2024年6月18日 (火)

プロコフィエフ バレエ音楽「ロミオとジュリエット」全曲 名盤

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「ロミオとジュリエット」というと過去の記事にも書きましたが、どうしても青春時代に観たフランコ・ゼフィレッリ監督の映画が忘れられません。ゼフィレッリ監督が造りだした中世の街やお城の世界が夢のように美しく、ニーノ・ロータの音楽は中世のイメージを生かして魔法のようでした。そして主役のオリヴィア・ハッセーとレナード・ホワイティングの何という初々しさ!あの映画こそが自分の「ロミオとジュリエット」体験の原点です。

それはそれとして、バレエ音楽として最も有名なのは、セルゲイ・プロコフィエフの作品です。プロコフィエフがパリからロシアに戻り、たまたま接したシェイクスピアの悲劇的な戯曲に感激して、バレエ音楽の創作を思い立ちました。

作品は1936年にたった4か月という短い期間で一気に書き上げられました。但し初演は1940年になっつてのことで、会場はキーロフ劇場でした。この時にはダンサー達が楽曲のシンコペーションのリズムに酷く苦労をして、公演がボイコットされかかったそうです。けれども公演は成功を収め、ソビエト・バレエの最高の作品の一つだと讃えられました。もちろんのことプロコフィエフのバレエ音楽の中で最も長大でドラマティックな傑作ですし、ストラヴィンスキーの「春の祭典」やラヴェルの「ダフニスとクロエ」などに続く革新的な作品です。 

<あらすじ>

第一幕 時は14世紀。北イタリアの街ヴェローナ。
第1場 街にモンタギュー家とキャピュレット家という二つの名家が有ったが、長年お互いに抗争を繰り返していたので、ヴェローナを治める大公は、とうとう再び争い沙汰を起こした者はこの街から追放すると命じる。 

第2場 モンタギュー家とキャピュレット家には、それぞれロミオという若者とジュリエットという娘が居た。あるときキャピュレット家で開かれた仮面舞踏会に、ロミオは友人たちと紛れ込む。するとロミオとジュリエットは出会って恋に落ちてしまう。 

第3場 キャピュレット家のバルコニー。ロミオは夜更けに庭から隠れるようにしてジュリエットに会いに来て、二人は愛を交わす。 

第二幕
第1場 街の市場でロミオが若者たちと楽しんでいる。そこへジュリエットの乳母が秘密の使者としてやって来る。 

第2場 ロレンス神父の邸。ロミオとジュリエットは秘密裏に結婚式を挙げる。神父は二人の結婚が両家の抗争を終わらせることになることを願っている。 

第3場    街の市場。モンタギュー家とキャピュレット家の若者たちが出くわす。キャピュレット家のティボルトの挑発が発端となって争いが起きてマキューシオが命を落とす。ロミオは親友の死に激高してティボルトを殺してしまう。 

第三幕
第1場
 ジュリエットの寝室。追放処分となったロミオはジュリエットと一夜を共にする。朝になるとロミオは悲嘆にくれながら出て行く。一方ジュリエットは両親からパリスとの結婚を迫られて困り、ロレンス神父に助けを求める。神父はジュリエットに仮死状態となる薬を渡す。ジュリエットが死んだと見せかけて、その隙にロミオとともに逃げる計画だったのだが、それはロミオに上手く伝わらなかった。 

第2場 キャピュレット家の墓所。棺のジュリエットの元へロミオが駆けつける。薬による仮死状態だと知らないロミオは哀しみ、毒薬を飲んで自ら命を絶つ。その直ぐ後にジュリエットが目覚めるが、ロミオの死を知ると短剣で後を追う。 

<愛聴盤のご紹介>

この作品のディスクは組曲版が多く出ていて、もちろん気軽に楽しめはしますが、どうせなら全曲版で鑑賞したいです。そこで愛聴盤のご紹介です。 

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ロリン・マゼール指揮クリーヴランド管弦楽団(1973年録音/DECCA盤)
マゼールがセルの後任としてクリーヴランド管の音楽監督に就任して初の録音でした。セルに鍛え上げられたクリーヴランド管の精緻なアンサンブルと澄んだ響きはプロコフィエフの近代的な管弦楽を表現するのにはうってつけでした。マゼールの指揮も速いテンポでサクサクとしたキレの良さが格別です。ただしその分、重量感が欲しい楽曲において音が軽く感じられてしまったり、もう少しゆっくり歌わせて欲しいと感じる箇所が有ります。プロコフィエフの持つロシア的な情緒感や暗さといったものもかなり稀薄です。マゼールのことですからもう少し個性を打ち出しても良かったようにも思いますが、日本でもレコードアカデミー賞を受賞して、この当時とても話題となったディスクでした。DECCAのアナログ録音技術が頂点を極めた時代の録音ですので音質的にも文句無しです。 

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アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団(1973年録音/EMI盤)
1973年は、この作品の当たり年で、マゼール盤の録音直後にプレヴィンとロンドン響によるEMI録音も行われました。マゼール盤の録音終了が197366日、プレヴィン盤の収録開始がその翌々日68日なのはびっくりです。こちらはバレエ音楽を得意とするプレヴィンらしく、メリハリをつけた音楽と躍動するリズムの冴えが、息つく間を与えないほどに聴き手を惹き付けます。まるで映画を観るような雰囲気も有りますし、フィナーレも感動的です。もっとも全体的に楽しく、暗さや悲劇性に関しては幾らか薄いようにも感じられますし、ロシア的な情緒も物足りません。ロンドン響はプレヴィンとの相性の良さが際立っていて、アンサンブルのレベルも高いですが、細部の精緻さにおいては他盤より幾らか劣ります。録音はEMIにしては優秀なので鑑賞上の不満はほとんど有りません。 

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ワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管弦楽団(1990年録音/フィリップス盤)
ゲルギエフは「ロミオとジュリエット」をロンドン響と再録音を行なっていますが、自分が所有するのは初演を行ったキーロフ劇場管との旧録音盤です。ゲルギエフは一世代前のロシアの爆演系指揮者とは異なり、迫力は有っても決して音量のリミッターを外すような真似はしません。繊細かつ多彩な管弦楽の音色の変化も持ち合わせます。その音色感覚はCDでは中々聴き取ることが出来ませんが、実演で生の音を聴くとそれは驚異的です。従って、プロコフィエフは最善のレパートリーの一つだと言えます。手兵のキーロフ管を駆使して、非常に美しい音とデリカシー溢れる歌い回し、そしてリズミカルで生き生きした演奏を繰り広げています。凄味の有る不協和音ですら騒々しく感じられることが無く、斬新な響きを楽しめます。フィリップスの録音も極上の出来栄えです。それまでのマゼールやプレヴィンの名盤を凌駕する素晴らしい全曲盤です。 

<関連記事>
バレエ「ロミオとジュリエット」 ゲルギエフ/キーロフ管の名盤

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2024年6月 3日 (月)

アントン・ブルックナー 交響曲全集 ~名盤~

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ブルックナーやマーラー、それにベートーヴェンなどは交響曲の全集が数多く出ていますが、全ての曲の演奏が良いというものは中々存在しないと思います。その人に熱烈な「押し」が有る場合は別なのですが。ですので、結局はそれぞれの曲ごとに好きな演奏を選び出すことになります。ただ、一人の指揮者で全曲を聴き通すことで、各曲の色合いの違いを細かく知ることが出来るという利点は有るのかもしれません。 

そういうわけでブルックナーの生誕200年を記念して(笑)自分の気に入っている全集盤を挙げてみたいと思います。 

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オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィル、バイエルン放送響(1958-67年録音/グラモフォン盤)
ヨッフムはブルックナーを非常に得意としていた名指揮者で、交響曲全集を2回録音しています。これは最初の全集で、ベルリン・フィルとバイエルン放送響とを曲によって振り分けています(2,3,5,6番がバイエルン放送で、残りはベルリン・フィル)。音の傾向からするとバイエルン放送響のほうがブルックナーには適していると思います。オーストリアにも近く、アルプス山脈の麓と言っても良いミュンヘンの楽団は昔からブルックナーが得意です。ベルリン・フィルもドイツ的な堅牢な響きを残している時代なので、これはまた別の魅力は有ります。全集としての統一性の点では幾らかマイナスですが、どちらも優秀な楽団なので慣れてしまえばどうということは有りません。ヨッフムの指揮に若々しさが有り、各スケルツォ楽章の切れ味などは印象的です。演奏の出来栄えは曲により幾らか凸凹が有るとはいえ、これだけの水準を保つのは凄いです。中では1番、2番、6番、9番あたりの演奏が特に素晴らしいです。ベルリンのイエス・キリスト教会、ミュンヘンのヘルクレスザールで行われた録音も優れていて余り古さを感じさせません。 

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オイゲン・ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1975-80年録音/EMI盤)
ヨッフムの2回目の全集では、名門SKドレスデンが全ての曲を演奏しています。聴きようによってはややメカニカルな音に聞こえたベルリン・フィルよりも、音に古雅な素朴さが感じられるドレスデンの方が聴いていて心地良いのは確かです。録音も透明感の有るグラモフォン盤に対して、こちらは響きの豊かさで知られるドレスデンの聖ルカ教会で東独エテルナにより収録されたことで中声部が厚く感じられます。ヨッフムのブルックナーは新旧盤どちらも神経質にならない素朴さ、豪快さが大きな魅力ですので、どちらを選んでも充分に満足できますが、もしもどちらか一つを選ぶとすれば、平均点の高さが旧グラモフォン盤よりも優れるEMIの新盤を選びます。なお、この全集は何度も再リリースされていますが、CDに限っては国内盤や廉価版のXmasBOXよりも写真のオランダ盤が中低域の音が厚く、本来のドレスデンらしい音が味わえますのでお勧めしたいです。 

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ワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル(2017-19年録音/ワーナークラシックス盤)
オーストリアのリンツではブルックナー音楽祭が毎年秋に開催されますが、ゲルギエフとミュンヘン・フィルは2017年から3年連続で聖地である聖フローリアン修道院で交響曲の全曲演奏/録音を行いました。ミュンヘン・フィルには、これまで層々たるブルックナー指揮者たちが指揮して来たので、ブルックナーの響きが底の底から沁みついています。 ゲルギエフはロシア音楽では定評が有りますが、ブルックナーには懐疑的な方も多いようです。ところが全く正統的な演奏で、特に中期以降の曲ではゲルギエフらしさはほとんど感じられません。ブルックナー指揮者が見せる自然体の解釈により、あの深遠な音楽を再現させています。ただ考えてみればロシア音楽でもゲルギエフはテンポの急激な変化は余り取らずに、息の長い旋律を深く歌わせます。そのスタイル自体は実はブルックナーの理想形に共通しています。これはミュンヘン・フィルの自主制作録音で、聖フローリアン修道院の残響の美しさは有名ですが、各楽器の音の分離とバランスの良さは特筆されます。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィル(2019-22年録音/SONY盤)
ブルックナーの生誕200年を記念するプロジェクトとして、2019年の第2番からスタートして、2022年の第9番まで足かけ4年で完成させました。ウィーン・フィルはブルックナーの演奏にかけては世界で最も理想的な音色を奏でます。もちろんミュンヘン・フィル、SKドレスデンなども極上の音なのですが、ブルックナーが生れ育ったオーストリアのアルプス地方の空気のように、のどかでいて美しく澄み渡った音はウィーン・フィルならではです。そのウィーン・フィルもこれまで一人の指揮者で交響曲全集を完成させたことは無く、これが初めての全集です。ティーレマンの解釈はドイツ・オーストリアの伝統そのものの正統派スタイルでどの曲も素晴らしいです。中では第4番が最も優れると思いますが、他の曲も其々が名盤の上位に上げたい演奏ばかりです。1番から9番だけでなく、初期の「ヘ短調」「第0番」も含みます。 ウィーンのムジークフェラインとザルツブルクの祝祭大劇場の二か所でライブもしくは無観客ライブで録音されましたが、ウィーン・フィルの美しい音をホールで聴くような臨場感を持つ優秀録音です。  

以上、どれも素晴らしい全集ですが、特に古雅なドイツの響きを持つSKドレスデンとのヨッフムEMI盤、聖フローリアン修道院でのミュンヘン・フィルが聴けるゲルギエフ盤、そしてウィーン・フィルの素晴らしい演奏で初期の2曲を含むティーレマン盤の3つは、どれをとってもブルックナーの音楽に心底浸り切れます。 

<補足>より詳しくは下記リンク参照

ゲルギエフ/ミュンヘン・フィルのブルックナー交響曲全集
ティーレマン/ウィーン・フィルのブルックナー交響曲全集

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2024年6月 1日 (土)

ゲルギエフ/ミュンヘン・フィル ブルックナー交響曲全集 聖フローリアン修道院のライヴ盤

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ワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル(ワーナークラシックス盤) 

今年はアントン・ブルックナーの生誕200年にあたり、世界各地でその作品が多く演奏会で取り上げられるようです。
ブルックナーが生まれたオーストリアのリンツではブルックナー音楽祭が毎年秋に開催されていますが、ゲルギエフとミュンヘン・フィルが2017年から2019年に3年連続で招待され、ブルックナーの聖地である聖フローリアン修道院で交響曲の全曲演奏と録音を成し遂げました。この教会と言えば、朝比奈隆と大阪フィルの1975年ヨーロッパツアーでのライヴ演奏がまず思い起されます。 

ミュンヘン・フィルは、かつてブルックナーの弟子レーヴェがブルックナー作品を積極的に取り上げましたが、その後もクナッパーツブッシュ、ケンペ、ヨッフム、チェリビダッケ、ヴァント、ティーレマンといった層々たるブルックナー指揮者たちが指揮台へ登壇を重ねて来ました。つまりこの楽団にはブルックナーの響きが底の底から沁みついています。 

2015年からこの楽団の首席指揮者になったゲルギエフはロシア音楽では傑出した能力を発揮しますが、個人的にはブルックナーには懐疑的でしたので、この全集も三年ほど前に出ましたが、全く聴きませんでした。ところがひょんな事から一部を耳にして素晴らしさに驚き、すぐに全集盤を入手しました。 

全体に、特に中期以降の曲ではゲルギエフらしさはほとんど感じません。チャイコフスキーの時のような濃厚さは見せず、ほとんどのブルックナー指揮者が見せる自然体の解釈により、あの深遠な音楽を再現させています。ただ考えてみればロシア音楽でもゲルギエフはテンポの急激な変化は余り取らずに、息の長い旋律を深く歌わせます。そのスタイル自体は実はブルックナーの理想形に共通しています。

管弦楽の響きについては何しろ聖フローリアン修道院の長い残響の美しさは有名で、ここでミュンヘン・フィルが演奏すれば指揮者は普通に指揮しても(変なことをしなければ)まず名演となるでしょう。 

これはミュンヘン・フィルの自主制作録音盤ですが、残響と各楽器の音の分離は良好で、バランスの良さは特筆出来ます。

全集CD盤はワーナークラシックスが販売していますが、他にもBlu-ray + DVD盤も出ていますので価格はともかくお好みで。各曲の1枚盤も出てはいますが、やはり全集をお勧めします。 

各曲の短い感想と録音データ、使用版を付け加えます。 

交響曲第1番ハ短調(2017925日録音)リンツ稿 ノヴァーク版
1楽章を落ちついた歩みで開始され、力みが皆無です。凛とした空気感が素晴らしく、改定前のリンツ稿の使用でありながら、中期作品のような余裕と貫禄を感じさせます。これを聴けばゲルギエフがブルックナーを正統的なスタイルで掌中に収めていることが直ぐに分ります。 

交響曲第2番ハ短調(2018924-25日録音)1877年ノヴァーク版
1楽章は速めのテンポでサクサクと足取りを進め、若々しさを感じます。対旋律は明確に処理されて、各部の表情がとても豊かです。2楽章は美しく、奥深さも感じさせます。3、4楽章はやたら煽らずに落ち着きが有り、底光りするような美しさと魅力が有ります。

交響曲第3番ニ短調「ワーグナー」(2017925日録音)1888/89年ノヴァーク版
ゲルギエフは最初の年に1番、3番、4番を演奏しました。後期の作品はごく自然体ですが、初期の曲では幾らか表現意欲を感じさせます。それが不自然なことは無く、逆に初期作品の幾らかの物足りなさを補う結果をもたらしています。この曲も震えるほどに美しくロマンティックで心から魅了されます。 

交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(2017926日録音)1877/78年第二稿+1880年終楽章
導入部の神秘的な美しさは特筆されます。主部に入ると割と早めにサクサクと進み、徐々に壮絶なほどに盛り上がります。ロマンティックで表情は豊か、積極的な表現意欲を感じますが、あくまで自然で効果的です。往々に退屈する2楽章も飽きさせません。3、4楽章も作品を再認識するほどの楽しさが有り、この曲が苦手の人にこそ聴いて欲しいです。 

交響曲第5番変ロ長調(2019923-24日録音)原典版
1楽章はゆったりとしたテンポでスケールが大きいのは良いが、展開部がイン・テンポ過ぎて高揚感に不足を感じる。しかし後半では巨大な大伽藍となり正に圧巻である。2楽章の荘厳さと美しさも最も素晴らしいものの一つです。後半も3楽章、4楽章と素晴らしく、特に後者の壮大さは特筆されます。この曲のベスト盤のヨッフム/ACOに次ぐ位置を占めるかもしれません。 

交響曲第6番イ長調(2019924-25日録音)原典版
この曲も他の曲と同様にゆったりとしたテンポでスケールの大きい演奏です。1楽章から美しく、ハッタリが皆無なので幾らか地味に感じられます。2楽章も沈み込む雰囲気とは違いますが、大層美しいです。3楽章以降もむしろ地味さが良い方に転んでいて、ブルックナーとしてはともすると外面的に聞こえるこの作品が後期の傑作に近づくような奥深さを感じさせます。過去のヨッフムやスクロヴァチェフスキの名盤に並ぶと思います。但し録音が余りに残響豊か過ぎには思います。 

交響曲第7番ホ長調(2019925-26日録音)原典版
あの朝比奈/大阪フィルのフローリアン盤を思い起こします。ゆったりとした呼吸の深さが素晴らしいです。2楽章の修道院の響きと管弦楽の響きが一体となっての美しさは実に感動的です。終楽章はスケールが巨大で、あたかもアルプスの巨峰を仰ぎ見るようで正に圧巻です。この曲のベスト盤を争うことでしょう。 

交響曲第8番ハ短調 2018926日録音)1890年ノヴァーク版
遅めのテンポで堂々としたスケールの大きさが有ります。クナッパーツブッシュはともかく、ヨッフムやヴァントの演奏のような圭角を感じないのは幾らか物足りない気もしますが、とはいえ修道院の深い響きで聴けるこの曲の魅力はやはり特別なものです。 

交響曲第9番ニ短調 (2018926日録音)原典版
ゆったりとしてスケールが大きく、この曲に相応しいです。と言ってもバーンスタインやジュリーニのような余りに遅過ぎてもたれるようなことが無いのが良いです。特に第3楽章は深々として極めて感動的です。この演奏はこれまで双璧として好んできたシューリヒト/VPO、ヨッフム/MPO両盤に加えてベスト3としても良いかもしれません。 

少し前にティーレマンとウイーン・フィルの全集を「決定盤」と言いました。00番、0番が含まれる点を考えるとそれは変わりませんが、1番から9番が揃えば良いという方には、むしろこのゲルギエフ盤をお薦めしたい気がします。 

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聖フローリアン修道院

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2024年5月24日 (金)

チャイコフスキー バレエ音楽「眠れる森の美女」全曲 名盤

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最近、数年ぶりに「白鳥の湖」のバレエを観に行ったのをきっかけに三大バレエをよく聴いています。ところが「眠りの森の美女」をまだ記事にしていませんでしたので今日はこれです。 

チャイコフスキーが作曲した「眠れる森の美女」(英: The Sleeping Beauty)作品66は、「白鳥の湖」「くるみ割り人形」と合わせて“三大バレエ”とされます。 

初演は1890年にサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で行われました。その時の劇場支配人であったイワン・フセヴォロシスキーが、チャイコフスキーにペローの童話「眠れる森の美女」を基にしたバレエ音楽の作曲を依頼したのですが、かつて外交官としてパリに駐在していたフセヴォロシスキーはフランス文化の愛好者でした。 

フセヴォロシスキーはチャイコフスキーへの手紙の中で、ペローの「眠れる森の美女」のバレエ台本を自分が書いたことや、作品の時代背景はルイ14世の様式にしてミュージカル・ファンタジー風に、音楽を宮廷バレエ風なものにしたいこと、終幕にはペローの童話集から長靴をはいた猫、赤頭巾、シンデレラなど沢山のキャラクターを登場させたいことなどを書き記しました。チャイコフスキーはフセヴォロシスキーの台本にすっかり魅了されると作曲を快諾します。
バレエの振付は、マリインスキー劇場の首席バレエマスターのマリウス・プティパが担当しました。 

初演は貴族や批評家からは余り好意的には受け止められませんでしたが、聴衆の間では公演を重ねるうちに大評判となってゆき、その後マリインスキー劇場の重要レパートリーとなります。 

<あらすじ>

プロローグ とある国のフロレスタン王にオーロラという姫が誕生して洗礼式が行われる。式には6人の妖精たちが招かれるが、悪の妖精カラボスは自分が式に招かれなかったことに激怒して、「オーロラ姫は16歳の誕生日に、紡錘(ぼうすい:糸をつむぐ道具)に刺されて死ぬだろう」と呪いをかける。
人々は嘆き悲しむが、リラの精が「呪いを解くことはできないが、弱めることはできる。姫は死ぬのではなく眠りについて、百年後に王子の口づけによって目覚めるだろう」と予言をする。 

第1幕 美しく成長したオーロラ姫の16歳の誕生日となり、姫の元に求婚者たちがやってくる。姫は4人の求婚者と踊るが、その後に姫は見知らぬ老婆から花束を受け取ると、仕込まれていた紡錘で指を刺して倒れてしまう。老婆に変装していたカラボスが正体を現して去っていく。そこへリラの精がやって来て、「姫は予言通りに眠りについたのだ」と告げる。リラの精は、魔法でその場にいる全員を眠らせ、辺りに木々を茂らせて城全体を森で包み込む。 

第2幕 百年が過ぎ、デジレ王子と家来たちが森へ狩りにやってくるが、王子は狩りが楽しく無く、物思いにふけている。そこにリラの精が現れてオーロラ姫の幻影を見せると王子はたちまち姫の美しさの虜となる。王子はリラの精に導かれて城へ行き、そこに眠るオーロラ姫に口づけをする。すると姫は予言通り目覚める。 

第3幕  オーロラ姫とデジレ王子の結婚式が盛大に催される。宝石の精や、様々な童話の主人公たちが招かれていて、長靴をはいた猫と白い猫、赤ずきんと狼、フロリナ王女と青い鳥などがそれぞれの踊りを披露する。人々が祝福する中をオーロラ姫とデジレ王子が踊って幕となる。 

以上ですが、台本はとてもシンプルで分かりやすく、豪華絢爛な舞台が一般庶民には「王宮への憧れ」として受け入れられたのでしょう。それにしても男が美女に弱いのは万国共通。女性だってハンサムな王子様に口づけをされては、そりゃ寝てなんかいられない!ですよね。 

チャイコフスキーの音楽は非常にシンフォニックで美しいです。全体は華麗で明るく、「白鳥の湖」のような哀愁漂う情緒感が薄いので、初めは長い全曲版は馴染みにくいかもしれませんが、聴き込むうちにその夢のような美しさに必ず虜になるはずです。 

それでは愛聴盤をご紹介します。 

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アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン響(1974年録音/EMI盤)
チャイコフスキーの三大バレエを全曲録音した指揮者では古くはアンセルメが思い浮かびます。録音された1960年前後では画期的でしたが、現在の耳で満足出来るかは疑問です。そしてプレヴィン盤の登場となります。ちょうど半世紀前の録音で音の鮮度は多少落ちていますが、鑑賞に支障はありません。プレヴィンの指揮は若々しく、生き生きと弾けるリズム感が素晴らしく、バレエの舞台を彷彿させます。劇音楽を得意とするだけにドラマティックな雰囲気も充分です。反面、儚いばかりの情緒感はやや薄く感じられます。ロンドン響は優秀ですが、管弦楽の響きの魅力においては、さすがに後述するコンセルトヘボウやキーロフ(マリインスキー)の持つ美音には一歩及びません。

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アンタル・ドラティ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1979-81年録音/フィリップス盤) 
ドラティは1955年にミネアポリス響とモノラル録音を行っているので、このディスクは二回目の全曲録音です。今回はヨーロッパを代表する王立楽団なので、この作品に相応しいです、と言うことも無いのですが、実際にこの名門楽団の持つ重厚かつ、類まれなほどに美しい芳醇の響きは、ちょっと他の楽団からは味わうことが出来ません。ドラティの指揮はリズムがやや固めでバレエダンサーのリズムカルな舞踏は浮かびません。それは決して重ったるいという意味では無く、それぐらい立派であたかも交響曲を聴くようにシンフォニックだということです。コンセルトヘボウの楽団、ホールの響き、フィリップスによる録音が揃って初めて成し遂げられる名ディスクでしょう。 

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エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立響(1988年録音/メロディア盤) 
スヴェトラーノフのチャイコフスキーは大好きですし、「白鳥の湖」のいかにもロシアらしい豪放さと美感の両立した演奏は絶品でした。もちろんこの「眠れる森の美女」でも夢見るような美しさを聴かせてくれますし、この作品の持つロシア風の味わいにかけても充分に湛えてくれています。ただし問題なのは、壮麗な部分での金管の豪放な鳴りっぷりがいささか過剰気味で、行進曲や三幕の終曲などは、まるで「1812年」でも聴いているようです。その点、後述するゲルギエフ盤は古都サンクトペテルブルクの本家としての品の良さを保持していて、モスクワ派の荒々しさの有る演奏とは一味も二味も違います。 写真は所有する三大バレエのBOXセットです。

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ワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ歌劇場管(1992年録音/フィリップス盤)
ソ連時代の名称“キーロフ歌劇場”は現在では元の“マリインスキー劇場”に戻っています。これこそ本家の演奏です。ゲルギエフの指揮はロシア風の味わいたっぷりですが、他のロシアの指揮者よりも洗練されたハーモニーの美しさを求めます。それは西ヨーロッパの演奏家には求められないもので、バランスの良さは比類有りません。このバレエでも華麗な美しさに加えて、ロシア風の味を随所に感じさせます。またリズム感の良さも特筆されます。つまりこれほど、この作品に相応しい演奏の組み合わせは他に有りません。フィリップスによる録音は、管弦楽の夢見るように繊細な美しさと迫力有る響きを忠実に捉えた素晴らしさで、全てにおいて完璧なディスクだと断言します。現在はDECCAから再リリースされています

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2024年5月 1日 (水)

東京バレエ団「白鳥の湖」公演

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GWも前半が終わってしまいましたね。まあ、リタイアした我が身には影響は有りませんが。。(汗)
その28日に家内を連れて上野の東京文化会館へ東京バレエ団の「白鳥の湖」公演を観に行きました。バレエと言えばやはり「白鳥」ですよね!でもコロナ禍になってからは一度も行ってなかったので何年ぶりだったか。。

それはともかく、チャイコフスキーはやはり良いなぁ。「白鳥の湖」のバレエ音楽は本当に別格です。驚くほどバラエティに富んでいて、しかもどの曲も大そう魅力的で。こんなバレエ音楽は他に有りませんね。え、ラヴェル?ストラヴィンスキー? まあ、それはこの際置いておいて(笑)。
管弦楽オーケストラはシティ・フィルでした。第1幕では音も演奏もどうも固く”うーん”でしたが、2幕以降は見違えてとても良かったです。バレエダンサー達も同じだったのでやはり気合が相互に連動したのでしょうか。

それにしてもマリインスキー劇場の「白鳥の湖」が日本で再び観られるようになるのはいつの事だろうか(涙)。ロシアのウクライナ侵攻が終わらないと難しいでしょうね。そのマリインスキー劇場のCDとDVDについては下記の<関連記事>からどうぞ。

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2024年4月17日 (水)

推して知るべしシルヴェストリ

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コンスタンティン・シルヴェストリという指揮者は昔から知っていましたし、ショスタコーヴィチの第5番やコーガンの弾くチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の指揮など、中々良いと思っていました。けれども、それ以上聴いたことは無く、ほぼノーマークの存在だったのは確かです。

ところが最近、このブログに多くご投稿を頂いている“げるねお”さんからドヴォルザークの「新世界より」を強く推薦されたので聴いてみました。そうしたところ、確かに本当に凄い演奏でした。そこで調べてみると、その他にも興味深い録音が幾つも有ったので夢中になり聴いてみました。 

ルーマニア出身のシルヴェストリは1956年にパリに移り、仏EMIと契約をして数多くの録音を残しますが、55歳で他界した為に次第に忘れられてゆき、EMIの販売戦略からも外れて行きます。
しかし、ステレオ初期に録音したチャイコフスキーの三大交響曲、ドヴォルザークの後期三大交響曲(新世界よりはモノラルでも録音しています)、ベルリオーズの「幻想交響曲」あたりは、いずれも「超」を付けても良いと思われる名演です。スケールの大きさ、緩急の巾が大きいドラマティックさ、深い情感の表出など、どの演奏についても当てはまる凄い指揮者です。

シルヴェストリは一般的に「個性的」と思われ、それもどちらか言えばネガティヴな意味で使われることも多いでしょう。もちろん個性的には違いないですが、世によく見られる恣意的で姑息な演出を好むような指揮者とは根本的に異なります。それは常識にとらわれない芸術の本質を表現するための唯一無二の本当の個性だからです。

今回シルヴェストリの演奏を色々と聴いて考えました。オーソドックスであることの功罪です。現代の演奏家に共通して言える、特に欠点の見当たらない模範的な演奏の価値とは何だろうか?ということです。20世紀に活躍したかつての巨匠達(指揮者に限らず、器楽奏者でも声楽家でも全て)には強い個性が有りました。その演奏を聴けば誰かがすぐに分かるようなです。それが現代では演奏技術の水準は上がったと思いますが、そういった個性が失われているとしか思えません。それでもあなたはクラシック音楽を楽しめますか?
芸術とは?クラシック音楽とは?これからの未来の為にも一度立ち止まって考えた方が良さそうです。その為にも、シルヴェストリの演奏を是非聴いてみてください。推して知るべし“シルヴェストリ“。

シルヴェストリのCDを加筆した記事は下記の通りです。

チャイコフスキー 交響曲第4番
チャイコフスキー 交響曲第5番
チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
ドヴォルザーク  交響曲7番
ドヴォルザーク  交響曲8番
ドヴォルザーク  交響曲9番「新世界より」
ベルリオーズ  「幻想交響曲」

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2024年3月28日 (木)

エルガー ヴァイオリン協奏曲 ロ短調Op.61 名盤

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ユーディ・メニューインとエルガー

エルガーの作品の中では「威風堂々」「愛の挨拶」は別として、チェロ協奏曲がジャクリーヌ・デュ・プレの凄演のおかげで広く知られています。確かに曲自体とても親しみ易さを持つ作品ですね。それに比べると、ヴァイオリン協奏曲の方は一般的には地味な存在です。演奏時間が50分近くかかるのも影響しているかもしれません。しかし、作品のどの部分を聴いてもエルガーそのもので、シンフォニーを聴くような壮大さが有ります。その点はむしろチェロ協奏曲以上で、エルガー好きには応えられない傑作です。 

この作品は、当時のヨーロッパで最も人気の高かったヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーからの依頼で委嘱されました。曲は1910年に完成してクライスラーの独奏、エルガーの指揮で初演が行われて大成功となりました。

後に初演者によるレコーディングが企画されましたが、なぜかクライスラーは中々録音しようとしませんでした。そこで代わりに抜擢されたのが、当時若干16歳のユーディ・メニューインで、1932年にエルガー自身の指揮で録音が行われました。 

曲は3楽章構成です。 

第1楽章アレグロ ロ短調  冒頭、管弦楽により主題が長々と提示されますが、正にエルガーらしい品格のあふれる美しさです。ついに満を持してヴァイオリンソロが登場すると、主役は完全に移りますが、充実した管弦楽が常にそれを支えています。  

第2楽章変アンダンテ 変ロ長調 まるで英国の美しい田園風景を目の当たりにするような詩情に包まれながら、ヴァイオリンがいつまでも美しく歌い続けます。  

第3楽章アレグロ・モルト ロ短調~ロ長調 終楽章はヴァイオリンに様々な超絶技巧が要求されていて、名ヴァイオリニストと言えども大いに苦労します。それでも技巧だけの曲に陥らないところがさすがはエルガーです。 

それでは、愛聴するCDのご紹介です。  

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ユーディ・メニューイン独奏、エドワード・エルガー指揮ロンドン響(1932年録音/EMI盤) エルガーの指揮で初演者のクライスラーに代わって独奏をした当時16歳の神童メニューインの録音です。エルガーは「この曲での君の演奏ほど私に芸術的な喜びを体験させてくれたものは無かった」と後にメニューインに手紙を送っています。それが本心に違いないことはこの演奏を聴けば容易に理解できます。高度の技術、深い表現力に驚嘆します。そしてエルガーの指揮も他のどの指揮者よりも生気に溢れていて感動的です。当然SP録音で音質は良くないですが聴き易く、一度聴き始めた途端に全く気に成らなくなります。歴史的であると同時に最高の演奏です。 

Elgar-v-41dtfdzmmzl_ac_ ユーディ・メニューイン独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィル(1965年録音/EMI盤) 16歳でこの曲の録音を行ったメニューインですが、これは33年後にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで演奏したライヴ録音です。この翌年には後述の二度目のセッション録音が行われますが、基本解釈に大きな違いは有りません。年齢を経てからの実演ゆえに時々ヴァイオリンの弓が揺れたり音が汚れたりはしますが、逆に気迫と即興性が感じられるのは楽しいです。録音もステレオで意外と優れています。 

Elgar-v-2tcdjil_ac_ ユーディ・メニューイン独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ニュー・フィルハーモニア管(1966年録音/EMI盤)メニューインにとって2度目となる録音ですが、英国の名匠ボールトを指揮者に迎えての万全の体制で行われました。妙な力みが無く自然体でありながらも、エルガー直伝による作品理解と演奏にかける意気込みとで、これもまた素晴らしい演奏です。もちろん最新録音では有りませんが、当時のEMIとしてもベストの音録りに成功しています。前年のライヴと比べれば当然完成度は勝ります。 

Elgar-v-51rynss0odl_ac_ ヒュー・ビーン独奏、サー・チャールズ・グローヴス指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル(1973年録音/EMI盤) ミスター・ビーンこと(んなわけないだろ)ヒュー・ビーンはカラヤンやクレンペラー時代のフィルハーモニア管のコンサートマスターで、英国内で非常に尊敬されていました。この録音はその実力の何よりの証明です。切れ味や凄味は乏しいですが、美しい音でソリスト然とせずに音楽に奉仕する芸風はエルガーの音楽にぴったりですし、何よりも緩徐部分での心のこもり方が並みでありません。グローヴスとオーケストラも素晴らしいです。 

Elgar-v-41wfcpbgnal_ac_ チョン・キョンファ独奏、ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィル(1977年録音/DECCA盤)  デビュー当時もベテランになっても、その孤高の芸風が変わることの無いキョンファですが、このエルガーもまた禁欲的なまでに余計なものを削ぎ落した演奏です。ですので、聴き手によっては余り面白くないと思うかもしれませんが、それこそがこの人の特徴です。奥に秘められた音楽への深い愛情を是非とも感じ取られてください。ショルティの指揮は幾らかカッチリし過ぎの感は有りますが、エルガーを知り尽くすロンドン・フィルの力も借りて決して悪く有りません。

Elgar-vn-192 イダ・ヘンデル独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィル(1977-78年録音/TESTAMENT盤:EMI原盤) 10ヵ月の間に三回に分けて入念に行われたセッション録音です。1楽章のボールトのテンポは前述のメニューイン盤よりもかなり遅く、雄大なスケールで立派なことこの上有りません。2楽章も遅く、深々とした詩情がまるでデーリアスのようです。問題は3楽章で、遅いテンポが緊張感を欠いて音楽がもたれがちです。ヘンデルに関しては遅いテンポでの大きなヴィブラートがやや過剰気味のように思えます。技術的には大健闘していますが、所々で僅かに疵が気に成ります。

Elgar-v-71bt2fg4xcl_ac_sl1050_ イダ・ヘンデル独奏、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市響(1984年録音/TESTAMENT盤) ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールにおけるライヴですが、これは素晴らしい演奏です。ヘンデルは愛情一杯に歌わせていながらも決して饒舌にはなりません。特に2楽章が秀逸です。ヴィブラートも過剰には感じません。1、3楽章は技術的に6年前の録音よりも上出来で、この人はこんなに技巧的にも弾けたかと認識を新たにするほどです。ラトルとバーミンガムについてもライブならではの生気に溢れ、しかも奇をてらった印象は全く受けず、このようなオーソドックスな演奏も出来るのだと感心しました。録音も非常に良く、オーケストラの音が柔らかく美しく捉えられています。 

Elgar-v-512lmimsyl_ac_ ナイジェル・ケネディ独奏、ヴァーノン・ハンドリー指揮ロンドン・フィル(1984年録音/EMI盤) 英国生まれのケネディはジュリアード音楽院でドロシー・ディレイに師事しますが、アカデミックな教育と肌が合わなかった事を公言したり、プロデビューの日に衣装を忘れて古着姿で演奏し、その後もパンク・ファッションを衣装としたり、あるいはポップ・ミュージシャンとの共演、ジャズやロック曲の演奏などと自由奔放な行動で知られました。しかし、本国での実力評価は高く、このCDもグラモフォン誌のレコード・オブ・ザ・イヤーに選出されました。名匠ハンドリー指揮の素晴らしいオーケストラをバックに、歌い崩しやハッタリの無い極めて正統的なエルガーを聴かせます。 

Elgar-v-51xucvpt1al_ac_ ナイジェル・ケネディ独奏、サイモン・ラトル/バーミンガム市響(1997年録音/EMI盤) 旧盤から13年後の二度目の録音です。様々な経験を経た為か旧盤とくらべて、大きな歌わせ方と表現意欲が感じられます。ラトルの指揮も同様に現代的にメリハリを効かせた演奏を聴かせます。従って、その点でベストマッチと言えますが、決して音楽を逸脱しているわけではありません。一般的には新盤が好まれるでしょうが、より英国紳士的なエルガーを味わいたいとすれば旧盤かもしれません。どうかご自分の耳と感覚で両者を聴き比べて頂けたらと思います。 

Elgar-v-61rjhbzelkl_ac_sl1000_ ヒラリー・ハーン独奏、サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン響(2003年録音/グラモフォン盤) ハーンが24歳の時の録音ですが、メニューインのように10代から盛んに演奏活動をしていたので、既に風格を感じます。もちろん技巧的にも完璧です。歌わせかたがクールで感情を前面に出さないアイス・ドールなのは相変らずなのですが、この曲の場合には余りマイナスにはなりません。ただし、温かい歌が好きな方には物足りないかもしれません。Cデイヴィスの指揮は貫禄で立派この上ない管弦楽を聞かせてくれます。 

どれもこの名作を楽しむのに不足は無いのですが、演奏だけで考えればメニューインとエルガーの共演盤が最高です。あとはマイ・フェイヴァリットとして、ヘンデル/ラトル盤とメニューイン/ボールトのライヴ盤ですが、ビーン/グローヴス盤、それにケネディの二種類にも大いに惹かれます。

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2024年3月25日 (月)

マウリツィオ・ポリーニを悼んで

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マウリツィオ・ポリーニが亡くなりました。大学生の時にショパンの「練習曲集」のレコードが出て、『これ以上なにをお望みですか』というキャッチコピーが印象的でしたが、実際に聴いてみると本当に凄くて驚いたものです。その後もショパンなら「ポロネーズ集」「前奏曲集」「ソナタ集」と立て続けに出て、どれも素晴らしかったですが、練習曲集の『これ以上』というのは中々無かったようには思います。

それからは「世界最高のピアニスト」の称号を掲げられ続けて、数多くの録音を行い、日本にも何度も訪れました。ホロヴィッツ、リヒテル、ミケランジェリと言った大巨匠達とも肩を並べる存在でした。正直言えば、個人的にはそれほど夢中に成ったわけでは有りませんでしたが、それでもあの時代における存在感は大変なものです。ピアニストに限らず、指揮者や演奏家にいわゆる超大物が少なくなった現代、小澤さんら巨星の相次ぐ逝去には一抹の寂しさを覚えます。

ご参考までにポリーニのディスクに関する主だった感想記事は下記辺りに含まれています。

ショパン 練習曲集
ショパン 前奏曲集
ショパン ポロネーズ集
ショパン ピアノソナタ第2番「葬送」
ショパン ピアノソナタ第3番
シューマン 交響的練習曲
モーツァルト ピアノ協奏曲集
ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集
ブラームス ピアノ協奏曲第1番
ブラームス ピアノ協奏曲第2番

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2024年2月10日 (土)

小澤征爾さんを悼んで

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小澤征爾さんが2月6日にお亡くなりになりました。

どちらかと言えば重力級で劇的な演奏を好む自分としては、必ずしも好みの演奏スタイルでは有りませんでしたが、我が国の生んだ真に世界的な音楽家として誇りに思います。特にアメリカのボストン交響楽団の音楽監督を29年間務めたのは偉業です。監督就任後の1978年にボストン響と日本へ凱旋公演をしたときに、東京文化会館でベルリオーズの「幻想交響曲」を聴いた感動は忘れません。今でもあの時の音はこの耳に、その情景は脳裏にしっかりと焼き付いています。

小澤さんは23歳で一人でヨーロッパに渡って武者修行をしたことがその後の栄光の始まりとなるのでしょうが、その力が完全に途切れる最後の日まで持ち続けた情熱とエネルギーは音楽家を目指す若者だけでなく、すべての若者にとって通じることだと思います。

若き日の渡欧のエッセイは何度読んでも痛快です。随分と前に下記の記事で紹介をしています。

「ボクの音楽武者修行」小澤征爾

合掌

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2024年2月 9日 (金)

マーラーの交響曲第9番を補筆しました

特に理由は無いのですが、このところブルックナーの交響曲第5番と第8番、マーラーの第9番を良く聴いていました。そのうちマラ9については、レヴァイン/ミュンヘン・フィル盤、アシュケナージ/チェコ・フィル盤、ラトル/ウイーン・フィル盤およびバイエルン放送響盤、バレンボイム/SKベルリン盤、ヤンソンス/バイエルン放送響盤を新たに書き加えましたので、もしご興味がお有りでしたらご覧ください(下記リンク)。

マーラー 交響曲第9番 名盤

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2024年1月22日 (月)

ヴェルディの「レクイエム」を補筆しました

早いもので今年も三週間が過ぎました。新年から我が国も大変な自然災害に襲われましたが、ロシアとウクライナやイスラエルとパレスチナを巡る争いなど海外の情勢も相変らず不安が続いています。

能登半島の地震の為に元日恒例のウィーンのニューイヤーコンサートも放送が13日に延期されました。一応は観ましたが、ティーレマンにはやはりワーグナーやブルックナーが似合うようですね。(いや、悪いとは言いません!)

CDでは、昨年から持ち越した「ニーベルングの指環」の「ジークフリート」聴き比べを始めましたが、実はその前にヴェルディの「レクイエム」で何種類か(トスカニーニの1938年BBC盤、1950年スカラ座盤、カンテッリの1955年NYP盤、カラヤンの1964年スカラ座のモスクワ公演盤、メータの1980年NYP盤、アバドの2001年ベルリン盤)を書き加えました。良かったら下記からご覧に成られてください。

ヴェルディ「レクイエム」名盤(補筆版)

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2024年1月 8日 (月)

ティーレマン/ウィーン・フィル ブルックナー交響曲全集 ~決定盤~

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 今年2024年はアントン・ブルックナーの生誕200年となりますが、それを記念するプロジェクトとして、ドイツ音楽界を牽引する指揮者クリスティアン・ティーレマンがウィーン・フィルと組んだ交響曲全集を昨年完成させました。 

ウィーン・フィルはブルックナーの演奏(それ以外にも多々有りますが)にかけては世界で最も理想的な音色を奏でます。もちろんシュターツカペレ・ドレスデンやロイヤル・コンセルトヘボウなども極上の音なのですが、ブルックナーが生れ育ったオーストリアのアルプス地方の空気のように、のどかでいて美しく澄み渡った音はウィーン・フィルならではです。他のオーケストラには決して代えられない特別な存在です。 

そのウィーン・フィルもこれまでに一人の指揮者で交響曲全集を完成させたことは無く、これが初めての全集となります。記念の年に相応しい画期的なことです。 

自分はこれまで単売CDでリリースされた、第2、第3、第4、第5、第8、第9番を聴いて来ました。その他の曲についてはSONYがYouTubeに上げた限定配信で試聴しました。全曲の中では4番が最も優れていると思いますが、他の曲も其々各曲の名盤として上位に上げたい演奏ばかりです。つまり例えれば今年の箱根駅伝の青山学院大学のようなもので、全区間で区間一位となるか上位に食い込む選手ばかりだということですね。

そのうえ、1番から9番までだけでなく、初期の「ヘ短調」と「第0番」も含む全11曲を網羅した完全優勝、では無かった「完全全集」なのです。 

録音は2019年に第2番からスタートして、2022年に第9番をラストに足かけ4年で行われました。会場はウィーンのムジークフェラインザールとザルツブルクの祝祭大劇場の二か所で、収録はライブ、もしくはコロナ禍での無観客ライブですが、どれもウィーン・フィルの美しい音をホールで聴くような臨場感を持つ優秀録音です。 

ティーレマンのブルックナー解釈は奇をてらうことなく、ドイツ・オーストリアの伝統そのものの正統派スタイルなので、安心安全なこと極まりないです。 

これまで全集盤で最上位に考えていたのは、オイゲン・ヨッフムがシュターツカペレ・ドレスデンと行った2度目のEMI盤でした。他にもヨッフムの1度目のグラモフォン盤(オーケストラはベルリン・フィルとバイエルン放送響)や、ベルナルト・ハイティンクがコンセルトヘボウと行ったフィリップス盤など色々と有りますが、ウィーン・フィルで素晴らしい指揮者の解釈と演奏、更に初期2曲を含む優秀録音盤とくれば、ブルックナーの交響曲全集のファーストチョイスとしてこれ以外は考えられません。 

参考に発売元SONYによる各曲のデータを付けておきます。 

指揮:クリスティアン・ティーレマン
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

DISC1

交響曲 ヘ短調 WAB 99
[原典版(新全集X 1973年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2021327日&28日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル

DISC 2

交響曲 第1番 ハ短調 WAB 101
1891年第2稿(ウィーン稿 新全集I/2 1980年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2021412日~14日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 3

交響曲 ニ短調 WAB 100
[原典版(新全集XI 1968年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2021327日&28日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 4

交響曲 第2番 ハ短調 WAB 102
1877年第2稿(新全集新版II/2 2007年出版)/キャラガン校訂]
[録音]2019425日~28日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル

 DISC 5

交響曲 第3番 ニ短調 WAB 103
1877年第2稿(新全集III/2 1981年出版)/ノーヴァク校訂]
[収録]20201127日~29日、ウィーン、ムジークフェラインザール 

DISC 6

交響曲 第4番 変ホ長調 WAB 104「ロマンティック」
1878/80年稿(旧全集 Band 4 1936年出版)/ハース校訂]
[録音]2020819日~22日、ザルツブルク、祝祭大劇場 

DISC 7

交響曲 第5番 変ロ長調 WAB 105
[原典版(新全集V 1951年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]202235日~7日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 8

交響曲 第6番 イ長調 WAB 106
[原典版(新全集VI 1952年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2022430日、51日、2日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 9

交響曲 第7番 ホ長調 WAB 107
[原典版(旧全集 Band 7 1944年出版)/ハース校訂]
[録音]202181日&3日、ザルツブルク、祝祭大劇場 

DISC 10

交響曲 第8番 ハ短調 WAB 108
1887/1890年第2稿(旧全集 Band 8 1939年出版)/ハース校訂]
[録音]2019105&13日、ウィーン、ムジークフェラインザール 

DISC 11

交響曲 第9番 ニ短調 WAB 109
[原典版(新全集IX 1951年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2022728日&30日、ザルツブルク、祝祭大劇場

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2024年1月 1日 (月)

新年おめでとうございます <2024年の目標>

新年おめでとうございます。

旧年中は、ハルくんの気まぐれブログをご覧いただきまして誠にありがとうございました。

さて、毎年その年の目標を上げていますが、昨年は以下のような内容でした。

1.ワーグナー「ニーベルングの指輪」
2.ベートーヴェンの交響曲の補完
3.ベートーヴェンの弦楽四重奏の補完
4.ベートーヴェンのピアノソナタ(主要な曲)
5.バッハの無伴奏チェロ組曲
6.バッハの平均律クラヴィ―ア曲集
7.シューベルトの弦楽四重奏、五重奏
8.ドビュッシーの前奏曲集
9.ヴェルディとプッチーニの主要オペラ

結局のところ、達成できたのは、1の半分(ラインの黄金、ワルキューレまで)、2、5、だけでした(涙)
うーん。。。打率2割7分か。これでは打撃10傑にも入れなそうです(汗)

ということで、今年の目標は昨年の落とし前(ヤクザか!)も含めて次のように掲げます。

1.ワーグナー「ニーベルングの指輪」後半(ジークフリート、神々の黄昏)
2.ワーグナーの他のオペラの補完
3.ベートーヴェンの弦楽四重奏の補完
4.ベートーヴェンのピアノソナタ(主要な曲)
5.バッハの平均律クラヴィ―ア曲集
6.バッハの三大宗教曲の補完
7.シューベルトの弦楽四重奏、五重奏
8.ドビュッシーの前奏曲集
9.ヴェルディとプッチーニの主要オペラ
10.モーツァルトのオペラの補完

うーん、打率3割越えも危ぶまれる目標ですが、挑戦有るのみ!

本年もお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

  2024年 元旦 ハルくん

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2023年12月27日 (水)

ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」 ~4部作「ニーベルングの指環」第一日~ 名盤

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早いもので今年もまた終わろうとしています。これが年内最後の記事と成りますが、長編なので何とか間に合って良かったです(笑)。

ワーグナーの「ニーベルングの指環」は、世界の支配者に成ることが出来る魔法の指輪をめぐって繰り広げられる物語が4日間に渡って上演されるという超大作オペラですが、CD聴き比べシリーズは、序夜「ラインの黄金」に続いて第1日「ワルキューレ」です。 

「ワルキューレ」(独:Die Walküre)は、1856年に作曲されて、1870年にバイエルン宮廷歌劇場でフランツ・ヴュルナーの指揮で初演されました。 “ワルキューレ”というのは北欧神話に由来する神々の長の娘たちの軍団で、戦場で生きる者と死ぬ者を定め、死んだ男たちの中から最強の勇士を選んで神々の城のあるヴァルハルに連れて行く使命を持ちます。 

「指環」四部作の中では「ワルキューレ」が最も人気が高く、単独で上演される機会も多いです。とりわけ第1幕は、この幕のみで演奏会形式で取り上げることが有ります。また、第3幕も有名な「ワルキューレの騎行」や終結部の「ヴォータンの告別」「魔の炎の音楽」が単独でしばしば演奏されます。 

<主な登場人物>
ジークムント(テノール) ヴォータンが人間に生ませたヴェルズング族の若者。

ジークリンデ(ソプラノ) ジークムントの双子の妹。フンディングの妻。

フンディング(バス) ジークリンデの夫。ヴェルズング族の宿敵。

ヴォータン(バリトン) 神々の長。神々の没落を予感している。

フリッカ(メゾソプラノ) ヴォータンの妃。結婚の女神。

ブリュンヒルデ(ソプラノ) ワルキューレたちの長女。ヴォータンとエルダの娘。

8人のワルキューレたち(ソプラノ、メゾソプラノ、アルト) 

<物語の概要>
 全3幕(11場)

第1幕 「フンディングの館」
(序奏)低弦が荒々しく奏されて、激しい嵐と逃げてくるジークムントを表す。トランペットにより稲妻が、ティンパニにより落雷が轟き渡り、幕が上がる。 

第1場
戦いで傷ついて嵐の中を逃げてきたジークムントが館に入って来る。フンディングの妻であるジークリンデがジークムントに水を与えて介抱する。すると二人はお互いに惹かれ合う。 

第2場
そこへ館の主人のフンディングが戻って来る。ジークムントの話を聞いたフンディングは、ジークムントが敵であることを悟り、一晩だけは客として扱うが、明日の朝には決闘すると言い渡す。

第3場
ジークリンデはフンディングに眠り薬を飲ませて、ジークムントを逃がそうとする。ジークムントは「冬の嵐は過ぎ去り」を歌う。ジークリンデも「あなたこそ春です」と歌い、二重唱となる。互いに生い立ちを語るうちに、自分たちが兄妹であることを知る。

ジークムントは、庭のトネリコの木に突き立てられて、それまで誰も引き抜くことが出来なかった剣を引き抜くと「ノートゥング」と名付ける。ジークムントはジークリンデを「妹にして花嫁」であると宣言し、二人で館から逃げ去る。

第2幕 「荒れ果てた岩山」

第1場
ワルキューレの騎行の動機が流れて幕が上がる。ヴォータンとブリュンヒルデが立っている。ヴォータンはブリュンヒルデに、ジークムントとフンディングの戦いでジークムントを勝たせるように命じる。ブリュンヒルデが去ったところへフリッカが登場する。フリッカは、ジークリンデの不倫と兄妹の近親相姦を厳しく非難する。ヴォータンは、勢いに押されてやむなくジークムントを負けさせることを誓う。

第2場
ブリュンヒルデが戻ると、ヴォータンは「ジークムントに死をもたらすように」と命じる。ヴォータンによる長い語りで、ファーフナーにヴァルハラ城建造の報酬としてニーベルングの指環を与えたが、それがアルベリヒの手に戻ることを恐れて、神々の意志とは離れた人間にファーフナーから指環を奪わせる構想(「遠大な計画」)を立てたものの、それが挫折して、神々の終末が訪れるという予感が述べられる。ブリュンヒルデはそれに当惑してしまう。

第3場
逃げてきたジークムントとジークリンデが登場する。ジークリンデは、ジークムントが戦いで倒れてしまう幻覚に捉われて気を失う。

第4場
ジークムントが気を失ったジークリンデを介抱していると、ブリュンヒルデが現れる。ブリュンヒルデは「ジークムントはフンディングと戦って死ぬ運命だが、勇者としてヴァルハルに迎え入れられる」と告げる。しかし、ジークムントはジークリンデと離れることを拒否し、ならばノートゥングで二人は死ぬと言う。心を打たれたブリュンヒルデは、ヴォータンの命令に背いてジークムントを救うことを決意する。

第5場
フンディングの角笛が響いてくる。雷鳴が轟き、ジークムントとフンディングの戦いが始まる。ブリュンヒルデがジークムントに加勢しようとするが、その時ヴォータンが現れ、槍でノートゥングを砕く。剣を失ったジークムントは、フンディングの槍に刺されて敗れる。叫び声をあげるジークリンデを、ブリュンヒルデは愛馬グラーネに乗せて連れ去る。ヴォータンは、命令に背いたブリュンヒルデに怒り、恐ろしい勢いで後を追う。

第3幕 「岩山の頂き」
(序奏)「ワルキューレの騎行」に乗って8人のワルキューレたちが歌いながら岩山に集まってくる。

第1場
一歩遅れてブリュンヒルデがグラーネに乗ってやってくる。ヴォータンの命令に背いてジークリンデを連れ去ったことを聞くと、ワルキューレたちは愕然とする。ジークリンデは死にたがるが、ブリュンヒルデがジークリンデの体には子供が宿っていることを告げて、生きるように説得する。いずれ英雄と成るはずの子に「ジークフリート」と名付ける。ジークリンデはノートゥングの破片を持って森へ逃れてゆく。

第2場
後を追って来たヴォータンが怒り狂って到着する。ブリュンヒルデをワルキューレから外し、父娘の縁も切ると告げる。それをなだめようとする他のワルキューレたちを追い払うと、ヴォータンとブリュンヒルデの二人だけとなる。

第3場
ブリュンヒルデは、自分の行動はヴォータンの真意を汲んでのことだと説明するが、ヴォータンは、処罰は変えられないと言う。ブリュンヒルデは「ひとつだけ願いがある、自分の周りに火を放って誰も近づけないようにしてほしい」と言う。ヴォータンは「さらば、勇敢で気高いわが子よ」と歌い、「ヴォータンの告別」の音楽となる。
ヴォータンはブリュンヒルデを抱き寄せ、目を閉じさせると岩山に横たえ、体を盾で覆う。槍を振り、岩を3度突いてローゲを呼び出すと「魔の炎の音楽」となる。
岩から炎が上がり、ブリュンヒルデを取り囲む。ヴォータンは「この槍の穂先を恐れるものは、決してこの炎を踏み越えるな!」と叫ぶ。炎に囲まれて横たわるブリュンヒルデを残してヴォータンが去ると幕が下りる。

―CD紹介―

それでは所有しているCDの紹介です。大半は4部作まとめての全曲盤となりますが、昔のLP盤時代にはそれぞれが単独で発売されましたし、「ワルキューレ」のみでレコード化されることも有りました。LP盤といえども長時間過ぎたのでしょう。現代はブルーレイディスク1枚に「指環」四部作が収まってしまうのですから時代は変わりました。何はともあれ順にご紹介します。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団(1950年録音/ Gebhardt盤)
第2次大戦後、フルトヴェングラーがミラノ・スカラ座で行った「指輪」全幕上演の際の歴史的な録音です。イタリア放送によるモノラル音源をもとに様々なレーベルからリリースされましたが、自分が所有するのはドイツの復刻盤を主とするGebhard盤です。残念ながら音は貧しく、音揺れも多々あります。キングレコードが伊チェトラ社から取り寄せた初期アナログテープを基にした復刻盤が「音が良い」とのふれこみで出ていますが、かなり高価なのでハイライト盤しか所有しません。ところが高価な割にはGebhard盤より格段に良いとまでは言えませんし、どちらにしてもワーグナーの管弦楽を楽しむには全く物足りません。それでもスカラ座のオーケストラは金管の響きが幾らか明るい傾向はあるものの、フルトヴェングラーの実演だけあって、演奏は白熱してドラマティック、かつロマンティックな息づかいが一杯に漂っています。第三幕など実に感動的です。歌手陣もブリュンヒルデにフラグスタート、ヴォータンにフェルディナント・フランツ、ジークムントにギュンター・トレプトウなど、素晴らしい歌手達が揃っています。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮イタリア放送交響楽団(1953年録音/EMI盤)
1953年にローマで行われた演奏会形式による「ローマ・リング」も素晴らしいです。舞台を伴わなかった分、「ミラノ・リング」の白熱さには及びませんが、オーケストラともども演奏に集中出来たのか、完成度の高さが有ります。「ミラノ」の方がフルトヴェングラーらしいとの評が一般的ですが、ミラノはいわば“戦時中のフルトヴェングラー”のようで、ローマは“戦後のフルトヴェングラー”だとも言えるでしょう。歌手はブリュンヒルデにマルタ・メードル、ヴォータンにフェルディナント・フランツ、そしてジークムントにはヴォルフガング・ヴィントガッセンと主要なキャストも理想的です。録音については「ラインの黄金」の時にも書きましたが、無理に高音域を強調せずに、高中低域のバランスが良いので聴き易いです。惜しまれるのはEMIの優柔不断のためにイタリア放送局がオリジナルテープを消してしまったことです。アセテート盤から起こしたテープではなくて、オリジナル音源から復刻されていたらどんなに良かったでしょう。 

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クレメンス・クラウス指揮バイロイト祝祭劇場管(1953年録音/オルフェオ盤)
1953年に初めてバイロイトの指揮台に立ったクラウスでしたが、翌年5月に急死してしまった為に「指環」の演奏はこの時の1回だけで終わりました。クラウスは、同じ時代のクナッパーツブッシュやカイルベルトなどの重厚でゲルマン的な演奏とは異なり、速めのテンポで流れるように進み、旋律もしなやかに歌わせます。リズムのキレが良く生命力に溢れますが、要所でのテンポの変化が秀逸で、劇的さにも何ら不足しません。その辺りは後年のベームやブーレーズ時代の先取りだったのかもしれません。歌手陣に関しては、ヴォータンのホッター、ブリュンヒルデのヴァルナイ、ジークリンデのレズニク、ジークムントのヴィナイ、フンディングのグラインドルと、よくもまぁこれだけ凄いメンバーが揃ったものだと感心します。彼らが各場面で演じる丁々発止のかけ合いには思わず唸らされます。歌の濃さとクラウスの子気味良さとのバランスが絶妙で、作品の長さを少しも感じさせません。オルフェオ盤はバイエルン放送協会のオリジナル音源が使用されて、モノラル録音ながら明瞭で安定した音です。管楽器の音が幾らか奥に引っ込み気味ですが、歌手達の凄い歌をとことん味わうにはむしろ好都合かもです。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル(1954年録音/EMI盤)
EMIはフルトヴェングラーの「リング」全曲のセッション録音を企画していたので、「ローマ・リング」のレコード化の契約を躊躇し、それが結局はオリジナルテープ消去の要因と成りました。EMIの録音は「ワルキューレ」から開始され、1954年の9月末から10月初めにウィーン・フィルとムジークフェラインにおいて行われました。ところがその直後に体調を崩し、僅か2か月後にフルトヴェングラーは肺炎のために亡くなります。このフルトヴェングラー最後の録音は、ミラノやローマでの演奏と比べると、テンポも落ち着いていて、白熱さはやや薄めとなりました。しかし要所での気合の入り方はとても世を去る直前の人の演奏とは思えません。特に第三幕は素晴らしく、終結部の「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」にかけては非常に感動的で胸を打たれます。弦楽や管楽の豊かな表現力もウィーン・フィルならではです。歌手もジークムントのズートハウスが素晴らしく、ブリュンヒルデのメードル、ヴォータンのフランツ、ジークリンデのリザネック、フンディングのフリックと最高の面々が揃っています。録音はモノラルですが、「ミラノ」「ローマ」よりもずっと明晰でバランスの良い音です。そうなると尚更のこと四部作が完成しなかったのが惜しまれます。 

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ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイロイト祝祭劇場管(1955年録音/テスタメント盤)
演奏会のライヴは1960年代半ばまではモノラル録音が一般的でしたが、それが1955年のバイロイトで「指環」全曲のステレオ録音が行われたのは全くもって奇跡です。デッカ・チームによる録音しに残る偉業と言えます。これは2チクルスあった公演の1回目のチクルス本番を基に編集されていますが、2回目のチクルスによる録音盤も別途リリースされています。どちらにしても「ラインの黄金」と同様に録音は非常に明瞭で、管弦楽の中低域の音の厚みや自然な広がりが素晴らしいです。カイルベルトも堂々たる指揮ぶりで、真のドイツのカペルマイスターとしての実力を遺憾なく発揮しています。要所での劇的な迫力も凄いですし、「魔の炎の音楽」にかけての終結部は凄いです。歌手についてはヴォータンにホッター、ジークムントにヴィナイ、ブリュンヒルデにヴァルナイ、フンディングにグラインドルという強力布陣です。ジークリンデのブラウエンスタインは美声で可憐な雰囲気で、強そうなヴィナイの兄貴との組み合わせが楽しいです。ちなみに第2チクルス盤では、ブリュンヒルデがメードル、ジークリンデがヴァルナイに配役が入れ替わりますが、組み合わせとしてはどうでしょうか。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1956年録音/オルフェオ盤)
クナッパーツブッシュがバイロイトで「指環」を指揮した1951565758年のうち、唯一の正規盤がリリースされているのが56年で、このオルフェオ盤にはバイエルン放送協会所有のマスター音源が使われています。但しモノラル録音で、管弦楽の音が今一つ明瞭さに不足して感じられる部分も有るものの、歌手の声は非常に明瞭で、この年にもずらりと揃った名ワーグナー歌手達の歌唱を心から味わえます。特にジークムントがヴィントガッセンなのは嬉しく、その英雄的で若々しい美声は、ヴィナイの野趣の有る太い声よりも好みます。ブリュンヒルデのヴァルナイ、ヴォータンのホッター、ジークリンデのブラウエンスタイン、フンディングのグラインドルは前の年のカイルベルト盤と同じメンバーなので文句無しです。しかしこの演奏の主役はやはりクナッパーツブッシュで、第1幕前奏曲から遅めのテンポで雄大に開始します。録音の影響で演奏の凄味がやや損なわれているのが残念ですが、それでも聴く進むうちに現われる様々な動機をスケール大きく劇的に盛り上げてゆく指揮ぶりはやはり圧巻で、他の指揮者がみな矮小に感じられそうです。終結部の「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」にかけての何と深いこと! 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1957年録音/ WALHALL盤)
クナッパーツブッシュのバイロイトの「指環」全曲盤の195758年の正規盤は未だに出ていませんが、MelodramWALHALLなどのマイナーレーベル盤から音の良いディスクが出ていますし、57年盤はキングレコードからも出ています。そのうち自分が所有しているのはWALHALL盤です。モノラル録音ですが、バイロイトにしてはオンマイク的で分離が良く、細部も明瞭で生々しさが有ります。歌手の声も明瞭なのですが、強音で幾らかざらつきが感じられるのがマイナスです。もっとも年代を考えれば気に成るほどではありません。管弦楽は録音の影響で前年1956年盤よりも迫力が感じられ、クナッパーツブッシュの巨大なワーグナーの世界への感銘度が更に増します。歌手については、ヴォータンのホッターはもちろん前年と変わらず、「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」は正に感涙ものです。ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのグラインドルも前年と同じですが、ジークフリートはラモン・ヴィナイに、ジークリンデはビルギット・ニルソンに変わりました。ヴィナイの男っぽい声は、いかにも強そうで、ヴォータンの槍にも負けそうに無いのが()、いかがなものでしょう?全体の配役だけなら個人的には前年の方が好みです。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1958年録音/GOLDEN Melodram盤) クナッパーツブッシュとして最後の「バイロイト・リング」となる58年の録音ですが、自分が全曲盤で所有しているのはMelodram盤です。これは非正規盤でモノラル録音ながら音質が驚くほど優れています。57年盤も優れた録音でしたが、この58年の録音は更に音質が向上しています。オーケストラの厚い重低音、澄んだ高音域が素晴らしく、歌手の声も極めて明晰ですし、音場感や舞台の奥行きや広がりが大いに感じられます。55年のステレオ録音のカイルベルト盤と比べても、ほとんど遜色無い様に感じられます。クナの演奏自体も増々音がうねり、彫が深く、翳りが濃くなり、途方も無く深化を遂げています。「ワルキューレの騎行」など要所での迫力にも圧倒されます。オーケストラの質自体も高まり、57年ではオーケストラのアンサンブルや金管のハーモニーがいま一つでしたが、58年では見事に改善されています。歌手はヴォータンのホッター、ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのグラインドルは前年と変わりませんが、ジークムントにジョン・ヴィッカーズ、ジークリンデにレオニー・リザネクが起用されました。ヴィッカーズの声質は役柄には相応しいと思います。Melodramの全曲盤は今では入手が難しいですが、WALHALLの「ワルキューレ」単独盤なら入手可能だと思います。 

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ルドルフ・ケンペ指揮バイロイト祝祭劇場管(1961年録音/オルフェオ盤)
戦後にバイロイトの演出を手掛けたヴィーラント・ワーグナーの弟であるヴォルフガンク・ワーグナーが新演出した「指環」でした。指揮を任されたケンペは4年間続けて振りますが、これは二年目の1961年の公演です。ケンペはそれ以前のクナッパーツブッシュやカイルベルトらと比べてしまうと、幾らかスケールに小ささが感じられるのはやむを得ません。これが「指環」でなく「ローエングリン」あたりなら気に成らないのでしょうが。それでもドイツの正統的な実力派として、がっちりとした構築性を持った聴き応えある演奏を成し遂げています。特に後半になるほど凄味を増します。歌手は、ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのフリック、フリッカのリザネク辺りは常連ですが、ヴォータンのジェローム・ハインズ、ジークリンデのレジーヌ・クレスパンは新鮮です。ジークムントのフリッツ・ウールだけは何となく“優男(やさおとこ)“に聞こえなくもありません。音源はバイエルン放送協会のマスターで、モノラル録音ながら大変明瞭で音域のバランスも良い優れた音質です。歌声が最強音で僅かに音割れしますが気にするほどでは有りません。 

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エーリヒ・ラインスドルフ指揮ロンドン交響楽団(1961年録音/DECCA盤
ラインスドルフはウィーン生まれで戦前はヨーロッパで活動しましたが、ユダヤ人だった為に米国に移り、1937年からはメトロポリタン歌劇場で活躍します。のちにボストン響の監督にも就きますが、メトでのオペラ指揮者としての活動の方が長いです。「ワルキューレ」は確かメトでのデビュー演目だったと思います。60年代にメトで指揮した「指環」全曲の復刻盤も出ていますが、「ワルキューレ」は最も得意とするようで、DECCAによりロンドンでセッション録音が行われました。ショルティ盤の陰に隠れていますが、これほど刺激的でスリリングな演奏には中々おめにかかれません。冒頭の前奏曲で嵐の中をジークムントが逃げてくるシーンから凄まじい速さで切羽詰まった雰囲気に驚かされます。ロンドン響もラインスドルフの要求に応えて、緊張感あふれる音で熱演しています。しかも歌手はブリュンヒルデにニルソン、ヴォータンにジョージ・ロンドン、ジークムントにヴィッカーズ、ジークリンデにブロンウェイステインと、主要役はバイロイトにも遜色有りません。DECCAの録音ももちろん優秀で、「指環」全曲が録音されていれば、もしやショルティ盤は制作されていなかったかもとさえ思えます。 

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ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー(1965年録音/DECCA盤)
ショルティの「指環」で最後に録音されたのは「ワルキューレ」でした。前述したラインスドルフ盤ではケチを付けましたが、何と言ってもこの当時のウィーン・フィルの美しい音を完成度の高い演奏で聴くことが出来るのは価値が有ります。しかしショルティには、まだまだ、少なくともセッション録音でオペラの感興を常に高く維持する能力には不足していた気がします。特に第1幕の緊迫感を欠いた演奏には、まるで各動機のサンプラー盤を聴くような虚しささえ感じます。それは、ジークムントのジェームズ・キング、ジークリンデのクレスパン、フンディングのフリックという歌手達に責任が有るわけでは無く、指揮者の問題なのは明らかです。ところが、第2幕ではヴォータンのホッタ―、フリッカのルードヴィッヒ、ブリュンヒルデのニルソンと共に緊張感を取り戻して良い演奏となり、ムラが大きいです。第3幕の「ワルキューレの騎行」の演奏はフランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示録」に使われたことでブレイクしましたが、音響効果を加えているので本当のスペクタクル映画みたいなのが微妙です。その後も迫力ある音が、すこぶる聴き映えしますが、総じてドラマよりはサウンドを楽しむディスクだと言えそうです。しかし、終幕のホッタ―による「ヴォータンの告別」は絶品です。 

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カール・ベーム指揮バイロイト祝祭劇場管(1967年録音/フィリップス盤)
1965年から67年まで三年間続けてバイロイトで「指環」を指揮したベームの全曲盤は66年と67年の録音で編集されていますが、「ワルキューレ」は最後の67年の演奏です。当時は『次の演奏会場へ行くのを急いでいるような演奏だ』と酷評もされましたが、冒頭の前奏曲から緊迫感に溢れ、速めのテンポでぐいぐいと進みます。その後も、凄まじい緊張感と迫力が生きた“ドラマ”を生み、否応なく惹き込まれてしまいます。退屈する余裕など何処にも無く、前述のショルティと何という違いでしょう。管弦楽の迫力はベームのワーグナーならではで、その凝縮された厳しい響きは決して耳に優しい音とは限りませんが、ひとたびその魅力に取りつかれたら、麻薬の様に繰り返して聴きたくなります。このような生き生きとした魅力は劇場の実演の長所で、セッション録音からは中々に生れ辛いものだという気がします。歌手については、ジークムントのジェイムズ・キングは声が若々しい為にジークリンデのリザネクからは弟君のようにも聞こえますが素晴らしいです。ブリュンヒルデのニルソンはもちろん文句無しですが、ヴォータンのテオ・アダムの声質が軽いのが残念。フンディングのニーンシュテットもやはり同様。フリッカのブルマイスターには恐妻ぶりが足らない印象。と、全体的には不満も残りますが、それを全部吹き飛ばしてしまうのがベームの見事な指揮と管弦楽です。フィリップスによる録音は残響の少ないバイロイト劇場の音に忠実で生々しさが有り、この演奏に相応しいです。 

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー(1966年録音/グラモフォン盤)
カラヤンの「指環」は1966年から1970年にかけて録音されましたが、最初の録音は「ワルキューレ」でした。ちなみに自分が大学生の頃に初めて買った「指環」もこのカラヤンのLP盤でした。「ラインの黄金」の記事の時にも書きましたが、この演奏は正に『室内楽的で精緻な演奏』です。もちろん、ここぞという箇所では凄い音を鳴り響かせますが、全体に渡りベルリン・フィルを駆使して“微に入り細に入り”精緻な音を出させています。管弦楽の音が明るいことも有り、ワーグナーのゲルマン的な響きというよりもリヒャルト・シュトラウスを想わせますが、劇場では実現困難な最高に精妙な演奏が聴かれます。それは入念なセッション録音にして初めて実現するのでしょうが、代償として、劇場の舞台のドキドキする興奮は薄められます。特に第1幕にその弱点が感じられます。しかし第2幕以降では中々のドラマを表出しているのはさすがカラヤンです。歌手に関してはジークムントのヴィッカーズ、ジークリンデのヤノヴィッツには特に不満は有りません。ブリュンヒルデのクレスパンは何となくエキセントリックなところがクンドリっぽい?です。ヴォータンのステュアートは声に貫禄が足りませんし、フンディングのタルヴェラもしかりです。総じて歌手陣には、やや不満が残りますが、ここはまぁベルリン・フィルが主役ということで。録音は優れますが、ショルティの「指環」ほどオーディオ・サウンド風で無いのは好印象です。 

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ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭劇場管(1980年録音/フィリップス盤)
「指環」のバイロイト初演100周年となった1976年以来、毎年の公演を指揮したブーレーズですが、これは1980年の舞台収録です。ブーレーズのテンポは比較的速めで淀むことなく進みます。印象的なのは管弦楽の響きで、過去のゲルマン的な厚い音から地中海的な美しく澄んだ音に変わっています。しかしカラヤン/ベルリン・フィルの様にリヒャルト・シュトラウスに聞こえることも無く、やはりワーグナーの音です。劇場での実演ならではの緊張感や高揚感、息づかいに満ち溢れていて、ブーレーズのオペラがこれほど素晴らしいとは改めて驚かされます。歌手については、ジークムントのペーター・ホフマンが“勇者の力強さ”と“愛に目覚める情感”の両方を見事に表現し尽くしています。声そのものはヴィントガッセンを最も好みますが、表現力ではそれ以上かもしれません。ジークリンデのジャニーヌ・アルトマイアーも声と表現どちらも良いです。その他、ヴォータンのマッキンタイア、ブリュンヒルデのギネス・ジョーンズ、フンディンクのサルミネン、フリッカのハンナ・シュヴァルツと全体的にやや小粒ながら、どこにも隙が見られません。録音はバイロイトで何年も経験を積み重ねたフィリップスが、このホールの音の柔らかさに加えて、舞台の上の歌手達の動きが手に取るように分かる遠近感を見事に再現していて素晴らしいです。 

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マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1981年録音/RCA盤)
ドレスデンのゼンパー・オパーの再建落成記念として「指環」が上演された際にDENON、西独オイロディスク、東独シャルプラッテンの共同制作により全曲が録音されました。ドイツの歌劇場でたたき上げられてオペラを得意としたヤノフスキの指揮には、強い個性は無いものの、オーソドックスな誠実さが魅力でもあります。第1幕前奏曲がベーム並みの速さなのは驚きますが、それ以降は手堅く堅実な演奏と成り、更にメリハリをつけて歌わせて欲しい部分も頻出しますが、良くも悪くもリラックスして聴いていられます。管楽器も抜群の上手さです。歌手については、ジークムントのジークフリート・イェルザレムは若々しい声と表現が魅力です。一方、ジークリンデのジェシー・ノーマンは余りにクセが強く、この役には適しません。ブリュンヒルデのジャニーヌ・アルトマイヤーも幾らかクセが有るものの許容範囲です。ヴォータンのテオ・アダムは、やはり声の軽さがマイナスですが、「告別」は感動的です。フンディングのクルト・モル、フリッカのイヴォンヌ・ミントンには文句ありませんが、総じて歌手には少々不満が残ります。録音に関しては、名門シュターツカペレ・ドレスデンを、響きの良いルカ協会でセッション録音したので、いぶし銀のドレスデンサウンドを味わえます。ヤノフスキの演奏スタイルとも合致しますし、ベームのような極度の緊張感を強いられないので、逆に好む方もおられるかもしれません。 

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ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管(1987年録音/グラモフォン盤)
1987から89年にかけてセッション録音された「指環」全曲からで、メトにおけるDVD映像とは別演奏です。世界に誇るオペラハウスの名に恥じず、オーケストラの優秀さに感心します。ゲルマン的な音の暗さ、厚みは無いとしても、この時代のベルリン・フィルの明る過ぎる音色よりもむしろ好ましく思います。レヴァインの指揮は基本のテンポが遅く、下手をするともたれてしまう危険性が有りますが、生の舞台の息づかいや雰囲気を感じさせて上手く盛り上げて乗り切っています。巨大な広がりの有るクナッパーツブッシュのタイプとも言えます。終幕の「告別」もヴォータンの哀しみが深く静かに伝わって感動的です。歌手はジークムントのゲイリー・レイクスは声が若々しく凛々しさが有り、強さの陰にも戦いで倒される悲哀を感じさせて気に入りました。ジークリンデはジェシー・ノーマンですが、ヤノフスキ盤の時よりはクセの強さが薄らいでいるのは好ましいです。ブリュンヒルデのベーレンスは映像で観ても素敵ですが、歌唱だけとっても大好きです。役柄上、更に強さが感じられるともっと良かったのですが。その他も、ヴォータンのジェイムズ・モリス、フリッカのクリスタ・ルートヴィッヒ、フンディングのクルト・モルと万全の布陣です。バイロイト以外でこれだけ高い水準の配役は稀だと思います。グラモフォンによりマンハッタンセンターで行われた入念な録音も優秀です。 

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管(1989年録音/EMI盤)
これは我が国、NHKと深いつながりを持っていたサヴァリッシュがバイエルン歌劇場でNHKが制作した「指輪」映像および録音です。ワーグナーの第二の聖地ですし、「ラインの黄金」と「ワルキューレ」はこの劇場で初演されました。サヴァリッシュは1950年代末からバイロイトで大きな実績を残したようにワーグナーは十八番で、それをこの歌劇場の総監督として指揮した演奏なので、極めて充実しています。全体の統率力、管弦楽と歌手の絡み合いは全く見事です。サヴァリッシュとして最も充実していた時代の記録と言えます。オーケストラが持つ南ドイツ的な温かみのある音は、バイロイトの凄味の有る響きとはまた別の魅力があります。金管楽器がどことなく角笛を想わせるも楽しいです。その代わりに幾らか凄味には欠けます。歌手ではブリュンヒルデのベーレンスは言うまでも無い素晴らしさですが、ジークムントのマンフレート・シェンクが美声で若々しく魅力的です。雄々しさも有りながら、どこかいずれ命果てる弱さも感じられて適役です。ジークリンデのユリア・ヴァラディも声質が役に適していて不満有りません。ヴォータンのロバート・ヘイルには更に性格模写が増したら良いとは思いますが、フンディングのクルト・モル、フリッカのリポヴシェクと、主要な配役はレヴァイン盤と同格か、それ以上です。NHKによる録音は響きが柔らかく、かつ個々の楽器の音が明瞭で素晴らしいです。 

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ダニエル・バレンボイム指揮バイロイト祝祭劇場管(1992年録音/ワーナークラシックス盤)
UNITELがバイロイトで映像制作したプロジェクトで、この「指環」はハリー・クプファーの前衛的な舞台演出が大きな話題となりましたが、バレンボイムが1988年から1992年まで5年連続で同公演の指揮台に立ちました。収録がライヴでは無くセッションで行われたことで録音が非常に明瞭です。それでいて生の舞台の雰囲気が失われていないのは、オペラ、特にワーグナーを得意とするバレンボイムと製作スタッフの力でしょう。バレンボイムの指揮は、ゆったりとした遅めのテンポを基調としますが、随所で大きく歌わせてドラマティックさを引き出します。音の押し出しが強いので、どことなくクナッパーツブッシュの演奏を想わせます。トゥッティの響きには荒さも感じますが、バイロイトのオーケストラの音の威力に圧倒されます。歌手ではジークムントのポール・エルミングの声が少々優(やさ)男っぽいですが熱演です。ジークリンデのナディーネ・ゼクンデも情熱的で、この二人の第一幕終末は「もうどうにも止まらない!」という感じです。第二幕でヴォータンのジョン・トムリンソンが、恐妻フリッカのリンダ・フィニーに始終押されっぱなしなのはご愛敬。ブリュンヒルデのアン・エヴァンスの知名度は高く無いですが、男勝りというよりも凛とした女性の雰囲気が魅力です。フンディングのマティアス・ヘレ、フリッカのリンダ・フィニーは役柄に合った声が良いです。これもまた管弦楽と声楽、それに録音のどれもが満足出来る良いディスクだと思います。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮バイロイト祝祭劇場管(2008年録音/オーパス・アルテ盤)
バイロイトの「指環」ライブ録音としては、ベーム盤以来40年ぶりとなりました。ティーレマンは、遅めのテンポでスケールの大きな、現代で最もドイツ的なマエストロとして疑いなく第一人者です。クナ亡き後に失われてしまった後期ロマン派然とした巨大な演奏をこうして聴くことが出来るのは何とも嬉しいです。音に重量感が有り、各動機、フレーズの一つ一つがまるで大波がうねるように奏されます。「ワルキューレの騎行」で途中からテンポをぐっと落とすのもクナそっくりです。オーケストラの質もおよそ最高で、ライブとは思えない完成度の高さです。歌手については、ジークムントのエントリク・ヴォトリヒは声に伸びと輝きが足りませんが、悲哀を感じさせるのは良いです。一方ジークリンデのエファ=マリア・ウェストブロックは美声で優しさを感じさせて魅力的です。ブリュンヒルデのリンダ・ワトソンは声がややカン高いものの勇女らしくて良いと思います。ヴォータンのアルベルト・ドーメンも悪くは無いのですが更に深味が加わると良かったです。フリッカのミシェル・ブリート、フンディングのクヮンチュル・ユンについては問題ありません。それにしても録音が本当に素晴らしく、祝祭劇場の柔らかい響きが忠実に再現され、その割に個々の楽器の音も良く聴き取れます。バイロイト「指環」録音のベストだと思います。歌手陣はベストとは言えませんが、指揮、オーケストラ、録音が余りに素晴らしいので「指環」の世界にどっぷりと浸りきれます。終幕「魔の炎の音楽」の何と感動的なこと! 

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場管(2011年録音/グラモフォン盤)
何と2008年のバイロイト盤から僅か3年後のティーレマン二度目の録音です。今度はショルティ盤以来およそ半世紀ぶりのウィーン・フィルの「指環」となりました。ティーレマンの解釈に大きな違いは有りませんが、やはりオーケストラの音の性格の違いが明らかです。音の凄味、迫力はバイロイトには及びませんが、ゆったりと歌われるシーンなどでは特に弦楽器の持つ柔らかい美しさが格別です。録音がホールで聴くような臨場感が有って非常に自然ですが、音像が柔らかく、やや遠く感じられる為に幾らか物足りなさを感じるのも確かです。バイロイト盤と比較して録音が劣るというレヴューも目にしますが、これは音造りのコンセプトの違いの影響でしょう。歌手はジークリンデのヴァルトラウト・マイヤーが囚われの嫁としての哀しさ、強さを上手く演じています。ジークムントのクリストファー・ヴェントリスはいかにも優男らしく、殺されてしまう役柄に似合います。ブリュンヒルデのカタリーナ・ダライマンは、声にカン高さが気に成るのと、もう少し優しさが欲しいです。ヴォータンのドーメンはバイロイト盤と共通ですが、やや深みが増したような気がします。特に終幕はオーケストラ共々非常に感動的です。もしバイロイト盤とどちらか一つ選ぶとすれば、迷わずにバイロイトとは成りますが、ティーレマンや「指環」のファンでしたら、二つを聴き比べるのもまた一興です。

―第1幕のみのCD―

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィル(1957年録音/DECCA盤)
LPレコードの時代には第1幕、あるいは第3幕のみの録音は度々見られましたが、4部作が簡単にCDで入手出来る現代において、1幕だけのCDに意味が有るとは思えません。ですが、その中でも特筆大書すべきディスクが有るので上げておきます。クナは1957年にバイロイトで「指環」を指揮した後に「ワルキューレ」の第1幕だけをDECCAにセッション録音しています。ジークリンデのフラグスタートとジークムントのスヴァンホルムによる感涙の歌唱など、感興の高さにおいても実演に匹敵するほどで、スケールの大きさも相変らずです。しかもウィーン・フィルのこぼれるような美音でクナのワーグナーを味わうことが出来ます。当時としては優れたステレオ録音ですし、各楽器の分離の良さは一連のバイロイト盤を上回ります。 

というわけで、「ワルキューレ」には単独盤も有ることから、結局20種となりました。全てまとめて聴くことは最初で最後になるかもしれません。その中で特に気に入ったのは、やはり「ラインの黄金」と同じく、クナッパーツブッシュの1958年バイロイト盤、カイルベルトのバイロイト盤、ベームのバイロイト盤、ティーレマンのバイロイト盤の4種類でした。

しかし次点グループとしてクナッパーツブッシュの1956年盤、ラインスドルフのロンドン響盤、ブーレーズのバイロイト盤、レヴァインのメロポリタン盤、サヴァリッシュのバイエルン盤、バレンボイムのバイロイト盤などにも大いに惹かれますし、それ以外の盤も聴いていてやはり楽しめます。 

さて、次回は「ジークフリート」ですが、新年の初荷となるのはいつになりますか。。。 

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2023年12月22日 (金)

ティーレマン/ウィーン・フィルのブルックナー交響曲第9番

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もうひとつ今年リリースされて購入したCDにティーレマン/ウィーン・フィルのブルックナー交響曲第9番がありました。ただし、早くも全集盤化されたのには驚きと大きな不満が有ります。

だって自分も既存の3番、4番、5番、8番と買ってきて、あとは7番、9番ぐらいは買おうかなと思っていました。それが、まだ7番などが出ていない段階での全集の発売です。これまでせっせと1枚づつ揃えてきたファンに、全集を買い直せということでっか!SONYのセールス戦略にはがっかりです。こうなりゃ意地でも全集は買わん!

それはそれとして3月にリリースされた9番ですが、最初に一度聴いたときに、なんだかシューリヒト/ウィーン・フィル盤によく似ている印象を受けました。実際に全体のテンポはティーレマンにしては随分と速めであっさり、サクサクと進みます。特に第1楽章の演奏時間は僅か23分ちょっとと、シューリヒトよりも短いです。しかし演奏はライブですが、さすがウィーン・フィル。当然編集はされているでしょうが、アンサンブル、ハーモニーはライブとしてはほぼ完璧です。
第2楽章スケルツォもシューリヒトのテンポ、演奏時間とほぼ同じで更に似ています。ただ、前半はリズムを刻む厳しさがやや物足りません。中間部の寂寥感もシューリヒトの方が上です。しかし後半は俄然興が乗って来て聴き応えが増すのは実演ならではです。
さて、かなりユニークなのが第3楽章アダージョです。冒頭、弦楽に少しも力こぶが入らずに、淡々と奏されます。ありゃ、なんと気の抜けた演奏か。。。いや、しかしまてよ、意図的にサラリと流しているのかも?と困惑させられます。しかし聴くうちに、これはことさら仰々しく思いのたけをぶちまけるような演奏とは真逆の演奏であることに気づかされます。特に弦楽が一聴するとシューリヒトよりも淡白な演奏に感じられますが、実はその裏には深い深い情感が秘められています。それを感じた途端にこれはとんでもなくユニークで千利休のわび茶のように奥深い味わいの有る演奏であることに気付きます。終結部のトゥッティも迫力は有りますが騒々しくならないのは良いです。ただ、ハーモニーがパーフェクトでは無いので、チェリならダメ出しするかも(笑)。 

9番のディスクとしては自分はシューリヒト/ウィーン・フィル盤とヨッフム/ミュンヘン・フィル盤を双璧として好みますが、それに続くカイルベルト/ハンブルクやヴァント/NDRの東京ライブと並びそうです。

ティーレマンのこのシリーズでは、4番が最も優れていると思いますが、この9番も8番と並ぶ素晴らしさです。やはりティーレマンのブルックナーは素晴らしい!ぜひ全集盤を購入されてください(笑)。

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(2022年7月28、30日録音/SONY盤)
録音会場:ザルツブルク祝祭大劇場
ノーヴァク校訂原典版(1951年出版 新全集)使用

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