では消え入りそうで消え入らないピアニシモによる哀しみが心の奥底に何と痛切に浸み渡ったことでしょうか。

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2019年3月25日 (月)

ベルリン放送交響楽団 2019日本公演

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土曜日は自宅からほど近いハーモニーホール座間でベルリン放送交響楽団のコンサートを聴いてきました。指揮はウラディーミル・ユロフスキー、独奏ヴァイオリンは諏訪内晶子さんです。
プログラムの前半がブラームスのヴァイオリン協奏曲、後半がベートーヴェンの交響曲第7番でした。

諏訪内さんの生演奏は久しぶりですが、相変わらず艶やかなお姿で舞台に映えます!彼女のブラームスの協奏曲を聴くのは初めてでしたが、演奏にはパッションが充満していました。特に三楽章がオーケストラ共々、ラプソディックな雰囲気と激しいリズムがとても素晴らしかったです。ユロフスキーの細部へのこだわりも相当なもので、音の変化が聴いていて実に楽しいです。
後半のベートーヴェンでも次々と現れる動機毎に細かく音のニュアンスを変化させていて凄かったですね。終楽章などともすると熱演、爆演に感動して終わり!(もちろんそれは良いのですが)となりますが、そうでは無く彫琢の限りを尽くしているのは、随分前にアーノンクールとウイーン・フィルで聴いたこの曲の演奏以上でホント凄かったです!

ご近所でこういう演奏を低価格で聴けるというのは実にありがたいことです。

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2019年3月18日 (月)

シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 名盤 ~さすらい人の子守歌~

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歌曲集「冬の旅」で絶望と孤独感に満ちた若者の心象風景を描いたシューベルトですが、その4年前に書き上げた歌曲集「美しき水車小屋の娘」では希望に胸を膨らませて、さすらいの修行の旅に出る若い粉ひき職人が主人公でした。

若者はさすらいの旅が楽しくて仕方が無く、見るもの聞くものに新鮮な驚きと喜びを感じます。やがて立ち寄った水車小屋で美しい娘と出会い、甘い憧れの恋に落ちます。ところがやがて狩人が現われて彼女を奪われてしまいます。打ちひしがれた若者は小川に苦しい心のうちを語りかけますが、ついには川の水に誘われるように身を投げてしまいます。小川は若者を水で包み込み、せせらぎをまるで子守歌のように優しく聞かせます。

この歌曲集は全部で20曲から成りますが、どの曲をとっても抒情的で美しい名曲ばかりです。とりわけ第8曲から第10曲ではシューベルト歌曲の魅力が極まった傑作が連続していて息つく間もありません。そこから若者が娘を奪われてしまう恐れ、苦しみを経て最後の小川の慰めに至るまでの展開と音楽は何物にも代え難いです。

この歌曲集も元々テノール歌手に献呈されましたし、そもそも主人公は若き旅人ですので、テノールで歌われるのがイメージ的にベストです。バリトンで歌われると、どうも娘に恋して憧れる青年には聞こえにくい気がします。あのFディースカウも「冬の旅」と違って「水車小屋」を晩年までレパートリーとすることは有りませんでした。この作品はテノールが歌うのが本来の姿だと考えていたようです。

ということでテノール歌手はこの作品をこぞって歌っていますし、所有CDも自然と多くなりますので、ここはズバリ本命のテノールからご紹介したいと思います。

Schubert_mullerin51jde2pgcwl アントン・デルモータ(T)、ヒルダ・デルモータ(Pf)(1953年録音/DECCA盤) ウイーンのオペラ界で活躍した往年の名テノール歌手デルモータの録音です。それにしても、まあ何というおおらかな気分にさせてくれる歌唱なのでしょう!現代の緻密で彫琢の限りを尽くしたようなスタイルとはまるで世界が異なります。やはり時代の違いなのでしょうね。もっともそれは楽器の世界でも同じです。こういう人間の柔らかな肌の温もりを感じる演奏というのはやはり捨てがたいです。時々思い出しては聴きたくなります。ピアノを弾くヒルダは奥様です。

Schubert_mullerin230073054 フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、フーベルト・ギーゼン(Pf)(1966年録音/グラモフォン盤) 不世出のドイツリート歌手ヴンダーリッヒの代表盤です。とにかく声の美しさ、歌のきめ細かさ、力強さ、情感、どれをとっても最高ですし、その大きく伸びやかな歌い回しはドイツリートの”ベルカント”とでも称したくなります。後にも先にもこんな歌を聞かせるリート歌手は居ません。ここでは”さすらう若者”に成り切った歌を聞かせてくれます。これこそは本当の”不滅の名盤”です。ところがこの人は若くして不慮の事故で命を落としてしまいます。なにもそこまで成り切らなくても良かったのですが。

Schubert_mullerin_haefli エルンスト・ヘフリガー(T)、エリック・ウェルバ(Pf)(1967年録音/SONY盤) ヘフリガーも美声で日本でとても人気が有りました。この壮年期の録音は、とても端正で清潔感に溢れる歌唱を聞かせます。さすがは名エヴァンゲリストとしての面目躍如というところでしょうか。しかし個人的には少々真面目過ぎる印象を感じてしまします。主人公の若者に成りきるというよりは、客観的に物語を語っているかのようです。ストレートな歌い方とのギャップが有るように思います。テンポに関してはこの時代にしては随分と速めで軽快です。

Schubert_mullerinzap2_g2778616w エルンスト・ヘフリガー(T)、イェルク・エーヴァルト・デーラー(Hf)(1982年録音/クラーヴェス盤) ヘフリガーが既に60歳となった時の録音ですが、驚くことに声の美しさや若々しさが全く失われておらず、むしろ声には艶やかさが増しているほどです。歌い方も主人公の若者に成り切ったような主体的な印象が強くなりました。これは旧盤との大きな違いです。やはりこの方が聴き手の心に直接届くような気がしてなりません。それでも古楽器の伴奏ということもあり、全体的にはとても古典的なスタイルを感じます。

Schubert_mullerin51vs3dco8el_sy355_ ペーター・シュライヤー(T)、ワルター・オルベルツ(Pf)(1971年録音/Berlin Classics盤) シュライヤーの若い時代の録音で、ゆったりとしたテンポで過度な表情付けは全く見られず、とてもシンプルで美しく歌い上げています。声質も若々しい主人公に近い印象ですが、この人は声が賢過ぎて、どうも常に知性が勝っているようなイメージが有ります。作品によっては足を引っ張るように思います。この作品でも、とても失恋でこの世を捨てるような青い若者には聞こえないのですが、皆さんは如何でしょう?

Schubert_mullerina1fxqwv4mcl_sl1416 ペーター・シュライヤー(T)、アンドラ―シュ・シフ(Pf)(1989年録音/DECCA盤) シュライヤー壮年期の録音では表現主義的な歌唱となり、そのオーバーな表情付けが余り好みではありません。演出臭さというまでは感じませんが、何かリートというよりもオペラを聴いているような印象です。声の質がインテリ臭いのもこの歌曲集にはマイナスです。個人的にはタミーノ王子とかの役では大好きなのですが。但しシフのピアノは全体的に素晴らしく、特に終曲は白眉です。小川の水が若者を包み込み静寂に流れゆく様をこれほど美しく弾いた人を知りません。この曲ではシュライヤーも最高です。

Schubert_mullerin910 クリストフ・プレガルディエン(T)、アンドレアス・シュタイアー(Hf)(1991年録音/ハルモニアムンディ盤) プレガルディエンは宗教曲で鍛えられた真摯さ、敬虔さが滲み出る歌唱が素晴らしいです。作りものめいた表情は一切なく、しかし無表情ということでは無く、ここぞという部分ではかなり大胆に攻めています。インテリ臭く感じることもなく、さすらいの修行にひたむきな若者そのものを感じられるの声の質がとても好ましいです。シュタイアーのピアノも素晴らしく、時にギターを思わせるようなアルペジオを奏でていてユニークです。

Schubert_mullerin41sgkhppmel ヴェルナー・ギューラ(T)、ジャン・シュルツ(Pf)(1999年録音/ハルモニアムンディ盤) これもまた素晴らしいシューベルトです。声質で言えばヴンダーリッヒの次に好みます。歌い回しも非常にセンスが良く、わざとらしさやインテリ臭さ、また神経質な感じも皆無で、粉屋の修行にひたむきな若者のイメージにピッタリです。シュルツのピアノも特筆もので、これだけ上手く音楽的な伴奏ピアノは中々聴いたことが無いかもしれません。

Schubert_mullerin51vcvomoygl_sx355_ イアン・ボストリッジ(T)、内田光子(Pf)(2003年録音/EMI盤) 二人の細かい表情の変化が驚くほどですが、余り演出臭さは感じません。どれだけ入念な準備をしたのでしょうか。内田光子のピアノも立派で聴き応えが有ります。ボストリッジの声質は澄んでいてとても綺麗ですが、人物のキャラクターがひ弱そうに感じられます(声そのものではなく、あくまでイメージがです)。第1曲目から、この若者に果たして修行の旅が務まるのだろうかと思えてしまいます。もっとも狩人に恋人を奪われて、傷心して川に身を投げてしまうあたりは、むしろ『らしい』のかもしれません。

ここからはバリトンですが、どうしても保有ディスクの数は少なくなります。

Schubert_mullerin1e8hdd092l ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1961年録音/EMI盤) Fディースカウはこの作品の録音を4回行いましたが、代表盤としては後述のDG盤かこのEMI盤になります。声の若々しさは理想的ですが、元々バリトンで声に風格が有り過ぎるのと、第15曲「嫉妬と誇り」など速い曲での発声が余りに歯切れが良すぎて可笑しくなるほどです。ゆったりとした曲での情感は見事ですが、既に演出臭さがかなり感じられるのが好みでは有りません。ムーアのピアノの録音が不明瞭なのもマイナスです。

Schubert_mullerinzap2_g6403339w ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1971年録音/グラモフォン盤) 世評に高い録音で、Fディースカウのというよりも「水車小屋」のベストに選ぶ方も多いです。確かに全盛期のディースカウの歌唱は驚くほどの上手さで、どんなに些細な部分でも意味のない歌われ方は有りません。ムーアのピアノも正に同様のことが言えて最高の歌曲伴奏ですので、両者はある意味で究極の演奏です。しかし好みというのは難しいもので、「ディースカウは余りに上手過ぎるのが鼻につく」と感じられる天邪鬼?も世にはおられるでしょう。何を隠そう、自分もその一人ではあります。演出臭さも拭い去ることは出来ませんが、それは聴き返すうちに抵抗感が減りはします。

4127pzs4xglクリスティアン・ゲルハーエル(Br)、ジェラルド・フーバー(Pf)(2003年録音/Arte Nova盤) 正統的なドイツリート歌唱として安心して鑑賞することが出来ます。ピアノも手堅いです。録音も良いので、廉価で1枚購入したいと思う方にはお薦め出来ます。但し数ある名盤の中でこれを真っ先にお薦めしようとまでは思いません。声も立派ですし、欠点のない演奏ではありますが、閃くような感動を与えてくれることは少なくとも自分に対しては有りません。

Schubert_mullerine40884e841ce07dddb マティアス・ゲルネ(Br)、クリストフ・エッシェンバッハ(Pf)(2008年録音/ハルモニアムンディ盤) バリトンの中ではFディースカウの1971年盤と並んで愛聴しています。演出臭さを全く感じさせない、しっとりとした歌い方と声そのものの質ではゲルネの方をずっと好みます。しかもエッシェンバッハのピアノの見事さにはとことん魅了されます。歌曲の伴奏としてはムーアが完璧だと思いますが、ピアニストとしての表現力と風格ではエッシェンバッハに軍配が上がると思います。

以上、マイ・フェイヴァリットは何を置いてもヴンダーリッヒ盤です。次点としてはギューラ盤を上げたいです。
バリトンでもFディースカウの1971年盤とゲルネ盤は上げておきたいと思います。

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2019年2月26日 (火)

シューベルト 歌曲集「冬の旅」 名盤 ~死に向かう旅~

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歌曲王シューベルトの三大歌曲集と言えば、いわずとしれた『冬の旅』、『美しき水車小屋の娘』、『白鳥の歌』ですが、その中でも『冬の旅』は特に人気が高いですね。レコーディングも昔から数多く行われてきました。

これより4年前に作曲された『美しき水車小屋の娘』と同じ、ドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーの詩集によりますが、『水車小屋』が若者の希望に満ちた旅立ちから始まり、甘い恋と失恋を経て、最後の自殺までを描いた作品だったの対し、『冬の旅』では最初から失恋した若者が登場します。彼は追い払われるように街を出て、さすらいの旅を続け、そして慰めとしての「死」を求めゆくという、はなはだ絶望的な作品です。

この当時、シューベルト自身も梅毒に感染してからは健康が回復する見込みもなく、次第に死について考えるようになっていたのは間違いありません。

『冬の旅』は全部で24曲から成りますが、初めに作曲されたのは前半の12曲です。というのはミュラーの詩集が初め出版されたのもその前半分だけだったからです。完成後にシューベルトは友人たちの前でこの12曲を自分で歌いましたが、その音楽の暗さに皆が驚いたそうです。

シューベルトはその後、詩集の続編の存在を知り、後半の12曲を完成させました。但し彼の生前に出版された楽譜は前半のみです。

全24曲では非常に長い作品にもかかわらず、暗い曲調が連続するために、聴いていて楽しくなることはありません。人によっては聴くのが最も苦痛な作品かもしれません。にもかかわらず、この作品には悪魔に(死神に?)引き寄せられるがごとき強烈な魔力(魅力?)が有ります。

この作品が聴き手にとってどのような位置を占めるかは聴き手自身に委ねられますが、これだけ広く愛聴されている事実は、やはり誰しもが決して逃げることのできない「死」という大きなテーマに向き合っているからかもしれません。

全体を覆う暗闇の中にも、うっすらと光が見える「菩提樹」「春の夢」「郵便馬車」など数曲にはとても心が癒され、それが束の間の夢のような幸せに感じられます。

『冬の旅』には多くのCDが出ていますが、「決定盤」や「お奨め盤」などは余り意味が有るとは思えません。声楽は器楽と違い「声」そのものを好きかどうかが大きな決め手となるからです。

この曲集をシューベルトは最初にテノール用に書いていますが、それが自分の声に合わせて書いたのかどうかは知りません。しかし「主人公の若者」はシューベルト自身の投影でもあるので、若者らしい声で歌われるのは一つの理想です。確かに曲の暗さを表すにはバリトンの声質の方が向いていますが、反面バリトンではどうも若者っぽくなくなり、「さすらう中年」といった印象になることが多いです。ですので個人的にはこの曲集はテノールで聴くのを好みます。もちろん実際は、語りかけるように歌うのか、劇的に歌い上げるのか、流麗に歌うのか、様々な歌い方が有って、それを自分の耳や心がどう受け止めるかで印象は大幅に変わります。必ずしもテノールなら良いということではありません。

の所有CD盤をご紹介はしますが、余り当てになさらず、興味ある演奏を実際にお聴きになってご評価されてください。

では本命のテノールは後にして、まずはバリトン盤からご紹介します。しかしFディースカウは質量ともに圧倒的です。

Schubert51zaojdudkl_sy355_ ゲルハルト・ヒッシュ(Br)、ハンス・ウド・ミュラー(Pf)(1933年録音/EMI盤) もちろん第二次世界大戦前の録音ですので、音の擦り上げなどが目立つ古めかしい歌唱に聞こえます。けれども何と人間的で温かな味わいに溢れているのでしょう。この時代の演奏は器楽奏者も楽団も皆共通していますね。ここでは主人公と同化して悶え苦しむというよりも、若者を慈愛の心で見守っているような優しさを感じてしまいます。録音は古いですが、それが逆に郷愁を誘います。

Schubert81bkj9dfhtl_sy355_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1962年録音/EMI盤) Fディースカウはこの曲集を何度も何度も録音しましたが、最初のステレオ録音であり、Fディースカウとしても完成の域に達した歌唱だと思います。それまでの情緒綿々と歌われる声楽界のスタイルから遥かにスタイリッシュで細部まで完璧にコントロールされた歌唱を成し遂げました。同じムーアとの後年の録音と比べても遜色は有りませんが、EMI録音の音の鮮度が余り良いとは言えません。

Schubert61whbvol9ol ハンス・ホッタ―(Br)、ハンス・ドコウピル(Pf)(1969年録音/ソニー盤) ホッタ―にはモノラルとステレオによるスタジオ録音盤が有りますが、これは60歳の時の東京文化会館でのライヴ盤です。深い情感の表現は圧倒的で、その歌にはただならぬものを感じさせます。ただ元々深い声質が若者のイメージでは無く、どうしても「年老いた旅人」に聞こえてしまいます。従ってこのディスクをファーストチョイスに選ぶことは有りませんが、偉大な歌手の記録として是非とも聴いて貰いたいです。

Schubert61joyjyqiml_sy355_  ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1972年録音/グラモフォン盤) Fディースカウの数多くの「冬の旅」の中でも頂点に立つディスクだと思います。どんなに細かい音符にも意思が行き渡り、完ぺきな声のコントロールで歌われているからです。反面、この人特有の演出臭さが感じられたり、余りの上手さが鼻に付く方も少なくないでしょう。ムーアは伴奏ピアニストとして最高で、驚くほど表現力豊かに歌にピタリと寄り添っています。両者の完成度はちょっと比類が無いと思います。 

Schubert61yn6xofgll_sy355_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ダニエル・バレンボイム(Pf)(1979年録音/グラモフォン盤) ムーアとの盤に並ぶFディースカウの頂点に立つディスクだと思います。この盤の決め手はやはり共演のバレンボイムです。ムーアとは違い独奏家のピアノですが、何も自分勝手な演奏をしているわけでは無く、様々な部分で「冬の旅」のドラマを雄弁に語ります。

Schubert41kvn0t7cbl_sl500_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、アルフレッド・ブレンデル(Pf)(1985年録音/フィリップス盤) Fディースカウの声が絶頂期を過ぎてからの録音は総じて彼のファンには余り評価されないように感じます。けれども自分のようにこの人の歌唱の上手さが必ずしも好きに感じられない人間にとってはむしろこの録音が向いていると思います。ブレンデルの結晶化したようなピアノも素晴らしいですし録音の良さがそれを万全に捉えています。 

Schubert51flnlzqttl_sy355_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、マレイ・ペライア(Pf)(1990年録音/ソニー盤) Fディースカウが最後に残した録音ですが世評は最悪です。確かに全盛期の声の輝かしさは見る影も有りません。では何故そんな録音を行ったのかということですが、それまでと大きく変わっている点は弱音でのつぶやくような歌い方です。それはまるで主人公に成り切って絶望や孤独を声にならない声で吐露しているみたいです。そう思うとこの録音にはある種の共感を覚えてしまいます。ただこの人の代表盤とするには無理が有ります。

Schubert12zfmrdajl クリスティアン・ゲルハーエル(Br)、ジェラルド・フーバー(Pf)(2001年録音/ArteNova盤) 廉価盤ですがゲルハーエルの三大歌曲集はどれも侮れない良さが有ります。バリトンとして声の良さを感じますし、過度にならない自然な歌いまわしには共感が持てます。過去の多くの名盤を凌駕するまでには思いませんが、さしあたり三大歌曲集を聴いてみたいという方には安心してお勧め出来ます。

Schubert315ktwx79flティアス・ゲルネ(Br)、アルフレッド・ブレンデル(Pf)(2003年録音/DECCA盤) ゲルネとしてもブレンデルとしても二度目の「冬の旅」の録音ですが、これはロンドンの室内楽の殿堂ウィグモアホールでのライヴです。録音が柔らかいので、演奏がやや平たく聞こえますが、両者とも力みなく、しっとりとしたシューベルトの抒情を表現しています。ゲルネの声質が深いので若者の印象は受けませんが、分析でなくストレートな歌唱には曲を追うごとにぐいぐいと引き込まれてゆきます。

ここからは本命のテノール盤です。

Schubert51s4tl5jdl_sx355_ エルンスト・ヘフリガー(T)、イェルク・エーヴァルト・デーラー(Hf)(1980年録音/クラーヴェス盤) 晩年の録音ですのでロングブレスで息が続かない箇所が幾らか見受けられます。しかし声質は非常に美しく若々しいのでまるで若者が歌っているように感じます。その表情は適度な豊かさを持ちますが、伴奏に古楽器のハンマーフリューゲルが使われ、速めでキビキビと演奏されているのでロマン派の濃密さを回避した古典的な印象を受けます。

Schubert41x5a5kncdl_sy355_ ペーター・シュライヤー(T)、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)(1985年録音/フィリップス盤) ゼンパーオパーにおけるリヒテルとの共演ライヴ録音です。リヒテルはさすがに大ピアニストで、ことさらに力まなくても存在感が抜群です。得意のシューベルトの独奏を聴いているような深さと充実感を感じます。力が入っているのはシュライヤーで、やや力こぶの入り過ぎな歌唱に聞こえますが、元々尋常な歌曲集では無いですし、ライヴであればこれぐらい思い入れの入った歌唱が楽しめると言えなくもありません。演奏記録としても充分過ぎる価値が有ります。

Schubert41rkkoesuil ペーター・シュライヤー(T)、アンドラ―シュ・シフ(Pf)(1991年録音/DECCA盤) シュライヤーのこちらはセッション録音なので当然完成度は高いです。その反面リヒテルとのライヴ盤のようなスリリングさは無くなります。ピアノがシフであることもその理由でしょう。どちらも好きですが、リヒテル盤の後に聴くと物足りなさを感じられるかもしれません。しかしテノールの「冬の旅」としては極めて優秀な演奏だとは思います。

Schubert516t9j56dfl_sy355_ クリストフ・プレガルディエン(T)、アンドレス・シュタイアー(FPf)(1996年録音/TELDEC盤) 落ち着いた声で低域も深いテナー、プレガルディエンも大好きです。古楽器のフィルテピアノを弾くシュタイヤーの演奏も素朴でよくマッチしていると思います。過度にドラマティック、ロマンティックにならないスタイルにむしろ新しさを感じます。古典的なシューベルトを感じさせる優れた演奏だと思います。

Schubert71jv1yvtgkl_sy355_ イアン・ボストリッジ(T)、レイフ・オヴェ・アンスネス(Pf)(2004年録音/EMI盤) イギリス出身ですがシューベルトやリートを得意とするボストリッジは、声の質が細身でどことなく弱そうな男の印象を与えるのが、この物語の主人公の若者にピッタリです。感情表現が豊かですが、それが自然なので作り物めいた演出臭さを感じることも有りません。長いこの曲集を少しも飽きずに自然に惹き込まれてしまいます。但しうるさい人には発音がいま一つドイツっぽく無いのがマイナスかも知れません。アンスネスのピアノも上手く美しいのですが、EMIの録音がやや焦点ボケした感じなのが勿体ないです。しかしトータルでは非常に良い演奏で大好きです。

3149020206607ェルナー・ギューラ(T)、クリストフ・ベルナー(FPf)(2009年録音/ハルモニアムンディ盤) ギューラの歌い方は比較的端正ですが、さりとて地味過ぎることは無く、はみ出さないレベルで表現豊かに歌います。いわゆる「演出臭さ」などは微塵も感じさせません。声の質が太過ぎず、細過ぎず、繊細でいてかつ力強さにも欠けていないのは素晴らしいです。

Schubert51vswt2c8l_sx355_ ヨナス・カウフマン(T)、ヘルムート・ドイチェ(Pf)(2013年録音/ソニー盤) オペラ界のスーパースター、カウフマンはリートにも取り組を見せていますが、オペラほどの世評の高さは得られていないようです。確かに余りにオーバーでオペラティックな歌い方が根っからのリートファンには余り受けが良くないのかもしれません。かくいう自分も例外ではなく、この歌唱はどうも好みません。これはあくまでもカウフマンのファンのためのディスクだと思います。

ということで、本命のテノールからは、最も主人公のイメージに近いボストリッジ/アンスネス盤をマイ・フェイヴァリットに上げます。対抗としては対照的に劇的なシュライヤー/リヒテル盤です。

バリトンではやはりFディースカウですが、個人的好みでブレンデルとの盤、完成度でムーアとの盤(グラモフォン)、バレンボイムとの盤、この三つを上げます。もう一つ加えるとすればゲルネ/ブレンデル盤でしょうか。

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2019年2月25日 (月)

「第7回せんがわピアノオーディション受賞コンサート」 三原未紗子 ピアノリサイタル

49521167_2106047819452789_706941539 調布市せんがわ劇場に「第7回せんがわピアノオーディション受賞コンサート」を聴きに行きました。演奏者は最優秀賞を受賞された三原未紗子さんです。

プログラムは前半がクララ・シューマン「3つのロマンス」より第1番、JSバッハ=ラフマニノフ「無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータ」より、ベートーヴェン「ワルトシュタイン」で、後半がリゲティ「ピアノのための練習曲」より、ブラームス「6つの小品」作品118です。

三原さんに感心するところはどんなジャンルも幅広くこなし、しかもどれもが無理なく自然に仕上げられていることです。「ワルトシュタイン」では力強く堂々とした壮年期のベートーヴェンを堪能させてくれました。しかし僕がこの日最も感銘を受けたのはブラームスの作品118です。半年前に三原さんが「一番弾いてみたい曲」だかの話のときにこの曲をあげていたのが印象的でしたが、その演奏を早くも聴けるのかと胸が躍る思いでした。しかしその期待をずっと超える素晴らしい演奏でした
大好きなブラームスのこの曲を、演奏者が心から曲に共感し一体化して音となっているのが感じられて胸に迫りました。何と素晴らしいブラームス!
個人的には三原さんのロマン派の曲の演奏が特に好きですが、中でも深い情感を溢れるほどに湛えたブラームスの演奏に最も惹かれます。この曲はこれから何度も弾いて欲しいし、他の晩年の小品もいずれ弾いてくれたらと願います。
今日は会場に知り合いが大勢来ていましたが、皆さん同じように感銘を受けていたように感じました。

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