2018年7月17日 (火)

ドヴォルザーク 交響曲第6番ニ長調op.60 名盤 ~ボヘミアの自然風景~

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いよいよ全国的に猛暑の到来ですが、記録的な大雨による災害に合われた西日本各地の方々には心よりお見舞い申し上げます。 

さて毎年6月から今頃まで梅雨時から真夏にかけて聴きたくなってしまうのがスメタナやドヴォルザークなどボヘミアの音楽です。もちろん聴感上の”冷却効果”なら北欧の音楽ということになるのでしょうが、それではなにか冷房の効いた室内にいるような気分になります。そこへゆくとボヘミア音楽からは屋外で爽やかな自然の風に当たるような爽快感が得られます。これはあくまで個人的なこだわりです。 

そこで今回はこれまで取り上げていなかったドヴォルザークの交響曲第6番です。ドヴォルザークの交響曲は第7番以降の三曲が断然素晴らしいのですが、それに次いでは6番と5番が優れているので是非聴いて頂きたいと思います。 

ドヴォルザークの交響曲は最初に現在の第5番から第9番の5曲が出版されました。そのためにその5曲は当初、第1番から5番の番号が付けられました。しかも番号が作曲順では無かったために少々ややこしくなってしまいました。 

出版時の第1番 ⇒ 現在の第6番
      第2番 ⇒ 現在の第7番
      第3番 ⇒ 現在の第5番
      第4番 ⇒ 現在の第8番
      第5番 ⇒ 現在の第9番「新世界より」

最初に出版されたのが第6番であったために、これが当時の第1番とされました。もちろん現在の番号は作曲された順番ですので後期の5曲がやはり作品として充実しており聴き応えが有ります。 

よくドヴォルザークの第7番はブラームスの交響曲第3番の影響を受けたと言われていますが、この第6番はブラームスの交響曲第2番の影響を受けているのが明らかです。この両曲に共通するのは、温かな日差しを一杯に受けているような穏やかで明るい雰囲気を持ち、牧歌的な美しさに溢れている点です。 

第1楽章はアレグロ・ノンタントで、広々と広がるボヘミアの牧草地や遠くの山並みなどをイメージさせます。とても幸福感に包まれています。 

第2楽章アダージョは静けさの中に詩的な抒情性を持つ大変美しい楽章です。 

第3楽章プレストはスケルツォ楽章ですが、スラヴ舞曲の中でも最も急速なフリアントが置かれています。血が沸き立つような魅力が有ります。 

第4楽章アレグロ・コン・スピーリトで、軽やかなリズムで楽しさいっぱいです。第7番以降のシンフォニーの迫力ある終楽章とはまるで異なります。 

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

51p5zwdrwklカレル・アンチェル指揮チェコ・フィル(1966年録音/スプラフォン盤) アンチェルのセッション録音らしい端正な演奏です。1960年代のチェコ・フィルの演奏は素朴さが有り良いです。ただ、これもアンチェルの特徴ですが、響きが凝縮され過ぎている印象で、この曲には、もう少しふくよかな柔らかさが感じられる方が良いと思います。その割に3楽章の切迫感がいま一つです。写真は国内の新リマスター盤ですが、実際に所有しているのは旧リマスター盤です。音質の比較はしていません。 

41841syprrlヴァ―ツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1972年録音/スプラフォン盤) ノイマンのチェコ・フィルとのドヴォルザーク交響曲全集のこれは最初の録音盤です。写真は所有する全集で、現在では単独盤は廃盤かもしれません。ノイマンのゆとりと広がりがあり、温かな味わいが、この曲の持つ楽想とピタリ一致した素晴らしい演奏です。3楽章の切迫感はいくらか物足りなさを感じますが、終楽章のまったり感は独特の魅力です。録音からはだいぶ経ちましたが各楽器の音が明瞭に聞き取れる優れたアナログ録音です。 

711lltp5pwl__sl1087_ズデニェック・コシュラー指揮スロヴァキア・フィル(1977年録音/オーパス盤) 交響曲全集としてオーパスレーベルに録音されましたが、ノイマンの全集に一歩も引けを取らないどころか魅力の点で上回る点が多々あります。コシュラーとスロヴァキア・フィルのコンビは本当に最高でした。コシュラーの高い音楽性を支える弦楽の優秀さ、管楽の音の味わいなど惚れ惚れとする魅力を感じます。所有するのは写真の英国のライセンスレーベルRegis盤です。当時国内ライセンスを所有したビクター盤よりも音が柔らかい印象ですが、明瞭で広がりもあり優秀なリマスターが施されています。 

1982_51x10n830nl_2ヴァ―ツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1982年録音/スプラフォン盤) 上記のチェコ・フィルとの全集録音からわずか10年後の再録音盤です。所有しているのは全集ですが写真は単独盤です。演奏そのものはテンポといい解釈といい旧盤とほぼ同じと言って良いです。デジタル録音となりましたが、オフマイクなので客席で聴くような印象です。各楽器が近く感じられる旧盤とどちらを好むかは聴き手により左右されるでしょう。当時のチェコ・フィルの生音はむしろこちらに近いようにも思いますが、あくまで再生録音で楽しむ前提としては旧盤を好みます。 

Dvorak_717tis6tkyl__sl1200_イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィル(2012年録音/DECCA盤) 最も新しいチェコ・フィルの全集録音盤ですが、ここにはビエロフラーヴェクの到達した円熟の境地の姿が在ります。といっても実に生命感に溢れ、3楽章の速いテンポの切迫感など最高です。終楽章も速く情熱的なのでノイマンのまったり感の対極にあります。好みは別として、これは大変に素晴らしい演奏です。DECCAによる録音も客席で聴くような臨場感があります。数年前に実演で聴いたチェコ・フィルの美音を味わえて、この全集は今は亡きマエストロの最上の遺産となりました。 

さてどれもがこの曲の魅力を伝えているので絞り込む必要はないと思うのですが、強いて好みで上げればノイマン/チェコ・フィルの旧盤とコシュラー/スロヴァキア・フィル盤というところです。

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2018年5月30日 (水)

ショパン 「練習曲集」(エチュード) 名盤

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ショパンの練習曲(エチュード)集は作品10の12曲、作品25の12曲、作品番号無しの新練習曲の3曲と全部合わせて27曲が楽譜に残されていますが、一般的には作品10と作品25が圧倒的に有名で、この24曲だけでレコーディングされることも多いです。

作品10が発表されたのはショパン23歳のときで、フランツ・リストに捧げられました。
これらの作品はその名の通り”練習曲”として書かれていますが、極めて難易度の高い演奏技術の鍛錬を目的としています。その反面、音楽的にも大変優れているのでコンサートピースとして広く演奏されています。
作品10と作品25では幾らか性格が異なり、高度な技術的要素が前面に現れる作品10に対して、作品25では高度な技術要素を越えた充実した音楽内容が一層感じられます。しかし作品10にはあの美しい名曲「別れの曲」(原題はTristesseで本来は”悲しみ”と訳されます)が有りますし、中々に甲乙は付けにくいです。

それでは愛聴盤をご紹介してみます。
 
Chopin_51htoorwail_sy355_アルフレッド・コルトー(1933-34年録音/EMI盤)(1942年録音/EMI盤) 所有しているBOXセットには2種類の録音が含まれています。録音時期に10年近くの開きがあるので再録音盤は音そのものは明確なのですが、サーフェイスノイズが大きいのがマイナスです。肝心の演奏は似たり寄ったりで、現代の奏者と比べると多くの箇所で指がもつれているように聞こえます。どちらか言えば旧録音盤のほうがまだ良く弾けている印象です。それでも全体がコルトーらしい濃い情緒感に覆われているのはさすがですが、技術的な側面がどうしても前面に出てくるエチュード集はショパンの曲の中では余りコルトー向きでは無いようです。

Chopin71lt58iq8yl__sy355_ サンソン・フランソワ(1959年録音/EMI盤) 残念なことにモノラル録音で音質に古めかしさを感じられるのが残念です。天才フランソワのショパンには常に一定の型にはまらない自由な閃きを感じますが、奇異な印象やあざとさを感じることは有りません。テクニック面でもその後に登場してくる世代と比べてもさほど見劣りすることは有りません。静かな曲での繊細な美しさは見事なものですし、逆に作品25の11、12などでは腹の底まで響き渡る凄みある音を聞かせてくれます。この人もやはり演奏史に残る偉大なショパン弾きだったと思います。

Chopin230028497 ウラディーミル・アシュケナージ(1971-72年録音/デッカ盤) もちろんアシュケナージは指折りのテクニシャンですし、ポリーニ盤とほぼ同時期にリリースされたエチュードでしたが、話題性ではポリーニに負けたように記憶しています。いま改めて聴いてみても高速アルぺジオの音の粒立ち、リズムの堅牢性などでやはりポリーニが一枚上かなと思います。もしもの話、ポリーニ盤が存在しなければ名盤として君臨することでしょうが事実は異なります。もっともポリーニ盤は鑑賞の上で余りに緊張の持続を強いられるので疲れてしまうという方にはアシュケナージ盤はお薦め出来ると思います。

Chopin61okwcttual__sl1096_ マウリツィオ・ポリーニ(1972年録音/グラモフォン盤) 発売当時のLP盤の帯に「これ以上何をお望みですか?」という吉田秀和氏の有名な言葉が印刷されていたのを知らないオールドファンは居ないと思います。ポリーニが18歳でショパンコンクールを制したのちに10年間もの沈黙を守り、再び楽壇に登場して録音をした衝撃的なアルバムでした。10年間の研鑽がそのまま結晶化したかのような演奏は「果たして人間にこのような演奏が可能なものか」と言葉を失わせる演奏でした。この演奏の凄さは正にアポロン芸術の極致で、あたかも情緒の入り込む隙間が無いほどの完璧な演奏なのですが、それでいて無味乾燥では無く、澄み切った空気感が確かに存在することです。もしもケチを付けるとすれば作品25の11、12に関しては制御が聴き過ぎているのでもっと羽目を外して荒々しく終わるほうが好みなぐらいです。これはエチュード集のみならずあらゆるピアノ演奏の五指に入る歴史的な録音だと思います。

Chopin11tbkwi1al__sl1050_ルイ・ロルティ(1986年録音/シャンドス盤) ロルティもまたグールドと同じカナダが輩出した素晴らしいピアニストです。テクニックに優れ、音の粒立ちの良さ、テンポの堅牢さはポリーニ並みですが、ポリーニほどの緊張感を強いられることは無く、むしろ澄み切った叙情性すら感じさせます。全体的にかなり速いテンポなのにもかかわらず上滑りすることなく落ち着いた印象なのは音楽が完成されていて、この難易度の高い曲の演奏にも余裕を持ち合わせるからでしょう。録音も優秀でピアノの音も幾らかオフ気味ですが非常に綺麗です。

Chopin アンドレイ・ガヴリーロフ(1985-87年録音/EMI盤) ガヴリーロフもユニークな演奏を残しました。特に作品10の大半の曲を超快速(音速か?)でかっ飛ばすのにはただ唖然とするばかりです。しかしここにはポリーニのような微動だにしない堅牢なアポロン芸術というよりはスポーツ的な快感を感じます。それでも「別れの曲」や作品10-6の静寂な雰囲気や作品10-11や25-1の粒立ちの良い光り輝く音など耳を傾ける箇所も多いです。また作品25-11以降の迫力も圧巻です。この曲集を原点の「エチュード」だと考えればポリーニに並び立つ演奏だと断言出来ます。もちろん鑑賞用としても非常に楽しいです。

Chopin51tmn0kd6gl__sy355_ スタニスラフ・ブーニン(1998年録音/EMI盤) あれだけ一般の人気の高かったブーニンですが、マニア筋には必ずしも評価が高かったわけでは無いようです。この演奏はポリーニの透徹したアポロ的な演奏とは反対に感情表現豊かなディオニソス的な演奏と言えます。もちろん技術的にも高いレベルに有ります。ポリーニやロルティのような完全無欠のアルペジオと比べればほんの僅かに劣る感じは有りますが、そもそもブーニンはこの人特有の非常にロマンティックで深い音楽をめざしているために全く気になりません。全体のゆったりと大きなスケール感も特筆ものです。これは中々にユニークな名盤だと思います。

Chopin51qnfz4bmil__sx355_マレイ・ペライア(2001年録音/SONY盤) ペライアがショパンをこれだけ弾けるのかと驚きました。ポリーニのアポロンタイプに僅かにディオニソステイストを加えたようなスタイルです。全体的に速めのテンポで颯爽と進みますが、曲によっては中々の迫力を聞かせます。この人もまた高いテクニックを持ちますが、作品10-4のような曲ではスケールが幾らか不安定のような印象を受けます。もっともそれはポリーニと比較してとお断りしておきます。録音も新しく音質も優れます。

<作品25のみ>
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グリゴリー・ソコロフ(1995年録音/NAIVE盤) 現代の幻の大ピアニスト、ソコロフのエチュードの録音は残念なことに作品25しか有りませんので番外扱いにはなりますが、ライブでこの曲の正規盤を出すのは凄いです。作品25-6のキラキラと輝く光の粒は実に綺麗ですし、25-7の詠嘆の表出には恐ろしく深みが有ります。そして25-10以降の3曲も聴き応えは充分です。決して力で押し切るわけでは無く、迫力ある音の中にも細部までコントロールされ尽くした美しさを感じさせます。作品10の録音が無いのが非常に残念です。但し、ソコロフとしては「プレリュード集」や「葬送ソナタ」の演奏の方が更に出来栄えが上だと思います。

というわけで、作品10と25の24曲をどれか一つだけ選ぶとなればポリーニ以外の選択肢は考えられません。しかし気分に応じて取り出すのは、むしろロルティ、ガヴリーロフ、ブーニンが多いです。「これ以上」を望まなくても「別のもの」を望むことは有るのですね。

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2018年5月23日 (水)

「ハルくんの音楽日記」 10周年記念オフ会開催のお知らせ

皆さま、いつも「ハルくんの音楽日記」にいらして頂きまして誠に有難うございます。実は以前からも触れていましたが、今年の8月3日で拙ブログの開設からちょうど10年になります。一音楽愛好家の趣味ブログが長く続きましたのも全て皆様のおかげです。

つましては開設記念日の翌日8月4日(土)16時より東京自由が丘のコミニュティ”シェア奥沢”にて記念オフ会を開催することに致します。

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昭和の古民家シェア奥沢はこのオーナーさんから依頼を受けてレコード鑑賞会を手掛けたことから、のちに生演奏会のプロデュース活動を始めるきっかけとなった特別な思い入れのある場所です。

今回もオーナーさんのご厚意でオフ会を開催させて頂きます。詳細は検討中ですが、過去のブログ記事から特に気に入っているものを幾つかピックアップしてご紹介し、その曲の名演奏をハイファイオーディオ装置で鑑賞する予定です。
そのあとはシェア奥沢のキッチンマスター手作りによる軽食とドリンクを楽しみながらの交流会となります。

********************

◎日時:8月4日(土)16時より17時半 鑑賞会
             17時半より20時 交流会
※基本は通しですが、ご都合でどちらかのみのご参加もOKです。

◎会場:シェア奥沢 (東急自由が丘駅もしくは奥沢駅より徒歩7分前後) http://share-okusawa.jp/map/

◎参加費用:鑑賞会¥500
        交流会¥1000

◎参加人数:最大30名程度

※ご参加のお申込みはこちらへメールで⇒
   asakura_haru@nifty.com (朝倉)
・お名前 ・ご連絡先電話番号を必ずご記載ください。

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2018年5月22日 (火)

ザルツブルガー・シュロスコンツェルト in Japan 2018 

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先週5月18日のことでしたが、東京目黒区洗足に有るプリモ芸術工房でザルツブルガー・シュロスコンツェルト in Japan を聴きました。
昨年もここでルッツ・レスコヴィッツさん(ヴァイオリン)、大島純さん(チェロ)、長谷川美沙さん(ピアノ)によるトリオの演奏会が開かれましたが、今年はそれにウラディーミル・メンデルスゾーンさん(ヴィオラ)が加わり、カルテットの演奏会となりました。

前半のモーツァルト、シューベルトも良かったですが、この日の白眉はやはりブラームスのピアノカルテット第1番でした。4人の素晴らしい演奏家の熱演で大好きなブラームスの室内楽を堪能しました。更にアンコールにシューマンのピアノカルテットのあの絶美の第3楽章アンダンテ・カンタービレが聴けたのも実に幸せでした。

メンデルスゾーンさんは、その名前の通り大作曲家の御子孫なのですが、そのヴィオラの存在感は凄かったです。もちろん素晴らしく上手いのですが、単に技巧が優れているとかいないとかいうレベルでは無く、パフォーマンスとして圧倒的なのです。先日のジェラール・ブーレさんといい、この日のカルテットといい、こんな身近で本物の演奏芸術に接することが出来るのは本当に貴重です。

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2018年5月15日 (火)

ショパン 「ワルツ集」 名盤 ~華麗なる円舞曲~

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ロベルト・シューマンはショパンのワルツについて『ショパンのワルツの踊り手は、少なくとも伯爵夫人たちであるべきだ』と語ったそうです。それに対して往年の巨匠ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインは『それはワルツの僅かなものにしか当てはまらない。ワルツは前奏曲や練習曲と同じぐらい変化に富んでいるので、ワルツの全てを述べるために、一つの事柄で正しく言おうとするのは無駄なことだ。』と否定しました。

ショパンは最初のワルツを1829年に書いてから、18年間の長い期間に数曲づつ書いて行きましたので、作曲された場所も様々であり、それらの曲の性格も明るく華麗なものから、愛情、悲しみ、絶望、孤独感などに彩られたものと、1曲づつがルービンシュタインが述べたような異なる個性に溢れています。

三拍子のワルツという性格上、「前奏曲」や「練習曲集」のように幅広いダイナミクスが存在するわけでは無く、また「ポロネーズ」や「マズルカ」のようなポーランドの民族の血が濃く流れているわけでもありませんが、聴きこむごとにその音楽の持つ楽しさと魅力に惹きつけられます。

個人的な好みだけで言えば、「前奏曲集」「練習曲集」と「ソナタ集」をより好んではいますが、「ワルツ集」もやはり大好きな曲集です。

ショパンは生涯にワルツを全部で20曲近く書きましたが、過去のディスクに収められているのは代表的な14曲のものが多いです。

それでは僕の愛聴盤です。

Chopin_51htoorwail_sy355_アルフレッド・コルトー(1943年録音/EMI盤) この録音は若いころLP盤で愛聴しましたが、元々はSP録音ですので音質は当然悪いです。ノイズも多く入っています。演奏も複雑な箇所では混濁して聞こえます。しかしこの表現力には今更ながら圧倒されます。どんなにテンポを揺らしてみても恣意的なあざとさは感じられず、ショパンの書いた音楽がかくも自由に息づくことにため息をつくばかりです。音楽愛好家もプロを目指す若い演奏家も一度は耳にしておきたい演奏だと思います。写真はBOXセットですがワルツ集のみでも入手可能です。

Chopin_waltzmi0000954720ディヌ・リパッティ(1950年録音/EMI盤) 戦後派世代のリスナーにとってはコルトー以上に懐かしさを感じるリパッティですが、このワルツ集はこの人の代表盤として名高い録音です。自由で表情豊かな演奏ですが饒舌さは無く、むしろスタイリッシュなほどです。そこからショパンの音楽のニュアンスが香るように感じられてくるのは正に天賦の才能です。ピアノの素朴な音色は現代の金属的とも言える音とは異なり、非常に端正な、しかし美しい音に惹かれます。ブザンソン・ライブが1曲欠けている以上、14曲を収録したこちらのスタジオ録音盤がスタンダードには成るでしょう。 曲順は通常の作品番号順ではなく独自に並び変えられています。

51mewcymzl__ss500ディヌ・リパッティ(1950年録音/EMI盤) 若くしてこの世を去ったリパッティ最後のブザンソンにおけるライブ録音です。前述のスタジオ録音ともまた曲順が幾らか異なりますが、病魔に蝕まれた体はとうとう最後の1曲になるはずの第2番「華麗なる円舞曲」を演奏できませんでした。しかし演奏された曲については壮絶なまでの熱演で、その意味ではスタジオ盤以上と言えます。ライブ録音ですが音質的にもそれほど聴き劣りはしません。1曲欠けているのを気にしなければこちらを上位にしたくなる奇跡的な名演奏です。

Chopin_waltz216007825アレキサンダー・ブライロフスキー(1961-62年録音/CBS盤) この当時のブライロフスキーの人気はかなりのものだったようです。音楽がとことん明るく、まるで高級サロンとか社交界で演奏されているかのような華やかさを感じます。それもいかにもアメリカ的で、神経質で暗いショパンとはおよそ縁遠い印象です。現代の感覚では、ややムード的に感じられるかもしれませんが、ワルツをしかめ面をして聴くことも無く、とことん優雅な気分に浸りたいというリスナーにとっては価値ある一枚となることでしょう。

Chopin_walts230023031アルトゥール・ルービンシュタイン(1963年録音/RCA盤) 他の演奏家と比べると常にインテンポで規則正しく流れます。ところがそれでも洒落た味わいが強く感じられるのはさすがは大巨匠です。しかし続けて聴いていると音楽に変化の乏しさを感じてしまいます。ワルツ集そのものが変化にやや乏しい作品なので、それを更に増長してしまうように思います。BGMとして聴く分には良いでしょうが、じっくりと聴き込もうとすると飽きが来る恐れが有ります。リパッティの壮絶なワルツの対極に位置するような演奏です。

522サンソン・フランソワ(1963年録音/EMI盤) もっと後の若い世代の演奏に比べればテンポがゆったりと落ち着いています。どの曲にも音楽のニュアンスが豊富に感じられて、粋なパリジャンのワルツが聞こえてきます。揺れるようなルバートもそれほど大げさで無いので歌の流れを損なうことが有りません。イ短調ワルツなどは夢見るように美しいです。サロン的な味わいを持ちながらも芸術的な奥行きの深さを感じさせる素晴らしい名演奏だと思います。フランス盤のリマスターは良好で音に古さを感じさせないのも嬉しいです。

Chopin_walz_r902382814734523282671jジャン‐マルク・ルイサダ(1990年録音/グラモフォン盤) ワルツ集の新時代を切り開いた名盤としてリリース当時とても評価の高かった演奏です。曲ごとのテンポの緩急の巾が大きく、速い曲では煽るぐらいに追い込みますが、イ短調ワルツなどでは極端に遅いテンポで、心の奥底に深く沈みこんでゆくようなユニークな演奏を聞かせます。ただし頻繁に表れるテンポルバートがやや極端で音楽の流れを阻害しているように感じます。曲目は通常の14曲に遺作の3曲を加えて作品番号順に並べています。ルイサダは2013年に日本でワルツ集の再録音を行いましたが、この旧盤の価値が失われることはありません。

Chopin_waltzccy3010_2スタニスラフ・ブーニン(1992年録音/EMI盤) ルイサダ盤の2年後の録音ですが、これはミラノスカラ座におけるライブです。ブーニンもやはり曲ごとのテンポの緩急の巾が大きく、歌い回しの表情も豊かで聴き応えが有ります。一方でテンポルパートがで多過ぎて、ルイサダと同じように音楽の流れをせき止めてしまう印象です。ライブ会場で聴けば大いに楽しめそうですが、ディスクとして何度も聴くにはやや煩わしさを感じてしまうかもしれません。

ということで、名盤は幾つも有りますが、個人的にフェイヴァリットを選べば、フランソワ盤ということになります。これは聴いていてショパンに酔えて何度聴いても飽きません。もう一つ、リパッティのブザンソン・ライブはたとえ1曲欠けていようが絶対に外せない演奏です。

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2018年5月 4日 (金)

ジェラール・プーレ コンサート 「ドビュッシー三昧」

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昨日3日、フランスの至宝、ジェラール・プーレさんのヴァイオリンを聴きに行きました。「ドビュッシー三昧」のタイトルのとおりオール・ドビュシープログラムでした。
 
日本では指導も行っていて頻繁に来られているプーレさんですが、その生演奏を聴いたのは初めてでした。そのことが後悔されるくらいに素晴らしかったです! 何しろお父上のガストン・プーレ氏はドビュッシーのヴァイオリンソナタの初演を作曲者本人のピアノ演奏で行った人ですので、受け継がれた重みも有るでしょうが、何より今年80歳とは思えないほど表情豊かに情熱的に演奏される姿が、すでに芸術に他なりません。
 
演奏している姿だけを見ているだけで感動してしまいますが、実際に出て来る音は惚れ惚れするぐらい美しく洒落ていて、”ああフランス!!”と感じずにはいられませんでした。
終演後に購入したCDにサインをして頂き、握手をしながら「メルシー」「トレヴィアン!」と言ったら、ニコニコと本当に嬉しそうな表情をされたのが印象的でした!
 
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2018年3月30日 (金)

ピアニスト 山田磨依 ファーストCD「ダマーズ生誕90年によせて」

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発売:ソナーレ・アートオフィス(SONARE1037)/2017年7月録音

新進ピアニストで個性的な活動をしている山田磨依がファーストCDをリリースしました。

彼女はとにかくフランス音楽を愛していて、本場パリの音楽院に留学し研鑽を積みました。そのまだ留学中に一時帰国した際に東京で開かれた演奏会を聴く機会が有ったのですが、そのピアノの音の美しさと軽やかさに耳を奪われました。著名コンクールで上位入賞するピアニストのような超絶技巧と音で圧倒されるタイプとは少々異なるように感じました。と言えば誤解されるかもしれませんが、彼女は正確な技巧を十分に持ち合わせていて、たとえラフマニノフの協奏曲でも破たん無く弾きこなしてしまいます。しかし彼女の指先から出てくる音には得も言われぬ洒脱さや、まぎれもないフランスのエスプリが香り漂うのです。

もちろんフランス出身の演奏家にはそのような特徴を持つピアニストが多く存在しますが、さて日本人でそれほどの印象を与えてくれる演奏家がどれだけ居るかというと疑問です。そういう点でも貴重な存在のピアニストであることは確かです。

そんな山田磨依のファーストアルバムは当然のことながらフランス物で固められました。中心となっているのはジャン=ミシェル・ダマーズ(1928-2013)です。普段滅多に聴く機会の少ないダマーズのピアノピースを集めているのは今年がダマーズの生誕90年に当るからです。彼女はそのダマーズの誕生日である1月27日にリサイタルを開きました。それほど思い入れのある作曲家であれば演奏にも愛情が200パーセント注がれているのは想像できます。

ダマーズの音楽というのはとにかく美しく爽やかで、晦渋さや神妙さが有りません。良い意味でBGM的に聴いていても大変癒されます。それは山田磨依の美しいピアノで聴くと尚更です。このアルバムには「ソナチネ」の他に3曲の合計4曲が収められています。

ダマーズ以外ではドビュッシーが印象的です。彼女が得意とする「喜びの島」の洒落たリズムとピアノの色彩感が秀逸です。

フランス物ではもう一曲、デュカスの「ラモーの主題による変奏曲、間奏曲と終曲」が有ります。

また唯一イギリスの作曲家でエドムンド・ハーツェルの作品「ダンデライオン」が収められていますが、これは作品そのものが山田磨依に献呈されていて世界初録音となります。

もともと私はフランス音楽を特別に好む方ではありませんが、彼女の演奏でそれを聴いていると改めて色々と聴いてみたくなります。このCDは単なる若手ピアニストのデビューアルバムとは異なり、コンセプトが非常に明確で異彩を放つ秀作だと思います。事実、音楽雑誌「レコード芸術」でも二人の評論家から準特選を得ています。

これは今からセカンドアルバムが待ち遠しくなるような素晴らしいファーストアルバムです。

♪ ピアニスト 山田磨依 公式ホームページ

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2018年3月 6日 (火)

絨毯座公演 クルト・ヴァイル作曲「マハゴニー市の興亡」(ブレヒト台本)

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3月3日(土)のことになりますが、絨毯座の公演でクルト・ヴァイル作曲「マハゴニー市の興亡」(ブレヒト台本)を観に行きました。
ヴァイルはこれまで「三文オペラ」以外は観たことが無く、大変興味深かったです。舞台は仮想?アメリカなのですが、マハゴニーでは1に食うこと、2にセックス、3に賭けボクシング、4に酒。「ここではやっていけないことはない。何でもありだ!」と歌われます。
ドイツにヒトラーのナチス党が勢力を伸ばす直前の作品ですので、やはり当時の混沌、無秩序化したドイツの時代背景を想像せざるを得ません。初演時には保守的な観客が抗議して騒動となり、ナチスのグループが妨害組織をつくりデモを仕掛けました。
我が国でこの作品は演劇としては近年も何度か公演されていますが、音楽劇としての公演は何十年ぶりだとか。貴重な観劇となりました。
 ステージの写真は絨毯座さんサイトから)
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2018年1月23日 (火)

チェリスト 伊藤悠貴 新アルバム ~ザ・ロマンティック~

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演奏:伊藤悠貴(チェロ)、ダニエル・キング・スミス(ピアノ)、ジェイムス・リル(ピアノ) 
企画制作:ソニー・ミュージック・ダイレクト
発売:ミューズ・エンターテイメント (MECO-1045) 
 
いまや日本を代表する若手チェリストとなった伊藤悠貴のセカンドアルバムが昨秋リリースされましたので是非ご紹介したいと思います。 
伊藤悠貴がブラームス国際コンクールに優勝した翌年2010年に録音を行ったファーストアルバムは中々に驚きの内容でした。オール・ラフマニノフというのはどう考えてもデビューアルバムとしては一般的では無いからです。しかし彼は思い入れの強いラフマニノフの曲で全てまとめ、それをまた演奏会においても頻繁に取り上げるという”我が道をゆく”を貫いてきました。
 
それからはや5年。待望のセカンドアルバムがリリースされましたが、今度は小品集です。ところが普通「小品集」と言えば、よく知られた名曲を集めるものですが、このアルバムは大半が余り知られていない曲で構成されています。アルバム全体の印象としてもかなり静かで落ち着いた雰囲気です。夜に部屋でくつろいで、そう、”ノクターン”として聴くのにぴったりなのです。
とにかくその曲目”リストを見てください。 
1.ラフマニノフ 夜のしじま
2.スクリャービン ロマンス
3.チャイコフスキー ユーモレスク
4.デーリアス ロマンス
5.ブリッジ 春の歌
6.リル 記憶(伊藤悠貴に献呈)
7.エルガー 愛の挨拶
8.アイアランド 聖なる少年
9.シューマン 献呈
10.マーラー 私はこの世に捨てられて
11.R.シュトラウス あなたは私の心の王冠
12.ポッパー ハンガリー狂詩曲
 
ここで賢い方ならすぐにお気づきでしょうが、1~3はロシアもの、4~8はイギリスもの、9~11はドイツ、12のポッパーはチェコ人です。
しかしこれらを続けて聴いてゆくと国の違いを全く意識させません。それは選曲のせいもあるでしょうし、演奏のせいもあると思います。つまりは伊藤悠貴がこれまで大事にして何度も演奏してきた”とっておきの曲”ばかりを集めていて、”ロマンティック”アルバムとして統一させたからでしょう。 
そこで誤解があるといけないのですが、このアルバムは流して聴けば確かに心地良い、癒しのミュージックになります。ところが耳を傾けてじっくりと聴き込むと何とも聴きごたえが有ります。それはまるで連作歌曲集を聴くような印象です。 
どこからどう聴き始めても素晴らしいのですが、個人的にはブリッジが大好きです。エルガーもしばしば耳にする曲ですが伊藤悠貴の演奏はしなやかな愛情と気品を感じさせる点において傑出していると思います。またシューマンは歌でもピアノでも演奏される名曲ですが、伊藤編曲のチェロ版がこんなに素晴らしいとは思いませんでした。 
そしてラストのポッパーは演奏会で往々に大熱演される技巧的で華々しい曲ですが、このアルバムでは決して熱くなり過ぎず、アルバムのそれまでの流れから飛び出ない程度に絶妙に盛り上げています。これは伊藤悠貴の判断なのか、それともプロデューサーの判断なのか分かりませんが、正にセンスの勝利です。この難曲をさらりと弾きこなしてしまうその超絶技巧には驚きますが、彼は決して技巧を前面に押し出してくるわけではありません。技巧はあくまでも手段であって、大切な”音楽”そのものを、”夢”を”ロマン”を聴衆の心に第一に与えてくれる全くもって稀有な若手演奏家です。
それにしても、歌い回しがとにかく自然でしなやかで、正に”歌っているよう”です。レパートリーに歌曲の編曲が多いのもその嗜好をうかがうことが出来ます。
ピアノを弾くのは彼とずっと共演をしているイギリスのダニエル・キング・スミスです。ただし6の「記憶」だけは、作曲者のジェイムス・リル自らがピアノを弾いています。
これは才能あふれる伊藤悠貴が愛情を注ぎこんだ力作なのは間違いありません。
すでにレコード芸術で「特選盤」に選ばれました。私は音楽評論家を全面的に信用しているわけではありませんが、この評者の聴く耳はさすがです。ぜひ皆さんにもこのアルバムを耳にして”ロマンティック”に浸って頂けたらと思います。
 
伊藤悠貴は主にイギリスと日本で多くの演奏会を行っていますので、もしお近くで演奏される時には是非、生の音を聴かれてみてください。きっと「ああ、チェロの音ってこんなにも美しいのか!」と感動されることでしょう。そしてその前に、実に魅力的なこのCDアルバムを楽しまれてください。 

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2018年1月10日 (水)

J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」 続・名盤 ~新春・女流名人戦~

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新年の聴き初めにふさわしい音楽というと真っ先に思い浮かぶのがやはりバッハです。その峻厳さには襟を正さずにはいられませんが、かといって決して堅苦しいわけではなく、音楽に人間愛が一杯に感じられるのが真の偉大さです。

ということで選んだのは「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」です。

”音楽の父”J.S.バッハが、たった1台のヴァイオリンの為に作曲した、この奇跡の作品については、5年前に「無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティータ 名盤」として記事を書いています。そこで今回はその後に入手したCDをまとめた「名盤・続編」です。

この曲集はかつてはどちらかいうと男性の巨匠が腕を競い合っていたように思いますが、時代も移り変わり近年ではむしろ女流奏者の意欲的な演奏が目立つようになりました。

そこで、いずれも現役の女流ヴァイオリニスト4人のCDを選び、題して『新春・女流名人戦』です。
して、その4名人とは。

チョン・キョンファ(韓国・1948年生まれ)
ヴィクトリア・ムローヴァ(ロシア・1959年生まれ)
レイチェル・ポッジャー(英国・1968年生まれ)
イザベル・ファウスト(ドイツ・1972年生まれ)

4人にはやや年齢差が有りますが、いずれ劣らぬ個性派ですので聴き比べが楽しみでした。それでは鑑賞記を年齢順では無くて録音した順番に。

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レイチェル・ポッジャー(1998-99年録音/チャンネル・クラシックス盤)

4つの中で録音時期は最も古いです。ポッジャーは英国生まれですが、ドイツで教育を受けて若い時期からバロック奏法に興味を持ち、古楽アンサンブルの創設に関与をしたり、レコーディングを行ううちに1997年にトレヴァー・ピノックのイングリッシュ・コンソートのコンサートミストレスに抜擢されました。このCDはその直後の録音で、1739年製のバロック・ヴァイオリンを使用しています。
どの曲もほんの僅かにヴィブラートをかけた美音できっちりと演奏しています。テンポには幾らか伸縮が有って即興性を感じさせます。しかしそれは決して過度なものではありませんし、むしろ四角四面の学究派的な退屈さから解放された魅力となっています。「シャコンヌ」でも大上段に構えたリはしていませんが、とても心に染み入ります。ボウイング技術が素晴らしく、音符一つ一つのテヌートとスタッカートの処理が非常に明確かつ的確で、やはりバロック一筋の演奏家であると感心させられます。あらゆる点でバランスの良い、正に古楽器派の新時代の王道を行くような素晴らしい演奏だと思います。マイナーレーベルからの発売で地味な存在ですが、これは広く聴かれて欲しい名盤です。

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ヴィクトリア・ムローヴァ(2007-08年録音/Onyx盤)

ムローヴァは元々モダンヴァイオリンの騎手として活躍していましたが、ある時期から古楽演奏家との共演を多く経験するうちにピリオド楽器の嗜好が強くなったようです。ですのでこの録音ではガット弦を張った1750年製のガァダニーニにバロック弓を用いて演奏をしています。
確かに演奏についてもヴィブラートを控えた古楽奏法を試みています。けれども例えばポッジャーの演奏と比べてみると、やはりモダン奏法の癖をそう簡単に消し去ることが出来ず、随所でそれを感じさせてしまいます。もちろんモダン奏法のバッハが悪いというわけではありませんし、古楽器の持つ音色を味わえるのは確かですので、この演奏を支持する方も案外と多いかもしれません。けれども個人的には何となくどちらつかずの印象を受けてしまい、どうせなら純古楽器奏法か、あるいはコテコテのモダン奏法のほうが楽しめます。録音についてはとても優秀で、楽器の音の美しさを忠実に捉えています。

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イザベル・ファウスト(2009-11年録音/ハルモニア・ムンディ盤)

ファウストはバッハの直筆譜を徹底的に研究した結果、『荘厳な構築性を兼ね備えた大聖堂のような総合芸術で、調和、均衡に驚愕する』と述べています。ヴァイオリンは愛機のストラディヴァリウス製「スリーピング・ビューティー」を使用。詳細は記述が有りませんが、恐らくガット弦を張り、バロック弓を使用していると思われます。奏法はほぼノン・ヴィヴラートの古楽奏法です。
第1番のプレリュードをやや速めのテンポで開始します。音は美しく澄み古楽器特有の痩せた印象は受けません。淡々とした雰囲気が敬虔さを滲み出させます。2曲目のフーガは一転して快速で、跳ねるようなリズムを感じますが、それでいてフーガを見事に弾きこなしているのには驚かされます。
全体的には速めのテンポで舞曲のリズムを強調した奏法で統一しています。「シャコンヌ」についても往年の巨匠達があらん限りの熱演をするところ、あっさりと爽やかに演奏しています。最初は拍子抜けしましたが、ここにある『軽み』こそが新鮮な魅力であり、後半のしっとりとした響きの美しさを引き立たせています。けれども荘重な楽曲においては厳かな雰囲気を充分に漂わせていて中々に感動的です。

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チョン・キョンファ(2016年録音/ワーナークラシックス盤)

これは一昨年リリースされた新しい録音です。評論家の故宇野功芳先生が生前絶賛したキョンファの東京での演奏会のバッハ無伴奏は私も聴いていますが確かに素晴らしかったです。その後、指の故障のために演奏から離れていた彼女が復帰して全曲録音してくれたのは嬉しいのですが、キョンファの無伴奏全曲を聴けずに逝去された宇野先生はさぞ心残りであったろうと思います。
使用している楽器はモダン仕様の愛機1735年製ガルネリ・デル・ジェスです。キョンファはこの4人のうち唯一モダン奏法でバッハに挑みます。古楽奏法流行の時代に在っても”我が道を行くのみ”です。
ここに聴かれるバッハは精神的に強靭かつ浪漫的で、ひたすら音楽の本質に迫ろうという強い意思に貫かれています。この演奏は往年のヴァイオリン界の巨人シゲティやミルシュテイン、あるいはメニューインといった面々を想わせます。テンポはかなり流動的で緩急や表情の巾が大きいですし、ヴィヴラートも躊躇わずに多用しています。技巧的な難所では流麗とは言えませんが、反面、神への祈りを感じさせるような楽曲では敬虔さと深い想いを感じずにはいられません。

というわけで、4人の女流名人のバッハを堪能しました。いずれも一聴に値する名演奏であることは確かなのですが、現在自分が好む無伴奏はどれかと言えば、ポッジャーとファウストで少々迷ったうえ、最終的にポッジャーを選びます。次点が僅差でファウストです。残りの二人はキョンファ、ムローヴァの順となります。

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2018年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます! 2018年 元旦

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皆様、明けましておめでとうございます!
 
昨年はあっという間の一年でしたが、大変実りの大きい年でした。
色々と演奏会の企画に携わり、さらにプロ演奏家のCD制作プロジェクトも開始しました。
 
今年の夏にはいよいよブログ開設10周年を迎えますので何か企画出来ないかと考えています。決まりました時にはお知らせ致します。
 
それでは新しき年が皆様にとりまして幸多い年となりますようにお祈り申し上げます!
 
※写真は我が家のクッキーくんです。コーギーとパピヨンのミックスですので尻尾を切られずに済みました。

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2017年12月28日 (木)

クリストフ・エッシェンバッハ指揮NHK交響楽団の「第九」演奏会

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今年もいよいよ暮れとなりましたが、そんな昨日27日のこと。今年最後のコンサート鑑賞です。

クリストフ・エッシェンバッハ指揮NHK交響楽団の「第九」をサントリーホールで聴きました。もう10年以上も前に、同じこのサントリーでエッシェンバッハがドイツのシュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団を指揮したブラームス第4番を聴いてから、”指揮者”としてのこの人が大好きになったのですが、それ以来の実演でした。 

それにしても昨日の「第九」は凄い演奏でした!最近流行の速いテンポによるスマートな演奏とはまるで異なり、要所要所で大胆なアクセントを効かせたり、テンポに一瞬の間を置きながら音を溜めてはガツーンといく非常に聴きごたえのある演奏でした。けれども、そこにはわざとらしさや違和感は皆無。それは恐らくはマエストロの虚飾の無い音楽性から生まれて来る表現意欲に基づいているからではないでしょうか。どことなく昔の大巨匠フルトヴェングラーを連想してしまいます。
第三楽章全体や終楽章の「歓喜の歌」が登場してからしばらくの部分などはテンポも非常にゆったりとしていて、心から慈しむように奏でる弦楽がそれは美しく感動的でした。 
マエストロに率いられたN響は非常な熱演でしたが、東京オペラシンガーズ約100名による合唱がまた美しくかつパワフルで圧巻でした。
N響の第九の実演は東日本大震災の年のチャリティーコンサートをズービン・メータの指揮で聴いて以来ですが、これまで何度も聴いてきた第九の中でも特に強い感銘を受けました。

こういう第九が毎年聴けたら良いのですが、中々そうは参りません。優れた指揮者とオーケストラ、合唱団、音響の良いホールで条件の良い座席、それらが上手く組み合わさらないとお目にはかかれません。そういう意味でも正に今年を締めくくるに相応しい曲と演奏のコンサートでした。

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2017年12月22日 (金)

ブラームス 交響曲全集 カラヤンとセルを聴く ~古い奴だとお思いでしょうが~

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すっかり冬になりましたが、季節を秋に遡ってみたいと思います。

毎年深まる秋を感じると無性にブラームスの音楽が聴きたくなりますが、そういう方は多いと思います。哀愁漂う美しい旋律が心の奥底まで染み入ってくるからですね。

ブラームスはロマン派音楽全盛の時代に古典的様式を用いて作曲をしたので、先進的な音楽家からは『古い奴だ』と思われていました。けれども様式は古典的でも、音楽の内側はロマンチシズムが一杯に溢れていて、それがブラームスファンの心をぎゅっと掴むのですね。

今年の秋は中々ゆっくりとブラームスの音楽を聴くことが出来ませんでしたが、晩秋も過ぎたころから二つの交響曲全集をよく聴きいていました。それも以前なら、あまり聴く気が起きなかったカラヤンとセルによる全集です。どうも齢を重ねて嗜好の幅が広がったように思います。それは指揮者に限らず、作曲家、カテゴリーなど何についても言えてはいます。

実は生まれて初めて購入したブラームスの交響曲全集はカラヤンのLP盤のセットでした。高校生の時です。初めは大いに気に入り何度も聴きました。が、しだいに当時傾倒していったフルトヴェングラーのセットが欲しくなり、それを持っていた友達と交換したのです。録音は悪いものの大満足でした。

ところが、ある日クルト・ザンデルリンク/シュターツカペレ・ドレスデンの全集を聴いたところ、何か感覚的にストーンと落ちて『これこそがブラームスだ!』と思えたのです。それから45年という月日が流れましたが、幾ら新しい演奏を耳にしても、それ以上に感じられる演奏は決して有りません。

それでもブラームジアーナーとして幅広く聴きたい気持ちは起きてきます。ということで今年の秋はカラヤンとセルでした。

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー(1977-78年録音/グラモフォン盤)
   
前述したとおり初めて購入した全集というのはカラヤンがベルリン・フィルと1960年代にグラモフォンに録音したものです。当時のアナログ(LP)盤で聴くと柔らかく目の詰まった響きがブラームスにふさわしく、とても良い音だと思っていました。ところがそれをCDで聴いたところ分離が悪く、薄っぺらい音にがっかりしました。恐らくはマスタリングの悪さでししょうが、これでは演奏以前の問題です。そこで次に購入したのが、この1970年代の全集盤です。こちらは中々に良い音に仕上がっています。

演奏はどの曲も速過ぎず遅過ぎず中庸のテンポで進みますが、ベルリン・フィルの音の厚みが演奏全体に重みと迫力を感じさせます。ただ、弦楽器などは余りに流麗に過ぎて聞こえますし、レガートを強く意識した演奏は耽美的と言えば聞こえはいいのですが、艶やかさが逆に厚化粧に感じられます。

多くの人が指摘するようにカラヤンの演奏に共通しているのは、外面的な美を追求するあまり、音楽の内面的な真実性が希薄になります。徹底的に磨き上げられた美音で演奏されるとベートーヴェンもチャイコフスキーも、このブラームスも何の曲を聴いても同じ印象を受けます。ベルリン・フィルは非常に上手いのですが、あの演奏から寂寥感や悲しみが感じられることはほとんど有りません。BGM的とも呼べるかもしれません。
更に気になるのがフォルテで管楽器を強奏させることで、明るい音で派手に鳴らすのが常套手段と化しています。第1番の終楽章、第2番の終楽章、4番の終楽章とことごとくこれみよがしな派手なフォルテシモが鳴り渡りますので、せっかくそれまでに厚い音で楽しませてくれていた心地良さもどこかに吹き飛んでしまいます。

音楽にブラームスを感じ取ることはありませんし、繰り返して聴くごとに段々と心は離れてしまい飽きが来やすくなる結果となりそうです。 

 

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ジョージ・セル指揮クリーブランド管(1964-67年録音/SONY盤) 

セル/クリーヴランドが全盛期の1960年代にCBSにより録音された全集です。セルのブラームスは基本のテンポを第1番から第4番までいずれもイン・テンポを保っていて、古典的な造形性をきっちりと守っているのが素晴らしいです。それでいて節目には”念押し”とまでは呼べなくとも、しっかりと重みを感じさせてくれ、いかにもブラームスらしいです。

テンポ設定も全般的に速過ぎることもなく、第4番あたりにはむしろゆったりとしてた情緒的な味わい深さが有ります。

音の切れの良さはいつもながらで、スパッとしたフレージングが日本刀か何かを思わせます。初めのうちはブラームスにしてはスッキリし過ぎているように感じられましたが、繰り返して聴くうちにそれが段々と快感を覚えるようになります。但しフレージングが余りに厳格なので、文字に例えれば”楷書体”あるいは”ワープロ文字”のように聞こえます。それはセルのCBS時代の大半のセッション録音に共通して言えることなのですが。

オブリガートが非常に明確で、スコアを見ながら勉強するには最適です。金管パートがそれぞれ非常に明確なのも特徴です。時にそれにわざとらしさを感じてしまうというのも正直なところです。

金管の響きはブラームスにしては明る過ぎます。他のアメリカの楽団のように、いかにもアメリカ的な底抜けの明るさでは無いですが、ドイツの楽団であれば全体のハーモニーから浮き上がらないような音型が浮き上がり過ぎてしまいます。むろんこれは好みの問題でしょうが、自分にはやはりドイツ流の全ての楽器が柔らかく溶け合った響きが好ましいです。

ということでこの秋は二つの全集を何度も聴きかえしましたが、決定的に異なる点は、繰り返して聴くたびに徐々に魅力が増してゆくセル盤と、それとは逆のカラヤン盤でした。あくまでも”私の場合は”ということですのでご了承願います。

<関連記事>
ブラームス 交響曲全集 名盤 ~古典派の肉体にロマン派の魂~

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2017年12月12日 (火)

小川栞奈ソプラノリサイタル ~若き演奏家による水曜午後の演奏会~

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素晴らしい新進ソプラノ歌手のコンサートをご紹介します。
それは小川栞奈(かんな)さんです。
新進と言いましても彼女は既に国内外のコンクールで優秀な成績を収めていて将来を大変嘱望されています。
しかしどんな将来の大物音楽家でも『いま』を聴けるのは今しか無いのですね。
来週12月20日(水)14:00開演です。
会場は和光大学ポプリホール鶴川です。
小田急線鶴川に有るこのホールは小規模で室内楽の演奏等には最適な音響を持ちます。
 
町田市文化国際交流財団の主催する「若き演奏家による水曜午後の演奏会」ですので破格の料金で楽しめます。
お時間に都合の付く方は是非いらしてください。
 
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2017年12月 1日 (金)

チャイナ・フィルハーモニーの演奏会

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昨日はサントリーホールへチャイナ・フィルハーモニーのコンサートを聴きに行きました。もちろん中国の楽団です。近年だいぶ充実しているという中国のオーケストラの実力を聴いてみたいというのも有りました。

演奏曲目は、
R.シュトラウス「4つの最後の歌」から「夕映えに」の管弦楽編曲版
サン=サーンス ヴァイオリン協奏曲3番
ショスタコーヴィチ 交響曲5番
以上です。
 
指揮は芸術監督も務めるロン・ユー。そしてヴァイオリン独奏は若干11歳(だそうだ)のパロマ・ソーちゃんです。
 
サン=サーンスではソーちゃんのヴァイオリンの音がどうしても小さく感じられました。元々協奏曲のヴァイオリンソロはよほどの人でないとオケに埋もれるのでこれは仕方ありません。でも11歳とは思えないほどの繊細なセンスが感じられて私的には好ましかったです。
 
オケは弦楽が中々に優秀だと思いました。サン=サーンスでも音の切れの良さを感じましたが、ショスタコでは更に鋭い切れの良さと迫力が有り見事でした。半面、管楽はパートによる凸凹は有りますが全体的にはまだまだですね。特に金管が聴き劣りします。
でもショスタコの5番を生で聴くのも久しぶりですし、演奏には緊迫感が感じれたので良かったです。
 
中国のクラシック楽壇、決してあなどってはなりませぬぞ。

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