2024年5月 1日 (水)

東京バレエ団「白鳥の湖」公演

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GWも前半が終わってしまいましたね。まあ、リタイアした我が身には影響は有りませんが。。(汗)
その28日に家内を連れて上野の東京文化会館へ東京バレエ団の「白鳥の湖」公演を観に行きました。バレエと言えばやはり「白鳥」ですよね!でもコロナ禍になってからは一度も行ってなかったので何年ぶりだったか。。

それはともかく、チャイコフスキーはやはり良いなぁ。「白鳥の湖」のバレエ音楽は本当に別格です。驚くほどバラエティに富んでいて、しかもどの曲も大そう魅力的で。こんなバレエ音楽は他に有りませんね。え、ラヴェル?ストラヴィンスキー? まあ、それはこの際置いておいて(笑)。
管弦楽オーケストラはシティ・フィルでした。第1幕では音も演奏もどうも固く”うーん”でしたが、2幕以降は見違えてとても良かったです。バレエダンサー達も同じだったのでやはり気合が相互に連動したのでしょうか。

それにしてもマリインスキー劇場の「白鳥の湖」が日本で再び観られるようになるのはいつの事だろうか(涙)。ロシアのウクライナ侵攻が終わらないと難しいでしょうね。そのマリインスキー劇場のCDとDVDについては下記の<関連記事>からどうぞ。

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2024年4月17日 (水)

推して知るべしシルヴェストリ

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コンスタンティン・シルヴェストリという指揮者は昔から知っていましたし、ショスタコーヴィチの第5番やコーガンの弾くチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の指揮など、中々良いと思っていました。けれども、それ以上聴いたことは無く、ほぼノーマークの存在だったのは確かです。

ところが最近、このブログに多くご投稿を頂いている“げるねお”さんからドヴォルザークの「新世界より」を強く推薦されたので聴いてみました。そうしたところ、確かに本当に凄い演奏でした。そこで調べてみると、その他にも興味深い録音が幾つも有ったので夢中になり聴いてみました。 

ルーマニア出身のシルヴェストリは1956年にパリに移り、仏EMIと契約をして数多くの録音を残しますが、55歳で他界した為に次第に忘れられてゆき、EMIの販売戦略からも外れて行きます。
しかし、ステレオ初期に録音したチャイコフスキーの三大交響曲、ドヴォルザークの後期三大交響曲(新世界よりはモノラルでも録音しています)、ベルリオーズの「幻想交響曲」あたりは、いずれも「超」を付けても良いと思われる名演です。スケールの大きさ、緩急の巾が大きいドラマティックさ、深い情感の表出など、どの演奏についても当てはまる凄い指揮者です。

シルヴェストリは一般的に「個性的」と思われ、それもどちらか言えばネガティヴな意味で使われることも多いでしょう。もちろん個性的には違いないですが、世によく見られる恣意的で姑息な演出を好むような指揮者とは根本的に異なります。それは常識にとらわれない芸術の本質を表現するための唯一無二の本当の個性だからです。

今回シルヴェストリの演奏を色々と聴いて考えました。オーソドックスであることの功罪です。現代の演奏家に共通して言える、特に欠点の見当たらない模範的な演奏の価値とは何だろうか?ということです。20世紀に活躍したかつての巨匠達(指揮者に限らず、器楽奏者でも声楽家でも全て)には強い個性が有りました。その演奏を聴けば誰かがすぐに分かるようなです。それが現代では演奏技術の水準は上がったと思いますが、そういった個性が失われているとしか思えません。それでもあなたはクラシック音楽を楽しめますか?
芸術とは?クラシック音楽とは?これからの未来の為にも一度立ち止まって考えた方が良さそうです。その為にも、シルヴェストリの演奏を是非聴いてみてください。推して知るべし“シルヴェストリ“。

シルヴェストリのCDを加筆した記事は下記の通りです。

チャイコフスキー 交響曲第4番
チャイコフスキー 交響曲第5番
チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
ドヴォルザーク  交響曲7番
ドヴォルザーク  交響曲8番
ドヴォルザーク  交響曲9番「新世界より」
ベルリオーズ  「幻想交響曲」

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2024年3月28日 (木)

エルガー ヴァイオリン協奏曲 ロ短調Op.61 名盤

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ユーディ・メニューインとエルガー

エルガーの作品の中では「威風堂々」「愛の挨拶」は別として、チェロ協奏曲がジャクリーヌ・デュ・プレの凄演のおかげで広く知られています。確かに曲自体とても親しみ易さを持つ作品ですね。それに比べると、ヴァイオリン協奏曲の方は一般的には地味な存在です。演奏時間が50分近くかかるのも影響しているかもしれません。しかし、作品のどの部分を聴いてもエルガーそのもので、シンフォニーを聴くような壮大さが有ります。その点はむしろチェロ協奏曲以上で、エルガー好きには応えられない傑作です。 

この作品は、当時のヨーロッパで最も人気の高かったヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーからの依頼で委嘱されました。曲は1910年に完成してクライスラーの独奏、エルガーの指揮で初演が行われて大成功となりました。

後に初演者によるレコーディングが企画されましたが、なぜかクライスラーは中々録音しようとしませんでした。そこで代わりに抜擢されたのが、当時若干16歳のユーディ・メニューインで、1932年にエルガー自身の指揮で録音が行われました。 

曲は3楽章構成です。 

第1楽章アレグロ ロ短調  冒頭、管弦楽により主題が長々と提示されますが、正にエルガーらしい品格のあふれる美しさです。ついに満を持してヴァイオリンソロが登場すると、主役は完全に移りますが、充実した管弦楽が常にそれを支えています。  

第2楽章変アンダンテ 変ロ長調 まるで英国の美しい田園風景を目の当たりにするような詩情に包まれながら、ヴァイオリンがいつまでも美しく歌い続けます。  

第3楽章アレグロ・モルト ロ短調~ロ長調 終楽章はヴァイオリンに様々な超絶技巧が要求されていて、名ヴァイオリニストと言えども大いに苦労します。それでも技巧だけの曲に陥らないところがさすがはエルガーです。 

それでは、愛聴するCDのご紹介です。  

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ユーディ・メニューイン独奏、エドワード・エルガー指揮ロンドン響(1932年録音/EMI盤) エルガーの指揮で初演者のクライスラーに代わって独奏をした当時16歳の神童メニューインの録音です。エルガーは「この曲での君の演奏ほど私に芸術的な喜びを体験させてくれたものは無かった」と後にメニューインに手紙を送っています。それが本心に違いないことはこの演奏を聴けば容易に理解できます。高度の技術、深い表現力に驚嘆します。そしてエルガーの指揮も他のどの指揮者よりも生気に溢れていて感動的です。当然SP録音で音質は良くないですが聴き易く、一度聴き始めた途端に全く気に成らなくなります。歴史的であると同時に最高の演奏です。 

Elgar-v-41dtfdzmmzl_ac_ ユーディ・メニューイン独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィル(1965年録音/EMI盤) 16歳でこの曲の録音を行ったメニューインですが、これは33年後にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで演奏したライヴ録音です。この翌年には後述の二度目のセッション録音が行われますが、基本解釈に大きな違いは有りません。年齢を経てからの実演ゆえに時々ヴァイオリンの弓が揺れたり音が汚れたりはしますが、逆に気迫と即興性が感じられるのは楽しいです。録音もステレオで意外と優れています。 

Elgar-v-2tcdjil_ac_ ユーディ・メニューイン独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ニュー・フィルハーモニア管(1966年録音/EMI盤)メニューインにとって2度目となる録音ですが、英国の名匠ボールトを指揮者に迎えての万全の体制で行われました。妙な力みが無く自然体でありながらも、エルガー直伝による作品理解と演奏にかける意気込みとで、これもまた素晴らしい演奏です。もちろん最新録音では有りませんが、当時のEMIとしてもベストの音録りに成功しています。前年のライヴと比べれば当然完成度は勝ります。 

Elgar-v-51rynss0odl_ac_ ヒュー・ビーン独奏、サー・チャールズ・グローヴス指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル(1973年録音/EMI盤) ミスター・ビーンこと(んなわけないだろ)ヒュー・ビーンはカラヤンやクレンペラー時代のフィルハーモニア管のコンサートマスターで、英国内で非常に尊敬されていました。この録音はその実力の何よりの証明です。切れ味や凄味は乏しいですが、美しい音でソリスト然とせずに音楽に奉仕する芸風はエルガーの音楽にぴったりですし、何よりも緩徐部分での心のこもり方が並みでありません。グローヴスとオーケストラも素晴らしいです。 

Elgar-v-41wfcpbgnal_ac_ チョン・キョンファ独奏、ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィル(1977年録音/DECCA盤)  デビュー当時もベテランになっても、その孤高の芸風が変わることの無いキョンファですが、このエルガーもまた禁欲的なまでに余計なものを削ぎ落した演奏です。ですので、聴き手によっては余り面白くないと思うかもしれませんが、それこそがこの人の特徴です。奥に秘められた音楽への深い愛情を是非とも感じ取られてください。ショルティの指揮は幾らかカッチリし過ぎの感は有りますが、エルガーを知り尽くすロンドン・フィルの力も借りて決して悪く有りません。

Elgar-vn-192 イダ・ヘンデル独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィル(1977-78年録音/TESTAMENT盤:EMI原盤) 10ヵ月の間に三回に分けて入念に行われたセッション録音です。1楽章のボールトのテンポは前述のメニューイン盤よりもかなり遅く、雄大なスケールで立派なことこの上有りません。2楽章も遅く、深々とした詩情がまるでデーリアスのようです。問題は3楽章で、遅いテンポが緊張感を欠いて音楽がもたれがちです。ヘンデルに関しては遅いテンポでの大きなヴィブラートがやや過剰気味のように思えます。技術的には大健闘していますが、所々で僅かに疵が気に成ります。

Elgar-v-71bt2fg4xcl_ac_sl1050_ イダ・ヘンデル独奏、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市響(1984年録音/TESTAMENT盤) ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールにおけるライヴですが、これは素晴らしい演奏です。ヘンデルは愛情一杯に歌わせていながらも決して饒舌にはなりません。特に2楽章が秀逸です。ヴィブラートも過剰には感じません。1、3楽章は技術的に6年前の録音よりも上出来で、この人はこんなに技巧的にも弾けたかと認識を新たにするほどです。ラトルとバーミンガムについてもライブならではの生気に溢れ、しかも奇をてらった印象は全く受けず、このようなオーソドックスな演奏も出来るのだと感心しました。録音も非常に良く、オーケストラの音が柔らかく美しく捉えられています。 

Elgar-v-512lmimsyl_ac_ ナイジェル・ケネディ独奏、ヴァーノン・ハンドリー指揮ロンドン・フィル(1984年録音/EMI盤) 英国生まれのケネディはジュリアード音楽院でドロシー・ディレイに師事しますが、アカデミックな教育と肌が合わなかった事を公言したり、プロデビューの日に衣装を忘れて古着姿で演奏し、その後もパンク・ファッションを衣装としたり、あるいはポップ・ミュージシャンとの共演、ジャズやロック曲の演奏などと自由奔放な行動で知られました。しかし、本国での実力評価は高く、このCDもグラモフォン誌のレコード・オブ・ザ・イヤーに選出されました。名匠ハンドリー指揮の素晴らしいオーケストラをバックに、歌い崩しやハッタリの無い極めて正統的なエルガーを聴かせます。 

Elgar-v-51xucvpt1al_ac_ ナイジェル・ケネディ独奏、サイモン・ラトル/バーミンガム市響(1997年録音/EMI盤) 旧盤から13年後の二度目の録音です。様々な経験を経た為か旧盤とくらべて、大きな歌わせ方と表現意欲が感じられます。ラトルの指揮も同様に現代的にメリハリを効かせた演奏を聴かせます。従って、その点でベストマッチと言えますが、決して音楽を逸脱しているわけではありません。一般的には新盤が好まれるでしょうが、より英国紳士的なエルガーを味わいたいとすれば旧盤かもしれません。どうかご自分の耳と感覚で両者を聴き比べて頂けたらと思います。 

Elgar-v-61rjhbzelkl_ac_sl1000_ ヒラリー・ハーン独奏、サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン響(2003年録音/グラモフォン盤) ハーンが24歳の時の録音ですが、メニューインのように10代から盛んに演奏活動をしていたので、既に風格を感じます。もちろん技巧的にも完璧です。歌わせかたがクールで感情を前面に出さないアイス・ドールなのは相変らずなのですが、この曲の場合には余りマイナスにはなりません。ただし、温かい歌が好きな方には物足りないかもしれません。Cデイヴィスの指揮は貫禄で立派この上ない管弦楽を聞かせてくれます。 

どれもこの名作を楽しむのに不足は無いのですが、演奏だけで考えればメニューインとエルガーの共演盤が最高です。あとはマイ・フェイヴァリットとして、ヘンデル/ラトル盤とメニューイン/ボールトのライヴ盤ですが、ビーン/グローヴス盤、それにケネディの二種類にも大いに惹かれます。

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2024年3月25日 (月)

マウリツィオ・ポリーニを悼んで

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マウリツィオ・ポリーニが亡くなりました。大学生の時にショパンの「練習曲集」のレコードが出て、『これ以上なにをお望みですか』というキャッチコピーが印象的でしたが、実際に聴いてみると本当に凄くて驚いたものです。その後もショパンなら「ポロネーズ集」「前奏曲集」「ソナタ集」と立て続けに出て、どれも素晴らしかったですが、練習曲集の『これ以上』というのは中々無かったようには思います。

それからは「世界最高のピアニスト」の称号を掲げられ続けて、数多くの録音を行い、日本にも何度も訪れました。ホロヴィッツ、リヒテル、ミケランジェリと言った大巨匠達とも肩を並べる存在でした。正直言えば、個人的にはそれほど夢中に成ったわけでは有りませんでしたが、それでもあの時代における存在感は大変なものです。ピアニストに限らず、指揮者や演奏家にいわゆる超大物が少なくなった現代、小澤さんら巨星の相次ぐ逝去には一抹の寂しさを覚えます。

ご参考までにポリーニのディスクに関する主だった感想記事は下記辺りに含まれています。

ショパン 練習曲集
ショパン 前奏曲集
ショパン ポロネーズ集
ショパン ピアノソナタ第2番「葬送」
ショパン ピアノソナタ第3番
シューマン 交響的練習曲
モーツァルト ピアノ協奏曲集
ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集
ブラームス ピアノ協奏曲第1番
ブラームス ピアノ協奏曲第2番

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2024年2月10日 (土)

小澤征爾さんを悼んで

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小澤征爾さんが2月6日にお亡くなりになりました。

どちらかと言えば重力級で劇的な演奏を好む自分としては、必ずしも好みの演奏スタイルでは有りませんでしたが、我が国の生んだ真に世界的な音楽家として誇りに思います。特にアメリカのボストン交響楽団の音楽監督を29年間務めたのは偉業です。監督就任後の1978年にボストン響と日本へ凱旋公演をしたときに、東京文化会館でベルリオーズの「幻想交響曲」を聴いた感動は忘れません。今でもあの時の音はこの耳に、その情景は脳裏にしっかりと焼き付いています。

小澤さんは23歳で一人でヨーロッパに渡って武者修行をしたことがその後の栄光の始まりとなるのでしょうが、その力が完全に途切れる最後の日まで持ち続けた情熱とエネルギーは音楽家を目指す若者だけでなく、すべての若者にとって通じることだと思います。

若き日の渡欧のエッセイは何度読んでも痛快です。随分と前に下記の記事で紹介をしています。

「ボクの音楽武者修行」小澤征爾

合掌

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2024年2月 9日 (金)

マーラーの交響曲第9番を補筆しました

特に理由は無いのですが、このところブルックナーの交響曲第5番と第8番、マーラーの第9番を良く聴いていました。そのうちマラ9については、レヴァイン/ミュンヘン・フィル盤、アシュケナージ/チェコ・フィル盤、ラトル/ウイーン・フィル盤およびバイエルン放送響盤、バレンボイム/SKベルリン盤、ヤンソンス/バイエルン放送響盤を新たに書き加えましたので、もしご興味がお有りでしたらご覧ください(下記リンク)。

マーラー 交響曲第9番 名盤

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2024年1月22日 (月)

ヴェルディの「レクイエム」を補筆しました

早いもので今年も三週間が過ぎました。新年から我が国も大変な自然災害に襲われましたが、ロシアとウクライナやイスラエルとパレスチナを巡る争いなど海外の情勢も相変らず不安が続いています。

能登半島の地震の為に元日恒例のウィーンのニューイヤーコンサートも放送が13日に延期されました。一応は観ましたが、ティーレマンにはやはりワーグナーやブルックナーが似合うようですね。(いや、悪いとは言いません!)

CDでは、昨年から持ち越した「ニーベルングの指環」の「ジークフリート」聴き比べを始めましたが、実はその前にヴェルディの「レクイエム」で何種類か(トスカニーニの1938年BBC盤、1950年スカラ座盤、カンテッリの1955年NYP盤、カラヤンの1964年スカラ座のモスクワ公演盤、メータの1980年NYP盤、アバドの2001年ベルリン盤)を書き加えました。良かったら下記からご覧に成られてください。

ヴェルディ「レクイエム」名盤(補筆版)

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2024年1月 8日 (月)

ティーレマン指揮ウィーン・フィル ブルックナー交響曲全集 ~決定盤~

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 今年2024年はアントン・ブルックナーの生誕200年となりますが、それを記念するプロジェクトとして、ドイツ音楽界を牽引する指揮者クリスティアン・ティーレマンがウィーン・フィルと組んだ交響曲全集を昨年完成させました。 

ウィーン・フィルはブルックナーの演奏(それ以外にも多々有りますが)にかけては世界で最も理想的な音色を奏でます。もちろんシュターツカペレ・ドレスデンやロイヤル・コンセルトヘボウなども極上の音なのですが、ブルックナーが生れ育ったオーストリアのアルプス地方の空気のように、のどかでいて美しく澄み渡った音はウィーン・フィルならではです。他のオーケストラには決して代えられない特別な存在です。 

そのウィーン・フィルもこれまでに一人の指揮者で交響曲全集を完成させたことは無く、これが初めての全集となります。記念の年に相応しい画期的なことです。 

自分はこれまで単売CDでリリースされた、第2、第3、第4、第5、第8、第9番を聴いて来ました。その他の曲についてはSONYがYouTubeに上げた限定配信で試聴しました。全曲の中では4番が最も優れていると思いますが、他の曲も其々各曲の名盤として上位に上げたい演奏ばかりです。つまり例えれば今年の箱根駅伝の青山学院大学のようなもので、全区間で区間一位となるか上位に食い込む選手ばかりだということですね。

そのうえ、1番から9番までだけでなく、初期の「ヘ短調」と「第0番」も含む全11曲を網羅した完全優勝、では無かった「完全全集」なのです。 

録音は2019年に第2番からスタートして、2022年に第9番をラストに足かけ4年で行われました。会場はウィーンのムジークフェラインザールとザルツブルクの祝祭大劇場の二か所で、収録はライブ、もしくはコロナ禍での無観客ライブですが、どれもウィーン・フィルの美しい音をホールで聴くような臨場感を持つ優秀録音です。 

ティーレマンのブルックナー解釈は奇をてらうことなく、ドイツ・オーストリアの伝統そのものの正統派スタイルなので、安心安全なこと極まりないです。 

これまで全集盤で最上位に考えていたのは、オイゲン・ヨッフムがシュターツカペレ・ドレスデンと行った2度目のEMI盤でした。他にもヨッフムの1度目のグラモフォン盤(オーケストラはベルリン・フィルとバイエルン放送響)や、ベルナルト・ハイティンクがコンセルトヘボウと行ったフィリップス盤など色々と有りますが、ウィーン・フィルで素晴らしい指揮者の解釈と演奏、更に初期2曲を含む優秀録音盤とくれば、ブルックナーの交響曲全集のファーストチョイスとしてこれ以外は考えられません。 

参考に発売元SONYによる各曲のデータを付けておきます。 

指揮:クリスティアン・ティーレマン
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

DISC1

交響曲 ヘ短調 WAB 99
[原典版(新全集X 1973年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2021327日&28日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル

DISC 2

交響曲 第1番 ハ短調 WAB 101
1891年第2稿(ウィーン稿 新全集I/2 1980年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2021412日~14日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 3

交響曲 ニ短調 WAB 100
[原典版(新全集XI 1968年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2021327日&28日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 4

交響曲 第2番 ハ短調 WAB 102
1877年第2稿(新全集新版II/2 2007年出版)/キャラガン校訂]
[録音]2019425日~28日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル

 DISC 5

交響曲 第3番 ニ短調 WAB 103
1877年第2稿(新全集III/2 1981年出版)/ノーヴァク校訂]
[収録]20201127日~29日、ウィーン、ムジークフェラインザール 

DISC 6

交響曲 第4番 変ホ長調 WAB 104「ロマンティック」
1878/80年稿(旧全集 Band 4 1936年出版)/ハース校訂]
[録音]2020819日~22日、ザルツブルク、祝祭大劇場 

DISC 7

交響曲 第5番 変ロ長調 WAB 105
[原典版(新全集V 1951年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]202235日~7日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 8

交響曲 第6番 イ長調 WAB 106
[原典版(新全集VI 1952年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2022430日、51日、2日、ウィーン、ムジークフェラインザ-ル 

DISC 9

交響曲 第7番 ホ長調 WAB 107
[原典版(旧全集 Band 7 1944年出版)/ハース校訂]
[録音]202181日&3日、ザルツブルク、祝祭大劇場 

DISC 10

交響曲 第8番 ハ短調 WAB 108
1887/1890年第2稿(旧全集 Band 8 1939年出版)/ハース校訂]
[録音]2019105&13日、ウィーン、ムジークフェラインザール 

DISC 11

交響曲 第9番 ニ短調 WAB 109
[原典版(新全集IX 1951年出版)/ノーヴァク校訂]
[録音]2022728日&30日、ザルツブルク、祝祭大劇場

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2024年1月 1日 (月)

新年おめでとうございます <2024年の目標>

新年おめでとうございます。

旧年中は、ハルくんの気まぐれブログをご覧いただきまして誠にありがとうございました。

さて、毎年その年の目標を上げていますが、昨年は以下のような内容でした。

1.ワーグナー「ニーベルングの指輪」
2.ベートーヴェンの交響曲の補完
3.ベートーヴェンの弦楽四重奏の補完
4.ベートーヴェンのピアノソナタ(主要な曲)
5.バッハの無伴奏チェロ組曲
6.バッハの平均律クラヴィ―ア曲集
7.シューベルトの弦楽四重奏、五重奏
8.ドビュッシーの前奏曲集
9.ヴェルディとプッチーニの主要オペラ

結局のところ、達成できたのは、1の半分(ラインの黄金、ワルキューレまで)、2、5、だけでした(涙)
うーん。。。打率2割7分か。これでは打撃10傑にも入れなそうです(汗)

ということで、今年の目標は昨年の落とし前(ヤクザか!)も含めて次のように掲げます。

1.ワーグナー「ニーベルングの指輪」後半(ジークフリート、神々の黄昏)
2.ワーグナーの他のオペラの補完
3.ベートーヴェンの弦楽四重奏の補完
4.ベートーヴェンのピアノソナタ(主要な曲)
5.バッハの平均律クラヴィ―ア曲集
6.バッハの三大宗教曲の補完
7.シューベルトの弦楽四重奏、五重奏
8.ドビュッシーの前奏曲集
9.ヴェルディとプッチーニの主要オペラ
10.モーツァルトのオペラの補完

うーん、打率3割越えも危ぶまれる目標ですが、挑戦有るのみ!

本年もお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

  2024年 元旦 ハルくん

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2023年12月27日 (水)

ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」 ~4部作「ニーベルングの指環」第一日~ 名盤

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早いもので今年もまた終わろうとしています。これが年内最後の記事と成りますが、長編なので何とか間に合って良かったです(笑)。

ワーグナーの「ニーベルングの指環」は、世界の支配者に成ることが出来る魔法の指輪をめぐって繰り広げられる物語が4日間に渡って上演されるという超大作オペラですが、CD聴き比べシリーズは、序夜「ラインの黄金」に続いて第1日「ワルキューレ」です。 

「ワルキューレ」(独:Die Walküre)は、1856年に作曲されて、1870年にバイエルン宮廷歌劇場でフランツ・ヴュルナーの指揮で初演されました。 “ワルキューレ”というのは北欧神話に由来する神々の長の娘たちの軍団で、戦場で生きる者と死ぬ者を定め、死んだ男たちの中から最強の勇士を選んで神々の城のあるヴァルハルに連れて行く使命を持ちます。 

「指環」四部作の中では「ワルキューレ」が最も人気が高く、単独で上演される機会も多いです。とりわけ第1幕は、この幕のみで演奏会形式で取り上げることが有ります。また、第3幕も有名な「ワルキューレの騎行」や終結部の「ヴォータンの告別」「魔の炎の音楽」が単独でしばしば演奏されます。 

<主な登場人物>
ジークムント(テノール) ヴォータンが人間に生ませたヴェルズング族の若者。

ジークリンデ(ソプラノ) ジークムントの双子の妹。フンディングの妻。

フンディング(バス) ジークリンデの夫。ヴェルズング族の宿敵。

ヴォータン(バリトン) 神々の長。神々の没落を予感している。

フリッカ(メゾソプラノ) ヴォータンの妃。結婚の女神。

ブリュンヒルデ(ソプラノ) ワルキューレたちの長女。ヴォータンとエルダの娘。

8人のワルキューレたち(ソプラノ、メゾソプラノ、アルト) 

<物語の概要>
 全3幕(11場)

第1幕 「フンディングの館」
(序奏)低弦が荒々しく奏されて、激しい嵐と逃げてくるジークムントを表す。トランペットにより稲妻が、ティンパニにより落雷が轟き渡り、幕が上がる。 

第1場
戦いで傷ついて嵐の中を逃げてきたジークムントが館に入って来る。フンディングの妻であるジークリンデがジークムントに水を与えて介抱する。すると二人はお互いに惹かれ合う。 

第2場
そこへ館の主人のフンディングが戻って来る。ジークムントの話を聞いたフンディングは、ジークムントが敵であることを悟り、一晩だけは客として扱うが、明日の朝には決闘すると言い渡す。

第3場
ジークリンデはフンディングに眠り薬を飲ませて、ジークムントを逃がそうとする。ジークムントは「冬の嵐は過ぎ去り」を歌う。ジークリンデも「あなたこそ春です」と歌い、二重唱となる。互いに生い立ちを語るうちに、自分たちが兄妹であることを知る。

ジークムントは、庭のトネリコの木に突き立てられて、それまで誰も引き抜くことが出来なかった剣を引き抜くと「ノートゥング」と名付ける。ジークムントはジークリンデを「妹にして花嫁」であると宣言し、二人で館から逃げ去る。

第2幕 「荒れ果てた岩山」

第1場
ワルキューレの騎行の動機が流れて幕が上がる。ヴォータンとブリュンヒルデが立っている。ヴォータンはブリュンヒルデに、ジークムントとフンディングの戦いでジークムントを勝たせるように命じる。ブリュンヒルデが去ったところへフリッカが登場する。フリッカは、ジークリンデの不倫と兄妹の近親相姦を厳しく非難する。ヴォータンは、勢いに押されてやむなくジークムントを負けさせることを誓う。

第2場
ブリュンヒルデが戻ると、ヴォータンは「ジークムントに死をもたらすように」と命じる。ヴォータンによる長い語りで、ファーフナーにヴァルハラ城建造の報酬としてニーベルングの指環を与えたが、それがアルベリヒの手に戻ることを恐れて、神々の意志とは離れた人間にファーフナーから指環を奪わせる構想(「遠大な計画」)を立てたものの、それが挫折して、神々の終末が訪れるという予感が述べられる。ブリュンヒルデはそれに当惑してしまう。

第3場
逃げてきたジークムントとジークリンデが登場する。ジークリンデは、ジークムントが戦いで倒れてしまう幻覚に捉われて気を失う。

第4場
ジークムントが気を失ったジークリンデを介抱していると、ブリュンヒルデが現れる。ブリュンヒルデは「ジークムントはフンディングと戦って死ぬ運命だが、勇者としてヴァルハルに迎え入れられる」と告げる。しかし、ジークムントはジークリンデと離れることを拒否し、ならばノートゥングで二人は死ぬと言う。心を打たれたブリュンヒルデは、ヴォータンの命令に背いてジークムントを救うことを決意する。

第5場
フンディングの角笛が響いてくる。雷鳴が轟き、ジークムントとフンディングの戦いが始まる。ブリュンヒルデがジークムントに加勢しようとするが、その時ヴォータンが現れ、槍でノートゥングを砕く。剣を失ったジークムントは、フンディングの槍に刺されて敗れる。叫び声をあげるジークリンデを、ブリュンヒルデは愛馬グラーネに乗せて連れ去る。ヴォータンは、命令に背いたブリュンヒルデに怒り、恐ろしい勢いで後を追う。

第3幕 「岩山の頂き」
(序奏)「ワルキューレの騎行」に乗って8人のワルキューレたちが歌いながら岩山に集まってくる。

第1場
一歩遅れてブリュンヒルデがグラーネに乗ってやってくる。ヴォータンの命令に背いてジークリンデを連れ去ったことを聞くと、ワルキューレたちは愕然とする。ジークリンデは死にたがるが、ブリュンヒルデがジークリンデの体には子供が宿っていることを告げて、生きるように説得する。いずれ英雄と成るはずの子に「ジークフリート」と名付ける。ジークリンデはノートゥングの破片を持って森へ逃れてゆく。

第2場
後を追って来たヴォータンが怒り狂って到着する。ブリュンヒルデをワルキューレから外し、父娘の縁も切ると告げる。それをなだめようとする他のワルキューレたちを追い払うと、ヴォータンとブリュンヒルデの二人だけとなる。

第3場
ブリュンヒルデは、自分の行動はヴォータンの真意を汲んでのことだと説明するが、ヴォータンは、処罰は変えられないと言う。ブリュンヒルデは「ひとつだけ願いがある、自分の周りに火を放って誰も近づけないようにしてほしい」と言う。ヴォータンは「さらば、勇敢で気高いわが子よ」と歌い、「ヴォータンの告別」の音楽となる。
ヴォータンはブリュンヒルデを抱き寄せ、目を閉じさせると岩山に横たえ、体を盾で覆う。槍を振り、岩を3度突いてローゲを呼び出すと「魔の炎の音楽」となる。
岩から炎が上がり、ブリュンヒルデを取り囲む。ヴォータンは「この槍の穂先を恐れるものは、決してこの炎を踏み越えるな!」と叫ぶ。炎に囲まれて横たわるブリュンヒルデを残してヴォータンが去ると幕が下りる。

―CD紹介―

それでは所有しているCDの紹介です。大半は4部作まとめての全曲盤となりますが、昔のLP盤時代にはそれぞれが単独で発売されましたし、「ワルキューレ」のみでレコード化されることも有りました。LP盤といえども長時間過ぎたのでしょう。現代はブルーレイディスク1枚に「指環」四部作が収まってしまうのですから時代は変わりました。何はともあれ順にご紹介します。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団(1950年録音/ Gebhardt盤)
第2次大戦後、フルトヴェングラーがミラノ・スカラ座で行った「指輪」全幕上演の際の歴史的な録音です。イタリア放送によるモノラル音源をもとに様々なレーベルからリリースされましたが、自分が所有するのはドイツの復刻盤を主とするGebhard盤です。残念ながら音は貧しく、音揺れも多々あります。キングレコードが伊チェトラ社から取り寄せた初期アナログテープを基にした復刻盤が「音が良い」とのふれこみで出ていますが、かなり高価なのでハイライト盤しか所有しません。ところが高価な割にはGebhard盤より格段に良いとまでは言えませんし、どちらにしてもワーグナーの管弦楽を楽しむには全く物足りません。それでもスカラ座のオーケストラは金管の響きが幾らか明るい傾向はあるものの、フルトヴェングラーの実演だけあって、演奏は白熱してドラマティック、かつロマンティックな息づかいが一杯に漂っています。第三幕など実に感動的です。歌手陣もブリュンヒルデにフラグスタート、ヴォータンにフェルディナント・フランツ、ジークムントにギュンター・トレプトウなど、素晴らしい歌手達が揃っています。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮イタリア放送交響楽団(1953年録音/EMI盤)
1953年にローマで行われた演奏会形式による「ローマ・リング」も素晴らしいです。舞台を伴わなかった分、「ミラノ・リング」の白熱さには及びませんが、オーケストラともども演奏に集中出来たのか、完成度の高さが有ります。「ミラノ」の方がフルトヴェングラーらしいとの評が一般的ですが、ミラノはいわば“戦時中のフルトヴェングラー”のようで、ローマは“戦後のフルトヴェングラー”だとも言えるでしょう。歌手はブリュンヒルデにマルタ・メードル、ヴォータンにフェルディナント・フランツ、そしてジークムントにはヴォルフガング・ヴィントガッセンと主要なキャストも理想的です。録音については「ラインの黄金」の時にも書きましたが、無理に高音域を強調せずに、高中低域のバランスが良いので聴き易いです。惜しまれるのはEMIの優柔不断のためにイタリア放送局がオリジナルテープを消してしまったことです。アセテート盤から起こしたテープではなくて、オリジナル音源から復刻されていたらどんなに良かったでしょう。 

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クレメンス・クラウス指揮バイロイト祝祭劇場管(1953年録音/オルフェオ盤)
1953年に初めてバイロイトの指揮台に立ったクラウスでしたが、翌年5月に急死してしまった為に「指環」の演奏はこの時の1回だけで終わりました。クラウスは、同じ時代のクナッパーツブッシュやカイルベルトなどの重厚でゲルマン的な演奏とは異なり、速めのテンポで流れるように進み、旋律もしなやかに歌わせます。リズムのキレが良く生命力に溢れますが、要所でのテンポの変化が秀逸で、劇的さにも何ら不足しません。その辺りは後年のベームやブーレーズ時代の先取りだったのかもしれません。歌手陣に関しては、ヴォータンのホッター、ブリュンヒルデのヴァルナイ、ジークリンデのレズニク、ジークムントのヴィナイ、フンディングのグラインドルと、よくもまぁこれだけ凄いメンバーが揃ったものだと感心します。彼らが各場面で演じる丁々発止のかけ合いには思わず唸らされます。歌の濃さとクラウスの子気味良さとのバランスが絶妙で、作品の長さを少しも感じさせません。オルフェオ盤はバイエルン放送協会のオリジナル音源が使用されて、モノラル録音ながら明瞭で安定した音です。管楽器の音が幾らか奥に引っ込み気味ですが、歌手達の凄い歌をとことん味わうにはむしろ好都合かもです。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル(1954年録音/EMI盤)
EMIはフルトヴェングラーの「リング」全曲のセッション録音を企画していたので、「ローマ・リング」のレコード化の契約を躊躇し、それが結局はオリジナルテープ消去の要因と成りました。EMIの録音は「ワルキューレ」から開始され、1954年の9月末から10月初めにウィーン・フィルとムジークフェラインにおいて行われました。ところがその直後に体調を崩し、僅か2か月後にフルトヴェングラーは肺炎のために亡くなります。このフルトヴェングラー最後の録音は、ミラノやローマでの演奏と比べると、テンポも落ち着いていて、白熱さはやや薄めとなりました。しかし要所での気合の入り方はとても世を去る直前の人の演奏とは思えません。特に第三幕は素晴らしく、終結部の「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」にかけては非常に感動的で胸を打たれます。弦楽や管楽の豊かな表現力もウィーン・フィルならではです。歌手もジークムントのズートハウスが素晴らしく、ブリュンヒルデのメードル、ヴォータンのフランツ、ジークリンデのリザネック、フンディングのフリックと最高の面々が揃っています。録音はモノラルですが、「ミラノ」「ローマ」よりもずっと明晰でバランスの良い音です。そうなると尚更のこと四部作が完成しなかったのが惜しまれます。 

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ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイロイト祝祭劇場管(1955年録音/テスタメント盤)
演奏会のライヴは1960年代半ばまではモノラル録音が一般的でしたが、それが1955年のバイロイトで「指環」全曲のステレオ録音が行われたのは全くもって奇跡です。デッカ・チームによる録音しに残る偉業と言えます。これは2チクルスあった公演の1回目のチクルス本番を基に編集されていますが、2回目のチクルスによる録音盤も別途リリースされています。どちらにしても「ラインの黄金」と同様に録音は非常に明瞭で、管弦楽の中低域の音の厚みや自然な広がりが素晴らしいです。カイルベルトも堂々たる指揮ぶりで、真のドイツのカペルマイスターとしての実力を遺憾なく発揮しています。要所での劇的な迫力も凄いですし、「魔の炎の音楽」にかけての終結部は凄いです。歌手についてはヴォータンにホッター、ジークムントにヴィナイ、ブリュンヒルデにヴァルナイ、フンディングにグラインドルという強力布陣です。ジークリンデのブラウエンスタインは美声で可憐な雰囲気で、強そうなヴィナイの兄貴との組み合わせが楽しいです。ちなみに第2チクルス盤では、ブリュンヒルデがメードル、ジークリンデがヴァルナイに配役が入れ替わりますが、組み合わせとしてはどうでしょうか。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1956年録音/オルフェオ盤)
クナッパーツブッシュがバイロイトで「指環」を指揮した1951565758年のうち、唯一の正規盤がリリースされているのが56年で、このオルフェオ盤にはバイエルン放送協会所有のマスター音源が使われています。但しモノラル録音で、管弦楽の音が今一つ明瞭さに不足して感じられる部分も有るものの、歌手の声は非常に明瞭で、この年にもずらりと揃った名ワーグナー歌手達の歌唱を心から味わえます。特にジークムントがヴィントガッセンなのは嬉しく、その英雄的で若々しい美声は、ヴィナイの野趣の有る太い声よりも好みます。ブリュンヒルデのヴァルナイ、ヴォータンのホッター、ジークリンデのブラウエンスタイン、フンディングのグラインドルは前の年のカイルベルト盤と同じメンバーなので文句無しです。しかしこの演奏の主役はやはりクナッパーツブッシュで、第1幕前奏曲から遅めのテンポで雄大に開始します。録音の影響で演奏の凄味がやや損なわれているのが残念ですが、それでも聴く進むうちに現われる様々な動機をスケール大きく劇的に盛り上げてゆく指揮ぶりはやはり圧巻で、他の指揮者がみな矮小に感じられそうです。終結部の「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」にかけての何と深いこと! 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1957年録音/ WALHALL盤)
クナッパーツブッシュのバイロイトの「指環」全曲盤の195758年の正規盤は未だに出ていませんが、MelodramWALHALLなどのマイナーレーベル盤から音の良いディスクが出ていますし、57年盤はキングレコードからも出ています。そのうち自分が所有しているのはWALHALL盤です。モノラル録音ですが、バイロイトにしてはオンマイク的で分離が良く、細部も明瞭で生々しさが有ります。歌手の声も明瞭なのですが、強音で幾らかざらつきが感じられるのがマイナスです。もっとも年代を考えれば気に成るほどではありません。管弦楽は録音の影響で前年1956年盤よりも迫力が感じられ、クナッパーツブッシュの巨大なワーグナーの世界への感銘度が更に増します。歌手については、ヴォータンのホッターはもちろん前年と変わらず、「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」は正に感涙ものです。ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのグラインドルも前年と同じですが、ジークフリートはラモン・ヴィナイに、ジークリンデはビルギット・ニルソンに変わりました。ヴィナイの男っぽい声は、いかにも強そうで、ヴォータンの槍にも負けそうに無いのが()、いかがなものでしょう?全体の配役だけなら個人的には前年の方が好みです。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1958年録音/GOLDEN Melodram盤) クナッパーツブッシュとして最後の「バイロイト・リング」となる58年の録音ですが、自分が全曲盤で所有しているのはMelodram盤です。これは非正規盤でモノラル録音ながら音質が驚くほど優れています。57年盤も優れた録音でしたが、この58年の録音は更に音質が向上しています。オーケストラの厚い重低音、澄んだ高音域が素晴らしく、歌手の声も極めて明晰ですし、音場感や舞台の奥行きや広がりが大いに感じられます。55年のステレオ録音のカイルベルト盤と比べても、ほとんど遜色無い様に感じられます。クナの演奏自体も増々音がうねり、彫が深く、翳りが濃くなり、途方も無く深化を遂げています。「ワルキューレの騎行」など要所での迫力にも圧倒されます。オーケストラの質自体も高まり、57年ではオーケストラのアンサンブルや金管のハーモニーがいま一つでしたが、58年では見事に改善されています。歌手はヴォータンのホッター、ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのグラインドルは前年と変わりませんが、ジークムントにジョン・ヴィッカーズ、ジークリンデにレオニー・リザネクが起用されました。ヴィッカーズの声質は役柄には相応しいと思います。Melodramの全曲盤は今では入手が難しいですが、WALHALLの「ワルキューレ」単独盤なら入手可能だと思います。 

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ルドルフ・ケンペ指揮バイロイト祝祭劇場管(1961年録音/オルフェオ盤)
戦後にバイロイトの演出を手掛けたヴィーラント・ワーグナーの弟であるヴォルフガンク・ワーグナーが新演出した「指環」でした。指揮を任されたケンペは4年間続けて振りますが、これは二年目の1961年の公演です。ケンペはそれ以前のクナッパーツブッシュやカイルベルトらと比べてしまうと、幾らかスケールに小ささが感じられるのはやむを得ません。これが「指環」でなく「ローエングリン」あたりなら気に成らないのでしょうが。それでもドイツの正統的な実力派として、がっちりとした構築性を持った聴き応えある演奏を成し遂げています。特に後半になるほど凄味を増します。歌手は、ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのフリック、フリッカのリザネク辺りは常連ですが、ヴォータンのジェローム・ハインズ、ジークリンデのレジーヌ・クレスパンは新鮮です。ジークムントのフリッツ・ウールだけは何となく“優男(やさおとこ)“に聞こえなくもありません。音源はバイエルン放送協会のマスターで、モノラル録音ながら大変明瞭で音域のバランスも良い優れた音質です。歌声が最強音で僅かに音割れしますが気にするほどでは有りません。 

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エーリヒ・ラインスドルフ指揮ロンドン交響楽団(1961年録音/DECCA盤
ラインスドルフはウィーン生まれで戦前はヨーロッパで活動しましたが、ユダヤ人だった為に米国に移り、1937年からはメトロポリタン歌劇場で活躍します。のちにボストン響の監督にも就きますが、メトでのオペラ指揮者としての活動の方が長いです。「ワルキューレ」は確かメトでのデビュー演目だったと思います。60年代にメトで指揮した「指環」全曲の復刻盤も出ていますが、「ワルキューレ」は最も得意とするようで、DECCAによりロンドンでセッション録音が行われました。ショルティ盤の陰に隠れていますが、これほど刺激的でスリリングな演奏には中々おめにかかれません。冒頭の前奏曲で嵐の中をジークムントが逃げてくるシーンから凄まじい速さで切羽詰まった雰囲気に驚かされます。ロンドン響もラインスドルフの要求に応えて、緊張感あふれる音で熱演しています。しかも歌手はブリュンヒルデにニルソン、ヴォータンにジョージ・ロンドン、ジークムントにヴィッカーズ、ジークリンデにブロンウェイステインと、主要役はバイロイトにも遜色有りません。DECCAの録音ももちろん優秀で、「指環」全曲が録音されていれば、もしやショルティ盤は制作されていなかったかもとさえ思えます。 

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ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー(1965年録音/DECCA盤)
ショルティの「指環」で最後に録音されたのは「ワルキューレ」でした。前述したラインスドルフ盤ではケチを付けましたが、何と言ってもこの当時のウィーン・フィルの美しい音を完成度の高い演奏で聴くことが出来るのは価値が有ります。しかしショルティには、まだまだ、少なくともセッション録音でオペラの感興を常に高く維持する能力には不足していた気がします。特に第1幕の緊迫感を欠いた演奏には、まるで各動機のサンプラー盤を聴くような虚しささえ感じます。それは、ジークムントのジェームズ・キング、ジークリンデのクレスパン、フンディングのフリックという歌手達に責任が有るわけでは無く、指揮者の問題なのは明らかです。ところが、第2幕ではヴォータンのホッタ―、フリッカのルードヴィッヒ、ブリュンヒルデのニルソンと共に緊張感を取り戻して良い演奏となり、ムラが大きいです。第3幕の「ワルキューレの騎行」の演奏はフランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示録」に使われたことでブレイクしましたが、音響効果を加えているので本当のスペクタクル映画みたいなのが微妙です。その後も迫力ある音が、すこぶる聴き映えしますが、総じてドラマよりはサウンドを楽しむディスクだと言えそうです。しかし、終幕のホッタ―による「ヴォータンの告別」は絶品です。 

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カール・ベーム指揮バイロイト祝祭劇場管(1967年録音/フィリップス盤)
1965年から67年まで三年間続けてバイロイトで「指環」を指揮したベームの全曲盤は66年と67年の録音で編集されていますが、「ワルキューレ」は最後の67年の演奏です。当時は『次の演奏会場へ行くのを急いでいるような演奏だ』と酷評もされましたが、冒頭の前奏曲から緊迫感に溢れ、速めのテンポでぐいぐいと進みます。その後も、凄まじい緊張感と迫力が生きた“ドラマ”を生み、否応なく惹き込まれてしまいます。退屈する余裕など何処にも無く、前述のショルティと何という違いでしょう。管弦楽の迫力はベームのワーグナーならではで、その凝縮された厳しい響きは決して耳に優しい音とは限りませんが、ひとたびその魅力に取りつかれたら、麻薬の様に繰り返して聴きたくなります。このような生き生きとした魅力は劇場の実演の長所で、セッション録音からは中々に生れ辛いものだという気がします。歌手については、ジークムントのジェイムズ・キングは声が若々しい為にジークリンデのリザネクからは弟君のようにも聞こえますが素晴らしいです。ブリュンヒルデのニルソンはもちろん文句無しですが、ヴォータンのテオ・アダムの声質が軽いのが残念。フンディングのニーンシュテットもやはり同様。フリッカのブルマイスターには恐妻ぶりが足らない印象。と、全体的には不満も残りますが、それを全部吹き飛ばしてしまうのがベームの見事な指揮と管弦楽です。フィリップスによる録音は残響の少ないバイロイト劇場の音に忠実で生々しさが有り、この演奏に相応しいです。 

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー(1966年録音/グラモフォン盤)
カラヤンの「指環」は1966年から1970年にかけて録音されましたが、最初の録音は「ワルキューレ」でした。ちなみに自分が大学生の頃に初めて買った「指環」もこのカラヤンのLP盤でした。「ラインの黄金」の記事の時にも書きましたが、この演奏は正に『室内楽的で精緻な演奏』です。もちろん、ここぞという箇所では凄い音を鳴り響かせますが、全体に渡りベルリン・フィルを駆使して“微に入り細に入り”精緻な音を出させています。管弦楽の音が明るいことも有り、ワーグナーのゲルマン的な響きというよりもリヒャルト・シュトラウスを想わせますが、劇場では実現困難な最高に精妙な演奏が聴かれます。それは入念なセッション録音にして初めて実現するのでしょうが、代償として、劇場の舞台のドキドキする興奮は薄められます。特に第1幕にその弱点が感じられます。しかし第2幕以降では中々のドラマを表出しているのはさすがカラヤンです。歌手に関してはジークムントのヴィッカーズ、ジークリンデのヤノヴィッツには特に不満は有りません。ブリュンヒルデのクレスパンは何となくエキセントリックなところがクンドリっぽい?です。ヴォータンのステュアートは声に貫禄が足りませんし、フンディングのタルヴェラもしかりです。総じて歌手陣には、やや不満が残りますが、ここはまぁベルリン・フィルが主役ということで。録音は優れますが、ショルティの「指環」ほどオーディオ・サウンド風で無いのは好印象です。 

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ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭劇場管(1980年録音/フィリップス盤)
「指環」のバイロイト初演100周年となった1976年以来、毎年の公演を指揮したブーレーズですが、これは1980年の舞台収録です。ブーレーズのテンポは比較的速めで淀むことなく進みます。印象的なのは管弦楽の響きで、過去のゲルマン的な厚い音から地中海的な美しく澄んだ音に変わっています。しかしカラヤン/ベルリン・フィルの様にリヒャルト・シュトラウスに聞こえることも無く、やはりワーグナーの音です。劇場での実演ならではの緊張感や高揚感、息づかいに満ち溢れていて、ブーレーズのオペラがこれほど素晴らしいとは改めて驚かされます。歌手については、ジークムントのペーター・ホフマンが“勇者の力強さ”と“愛に目覚める情感”の両方を見事に表現し尽くしています。声そのものはヴィントガッセンを最も好みますが、表現力ではそれ以上かもしれません。ジークリンデのジャニーヌ・アルトマイアーも声と表現どちらも良いです。その他、ヴォータンのマッキンタイア、ブリュンヒルデのギネス・ジョーンズ、フンディンクのサルミネン、フリッカのハンナ・シュヴァルツと全体的にやや小粒ながら、どこにも隙が見られません。録音はバイロイトで何年も経験を積み重ねたフィリップスが、このホールの音の柔らかさに加えて、舞台の上の歌手達の動きが手に取るように分かる遠近感を見事に再現していて素晴らしいです。 

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マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1981年録音/RCA盤)
ドレスデンのゼンパー・オパーの再建落成記念として「指環」が上演された際にDENON、西独オイロディスク、東独シャルプラッテンの共同制作により全曲が録音されました。ドイツの歌劇場でたたき上げられてオペラを得意としたヤノフスキの指揮には、強い個性は無いものの、オーソドックスな誠実さが魅力でもあります。第1幕前奏曲がベーム並みの速さなのは驚きますが、それ以降は手堅く堅実な演奏と成り、更にメリハリをつけて歌わせて欲しい部分も頻出しますが、良くも悪くもリラックスして聴いていられます。管楽器も抜群の上手さです。歌手については、ジークムントのジークフリート・イェルザレムは若々しい声と表現が魅力です。一方、ジークリンデのジェシー・ノーマンは余りにクセが強く、この役には適しません。ブリュンヒルデのジャニーヌ・アルトマイヤーも幾らかクセが有るものの許容範囲です。ヴォータンのテオ・アダムは、やはり声の軽さがマイナスですが、「告別」は感動的です。フンディングのクルト・モル、フリッカのイヴォンヌ・ミントンには文句ありませんが、総じて歌手には少々不満が残ります。録音に関しては、名門シュターツカペレ・ドレスデンを、響きの良いルカ協会でセッション録音したので、いぶし銀のドレスデンサウンドを味わえます。ヤノフスキの演奏スタイルとも合致しますし、ベームのような極度の緊張感を強いられないので、逆に好む方もおられるかもしれません。 

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ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管(1987年録音/グラモフォン盤)
1987から89年にかけてセッション録音された「指環」全曲からで、メトにおけるDVD映像とは別演奏です。世界に誇るオペラハウスの名に恥じず、オーケストラの優秀さに感心します。ゲルマン的な音の暗さ、厚みは無いとしても、この時代のベルリン・フィルの明る過ぎる音色よりもむしろ好ましく思います。レヴァインの指揮は基本のテンポが遅く、下手をするともたれてしまう危険性が有りますが、生の舞台の息づかいや雰囲気を感じさせて上手く盛り上げて乗り切っています。巨大な広がりの有るクナッパーツブッシュのタイプとも言えます。終幕の「告別」もヴォータンの哀しみが深く静かに伝わって感動的です。歌手はジークムントのゲイリー・レイクスは声が若々しく凛々しさが有り、強さの陰にも戦いで倒される悲哀を感じさせて気に入りました。ジークリンデはジェシー・ノーマンですが、ヤノフスキ盤の時よりはクセの強さが薄らいでいるのは好ましいです。ブリュンヒルデのベーレンスは映像で観ても素敵ですが、歌唱だけとっても大好きです。役柄上、更に強さが感じられるともっと良かったのですが。その他も、ヴォータンのジェイムズ・モリス、フリッカのクリスタ・ルートヴィッヒ、フンディングのクルト・モルと万全の布陣です。バイロイト以外でこれだけ高い水準の配役は稀だと思います。グラモフォンによりマンハッタンセンターで行われた入念な録音も優秀です。 

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管(1989年録音/EMI盤)
これは我が国、NHKと深いつながりを持っていたサヴァリッシュがバイエルン歌劇場でNHKが制作した「指輪」映像および録音です。ワーグナーの第二の聖地ですし、「ラインの黄金」と「ワルキューレ」はこの劇場で初演されました。サヴァリッシュは1950年代末からバイロイトで大きな実績を残したようにワーグナーは十八番で、それをこの歌劇場の総監督として指揮した演奏なので、極めて充実しています。全体の統率力、管弦楽と歌手の絡み合いは全く見事です。サヴァリッシュとして最も充実していた時代の記録と言えます。オーケストラが持つ南ドイツ的な温かみのある音は、バイロイトの凄味の有る響きとはまた別の魅力があります。金管楽器がどことなく角笛を想わせるも楽しいです。その代わりに幾らか凄味には欠けます。歌手ではブリュンヒルデのベーレンスは言うまでも無い素晴らしさですが、ジークムントのマンフレート・シェンクが美声で若々しく魅力的です。雄々しさも有りながら、どこかいずれ命果てる弱さも感じられて適役です。ジークリンデのユリア・ヴァラディも声質が役に適していて不満有りません。ヴォータンのロバート・ヘイルには更に性格模写が増したら良いとは思いますが、フンディングのクルト・モル、フリッカのリポヴシェクと、主要な配役はレヴァイン盤と同格か、それ以上です。NHKによる録音は響きが柔らかく、かつ個々の楽器の音が明瞭で素晴らしいです。 

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ダニエル・バレンボイム指揮バイロイト祝祭劇場管(1992年録音/ワーナークラシックス盤)
UNITELがバイロイトで映像制作したプロジェクトで、この「指環」はハリー・クプファーの前衛的な舞台演出が大きな話題となりましたが、バレンボイムが1988年から1992年まで5年連続で同公演の指揮台に立ちました。収録がライヴでは無くセッションで行われたことで録音が非常に明瞭です。それでいて生の舞台の雰囲気が失われていないのは、オペラ、特にワーグナーを得意とするバレンボイムと製作スタッフの力でしょう。バレンボイムの指揮は、ゆったりとした遅めのテンポを基調としますが、随所で大きく歌わせてドラマティックさを引き出します。音の押し出しが強いので、どことなくクナッパーツブッシュの演奏を想わせます。トゥッティの響きには荒さも感じますが、バイロイトのオーケストラの音の威力に圧倒されます。歌手ではジークムントのポール・エルミングの声が少々優(やさ)男っぽいですが熱演です。ジークリンデのナディーネ・ゼクンデも情熱的で、この二人の第一幕終末は「もうどうにも止まらない!」という感じです。第二幕でヴォータンのジョン・トムリンソンが、恐妻フリッカのリンダ・フィニーに始終押されっぱなしなのはご愛敬。ブリュンヒルデのアン・エヴァンスの知名度は高く無いですが、男勝りというよりも凛とした女性の雰囲気が魅力です。フンディングのマティアス・ヘレ、フリッカのリンダ・フィニーは役柄に合った声が良いです。これもまた管弦楽と声楽、それに録音のどれもが満足出来る良いディスクだと思います。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮バイロイト祝祭劇場管(2008年録音/オーパス・アルテ盤)
バイロイトの「指環」ライブ録音としては、ベーム盤以来40年ぶりとなりました。ティーレマンは、遅めのテンポでスケールの大きな、現代で最もドイツ的なマエストロとして疑いなく第一人者です。クナ亡き後に失われてしまった後期ロマン派然とした巨大な演奏をこうして聴くことが出来るのは何とも嬉しいです。音に重量感が有り、各動機、フレーズの一つ一つがまるで大波がうねるように奏されます。「ワルキューレの騎行」で途中からテンポをぐっと落とすのもクナそっくりです。オーケストラの質もおよそ最高で、ライブとは思えない完成度の高さです。歌手については、ジークムントのエントリク・ヴォトリヒは声に伸びと輝きが足りませんが、悲哀を感じさせるのは良いです。一方ジークリンデのエファ=マリア・ウェストブロックは美声で優しさを感じさせて魅力的です。ブリュンヒルデのリンダ・ワトソンは声がややカン高いものの勇女らしくて良いと思います。ヴォータンのアルベルト・ドーメンも悪くは無いのですが更に深味が加わると良かったです。フリッカのミシェル・ブリート、フンディングのクヮンチュル・ユンについては問題ありません。それにしても録音が本当に素晴らしく、祝祭劇場の柔らかい響きが忠実に再現され、その割に個々の楽器の音も良く聴き取れます。バイロイト「指環」録音のベストだと思います。歌手陣はベストとは言えませんが、指揮、オーケストラ、録音が余りに素晴らしいので「指環」の世界にどっぷりと浸りきれます。終幕「魔の炎の音楽」の何と感動的なこと! 

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場管(2011年録音/グラモフォン盤)
何と2008年のバイロイト盤から僅か3年後のティーレマン二度目の録音です。今度はショルティ盤以来およそ半世紀ぶりのウィーン・フィルの「指環」となりました。ティーレマンの解釈に大きな違いは有りませんが、やはりオーケストラの音の性格の違いが明らかです。音の凄味、迫力はバイロイトには及びませんが、ゆったりと歌われるシーンなどでは特に弦楽器の持つ柔らかい美しさが格別です。録音がホールで聴くような臨場感が有って非常に自然ですが、音像が柔らかく、やや遠く感じられる為に幾らか物足りなさを感じるのも確かです。バイロイト盤と比較して録音が劣るというレヴューも目にしますが、これは音造りのコンセプトの違いの影響でしょう。歌手はジークリンデのヴァルトラウト・マイヤーが囚われの嫁としての哀しさ、強さを上手く演じています。ジークムントのクリストファー・ヴェントリスはいかにも優男らしく、殺されてしまう役柄に似合います。ブリュンヒルデのカタリーナ・ダライマンは、声にカン高さが気に成るのと、もう少し優しさが欲しいです。ヴォータンのドーメンはバイロイト盤と共通ですが、やや深みが増したような気がします。特に終幕はオーケストラ共々非常に感動的です。もしバイロイト盤とどちらか一つ選ぶとすれば、迷わずにバイロイトとは成りますが、ティーレマンや「指環」のファンでしたら、二つを聴き比べるのもまた一興です。

―第1幕のみのCD―

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィル(1957年録音/DECCA盤)
LPレコードの時代には第1幕、あるいは第3幕のみの録音は度々見られましたが、4部作が簡単にCDで入手出来る現代において、1幕だけのCDに意味が有るとは思えません。ですが、その中でも特筆大書すべきディスクが有るので上げておきます。クナは1957年にバイロイトで「指環」を指揮した後に「ワルキューレ」の第1幕だけをDECCAにセッション録音しています。ジークリンデのフラグスタートとジークムントのスヴァンホルムによる感涙の歌唱など、感興の高さにおいても実演に匹敵するほどで、スケールの大きさも相変らずです。しかもウィーン・フィルのこぼれるような美音でクナのワーグナーを味わうことが出来ます。当時としては優れたステレオ録音ですし、各楽器の分離の良さは一連のバイロイト盤を上回ります。 

というわけで、「ワルキューレ」には単独盤も有ることから、結局20種となりました。全てまとめて聴くことは最初で最後になるかもしれません。その中で特に気に入ったのは、やはり「ラインの黄金」と同じく、クナッパーツブッシュの1958年バイロイト盤、カイルベルトのバイロイト盤、ベームのバイロイト盤、ティーレマンのバイロイト盤の4種類でした。

しかし次点グループとしてクナッパーツブッシュの1956年盤、ラインスドルフのロンドン響盤、ブーレーズのバイロイト盤、レヴァインのメロポリタン盤、サヴァリッシュのバイエルン盤、バレンボイムのバイロイト盤などにも大いに惹かれますし、それ以外の盤も聴いていてやはり楽しめます。 

さて、次回は「ジークフリート」ですが、新年の初荷となるのはいつになりますか。。。 

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2023年12月22日 (金)

ティーレマン/ウィーン・フィルのブルックナー交響曲第9番

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もうひとつ今年リリースされて購入したCDにティーレマン/ウィーン・フィルのブルックナー交響曲第9番がありました。ただし、早くも全集盤化されたのには驚きと大きな不満が有ります。

だって自分も既存の3番、4番、5番、8番と買ってきて、あとは7番、9番ぐらいは買おうかなと思っていました。それが、まだ7番などが出ていない段階での全集の発売です。これまでせっせと1枚づつ揃えてきたファンに、全集を買い直せということでっか!SONYのセールス戦略にはがっかりです。こうなりゃ意地でも全集は買わん!

それはそれとして3月にリリースされた9番ですが、最初に一度聴いたときに、なんだかシューリヒト/ウィーン・フィル盤によく似ている印象を受けました。実際に全体のテンポはティーレマンにしては随分と速めであっさり、サクサクと進みます。特に第1楽章の演奏時間は僅か23分ちょっとと、シューリヒトよりも短いです。しかし演奏はライブですが、さすがウィーン・フィル。当然編集はされているでしょうが、アンサンブル、ハーモニーはライブとしてはほぼ完璧です。
第2楽章スケルツォもシューリヒトのテンポ、演奏時間とほぼ同じで更に似ています。ただ、前半はリズムを刻む厳しさがやや物足りません。中間部の寂寥感もシューリヒトの方が上です。しかし後半は俄然興が乗って来て聴き応えが増すのは実演ならではです。
さて、かなりユニークなのが第3楽章アダージョです。冒頭、弦楽に少しも力こぶが入らずに、淡々と奏されます。ありゃ、なんと気の抜けた演奏か。。。いや、しかしまてよ、意図的にサラリと流しているのかも?と困惑させられます。しかし聴くうちに、これはことさら仰々しく思いのたけをぶちまけるような演奏とは真逆の演奏であることに気づかされます。特に弦楽が一聴するとシューリヒトよりも淡白な演奏に感じられますが、実はその裏には深い深い情感が秘められています。それを感じた途端にこれはとんでもなくユニークで千利休のわび茶のように奥深い味わいの有る演奏であることに気付きます。終結部のトゥッティも迫力は有りますが騒々しくならないのは良いです。ただ、ハーモニーがパーフェクトでは無いので、チェリならダメ出しするかも(笑)。 

9番のディスクとしては自分はシューリヒト/ウィーン・フィル盤とヨッフム/ミュンヘン・フィル盤を双璧として好みますが、それに続くカイルベルト/ハンブルクやヴァント/NDRの東京ライブと並びそうです。

ティーレマンのこのシリーズでは、4番が最も優れていると思いますが、この9番も8番と並ぶ素晴らしさです。やはりティーレマンのブルックナーは素晴らしい!ぜひ全集盤を購入されてください(笑)。

クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(2022年7月28、30日録音/SONY盤)
録音会場:ザルツブルク祝祭大劇場
ノーヴァク校訂原典版(1951年出版 新全集)使用

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2023年12月18日 (月)

ラファウ・ブレハッチ ショパン ピアノソナタ第2番&3番 名盤

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今年もあと二週間ほどとなりましたね。そんな中、自分はワーグナーの「ワルキューレ」をもくもくと聴いています。手持ちのCD17種を聴き終えて、あと残りは3種ですが、年内に聴き終えられるかどうか。。。 
それはそれとして、今年リリースされた新盤を全く聴いていないわけでもありませんし、どうせなら今年のうちにご紹介しようと思います。 
まずは2005年ショパン・コンクールの覇者で、ポーランドのピアニスト、ラファウ・ブレハッチのショパンのピアノ曲集です。中核となるのは二曲のソナタですが、それぞれの後に小品を置いています。これは演奏会でのアンコールピースをイメージしたのでしょうか? なお、アルバムのタイトルはシンプルに「ショパン」です。

曲目は下記の順番です。

・ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調op.35「葬送」
・夜想曲 第14番 嬰ヘ短調op.48-2
・ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 op.58
・舟歌 嬰ヘ長調op.60
ラファウ・ブレハッチ(ピアノ)(2021年録音/グラモフォン盤) 

ブレハッチのレコーディングは決して多くは無く、その実力とキャリアからすればもっと多くの録音を行っていても良さそうですが、この人もまた完全主義者の性格が有るのでしょうか。そこにようやく出されたソナタ集です。どちらも大好きなので早速聴きました(なのに鑑賞記は3月のリリースから9か月もあと!)。 

ピアノソナタ第2番は、一楽章の開始こそ重く荘重に弾かれますが、第1主題は、どうも冷静で抑揚が効き過ぎのように感じます。もっともっと切迫感が欲しいです。第2主題は最高に好きな部分ですが、ここでも、どこまでも飛翔してゆく心の高まりが感じられません。二楽章はあの機関銃のような激しさは全く無く、いたって冷静です。三楽章の葬送行進曲も淡々としています。そこに文学的な“悲劇性”が姿を見せることは無く、純音楽的に楽譜を音にした印象です。なので中間部はせっかく静寂で美しいのですが、それが余りひき立たない結果に終わります。もちろんブレハッチは熱くなり過ぎない知的な演奏家だとは思いますが、この2番にはそれほどの魅力は感じられません。 

ところがです!ピアノソナタ第3番は、一楽章の開始から一気に惹き付けられました。テンポは幾らか速めで疾走感に溢れますが、そのピアニズムの何とも鮮やかなこと。第二主題ではぐっとテンポを落として、更に念押しするあたり、2番ソナタとはまるで違います。旋律の歌わせ方には充分に心が籠り、豊かな情緒に惹かれます。後半は緩急の変化が自然で、フィナーレに向かって高まってゆく充実感が素晴らしいです。二楽章もテンポは速めで、やはり鮮やかなピアニズムとその隙間に見せる情感のひだが何とも魅力的です。三楽章は淡々と進みますが、弱音の美しさが極めて印象的です。第二主題の深さも最も素晴らしい演奏の一つに数えられると思います。終楽章はじっくりと腰を据えて、一つ一つの音をたっぷりと鳴らし切っていて凄味すら感じさせます。大交響曲のような響きのスケールの大きさを感じます。 

最後に「舟唄」がゆったりと弾かれていて、ソナタで感動した後にさながらアンコールを味わっているようです。

というわけで、2曲のソナタの印象が大きく分かれる結果となりました。

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2023年10月19日 (木)

ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」 ~4部作「ニーベルングの指環」序夜~ 名盤

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リヒャルト・ワーグナーの長大なオペラ作品である楽劇「ニーベルングの指環」は、ワーグナーが35歳から61歳まで26年もの年月をかけて作曲しました。演奏の時間は正味で約15時間に及び、それが4日間に渡って上演されるという空前絶後の作品です。
4日間の内訳は、序夜「ラインの黄金」、第1日「ワルキューレ」、第2日「ジークフリート」、第3日「神々の黄昏」です。演奏するオーケストラも大きく、100名以上の編成となります。 

物語は叙事詩で、世界の支配者と成れる魔法の指環をめぐって、神様、英雄、神話上の生き物たちの争いが、神々の世界、地上の世界、ライン河の水底、地下のニーベルング族の住むニーベルハイムなどで三世代にわたって繰り広げられ、最後には神々の城が炎上して灰となり、そこに真の愛が蘇るという気の遠くなるようなスケールの内容です。ワーグナーは台本から先に創作を始めましたが、書いた順番は「神々の黄昏」「ジークフリート」「ワルキューレ」「ラインの黄金」で、つまり後ろから前へ遡ります。 

序夜「ラインの黄金」は、ワーグナーがテキストを1853年に書き上げると直ぐに作曲に取り掛かり、翌年にはスコアを完成させました。ワーグナーは4部作の全てが完成するまでは舞台上演をしようとしませんでしたが、パトロンのバイエルン国王ルートヴィヒ2世が、完成したものから上演するようにと命じたことから、1869年に「ラインの黄金」のみを宮廷歌劇場でフランツ・ヴュルナーの指揮で初演しました。 

<序夜>だけあって、1幕4場のみで、4作の中では最も短いですが、それでも上演には2時間半以上を要します。内容的にも以降の3作と比べれば薄いですが、どうしてどうして単独で鑑賞しても充分楽しめる作品です。 

<主な登場人物>
ラインの乙女たち(ヴェルグンデ、ヴォークリンデ、フロスヒルデ) :ラインの黄金を守る。

アルベリヒ:ニーベルング族の長。

ヴォータン:神々の長。

フリッカ : ヴォータンの妻。

フライア : 女神。フリッカの妹。

エルダ:知の神。

ローゲ : 火の神。悪智恵を働かせる。

ファーゾルト : 巨人の兄。

ファーフナー : 巨人の弟。

ミーメ : アルベリヒの弟。 

<物語の概要>
第1場 ライン河の水底
ライン川の水底を三人のラインの乙女が泳いでいる。そこへニーベルング族のアルベリヒが現われて、ラインの乙女たちに言い寄るが、乙女たちは彼をあざ笑う。憤るアルベリヒは河の底に眠る黄金を見つけるが、ラインの乙女たちから「愛を断念する者だけが黄金を手にし、世界を支配する力を持つ指環を造ることが出来る」と聞かされる。アルベリヒは、愛の禁欲ぐらいなら出来ると黄金を奪い去る。 

第2場 広々とした山の高み
神々の長ヴォータンは巨人族の兄弟ファーゾルトとファーフナーにライン河畔の山上にヴァルハラ城を造らせた。兄弟への報酬として女神フライアを与えるという契約になっていたが、その約束を果たすつもりのないヴォータンは、この契約を勧めた火の神ローゲに事の収拾を図らせようとする。 
ローゲはニーベルング族のアルベリヒがラインの黄金を奪い去ったことを話すと、ニーベルング族と確執のある巨人たちは黄金をフライアの代わりの報酬にしろと言い出し、フライアを人質にして連れ去ってしまう。ヴォータンは、ラインの黄金を手に入れるためにローゲを伴って地底に降りてゆく。 

第3場 地底のニーベルハイム
アルベリヒはラインの黄金から鍛えた指環を造り、その力でニーベルング族の支配者となっていた。弟のミーメには密かに魔法の隠れ頭巾を作らせ、それを奪い取り我がものにした。 

ヴォータンとローゲは嘆くミーメから事情を聞き出す。そこへ現われたアルベリヒはヴォータンとローゲを警戒するが、次第にローゲの口車に乗せられ、隠れ頭巾を使って大蛇に化ける。小さいものにも変身できるかと問われ、カエルになってみせたところを捕らえられてしまう。ヴォータンとローゲはアルベリヒを縛り上げて地上に連れ行く。 

第4場 再び第2場の山の上
アルベリヒは仕方なく集めた黄金をヴォータンに差し出すが、魔法の隠れ頭巾とラインの黄金を鍛えた指環も取り上げられてしまう。ようやく自由の身となるが、指環に死の呪いをかけて去る。 

巨人族の兄弟がフライアを連れて現れ、フライアの身の丈の黄金財宝を要求する。隠れ頭巾を差し出してもまだ足らず、巨人たちはヴォータンの指環を要求する。ヴォータンはこれを断固拒絶するが、岩の裂け目から登場したエルダがヴォータンに、呪いを避けて指環を手放すよう警告し、世界の終末が迫っていると告げるとヴォータンはようやく指環を巨人たちに渡し、フライアは解放される。

黄金を手に入れた巨人の兄弟は、その取り分をめぐって争い始め、弟のファーフナーは兄のファーゾルトを棍棒で打ち殺す。 

雷神ドンナーがハンマーを振るって雲を呼び集め、神々の城に虹の橋が架かると、ヴォータンは城に「ヴァルハラ」と名付け、橋を渡って神々は入城するが、ライン河からは黄金を奪われた乙女の嘆きが聞こえてくる。 

それでは所有するCDの紹介ですが、実際はほとんど4作まとめての全曲盤です。かつてのLP盤時代ならいざしらず、CD以降の時代では全曲盤が普通となりましたし、購入もし易いです。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団(1950年録音/ Gebhardt盤)
第二次大戦後、ナチ疑惑が晴れて楽壇復帰したフルトヴェングラーに対してミラノ・スカラ座はドイツ・オペラの指揮を打診します。それを受けたフルトヴェングラーは、「指輪」全幕を当時の層々たるワーグナー歌手を集めて上演しました。その演奏はイタリア放送によるモノラル音源をもとにこれまで様々なレーベルからリリースされましたが、現在入手可能なのはキングレコードが伊チェトラ社から取り寄せた初期アナログテープを基にリマスター復刻したものです。高価なので自分はハイライト盤しか持っていません。全曲盤の所有はGebhard盤です。GebhardARCHIPELWALHALLレーベルを傘下に持つドイツの新興レーベルで、復刻盤を主とします。ただしキング盤と比べても更に音が貧しく、テープの揺れも所々に有ります。どちらにしてもワーグナーの管弦楽を楽しむには全く物足りません。オーケストラも第一場までは調子が出ておらず、金管などは情けない音を随分と出しています。ところが、音楽が進むにつれてオーケストラも調子を上げて、極めてドラマティックとなります。歌手陣も表現力豊かな歌手が揃っていて素晴らしいです。全体がオペラハウスの雰囲気に溢れているのが魅力です。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮イタリア放送交響楽団(1953年録音/EMI盤)
ミラノ公演から3年後の1953年にローマで行われた演奏会形式の公演で、ラジオ放送されたモノラル音源です。ファンの間では「ミラノ・リング」に対して「ローマ・リング」と呼ばれます。この録音はEMIとの間でレコード化の話が有ったものの、EMIのレッグが、フルトヴェングラーの「指環」はウィーン・フィルとのセッション録音を考えていたことから、契約が延び延びとなり、しびれを切らせたイタリア放送局がオリジナルテープを消してしまったそうです。フルトヴェングラーは結局「ワルキューレ」のセッション録音を残したのみで他界してしまいました。時すでに遅し、EMIは「ローマ・リング」をアセテート盤から起こしたテープで復刻したそうです。それでも高中低音域のバランスが良く、個人的には「ミラノ・リング」よりも聴き易いです。演奏会形式であった利点も有り、前奏曲からして金管のハーモニーが「ミラノ・リング」よりも美しく神秘感が出ています。確かに「ミラノ・リング」は劇的で興奮を誘い、よりフルトヴェングラーらしいかもしれませんが、余りに人間的で、ワーグナーの音楽の神々しさにおいては「ローマ・リング」が上と考えます。もちろん劇的さも不足はしません。管弦楽に関してもイタリア放送響は、スカラ座管よりもドイツの響きに近く感じられます。歌手はヴォータンのフランツは重厚で立派ですし、他の歌手も実力派が勢揃いしていて、ミラノよりもじっくりとした歌唱ぶりが好ましいです。 

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クレメンス・クラウス指揮バイロイト祝祭劇場管(1953年録音/オルフェオ盤)
1951年に戦後のバイロイトが再開されてから1959年を除いて毎年「指環」が上演されましたが、1953年にはクラウスが指揮台に立ちました。ところが、クラウスは翌年5月に急死してしまう為にバイロイトへの登場は一年だけ、しかも「指環」は第2チクルスの1回だけで終わったことから、このライブ録音は大変貴重となりました。クラウスの指揮は、全体は速めのテンポでサクサクと進み、躍動する生命力で一杯です。当時のクナッパーツブッシュやカイルベルトの重厚なゲルマン的な演奏とは異なり、リヒャルト・シュトラウス風のワーグナーだと言えます。あるいは後年のベームの先取りかもしれません。クラウスは旋律をしなやかに歌わせますが、要所でテンポを動かして劇的さにも決して不足はしません。歌手陣に関してこの年は最高だと良く言われますが全く異論はなく、特にヴォータンのハンス・ホッターが全盛期の凄さですし、アルベリヒのナイトリンガーももちろん最高で、この二人が対峙する緊迫感溢れるかけ合いには思わず唸らされます。そのほかの歌手陣にも全く疵が無く本当に素晴らしいです。この音源は、バイエルン放送協会のマスターを使用とのことで、モノラル録音ながらかなり明瞭な音質です。これまでに様々なレーベルからも復刻されていて、よく「管弦楽の音が引っ込んでいる」という評も見受けますが、当時のバイロイト録音としては普通の聞こえ方だと思います。フルトヴェングラーの2種の盤もこれぐらいの音なら良かったのですが。 

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ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイロイト祝祭劇場管(1955年録音/テスタメント盤)
何とこの年のバイロイトでは、世界初の「指環」の全編ステレオ録音がデッカのチームにより行われました。それはショルティ盤に先駆けてのことです。当時はまだステレオ録音の最初期の時代で、ライヴ収録の「指環」など奇跡の記録だと言えます。なお、これは公演の2チクルスとも録音したうち、1回目のチクルス本番、リハーサル、ゲネラルプローベのテープを編集して完成されました。しかし、このプロジェクトを途中から引き継いだプロデューサーのジョン・カルショーはライヴ録音が嫌いで、既に「指環」のセッション録音計画が有ったことから、この「バイロイト・リング」はお蔵入りと成ってしまい、それから半世紀の時を経てようやく英テスタメントの英断によりリリースされました。最新のデジタル録音と比べて音響学的にはひけをとるかもしれませんが、音そのものは明瞭ですし、アナログ的な高音の柔らかさ、管弦楽の中低域の音の厚み、自然な広がりなどが大変素晴らしいです。放送局の一発録りの音源では無いので演奏の疵も最小で気に成りません。特筆すべきはカイルベルトの堂々たる指揮ぶりで、真のドイツのカペルマイスターとしての実力を遺憾なく発揮しています。要所での劇的な迫力も凄いです。歌手陣については53年のクラウス盤と同じヴォータンのハンス・ホッター、アルベリヒのナイトリンガーという最強の二人ですし、その他の歌手もそれに匹敵する充実ぶりです。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1956年録音/オルフェオ盤)
クナッパーツブッシュはバイロイトで「指環」を1951565758年と指揮しました。そのうち正規盤が出ているのは56年のみで、このオルフェオがバイエルン放送協会の音源からリマスターしたディスクです。この年もヴォータンのハンス・ホッター、アルベリッヒのナイトリンガーという最強の二人を始めとして、層々たるワーグナー歌手が名前を連ねます。しかし、何と言ってもクナッパーツブッシュのスケール雄大にして、聴く進むうちにじわりじわりと劇的なドラマを盛り上げてゆく神業の指揮ぶりが圧巻で、場面転換の際の音楽の凄さなどは物理的な音響の範囲を超えて身に迫り来ます。やはり最高のワーグナー指揮者はクナを置いては居ないとつくづく思われます。もともと後期ロマン派のワーグナーやマーラーの音楽には、何か絶滅寸前に余りに巨大化し過ぎた恐竜のようなイメージを持つのですが、クナの演奏にもそれと同じような巨大さを感じるのです。モノラル録音ですが、音質は53年のクラウス盤を上回り、この凄い演奏の鑑賞に充分に耐えます。もしもこれが前年のカイルベルト盤のような明晰なステレオ録音で残されていたらと、贅沢な想いを巡らせたりもしますが、まずはこの正規録音に感謝して拝聴したいです。

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1957年録音/ WALHALL盤)
クナッパーツブッシュのバイロイトの「指環」全曲の正規盤としてはオルフェオの56年盤のみですが、5758年の録音がMelodramWALHALLなどから出ていました。57年盤はキングレコードからも出ていますが高価なので、自分が所有しているのはWALHALL盤です。それでも非正規盤でモノラル録音ながら音質はかなり優れていて、56年のオルフェオ盤がオフマイク気味で全体が綺麗にまとまって聞こえるのに対して、こちらはオンマイク的で、分離が良く細部が明瞭なので、音に生々しさが増しています。もっとも、その分、演奏の疵はそのまま聞えてしまいます。冒頭のライン河の音楽が開始されても、聴衆の派手な咳の音がしばらく聞こえるのも苦痛です。オーケストラは最初のうち集中力にやや欠けていますが、徐々に調子が出てくると、クナッパーツブッシュの巨大なワーグナーの世界と化してしまいます。第一場の終盤以降はドラマティックさにおいて56年を上回るように思います。歌手陣は、この年もヴォータンのハンス・ホッター、アルベリのナイトリンガーの二人を始めとして、前年とほぼ同じ層々たるワーグナー歌い手達が揃っているので、その点でもドラマの白熱に大きく貢献しています。56年盤とは一長一短ですが、どちらかと言えばやはり録音が上回る57年盤を上位に置きたいところではあります。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1958年録音/GOLDEN Melodram盤)
クナッパーツブッシュの最後の「バイロイト・リング」となる58年の録音はMelodramWALHALLなどから出されていました。自分が全曲盤で所有しているのはMelodram盤ですが、これは非正規盤でモノラル録音ながら音質が滅法優れています。57年盤もクナのワーグナーにどっぷりと浸れる優れた録音でしたが、この58年の録音は更に飛躍的に音質が向上しています。オーケストラも歌手達の歌声もどちらも極めて明晰でクリアであり、重低音域に支えられた音場には奥行きや広がりが感じられるために、ステレオ録音かと錯覚してしまいそうです。55年のカイルベルト盤と比べても、さほど遜色の無い音だと言っても決してオーバーではありません。むしろヒスノイズなど少ないほどです。舞台装置の音や客席の音はもちろん有りますが、実演の臨場感を感じる程度で、ほとんど気に成らないのも大きな利点です。歌手はヴォータンのホッターは不動ですが、アルベリヒがナイトリンガーからアンダーソンに代わりました。それ以外は前年、前々年に引けを取らない素晴らしい歌手達が揃っています。それでもなお、この演奏の持つ巨大なスケールの凄さは兎にも角にもクナに尽きます。57年ではオーケストラの特に金管のハーモニーがいま一つでしたが、奏者が入れ替わったのか、58年では見事に改善されています。三年目の公演となりアンサンブルも完成度が非常に高まっています。因みに「ラインの黄金」はWALHALL盤でも所有していますが、中低音域に差は感じられず、高域のきめ細やかさと広がりはMelodram盤が上のような気はしますが、その差はごく僅かです。入手チャンスが有ればどちらでも迷う必要は有りません。 

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ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー(1958年録音/デッカ盤)
恐らくはレコード史上最も有名な「指環」です。デッカの名うてのプロデューサー、ジョン・カルショーが、会社の総力を上げて8年を費やして完成させた最初のセッション録音による「指環」でした。第一弾となった「ラインの黄金」は1958年録音と古いにもかかわらず、デッカのアナログ録音は、60年以上経った今でも美しく迫力ある音を充分に楽しませてくれます。またセッション録音の利点で、ウィーン・フィルも歌手達も疵の無い極めて完成度の高い演奏を行っています。一方で音響技術を駆使した効果音や音の編集が少なからず行われていることで、歌劇場の実演とは異なる不自然な印象を与えてはいます。部分部分だけを聴けば、物凄い迫力ですが、それらを個々につなぎ合わせるために、生の舞台でこそ生まれる自然な感興の流れは失われています。むろん、それはこの録音に限ったことでは無いのですが、それらを好むか好まないかは聴き手の感じ方次第でしょう。この「指環」の評価はそこが分かれ目です。つまり、オーディオマニアの人には最高ですが、生の舞台好きの人には不向きだと思います。ショルティの指揮はディナーミクが極めて明快で、含蓄こそ有りませんが、カルショーの意図には最適でしょう。歌手についてはヴォータンがホッターではなくジョージ・ロンドンで、フリッカをフラグスタートが演じています。二人の掛合いではフリッカの方がずっと強そうです()。アルベリヒは不動のナイトリンガーです。その他の歌手もベテラン中心に手堅く揃えられています。 

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ルドルフ・ケンペ指揮バイロイト祝祭劇場管(1961年録音/オルフェオ盤)
戦後バイロイトの「指環」は、1958年までヴィーラント・ワーグナーの演出により上演されて来ましたが、ヴィーラントの弟のヴォルフガンク・ワーグナーも演出に加わり、1960年には新演出の「指環」上演を行いました。指揮を任されたのはケンペで、63年まで4年間担当します。これはその二年目の1961年のライブ録音です。ケンペはそれ以前にもコヴェントガーデンで「指環」を指揮していますし、ドイツ職人らしくきっちりとまとめ上げています。スケールも小さいということは無いのですが、何しろその前の1950年代のクナッパーツブッシュやカイルベルトら巨峰が連なるような指揮者達と比べてしまうと、どうしてもスケール感に物足りなさが感じられてしまいます。それでも2場以降の劇的部分での熱を帯びた掛合いなど流石はケンペです。歌手陣については、ヴォータンが米国のジェローム・ハインズ、アルベリヒがオタカール・クラウスとなり、全体的にそれ以前のメンバーから新世代の歌手達に大きく入れ替わっています。やや小粒化した印象は有りますが、特に文句は有りません。音源はバイエルン放送協会のマスターが使われていますが、モノラル録音なのが惜しまれます。音質は年代的には優れていて、音域のバランスも良いのですが、55年のカイルベルト盤や58年のクナ盤が余りに明晰なだけに、やや聴き劣りして感じられるのは不運です。 

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カール・ベーム指揮バイロイト祝祭劇場管(1966年録音/フィリップス盤)
昔、自分が学生だった頃には「指環」の全曲盤と言えばショルティとベームでした。ショルティはウィーン・フィルのセッション録音、ベームはバイロイトのライヴと対照的で、好みを分けたものです。ベームは1965年から67年までの三年間続けてバイロイトで「指環」を振りましたが、全曲盤は66年と67年に録音されました。当時のバイロイトでは『次の演奏会場へ行くのを急いでいるような演奏だ』と評されもしました。要はテンポが速過ぎるという皮肉です。確かにあのクナッパーツブッシュの巨大な演奏と比べれば、バイロイト常連の聴衆にはそう感じられたかもしれません。しかし今改めて聴いてみれば、凄まじい緊張感に溢れ、管弦楽の音の凄味と劇的な迫力は、バイロイトの「トリスタンとイゾルデ」や「さまよえるオランダ人」と同様にベームのワーグナーならではです。この凝縮された響きによる演奏とクナに代表される広がりの有る響きのどちらがワーグナーらしいかと聞かれたら、たぶん後者と答えます。しかしこの長い長いオペラを手に汗握り一気に聴かせてしまう点ではベーム以上の指揮者は居ないかもしれません。歌手については、ヴォータンはテオ・アダムで声が軽いですが健闘、アルベリヒは不動のナイトリンガーです。ローゲのヴィントガッセンは魅力ですし、“狂気のミーメ”の異名を取ったヴォールファールトは最高に楽しいです。その他の歌手ものちに新時代のワーグナー歌いとして名を馳せる面々が揃っていますので不満は有りません。録音は60年代初頭から何度もバイロイトで名ステレオ録音を残してきたフィリップスなので素晴らしいです。このレコードが発売されたときにNHKFMで全曲を放送したのをラジオにかじりついて聴いた青春の日々を思い出します。 

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー(1967年録音/グラモフォン盤)
カラヤンの「指環」全曲は1966年から1970年にかけて録音されました。LP盤が順に単売されて、当時の自分は「ワルキューレ」と「ジークフリート」のみ購入しました。カラヤンの指輪で良く言われるのは『室内楽的で精緻な演奏』でしょうか。確かにベルリン・フィルにオペラを演奏させると、どのような作品でもそう成ります。セッション録音の利点を生かしているのはショルティ盤と同じですが、カラヤンはあくまでも演奏そのものを重厚長大な前時代のワーグナーから新時代のワーグナーへと見事に生まれ変わらせています。劇場では聴けないような細かく雄弁な演奏は世界屈指の楽団を録音スタジオ(実際は教会ですが)に閉じ込めて初めて実現可能と成ります。もちろん精緻で美しいだけではなく、要所では凄い迫力でバリバリと鳴り響きますが、音色はかなり明るく、ゲルマン的な暗い響きからは遠く感じられ、なんだかリヒャルト・シュトラウスみたいです。歌手については、カラヤンのコンセプトに適した歌手が揃えられていて、アンサンブルは優秀、演劇的な雰囲気も出ています。但し問題はF.=ディースカウのヴォータンです。あの声と歌い方がどうも“神々の長“には聞こえません。元々歌手にはそれほどうるさく無い自分ですが、これだけは致命的な程に抵抗が有ります。 

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ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭劇場管(1980年録音/フィリップス盤)
「指環」のバイロイト初演100周年記念となった1976年の舞台演出を任されたのは、演劇界で活躍していた30歳を過ぎたばかりの若手演出家パトリス・シェロー、指揮者にはピエール・ブーレーズという、斬新なフランス人コンビによる公演となりました。設定を産業革命の時代に置くなど、聴衆に驚きを与えて賛否両論でしたが、毎年の公演を重ねるうちに評価がすっかり固まりました。全曲のCD1979年と1980年の収録です。この年代となるとバイロイトの録音も非常に安定して、フィリップスの音造りは柔らかく、自然な臨場感に溢れる優秀録音です。ブーレーズの指揮もかなり速いテンポで、かつてのゲルマン的な重量級の厚い音から、地中海的な透明感のある音に様変わりさせています。慣れないうちは物足りなさを感じないでも有りませんが、この長大な作品を聴き通すのにはむしろ丁度良いかもしれません。ですが、何と言っても公演のライブ収録ですので、生の劇場的な息づかいがひしひしと感じられ、セッション録音盤とはやはり違います。場面が進むうちにどんどんと感興が増してゆき、要所での雄弁さや緊迫感と迫力の有る盛り上がりが素晴らしいです。歌手ではアルベリヒのヘルマン・ベヒトが歌手としてはともかくも役者不足の感が有りますが、ヴォータンのマッキンタイア、フリッカのハンナ・シュヴァルツは共に好演していますし、ミーメのハンプーフその他の配役も上演コンセプトに適したメンバーで充実しています。 

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マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1980年録音/RCA盤)
これはDENON、西独オイロディスク、東独シャルプラッテンの共同制作によるプロジェクトで、第二次大戦からのゼンパー・オパー再建落成記念の「指環」上演プロジェクトの際の録音です。ドレスデンのルカ教会における入念なセッション録音で、何と言ってもシュターツカペレ・ドレスデンの演奏というのが肝です。指揮者のヤノフスキはワルシャワ出身ですが、幼少からドイツに移住して音楽を学びましたので、ドイツの指揮者と言えます。歌劇場でたたき上げられてオペラを得意とすることから、この「指環」の指揮者として白羽の矢が立てられたのでしょう。それにしてもドレスデンとバイロイトの音は随分と異なる印象です。古雅で素朴なドレスデンサウンドは、「マイスタージンガー」には最適だと思うのですが、「指環」には響きが柔らか過ぎるかもしれません。もちろんこれは聴き手の好みにも寄ります。ヤノフスキの指揮は地味ながらも、要所を締めた堅実さが光ります。歌手陣はヴォータンのテオ・アダムをはじめとした東独陣が中心で、フリッカをオーストラリアのイヴォンヌ・ミントンが歌ったりもしていますが、全体的にバイロイト常連のワーグナー歌手達よりも、穏やかさが感じられます。ローゲのペーター・シュライヤーやラインの乙女のルチア・ポップが好例です。歌の掛合い部分が、時々「さまよえるオランダ人」や「マイスタージンガー」に聞こえるのは面白いです。 

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ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管(1988年録音/グラモフォン盤)
レヴァインは1987から89年にかけて全曲をマンハッタンセンターでセッション録音しましたが、もちろんDVD化された歌劇場での映像とは別演奏です。聴いて、まず感じるのが、さすがは世界に誇るオペラハウスだけあってオーケストラが非常に優秀で、最近のバイロイトの演奏と比べても遜色が有りません。グラモフォンによる入念なセッション録音なので完成度は抜群、音質も優秀です。レヴァインの指揮は基本のテンポが比較的ゆったりしていますが、元々オペラを得意とするだけに生の舞台の息づかいや雰囲気が失われていません。もっともそれはプロデューサーのコンセプトかもしれませんが。DVD版では絵本そのもののような極めてオーソドックスな舞台演出が案外気に入っていますが、どうしても映像に気を取られてしまう為に、CDで聴くと演奏の素晴らしさに改めて気付かされます。ただし演奏のスタイルはベームのように熱く燃え上がるタイプではなく、限りなく広がりの有るクナッパーツブッシュのタイプです。歌手はヴォータンのジェイムズ・モリス、フリッカのクリスタ・ルートヴィッヒ、アルベリッヒのエッケハルト・ヴラシハを始めとした実力者が揃っていて特に不満は有りません。この演奏はバイロイト信奉者の聴き手にも是非とも聴いて頂きたい名盤です。 

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管(1989年録音/EMI盤)
これはミュンヘンのバイエルン歌劇場にNHKが乗り込んで収録した映像と録音でした。当時NHKのBSで放送されたのを真剣に観たものです。自分はバイロイトには行ったことが有りませんが、この劇場もワーグナーの第二の聖地とも呼べるもので、ここで「神々の黄昏」を観たことが有ります。そして「ラインの黄金」「ワルキューレ」はこの劇場で初演されました。サヴァリッシュの「指環」は、レーンホフによる舞台演出が、宇宙船が登場するSF的なものだったで、かなり話題を呼びました。サヴァリッシュとしても大得意のワーグナーをこの歌劇場の総監督として、音楽的にも最も充実していた時代の演奏なので素晴らしいです。この劇場のオーケストラの音には南ドイツ的な温かみが感じられ、バイロイトほど凄味の有る響きではないものの、繊細な美しさが魅力です。唯一のマイナスは「ワルハラ城への入場」での管弦楽の弱さが残念でした。それでもサヴァリッシュの統率力は全く持って素晴らしく、管弦楽と歌手の絡み合いも非常に上手く、ライブとは思えない完成度の高さです。歌手ではヴォータンのロバート・ヘイル、アルベリヒのエッケハルト・ヴラシハを始めとして、バイロイトに決してひけを取らない実力派の面々が揃っています。録音の素晴らしさも特筆出来ます。バイロイトのようにオーケストラピットが隠れていないので、楽器の音が明瞭です。NHKの録音はそれでいて温かみある響きを忠実に捉えています。CDは契約上からかEMIからリリースされました。 

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ダニエル・バレンボイム指揮バイロイト祝祭劇場管(1991年録音/ワーナークラシックス盤)
UNITELがバイロイトでDVD制作したプロジェクトで、ハリー・クプファーの近未来的な舞台演出が話題となりました。指揮を任されたのはバレンボイムで、このコンビによる「指環」は1988年から1992年まで5年連続で公演されました。ライヴ収録ではないことから録音の質が高く、CD化された音も非常に優秀です。バイロイトだけあって、ショルティやカラヤンのセッション録音と比べると生の舞台の雰囲気が失われてはいません。マルチ才能のバレンボイムですが、こと指揮者としてはオペラ、それもワーグナーが最も素晴らしいと思います。この翌年からベルリン歌劇場の監督を30年にもわたり任されたことはその証明です。スタイルはフルトヴェングラーのワーグナーと共通していて、ゆったりとした遅いテンポを基調としたスケールの大きさを持ちながらも、随所でテンポを速めてドラマティックさを演出する実に巧妙なものです。クナッパーツブッシュのあの腹芸のような有難みこそ有りませんが、それを録音の優秀さがカヴァーしています。この年代となるとバイロイトのオーケストラも最高レベルに達していて、やはりバイエルン歌劇場よりも上だと思わざるを得ません。歌手ではヴォータンのジョン・トムリンソンも悪くないですが、フリッカのリンダ・フィニーは声質に“イラチ“っぽさが感じられて楽しいです。アルベリヒのカンネン、ミーメのハンプフにも不満なしです。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮バイロイト祝祭劇場管(2008年録音/オーパス・アルテ盤)
今やワーグナー指揮者の第一人者であるティーレマンのバイロイト公演ですが、バイロイトの全曲ライブ録音としては、前述のベーム盤以来、40年ぶりのリリースでした。ティーレマンは遅めの基本テンポでスケールの大きな演奏スタイルから、以前は「往年の巨匠の真似」と揶揄もされましたが、今では「ドイツの伝統を継承するただ一人の指揮者」と高い人気を誇ります。所有する「指環」の最も新しい全曲盤だけあって、録音が本当に素晴らしいです。バイロイトの柔らかい音響が再現されていますが、個々の楽器の音も良く聞こえます。オーケストラの質も過去最高では無いでしょうか。前奏曲からして神秘的な響きがまるで最上級のブルックナーを想わせます。管の澄んだ響きはスメタナの「高い城」を彷彿させて、『なるほど“高い城”か。。。』と納得です。それらが余りにも美しく、客席の雑音が皆無なので、本当にライブかと疑うほどです。最後に盛大な拍手が入ってはいます。巨人兄弟や雷神のティンパニの強打を始めとした音の迫力は凄いですが、一方でベームのような劇的な迫力には欠けます。近いのはクナの演奏です。つまりクナの演奏をステレオ録音で聴きたければ、その代わりとなる録音だと言えるかもしれません。歌手については現代の実力者が卒なく揃っていますが、クナ時代の大歌手達と比べてこじんまりとしているのは止む無しです。ちなみにティーレマンはこの録音の後に二度目の「指環」全曲をウイーンで録音していて、そちらは未聴ですが近いうちに聴いてみたいです。

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場管(2011年録音/グラモフォン盤)
ティーレマンの二度目の「指環」録音ですが、2008年のバイロイトから僅か3年後のウィーン国立歌劇場におけるライブ盤が出るとは思いませんでした。それもウィーン・フィルの「指環」としてはショルティ盤以来です。この2011年のウィーンリングは2008年のバイロイトリングに比べて録音が劣るというリスナーレヴューが散見されたので購入を躊躇していました。ところがサンプル試聴してみると一概にそうとも言えなそうなので購入したところ、録音は少しも悪く有りません。確かに第1場では管弦楽も歌手も音が遠く聞こえて、良い印象は受けません。けれども第2場に入ると音に俄然迫力が増しました。音自体はホールの座席で聴くような自然な音造りで柔らかく感じられるので好みの問題です。ダイナミックレンジがかなり広く取られているのでオーディオ機器によっては聴き難いと思います。かくいう我が家でもそれは言えて、バイロイト盤の方が聴き易いです。歌手はヴォータンのアルベルト・ドーメン以外はバイロイト盤とは大半が異なるメンバーとなっていて、現在のワーグナー歌いとしてはそれなりに揃っているものの、かつての大歌手達と比べればやはり小粒なのは仕方ありません。バイロイト盤と両方持つ必要が有るかという点では、バイロイト盤一つで良いと思います。もちろんティーレマンや「指環」のファンでしたら、二つ持たれて損は無いです。 

というわけで、これまでに興味を持ったCDは一通り入手して来ましたが、数えたら結局18種有りました。まだ「ラインの黄金」だけとはいえ、すべてを集中して聴いたのは初めてのことです。それにより、それぞれの違いが単発で聴くよりも遥かに見えてきます。聴く前には、どうせクナの1958年盤の出来レースだろうと思っていましたが、とんでもない!それに迫る演奏が随分と有りました。特に気に入ったのは、そのクナッパーツブッシュの1958年バイロイト盤、カイルベルトのバイロイト盤、ベームのバイロイト盤、ティーレマンのバイロイト盤の4種類です。次点にはレヴァインのメロポリタン盤とバレンボイムのバイロイト盤を上げます。

反対に余り気に入らなかったのがショルティ盤で、理由は余りに取って付けた編集が多く、セッション録音然としているからです。恐らく部分部分を取り出して聴くには良いのでしょうが、通して聴くと飽きてしまいます。やはり楽劇と言えど「劇」ですから、劇場の息づかいが感じられないと少なくとも自分は好きに成れません。

さて、次回は「ワルキューレ」ですが、聴き終わるのはいつになるか。。。

<補足>ティーレマンの2011年ウィーン国立歌劇場盤も結局入手して加えました。

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2023年9月17日 (日)

ウェーバー ファゴット協奏曲 ヘ長調 Op.75 名盤

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ウェーバーのファゴット協奏曲は何度か聴いたことが有りましたし、ファゴット協奏曲としてはモーツァルトに次いで有名なことも認識していました。しかし、それほどの魅力を感じていた訳ではありません。

それがガラリと変わったのは、この夏に僕が事務局を務める神奈川チェンバーオーケストラの演奏会でこの曲を取り上げたことからです。それは1999年バイロイト生まれでドイツのフランクフルト響などに助演して活躍する卓越した若手ファゴット奏者である長谷川花(はせがわ はな)さんの独奏が本当に素晴らしかったことも大きな理由でした。 リハーサル段階から何回も聴いているうちに、本当に魅力的な曲であることに気付かされました。この時の演奏はYouTubeで観ることが出来ます(⇒こちらから

ところで、木管楽器のファゴットは、バスーンとも呼ばれます。16世紀から使われ始め、18世紀に改良され、19世紀に現代的な形となりました。鼻の詰まったような「ポー」という音が特徴的で、広い音域と、音程間で跳躍する動きが、おどけたような表現を得意としています。一方、低音域では朗々とした音色、高音域では歌うような音色の魅力が有り、リムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」の叙情的なパッセージなどは特に有名です。 

ウェーバーは、1811年にヨーロッパの都市を巡るコンサートツアーに出ましたが、最初の都市のミュンヘンで、宮廷楽団のファゴット奏者ゲオルク・フリードリヒ・ブラントから頼まれてこの協奏曲の作曲をしました。楽団の他の音楽家達も、ウェーバーに協奏曲を書くよう頼みましたが、ウェーバーが納得して引き受けたのはブラントだけでした。 

ファゴット独奏のための協奏曲は余り多くは無くて、モーツァルト、ウェーバー以外ではフンメルの作品が知られますが、近年ではロッシーニの作品が復元され注目されています。 

第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ヘ長調
 オーケストラのトゥッティで始まりますが、オペラ作曲家であるウェーバーらしい、オペラ作品における序曲のように華やかです。主部では、ファゴットの持つ幅広いキャラクターと表現能力を生かして、輝かしい気分、穏やかで内省的な気分などを多彩に表現します。同時にソリストのテクニック披露のために、低い音域から高い音域までを切り替え早く音が飛び回ります。 

第2楽章 アダージョ 変ロ長調
 オペラのゆっくりとしたソプラノアリアを想わせて、歌うようなメロディーが非常に美しく魅力的です。 

第3楽章 ロンド アレグロ ヘ長調
 軽快なロンドで、主題が何度も登場しますが、その都度気分を変えて楽しませてくれます。聴いていて本当に胸がわくわくしてしまいます。 

残念ながら、所有しているCDは2種類だけですがご紹介します。 

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ミラノ・トルコヴィチ独奏、ハンス・マルティン・シュナイト指揮バンベルク響(1972年録音/グラモフォン盤) トルコヴィチは1939年ユーゴスラヴィア生まれですが、ウィーンで学んで1967年からはウィーン交響楽団の首席奏者として活躍しました。ファゴット吹きとしては録音の数も多く、第一人者の一人と言えます。底光りする音色も魅力ですが、歌い回しや表情の豊かさが見事の一言に尽きます。指揮のシュナイトはギュンター・ラミンに師事して、カール・リヒターの亡き後にはミュンヘン・バッハ管弦楽団/合唱団の後任に就いた名指揮者です。ここではドイツ的な堅牢な演奏でトルコヴィチの独奏を完璧に支えています。このディスクにはライスター独奏のクラリネット協奏曲と五重奏曲が収められています。 

Werba
ミヒャエル・ヴェルバ独奏/指揮ウィーン弦楽ゾリステン(1991年録音/DENON盤) 1955年生まれのヴェルバはウィーン・フィルのメンバーとして40年以上活躍した名手で、父親はピアニストのエリック・ヴェルバです。演奏者として活躍する一方で、ウィーン奏法の伝承活動に力を注いでいます。従ってウィーン的なしなやかな奏法が特徴的です。これはウィーン弦楽ゾリステンに管楽器を加えて自らが指揮しながら録音したものですが、繊細な美しさと柔らかさに溢れる素敵な演奏です。このディスクにはモーツァルト、フンメル、ウェーバーによる3大ファゴット協奏曲が収められているのも便利で、特にモーツァルトが最高です。

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2023年9月 4日 (月)

レスピーギ 交響詩「ローマ三部作」 名盤

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イタリアの作曲家オットリーノ・レスピーギは20世紀の著名作曲家の一人ですが、その代表作として管弦楽曲の「ローマ三部作」があります。作曲された順に、『ローマの噴水』(1916年)、『ローマの松』(1924年)、『ローマの祭り』(1928年)となります。
この作品の題材は確かに優秀アイディア賞もので、聴いていてとても楽しめます。色彩的な管弦楽の魅力もあって、昔はかなりの人気曲だったと思いますが、最近ではオーディオマニア以外には余り聴かれていないようなのが残念です。

第1作『ローマの噴水』
ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の教授に就任したレスピーギは、1916年に第1作「ローマの噴水」を作曲します。そのスコアの冒頭には次の説明が記されています。

「ローマの四つの噴水で、その特徴が周囲と最もよく調和している時刻、あるいはその美しさが最も印象深く出る時刻に受けた感情と幻想を表現しようとした。」 

作品は交響詩の形式でありながら、古典交響曲のように4楽章構成をとっているのがユニークで、それぞれに「夜明け」、「朝」、「真昼」、「黄昏」の時刻と、ローマの4つの噴水が割り当てられています。
初演は1917年にローマに於いてアントニオ・グァルニエリの指揮サンタ・チェチーリア音楽院管により行われましたが、評論家には不評でした。その翌年にトスカニーニがミラノにおいて行った再演は大成功で、作品の評価が定まりました。 

1部 夜明けのジュリアの谷の噴水

2部 朝のトリトンの噴水

3部 真昼のトレヴィの泉

4部 黄昏のメディチ荘の噴水  

第2作『ローマの松』
作目となる「ローマの松」は1924年に完成されました。前作同様4つの部分によって構成され、各部分においてそれぞれの松と場所、時間を描写しています。ですが、それは単に松のことを描こうとしたわけではなく、自然の松を通して古代ローマの往時の幻影に迫ろうという意図がありました。その為、グレゴリオ聖歌などの古い教会旋法が引用されたり、ブッキーナという古代ローマの兵士が用いた古代ラッパをイメージしたり、あるいは、夜鳴きウグイスの鳴き声の録音を第3部で使ってみたりと、様々な手法により、古代への郷愁と幻想が表されています。
初演は1924年にローマで行われましたが、1926年にはレスピーギは自らフィラデルフィア管弦楽団を指揮して演奏をしました。 

1部 ボルゲーゼ荘の松

2部 カタコンバ付近の松

3部 ジャニコロの松

4部 アッピア街道の松 

第3作『ローマの祭り』
三部作の最後を飾る『ローマの祭り』は、1928年に完成しました。曲は4つの部分が切れ目なく演奏されますが、それぞれ古代ローマ時代、ロマネスク時代、ルネサンス時代、20世紀の各時代にローマで行われた祭りを描いたものです。初演は、1929年にトスカニーニ指揮ニューヨーク・フィルの定期演奏会で行われました。 

1部 チルチェンセス

2部 五十年祭

3部 十月祭

4部 主顕祭  

所有CDについては、それほど根詰めて聴き比べるわけでも無いので少ないのですが、一応ご紹介します。 

Rome-71rttzcczdl_ac_sl1200_ アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団(1949-53年録音/RCA盤) 何といってもトスカニーニは「噴水」の評価を高めた功労者で、「祭り」の初演者です。だからということも有って、昔から「ローマ三部作」のトスカニーニといえば不動の定盤でした。もちろん当時のRCA録音が優秀だとは言え、モノラル録音なのは近代管弦楽作品にはハンディが余りに大きい。。。はずなのですが、ひとたび聴き始めてしまうと、あら不思議、下手なハイファイ録音盤以上に演奏に聴き入ってしまいます。迫りくる音の切迫感、豊かな表現、静寂における詩情はトスカニーニの魔法以外の何物でもありません。「祭り」終曲の“主顕祭”の何と熱く凄まじいこと! 

Rome-1292124615447319786120 リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団(1986年録音/EMI盤) 「松」をレスピーギが指揮をしたフィラデルフィア管のパート譜にはその時の指示が色々と書き込まれているのではないでしょうか。それはともかく、若きムーティの堂々たる指揮ぶりは素晴らしいです。オーケストラの優秀さ、鳴りっぷりの良さも特筆されます。それでいて静寂部における詩情の趣には深く味わいがあります。同郷のイタリア人指揮者であるのでレスピーギへのリスペクトは半端ないことが伺い知れます。録音はEMIらしいホールトーン的な音ですが、年代が幾らか古いわりには非常に優秀です。 

Rome-zap2_g6432927w ダニエレ・ガッティ指揮ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管(1996年録音/RCA盤) イタリア指揮者のガッティが「ローマ三部作」の初演を担ったサンタ・チェチーリア管の音楽監督時代に残した録音です。ムーティにも負けない迫力は有りますが、それが派手な管弦楽曲としての誇示には感じられず、むしろ情緒や詩情の表現に耳を奪われます。細部を疎かにしない非常に緻密な指揮ぶりが見事です。この楽団はアンサンブルの優秀さではアメリカの楽団には敵いませんが、美しく明るい地中海的な響きを生かしていて実に魅力的です。個人的にはこちらのほうがより楽しめる気がします。このRCA録音も非常に優れています。 

Rome-51qjngnh6l_ac_ アントニオ・パッパーノ指揮ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管(2007年録音/EMI盤) パッパーノはオペラ指揮者というイメージですが、やはりイタリア人。レスピーギは外せないのでしょう。それもガッティに続く由緒あるオーケストラとの録音とあれば大歓迎です。面白いことに、「松」などはストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」やプッチーニの「ボエーム」を想わせる部分が有ります。元々近代管弦楽として響きが似ているのに不思議は無いのですが、この演奏で聴くとそれが著しく感じられます。しかもこの年代の録音となると非常に素晴らしい音質でそれを楽しむことが出来ます。ただし「祭り」でのな荒々しさは控えめで、美しさが前面に表れます。なお、このディスクには「祭り」の前に弦楽合奏とメゾソプラノによる歌曲「夕暮れ」が収められています。

以上の4種はどれも魅力に感じていますが、もしも録音も含めて一つだけ選ぶとすれば、歴史的名盤のトスカニーニに後ろ髪を引かれながらもガッティ盤を選びたいです。

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