2017年8月17日 (木)

N響メンバーによる弦楽四重奏 厚木公演のご紹介

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N響メンバーによる弦楽カルテットの厚木公演です。
第2ヴァイオリンを担当されるのは我が地元厚木出身の宇根京子さんです。
今年の5月にもこのアンサンブルの演奏を聴きましたが、元N響コンサートマスター山口裕之氏を中心とした熟達のアンサンブルが素晴らしかったです。

地元で本格的なクラシック演奏を聴ける少ないチャンスです。お近くにお住まいの方、是非聴きに行きましょう!

◎チケット入手方法等はこちらから
   ⇒厚木市文化財団イベントページ

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2017年8月 3日 (木)

8月3日はブログ記念日 ~9周年記念!~

Kinenbi

『このブログがいいねと君が言ったから八月三日はブログ記念日』 作: 俵ハル

8月3日はこのブログをスタートした記念日なのですが、ここ毎年同じパクリ写真で書き始めています(汗)。でも年配の方には元本は懐かしいのではないでしょうか。

それにしても2008年にブログをスタートしてから、はや9年も経ちました。その間の閲覧回数がもうじき累計で500万回になろうとしています。最近はアクセス数もピーク時より減っていますが、それにしてもまだ多くの方に訪れて頂いているのが本当に嬉しいです。

音楽を専門的に勉強したこともない自分のような素人音楽愛好家が書き綴ったクラシック音楽の記事をこれだけ閲覧して貰えるというのは不思議ですが、むしろ普通の音楽ファンにとっては身近で易しい内容だったからという気はします。今後もマイペースで続けてゆきたいと思います。

さて来年はいよいよ節目の10周年です。記念オフ会でも開けたら楽しいかなと思っていますので、よろしかったらご参加ください。ってまだ1年も先の話ですね。(笑)

今後ともご愛顧のほどをどうぞよろしくお願い申し上げます!

2017年8月3日
ハルくん

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2017年7月24日 (月)

マーラー 歌曲集「さすらう若人の歌」 名盤

マーラーの音楽の醍醐味は管弦楽を駆使した大編成のシンフォニーにありますが、歌曲もマーラーのファンにとっては格別な魅力を持つ分野です。

歌曲集も幾つか有りますが、連作歌曲集としては「さすらう若人の歌」(Lieder eines fahrenden Gesellen )が最初の作品です。僅か4曲で短いですが、マーラーの最も良く知られた歌曲集であり、素晴らしい魅力に溢れます。

この作品は、本人の手紙の中に記されているように、ヨハンナ・リヒターという女性歌手へのかなわぬ思いが作曲動機となりました。作品は管弦楽版とピアノ伴奏版の二つが有りますが、先にピアノ伴奏版が完成して、その後に管弦楽用の楽譜が完成しました。もっとも初演は管弦楽版のほうが先に行われたという記録が残っています。

歌曲の歌詞はマーラー自身の手で書かれましたが、ドイツ民謡集『子供の魔法の角笛』に影響を受けていて、実際に第1曲は民謡集をベースにしています。

日本では「さすらう若人の歌」と訳されていますが、"Eines fahrenden Gesellen" とはドイツでは「マイスターとなるために国を広く渡り歩いて修行をする職人」という意味なのだそうです。マーラー自身もこの作品を書いた当時、指揮や作曲を学びながら数々の都市を周っていましたので、自らを曲の主人公に重ね合わせたことでしょう。そして若きマーラーは作品の主人公のように失恋の痛手を負っていたのです。”旅と失恋”というテーマは「美しき水車小屋の娘」に出てくる粉ひき職人とも共通していますね。

曲集は4曲から構成されます。
1.
恋人の婚礼の時(enn mein Schatz Hochzeit macht
2.
朝の野を歩けば(Ging heut' morgens übers Feld
3.
僕の胸の中には燃える剣が(Ich hab' ein glühend Messer
4.
恋人の青い目(Die zwei blauen Augen
 

1曲「恋人の婚礼の時」 若者は恋人を失った悲しみを歌います。どんなにこの世の美しさを想ってみても、眠りについている時でさえ、その痛手と苦しみから解放されることはありません。

2曲「朝の野を歩けば」 晴れやかな気分の曲です。朝陽を浴びながら鳥のさえずりや牧場の朝露のような美しい自然の中を歩く喜びに溢れますが、恋人が去ってしまったことを思い出すと自分には幸せが花開くことは無いのだと気づきます。この曲の旋律は交響曲第1番の第1楽章に出てきます。

3曲「僕の胸の中には燃える剣が」 若者は寝ても覚めても、失った女性が自分の心臓にナイフを突き立てるという妄想に襲われ続けます。悪夢から覚めたとき、自分が黒い棺に横たわっていれば、目が二度と開かなければと願わずにいられません。

4曲「恋人の青い瞳」 恋人の青い眼差しは若者に愛と苦しみの両方を与えました。「なぜ私を見つめたりしたんだ?今の私には永遠の苦しみと嘆きしかない」と歌います。
 しかし、街道に立つ一本の菩提樹の蔭で、ようやく安らかに眠ることができ、「人生がどうなるか知りもしないが、全てがまた素晴らしくなった。恋も、苦しみも、 現(うつつ)も、夢も!」と肯定的に曲が終わります。
シューベルトの「菩提樹」を思い起こしますが、悲壮感で終わるシューベルトとは逆の終わり方が興味深いです。 この曲の旋律は交響曲第1番の第3楽章に出てきます。

曲は、バリトンもしくはメゾ・ソプラノで歌われますが、歌詞内容からはバリトンがふさわしいように思います。

それでは愛聴するCDのご紹介です。

管弦楽版
この曲は何と言ってもフィッシャー=ディースカウと切り離すことは出来ません。

Mahlerimg091D.フィッシャー=ディースカウ(Br)、フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管(1952年録音/EMI盤) 古いファンはこの曲とこの演奏とは切っても切り離せないと思います。フルトヴェングラーが「トリスタンとイゾルデ」のセッション録音を行ったときに時間が余ったことから、その録音に参加していたFディースカウとこの曲の録音が急遽決まったそうです。おかげで我々はこうして永遠の名盤を聴くことが出来るのです。フルトヴェングラーの指揮は全体に遅いテンポで粘りますが、演奏の味の濃さは比類が有りません。若きFディースカウの歌唱も曲に没入していて後年の演出臭さを感じません。そうなると元々の表現力がマーラーにはぴったりです。録音は歌が大き過ぎてバランスが悪いですが明瞭さは充分です。オーケストラの音はさすがに古めかしく感じますが鑑賞に問題はありません。

Mahler710glcwmuul_sy355_D.フィッシャー=ディースカウ(Br)、フルトヴェングラー指揮ウイーン・フィル(1950年録音/オルフェオ盤) 前述のEMI盤に2年先立つ歴史的な録音が有ります。これこそはFディースカウのデビューコンサートで一大センセーションを巻き起こしたときの記録です。EMI盤の音質に比べればかなり聴き劣りしますが鑑賞には一応耐えます。何よりもウイーン・フィルの柔らかい音が魅力的です。Fディースカウの歌の表現力の幅と完成度は2年後のEMI盤よりも未成熟な気はしますが、他の普通の歌手と比べれば既に大きく凌いでいます。


Mahler965D.フィッシャー=ディースカウ(Br)、クーベリック指揮バイエルン放送響(年録音/グラモフォン盤) クーベリックのセッション録音には少なからずみられる傾向ですが、冷静にして表現も幾らか
あっさり気味です。ですのでフルトヴェングラー盤が好きな方には物足りなく感じられると思います。その為かFディースカウの音楽への没入度もいま一つです。けれどもこの曲をマーラー青春の曲と捉えれば、むしろこれぐらいで丁度良いかもしれません。凡百の歌手と比べれば充分過ぎるほどの上手さです。歌とオーケストラの総合点ではトップレベルですのでリファレンスにしたい演奏です。

Mahler_img_5D.フィッシャー=ディースカウ(Br)、バレンボイム指揮ベルリン・フィル(1989年録音/SONY盤) このバレンボイム盤はゆったりと表情豊かに演奏していて満足出来ます。ベルリン・フィルは音色が明るいのでマーラーの情念が幾らか薄められはしますが美しいですし、演奏そのものは秀逸なので不満ということではありません。但しこれもフルトヴェングラー盤が好きな方には、おっとりし過ぎに感じられることでしょう。第2曲の躍動感もいま一つです。総合的にはFディースカウの歌唱に演出臭さが少ないのは好みですし、
ソニーによる録音は優秀ですし、これはもっと見直されて良い演奏だと思います。

Mahler230030467ミルドレッド・ミラー(Ms)、ワルター指揮コロムビア響(1960年録音/CBS盤) この歌曲集と密接に関わる交響曲第1番があれほど素晴らしいワルターなので期待するところですが、その期待を裏切らない素晴らしさです。楽譜、音符一つ一つの読みの深さはバーンスタインと並びます。それほどテンポが遅いわけでも無いのにオーケストラの表情が何とも味わい深いです。但し歌手にメゾ・ソプラノが選択されていて、ワルター/ニューヨーク・フィルの「大地の歌」でも使われたミラーです。とても良い歌唱なのですがこの曲はやはり男性で聴きたいところです。


Mahler976クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)、ベーム指揮ウイーン・フィル(1969年録音/オルフェオ盤) ベームのマーラー録音は少ないですが、これはザルツブルク音楽祭のライブです。録音も明瞭でウイーン・フィルの音の魅力を味わえます。但しこの演奏にワルターのようなマーラー愛を感じられるかと言えば微妙です。やはりベームにマーラーは余り似合いません。3曲目などもベームにしては凄みが有りません。また
ルートヴィヒの歌唱も意外に良くありません。一生懸命歌っているのですが、粘りが多くしつこすぎに感じます。メゾ・ソプラノなので余計に強く感じられてしまうようです。

Mahlerthbrzdfft5トーマス・ハンプソン(Br)、バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1990年録音/グラモフォン盤) バーンスタインとウイーン・フィルの組み合わせとあれば歌手は誰でも構わない、と言っては極端ですが、それぐらい魅力的な演奏です。フルトヴェングラーに匹敵する大きなスケールと劇的な表現力が圧巻です。録音もずっと新しいのでウイーン・フィルの音の繊細さや美しさをとことん味わうことが出来ます。
ハンプソンはFディースカウと比べると小粒で声に華やかさも不足しますが、バーンスタインの元で中々に健闘した歌唱を聴かせています。これをFディースカウが歌っていたらなどと思うのは止めておきましょう。

313a121wgvlトーマス・クヴァストホフ(Br)、ブーレーズ指揮ウイーン・フィル(2003年録音/グラモフォン盤) ブーレーズのマーラーはバーンスタインのような巨人タイプでは有りませんが、ウイーン・フィルから極上の美感を引き出しています。それでも第2曲までは特別な印象までは受けませんが、第3曲での演奏の切れ味の良さに耳を奪われ、続く第4曲では一転して遅いテンポで沈滞する味わいに強く惹きこまれます。クヴァストホフの歌も後半2曲の方が出来が良いと思います。総合的にはFディースカウには及ばず、ハンプソン並みという感じでしょうか。このCDは録音が新しいので特にウイーン・フィルの音を楽しみたい方にはお勧め出来ます。

ピアノ伴奏版
ピアノ版でもやはりFディースカウが巾を効かせます。(笑)


Mahler71mnpavvoll_sl1016_D.フィッシャー=ディースカウ(Br)、バーンスタイン(Pf)(1968年録音/CBS盤) この録音はバーンスタインというマーラー演奏の巨人との共演。このコンビでオーケストラ盤が無いのは残念ですが
喝を癒します。バーンスタインのピアノが全く素晴らしいです。ピアニストとしてどうこう言う以前にマーラーの音楽として最高だからです。この表現の大胆さと表情はどんなに上手いピアニストでも真似できないと思います。加えてオーケストラ以上に曲の構造を理解させます。Fディースカウも同様に表情力豊かで素晴らしいのですが、個人的には何となく演劇臭く、その上バーンスタインに無理やり合わせた歌唱に感じてしまえるのが少々残念です。

Mahlerimg0912D.フィッシャー=ディースカウ(Br)、バレンボイム(Pf)(1978年録音/EMI盤) 前回から10年後のピアノ版の録音ではピアノがバレンボイムに変わりました。マーラー音楽の表現者としてはバーンスタインの足元にも及びませんが、しかしFディースカウは逆に自分の歌を自然に歌っている印象を受けます。凄みには欠けますが歌曲としてのまとまりはずっと良いです。一長一短なものの聴き手の大半の方は、やはりバーンスタイン盤を選ぶと思います。かく言う自分も、どちらか一つと言われれば、やはりバーンスタイン盤に軍配を上げます。

Mahler194クリスティアン・ゲルハーエル(Br)、ゲロルド・フーバー(Pf)(2009年録音/RCA盤) このドイツのバリトンは大好きです。リリカルな声そのものはFディースカウよりも好みます。この人は「さすらう」を室内楽版で一度録音していますのでこれが二度目になるので十分に歌い込んですっかり自分のものにしている印象を受けます。フーバーのピアノも非常に安定して美しくゲルハーエルの歌唱と寸分の隙も感じさせません。破格のFディースカウ/バーンスタイン盤と完成度の高いゲルハーエル/フーバー盤はがっぷり四つのいい勝負です。

室内合奏版(シェーンベルク編曲)
さすがにFディースカウは出てきません。(笑)


Mahler61cd20pmpl_sx300_ql70_ロデリック・ウイリアムズ(Br)、ジョアン・ファレッタ指揮アタッカ四重奏団、ヴァージニア・アーツ・フェスティヴァル・チェンバー・プレイヤーズ(2015年録音/NAXOS盤) 前回ご紹介した室内楽編曲版「大地の歌」のCDにカップリングされています。シェーンベルク編曲の室内合奏版はピアノ版とはまた異なる新鮮さが有ります。これは是非とも聴いて頂きたいです。ロデリック・ウイリアムズはアメリカ人の歌手ですが声も若々しく美しい声が魅力的です。室内アンサンブルの演奏も繊細な味わいが有りとても素敵です。これは間違いなくナクソスの掘り出し物の一つとしてお勧めです。

ということで、この名曲は多くの名盤に恵まれますが、マイ・フェイヴァリット盤は管弦楽版ではFディースカウ/フルトヴェングラー盤とハンプソン/バーンスタイン盤の二つです。

ピアノ版ではFディースカウ/バーンスタイン盤とゲルハーエル/フーバー盤の二つ。室内合奏版は一つですのでそのまま。こんな感じです。

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2017年7月17日 (月)

マリインスキー劇場のソリスト来日公演ツアー~ロシアより愛の調べ、愛の詩~のお知らせ

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世界有数のオペラハウスとして、ウイーン(国立歌劇場)、ミラノ(スカラ座)、ニューヨーク(メトロポリタン歌劇場)と並び称されるサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場。

そのマリインスキー劇場でワレリー・ゲルギエフが指揮者・芸術監督を務めていることは有名ですが、将来のマリインスキーを担う若手を育てるアカデミーの設立者・責任者がゲルギエフの姉ラリッサ・ゲルギエワ女史です。あのアンナ・ネトレプコも当アカデミーの出身です。

その名門アカデミーで研鑽を積み、ラリッサ・ゲルギエワに愛弟子として鍛えられ、信頼されたのがソプラノ歌手の中村初恵さんです。

中村さんは我が国におけるロシア歌曲の卓越した歌手であり、現在も日本とロシアを行き来して活躍されています。

その努力と実績がマリインスキーに認められたことから、このほど劇場から二人のソリスト歌手と専属ピアニストとが日本に派遣されて、中村さんと共演ツアーが行われることが実現しました。
東京(2公演)、横浜、埼玉、群馬、長野の合計6か所で公演が行われる大ツアーです。

そのうちの3公演ではロシアでも有名な音楽家ファミリー出身のチェリスト、ドミトリー・フェイギン氏、モスクワで研鑽を積んだ優れた若手ヴァイオリニストの小野唯さんがゲストとして共演をします。

皆さま、この素晴らしいツアーを是非お聴きになられてください。

<日本ツアー日程>
9/16(土)   八ヶ岳高原音楽堂
9/23(土・祝) 太田市学習文化センター
9/27(水)   駐日ロシア連邦大使館(パーティ付き)
9/29(金)   横浜みなとみらい小ホール☆
10/1(日)   久喜総合文化会館
10/5(木)   日経ホール※

企画・制作 一般社団法人ハートフルアート
共催     ロシア文化フェスティバル
協賛     ロシア連邦文化省・日本航空
後援     駐日ロシア連邦大使館・東京室内歌劇場

各公演につきましてのチケット予約・お問合せはフライヤーをご覧ください。

※日経ホール公演(10/5)のご優待チケットお問合せは、ハートフルアート080-3202-5227(中根)まで

☆私がサポートする横浜みなとみらい公演(9/29)のチケットがございますので、お申し込み可能です。
メールにてrsa54219@nifty.com

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2017年7月16日 (日)

「グスタフ・マーラー 現代音楽への道」 柴田南雄・著 ~38年前の演奏会~

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グスタフ・マーラーに関する本は何冊か読みましたし、あらためて購入することもほとんど無くなっていたのですが、たまたま中古CDショップの書籍コーナーで立ち読みをしていたところ一冊の本に目が留まりました。

それが柴田南雄・著の「グスタフ・マーラー 現代音楽への道」(1984年刊行)でした。この本は主にマーラーのシンフォニーの第1番から第10番までを順にたどり、曲の分析や解説と共にマーラーの生涯に触れながら書き進められています。

各曲の初演記録や日本における初演にも詳しく書かれているのですが、第9番の最後にこう書かれていました。

『最後に、「第九」の日本人による本邦初演は1973年5月に森正指揮のN響が行ったが、その後日本にはマーラーの第九をともかくも自分たちの手で演奏したアマチュアの人たちが居ることを紹介しておこう。アマチュア初演はどうやら、1979年5月11日、東京浅草公会堂での「マーラー交響曲第9番特別演奏会」(久志本涼指揮、東京周辺の19大学のオーケストラの有志による)であり、第二回目は1983年1月23日、五反田の簡易保険ホールでの新交響楽団定期公演(山田一雄指揮)であったようだ。わたくしは残念ながら両回とも不参であった。』

実は、立ち読みしながらこの部分に驚いてしまったのです。その1979年のアマチュア初演こそは、大学卒業直後の春に自分がヴィオラで参加した演奏会だったからです。

当時はそんなことを少しも知らなかったですし、他のメンバーからもそんな話を聞いた記憶は有りません。

マーラーだけでなくあらゆるシンフォニーの中でも最も好きなこの曲の38年も前に参加した演奏会がそんな歴史を持っていたとは全く知りませんでした。

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2017年7月10日 (月)

伊藤悠貴 チェロ・リサイタルのお知らせ

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現在最も勢いのある若手実力派チェリスト伊藤悠貴さんのチェロ・リサイタルが7月15日(土)大田区アプリコ小ホールで開催されます。
3月のみなとみらいリサイタルで伊藤さんとの素晴らしいDUOを聴かせたピアニスト入江一雄さんとの共演第2弾です。
お近くの方も遠くの方も是非この素晴らしいリサイタルをご一緒に聴きに行きませんか!

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2017年7月 6日 (木)

歌劇「マノンレスコー」 オベール/マスネ/プッチーニ 東京室内歌劇場公演のお知らせ

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歌劇「マノンレスコー」の大変ユニークな公演が有ります。
東京室内歌劇場が来週7月11日(火)18:45に渋谷の伝承ホールにて開催します。

アベ・プレヴォ―の原作「騎士デ・グリューとマノン・レスコ―の物語」を題材としたオペラをプッチーニ、オベール、マスネの三人の作曲家が書いていますが、今回はストーリーに沿ったうえで3つのオペラから其々の歌を抜き出して再構成した内容となっているのです。

指揮は大島義彰さん、そしてこの企画・構成・制作を行ったのは知り合いの原好香さんですが、果たしてどのような内容になるのかとても楽しみにしています。 

ご興味の有る方は是非ご一緒しましょう。
チケットのご予約は私を通してでも受け賜われますので、メールにてご連絡ください。
メールアドレスrsa54219@nifty.com

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2017年7月 5日 (水)

佐倉フィルハーモニー第66回定期演奏会 伊藤悠貴指揮、山田磨依ピアノ独奏

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記事のアップがだいぶ遅れてしまいましたが、先月6月18日に千葉県佐倉市の市民オーケストラ、佐倉フィルハーモニーの演奏会を聴きに行きました。定期公演を今回で第66回を数える歴史のある団体です。

何故はるばる千葉までアマチュアオーケストラを聴きに出かけたかと言えば、指揮者が
若手チェリストで抜群の実力を誇る伊藤悠貴さんだったからです。

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チェロの弓を指揮棒に持ち替えて(と言っても彼は指揮棒を用いません)、ロッシーニ「セヴィリアの理髪師序曲」、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」、チャイコフスキー「交響曲第4番」という非常に聴き応えの有るプログラムを演奏しました。

ラフマニノフのピアノ独奏は、まだフランス留学中から私も親交のある若手の山田磨依さんです。彼女が最も得意とするフランス物とは異なるロシアの曲をどんな風に演奏するのかも興味深々でした。

さて実際に演奏が始まると、「序曲」から一気に熱気に包まれました。伊籐悠貴さんの指揮は非常に大胆でドラマティック。音楽が光輝いています。
実は伊籐さんは、もう一つの活動拠点である英国でこれまで何度も指揮をして来ました。チェロであれほどの才能を示しますが、20代の若さで指揮にも素晴らしさを発揮して、その可能性は無尽蔵です。
しかし、普段チェロの演奏では奇をてらったところは無く、常に正攻法で王道を行くような演奏をしますが、指揮では大胆さが大きく顔を出します。このちょっとしたイメージの違いはとても面白いです。案外と指揮をするときの方が奥底に潜んでいるものが表面にそのまま浮かび上がるのかもしれませんね。
そういう意味でもメインのチャイコフスキーは圧巻でした。とくに第1楽章、第4楽章のフィナーレでの追い込みが凄まじく、興奮の極みでした。
パーカッションをプロを中心とした腕利きの布陣で固めたことも大きかったです。

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山田さんのラフマニノフも
彼女の持つ美しい音色で詩情一杯に弾きこなされました。新しい発見に驚きです。決して”借り物”ではない「磨依さんのラフマニノフ」がしっかりと聴けたことが大きな喜びでした。
 
聞けば伊藤さんは佐倉フィルとの再演の話が、もう既に出ているそうです。これは楽しみですね。次はどんなプログラムになるのでしょうか。

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2017年6月27日 (火)

マーラー 「大地の歌」 ~マーラーのピアノ版、シェーンベルク編曲による室内楽版~

マーラーの「大地の歌」は、全曲を通して歌曲的な要素が非常に高いことと交響曲番号が付けられていないことから交響曲に含めないのが主流のように見受けられます。

しかし番号が付いていないのはマーラーが『交響曲第9番』に纏わる不吉なジンクスを嫌った為ですし、何よりも本人が「交響曲」だと言っているわけですから、それを全集から外すことには少なからず疑問を感じます。

それはそれとして「大地の歌」には、マーラー自身が書いたピアノ伴奏版の楽譜が存在します。この楽譜がコンサートでの使用を前提としたものなのか、それとも単に交響曲を作曲するための草譜なのかは分かっていません。

ともかく、ピアノ1台で伴奏される場合にはやはり歌曲として扱われるのが妥当だと思います。

このオリジナルピアノ版の出版は、東京の国立音大が資金協力をして実現したことから、世界初演はこの大学のホールで1988年にヴォルフガング・サヴァリッシュのピアノ演奏により行われました。

現在ではCDも幾つか出ていますが、私が所有しているのは世界初演の翌年にリリースされて、いまだに評価の高いカツァリスがピアノを弾いた演奏です。

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トーマス・モーザー(テノール)、ビルギッテ・ファスベンダー(メゾソプラノ)、シプリアン・カツァリス(ピアノ)(1989年録音/TELDEC盤)

このCDに関しては、とにもかくにもカツァリスのピアノの上手さに尽きます。演奏が時に説明口調となり煩わしさを感じるという欠点の有るカツァリスですが、マーラーのこの曲ではそれが全て長所となっています。

カツァリスは高い技巧を持ち、オーケストラの演奏に引けを取らないほどの幅広い表現力があり、どの曲でも聴いていて非常に面白く、惹き込まれてしまいます。

当たり前ですが、ピアノのみの伴奏で聴くとこの曲が完全に歌曲のように聞こえます。

歌手の二人については、モーザーはとても素晴らしいです。ファスベンダーはジュリーニ盤などでこの曲を歌っていますが、この演奏ではあっさりと淡白に歌っていてやや物足りないです。しかし総合的に、ピアノ版でこれ以上の演奏を見つけるのは現在も今後も中々に難しいと思います。

一方、この曲にはシェーンベルクが室内楽版に編曲した楽譜も存在します。

シェーンベルクが自ら立ち上げた“私的演奏協会”では当時の新しい音楽を人々に紹介するために演奏会を毎週開催して、様々な作品を紹介しました。

その演奏会では費用上の問題から、管弦楽作品を室内楽に編曲をして演奏が行われましたが、この「大地の歌」もマーラーを敬愛していたシェーンベルクが室内楽編成に編曲したものです。

CDは幾つも出ていて有名どころではフィリップ・ヘレヴェッへやオスモ・ヴァンスカなどのディスクも有りますが、私の愛聴しているのは新盤で入手性も良い下記のものです。

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チャールズ・レイド(テノール)、スーザン・プラッツ(メゾソプラノ)、ジョアン・ファレッタ指揮アタッカ四重奏団、ヴァージニア・アーツ・フェスティヴァル・チェンバー・プレイヤーズ(2015年録音/NAXOS盤)

ナクソスレーベルには中々侮れないディスクが多々存在していますが、これもその一つです。余り耳にしない演奏家名ですが、指揮者は女流のジョアン・ファレッタですが、幾つものコンクールで優勝している実力者です。そしてアンサンブルの中心となるのは米国の新進カルテットのアタッカ四重奏団です。こちらもご存知の方は多くないでしょうが、2011年の大阪室内楽コンクールで優勝を飾り、その後も来日して演奏を行っています。このカルテットの第ニヴァイオリンを担当しているのは日本人の徳永慶子さんです。このカルテットに管楽器、コントラバス、ピアノが加わり演奏されています。

この編曲版を耳にして最初は戸惑うかも知れません。しかし聴き進むうちに直ぐに面白さの虜になると思います。普段聴いている分厚い管弦楽の響きとはうって変って非常に透明感あふれる繊細な音が繰り広げられるからです。もっとも個人的にはこの編成の場合にはピアノの音がやや異質に感じられます。むしろピアノを外した方が良いのではと思います。これが始めからピアノ版であれば当然気にならないのですが。

歌い手のチャールズ・レイドもスーザン・プラッツもアメリカ人ですが、二人ともマーラーを良く研究しているようでとても共感に満ちた歌を聴かせています。

ピアノ版だとこの曲が歌曲に聞こえますが、室内楽版だと歌曲と交響曲の中間のイメージとなるのがとても面白いところです。

『どちらが』ということではなく、マーラーが、大地の歌が、お好きな方には是非どちらも聴かれて欲しいと思います。

<関連記事>
交響曲「大地の歌」 名盤

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2017年6月25日 (日)

山田和樹指揮日本フィル演奏会 マーラー交響曲第9番

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山田和樹と日本フィルによるマーラーのシンフォニー・ツィクルスもいよいよ最終回となりました。いつものオーチャードホールへ聴きに行きました。

ツィクルス全曲は聴くことが出来ませんでしたが、第6番以降の4曲を聴けたのは良かったです。出来ればあと2番「復活」、5番が聴けていればベストでした。

もっとも「大地の歌」が今回のツィクルスには含まれませんでした。『全曲』と銘打つのに含まれないのは不思議なところですが、一般の”交響曲全集”には「大地の歌」が含まれないほうが多いので仕方ないところです。

マーラーの第9番は恐らく自分が最も好きなシンフォニー。以前はブルックナーの第9番だったのですが、最近はむしろマーラーに惹かれます。

ただ、これまでマーラーの9番を実演で聴いたのは小林研一郎/日フィルとパーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送響ぐらいです。

あとは自分が大学を卒業した直後に複数の大学オケによるジョイントコンサートへヴィオラで参加したこともありました。

さて、例によって武満作品が前プロに置かれましたが、曲は「弦楽のためのレクイエム」でした。前プロには正にピッタリです。

マーラーの第9番には作曲者自身のそれほど遠くないうちに訪れるであろう”死の予感”が間違いなく反映されています。第1楽章が”死への恐れ”ならば、第2楽章、第3楽章は”生との格闘”、そしてついに第4楽章では”永遠の世界への旅立ち”というように聞き取れます。

最後に”人間の生”全てが浄化されて終わるようなこの曲には、ちょっと他に類例が無いような強烈な魅力を感じます。

今日の演奏もとても良い演奏でした。山田和樹の指揮は幾らか速めのテンポで推進力があり、弦楽器を目いっぱい弾かせてその上に管楽器と打楽器をバシッっと乗せます。そのバランス造りは終始徹底していました。ですので全体がとても引き締まっていて迫力に不足しません。音楽が実に分かりやすいです。

ただ、それが余りにスッキリと見通しが良いので、マーラー特有のネチネチ、ドロドロとした雰囲気が少なく感じられるのは仕方ありません。そういうところは先輩のコバケンのほうが得意とするところです。

そういった個人の好みは有るにせよ、オーケストラにとってマーラーのツィクルスほど面白いものは無いので、いずれまた何年か先に山田さんの指揮がどのように進化しているのか聴きいてみたいものだと思います。

<関連記事>マーラー 交響曲第9番 名盤

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2017年6月16日 (金)

マーラー 交響曲「大地の歌」 続・名盤

若いころからマーラーの交響曲は大好きで、どの曲も愛してやまない作品ばかりですが、最近は「大地の歌」を良く聴いています。
所有のCDは「大地の歌 名盤」でご紹介していましたが、最近気に入ったものが加わりましたので、久々に続編として書いてみたいと思います。

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ヨーゼフ・クリップス指揮ウイーン交響楽団(1972年録音/オルフェオ盤)

クリップスはウイーン出身ですが、第二次大戦でナチスに協力をしなかったことから祖国を追われて戦争終結までは相当の苦難が有ったそうです。しかし逆に戦後は楽壇に直ぐ復帰が認められて活躍しました。
クリップスはハイドンやモーツァルト、べートーヴェンという印象が強く、マーラーは珍しい印象を与えます。このCDはウイーンでのライブ録音ですが、クリップスは「大地の歌」を好むようで、1964年ウイーン芸術週間における同じウイーン交響楽団とのライブ録音も有ります(グラモフォン盤)。

さてこのオルフェオ盤を聴いてみて一遍で魅力に憑りつかれました。一言で『人間味に溢れるマーラー』です。第1曲冒頭のホルンは決して音が厚いわけでは無いのですが、何か人間的な声の叫びを聞くかのようです。特筆すべきは弦も管もその歌い回しが正に独特のウイーン節で、その上手さと魅力はウイーン・フィルと間違えるほどです。情緒的な味わいはむしろウイーン・フィル以上と言っても過言ではありません。これはやはりクリップスの手腕によるところが大きそうです。

歌についてもテナーのジェス・トーマスが実に素晴らしいです。ワーグナー歌手として歌の迫力は随一ですが、情緒的な歌い上げ方にも大いに魅了されます。アルトのアンナ・レイノルズもフェリアーほどではなくても非常に情感の籠った深い歌を聞かせています。

これはオーストリア放送協会によるステレオ録音ですが、各楽器が明瞭で分離が良く、微細のニュアンスまで良く聞き取れます。室内楽的な透明感が有りますが、音が薄く感じられるどころか逆に生々しい迫力を感じます。

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ゲオルグ・ショルティ指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1992年録音/DECCA盤) 

ショルティのマーラーは以前は余り食指が動かずにいましたが、最近はそうでも無くなり少しづつ聴いています。
この演奏はショルティの「大地の歌」の二度目の録音ですが、手兵のシカゴ響ではなくコンセルトへボウ管と共演した際のライブです。

なんと言っても音色の魅力でウイーン・フィルと魅力を二分する名門ですので、そのしっとりと落ち着いた音にショルティのリズム感と力強さが加わって素晴らしい演奏となっています。前述のクリップス/ウイーン響ほどの情緒表現の豊かさは望めないにしても、その他の演奏と比べてみても充分に味わい深さを持ちます。

それにしてもコンセルトへボウ管の魅力は抜群です。「青春について」から「美について」「春に酔える者」かけてはショルティの長所が出ています。「美については」快速テンポがミュージカルのようですが興奮させられます。
意外にも「告別」がゆったりと深々としていてとても味わいを感じます。ことさら暗く沈滞しているわけでは無いのですが、中間部の音の厚みは聴きごたえが有ります。

ライブ録音にしては完成度の高さに驚きます。しいて言えばアルトのリポヴシェクに僅かに不安定さを感じないでもありませんがこれは些細なレベルで問題になりません。テノールのトーマス・モーザーは声が若々しく良いのですが特別に抜きんでた存在ではありません。このCDの魅力は歌手では無く、オーケストラ演奏に有ります。

というように2枚ともマイ・フェイヴァリット盤の仲間入りを果たしましたが、特にクリップス盤は一気にワルター/ウイーン・フィル盤に続く高位置を占めました。

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2017年6月13日 (火)

シューベルト 「アルペジオーネ・ソナタ」 名盤 ~三種の神器~

「アルペジオーネ・ソナタ」イ短調D821は、いかにもシューベルトらしい美しく抒情的なメロディで人気の高い曲です。

もともとこの曲はアルペジオーネ(もしくはアルペジョーネ)という楽器のために作曲されたのでこのタイトルが付いていますが、それは一体どのような楽器かというとこんな外見をしています。

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アルペジオーネは19世紀前半にウイーンのギター職人シュタウファーによって発明されました。チェロをやや小さくしたような形をしていて、同じように足の間に楽器を立てて弦を弓で弾きます。一番似ているのはバロックのヴィオラ・ダ・ガンバです。

大きな特徴は6弦でチューニングがギターと同じこと、またフレットがあることから「ギター・チェロ」とも呼ばれていましたした。けれどもこの楽器は世に広く普及することは無く、じきに忘れられた存在になりました。

アルペジオーネのために書かれた曲の楽譜は余り残されておらず、せいぜいシューベルトのこの作品ぐらいです。

この楽器が一体どのような音がしたのか実際に聴いてみたくなりますが、なにしろ復元楽器も演奏者も限られています。

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クラウス・シュトルク(Ar)、アルフォンス・コンタルスキー(Pf)(1974年録音/アルヒーフ盤)
ディスクは非常に限られますが、とりあえず復元されたアルペジオーネでの演奏を聴くことが出来ます。音と演奏は現在我々が良く耳にするチェロのものとは驚くほど異なります。しいて言えばやはりヴィオラ・ダ・ガンバに近い音です。シュトルクは極めてゆっくりと演奏しているので、全体はまったりとして素朴な音がますます素朴に感じられます。悪く言えば間延びした印象です。確かに一度は聴いてみる価値が有ると思いますが、これを果たして繰り返して聴きたくなるかと言えば正直疑問です。しかしもちろんそれは聴き手の問題ですので、実際にご自分の耳で試されて頂きたいです。

さて、次は一般的に演奏されることの多いチェロによる演奏です。ところが4弦しかないチェロでは高音域の音や音の跳躍が多くなるために実は演奏がとても難しくなります。

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ダニール・シャフラン(Vc)、リディア・ぺチェルスカヤ(Pf)(1960年録音/RCA盤)
シャフランは旧ソヴィエトからほとんど外へ出なかったために余り知られていませんが、母国ではロストロポーヴィチと実力と人気を二分した名手です。事実コンクールでも二度ロストロポーヴィチと二人で第一位を分け合いました。この曲では珍しくRCAに録音された演奏がCD化されています。速いテンポでこの難曲を軽々と弾いていますが、高音部の音程は完璧、頻繁に切り替わるスタッカートとレガートも明確に弾き分けています。歌い回しは自在で、そこかしこに豊かなニュアンスが溢れているのは驚きです。時折大きなルバートも見せますが基本のテンポの流れは崩さずに颯爽と進むのでロマン派風な粘りが感じられません。不思議とシューベルトの古典性が感じられます。有り余るテクニックを駆使していても表面的には抒情性が浮かび上がるという凄い演奏です。ぺチェルスカヤのピアノも優れています。

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ミシャ・マイスキー(Vc)、マルタ・アルゲリッチ(Pf)(1984年録音/フィリップス盤)
チェロで弾くとこの曲はどうしても派手で技巧をこらしたようになり、オリジナルとはかけ離れた異形の音楽になりがちです。しかし叙情派のマイスキーが弾くと全くそんなことはありません。しっとりと落ち着いていてダイナミクスをことさら強調するような箇所がありません。全体にテンポが遅くゆったりとしているのでロマン派風に聞こえます。古典派とロマン派の境目に立つシューベルトでは無く、まるでシューマンのように叙情ロマン派とでも呼びたくなるような魅力に溢れます。アルゲリッチも奇をてららった表現が目立つようなことは無くオーソドックスに徹しています。しかし漂うロマンの香りは確かにアルゲリッチのそれです。テンポの変化は有りますが振幅の巾が大きいので違和感なく落ち着いて音楽に浸れます。

現代の楽器でこの曲を演奏するとすれば、アルペジオーネの音色に近いのはチェロよりもむしろヴィオラでしょう。ところがヴィオラのソリストというのは少ないためにCDの数もチェロに比べてずっと少ないです。

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ユーリ・バシュメット(Va)、ミハイル・ムンチャン(Pf)(1990年録音/RCA盤)
ヴィオラとくればやはりバシュメットの演奏は本命です。この曲をヴィオラで弾くとチェロのように高音部が難所だらけということは無く、むしろアマチュアでも一応は弾ける曲となります。バシュメットのような名人にとってはこの曲は朝飯前の易しい曲でしょう。そこで表現力を駆使して面白く聴かせようということになります。基本テンポはゆったりとしていても、ルバートを多用しながら刻々と表情の変化を付けていきます。しかしそのために、オリジナルの音に近いはずの楽器の割には素朴さを感じさせない結果となっています。この表情の余りの豊かさは聴き手の好みにより評価が大きく左右されるところでしょう。ムンチャンのピアノは室内楽に経験豊富なベテランだけあり素晴らしいです。

三種類の楽器それそれに特徴が有るので、CDは最低各一枚づつ欲しいところです。しかしどれか1種類だけ選べと言われた場合には自分ならマイスキー/アルゲリッチ盤を選ぶでしょう。

もうひとつバロックチェロによる演奏も良さそうですが、お奨めの演奏が有れば知りたいですね。

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2017年6月10日 (土)

カルテット・ヒムヌス(Quartett Hymnus) コンサート2017

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8日のことになりますが、カルテット・ヒムヌス(Quartett Hymnus) のコンサートへ行きました。会場は王子ホールです。

”ヒムヌス”というのはラテン語で”響き”とか”賛歌”という意味を持っていて、演奏に常により良い響きを目指すことからこの名が付けられたようです。

全員がまだ30代の若手演奏家ですが、第1ヴァイオリンの小林さん以外の3人は在京オーケストラに所属しています。

小林朋子(第1ヴァイオリン)ベルリン国立歌劇場アカデミー出身
山本翔平(第2ヴァイオリン)東京都交響楽団員
松井直之(ヴィオラ)NHK交響楽団員
高木慶太(チェロ)読売日本交響楽団員

この日の演奏曲目は、前半がハイドンの第31番、ヤナーチェクの「クロイツェルソナタ」、後半がベートーヴェンの第12番でした。弦楽四重奏の醍醐味を味わえる好プログラムです。

彼らはオーケストラ団員が大半を占めていて多忙な為に定期演奏は年に一回だけ。それ以外に行う演奏会も回数は決して多く有りません。

しかしカルテットの活動は既に7年も続いていて、演奏会に向けてはかなりの時間を費やして入念にリハーサルを行うと聞いています。

今日の演奏もアンサンブルが優れているだけでなく、4つの楽器のフレージング、バランス、音色などが非常に良く練り上げられていると感じました。

そのうえで、各楽曲へ真摯に迫ろうとする意欲が漲っていてすこぶる感動的でした。特にヤナーチェクでの全員の凄い気迫には圧倒されました。

弦楽四重奏というのは一般的にはマニア好みのジャンルで、演奏会の数も決して多く有りませんが、近年は若手の演奏家の取り組みが増えつつあるように感じます。

この日も会場はほぼ満席でした。このような優れた演奏会をもっともっと聴きたいものだと思います。

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以上の写真撮影&提供は中村義政さんからです。

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2017年6月 5日 (月)

山田和樹指揮日本フィル演奏会 マーラー交響曲第8番「千人の交響曲」

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今日は山田和樹/日本フィルのマーラー・ツィクルスの交響曲第8番「千人の交響曲」を聴きにオーチャードホールへ行きました。
同じ声楽入りの曲とは言っても昨日のモンテヴェルディとは趣がだいぶ異なります。
マーラー曰く「これまで自分の書いてきた交響曲第7番まではこの作品に比べれば序章に過ぎない」。
確かに音楽史上最大のスケールの作品だと言えます。
 
この曲を実演で聴くのは2度目で、前回は小林研一郎の指揮で同じ日本フィルでした。その時も凄いと思いましたが、今回のステージでは合唱がざっくり500人近く、それに100人を超えるオーケストラですから合わせて600人近くの人数です。前回聞いた時よりも明らかにスケールで上回ります。
 合唱が力強く歌うとオケが聞こえなくなるぐらいの迫力で背筋がゾクゾクしました。
とてつもない音楽でありとてつもない演奏。これほどに”音楽による宇宙の鳴動”とか、そんな言葉が頭をよぎる経験は初めてかもしれません。
 
次回はツィクルスの最終回、交響曲第9番です。おそらく自分が最も好きなシンフォニー。楽しみは続きます。

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2017年6月 4日 (日)

リナルド・アレッサンドリーニ/コンチェルト・イタリアーノ来日公演 「ヴェスプロ(聖母マリアの夕べの祈り)」

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今日は来日中のリナルド・アレッサンドリーニ率いるコンチェルト・イタリアーノの「ヴェスプロ(聖母マリアの夕べの祈り)」を聴きに神奈川県立音楽堂へ行きました。

Naiveレーベルから出ている彼らのCDは愛聴盤なのですが、まさか彼らを実演で聴くことが出来るとは思いませんでした。

しかも県立音楽堂は木造りの内壁の響きが自然でキャパシティがそれほど多くないのが古楽にはうってつけです。

指揮者のアレッサンドリーニはかつてバロック・ヴァァイオリンの名手ビオンディのグループでチェンバロを弾いていましたが、1984年に自らの古楽団体コンチェルト・イタリアーノを立ち上げました。声楽陣は全員イタリア人で発音の美しさを重視していることで知られます。

さて演奏が始まると、あのCDで馴染んだ音が生々しく耳に飛び込んできました。もちろんセッション録音されたCDに比べれば各パートの分離やピッチの上で完成度が幾らか劣るのは止むをえません。しかしそんなことはどんな演奏家においても言えることですし、とにかくあの本物の響きで聴く「ヴェスプロ」は驚きでした。

イタリア人の演奏するモンテヴェルディがドイツやイギリスの団体の演奏するそれと雰囲気が異なるのは以前から感じていましたが、こうして実演で聴くと改めて深く感じられます。例えばCDならドイツの聖歌隊の歌で聴けば、宗教音楽としての峻厳さはずっと増します。その点、コンチェルト・イタリアーノの演奏はもっと純粋な音楽としての愉悦に満ち溢れています。それはどちらが優れているという問題では無く、それぞれの特徴を楽しめば良いのです。

よく言われるように「ヴェスプロ」はバッハの三大宗教曲と並ぶ大傑作ですし、それをこのような本格的な演奏で聴ける機会はそう多くないので貴重な体験でした。

ホールは一番後方の座席を除き超満席でしたが、演奏が終わった後にお客さんは総立ちとなり彼らに盛大な拍手を送りました。これにはアレッサンドリーニさんも団員たちもみな非常に驚いているようでした。

この公演にはお客さんが大勢集まるだろうなとは予想していましたが、モンテヴェルディの音楽と演奏の素晴らしさを理解する聴衆がこれほどまでに多かったとは本当に驚きです。

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