~後期ロマン派交響曲作曲家の巨人~ マーラーとブルックナー

Brumar226058822 ブログを初めてから1年3ヶ月が過ぎましたが、これまで一度も記事を書いていない作曲家が居ます。グスタフ・マーラーです。その理由は決して興味が無いからでは無くて、大好きだからなのです。どうしても気軽には書けないのです。アントン・ブルックナーについてもやはり同じです。第4番「ロマンティック」だけは記事にしましたが、それはむしろ気楽に書けるからであって、4番より好きな曲は他に幾つも有ります。それが正直なところです。同じような意味で、ベートーヴェンやモーツァルトもほとんど記事にしていません。名作が余りに多過ぎて一体どこから手をつけて良いのか見当がつかないからなのですね。

ともかくはマーラーとブルックナーの記事をしばらく続けようと思っています。2人は同じ後期ロマン派の交響曲作曲家として並び立つ存在ですが、作風はまるで正反対です。教会のオルガニストであり、俗世間を超越して森羅万象を音にしたような作品を神様に捧げようとしたブルックナー。コンサートオーケストラの指揮者であり精神分裂的と思えるほどに人間の喜びや悲しみ、あるいは厭世感を音楽にしたマーラー。しかし両者はどちらも真の大作曲家です。

なにせ多忙のサラリーマンの身ですので、これまでの「名曲名盤案内もどき」のスタイルでは書くのに結構時間がかかってしまい、週一ペースではとても更新が出来ないかもしれません。そこはどうぞ気長にお付き合い頂ければと思います。そして気軽にコメントを頂けることを楽しみにしていますので、どうぞ宜しくお願いします。

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ブラームス ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲イ短調op.102 名盤

いよいよ秋が深まってきました。いやでも「もののあはれ」を感じる季節です。

秋は夕暮。夕日のさして、山の端はいと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音などはたいふべきにあらず。(「枕草子」清少納言)

B0087557_20323156 この季節にはやはりブラームスの音楽が一番心にしみわたります。昨年の秋にはブラームス特集として主要な曲をご紹介しましたが、今秋は一曲も取り上げていません。そこで、未だ触れていなかった「ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲」を取り上げてみます。この曲には2人のソリストが登場します。ヴァイオリン協奏曲が「独身の曲」だとすれば、二重協奏曲は「夫婦の曲」をイメージできるかもしれません。事実、ブラームスはこの曲に「夫婦」の意味を込めて書いたとも言われています。しかしこの曲の2人のソリストは時に寄り添い、時に激しくぶつかり合い、と正に実際の夫婦の縮図のようです。

何はともあれ、この曲は大変充実しています。この曲もやはり、初めは交響曲になるはずでしたが、作曲途中で協奏曲に変更されました。ブラームスの協奏曲はオーケストラパートが充実しているので、どの曲も「独奏付き交響曲」という雰囲気ですが、この曲は管弦楽をバックにヴァイオリンとチェロがぴたりと寄り添ったり対峙したりする様が絶妙です。これはやはり室内楽作品を得意とするブラームスならではでしょう。第1楽章の展開部に入る前の2つの楽器の重奏にも圧倒されます。そして全体の曲想も大変に魅力的です。第1楽章の主題のカッコ良さにも惚れ惚れしますが、第2楽章の昔を懐かしく回想するような趣きはたまりません。第3楽章も実に充実しています。僕は、この曲がヴァイオリン協奏曲に負けず劣らず好きなのです。それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

Cci00052 アドルフ・ブッシュ(Vn)、ヘルマン・ブッシュ(Vc)、クレツキ指揮フランス国立放送(1949年録音/Music&Arts盤) 戦後、ヨーロッパのフランスでのライブ録音です。戦前のドイツロマン派の最後の大家アドルフ・ブッシュは四重奏団の活動が多かった為に、コンチェルトの録音はブラームスやベートーヴェンといった僅かのものに限られています。ですので二重協奏曲の録音が聴けるのは貴重です。この演奏は正にドイツ浪漫の何物でもありません。第2楽章の主題にボルタメントをかけて大きく歌うあたり、懐かしくもロマンティックな表現には圧倒されることでしょう。他の演奏とは全く次元が異なります。ただ、第1、第3楽章は録音が古い分聴き応えが半減するのが残念です。この録音は他レーベルでも出ていますが、1楽章冒頭の音消えが有りますのでご注意ください。Music&Arts盤は大丈夫です。

Bura005 シュナイダーハン(Vn)、シュタルケル(Vc)、フリッチャイ指揮ベルリン放送響(1962年録音/グラモフォン盤) 決して派手ではないですが、聴いていて自然に心に染み入るような演奏です。ウイーンの名手シュナイダーハンのヴァイオリンは非常に心のこもった良い演奏ですし、シュタルケルの男気の有るチェロはブラームスにぴったりだと思います。またフリッチャイの伴奏指揮もとても素晴らしいです。彼らはブッシュ達ほど表現が濃厚では有りませんが、何度でも聴きたくなるような、実にしっとりとした魅力的なブラームスを聞かせてくれます。個人的にはとても気に入っている演奏です。 

41rvqx5595l__ss500_ オイストラフ(Vn)、ロストロポーヴィチ(Vc)、セル指揮クリーヴランド管(1969年録音/EMI盤) この曲を初めて聴いた演奏です。豪華な顔合わせで、当時は決定盤の名を欲しいがままにしていました。現在よくよく聴いてみると、オイストラフもロストロポーヴィチも元々深刻な演奏はしないためにブラームスにはいま一つの共感を感じません。もっともそれは僕の個人的な感想なので、余り暗くならないブラームスの方が良いと言う人も居るでしょう。そのような方には丁度良い演奏ではないでしょうか。技術的には全員充分に優れていますが、重奏の部分なんかは2人とも勝手に弾いている印象なので意外に凄みが感じられません。

Bura006 エーリッヒ・レーン(Vn)、トレスター(Vc)、シュミット=イッセルシュテット指揮北ドイツ放送(1970年録音/米JOY盤) これは海賊盤ですが、北ドイツ放送響創設25周年記念演奏会の貴重なライブ演奏です。レーンは1940年代のベルリンフィルのコンサート・マスターでした。この時、既に技術的に衰えてしまっていたのか怪しい所が多々有りますし、チェロとの重奏箇所なんかもピタリとは合っていません。けれども第2楽章の深々とした雰囲気なんかを聴いていると、やはりドイツの魂を感じさせてくれる気がします。イッセルシュテットも手兵の北ドイツ放送を指揮して、いかにもドイツ的で味わいのある演奏を聞かせています。

Bura007 シェリング(Vn)、シュタルケル(Vc)、ハイティンク指揮コンセルトへボウ管(1971年録音/フィリップス盤) シェリングは僕の最も好きなヴェイオリニストの一人ですし、シュタルケルも相変わらずブラームスに合う男っぽい演奏です。両者のアンサンブルも申し分が有りません。但し、とても美しい演奏には間違いが無いのですが、いまひとつ高揚感や情熱に不足を感じ無いでもありません。シェリング/ハイティンクのヴァイオリン協奏曲もやはり似たような印象でした。これはもしやハイティンクに問題が有るのではと個人的には思っています。

511kp95dojl__ss500_ クレーメル(Vn)、マイスキー(Vc)、バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1982年録音/グラモフォン盤) バーンスタインの引きずるようなリズムはドイツ風とは違いますが、重量感が有って悪くありません。また、ブラームスではとかく透明感の有り過ぎる響きとなるウイーンフィルも厚味の有る音を聞かせています。クレーメルとマイスキーのテクニック、アンサンブルは優秀ですし、独特の繊細な叙情性も持ち合わせていて魅力的です。クレーメルはアーノンクールの伴奏で再録音しましたが、バーンスタインとの旧盤のほうがずっと良いと思います。

Bura008 スターン(Vn)、ヨーヨー・マ(Vc)、アバド指揮シカゴ響(1987年録音/SONY盤) ドイツ系のプレーヤーが誰も居ない演奏であるからか、ドイツ風のブラームスからは程遠い、非常に爽やかなブラームスです。アバド/シカゴのオケ演奏は常に腰が浮いた感じで重圧感は有りません。ヨーヨー・マのチェロも上手いのだけれどブラームスらしい含蓄が無く、えらくお気楽な感じがします。スターンは意外に音の衰えを感じさせません。全体としては大変まとまりが良いのですが、全く北ドイツ風でない点が僕の好みからは外れます。

以上の中で、僕に一番しっくり来るのはシュナイダーハン/シュタルケル/フリッチャイ盤です。オイストラフ/ロストロポーヴィチ盤はソリストの2人が、クレーメル/マイスキー盤はバーンスタインの指揮が、どうも「牛刀をもって鶏を割く」という大げさな雰囲気なのでそれほどは好んでいません。これは全くの好みの問題です。

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~浪漫と幻想~ シューマン 交響曲第4番ニ短調op.120

Schumann シューマンは生涯に交響曲を4曲書きました。僕は第1番「春」や第2番もとても好きなのですが、第3番と4番を特に好みます。そのうち第3番「ライン」については以前、僕自身のドイツ・ライン地方への旅行記としてご紹介したことが有りました。http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-5fe3.html 

そこで今回は第4番についてです。この曲は最もシューマンらしいシンフォニーだと思います。シューマンの最大の特徴である「ロマン的で、幻想的」な要素が一番出ています。正にシューマネスクな作品です。「幻想的交響曲」とでも副題を付けてもらいたいところですが、ベルリオーズに先を越されてしまいましたからね。それにしてもこの曲は1楽章導入部からなんとも幻想的です。ほの暗いロマンの香りがプンプンです。「生き生きと」と指示のある主部に入っても危うい香りがそのまま続きます。音楽の屈折した雰囲気もシューマンの本領発揮です。第2楽章「ロマンス」はタイトルどおりロマンの極み。孤独感いっぱいに沈滞します。中間部のロマンティックなヴァイオリンソロはこたえられません。第3楽章スケルツォにも「生き生きと」と指示が有りますが、まるで楽しい雰囲気にはほど遠い印象です。しかしこの楽章も極めて魅力的です。第4楽章の遅い序奏部を終えると「生き生きと」の主部が始まります。この楽章でようやく明るさを取り戻します。途中から始まる、付点付きリズムは「交響的練習曲」の終曲に代表されるシューマンのお得意リズムです。

さてこの曲にはフルトヴェングラーの歴史的名盤が有りますが、それを中心にご紹介したいと思います。

41zjc1rtd0l__ss500__2 ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1953年録音/グラモフォン盤) フルトヴェングラーが亡くなる前の年の演奏です。「シューマンの4番と言えばフルトヴェングラー」と言われるぐらい有名な録音です。比類無いほどにロマン的で情熱的な演奏ですが、とにかく凄いのはオーケストラがまるで生き物のように自由自在。楽器の音が全くせずに音楽そのものしか感じさせません。この曲の第1楽章は中間部がとても鳴りにくく、しばしば演奏に失望することが多いですが、フルトヴェングラーの場合は情熱が迸るように立派に鳴り渡ります。第2楽章のロマンも最高。当時のベルリンフィルのコンサートマスター、ジークフリート・ボリスの奏でるヴァイオリン・ソロは甘いポルタメントを効かせて耳がとろけるようです。過去最高の演奏と言えるでしょう。第4楽章も極めてドラマティックであり、中間部の付点リズムの生命力も他の指揮者とは次元が異なります。既に50年以上も昔の録音ですが、いまだに最高の演奏であり続けています。モノラル録音ですが、フルトヴェングラーの録音の中でも最も音質の良い一つなので鑑賞には全く差支え有りません。

Cci00034 フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1960年録音/BerlinClassics) ゲヴァントハウスの音が魅力的です。管楽器と弦楽器とが美しく一体にブレンドされたくすんだ響きは伝統的なドイツの音です。ここまで古風な音は現在ではちょっと聞けないと思います。コンヴィチュニーの指揮も同様にオーソドックスで良いです。けれども、この曲にしては少々落ち着き過ぎている気はします。第2楽章はもっと強いロマンの香りが欲しいですし、第3、4楽章は更に情熱の高ぶりを見せたほうが魅力が増すと思います。

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ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ドレスデン国立歌劇場管(1972年録音/EMI盤) 3番「ライン」でも書きましたが、シュターツカペレ・ドレスデンの全盛期の音を聴くことが出来る素晴らしい録音です。柔らかくも厚みが有り、正に「いぶし銀」としか表現のしようの無い素晴らしい音です。ゲヴァントハウスを「野武士」の響きとすれば、ドレスデンはさしずめ「大納言」の響きでしょう。その響きを忠実に捉えた名録音でもあります。サヴァリッシュは早めのテンポで若々しく新鮮な指揮ぶりで、ドレスデンの響きと融合して魅力的です。但しその反面、余りに健康的過ぎるので、彼らの全集の中では1番や3番のほうが曲想に適していると思います。 

Cci00034b ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1979年録音/SONY盤) クーベリックは60年代にベルリンフィルとこの曲を録音しましたが、それは緊張感の無い演奏で好きではありませんでした。このバイエルンとの新盤の方が優れていると思います。管と弦とが柔らかく混じり合った響きも魅力的です。第1楽章はゆったりし過ぎていて情熱の高まりに不足を感じますが、第2楽章や第3楽章のほの暗いロマンの香りは良く出ています。終楽章も付点リズムの処理にシューマネスクな味が良く出ていますし、徐々に高まっていく情熱が見事です。

Cci00035b セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1988年録音/EMI盤) 遅いテンポによるいかにもチェリビダッケらしい演奏です。第1楽章は柔らかい響きでスケールが大きいのは悪くないのですが、情熱の高まりが感じられないのが気に入りません。第2楽章の深々としたロマンの香りは魅力的です。ヴァイオリン・ソロも味わい深いです。第3楽章は遅いテンポで暗くロマンティックな雰囲気に満ちていて良いと思います。極端に遅い第4楽章冒頭のブリッジ部分はユニークですが違和感を感じます。主部も遅いテンポで聴いていて段々もたれてくるのも事実です。但し、最後は普通にアッチェレランドして終わります。一貫性の無さを感じないでもありません。

Cci00036 クリストフ・エッシェンバッハ指揮北ドイツ放送響(1999年録音/RCA盤) ハンブルグを本拠地とする北ドイツ放送響は今では数少ない古風でドイツ的な音を持つオーケストラです。柔らかく混じり合ったほの暗い響きはシューマンの音楽に実に適しています。エッシェンバッハも暗くロマンティックな演奏を得意としているのでシューマンに向いています。第1楽章は中間部の爆発力はフルトヴェングラーには及びませんが、全体としては優れています。第2楽章は深々というよりも早めのテンポで軽いながらも優しい雰囲気が独特です。第3楽章も早めですが暗い情熱を感じて悪く有りません。終楽章の情熱の高まりも大変素晴らしいです。

これ以外の演奏では、友人に聴かせて貰ったクナッパーツブッシュ/ウイーンフィルの1962年盤がどうしても忘れられません。評論家の福嶋章恭さんが最高の演奏と述べておられる演奏です。確かにスケールが大きく非常に立派でフルトヴェングラーに対抗し得る唯一の名演奏だとは思いますが、シューマネスクな演奏という点ではやはりフルトヴェングラーのほうが上に感じるのです。

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シューマン ピアノ協奏曲イ短調op.54

P1000261 シューマンはピアノ協奏曲もとても人気が有りますよね。当然良い曲です。ですが個人的には、むしろ独奏曲の「幻想曲」や「クライスレリアーナ」「交響的練習曲」のほうが更に感銘を受けます。この協奏曲は第1楽章は文句無しに素晴らしいのですが、第2、第3楽章にどうも物足りなさを感じてしまいます。ですので尻つぼみに感じてしまうのです。特に演奏が平凡だといけません。と言って何も大げさな演奏を望むと言う訳では在りません。真に魅力的な演奏をしないと、やや退屈に感じられてしまうということです。などと述べるとファンの方からは大変なお叱りを受けそうですが、どうかお許し下さい。そんなこの曲なのですが、僕が学生時代に聴いて心底感動したのはディヌ・リパッティのライブ演奏でした。(右上の写真は所有の海外DECCAアナログLP盤です。素適なジャケットでしょう?)

この曲の愛聴盤ですが、例によって古い録音が多くを占めますが、順番にご紹介させて頂きます。

Bethcci00038 ワルター・ギーゼキング独奏、フルトヴェングラー指揮ベルリンフィル(1942年録音/メロディア盤) 戦時中のドイツでの一連のライブ録音の一つですが、戦後のどさくさの際にソビエトが大量の録音テープを持ち去った為に原盤はロシアに有ります。まったくロシアという国はけしからんです。ところで、この録音はギーゼキングよりもフルトヴェングラーを聞くべき演奏です。当時のベルリンフィルの奏でるドイツロマン派の深い雰囲気は古今髄一です。ですのでこの曲には向いていなそうなギーゼキングも触発されてなかなか雰囲気のある良いピアノを弾いています。但し録音状態は戦時中なのでお世辞にも良いとは言えません。これはフルトヴェングラー・ファンのみにお勧めしておきます。 

Mozcci00036 ディヌ・リパッティ独奏、カラヤン指揮フィルハーモニア(1948年録音/EMI盤) ルーマニア生れのディヌ・リパッティは真に天才のピアニストでした。白血病に犯されて僅か33歳でこの世を去る前にEMIに残した録音はいずれもかけがえの無い記録です。この演奏はスタジオ録音なので音質は後年のライブ盤よりは優れています。リパッティの限りなく高貴であり深い精神性と力強さを兼ね備えた演奏は非常に素晴らしいです。若きカラヤンの指揮も特別に深みがある訳では有りませんが、伴奏としては充分に満足できるものです。ライブ盤が存在しなければ更に価値の高かった録音だと思います。

Schcci00036 ディヌ・リパッティ独奏、アンセルメ指揮スイスロマンド管(1950年録音/DECCA盤) リパッティが亡くなる9ヶ月前のライブ演奏です。演奏会の前日は40度の高熱で医師からは絶対安静を命じられていたにもかかわらず、解熱剤を投与してふらつきながら演奏会のステージに向かったそうです。そんな極限状態での天才の演奏が如何なるものであったかを思い知らされる録音です。演奏はとても余命僅かの人間の演奏には聞こえません。というより天才が死期を悟ったからこそこのような演奏が可能になったのかもしれません。打鍵は立派。ファンタジーは豊か。これほど感動的な演奏は他のどんなピアニストでも聴いたことが有りません。アンセルメ指揮のオーケストラ伴奏も状況を察して大変に感動的です。但しこれほどの素晴らしい演奏が現在は廃盤です。中古店で運良く見つけたら何を置いても購入すべきです。

187 アルフレッド・コルトー独奏、フリッチャイ指揮ベルリン放送響(1951年録音/Green Door盤) 以前から評論家の宇野先生が絶賛されていたので聞きたくて仕方の無かった演奏でしたが、数年前にグリーンドア出版が大変音質の良いCDを発売してくれました。現在は正規録音盤も出ていますがそれは聞いていません。コルトーもフリッチャイも真に表現力に優れた芸術家ですが、両者の共演が大変にユニークな名演を実現させました。冒頭の和音の後がなんという遅さで始まることでしょう。かつて耳にした事が有りません。ピアノのミスタッチも何のその、濃厚な表現の限りを尽くしています。しかしそれは両者の心に感じた通りの演奏なので、例えばアルゲリッチやチェリビダッケのような"あざとさ"は少しも感じられません。第2楽章も同様に深い深いロマン的表現です。第3楽章はいくら何でも遅すぎるのではないかと思いますが、好き嫌いは別にしてもこの演奏は必聴です。

Sch195 スヴャトスラフ・リヒテル独奏、ロヴィツキ指揮ワルシャワ・フィル(1958年録音/グラモフォン盤) 個人的にはリヒテルはシューマンの演奏が一番良いと思います。これは彼が西側にデビューして間もない時期の録音なので、技術的にも全盛期にあります。但し元々から演奏に随分とムラのあるリヒテルとしてはこの演奏は中の中というレベルです。スタジオ録音ということもあり、いまひとつ感興が乗り切っていないのです。しかしそれでも第1楽章中間部などのシューマネスクな香りの漂うピアノはさすがにリヒテルです。ロヴィツキの指揮はとりたててどうということはありません。

Schucci00019b ジュリアス・カッチェン独奏、ケルテス指揮イスラエル・フィル(1965年録音/DECCA盤) カッチェンは知る人ぞ知る名ピアニストでしたが早死にしてしまいした。奇しくもケルテスも水の事故で早死にしてしまう名指揮者です。なかなか珍しい"早死に"名演奏家の共演盤です。(苦笑) しかしさすがに名演奏家同士だけのことはあってとても良い演奏です。カッチェンはブラームスを最も得意として男性的なピアノを弾きますが、この演奏も力強い打鍵で大変男性的です。ケルテスの指揮も実に立派です。第3楽章などはまるで「皇帝」のフィナーレのようです。といっても決して情緒に欠ける演奏ということではありません。このような「男気」のある演奏も是非一度は聴いてみる価値が有ると思います。

Schcci00037 ラドゥ・ルプー独奏、プレヴィン指揮ロンドン響(1973年録音/DECCA盤) デビュー間もない頃の若きルプーの演奏です。彼はルーマニア生まれだったので、当時のキャッチコピーが「リパッティの再来」「千人に一人のリリシスト」であった記憶が有ります。確かに良い演奏が多く有りましたが、いつの間にか若手奏者の影に隠れて目立たなくなってしまいました。10年ほど前に東京で生演奏を聴いた時には大変素晴らしかったので残念です。この演奏はプレヴィンの指揮共々とても瑞々しい演奏です。大げさにならない等身大のシューマンという感じでこれもまた捨て難い良さを感じますが、その分ややムード的に聞こえてしまう難点はあります。

Schcci00037b マルタ・アルゲリッチ独奏、コード指揮ワルシャワ・フィル(1980年録音/Accord盤) 何度も書いてしまいますが、90年代以降のアルゲリッチは表情が多分に恣意的であり、聴いてどうしても"あざとさ"を感じてしまいます。真の芸術は決して作り物めいてしまってはいけないと思うのです。話は逸れますが僕が大抵のカラヤンの演奏を好まないのはそういう理由からです。ここでのアルゲリッチのライブ演奏は彼女特有の気まぐれさを感じますが、それがシューマンの音楽のうつろさ加減と上手く合っているように感じます。男優りの力強い打鍵も非常に聴き応えが有ります。カップリングのチャイコフスキーも良い演奏ですし、これはなかなかお買い得な名盤だと思います。

Sch24062 マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド指揮ベルリン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) ポリーニのシューマンは決して嫌いでは無いのですが、どうも曲によって出来にムラが多いように感じます。この演奏もどうも覇気と締まりに欠ける気がします。両者の実力からすれば少々雑な仕上がりでもあります。ポリーニ&アバドという独グラモフォンのかつての看板ブランドですからセールスは間違いないでしょうが、売れりゃ良いというものではありません。どうしてこのような中途半端な演奏でプロデューサーはOKするのでしょう。収録の時間的な問題も有るのでしょうが、このような仕事ぶりがクラシックの衰退を招くのだと思います。

この曲のCDの数は他にも沢山有りますのでとても聴ききれませんが、僕が特に好きな演奏はやはりリパッティ/アンセルメのライブ盤。次いでコルトー/フリッチャイ盤です。あとはアルゲリッチ/コード盤とカッチェン/ケルテス盤。こんなところです。

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~深き苦しみの淵より我れ汝を呼ぶ~ シューマン ヴァイオリン・ソナタ集

シューマンの音楽は、ほの暗くロマンティックなのが特徴ですが、精神障を患い始めてからは一層内向的になり心の奥底へ沈み込んでゆくようになりました。情熱的な曲ですら何か焦燥感にかられるようであり、心の不安定さが拭いきれません。しかしファンにとってはそれが魅力であり強く惹かれるのです。メンデルスゾーンやサンサーンス、ロッシーニといったネアカの音楽は聴いていて楽しいのですが、どうも深みを感じられないのです。心に弱さを持った人間にとっては同じような音楽がやはり好きですね。

Cci00031 シューマンの後期の作品はファンにとってはどれもがかけがえの無いものですが、その中でもどうしても外せない曲がヴァイオリン・ソナタ集です。僕はまだ学生の頃に、アドルフ・ブッシュとルドルフ・ゼルキンの室内楽の米国盤LP3枚組を購入したのですが、その中にシューマンのソナタの1番と2番が入っていました。その演奏に衝撃を受けて以来、この曲が絶対に忘れられなくなったのです。

シューマンはヴァイオリン・ソナタを3曲書きました。ですがブラームス達と共作したFAEソナタを後で自作に編集し直した3番は近年まで知られる事は有りませんでした。なのでこれまでは1、2番のみが演奏されていたのです。1番と3番も好きですが、特に優れているのは「第2番」ニ単調op.121です。シューマン自身も、「1番よりも2番のほうが出来が良い」と言っていたようです。この曲は4楽章構成です。第1楽章主部には「生き生きと」と指示が有りますが、とても快活というには程遠い音楽です。まるで苦しみの中で悶え、叫び、独白しているような印象であり、その中から懸命に這い上がろうとする意思の力を感じます。第2楽章「極めて生き生きと」も全く同じ印象です。そしてこの曲の白眉といえるのが第3楽章に用いたコラール「深き苦しみの淵より我れ汝を呼ぶ」の旋律と4つの変奏です。「静かに単純に」と指示が有ります。この主題はシューマンにとって大変重要な意味があると思います。どんなに人生に苦しんでいても、神を信じて救いを求めようという意思の力です。そんな象徴的なこの楽章は単純であればこそ強く心を打たれます。その3楽章を受けた第4楽章は「動きを持って」との指示が有り、とても力を感じます。

P1000404 アドルフ・ブッシュ(Vn)、ルドルフ・ゼルキン(Pf)(1943年録音/CBS SONY盤) 最初に買ったのは米国盤でしたが、この写真はその後に購入した国内アナログ盤です。過去にCD化されたことは無いと思います。ブッシュは戦前のドイツロマン派の伝統を継承する偉大なヴァイオリニストでしたが、娘婿で室内楽パートナーのゼルキンがユダヤ系であるためにナチスに迫害されてしまい、やむなく共にスイスに渡り、最終的に米国に亡命しました。従ってドイツのヴァイオリンの伝統はその時に一度消滅したと言っても過言では有りません。ブッシュは新天地アメリカでヴァイオリン奏法を残す為にマールボロに音楽学校を設立しました。ところが1952年に志半ばで早々と亡くなってしまうのです。その志はゼルキンや、同じようにヨーロッパからアメリカに渡ったブダペスト四重奏団のアレキサンダー・シュナイダー達によってその後に立派に花を開かせました。

この録音はワシントンでのライブ録音で、1番と2番の2曲を弾いています。ブッシュはむろん、華麗なヴァイオリンとは全く異なる精神性を重要視したドイツ流派なのですが、ここではシューマンの音楽と相まって極限の高みにまで達しています。まずは1、2楽章の情熱に胸を打たれます。けれども、それはあくまで第3楽章のコラールの序奏に過ぎません。僕はこの演奏を初めて聞いた時のことがいまだに忘れられません。冒頭にピチカートでコラールが開始されますが、音は不揃いです。にもかかわらず、特別な緊張感を感じます。そしていよいよコラールが弓で弾かれると、最初はまるで息絶え絶えのようです。それが徐々に力を増して重音で歌われ始めると実に感動的となります。ところが中間部に差しかかると、何と音が止まりかけるのです。聴いている自分の心臓も一緒に止まる様な気がしました。音楽を聴いていて、そんな経験をしたのは後にも先にもたった一度、この演奏を聞いた時だけです。ブッシュは恐らく祖国を追われて遠い国で苦しみ、懸命に神の名を呼ぼうとしている自らの境遇とこのコラールの主題とを重ね合せて、演奏の途中で感極まってしまったのだと思います。この奇跡の演奏が埋もれているのは大変残念なことです。

ここでは入手の可能なCDについてもご紹介しておきたいと思います。

41zq7xkd4ql__ss500_ ギドン・クレーメル(Vn)、マルタ・アルゲリッチ(Pf)(1985年録音/グラモフォン盤) 収録は1、2番のみですが、現役盤では恐らくベストの演奏でしょう。ヴァイオリンもピアノも滅法上手いです。クレーメルのヴァイオリンは生で聴くと音に線の細さを感じますが、録音では文句が有りません。全盛期の演奏だけあり、繊細な音と弓使いが非常に素晴らしいです。2番のコラールもブッシュには及ばないとしても、とても感動的に弾いています。アルゲリッチも後年のような表情過多による"あざとさ"を感じさせないのが好ましいです。

Cci00034 イザベラ・ファウスト(Vn)、ジルケ・アーヴェンハウス(Pf)(1999年録音/CPO盤) ドイツの若手ヴァイオリニスト、イザベラ嬢はケルビーニSQのポッペンに師事を受けました。ブッシュ亡き後のドイツのヴァイオリン界の系譜を継ぐ有能な人材です。彼女はコンチェルトも弾きこなしますが、室内楽にも積極的であり、ブラームスなどに優れた録音を残しています。このCDには3番も含まれているのが嬉しいです。彼女のヴァイオリンは切れが良くて情感もあり、クレーメル盤と比べても決して劣らないと思います。コラールの感動はむしろこちらの方が上回るような気がします。ソナタを3曲とも欲しい場合には真っ先に推薦できるCDです。

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~炎の情熱~ シューマン ピアノ三重奏曲第1番ニ短調op.63

431a56ff6a0e198a960e50a1f1db33d0 シューマンの室内楽ではピアノ四重奏と五重奏が双璧だというのは間違いのない事実なのですが、実はピアノ三重奏にも捨てがたいものが有ります。奇しくも弟子のブラームスと同じ三曲の作品を残しました。もしも両者が3対3の6人タッグマッチで師弟対決をすれば、これは弟子チームの圧倒的な勝利に終わるでしょう。それほどブラームスのこのジャンルは充実しています。そのことは丁度1年前に記事にしました。http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-5556.html

しかし敗れたとは言え、シューマン・チームにも大変な実力者が存在します。それは「第1番」ニ短調です。この曲だけはブラームスのどの作品と競っても互角に渡り合いますし、シューマンの四重奏、五重奏と比べてもほとんど見劣りしません。第1楽章はいかにも彼らしい屈折した感情を湛えた音楽で、情熱は青白い炎にくすんでいます。第2楽章も「生き生きと」と指定があり情熱的なのですが、その割には相変わらず屈折した焦燥感を感じてしまいます。第3楽章ではとうとう深く心の奥底へ沈んでゆくようです。それはまるで底なし沼のようです。ところが第4楽章では一転して感情が一気に爆発します。それもそのはず、楽譜には「Mit Feuer」と指定が有ります。直訳すれば「炎とともに」。つまり「炎のような情熱をもって」ということでしょう。これが「ファイヤー!」や「燃える闘魂」では、本当にプロレスリングになってしまいますからね。(笑) 冗談はさておき、この楽章はシューマンの最も情熱的な感情を表わした傑作だと思います。

僕がこの曲が好きな理由は、最高の名演奏が存在するからです。

Cci00030 パブロ・カザルス(Vc)、アレキサンダー・シュナイダー(Vn)、ミエツィスラフ・ホルショフスキー(Pf)(1953年プラドでのライブ録音/CBS SONY盤) 大音楽家カザルスは母国スペインで内戦が起こると新政権から逃れてフランスの片田舎プラドに亡命して暮らしました。ある日そこへアメリカから一人で訪れたのが、誰あろうブダペスト四重奏団の2ndヴァイオリニスト、アレキサンダー・シュナイダーだったのです。理由はアメリカで開催するマールボロ音楽祭にカザルスを呼ぶ為です。ところがカザルスはこれを断ります。そこでシュナイダーはカザルスと親しいミエツィスラフ・ホルショフスキーに相談します。結果、それならカザルスの住むプラドで室内楽中心の音楽祭を開こうということになったのです。カザルス・ファンなら誰でも知っているこの音楽祭は1950年から56年まで開催されて多くの有名演奏家が参加しましたが、開催資金を出した米コロムビア社(現在のSONY MUSIC)が演奏の録音を行いましたので、我々は音楽祭の記録を鑑賞する事ができるのです。

音楽祭実現の立役者シュナイダー、ホルショフスキー、それにカザルスの3人によるこの演奏は記録としても価値が有りますが、それを別にしても大変に素晴らしいです。シュナイダーはブダペスト四重奏団ではセカンド・ヴァイオリンの担当ですが、実は大変な実力者であり、しばしばセッションではファーストヴァイオリンを弾いています。史上最強のセカンド・ヴァイオリン奏者と言っても過言ではありません。そこにヨゼフ・シゲティとの多くの共演で知られた名ピアニスト、ホルショフスキーが組むのですから何をいわんやです。

第1楽章から第3楽章までの音楽の深さと情熱は既に大変に素晴らしいのですが、第4楽章に至っては真に情熱の爆発が起こります。この曲こそは、炎の音楽家カザルスに最も相応しい曲なのです。実際にこの演奏を耳にしてもらえれば、いま僕の書いていることが少しも大げさで無いことがお分かり頂けることでしょう。それにしてもカザルスは当時既に80歳近く。この情熱は一体どこから来るのでしょう。シュナイダーもホルショフスキーもカザルスと堂々と渡り合って実に見事です。3人の情熱の爆発は上手いの下手のという次元を超えて聴き手の魂を揺さぶります。

この曲については他の演奏で聴くことが有りません。破格の音楽はこの破格の演奏を聴いていればそれで良いかなと思えてしまうからです。

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シューマン ピアノ五重奏曲変ホ長調op.44

Imc2193_2 シューマンの室内楽の最高傑作であるピアノ五重奏曲は、長年の念願がかなってクララ・ヴィークと結婚した2年目の1842年、所謂「室内楽の年」に作曲されました。もう一つの名作ピアノ四重奏曲もこの曲の翌月に完成されています。実は当時、弦楽四重奏にピアノが加わるピアノ五重奏という編成は非常に珍しく、この曲は正にピアノ五重奏曲のパイオニアだったのです。その後もブラームスのそれと並んでこのジャンルの曲の2大名作として君臨しています。

その音楽は実にシューマネスクです。とても美しくロマンティックなのですが、曲の進行が随分気まぐれに感じられます。もう少し大げさに言えば、なんだか躁鬱気味なのです。第1楽章からして、心が沸き立っていたかと思えば直ぐに沈んでしまいます。第2楽章は全体的に沈滞していますが、中間部は焦燥感に襲われて居てもたってもいられないという感じです。第3楽章は元気になりますが、またしても中間部ではメランコリックな気分になったり、再び焦燥感に襲われたりと、典型的な躁鬱状態です。そして第4楽章で、やっと覚悟が決まったかのような安定感を得ます。この楽章は、いかにもドイツ的なリズムで何度も繰り返される主題がとても魅力的で大好きです。

この曲には名盤が多く存在します。僕はどうしても古い時代の演奏を好んでしまうのですが、そこはどうかご容赦ください。

P1000403 ブッシュ弦楽四重奏団、ルドルフ・ゼルキン(Pf)(1942年録音/CBS SONY盤) 20世紀の偉大なヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュの主催するカルテットの演奏です。但し僕が持っているのはアナログLP盤です。本家のCBS SONYがCD化したかどうかは憶えていませんが、現在は英国Pearlから復刻CDが出ています。録音は古いですが鑑賞に全く支障は有りません。それよりも、演奏自体は本当に素晴らしいです。ドイツロマン派の伝統を継承した最後のカルテットはシューマンの音楽に何と相応しいのでしょうか。濃厚なロマンティシズムと、うつろい易い曲想が最高に生かされた演奏です。テンポの緩急やルバートは自在ですが、それがごく自然に感じられるのは正に名人芸です。若きゼルキンのピアノも偉大なカルテットに一歩も引くこと無く、素晴らしいです。 

410 バリリ弦楽四重奏団、イエルク・デムス(Pf)(1956年録音/MCAビクター盤) バリリQにはどちらかというと四重奏曲のほうが向いているとは思いますが、この五重奏曲もやはり素晴らしい出来栄えです。ブッシュQのような濃厚なドイツ浪漫の雰囲気ではなく、古き良き時代のウイーン・スタイルの大変瑞々しい演奏です。この曲としてはやや不健康さに欠ける気もしますが、ゆったりと大きく歌ってくれるので、落ち着いて曲を味わうには最適な美演と言えるでしょう。四重奏と五重奏のカップリング・ディスクを選ぶなら迷うことなくこのCDにすべきです。

Cci00030 ブダペスト弦楽四重奏団、ルドルフ・ゼルキン(Pf)(1969年録音/CBS SONY盤) ブダペストSQはブッシュSQと並んで僕の大好きなカルテット、というよりも20世紀を代表する偉大なカルテットです。男性的で厳しい表現を持ち味としているので、ベートヴェンやブラームスでは絶対的な名演奏をするのですが、シューマンになると少々いかつ過ぎる感が無きにしもあらずです。その点では、ブッシュQに及ばないというのが正直なところです。とは言え、この演奏はロマンティックな面と力強さを兼ね備えていて非常に素晴らしい出来です。

Cci00026schu01 ゲヴァントハウス弦楽四重奏団、ペーター・レーゼル(Pf)(1983年録音/シャルプラッテン盤) この五重奏曲が初演されたのはライプッチのゲバントハウスですが(ちなみにピアノはクララが弾きました)、そのレジデンス・カルテットでカール・ズスケが第1ヴァイオリンだった時代の名演です。四重奏曲と同じ様に、誠実さとしなやかさを持ちあわせた、正統的なドイツのカルテット演奏として大変素晴らしいと思います。2曲のカップリングCDとしてはバリリQのセカンド・チョイスとしてとてもお薦めできます。

Schucci00019 ボロディン弦楽四重奏団、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)(1985年録音/Dremi盤) これはモスクワでのライブです。年代は随分新しいのにモノラル録音で音質は良く有りません。ボロディンQとリヒテルは多く共演しています。このコンビにはシューベルトの「鱒」の録音が有りますが、まるで古いウイーンの団体のように甘いポルタメントを使った素適な名演でした。このシューマンも同様な演奏です。リヒテルは不思議な演奏家で、がさつな演奏をしたかと思うと、極めて繊細な演奏をしたりと、一筋縄に行きません。ですがこの演奏は後者の素晴らしい演奏で、他のピアニストと比べても貫禄の違いを感じます。ちなみに同じコンビでスタジオ録音が有るので、一般的にはそちらがお薦めでしょう。

Cci00030b ケルビーニ弦楽四重奏団、クリスティアン・ツァハリアス(Pf)(1991年録音/EMI盤) 1stVnを弾くクリストフ・ポッペンは指揮者、教育者としても知られるドイツのヴァイオリニストです。彼の主催するケルビーニQは地味な存在ですが、ドイツの伝統を継承する素晴らしい団体です。この演奏もゲヴァントハウスQあたりよりもずっと落ち着いたテンポの美しい演奏です。ただしシューマンの音楽の持つ濃密なロマンの香りや、気まぐれで移ろい易く不健康さの表出が少々不足するのは好みが分かれると思います。この演奏は3曲の弦楽四重奏曲とのカップリングとして収録されていますが、ディスクの少ない四重奏のほうはオーソドックスな名演としてとても価値が高いと思います。

さて、どれもが優れた演奏なのですが、最も濃厚なロマンティシズムを感じるブッシュSQがやはり最高です。それと古きウイーン・スタイルを継承したバリリQも絶対に落とせません。

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~ヴィオロンのためいき~ シューマン ピアノ四重奏曲変ホ長調op.47

Schumann_3 シューマンの作品はピアノ曲と歌曲の数が圧倒的に多く、室内楽はそれほど多く有りません。その中でも良く知られた名作としてはピアノ四重奏曲と五重奏曲が有ります。作品の出来栄えとしては五重奏曲のほうが上だとは思いますが、四重奏曲には何といってもあの絶美の第3楽章アンダンテ・カンタービレが有ります。その美しさは到底言葉に表わせないほどなのですが、しいて言えばこんな感じです。

秋の日の ヴィオロンのためいきの 身にしみて うら悲し (ヴェルレーヌ/上田 敏) 

この美しいメロディを耳にして心に響かない人がもしもおられるとすれば、それはシューマンの音楽に縁が無い、というよりも音楽に縁が無い方だと思います。実は大学時代に某国の皇太子殿下が愛好するのと同じ弦楽器を弾いていた僕は、この曲をどうしても自分で弾いてみたくなり、楽譜を購入してメンバーを集めて演奏したことが有ります。それもこれもこの第3楽章の旋律に魅せられたからに他なりません。主旋律は最初チェロに、次にヴァイオリン、静かに沈滞する中間部を経てから再びヴィオラにと何度も現れます。僕はこのメロディほどにあのヴェルレーヌの詩のイメージにぴったりと感じる曲は無いような気がします。

この曲は第3楽章が余りに素晴らしいので他の楽章はやや聞き劣りがしますが、このアンダンテ・カンタービレが有るだけで、不滅の名作だと断言出来るのです。この作品はそれほど多くの愛聴盤は有りませんが、飛び切り素晴らしい演奏が有りますので是非ご紹介します。

410_2 バリリ弦楽四重奏団、イエルク・デムス(Pf)(1956年録音/MCAビクター盤) 有名なウエストミンスター録音の復刻の中でも特に価値の高い演奏の一つです。この演奏は昔LP盤で何度聴いたか分かりません。優秀なモノラル録音なので室内楽を楽しむには支障は全く有りません。元々それほどディスクの種類が多いとは言えないこの曲ですが、このバリリ盤がある為にそれを不満に感じた事も有りません。ややゆったりしたテンポですが、逆に落ち着いて聴くには最適です。デムスのピアノも同様です。それにしても第3楽章の美しさはどうでしょう。正にヴェルレーヌの詩をそのまま感じさせるような、ヴィオロンのためいきは白眉です。それ以外の言葉にはとてもなりません。 

Cci00026schu01 ゲヴァントハウス弦楽四重奏団、ペーター・レーゼル(Pf)(1984年録音/シャルプラッテン盤) 名ヴァイリニストのカール・ズスケは東独でゲヴァントハウスSQの2ndVnから、ベルリンSQ(途中からズスケSQと名称変更)の1stVnとなり、以後再びゲヴァントハウスSQの1stVnとなった人です。ドイツ音楽愛好家にはとても人気が有ります。この演奏は彼が1stVn時代の録音です。バリリQと比べればずっとスマートに聞こえます。けれども誠実でしなやかさも持ちあわせる表現は、正統的なドイツの演奏として素晴らしいと思います。バリリQの他にどうしてももう一つと望まれる方にはとてもお薦めできます。

唯一つ心残りなのは、かのブッシュ四重奏団の録音が無いことです。戦前のドイツロマン派の最後の生き残りである偉大なヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュの主催するカルテットの真髄はベートーヴェン、ブラームス、シューマンなので、絶対にこの曲を演奏したはずなのですが、録音が有りません。ブッシュの弾くアンダンテ・カンタービレこそはバリリをもってしても及び得ない、唯一無二のためいきの歌であっただろうことは想像がつきます。

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シューマン 歌曲集「詩人の恋」op.48 名盤

Img20090819010952845 「Dichterliebe/詩人の恋」。なんともしびれるタイトルではありませんか!目に見える風景や心の憧憬、また様々な美や時には醜さをも言葉に移し替える才能を持っているのが詩人です。ですが人間は誰でも詩人になってしまう時があります。そうです、それは恋をしている時です。憧れの人、愛する人のことを想っては、喜びや悲しみを胸いっぱいに感じるのです。恋をする人間は誰しもが"心の詩人"なのですね。

僕はこの歌曲集が昔から大好きなのです。シューベルトの三大歌曲集と比べてもたぶんこちらのほうが好きでしょう。なんといってもロマンティックです。ハインリッヒ・ハイネによる詩の持つイメージを更にロマンティックに仕立てているのはシューマンの音楽です。第1曲「麗しくも美しい5月に」からして歌詞は明るい春の印象なのに、曲を聴くとほの暗くてまるで秋の印象です。

連続する曲にはことさらにストーリー性が有る訳ではありませんが恋する若者の心の内が様々な形で映し出されます。中には第11曲「ある若者が娘に恋をした」のように、「A男はB子に恋をした。でもB子はC男が好きだった。なのにC男はD子と結婚した。B子はやけになって行き当たりばったりの男達に身を任せた。A男はそれを見て目も当てられぬ。これは最近本当に起こったことだ。」なんてふざけた歌詞も有ります。ハイネさん、もう少し真面目に詩を書いてよね!と言いたいところですが、シューマンの音楽に免じて許してあげましょう。

僕がとても好きなのは第7曲「僕は恨みはしない」です。恋人がお金に目がくらんで金持ちと結婚してしまったのを一生懸命「僕は恨みはしない!」と歌っているのだけど、どう聴いても"恨み節"たらたらなんですよ。歌詞は可笑しいのだけど音楽は本当に素晴らしい。サビの最高音では脳天に突き抜ける快感をいつも感じます。第14曲「夜ごとに僕は君を夢に見る」も愛すべき一曲です。

この傑作歌曲集には名盤が目白押しですので、順にご紹介して行きたいと思います。この曲集はピアノの重要度合がシューベルトの歌曲集あたりにに比べると遙かに高いでのす。その点も好き嫌いの重要なポイントになります。

Cci00021 シャルル・パンゼラ(Br)、コルトー(Pf)(1935年録音/Dante盤) パンゼラは戦前に人気の有ったスイス生れのリリック・バリトン歌手で、主にフランス歌曲を得意としていました。さすがに大時代的なオールドスタイルなのですが、甘く語りかけるように歌われるので、得もいわれぬ懐かしさを感じます。コルトーのピアノももちろんいつものようにルバートを多用した極めて自由でロマン的な弾き方です。70年前には、このような演奏が存在した事実を知ることは貴重だと思います。興味をお持ちの方は是非一度聴いてみてください。

187 ジェラール・スゼー(Br)、コルトー(Pf)(1956年録音/Green Door盤) コルトーはパンゼラ盤から約20年後にフランスの名バリトン、スゼーと共演しました。そのライブ録音です。スゼーはとても美しい声でたっぷりと情感を込めて歌います。その表情の豊かなことはパンゼラ以上とも言えますが、パンゼラほどの古めかしさは感じさせません。コルトーのピアノは益々自由自在で浪漫の香りがいっぱいです。なお「僕は恨まない」の最高音はパンゼラもスゼーもオクターブ下げて歌っています。

243 フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、ギーゼン(Pf)(1965年録音/グラモフォン盤) 若くして亡くなったヴンダーリッヒはいまだに人気の衰えないドイツの名テナーです。シュライヤーの端正な歌唱と比べると、もっとずっとロマンティックに歌い上げます。そこが彼の最大の魅力です。ですのでスタイルとしてはやや昔の歌手に近く感じます。彼は「詩人の恋」を得意としたので、グラモフォンのスタジオ録音以外にも、ザルツブルク、ハノーバー、エジンバラでの3種のライブ録音が有ります。一般的には音質、歌唱、ピアノの安定性から言ってグラモフォン盤を聴いておけば間違い有りません。

Cci00024 フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、ギーゼン(Pf)(1966年録音/MYTO盤) 3種のライブ録音では、ザルツブルクとエジンバラは評論誌でもしばしば紹介されますが、何故か紹介されないのがこのハノーバー盤です。死の年の演奏会ですが、よほど調子が良かったのでしょう。安定して崩れが見られず、それでいて情感を一杯に湛えた完璧と言える歌唱です。ステレオでの録音状態も良くファンは何を置いても必聴です。ただこのディスクはかなりレアなので中古店でも滅多に見かけません。もしも見かけた場合は非常に運が良いですよ。

Cci00024b フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、ギーゼン(Pf)(1966年録音/MYTO盤) ヴンダーリッヒが階段から転落した怪我が元で亡くなる13日前のエジンバラでのライブ録音です。評論家によってはこの演奏が一番良いと述べていますが、歌唱は非常に情感豊かなものの、ピッチや伴奏ピアノにやや崩れが見られるので僕はハノーバー・ライブの方が上だと思います。死の直前のラストコンサートだというセンチメンタリズムに惑わされてはいけません。ただ僕は正規音源のディスクではまだ聴いていません。

405 ペーター・シュライヤー(T)、シェトラー(Pf)(1972年録音/Berlin Classics盤) 名ドイツテナー、シュライヤーの若き録音です。僕が最初に買った「詩人の恋」はこのアナログLPでした。当時はグラモフォンから出ていました。とにかく若々しく伸びのある美声に聴き惚れます。かっちりと歌うスタイルは正統派のドイツリートと言えるでしょう。透明な叙情をいっぱいに湛えるあたりはピアノに例えればさしずめポリーニでしょうか。伴奏のシェトラーはシュライヤーにピッタリの端正でとても上手なピアノを聞かせています。 

C371ea6a ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、エッシェンバッハ(Pf)(1974年録音/グラモフォン盤) 語るような歌唱はドイツリートとしては正統派の代表格。そして何と上手いのでしょう。上手過ぎに感じます。余りに完璧で欠点が無いのが欠点なのです。人間もそうですよね。余りに完全無比な人間はどこか近寄り難くて周りから嫌がられるものです。感心はするけれど感動はしない。僕にとってはそういう歌手なのです。ですので、この演奏は評判は大変良いですが余り聴きません。余談ですが、完全な美よりもむしろ不完全な美の方を好むというのが、かの千利休の茶の道であったとか。美の追求というものは実に奥が深いです。

Cci00064b ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ホロヴィッツ(Pf)(1976年録音/SONY盤) カーネギーホール85周年記念演奏会でのライブです。この演奏は凄いです。当たり前です。何しろホロヴィッツがピアノを弾いているのですから。何しろまるでピアノ独奏曲を聴いているかのような多彩な表情は他のピアニストと次元が異なります。主役は完全にピアノ。さしものディースカウの歌もおまけ。そんな印象です。とは言え、第6曲「神聖なラインの流れに」、第7曲「僕は恨まない」、第16曲「いまわしい昔の歌」、の迫り来る迫力はディースカウの歌唱も実に凄いです。

Cd202 ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ブレンデル(Pf)(1985年録音/フィリップス盤) ディースカウが一時的に声の調子を落とした時期に伴奏者に選んだのはブレンデルでした。他にも「冬の旅」や「白鳥の歌」の録音が有ります。完璧な声を失ったおかげで、持ち前の演出臭さが消えたので、逆に"歌の真実性"を感じられるようになりました。ブレンデルも独奏の場合は決して好きなピアニストでも無いのですが、歌曲伴奏をさせたらこの人は凄いです。かっちりと弾いているのに、その表現力には驚かされます。ですのでこの2人の共演はなかなか好きです。

41a4vs5rygl__ss500_ クリストフ・プレガルディエン(T)、シュタイヤー(Pf)(1993年録音/ハルモニアムンディ盤) この歌手はブログお友達のaostaさんに教えて頂いたディスクです。プレガルディエンはシュライヤー以上に正統派のリート歌い手だと思います。その美しい語りはまるで詩の朗読を聴いているようです。その点ではフィッシャー=ディースカウと並ぶのではないでしょうか。それに僕はこの歌曲集はテノールで歌われた方が好きなのです。いかにも若者の甘い恋の歌というイメージになるからです。

僕がこの中で特に好きなのは、まずヴンダーリッヒのハノーバー・ライブ。それにヴンダーリッヒのグラモフォン盤。もう一つ上げればスゼーとコルトーのライブ。ピアノではホロヴィッツとブレンデル。といったところです。

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シューマン 「交響的練習曲」op.13 名盤

D9ed3d67b74eacfa20896dcbce91a780 「交響的練習曲」は「幻想曲」「クライスレリアーナ」と並ぶシューマンのピアノ曲の最高傑作の一つであるだけあって実に素晴らしい作品です。作品の充実度という点だけで無く、自分の”好きな曲”という基準でもこの3曲は抜きん出た存在です。この「交響的練習曲」は主題と12の変奏曲形式の練習曲から出来ていますが、その美しい主題は一時シューマンの婚約者であったエルスネティーネ嬢の父親のフリッケン男爵の作です。シューマンはこの曲を一度改定したことが有りますが、その時には「変奏曲形式による練習曲」とタイトルを変えました。ですが現在では「交響的練習曲」の名で呼ばれる元の版で演奏されています。但しブラームスにより校訂された第3版では遺作の5曲の変奏曲が更に加えられています。それぞれの変奏曲は流れるように連続しており、かつロマンティックなシューマンの音楽そのものです。終曲第12変奏の生命力溢れる付点リズムも交響曲第4番の終楽章に見られる典型的なシューマンの音形です。

この曲にも昔から愛聴している演奏が幾つか有りますので是非ご紹介します。

Cci00021 アルレッド・コルトー(1929年録音/Dante盤) 学生時代にFMから録音して何度も繰り返して聴いた演奏です。元の録音が秀れていたのでしょうが、Danteの復刻は年代が信じられないほど優秀です。低音から高音域までピアノの音に輝きが有ります。コルトーのピアノは相変わらず自在なテンポの変化が天才的ですし、何よりもその濃厚なロマンティックさに魅惑されてしまいます。彼の「クライスレリアーナ」を遙かに凌ぐ出来栄えです。この演奏は是非とも聴いて頂きたいと思います。

Cci00020 ウィルヘルム・ケンプ(1972年録音/グラモフォン盤) ここでもケンプはとても誠実で堅実なドイツ風の演奏を聞かせています。但しこの曲の「変奏曲」という自由な形式の割りには少々一本調子で融通が利かない印象なのがマイナスです。どちらかいうと「練習曲」としてピアノ学習者が参考に聴くにはとても適していると思うのですが、コルトー、リヒテルのような破格の表現力のピアニストの間に挟まれると、音楽が少々堅苦しく感じられてしまいます。ピアノの音質自体はとても好ましいのですけれども。

Cci00023 スヴャトスラフ・リヒテル(1977年録音/オイロディスク盤) コルトーにも充分匹敵するほどにロマンティックな演奏です。しかもテクニックはコルトーなど問題にならない上手さです。それでもこの人にピアニスティックなイメージは無く、あくまでも音楽そのものを感じさせます。洗練され過ぎることなくやや朴訥なタッチなのですが、その点もシューマンに実に適していると思います。どの変奏曲も変化と勢いに富んでいて実に聴き応えが有りますし、第12変奏の力強さや見事な高揚ぶりは聴き終えた後に満足感でいっぱいになります。総合的にやはり僕の一番好きな演奏です。

Img944e66f5zik5zj マウリツィオ・ポリーニ(1981年録音/グラモフォン盤) 冒頭の主題から第1変奏ではこれがポリーニかと思えるほどのロマンティックな表情です。けれどもそれは濃厚な浪漫というよりは、透明な詩情という感じなので、例えばリヒテルのスタイルとは全く異なります。またピアニスティックな打鍵の固さをそれほど感じさせないので、以前の「幻想曲」よりもずっと良いと思います。第12変奏の切れ味はさすがポリーニ。自分の好みではスタイリッシュに過ぎて今ひとつなのですが、この方が好きだと思われる方もきっと多いと思います。ポリーニのベストのシューマン演奏としてお薦めできます。 

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