2020年9月15日 (火)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集 名盤

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ベートーヴェンのピアノ協奏曲は一般に全5曲とされます。実はその他にも「ヴァイオリン協奏曲」のピアノ編曲版Op.62aや、管弦楽パートが未完の「ピアノ協奏曲ホ長調WoO 4」(第0番と呼ばれることも)、第1楽章の約25小節のみの「ピアノ協奏曲ニ長調(断章)」の草稿などが有りますが、正式には含められていません。

ベートーヴェンは1792年に生まれ故郷のボンからウィーンへ移り住みますが、その前後に、第1番から第3番までの3曲のピアノ協奏曲を作曲しました。そのうち第2番はボン時代に既に初稿が完成していたことから、第1番よりも早い作品となりますが、ウィーンに移ってから改定を行い、第1番と同じ年に出版されたことからこの2曲の作品番号が逆になってしまいました。2曲を比較してみると、第2番は楽曲の規模や楽器編成が第1番より小さいですし、ハイドンやモーツァルトの影響が強く感じられます。よりベートーヴェンらしいのは第1番です。ただ、第2番の魅力にも抗しがたく、特に第3楽章は心が浮き浮きする様な楽しい傑作です。

第3番になると、第1番、第2番から格段に飛躍を遂げた作品となります。当時寄贈を受けたエラール社製の新しいピアノも貢献して、その重量感ある音がベートーヴェンに素晴らしいインスピレーションを与えたと言われています。もちろん第4番、第5番「皇帝」は古今のピアノ協奏曲の不滅の傑作で、いまさら何をいわんやですね。

さて愛聴するⅭD全集ですが、大抵の場合「皇帝」「4番」をまずは聴いてみて、気に入ると全集を購入しています。けれど、どんな有名ピアニストであっても、ベートーヴェンの演奏として自分の好みに今一つ合わなかったりすると、「あのピアニストがどうして入っていないの?」と思われることも有るとは思います。
ともかくはご紹介致します。

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1958-59年録音/DECCA盤) バックハウスの弾くベーゼンドルファーの深みのある美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの柔らかい音とが溶け合った響きがDECCAの優れたステレオ録音で残された素晴らしい全集です。中でも「皇帝」が最高ですが、1番から4番まですべての曲において立派で魅力的な演奏となっています。S=イッセルシュテットの指揮も含めて、更に豪快な演奏や、華麗な演奏であれば他にも求められるでしょうが、これほどベートーヴェンの真摯で誠実な音楽そのものを感じさせてくれる演奏は後にも先にも無いと思います。

41ploftjgjl__ac_ ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ケンプは同じドイツの巨匠のライバルであるバックハウスと比べて気品や優しさにおいては優りますが、男性的な強さという点ではどうしても劣ります。場合によっては幾らか「弱さ」を感じることが無いわけでは有りません。しかしこの全集ではライトナーがベルリン・フィルから如何にもドイツ的な厚い響きと堅牢な演奏を導き出していて、それを上手くカヴァーしています。5曲の中では4番、5番が特に聴き応え有りますが、1番、2番は手堅すぎて幾らか魅力の乏しさが感じられます。録音は良く、ピアノ、管弦楽ともに美しく録られています。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、ゴルシュマン指揮コロンビア響、バーンスタイン指揮コロンビア響/ニューヨーク・フィル、ストコフスキー指揮アメリカ響(1957年-66年録音/CBS盤) これは全集と言っても指揮者が三人で、録音時期も10年に渡りますので、初めから計画された全集ではありません。第2番のみがモノラル録音です。指揮者は第1番がゴルシュマン、第2番と第3番がバーンスタイン/コロンビア響、第4番がバーンスタイン/ニューヨーク・フィル、「皇帝」がストコフスキーです。テンポ設定が2番までが速く、3番以降が遅めなのは解釈でしょうが、元々ドイツ風でもウィーン風でも無く、統一感の無さも気にはなりません。あくまでもグールドの個性充満の演奏です。そういう意味では、これは凄く楽しめる全集です。

Baremboim ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 当時売り出し中のバレンボイムが巨匠クレンペラーと録音した全集です。両者の格の違いは明白で、どの曲もテンポが遅いのはクレンペラーが常に主導権を握っているからでしょう。バレンボイムも頑張ってはいますが、ほとんどの部分では明らかにモーツァルト向きのピアノで、ベートーヴェンの音としては物足りなさを感じます。そういう点では楽曲的に適した1番、2番は良いと思います。録音は聴き易いですが音の分離のはっきりしないEMIの典型的なものです。クレンペラーの交響曲全集と一緒になっている廉価BOXセットも有るので、そのコストパフォーマンスは高いです。

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウィーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) この録音当時のグルダの生き生きとして切れの良いピアノは、往年の巨匠の重厚な演奏とは異なり、非常に新鮮に感じられました。正に新時代のベートーヴェン演奏でした。それでいて、ウィーン音楽の伝統を感じさせるのが大きな魅力です。ホルスト・シュタインの指揮もウィーン・フィルから古典的な堅牢性を感じさせる実に堂々とした音を引き出しています。ウィーン・フィルは‘50年代のような陶酔的なまでに柔らかな音を失いはしましたが、他のオーケストラに比べればまだまだ群を抜いた美しさで、DECCAの優秀な録音がそれを忠実に捉えています。全曲ともムラの無い素晴らしい仕上がりです。

51ppoyult6l_ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム/ヨッフム指揮ウィーン・フィル(1976-77、82年録音/グラモフォン盤) ポリーニの研ぎ澄まされた硬質の音と完璧な技巧が冴え渡っていた時期の録音で、一音一音の打鍵そのものに凄みを感じる魅力では第3番や「皇帝」に最大に発揮されますが、少々真面目過ぎるものの透徹したタッチで純度の高い第1番、2番も魅力的です。ベームの指揮に関しては貫禄充分で聴き応えが有り素晴らしいですが、ヨッフムも遜色有りません。ウィーン・フィルから引出されるフォルテの引き締まった迫力ある音と、美しくしなやかな音との弾き分けが実に見事です。この時代のグラモフォンの録音は安心して楽しめます。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音とは異なる、実演ならではの自在さが感じられるのが楽しいです。ゼルキンは若い頃の凄まじい切れ味こそ無くなりましたが、躍動感は相変わらずですし、そこに円熟味が加わり音楽を心から堪能させてくれます。真にドイツ的な演奏を聴かせてくれる僅かの巨匠ピアニストの一人と言えます。クーベリックの指揮もまた力強くサポートしていて素晴らしいです。第3番以降が聴き応え充分ですが、第2番も非常な名演です。放送局による優秀な録音ですが、豊かな残響でホールの臨場感に溢れています。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984、87年録音/フィリップス盤) どの曲も遅めのイン・テンポで少しも急がず慌てず、淡々と歩み行く演奏です。この時80歳を越えていたアラウは技巧の衰えなどどこ吹く風と、どこをとってもひたすら誠実に弾いていますが、最初から最後まで余りにも悠然としているのでやや退屈します。ディヴィスもそんなアラウにぴったりと付き合って居ますが、SKドレスデンの持つ古雅で柔らかく厚みのある響きは大きな魅力です。もっとも第1番、2番あたりでは楽想に対して恰幅が良すぎて逆に重たく感じられます。ファンにとってはそこがまた魅力なのでしょうけど。確かに第2番の2楽章などまるで別の曲の様に深い!

71csz0dey5l__ac_sl1400_ クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989、91年録音/グラモフォン盤) ツィマーマンが30代半ばで録音した全集ですが、バーンスタインが急逝した為に第1番、2番は自ら弾き振りをしています。もちろんピアノ技巧には申し分無く、音も硬過ぎず、華麗過ぎずに美しいです。音楽に生命力、躍動感をとても感じますが、同時に造形性も合わせ持つのが素晴らしいです。バーンスタインはウィーン・フィルの美感を生かしていますが、ツィマーマンの弾き振りも見事で全く遜色は有りません。それにしてもウィーン・フィルの優雅な音には、他のどのオーケストラよりも魅力を感じます。どの曲も最高レベルであり、正に伝統と新しさのバランスが抜群の名全集だと思います。

41lxad4j66l__ac__20200915230501 マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド指揮ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) これはライブによる再録音です。ベーム、ヨッフムとの初めの全集は素晴らしかったですが、ピアノの硬質の音にベートーヴェンとしては好き嫌いが出たかもしれません。その点こちらの新盤ではライブのせいか、あるいはポリーニの円熟のせいか、ピアノのタッチや音色に温かみが増した印象です。あとは管弦楽の比較となり、アバドとベルリン・フィルは充分に素晴らしいものの、指揮者の芸格、楽団の音色においては旧盤に及びません。また第1番、2番が楽想に対してグラマラス気味と言えなくも有りません。ですのでトータル的には旧盤を好みます。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) シフが43歳の時の録音で、モダンピアノによる演奏ですが、奏法が端正で古典様式寄りの印象を受けます。ですので、古雅な音色を持ち、造形感に優れたSKドレスデンとの組み合わせがぴったりです。ハイティンクの指揮も自己主張をすることなくもっぱら合わせに徹していて正に適役です。第1番から第5番までの演奏の統一感が素晴らしく、過度にロマンティックなスタイルに抵抗のある人には最良の演奏だと思います。録音も派手さの無い、重心の低いアナログ録音を思わせる音造りが大変魅力的です。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤ですが、指揮者にEMIのラトルを起用したのは驚きでした。結果は大変に新鮮な演奏となりました。いつもながらラトルの譜面の細部の読み方は深く、頻繁に驚かされます。しかしそれが常套手段化していることからいささか鼻に付き、必ずしも感銘を受ける結果には結びつかないのは惜しいです。一方、ブレンデルは技巧的にも素晴らしいですが、それが若い頃のような分析的な演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に熱く向かい合い、ウィーンの伝統に沿いながらも聴いていてワクワクするような面白さを感じます。第1番、2番においても非常に新鮮な名演となっています。

以上ですが、この中から一つだけマイ・フェイヴァリットを上げるとすれば、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤を置いて他には考えられません。次点としてはグルダ/シュタイン盤です。更に上げればツィマーマン/バーンスタイン盤、ゼルキン/クーベリック盤、ブレンデル/ラトル盤あたりですが、番外としてグレン・グールド盤は外せません。さて皆さんのお好みは?

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2020年8月16日 (日)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番 ハ短調op.37 名盤

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さて、ベートーヴェン生誕250年記念、今回はピアノ協奏曲第3番です。楽聖の残した5曲のピアノ協奏曲で、第5番「皇帝」に次いでは第4番が優れていると思いますが、逆境に立ち向かうような悲壮感と男っぽさという点でベートーヴェンらしいのは第3番です。

ベートーヴェンは元々この曲を「交響曲第1番」と同じ演奏会での初演を目指しましたが、第1楽章しか出来上っていなかったために断念しました。その3年後となる1803年にアン・デア・ウィーン劇場での演奏会で初演を行いましたが、ピアノ・パートが殆ど出来ていなかった為に、ベートーヴェンが自分でピアノを弾いて即興演奏で終わらせたそうです。それでも翌1804年には、ついにピアノ・パートの楽譜が完成して、ベートーヴェンの弟子のフェルディナント・リースがピアニストを務めて完全な初演をされました。

ベートーヴェンは、耳の疾患への絶望感などから1802年に、あの「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いていることから、この曲全体を覆う悲壮感はそこから生まれたような気がしますが、楽想そのものは、その2年前から既に出来ていたということになります。

曲の構成は、革新的な第4番とは異なり、古典的な協奏曲のスタイルを踏襲して書かれています。

第1楽章 ハ短調 アレグロ・コンブリオは「運命」と同じですが、「運命」ほど激しくは無いものの逆境に立ち向かう意志の力が大いに感じられます。

第2楽章 ホ長調 ラルゴは深い祈りに包まれた非常に美しい楽章で、この中間楽章は第4番のそれよりも出来が良いように思います。

第3楽章 ハ短調-ハ長調 モルト・アレグロはロンド形式で主題が繰り返された後、中間部を経過してドラマティックに盛り上がります。コーダはプレストとなり曲を閉じます。

それでは、いつも通りに愛聴盤CDをご紹介してみたいと思います。

71t0j0q8cfl_ss500_ アニー・フィッシャー独奏、フリッチャイ指揮バイエルン国立管(1957年録音/グラモフォン盤) フィッシャーはベートーヴェンを得意とした数少ない女流ピアニストの一人ですが協奏曲の録音は少なく、ステレオ最初期の録音のこの演奏は貴重です。彼女の力強い打鍵は正に”男勝り”で、この曲にピッタリです。と言って繊細さに欠けることも無く、変に神経質にならないおおらかさもベートーヴェン向きです。録音年代にしては音質は上々で、特にピアノの音は良く録れています。管弦楽の音がやや粗くは聞こえますが、フリッチャイの指揮に気迫が籠っていて中々に聴かせます。

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ヴィルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1958年録音/DECCA盤) バックハウスはいかにもドイツ的なピアニストですが、必ずしもイン・テンポを厳格に刻むタイプではありません。むしろ楽想に合わせたテンポの浮遊感を感じます。しかしそこから不自然な印象は全く受けません。音楽の流れにごく自然に感じられます。この曲でもベーゼンドルファーの骨太でいて柔らかく美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの柔らかな音とが極上に混ざり合っています。シュミット=イッセルシュテットは殊更に迫力を求めたりはしていませんが、それでいて聴き応えは充分です。DECCAのステレオ録音も明晰で素晴らしいです。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、バーンスタイン指揮コロムビア響(1959年録音/SONY盤) グールドの個々の録音を集めた全集に含まれます。衝撃的なバッハで世を席巻した時代の演奏ですが、このベートーヴェンでは古典的な楽曲のスケールを意識したように思えます。4番、5番のロマン的な弾き方に比べると、ずっと端正ですっきりとしたピアノなのです。しかし第2楽章では深い祈りの気分を聴かせます。バーンスタインもグールドの解釈に合わせたオーケストラの音造りをしていて、編成がやや小さめに聞こえますが、決して薄っぺらで軽い音では有りません。ドイツの伝統的な重厚な響きと比べて新鮮です。録音も明瞭で優れています。

B29368989916_1 ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ジュリーニ指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストと呼ばれたリヒター=ハーザーが同じ年にEMIに録音した3番から5番までのうちの1曲で、この3番のみ指揮がジュリーニです。リヒター=ハーザーは男性的で豪放とも呼べる打鍵を持ちますが、“がさつさ“とは無縁で、弱音部分では神経質に陥らない絶妙の繊細さも持ち合わせ、それらが全てドイツ音楽を感じさせる、ずしりとした手応えを聴き手に与えてくれます。ジュリーニのオーケストラ統率も手堅いです。録音は当時のEMIとしては上質で、これはリヒター=ハーザーのベートーヴェンボックスに含まれます。

41ploftjgjl__ac_ ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) まず冒頭のライトナー指揮のベルリン・フィルの暗い音色で重々しい演奏が印象的です。この当時のこのオケの音色はプロシア的で本当に良かったです。ケンプはいわゆる男性的で豪放的な演奏とは異なりますが、ドイツの伝統を基本とした堅牢さに惹かれます。この人特有の優しさや虚飾の無い美しさも相変わらず魅力的です。第2楽章の祈りもとても深く感動的です。録音はピアノ、管弦楽ともアナログ的な落ち着いた響きで美しく録れています。

71jk1d9kx2l_ac_sl1200_ スヴャトスラフ・リヒテル独奏、ザンデルリンク指揮ウイーン響(1962年録音/グラモフォン盤) まず冒頭の長い導入部のザンデルリンクの造る音楽の雄大さ、素晴らしさに圧倒されます。気宇が極めて大きく、それでいて堅牢な古典的造形性が見事だからです。ウイーン響の持つ音のしなやかさとドイツ的な厚い響きが両立しているのも最高です。リヒテルはライブの時のあの我を忘れるような高揚こそ有りませんが、立派この上なく、技術的にも安定感抜群のピアノはザンデルリンクの音楽にピタリ一致します。全体の音楽を主導するのはザンデルリンクという印象ですが、それに埋もれるようなこの人では無く、両者の協調と競演が極めて高い次元で見事にバランスが取れています。

71dfn4bl1gl_ac_sl1050_ ルドルフ・ゼルキン独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1964年録音/CBS盤) この録音当時のゼルキンはCBSのドイツ音楽の看板ピアニストとして活躍しましたが、義理父のアドルフ・ブッシュの精神を受け継いだ、魂の演奏を聴かせてくれました。それは古典的で堅牢な演奏スタイルでは無く、ブッシュやフルトヴェングラーに代表される正に炎と化すような演奏でした。そういう点で、この頃のバーンスタインとの相性は非常によく、第1、第3楽章での白熱した演奏と、第2楽章の沈滞した表現との対比が素晴らしいです。

41smq4ndwl_ac__20200816173701 ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 若きバレンボイムと巨匠クレンペラーが共演した全曲録音の1曲です。第1楽章冒頭からクレンペラーの極度に遅いテンポとスケールの大きさに驚きます。しかしバレンボイムが入ってからも、その音楽に自然に溶け込んでいます。第2楽章もテンポは遅いですが静寂感が良いです。第3楽章は1楽章ほどの遅さは感じませんが、悠揚迫らざるスケールの大きさは相変わらずです。録音は当時のEMIの標準的レベルで過大な期待は禁物です。

510 エミール・ギレリス独奏、セル指揮ウィーン・フィル(1969年録音/オルフェオ盤) ギレリスはセル/クリーヴランド管とEMIに全集録音を行いましたが、これはザルツブルグ音楽祭でのライブです。「鋼鉄の音」と称された(自分にはそれは揶揄されたとしか思えないのですが)ギレリスの音はロシア物はともかく、ドイツ音楽にはそれほど食指を動かされません。しかしこの録音では音に適度な柔らかさが感じられて抵抗有りません。優れた技術に裏付けされつつ、ひたすら誠実に弾くのには好感が持てます。セルもクリーヴランド管とのCBS録音で見せた、完ぺきな機能主義による冷徹さが、ウィーン・フィルの柔らかな音に中和をさせられていて好ましいです。このCDには同日のメイン曲の「運命」も収録されていて、それもまた素晴らしいです。 

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウィーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) 冒頭からホルスト・シュタインの指揮するウィーン・フィルが引き締まった音で緊張感を持ち、それでいて美しい響きに思わず引き込まれます。要所で打ち込むティンパニも効果的です。グルダのピアノはここではドイツ的でがっちりとしていますが、切れの良さも十分で素晴らしいです。第1楽章の推進力と切迫感、第3楽章の躍動感に魅了されますが、第2楽章の美しさも特筆できます。DECCAの優秀なアナログ録音なのが嬉しいです。

81xkbvrwhsl_ac_sl1400_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル(1977年録音/グラモフォン盤) ポリーニのピアニスティックな魅力は、優雅な曲想の第4番よりは「皇帝」やこの曲に発揮されるようです。研ぎ澄まされた硬質の音が好みかどうかは別にしても、一音一音の打鍵そのものに凄みが有るのは確かです。ベームの指揮に関しては、相変わらず貫禄充分でずしりとした重みを感じさせて素晴らしいです。それに、ウィーン・フィルから引出す、フォルテの引き締まった迫力ある音と、美しくしなやかな音との演奏の区分けが実に見事です。この時代のグラモフォンの録音は安心して楽しめます。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音の様にフォルムが整理し尽くされた演奏では無く、実演ならではの自在さが感じられて楽しめます。打鍵も‘64年録音盤と比べても決して聴き劣りしないのは流石です。その上に巨匠としての円熟が加わっていて非常に魅力的です。ゼルキンは真にドイツ的な僅か数名の巨匠ピアニストの一人だったと断言します。クーベリックの指揮もゼルキンを力強くサポートしていて素晴らしいです。録音はやや柔らか過ぎかもしれませんが、客席で聴く雰囲気充分で良いです。

818mdiyd7gl_ac_sl1417_ アルトゥーロ・ベネディッティ=ミケランジェリ独奏、ジュリーニ指揮ウィーン響(1979年録音/グラモフォン盤) クレンペラーほどは遅くありませんが、ジュリーニの遅めのテンポでスケール大きく開始されます。厚みが有りながらも、しなやかでウィーン的なオケの音も素晴らしいです。ミケランジェリも一音一音を丁寧に彫琢された音で弾いていますので両者の愛称は良いですが、音楽に奔流のような勢いはさほど感じません。しかし立派で高貴なベートーヴェンということでは比類が無く、そういう点では思わず引き込まれてしまいます。ライブですが演奏は完璧で、録音には臨場感が有り細部の再現も優れています。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1987年録音/フィリップス盤) アラウは南米チリの生まれですが、子供の時からドイツで学んだので、確かにドイツ的なピアノを弾きます。この録音時には84歳となっていて、遅めのイン・テンポで淡々と歩み行く、正に大家の演奏です。第2楽章の深い祈りの雰囲気が味わい深いですが、第1、第3楽章のスケールの大きさも中々の物です。極めて誠実で朴訥に弾いているのはバックハウス以上ですが、メリハリは弱く人によっては退屈に感じるかもしれません。ディヴィスはアラウに合わせた堅牢な指揮ぶりで、SKドレスデンの響きの良さに魅了されます。録音も良く、柔らかく厚みのある響きが最高です。

71csz0dey5l__ac_sl1400_ クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 録音当時まだ33歳のツィマーマンをアラウの後に聴くと、良くも悪くも若さを感じます。もちろんテクニックは申し分無く、ピアノの音色も美しいのですが、幾らか落ち着きのなさが感じられます。それでも第2楽章などは情緒深く聴かせてはくれますし、第3楽章の切迫感も悪くはありません。バーンスタインは晩年にもかかわらず、重量感と生命力を感じさせて素晴らしいです。全体的には同じコンビの「皇帝」「4番」に比べて出来栄えがやや落ちるでしょうか。

41lxad4j66l__ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド/ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) ポリーニ15年ぶりの再録音は全曲チクルス演奏会のライブ収録です。良くも悪くも贅肉の無いポリーニのピアノに大きな違いは感じません。それでも自己主張がより明確になっているのは本人の円熟なのでしょうが、指揮者の違いも有るように思います。アバドの指揮は全体的にレガート気味で雰囲気は有りますが、ベームのような厳しさが感じられません。ベルリン・フィルの音も当然そのように聞こえます。ですので自分の好みで言えばベームとの旧録音を取ります。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) シフが43歳の時の録音です。モダンピアノによる演奏ですが、奏法はいかにもシフらしく端正で古典スタイル寄りのものです。従って「現代的過ぎるのは嫌だが古楽器ピアノではちょっと」という方には丁度良いのではないでしょうか。古雅な音色を持つSKドレスデンとの組み合わせはとても良いです。ハイティンクもいつもながらの自己主張をしない指揮スタイルでこのオケの良さを引き出していて好感が持てます。録音も優秀です。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められています。指揮者のラトルはEMIから借りてきた、いわば“ゲスト”なのですが、譜面の細部の読み方が深く、第1楽章の長い導入部からして既に主役の様に聞こえます。肝心のブレンデルの方が幾らか影が薄いです。それでもブレンデルは若い頃のような分析的なピアノ演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に自然に向かい合う真摯さが好印象です。ラトルの譜読みは意図が見え見えなのは余り感心しませんが、それさえ気にならなければ全体的には良い演奏だと思います。特に第2楽章は美しいです。

61pzza8azrl_ac_sl1200_ マルタ・アルゲリッチ独奏、アバド指揮マーラー・チェンバー管(2004年録音/グラモフォン盤) アルゲリッチはベートーヴェンの協奏曲を1番、2番は良く演奏していますが、3番以降はほとんど知りません。ですので、このアバドとの共演のライブ録音は貴重です。しかも素晴らしい演奏です。基本の造形は押さえた上で随所に彼女らしい力強さと即興的な閃きを感じさせます。それでいてしばしば閉口させられる恣意的なアクの強い表情付けが有りません。第2楽章のまるでシューマンのような夢見るような美しさも絶品です。アバドの指揮も室内管の特性を生かした美しいもので、アルゲリッチとの息がピタリと合っています。ちなみにカップリングされた第2番のほうも同様に素晴らしいです。

ということで、この曲に関しては決定的なフェイヴァリット盤は存在しませんが、あえて上げれば、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤、リヒテル/ザンデルリンク盤、グルダ/シュタイン盤でしょうか。そしてアルゲリッチ/アバド盤が僅差で肉薄します。
更に続くとすれば、ケンプ/ライトナー盤、ゼルキン/クーベリック盤、シフ/ハイティンク盤辺りです。

<補足>アニー・フィッシャー/フリッチャイ盤、リヒテル/ザンデルリンク盤、ギレリス/セルのオルフェオ盤、アルゲリッチ/アバド盤を追加しました。

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2020年8月10日 (月)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調op.58 名盤

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毎日暑いですね!もし新型コロナ禍が無ければ、こんな暑い中でオリンピックが開催されていたはずです。やはり真夏の開催ってどうなのでしょうね。。

さて、ベートーヴェン生誕250年記念、今日はピアノ協奏曲第4番です。楽聖の残した5曲のピアノ協奏曲はどれもが傑作で、第3番や第1番も好きですが、最高傑作の第5番「皇帝」と並び立つのは、やはりこの第4番です。男性的で勇壮な「皇帝」に対して、高貴さや美しさに溢れた第4番は、さしずめ「皇后」というところでしょうか。

ベートーヴェンはこの曲においても、革新的な手法を取り入れました。それまでの協奏曲のように、まずオーケストラが“前座”として演奏を開始して、その後から独奏楽器が“主役”として華々しく登場するのではなく、初めから独奏ピアノに、しかも小さな音で演奏を開始させて、その後からオーケストラを登場させるという手法を取り入れました。これには初めてこの曲を聴いたお客さんは驚いたに違いありません。
しかも、それまでは独奏者の引き立て役として「伴奏」に徹する感のあったオーケストラに、ある時はピアノと語り合わせ、またある時は丁々発止の掛け合いを演じさせました。各楽章の楽器構成も、第1楽章でティンパニとトランペットの出番を全く無くしてみたり、第2楽章では弦楽合奏のみの演奏というように、慣習に捉われることなく非常に独創的です。

ベートーヴェンがこの曲の作曲に取り掛かったのは1805年で、翌1806年に完成させました。初演が1807年にウィーンの貴族邸宅の広間にて非公開で行われ、翌年アン・デア・ウィーン劇場に於いて公開での初演が行われました。そのどちらもベートーヴェン自身がピアノを弾きました。
この曲は、ベートーヴェンの最大のパトロンであり、ピアノと作曲の弟子でもあったルードルフ大公に献呈されています。

それでは、愛聴盤CDをご紹介してみたいと思います。

41kbvasan0l_ac_ コンラート・ハンゼン独奏、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年録音/TAHRA盤) 第二次大戦中のライブ録音で、旧ソ連に接収されたテープから様々な形でリリースされていますが、音質は時代相応で期待は禁物です。しかし演奏は素晴らしいです。両者ともロマンティシズムの限りを尽くしてテンポも自由自在、古典的造形性は皆無ですので、これが現代の聴き手に受け入れられるものかどうかは分かりませんが、一つの時代の記録として貴重です。写真はこの録音が含まれているフルトヴェングラーの戦時中録音のボックスセットです。

815t3zsicpl_ac_sl1495__20200809145601 ワルター・ギーゼキング独奏、カラヤン指揮フィルハーモニア管(1951年録音/EMI盤) ドイツの名ピアニストだったギーゼキングの録音は何となく忘れ去られていますが、こうしてカラヤンのボックスセットに収められたのは嬉しいです。ギーゼキングとカラヤンの演奏スタイルはテンポの大きな変化やルバートをほとんど行わないのでマッチしています。1楽章や3楽章の颯爽としたところも良いですが、2楽章の深く沈み込んだ雰囲気にも惹かれます。モノラル録音で、高音域のざらつきが幾らか気に成りますが、音はそれなりに明瞭です。但し同時期の録音の「皇帝」と同様にピアノの音像が引っ込んでいるのがマイナスです

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1959年録音/DECCA盤) バックハウスの弾くベーゼンドルファーの柔らかく美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの音とが溶け合った響きがDECCAの優れたステレオ録音で残されたことは至上の喜びです。当時のこのオケの弦と木管は何と美しく味わい深いことでしょう。ピアノも指揮もどこまでも虚飾の無い自然体の演奏で、楽聖の音楽の美しさ、崇高さを余すところなく感じさせてくれます。ただ第3楽章では管弦楽に更に豪快な迫力を求められるかもしれません。そういう意味ではベームの指揮でも聴いてみたかったとは思います。

Casadesus_g1593336w ロベール・カサドシュ独奏、ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1959年録音/SONY盤) 意外な共演ですが、れっきとした旧CBSによるセッション録音です。モーツァルトの協奏曲演奏で定評のあるカサドシュは、この曲でも粒立ちの良い奇麗な音で古典的な造形美を感じさせます。ベイヌムは手兵の名門コンセルトへボウを率いて、正にぴったりの演奏を繰り広げています。弦楽の上手さもさることながら、特に木管楽器が本当に美しく惚れ惚れさせられます。デジタルリマスターこそ高音域の強調が過剰ですが、鑑賞の妨げになるほどでは有りません。

B29368989916_1 ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ケルテス指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストと呼ばれたリヒター=ハーザーが同じ年にEMIに録音した3番から5番までのうちの1曲です。一つとして変わったことはしていないのに、どこをとっても心に染み入ります。そういう点ではバックハウスと非常に似ていて、やはりこれがドイツピアノの伝統なのかと感じ入ります。第2楽章における深い祈りも印象的です。ケルテスの管弦楽の造形性と美しさを両立させた指揮ぶりも秀逸です。録音は当時のEMIとしてはかなり上質だと思います。ベートーヴェンボックスに含まれます。

61j74pvdnyl__ac__20200809145601 ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ケンプには同じドイツの巨匠でもバックハウスやリヒター=ハーザーの男性的な演奏と比べると気品や優しさを強く感じます。豪快さで圧倒するような演奏とは無縁ですが、決して弱々しくは有りません。そういった点でこの曲の第1楽章はケンプの良さが最高に発揮されています。ライトナーもケンプの音楽と一体化する素晴らしい指揮です。第2楽章もアウフタクトが威圧的に成らずに美しく、第3楽章の落ち着いたテンポは、人によっては躍動感不足と感じられるかもしれませんが風格が有ります。録音もピアノ、管弦楽とも美しく録れています。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1961年録音/SONY盤) グールドの個々に録音された演奏を集めた全集に含まれます。ピアノの音についてもフレージングについても実に個性が感じられます。といっても決して奇をてらった演奏では無く、聴いていて抵抗感は全く有りませんし、逆に音楽の楽しさに惹き込まれてしまいます。それはバッハ音楽のようなポリフォニー的な弾き方というか、左手が右手と同等の雄弁さを持ち、バスの単純な伴奏音型でさえ自己主張しているのは面白いです。バーンスタインも堂々たるオーケストラをグールドに合わせていて、曰くつきのブラームスの第1協奏曲の時のように両者競い合うような感じでは有りません。 

41smq4ndwl_ac_ ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 当時売り出し中のバレンボイムが巨匠クレンペラーと共演して行った全曲録音の1曲です。第1楽章ではクレンペラーの主導かと思える遅いテンポによりスケールが大きいですが、バレンボイムの存在感がどうも薄いです。ベートーヴェンの音楽の煮詰めにまだまだ甘さを感じてしまいます。第2、第3楽章にもほぼ同じ事が言えるでしょう。録音も音像の輪郭のはっきりしないEMIの典型的ななものです。

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウイーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) 録音当時のグルダのタッチにはドイツ的な重さは無く、切れの良い軽快さが魅力です。その後に登場してくる新時代のベートーヴェン演奏の先駆け的存在でした。それでいて、どこかウィーンの伝統を感じさせる辺りが魅力です。1、2楽章の美しさは格別で、3楽章の躍動感にも心が湧き立ちます。ホルスト・シュタインの指揮も中量級の音造りでグルダのピアノとの相性は抜群です。DECCAの優秀な録音もウィーン・フィルの音の美しさを忠実に捉えています。

81xkbvrwhsl_ac_sl1400_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ポリーニのピアニスティックな魅力は、この曲の第1楽章では発揮し辛いようです。「皇帝」のような輝きの聴かせどころが無いからでしょう。第2楽章の静寂感の有るピアノは中々ですが、本領を発揮するのは第3楽章です。夢中までには成っていませんが、堂々たる弾きぶりです。ベームの指揮はもちろん立派ですが、壮年期の引き締まった統率力は弱く、むしろ余裕さが感じられます。ウィーン・フィルの音の美しさは言うまでもありません。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音の様にフォルムが整理し尽くされ演奏では無く、実演ならではの自在さが感じられて非常に楽しめます。流石に若い頃の音の切れ味は有りませんが、その分円熟した豊かな音楽を堪能させてくれます。とはいえ第3楽章などはエネルギ―の迸りに耳を奪われます。ゼルキンは真にドイツ的な味わいを与えてくれる僅か数名の巨匠ピアニストの一人です。クーベリックの指揮もゼルキンを力強くサポートしていて素晴らしいです。放送局の録音も大変優れています。

Sim ウラディーミル・アシュケナージ独奏メータ指揮ウィーン・フィル(1983年録音/DECCA盤) アシュケナージの美しいタッチはクリスタルのようですし、メータとウィーン・フィルも実に流麗で美しく演奏しています。ただ幾らエレガントな「皇后」のような曲だとは言っても、ベートーヴェンの音楽の持つ男性的な力強さがもう少し感じられても良いように思います。第2楽章もややムード的です。ただ、それでも管弦楽に関しては旧録音で共演したショルティ/シカゴ響の過剰なまでの厳めしさよりはずっと良いと思います。第3楽章も躍動感は有りますが、豪快さよりは整った美しさが勝ります。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984年録音/フィリップス盤) 遅めのイン・テンポで急がず騒がず、淡々と歩み行く演奏です。この時81歳のアラウは、どこをとっても極めて誠実に弾いていますが、メリハリが弱いのでやや退屈です。ディヴィスもアラウにゆったりと合わせていますが、むしろSKドレスデンの響きの良さが魅力です。音に芯が有り、しかし柔らかく厚みのある音が最高です。中では第2楽章が、深く厳かな雰囲気に包まれた祈りの雰囲気で味わい深いですし、第3楽章の悠揚迫らざるスケールの大きさも中々のものです。

599 クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 録音当時まだ33歳のツィマーマンでしたが、バーンスタインを相手に物おじすることなく自分の音楽を堂々と奏でています。もちろんテクニックは申し分無く、ピアノの音色も美しいですが、華麗に過ぎないところが良いです。バーンスタインはウィーン・フィルの美感を生かしていますが、重量感よりは生き生きとした躍動感を強く感じます。同じコンビの「皇帝」も素晴らしかったですが、これもまた伝統と新しさのバランスが抜群の名演奏だと思います。

61nolnh4mll_ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド指揮ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) ポリーニ16年ぶりの再録音は全曲チクルス演奏会のライブ収録です。実演といえどもテクニックも音楽も大きな違いが感じられないのは、この人の長所でもあり欠点でもあります。旧盤ではベームへのリスペクトの大きさが感じられて幾らか窮屈さを感じましたが、こちらでは完全に自分の音の世界に入っている印象です。アバドもベルリン・フィルの厚い響きを生かして充実した演奏を聞かせています。旧盤とどちらを選ぶかと聞かれると迷うところです。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) 今ではすっかり巨匠の仲間入りをしたシフですが、これは43歳の時の録音です。モダンピアノによる演奏ですが、奏法はいかにもシフらしい端正で古典スタイル寄りのものです。従って古雅な音色を持つSKドレスデンとの相性はとても良いです。指揮のハイティンクもいつもながらの自己主張をしないスタイルに徹していて正に適役です。古楽器演奏までは求めなくとも、ロマンティック過ぎるスタイルに抵抗のある人には最良の演奏だと思います。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められています。指揮者にEMIのラトルを起用したのは驚きでしたが、新鮮な組み合わせです。ラトルの譜面の細部の読み方は深く、しばしばハッとさせられます。これは協奏曲ですのでそれほど目立ちはしませんが、随所でやはりこだわりを見せます。しかしそれが音楽の大きな奔流にならないように感じるのは自分だけでしょうか。肝心のブレンデルは若い頃のような分析的な演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に自然体で向かい合うような真摯さを感じて好印象です。

さて、良い演奏が沢山有りますが、特に気に入っているものを上げてみますと、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤、リヒター=ハーザー/ケルテス盤、ケンプ/ライトナー盤がベスト・スリー。それに肉薄するのがグルダ/シュタイン盤、ゼルキン/クーベリック盤、ツィマーマン/バーンスタイン盤です。こうしてみると古い演奏家が多いですね。古い奴だとお思いでしょうがご勘弁を。

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2020年8月 6日 (木)

ドイツのニ大巨匠による「皇帝」ライブ盤 超名演


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ベートーヴェン生誕250年記念特集は続きます。今回はピアノ協奏曲第5番「皇帝」です。
この曲の名盤については既に「皇帝 名盤」「皇帝 女流名人戦」で書きましたが、今回は真にドイツ的なピアニストであるヴィルヘルム・バックハウスとハンス・リヒター=ハーザーという二大巨匠のライブ盤の聴き比べとしました。奇しくもこの二人は同じライプチッヒの生まれです。
但し、御二人の知名度にはだいぶ大きな差が有ると思います。1950年代から60年代のDECCAレーベルの看板ピアニストとして君臨したバックハウスと、フィリップスとEMIに録音を行ったものの余り重きを置かれなかった感のあるリヒター=ハーザーですので、遠い島国の日本ではバックハウスの知名度が圧倒的に勝るのは当然です。しかしリヒター=ハーザーは、数少ない録音からも『バックハウス以上にドイツ的』と言われる人が居るのが、あながち間違いでもないと思っています。
そこで「皇帝」という大名曲における二人の貴重な晩年のライブ盤を聴き比べてみます。しかもサポートする指揮者はそれぞれカイルベルトとザンデルリンクという、これまた真にドイツ的な大巨匠です。ワクワクする組み合わせですよね。

 

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ヴィルヘルム・バックハウス独奏、ヨーゼフ・カイルベルト指揮シュトゥットガルト放送響(1962年録音/TAHRA盤)

バックハウスの「皇帝」の録音は多く、最も標準的なDECCAのシュミット=イッシェルシュテットとのステレオ録音はいまだにマイ・フェイヴァリットとして君臨しています。クレメンス・クラウスとのモノラルの旧盤も良いですが、むしろライブ録音のショルティ/ケルン放送響(1959年)、シューリヒト/スイス・イタリア放送響(1961年)共演盤が素晴らしいです。そこでこのカイルベルトとの録音に成るわけですが、一言で言って最もドイツ的でスケールが大きいです。それが一番最後の録音だからなのか、共演指揮者との相性なのかは分かりません。基本テンポも幾らか遅めですが、それよりも間合いや音のタメ、大きなルバートなどが過去以上に大胆です。しかし恣意的な安っぽさなど微塵も感じられず、例えれば歌舞伎の名役者が見得を切るようなごく自然な腹芸だと言えます。そのうえ打鍵の確かさ(といっても機械的にという意味では無い)はこれがこの時78歳のピアニストかと驚くほどです。カイルベルトの指揮が同じように堂々たるものなので、なんでも昔、この録音が発売されたときに、指揮者がクナッパーツブッシュと間違えられていたそうです。それもなるほどと思わせるような凄い指揮ぶりです。当時のシュトゥットガルト放送響も超一流では有りませんが、充分にドイツ的な味を出しています。録音はモノラルで、頭の部分がややボケた印象なのはオリジナルテープの劣化かもしれませんが、それ以後はピアノもオーケストラも明瞭で生々しく芯の有る音に魅了されます。このディスクはDECCAのステレオ盤と並ぶマイ・フェイヴァリット盤となりました。なお、このディスクには同じ日に演奏されたブラームスの交響曲第4番が収められています。そちらは録音が幾らか不安定な個所が有りますし、演奏そのものも「皇帝」のほうがだいぶ格上です。ですのでジャケット写真はカイルベルトだけなのは残念です。

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ハンス・リヒター=ハーザー独奏、クルト・ザンデルリンク指揮デンマーク放送響(1980年録音/Kontrapunkt 盤)

リヒター・ハーザーは1912年生まれですので、実はバックハウスとは生まれた年が28年も差が有ります。ところが代表的なレコードのブラームスの協奏曲第2番が1958年の録音の為に、バックハウスの同曲のステレオ録音よりも古く、同じようなドイツの巨匠と印象付けられる原因となりました。この「皇帝」は68歳の時の録音です。打鍵、とくにフィンガリングの滑らかさはバックハウスよりも上ですが、両巨匠に共通するのは決して音が上滑りしないことです。ショパンなどを得意とするようなテクニシャンが弾くベートーヴェンはどうも音が上滑りする印象を受けます。その点この人のようなしっかりとした音で堂々と恰幅の良い演奏を聴かされてはこたえられません。ドイツ音楽の良さここに極まれりです。間合いや音のタメ具合はバックハウスの方がより強く感じますが、リヒター=ハーザーの貫禄も相当なものです。
この人には1960年にケルテスと組んでEMIに録音した「皇帝」が有り、それも既に素晴らしい演奏でした。けれども、これほど凄いドイツのピアニストがその後1960年代後半から70年代にレコード会社の商業ベースから外れてしまったのは大きな損失です。世は既にピアニスト新時代に入ってしまったからでしょうか。こうして超名演の演奏会が開かれていたのですから、ヨーロッパでは高い名声が有ったと思うのですが。共演をするザンデルリンクもまた真にドイツ的な指揮者でしたので、リヒター=ハーザーとの相性は最高です。オーケストラはデンマークのオケですが、この音楽の素晴らしい風格にはそれをしばし忘れます。当然バックハウスの録音とは比較にならないハイファイ録音なのも嬉しいです。ちなみにこのディスクは2枚組で、もう1枚はブラームスのピアノ協奏曲第1番です。これがまた同じような超名演です。ザンデルリンクはこの曲を得意にしていて、エレーヌ・グリモーとの正規盤以外にも、ラドゥ・ルプーとの非正規盤という超絶的な名盤が存在します。

このような名演奏を今も聴くことが出来る何という幸せ。
ドイツ音楽は永遠に不滅です!

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2020年7月18日 (土)

ベートーヴェン 「ミサ・ソレニムス(荘厳ミサ曲)」Op.123 名盤  ~心より出で、願わくは再び、心に入らんことを~

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ベートーヴェン生誕250年記念、今回は「ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)」です。
これは、ベートーヴェン自身が「私の最高傑作」「精神の最も実り豊かな所産」と自負した晩年の大作ですね。

曲が書かれたきっかけは、ベートーヴェンの最大のパトロンでピアノと作曲の弟子でもあったルードルフ大公が大司教に就任することになり、大公のためにミサ曲を献呈することを申し出たからです。
しかしその就任式までに完成したのはキリエとグローリアまでで、式典には別の作曲家のミサ曲が用いられました。間に合わなかったのは決して筆が進まなかった訳では無く、その逆で次から次へと多くの楽想が湧いてきて、どの楽章も予定より遥に長くなってしまったからだそうです。

その後もベートーヴェンは夢中で作曲を続け、ついに2年半後にこの曲を完成します。楽譜の発行前に筆写譜を販売することを思いついたベートーヴェンは、諸国の王侯や音楽団体に手紙を送って宣伝します。手紙には「このミサ曲はオラトリオとして用いることができます」と記されていました。伝統的なミサ曲から踏み出して、当時の流行りであった慈善演奏会などでオラトリオとして演奏して貰いたいという考えが有ったようです。当時各地に設立されていた合唱協会を通じて広く演奏されるためには「オラトリオ」のタイトルの方が適していたからでしょう。ただ、初版譜の表紙には「オラトリオ」とは記載されず、「ミサ・ソレムニス」とされました。結局は、このタイトルで世に浸透していきます。

初演が行われたのは 1824年の サンクト・ペテルブルクで、筆写譜を購入したロシアのガリツィン侯爵の主催によるフィルハーモニー協会の慈善演奏会でした。その時には「オラトリオ」として公演されました。ガリツィン侯爵はのちに弦楽四重奏曲の作曲を依頼するほどのベートーヴェンの熱心なファンでした。

のちにリヒャルト・ヴァーグナーはこのミサ曲の偉大さを認めますが、それは教会音楽としてではなく、交響曲様式で書かれた大作の一つとみなしました。「かの偉大なミサ・ソレムニスにおいて、われわれは最も純正なベートーヴェン的精神をもつ純交響曲的な作品を見出すのである。」というように述べています。

ベートーヴェンの音楽の最大の特徴として「革新性」が上げられるでしょうが、このミサ曲においても、それまでには無かった新しい宗教音楽が生み出されました。モーツァルトの宗教曲のようなチャーミングさこそ有りませんが、ベートーヴェンの正に革新的な傑作です。
もっとも、ある人が「ミサ・ソレニムスは、ことによると第九以上かもしれない」と言いましたが、この曲を交響曲第9番と同じディメンションで語るのは少々飛躍し過ぎかと思います。純粋に器楽的に書かれている第九と、このミサ曲を比較すること自体には無理が有りそうです。しかし、比べたくなるその気持ちも分かります。

ベートーヴェンには壮年期の作品に「ミサ曲ハ長調」Op.86も有り、それは幸福感に溢れたとても美しい曲ですが、従来の教会音楽の枠組みから決して抜け出たものではありません。

「ミサ・ソレニムス」の構成は以下の通りです。

キリエ(Kyrie) 3部形式。神に憐れみを乞う祈りが荘厳に歌われます。キリエの楽譜冒頭部には、あの有名な『心より出で、願わくば再び、心に入らんことを』という言葉が記されています。

グローリア(Gloria) 6つの部分から成り、神の栄光が賛美されます。

クレド(Credo) 3部形式。神への信仰、イエスの生誕と受難、復活が力強く歌われます。

サンクトゥス(Sanctus) “Sanctus”と“Benedictus”から成る敬虔な祈りと神秘的な音楽。Benedictus”では独奏ヴァイオリンが非常に印象的で心が洗われます。

アニュス・デイ(Agnus Dei) 3つの部分から成り、平和への祈りが歌われます。

それでは愛聴盤のご紹介です。またしても往年の巨匠ばかりに成りますがご容赦のほどを。

512dmvq7hpl__ac_ アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC響/ロバート・ショウ合唱団(1953年録音/RCA盤) トスカニーニが指揮するベートーヴェンの交響曲と同じように、速いテンポで強靭なリズムと明晰性を持ったシンフォニック極まりない演奏です。従ってワーグナーの述べた“最も純正なベートーヴェン的精神をもつ純交響曲的な作品”という解釈が見事に当てはまります。鬼神トスカニーニによる正に“入神の演奏”だと言えます。モノラルですが録音は優秀で、管弦楽と合唱を明確に捉えています。

412bas81xml__ac_ カール・ベーム指揮ベルリン・フィル/ベルリン聖ヘトヴィヒ合唱団(1955年録音/グラモフォン盤) 壮年期のベームはいかにもプロシア的な厳格さと強靭な造形性を保ち合わせて聴き手に迫りました。ベルリン聖ヘトヴィヒ合唱団の感動的なコーラスには心の底から圧倒されます。当時のドイツ的な音色のベルリン・フィルも素晴らしいですが、ベネディクトゥスのヴァイオリンソロを弾くフルトヴェングラー時代のコンサートマスター、ジークフリート・ボリスの音が何と心に染み入ることでしょう。これこそ「心より出で、心に入らん」音です。モノラル録音なのは残念ですが、年代としては優れています。

2 カール・シューリヒト指揮北ドイツ放送響/ベルリン聖ヘトヴィヒ合唱団(1957年録音/archiphon盤) スイスのモントルーでの公演のライブです。モノラルですが録音は音質、バランス共に良好で嬉しいです。ベームのような造形の堅牢さは感じませんが、北ドイツ放送響もまたドイツ的で重心が低く立派な響きです。ベームと同じヘトヴィヒ合唱団の真摯で敬虔な歌声がここでもやはり素晴らしいです。シューリヒトの少しも威圧的でなく、しかし心にじわりじわりと染み入るような指揮ぶりは流石です。

91nwvgmil_ac_sl1500_ オットー・クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管/合唱団(1965年録音/EMI盤) 堂々としたインテンポで一貫した正に“荘厳”の名に相応しい演奏です。昔からこの曲の定盤として、クレンペラーの名が挙げられますが、実はこの演奏の貢献者は合唱指揮をしたヴィルヘルム・ピッツです。この人無くしてこの名演は生まれませんでした。それぐらい立派で感動的な合唱です。しかしオーケストラの随所での意味の深さも同様に最高です。欠点は強音で幾らか音割れを起こす録音です。このころのEMI録音は音が不明瞭、強音はざらつく、と良いところが有りません。ですので、これをベストワンとするのには躊躇しますが、複数のディスクを購入される場合には必ず含めて頂きたいと思います。

71tjregkvol_ac_sl1400_ ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル/ウィーン国立歌劇場合唱団(1966年録音/グラモフォン盤) カラヤンはこの曲に強い思い入れがあるらしくレコーディングを4度行いましたが、これは第二回目のものです。合唱と管弦楽の録音バランスが入念に取られていて、特にオーケストラがレガート気味で美しく表現豊かに奏するのがユニークです。シュヴァルベのヴァイオリンソロも大変美しいです。これはこれでワーグナーの「純交響曲的な作品」という解釈に適合した演奏だとも思います。ですので、敬虔な祈りの宗教的な雰囲気とは異なりますが、とにかく壮麗なまでの美しさを感じます。

1 ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響/合唱団(1966年録音/THARA盤) ライブ演奏ですがステレオ録音されていて音質も自然な広がりが有り優れています。このマエストロらしい虚飾の無い、しかし堂々とした聴き応え充分の素晴らしい演奏で、同じ北ドイツ放送響とのあの「第九」の名演を彷彿させます。オーケストラのドイツ的で底力のある響きは言うまでもありませんが、合唱の立派さが際立ちます。放送合唱団ですが、これほどの合唱は中々聴けないと思います。ALTUSが復刻リリースしましたので入手もし易いですし是非とも聴いて頂きたい名盤です。

51edwwxkful__ac_ カール・ベーム指揮ウィーン・フィル/国立歌劇場合唱団(1974年録音/グラモフォン盤) ‘55年録音のベームの旧盤と比べると、ゆったりと落ち着いた感が有ります。壮大さに圧倒される趣とは異なり、神の深い慈悲を感じさせるような印象です。それにはセッション録音だということも影響したかもしれません。しかし決して気が抜けているわけでは無く、Gloriaでは、しっかりと生命力にあふれた躍動感を感じさせます。Credoはスケールが大きいです。ウィーンの合唱には、しなやかな美しさを感じますが、爆発力においては僅かながら物足りなさを感じます。

71wkz8gpmyl_ac_sl1200_ ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響/合唱団(1977年録音/ORFEO盤) ミュンヘンでのライブ演奏です。同じレーベルから出ている「第九」が非常に白熱した演奏でしたので、同じような演奏を予想しますが、それに反して意外なぐらい大人しさを感じます。初めは期待外れかと思いますが、聴き進むにつれて、敬虔で滋味豊かな合唱の美しさに次第に惹きつけられてゆきます。実はこの演奏が一番“宗教オラトリオ“を聴いているような気がするかもしれません。バイエルン放送協会による録音も大変優秀です。

71ivq6cdoel__ac_sl1419_ レナード・バーンスタイン指揮ロイヤル・コンセルトへボウ管/オランダ放送合唱団(1978年録音/グラモフォン盤) 合唱もオーケストラもとても美しいです。録音も優れています。ところが意外と強い感銘を受けません。「神の世界に少しでも近づくのだ」というような敬虔さやひたむきさにどこか欠けているように感じられてしまいます。ですので、あの名コンサートマスターのヘルマン・クレヴァースのヴァイオリンソロさえも余り感動しません。これは自分の耳がおかしいのかと自信が無くなるほどですが、どうしても心に入らんのですね。

さて、そこでマイ・フェイヴァリット盤ということになりますが、ずばり個人的な趣味でハンス・シュミット=イッセルシュテット/北ドイツ放送響を上げたいと思います。次点はクレンペラー盤、それにベームの新旧両盤でしょうか。さりとてトスカニーニ盤、カラヤン盤にも後ろ髪を引かれます。

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2020年7月 4日 (土)

ベートーヴェン 歌劇「フィデリオ」全曲 名盤 ~ベートーヴェン生誕250年記念~

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今年はベートーヴェンの生誕250年の年に当たり、本来であればベートーヴェン・イヤーとして多くの音楽イベントが行われるはずでした。ところが新型コロナウイルスのおかげでことごとく取り止めとなってしまい残念です。そこで久々にベートーヴェンを取り上げることにしました。歌劇「フィデリオ」です。

19世紀前半のドイツオペラでは後輩のウエーバーの「魔弾の射手」の人気が高く、「フィデリオ」はいまひとつなんて方もおられますが、とんでもない、大傑作だと思います。

「フィデリオ」は16世紀のスペインが舞台で、不当に牢獄に投獄された政治家フロレスタンを、妻のレオノーレが男に変装してフィデリオと名乗り、勇敢にも刑務所に潜入して夫を助け出すという話です。原作者はフランスの劇作家ジャン=ニコラ・ブイイで、フランスの作曲家ピエール・ガヴォーのオペラ「レオノール、または夫婦の愛」のために書き下ろされました。舞台設定はスペインとされていますが、実際はフランス革命後の恐怖政治の真っ只中のフランスが舞台です。昔のスペインの出来事ということに置き換えて、当時の異様な社会が描かれました。

この台本は何人もの作曲家に取り上げられましたが、ベートーヴェンも「自由解放と夫婦愛」というテーマに共感して、ドイツ語訳の台本で作曲に取り組みました。但し、「フィデリオ」には三つの稿が有り、第1稿と第2稿ではタイトルも「レオノーレ」でした。更に序曲を毎回新しく書いたので4種類(数が合わない!?)存在します。その作曲の経緯を追ってみるとベートーヴェンの苦心の跡がよく分かります。

第1稿「レオノーレ」1805年版(全3幕)
ベートーヴェンが楽譜に記したタイトルは、原作の「レオノーレ、または夫婦の愛」でしたが、この原作を使用したオペラが既に上演されていたため、劇場はそれらと区別するために「フィデリオ」のタイトルで上演しました。序曲には「レオノーレ」序曲第2番(のちの呼称)が使用されています。公演は失敗に終わりますが、当時ウィーンがフランス軍に占領されていたために、観客の大半がフランス兵でドイツ語が理解出来なかった為だという説も有ります。

第2稿「レオノーレ」1806年版(全2幕)
ベートーヴェンは、すぐに作品の改訂を行います。一部の曲をカットして2幕構成へ書き替えました。大きくは第1幕と第2幕がまとめられて第1幕となり、第3幕はほぼそのまま第2幕となりました。序曲は新しく作曲されました(「レオノーレ」序曲第3番)。この時もベートーヴェンは「レオノーレ」のタイトルで上演を希望しましたが、またしても「フィデリオ」として上演されます。公演はまずまずだったようです。

第3稿「フィデリオ」1814年版(全2幕)
その後、8年が過ぎ、1814年に再び上演されることになり、台本と音楽の両方を改訂した第3稿が完成します。第1稿と比べて遥かに流れが簡潔になり、音楽も迫真性を増しています。楽譜のタイトルも正式に「フィデリオ」として、新しい序曲を作曲しました(「フィデリオ」序曲)。この上演は大成功を収め、以後「フィデリオ」はこの第3稿で演奏されます。

人気の高い「レオノーレ」序曲第3番は本来、第3稿には含まれませんが、マーラーが指揮した時に第2幕第2場への間奏曲として演奏をしました。マーラーの死後には定着しませんでしたが、のちにフルトヴェングラーがこのやり方を復活させてから一般的と成ります。オリジナル重視で演奏されない場合も多いですが、ウィーンでは伝統的に演奏されています。

なお「レオノーレ」序曲第1番はベートーヴェンの死後に楽譜が遺品として発見されたもので、作曲の経緯も不明です。そもそも第1番から第3番までの番号はベートーヴェン自身によるものではなく、後世に付けられたものです。

歌劇「フィデリオ」のあらすじ
第1幕 セヴィリアの郊外。高い城壁に囲まれた牢獄の中庭
 正義の政治家フロレスタンは刑務所長ピツァロの不正を暴こうとして策略にかかり不当に牢獄に囚われている。フロレスタンの妻レオノーレは男に変装してフィデリオと名乗り、牢番の助手となって潜入して夫の行方を探る。
所長ピツァロが登場すると、政敵フロレスタンへの勝利に高笑いし、牢番にフロレスタンの処刑を命じる。しかし牢番がレオノーレの助言で囚人たちを日光浴に出すと、囚人は喜び、自由への希望に満ちて「囚人の合唱」を歌う。

第2幕 陰鬱で暗い地下牢 
 フロレスタンは地下の独房で鉄鎖に縛れ、絶望して「ああ、なんと暗いところだろう」と歌う。その囚人こそが夫だと知ったレオノーレは処刑のために地下牢に来たピツァロに正体を明かし、我が身を投げ出して夫の処刑を止めようとする。
そのとき、フロレスタンの友人である大臣フェルナンドの到着を知らせるラッパが響く。大臣はピツァロの不正と悪事を裁き、すべてが解決する。
解放されて自由の身となった囚人たちと民衆によりレオノーレの勇敢な愛を讃える大合唱となって幕が下りる。

それでは「フィデリオ」の愛聴盤のご紹介です。このオペラでは、演奏史的にもフルトヴェングラーとベームの二人の巨匠が中心になります。

51kf2btjhrl__ac_ ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン国立歌劇場(1950年録音/EMI盤) ザルツブルク音楽祭におけるライブ録音です。演奏の傷はそれなりに有りながらも、フルトヴェングラーの実演の凄さを聴ける点で価値が大きいです。残念なのはオリジナル録音テープが契約上の問題から放送局で消去されてしまい、複製テープからでしか聴けないことです。歌は比較的良く聴き取れますが、全体にザラつきが多く管弦楽の音はかなり貧しいです。レオノーレのフラグスタートはこの人のオバさん声さえ気にならなければ貫禄の名唱です。フロレスタンはパツァークが歌っています。レオノーレ序曲第3番は演奏され、そこからたたみ掛けてフィナーレに向かう迫力がすさまじいです。しかし最後まで聴き通すと耳が可哀そうな音はやはり如何ともし難いです。

71unv8z1bpl__ac_sl1300_ ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル(1953年録音/EMI盤) こちらはEMIによるセッション録音ですので、モノラルながらも音質の点で‘50年の録音より遥に上です。これなら充分鑑賞に耐えられます。ライブ信奉者からは“気が抜けた演奏“などと不評ですが、そんなことはありません。迫力は有りますし、造形的にも優れ、重厚でスケールの大きな演奏が素晴らしいです。フルトヴェングラー晩年のシンフォニー演奏を好む人には第一にお勧めします。レオノーレのメードル、フロレスタンのヴィントガッセン以外の声楽陣も極めて優れています。もちろんレオノーレ序曲第3番は演奏されています。セリフが入らないのは好みですが、妥当なところです。

Fidelio-furt ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル(1953年録音/キング・インターナショナル盤) EMIによるセッション録音の直前にアン・デア・ウィーン劇場で行われたライブの録音です。従って声楽陣もほぼ同じです。これまでイタリア盤しか出ていませんでしたが、国内リマスター盤が出ました。当然期待しましたが、音質については1950年のザルツブルグ盤よりはだいぶ良いですが、EMIセッション盤には遠く及びません。至る所に音の微細な不安定さも散見されますし、そもそも演奏そのものが録音の劣る方を無理して取るほどでは無いです。従ってフルトヴェングラーの「フィデリオ」であれば迷わずにセッション盤を取ります。

71rbtt2bg9l__ac_sl1200_ カール・ベーム指揮ウィーン国立歌劇場(1955年録音/オルフェオ盤) 第二次大戦で焼け落ちた国立歌劇場が再建された記念公演のライブです。流石はベームというかライブでも古典的で堅牢な造形性ときりりと引き締まった統率力が抜群です。モノラルながら録音状態も良く、この名演奏が不満なく楽しめます。管楽器が僅かに引っ込み気味ですが、逆に弦楽器がとても美しく録られています。二幕に入ると実演のベームならではの緊張感と迫力が増して思わず惹き込まれます。レオノーレはメードル、フロレスタンはデルモータで、他の声楽陣も優れています。もちろんレオノーレ序曲第3番は演奏されています。

81e2b3flexl__ac_sl1500_ カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツオペラ(1963年録音/ポニーキャニオン盤) 日生劇場のこけら落としのために来日したベルリン・ドイツオペラの「フィデリオ」がベームの指揮で行われました。ニッポン放送による優秀なステレオ録音が残され、この記念碑的な演奏を楽しめます。オーケストラこそ‘55年盤には及びませんが、声楽陣と合唱に関しては遜色のない素晴らしさです。主役のレオノーレのルートヴィッヒ、フロレスタンのキングともに最高で、これだけ高いレベルの演奏を生で聴けた日本の聴衆はつくづく幸せでした。一幕から既に熱いですが、後半に入ると更に熱くなり迫力が増してゆく点で最高です。レオノーレ序曲第3番もしっかりと演奏されます。

411fvsjdtkl__ac_ カール・ベーム指揮ドレスデン国立歌劇場(1969年録音/グラモフォン盤) これはドイツの名門歌劇場を使ったセッション録音ですので、全てにおいてバランスが良く、安心して楽しめます。ただし、ベームがこのオケを振ると余りにガッチリし過ぎて響きが筋肉質に感じられるきらいが有ります。ですので、もう少し音に柔らかさを求めたい気がしてしまいます。G.ジョーンズのレオノーレ、キングのフロレスタン、他の声楽陣も皆素晴らしいです。レオノーレ序曲第3番は演奏されています。

Donpasqualesayaomartinivalentinonaxos811 カール・ベーム指揮バイエルン国立歌劇場(1978年録音/オルフェオ盤) ベームの長き“フィデリオの旅”の総決算となった演奏がライブ録音されています。それまでの緊張感みなぎる演奏とはやや印象が変わり、音楽が実に深く、風格やスケールの大きさを強く感じます。演奏が緩くなった訳でもなんでも無く、ベームはやはりベームです。ベーレンスのレオノーレ、キングのフロレスタン他の声楽陣には優秀なメンバーが揃っていますし、名門歌劇場のオーケストラも大変上手く、この素晴らしい演奏が優れた録音で楽しめるのは最高です。レオノーレ序曲第3番もしっかりと演奏されています。

71rxmhyrsol__ss500_ ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン国立歌劇場(1962年録音/グラモフォン盤) カラヤンにとっても「フィデリオ」はやはり特別なオペラです。ベームと並んで数多くの演奏を行ないました。そのカラヤンが壮年期にウィーンで指揮した公演がライブ録音されているのは幸せです。モノラルですが録音もこの時期になるとかなり優れています。演奏はライバルのベームほどガッチリはしていなく、良く言えば自由でしなやか、悪く言えば統率の緩さが有ります。けれども如何にも劇場の実演という感興を楽しめて良いです。レオノーレはルートヴィッヒ、フロレスタンはヴィッカースです。レオノーレ序曲第3番は演奏されます。

51qnmo3zel ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1970年録音/EMI盤) カラヤンは全盛期に主兵のベルリン・フィルを使って多くのオペラのセッション録音を残しました。これもその一つですが、演奏は緻密を極め、かつ重厚な迫力で管弦楽が響き渡ります。序曲のシンフォニックな演奏にオペラ幕開けのイメージが湧かずに面食らいますが、本篇に入ると安定したテンポでスケールが大きく音楽の美しさを味わえます。歌が入ると生の舞台の躍動感を彷彿させるようになり楽しめますが、歌無しの部分ではあたかも純粋な管弦楽曲を聴いているようです。特に第二幕第二場では圧倒的な大迫力です。なんだか、その前にレオノーレ序曲第3番が含まれていない“うっ憤”を晴らしているかのように聞こえます。レオノーレはデルネッシュ、フロレスタンはヴィッカースです。

Photo_20200901212901 オットー・クレンペラー指揮コヴェントガーデン歌劇場(1961年録音/テスタメント盤) 後述のEMI盤の前年にコヴェントガーデンで行われたライブです。EMI盤でのテンポの極端な遅さは無く、普通に遅い程度です。だからといって盛り上げるために前のめりに成ることは無く、基本のインテンポを守ります。一般のリスナーには受け入れられ易いでしょうし、コアなクレンペラー・ファンにはEMI盤の方が好まれる可能性は有ります。声楽陣はユリナッチのレオノーレ、ヴィッカースのフロレスタン、ホッタ―のピツァロ、皆素晴らしいです。録音も残響は少ないですが音に芯が有り明瞭です。レオノーレ第3番も含まれています。

91wfulxuarl_ac_sx679_ オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1962年録音/EMI盤) クレンペラーのシンフォニー演奏と共通して、ゆったりとしたイン・テンポで一貫して悠然とスケール大きく音楽を進めます。このマエストロにかかってはこの自由解放ドラマも余り人間臭くは無くなります。ルートヴィッヒのレオノーレ、ヴィッカースのフロレスタン、フリックのロッコをはじめ声楽陣は優れています。フィルハーモニア管の響きにこそ深みや含蓄は有りませんが、この時代のEMIにしては海外盤で聴く限り録音も良好です。但しこのタイプの演奏でレオノーレ序曲第3番を含まないのはがっかりです。カラヤンとクレンペラーはフルトヴェングラーに逆らいたくて演奏をしなかった訳でも無いでしょうが。

61dsehltwql__ac_ レナード・バーンスタイン指揮ウィーン国立歌劇場(1978年録音/グラモフォン盤) バーンスタインもウィーンで大変愛されて、指揮台に度々上がりました。ベートーヴェンのシンフォニー全集と共に「フィデリオ」の録音が残されたのは嬉しいです。全体的にゆったりとした構えの演奏ですが、随所にウィーン・フィルと歌劇場合唱団の美しい響きがバランス良く克明に刻まれているのが最大の魅力です。セッション録音の良さが生かされています。レオノーレはヤノヴィッツ、フロレスタンはルネ・コロで文句ありませんし、マルツェリーネのルチア・ポップも最高です。レオノーレ序曲第3番もしっかりと演奏されています。

61yxisouu6l_ac_ クルト・マズア指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1981年録音⋰BMG盤) マズアは昔、ゲヴァントハウス管の来日公演の第九を聴いて何ともつまらない指揮だったのがトラウマとなったのですが、反面オーケストラの古風で暗いドイツ的な音色は最高でした。その響きが聴ける点で、この録音はかなり気に入っています。全体を中庸のテンポで統一し、ことさらドラマティックでは有りませんが、オペラながらも古典的な造形性というものを強く感じさせます。声楽陣は比較的小粒の印象ながら揃っていて不満は有りません。レオノーレ序曲第3番が第二幕ではなく、最後に「補完」として納められているのは残念ですが、無いよりはずっと有難いです。

さて、演奏だけを比べればベーム/ウィーン国立歌劇場の1955年盤が好きなのですが、録音状態も含めた総合点ではベーム/バイエルン歌劇場盤を取ります。それにしてもベームの「フィデリオ」をウィーン、ベルリン、ドレスデン、バイエルンという名門オペラハウスの演奏で聴けるのはつくづく幸せです。ベーム以外ではバーンスタイン/ウィーン国立歌劇場盤、マズア/ゲヴァントハウス盤が気に入っています。フルトヴェングラーについては上記の通りEMIのセッション盤を第一に取ります。

第1稿(1805年版)「レオノーレ」のCD
さて、番外で第1稿(1805年版)のCDも上げましょう。         
近年は原典主義に立ち返り、第1稿や、時には第2稿で演奏されることが有ります。第1稿には幾つかのCDが出ていますが、第2稿は原典版と最終版の間で割を食っている感じでCDは出ていないようです。  
511hz8yi1l__ac_ ヘルベルト・ブロムシュテット(指揮)シュターツカペレ・ドレスデン(1976年録音/Berlin Classics盤) 第1稿で所有しているのは、ブロムシュテットがドレスデンで音楽監督をしていた時代にルカ教会でセッション録音されたものです。エッダ・モーザー、テオ・アダム、カール・リッダーブッシュ、ヘレン・ドナートといった層々たる歌手を揃えられたのは東ドイツのシャルプラテンと西側のEMIとの共同制作だったからでしょう。このオーケストラのいぶし銀の音色を忠実に捉えている録音はベーム/ドレスデン盤を上回ります。演奏も手堅いもので、ブロムシュテットの同楽団との交響曲全集の素晴らしさを知る方には、そのままイメージをして貰えれば良いです。この第1稿は通して聴くと、全体的に長く散漫に感じられますが、カットされてしまった美しい部分も有り、第3稿「フィデリオ」とはまた別のオペラを聴くような気にもなれて、案外楽しめます。このCDは現在、廉価盤のBrilliantレーベルからも出ていますしお勧めです。

<補足>
フルトヴェングラーのアン・デア・ウイーン劇場ライブ盤、クレンペラーのコヴェントガーデン歌劇場ライブ盤、マズア/ゲヴァントハウス盤を追記しました。

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2020年3月 2日 (月)

マーラー 交響曲第10番 嬰ヘ短調 <クック補筆全曲版> ~新たなる時代への習作~

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マーラーはリヒャルト・ワーグナーのように交響曲という形式から離脱したわけではありませんが、その形式に留まりつつも内容を極限まで肥大化させ、ある意味では交響曲の形式を破壊してしまいました。しかしその創造性たるや驚くべきものがあり、第1番から第9番まで(「大地の歌」を含めて)の交響曲は全てが傑作の名に恥じません。

しかし最後の第10番は、作品が完成する前にマーラーが世を去ったために未完に終わりました。ほぼ書き上げられていた第1楽章アダージョのみが国際マーラー協会による「全集版」として収録・出版されています。

第10番のマーラーの未完の遺稿は5楽章構成から成っていて、第1楽章と終楽章が第9番と同様に緩徐楽章となっています。第2楽章と第4楽章にはスケルツォ的な音楽が置かれ、中間の第3楽章に「プルガトリオ(煉獄)」もしくは「インフェルノ(地獄)」と題される短い曲が置かれています。これらはあくまでデッサンですが、仮に完成していたとしても両端楽章の構成は変わりようが無いと思います。第1楽章はもちろん素晴らしいですが、第5楽章も聴きものです。たとえ良く言われるように補筆版のオーケストレーションの音が薄いとしてもです。

第10番は調性上では第9番以上に無調的な不協和音が多く用いられていて、シェーンベルクはこれを「和声の革新」と称賛しました。しかし、その割には初期の交響曲を想わせるモチーフが幾つも登場して来るのは面白いです。

マーラーの音楽は第8番と第9番とで頂点に達しましたが、第10番にはシェーンベルクなど新時代の音楽家の技法を必ずしも評価していなかった、あるいは「どのように評価してよいか分からなかった」マーラーの葛藤が感じられ、新しい音楽への迷いが感じられます。それまで彼は新時代の音楽の騎手、トップランナーとして走り続けてきましたが、いつの間にか自分が音楽の進化の足取りに後れを取っているのではないかと不安になり苦しんでいるような、そんな印象を受けてなりません。過去の曲のモチーフが登場するのも、前時代のロマン派音楽を引き摺っている自らへの自虐的な皮肉なのかもしれません。

この作品への創作上のブレーキは、そうした新時代の音楽へ思うように進んでゆけない自分へのいら立ちにも有ったのではないでしょうか。完成には程遠いままに終わってしまったこの作品に、あえて「新たなる時代への習作」と記したのはそういう理由からです。

ところで、この曲のスケッチに、妻アルマへ対する言葉が至るところに書き残されていることは有名です。
第3楽章には「死!変容!」、「憐れみ給え! おお神よ! なぜあなたは私を見捨てられたのですか?」、「御心が行われますように!」と書かれています。
第4楽章には「悪魔が私と踊る、狂気が私にとりつく、呪われたる者よ!私を滅ぼせ、生きていることを忘れさせてくれ! 生を終わらせてくれ、私が……」、「完全に布で覆われた太鼓、これが何を意味するか、知っているのは君だけだ! ああ! ああ! ああ! さようなら、私の竪琴! さようなら、さようなら、さようなら、ああ、ああ、ああ」と書かれています。
そして、曲の締めくくりとなる第5楽章のコーダの上には「君のために生き! 君のために死ぬ! アルムシ!」と書かれています。“アルムシ”とはアルマの愛称です。

作曲当時、アルマは湯治先で建築家グロピウスと出会って親密な関係となり、その為にマーラーとアルマの関係はぎくしゃくしたものとなります。これらの書き込みからは当時のマーラーの悲嘆の大きさが伺い知れ、このことが第10番の音楽に反映されているとよく言われます。もちろん精神的な痛手を受けていたことは明らかですが、この曲が未完に終わったことはあくまで音楽的な要因が大きいような気がします。
マーラーは、完成することのできなかった第10番のスコアを焼却するように、アルマに言い残したそうです。しかし、アルマは楽譜を破棄せずに保管していました。

従って、この曲がどこの誰だかわからない人間の手が入った楽譜で演奏されるマーラーの心情を考えると、補筆版を喜んで鑑賞する気にはなれません。自分が基本的に愛聴するのは第1楽章のみです。そもそもマーラー演奏のスペシャリストであるバーンスタインも、テンシュテットも、クーベリックも、ベルティーニも誰一人として補筆完成版を演奏しようとはしませんでした。

補筆版は何人かの音楽学者により編集が行われましたが、イギリスのデリック・クックによるものが最も評価されて多く演奏されています。
一応、所有する補筆版のCDをご紹介します。

414tt2rfqzl_ac_ サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル(1999年録音/EMI盤) 第9番までなら余り食指を動かされない?ラトルの盤を持っています。案の定、あの第1楽章は深刻さの無いままに、実にあっさりと流れます。ここには後期ロマン派の情念の人としてのマーラーは居ません。新時代の人としてのマーラーが居ます。それなら良い演奏ではないのか?とお叱りを受けそうですが、近年のベルリン・フィルの明るい音は自分の耳には何とも合わないのです。第2楽章以降も同様に、各楽器パートの明瞭で上手いことは確かですが、音楽からは明るい陽射しがまばゆいかのような印象を受けます。

41npxv64fml_ac_ ダニエル・ハーディング指揮ウィーン・フィル(2007年録音/グラモフォン盤) バーンスタインやテンシュテットがウィーン・フィルを指揮して残した第1楽章だけを比べると、ずっとスマートな演奏に感じますが、管弦楽の音色の美しさとそこに情感がそこはとなく漂うのは流石ウィーン・フィルです。それに近年のセッション録音だけあって録音は優秀で、極上のハーモニーが再現されます。第2楽章以降のアンサンブルも強固で文句は一切有りません。ワルツ的な部分の洒落た味わいもこのオケならではです。もしもクック補筆版を聴くとすればCDには余り選択肢が有りませんが、自分にはこれ1枚有れば充分です。

<関連記事>マーラー 交響曲第10番より「アダージョ」 名盤

 

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2020年1月28日 (火)

N響定期公演 クリストフ・エッシェンバッハ指揮 マーラー 交響曲第2番「復活」

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もう1月も終わりだというのに、今頃になって12日のN響1月定期公演について書きます。(汗)

クリストフ・エッシェンバッハ指揮でマーラーの交響曲第2番「復活」でした。マエストロはピアニスト出身ですが、前時代的ともいえる巨大な音楽を造れる希少な存在で大好きです。どこかで「不器用な棒」と評されているのを見かけたことがありますが、器用な棒は良くも悪くも「器用な音楽」になりがちなので、この人はこれで良いと思います。

ところでこのNHKホールのステージには今から40年前に自分が上がって、「復活」を演奏したことが有ります。当時の「青少年音楽祭」(ジュネス)で尾高忠明氏の指揮でした。自分はヴィオラメンバーでしたが、青春の最高の思い出の一つです。

今日の演奏はいかにもエッシェンバッハらしい巨大なマーラーで素晴らしかったです。低弦による冒頭の出だしからもの凄い凄みが有りました。その後もN響が音楽に没入して演奏しているのがよく分かります。終楽章の行進曲の重量感もただ事ではなく、現代でこんなマーラーを振る人はちょっと居ないでしょう。圧巻でした。

ただ、2階真ん中より後方の席で聴いたので、音はどうしても遠いです。それは分かっていて購入したのだが、たとえこの曲でもNHKホールの広さはいかんともし難かったです。それだけがやや残念でした。

<関連記事>
マーラー 交響曲第2番「復活」名盤 エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管ほか

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2020年1月 1日 (水)

2020年 新年のご挨拶

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明けましておめでとうございます!

昨年は愛犬クッキーちゃんにイノシシの着ぐるみを被せて新年のご挨拶をさせて頂きましたが、今年は我が家の三姉妹、チョコ、モカ、パイより皆様にご挨拶です。もっともデグーですので正確には🐁とは異なりますが、まぁ親戚ということで!

「ハルくんの音楽日記」新年のご挨拶も11年目となりました。
近年は地元音楽家協会の運営、コンサートの企画などで大変忙しくなってしまい、新しい記事のアップも大変スローになっています。しかし継続することに意義が有ると信じて、これからも地道に続けてゆきます。

本年もどうぞよろしくお願い致します!

2020年 元旦
ハルくん

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2019年12月19日 (木)

G.F.ヘンデル オラトリオ「メサイア」 名盤

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毎年12月になると第九と並んで頻繁に演奏されるのが、ヘンデルの「メサイア」ですね。タイトルは「メシア(救世主)」の英語読みですが、チャールズ・ジェネンズという人が受難週の演奏会のために聖書を元にしてイエスの生涯をテーマとした台本(歌詞)を書きました。
その後、ヘンデルがジェネンズの台本を使ったオラトリオをアイルランドの慈善演奏会のために作曲しました。1741年のことです。

作品は三部から構成されます。
第1部: メシア到来の預言と誕生、メシアの宣教
第2部: メシアの受難と復活、メシアの教えの伝播
第3部: メシアのもたらした救い〜永遠のいのち

「メサイア」は翌年1742年4月にダブリンで初演されて聴衆から大喝采を受けました。更にその翌年にはロンドンで初演されますが、この時は宗教的な内容の作品を劇場で演奏するのは神に対する冒涜であるという非難を受けたことから、その後は余り演奏されませんでした。
しかしヘンデルは捨子養育院での慈善演奏会で「メサイア」を毎年演奏したので、次第に評価が高まりました。

「メサイア」の初稿の編成はシンプルなものでソプラノ、アルト、テノール、バスの独唱と合唱、それに弦楽オーケストラで、それ以外には「Glory to God /神に栄光があるように」でトランペットのソロが有るだけでした。その後、ロンドン初演でオーボエとファゴットが追加され、更に何回にも亘って改訂・再演された為に楽譜には何種類もの版が有ります。

19世紀半ばになると500人のオーケストラと2000人の合唱によって上演されたり、やがては4,000人にのぼる合唱団によって上演されました。こうした巨大な編成による演奏は20世紀になっても続けられましたが、ヘンデルの原作から離れ過ぎているという批判も起きました。

第2部最後の「ハレルヤ」(俗に“ハレルヤ・コーラス”)は超有名で、ロンドンで演奏された際に国王ジョージ2世が、「ハレルヤ」の途中で起立したために、聴衆も皆続いて立ち上がったという逸話がありますが、これはどうやら史実ではないようです。

いずれにしても「メサイア」はヘンデルの唯一の宗教オラトリオですが、「ハレルヤ」以外にも美しい曲がずらりと並んでいて、バッハの受難曲やミサ曲と並ぶ、宗教音楽の傑作です。

それでは愛聴盤をご紹介します。LP盤時代にはエードリアン・ボールト指揮ロンドン交響楽団の壮麗な演奏を愛聴しましたが、今はヘンデルのオリジナルに近いピリオド編成の演奏を好みます。

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クリストファー・ホグウッド(指揮)オックスフォード・クライスト・チャーチ聖歌隊、エンシェント室内管弦楽団、ジュディス・ネルソン(ソプラノ)、エマ・カークビー(ソプラノ)、キャロライン・ワトキンソン(コントラルト)、ポール・エリオット(テノール)、デイヴィッド・トーマス(バス)(1979年録音/DECCA盤)
ピリオド楽器による「メサイア」の初期の録音ですが、ホグウッドがこの曲が作曲された時代に実際に上演された版を忠実に再現することを目指した力作だったので、今聴いても新鮮さは全く失われていません。主兵のエンシェント室内管はもちろん優れていますし、合唱のソプラノパートを歌う聖歌隊がまた大変に美しいです。もちろんセッション録音なので選抜した少人数が歌ったのを音編集している可能性は否定できませんが、とにかく少年合唱ならではの清純さが滲み出ていて心を打たれます。これをプロの女性コーラスと比べてどうのこうの言うのは野暮というものです。ソリストも万全と言いたいところですが、ネルソン、カークビー、ワトキンソン、エリオットに比べてバスのトーマスのみがやや平凡です。録音は残響が豊かなので実際に大聖堂で聴いている気分を得られます。これは敬虔さと音楽美が両立した不滅の名盤だと思います。

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スティーヴン・クレオバリー(指揮)ケンブリッジ・キングス・カレッジ合唱団、 ブランデンブルク・コンソート、リン・ドーソン(ソプラノ)、ヒラリー・サマーズ(アルト)、 ジョン・マーク・エインズリー(テノール)、アラステア・マイルズ(バス)(1994年録音/Briliant盤)
オックスフォードに対抗するのはやはりケンブリッジ、ということでは有りませんが、ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団は、少年と成人男声だけの聖歌隊スタイルで500年以上の歴史を持ちます。これはちょうど先月亡くなった英国宗教音楽の大御所クレオバリーが指揮してオランダの聖ペテロ教会で行った演奏会の録音です。ディスク化するには条件的に難しいライブですが、ここではむしろ生演奏の緊張感がプラスに働いていて、些細な傷など全く問題とならない感動的な演奏となっています。4人のソロイスト版で、皆素晴らしいですが、看板のコーラスの魅力と言ったら言葉になりません。むろんプロのコーラスに比べれば精度やテクニックで劣りはしますが、その敬虔な歌声には抗し難い魅力が有ります。ブランデンブルク・コンソートの演奏も見事で、テクニック、音色、躍動感、すべてが完璧です。録音も優秀ですし、これはかけがえのない名盤だと思います。

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アンドリュー・パロット(指揮)タヴァナー・プレイヤーズ&合唱団、エマ・カークビー(ソプラノ)、エミリー・ヴァン・エヴェラ(ソプラノ)、マーガレット・ケイブル(メゾ・ソプラノ)、ジェイムズ・ボウマン(カウンターテノール)、ジョゼフ・コーンウェル(テノール)、デイヴィッド・トーマス(バス)(1988年録音/EMI盤)  
パロット主兵の古楽器団体、タヴァナー・コンソート&プレイヤーズの演奏ですが、重々しくならない適度なテンポで、各パートをクリアに響かせて、対位法的な動きを非常に面白く聴かせています。彼らのバッハの受難曲やミサ曲の演奏には峻厳さが余り感じられないのが不満でしたが、ヘンデルのこの曲ではその「軽み」がむしろプラスに作用していて、大変に魅力的です。ホグウッド盤と同じくソプラノはソリスト二人が分け合いますが、主にアリアをカークビーが、レチタティーヴォやそれ的なところをエヴェラが受け持っていて、ホグウッド盤よりもカークビーの出番が多いのは嬉しいです。徹底したピリオド奏法の器楽演奏も優秀ですが、とにかく全ての音がクリアに耳に聴こえてくるのはセッション録音の成せる業で、これはライブ収録では到底不可能です。逆に言えば、自分の家で純音楽的に鑑賞するのであれば最上の名盤なのかもしれません。

さて、この三種類のCDはどれも素晴らしく外せないものばかりですが、個人的な好みで言えば、少年合唱の加わったホグウッド盤とクレオバリー盤を聴くときに最も幸せを感じます。

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2019年12月15日 (日)

ブラームス国際コンクールのピアノ部門第一位のピアニスト三原未紗子さん NHK-FM リサイタル・パッシオに出演

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ブラームスが毎年夏になると訪れたことで知られるオーストリアの避暑地ペルチャッハで開催されるブラームス国際コンクールの今年のピアノ部門で第一位の栄冠に輝いたピアニスト三原未紗子さんが、今夜のNHK-FM 金子三勇士さん司会のリサイタル・パッシオに出演します!
https://www4.nhk.or.jp/r-passio/
NHK-FM放送
放送時間:12/15(日) 20:20-20:55
再放送:12/20(金) 09:20-09:55

※三原さんの演奏をぜひ生演奏で聴きたくなったという方のために近日開催される公演の案内です。

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2019年12月14日 (土)

伊藤悠貴&上原彩子デュオ・リサイタル ~オール・ラフマニノフ~

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国内外で大活躍の若手チェリスト伊藤悠貴さん。すでに日本を代表するチェリストの一人となりました。

今年の春に紀尾井ホールで開いたリサイタルでは話題のピアニスト藤田真央さんとの共演で圧巻のオール・ラフマニフ・プログラムを披露してくれましたが、来年もまた全てラフマニノフで構成します。そして共演するピアニストは、あの上原彩子さんです!

注目すべきはプログラムになんと交響曲第2番のアダージョのチェロ&ピアノ編曲版が入っています!いったいどんな風になるのか楽しみですね♬

2020年5月15日(金)13:30開演で、会場は横浜みなとみらい大ホールです。

平日のアフタヌーンコンサートですが、たとえ仕事を放り投げても聴きに行かねばなりません!(笑)というわけでチケット発売初日の昨日、さっそくGETしましたが、既にかなり売れていました。興味のある方は大急ぎで購入されるのが宜しいかと思います!

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2019年12月11日 (水)

シューマン 交響曲第2番 名盤 ~苦難から歓喜へ~

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シューマンの交響曲でポピュラーなのは1、3、4番です。それは、どの曲にもシューマンらしいロマンティックで美しいメロディラインが沢山盛り込まれていて親しみ易いからでしょう。それに比べると2番は趣が異なり、短い動機や経過句ばかりが目立ち、明確なメロディラインが余り登場しません。そのことが一般的な人気の無さに繋がっているのだと思います。

しかし、この作品がつまらないか、というとそんなことは無く、逆にマニア好みの秀作です。特に第3楽章の悲劇的で美しい曲想には抗し難い魅力が有ります。その深々とした雰囲気に浸っていると、何となくブルックナーのアダージョでも聴いているな気分にもなります。2番は日本では演奏会で余り取り上げられませんが、ヨーロッパではむしろ2番と3番の演奏機会が多いのだそうです。ジョージ・セルのように明らかに2番を多く取り上げるマエストロも存在します。

一方で第2楽章のような難所も有ります。延々と続くヴァイオリンのスピッカートはシューマンのソナタや室内楽にもしばしば見られますが、大編成でこれを要求されると優秀なオーケストラでないと音がゴチャゴチャに聞こえてしまいます。それもまたマニアの耳を楽しませるのかもしれませんが。

シューマンはこの曲を既に精神疾患に悩まされていた1845年末から約1年間を費やして作曲しましたが、その間にも幻聴や耳鳴りのために作曲を一時中断し、双極性障害の症状も現れるようになっていました。しかし完成したこの曲の終楽章の輝かしさを耳にすると、苦難と危機を克服して書き上げることが出来た“歓喜の歌“にも思えます。

さて、それでは愛聴盤をご紹介してみたいと思います。

51hiagsyixl__ac_ ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1957年録音/ERMITAGE盤) 2番を好んで演奏したセルには全集盤が有りますが、これはマニアには知られたルガーノでのライブ録音です。さすがと言うか、実演でもクリーヴランドの鉄壁の合奏力は揺らぎなく、切れの良さと緊迫感が素晴らしいです。難を言えば金管楽器の音色が明晰過ぎてシューマン特有のくすんだ響きからは遠い点です。

Cci00034 フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1960年録音/Berlin Classics盤) シューマンゆかりのライプチヒのゲヴァントハウス管の演奏です。60年代初頭当時のこの楽団の古風な音色が魅力です。弦楽の厳格な弾き方は旧東ドイツ特有のものです。コンヴィチュニーの指揮はややゆっくり目に感じますが堂々と立派なもので現代のスマートな演奏とは一線を画します。聴くほどにじわじわと味わいの増す好きな演奏です。

91tjgjdkunl__ac_sl1500_ ジョージ・セル指揮ベルリン・フィル(1969年録音/Testament盤) セルにはもう一つライブ録音が有り、ベルリン・フィルへの客演と興味深いものです。しかしこの時の演奏は非常に素晴らしいです。クリーヴランドのそれと比べてもアンサンブルは遜色なく、しかもドイツ的にブレンドされたまろやかな響きが大変に魅力的です。録音がそれほどパリッとしない分、逆にアナログ的な印象を受けて聴いているうちに全く気にならなくなります。

  P2_g3245420w ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ドレスデン国立管(1972年録音/EMI盤) シュターツカペレ・ドレスデンの全盛期の音は柔らかく厚みが有り、いぶし銀の響きが最高です。EMIと東独エテルナとの共同制作の録音がそれを忠実に捉えています。演奏はことさら劇的に聴かせることは無く極めてオーソドックスで、全集の中では余り目立ちませんが、やはり良い演奏です。

Cci00034b ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1979年録音/SONY盤) 導入部がゆったりと開始されたかと思うと、主部は速めのテンポで闊達になります。曲の各部の気分による変化を明確につけているのは良いのですが、幾らか小賢しさを感じないでもありません。オケのふくよかで柔らかい音は魅力的で、この曲に適しています。うるさいことを言わなければ中々に良い演奏だと思います。

231 ズービン・メータ指揮ウイーン・フィル(1981年録音/DECCA盤) DECCAの録音が捉えたウイーン・フィルの音がとにかく美しく、透明感が有りながらも薄さは無く、極上の響きを味わえます。メータの指揮は健康的で躍動感が有りますが、オケを適度に歌わせていて魅力的です。3楽章では静かに深く沈み込んで行く雰囲気を十全に醸し出しています。但し全集の中では1番、3番当たりの方が出来は良いように思います。

61iou1uvhyl__ac_sl1015_ レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1985年録音/グラモフォン盤) バーンスタインもまた第2番を好んで演奏した一人です。ロマンティシズムに溢れ、緩急とディナーミクの振幅の幅の大きな表現です。3楽章など一瞬マーラーかと思うほどです。その為に古典的な造形感は失われていて、聴き手の好みは分かれるかもしれませんが、ウイーン・フィルの気迫あふれる力演は説得力が有り、非常に聴き応えを感じます。

Schuman_vonk_654 ハンス・フォンク指揮ケルン放送響(1992年録音/EMI盤) ケルンの大聖堂を想わせるような響きです(なんて陳腐な言い方??)。ふくよかで目の詰んだ響きがいかにもドイツ的で、シューマンの音楽に適しています。フォンクの指揮も全体にゆったりと陰影を生かした表現で中々に素晴らしいです。終楽章の彫の深いリズムと表情も秀逸です。フォンクの残した全集には中々の名演が揃っています。

Iimg1200x10681536227310sqqwqs195512 ジョゼッぺ・シノーポリ指揮ドレスデン国立管(1993年録音/グラモフォン盤) 同じSKドレスデンの演奏でも、サヴァリッシュよりもゆったり気味でスケール感が増していて堂々とした印象です。管楽器などのソロの質の高さではサヴァリッシュの録音の時のメンバーの方が上なのですが、流石に20年の差は大きく、こちらは録音の優秀さでカバーしています。

M44045296582_1 リッカルド・ムーティ指揮ウイーン・フィル(1995年録音/フィリップス盤) 颯爽としたテンポで駆け抜けるいかにもムーティらしい生命力のある演奏です。全体的にアンサンブルが非常に優れますが、それでいてメカニカルに感じないのは流石はウイーン・フィルです。また3楽章には深い味わいを感じさせます。それにはウイーン・フィルの美音を十全に捉えた録音も大きく貢献していると思います。

Cci00036 クリストフ・エッシェンバッハ指揮北ドイツ放送響(1998-9年録音/RCA盤) 北ドイツ放送響の厚みの有る暗い響きがシューマンの音楽にぴったりです。おまけにエッシェンバッハの指揮がじっくりとした構えでそれに輪をかけます。三楽章の悲劇的な雰囲気はバーンスタインに並びますが、どこまでも沈滞した感じが最高です。終楽章でさえ決して開放的では無く、暗さを感じさせるのがユニークです。この人の全集録音の中でも最も優れていると思います。

190759434123 クリスティアン・ティーレマン指揮ドレスデン国立管(2018年録音/SONY盤) 来日の際にサントリーホールで行われた全曲チクルスのライブ録音です。後期ロマン派的な重厚感のあるスタイルで、会場で聴く生演奏は素晴らしかったと想像しますが、こうしてCD化されてみると歴代の層々たる名盤にはやや聴き劣りしてしまいます。とはいえ中では2番の演奏が最も気に入っています。

以上、中々の名演奏が並びますが、個人的には最もユニークかつ聴きごたえの有るエッシェンバッハ盤がお気に入りです。次点としてはバーンスタイン盤というところでしょうか。

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2019年10月15日 (火)

藤田真央 ピアノ・リサイタル

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今日は紀尾井ホールへ話題のピアニスト藤田真央のリサイタルを聴きに行きました。このホールで彼の演奏を聴くのは、今年の3月にチェリスト伊藤悠貴のリサイタルのピアニストとして聴いて以来、半年ぶりです。その時の演奏会では二人の音色のコラボレーションが無類の音の美しさを醸し出していました。 今回もまた素晴らしい演奏でした。あのもの凄く柔らかい手の動きから弱音も強音も本当に美しい音が出てきます。 彼の音色感覚には独特のセンスを感じますが、後半のショパンのスケルツォ全曲では大胆な加速やルバートも効かせて凄く魅力的でした。 そのスケルツォも第一番から第三番までをほとんど切れ目なく一気に弾いてしまうのは凄いです。第4番の前だけハンカチで汗を拭いていました。プログラム前半のモーツァルトのソナタ第10番やベートーヴェンのソナタ「テンペスト」も良かったですが、自分としてはスケルツォを取ります。 アンコールは4曲。その最後のドビュッシー「月の光」では静寂感、薄明感に魅了されました。 彼と共演した伊藤悠貴が「彼は天才」と言っていましたが本当ですね。

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2019年9月 5日 (木)

カール・オルフ 世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」 名盤 ~ボイエルンの歌集~

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ボイエルン修道院

19世紀初め、南ドイツのバイエルン地方にあるボイエルン修道院の書庫から11世紀から13世紀の間に書かれたとみられる古い詩歌を集めた写本が発見されました。それらは修道院を訪れた若い旅人や修道僧たちが書き遺したものと考えられますが、内容は、酒、恋愛、男女の営み、社会風刺などと極めて世俗的なものが多いのが特徴で、ラテン語、古イタリア語、ドイツ語、古フランス語などの様々な言語で書かれています。

それらが『カルミナ・ブラーナ』(ボイエルンの歌集)という題名で編纂され、1847年に出版されました。それを基にドイツのカール・オルフが作曲したのが同名の有名な世俗カンタータです。

それは“楽器群と魔術的な場面を伴って歌われる独唱と合唱の為の世俗的歌曲”という長い副題が付けられた舞台形式によるカンタータで、ソプラノ、テノール、バリトン独唱、混声合唱、少年合唱、管弦楽、さらに本来は舞踊を伴うという大作です。

作品は3つの主要部分から構成されています。
第1部『初春に』 うららかな春の気分と愛が歌われる
第2部『酒場で』 酒場での男の欲望が歌われる
第3部『愛の誘い』 男女の愛と性欲が歌われる
更にその前後に置かれたプロローグとエピローグでは、「人間は常に運命に支配されて翻弄されるだけである」と歌われます。

曲は原始的なバーバリズム溢れるリズムとシンプルな和音が特徴で、歌詞はラテン語が主体ですが、一部にドイツ語と古いフランス語が用いられています。 初演は1937年にフランクフルトの劇場でベルティル・ヴェツェルスベルガーの指揮により行われました。

オルフは1935年から1951年にかけて“トリオンフィ”(勝利3部作)と呼ばれる舞台演奏用の作品を作曲していて、この「カルミナ・ブラーナ」はその第1作目にあたり、第2作の男と女の愛の現場を描いた「カトゥーリ・カルミナ」、第3作の愛の結実と結婚を描いた「アフロディーテの勝利」へと続きます。しかし演奏頻度においては圧倒的に「カルミナ・ブラーナ」が勝ります。

冒頭の「おお、運命の女神よ(フォルトゥナ)」は激しいリズムと緊迫感から、スポーツイヴェントの選手入場やドラマや映画のシーンで多く使われので、曲名を知らない方でも必ず耳にしていると思います。 オルフの代表作であり20世紀の音楽作品の傑作の一つと言えます。

ということで、恒例の愛聴CDのご紹介ですが、まずは「勝利三部作」のCDから始めます。

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フェルディナント・ライトナー指揮ケルン放送響/合唱団(1973-74年録音/Acanta盤) 作曲者オルフと親交の厚かったライトナーが、オルフの監修の下に製作した三部作全曲の録音です。初回は分売でリリースされましたが、有難いことに現在ではまとめて発売されています。三部作ともドイツ的な重厚さと素朴さが魅力であり、現代のスマートで颯爽とした演奏とは印象が異なります。「カルミナ・ブラーナ」も、じっくりとしたテンポによる風格が素晴らしく、この曲のリファレンスとしてかけがえのない価値を放ちます。録音も優れています。これが廉価盤で購入できるとは実に有難いですね。

以降は「カルミナ・ブラーナ」単独盤です。

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オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツオペラ管(1967年録音/グラモフォン盤) ヨッフムもまたオルフ演奏に定評が有り、早々とモノラル期に行った録音に続く再録音盤でした。この録音にもオルフが立ち会っていたようです。長い間ベストセラーとして君臨しましたが、現在聴いてもエネルギッシュでドイツ的なバーバリズム全開の魅力は「カルミナ・ブラーナ」では絶対に外すことの出来ない名盤中の名盤です。これから聴かれる方はまずはこの演奏を。但し、あえて指摘するとすればバリトンのフィッシャー=ディースカウは抜群に上手いもののコントロールされ過ぎの印象です。録音の鮮度はやや落ちていますが、バランスは良く聞きごたえは有ります。

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ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプチヒ放送響(1959年録音/エテルナ盤) ケーゲルは元々合唱を得意とする指揮者なのでこの曲にはうってつけです。洗練され過ぎることの無い、粗削りで素朴な味わいはヨッフム以上ですし、魔術的、呪術的という言葉が最も似合うように感じます。現代的で無いところが、逆にこの演奏の最大の魅力となるのでは無いでしょうか。録音は流石に古さを感じますが、鑑賞には問題ありません。ケーゲルは70年代に再録音を行っていますが、そちらは未聴です。

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リッカルド・シャイー指揮ベルリン放送響(1983年録音/DECCA盤) 全体の速いテンポと切れの良いリズム感が魅力です。ですので、この現代的でスマートな演奏を好む方は多いのではないでしょうか。しかしドイツのオケを使っているにもかかわらず、暗さよりも明るさを強く感じる響きと、軽快で健康的に過ぎるように聞こえるのが個人的には幾らかマイナスです。声楽陣も独唱、合唱ともに洗練されていて非常に美しい反面、荒々しい力強さを感じることは有りません。

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ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響(1984年録音/Profile盤) ライヴ収録ですが、さすがは名職人ヴァントですので緻密な完成度の高さに感心させられます。テンポは速くも遅くもなく中庸。響きについても良くコントロールされていて素朴さこそ有りませんが、さりとて洗練され過ぎることもなく無く、やはり中庸です。そのあたりもヴァントらしいと言えば、いかにもヴァントらしい立派な良い演奏なのですが、個人的には正直もう少し個性や主張が欲しくなります。管弦楽はもちろんのこと声楽陣、合唱とも優秀です。

ということでオルフ自身の監修、立ち合いで録音されたライトナー盤とヨッフム盤が貫録勝ちというところです。ただしオルフは他にもサヴァリッシュの録音やショルティの演奏会など色々と立ち会ったようですので、それが決め手だということではありません。

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