モーツァルトの第35番ハフナー以降の六大交響曲はどれもが傑作ですが、中でも最後の第39番、40番、41番の3曲は俗に「三大交響曲」と呼ばれていて、一段と輝きを放っています。この3曲は1788年の夏に、たった2か月という短い間にたて続けに作曲されましたが、このときモーツァルトは32歳。天に召される3年前です。
それにしても、この3曲の完成度には驚くばかりです。透徹した美しさを持つ39番、孤高の哀しみを湛えた40番、あたかも天界に飛翔するかのような41番と、どの曲をとっても完成し尽されています。しかも、3曲を並べた場合の均衡には驚くべきものがあります。それは、後期ロマン派の大シンフォニーをもってしても、比較をすることがおよそ無意味に思われるような存在です。器楽曲としては、モーツァルトの音楽だけでなく、音楽史上のどんな作品をもしのいでいるかもしれません。
3曲のうち、最初に書かれたのが第39番変ホ長調K.543です。この曲ではオーボエが外されて、クラリネットが活躍しますが、これは当時の編成としてはかなり珍しいです。バロック的な音のオーボエでは無く、ずっと新しくロマン的な音色のクラリネットを使うことによって、斬新なオーケストラの響きを生み出そうとしたのではないでしょうか。
前作「プラハ」は3楽章構成でしたが、この曲では再び4楽章に戻りました。けれども、以前の曲と徹底的に違っているのは、それまでは軽妙な舞曲に甘んじていたメヌエット楽章の充実ぶりに有ります。このメヌエットが驚くほどの高みに至っていて、それはベートーヴェンのあの素晴らしいスケルツォ楽章が登場する完全な前触れであったと思います。
ところで、この第39番を聴くと、宮本輝さんの小説「錦繍(きんしゅう)」を思い出します。主人公の女性が通う「モーツァルト」という喫茶店がでてきますが、そのマスターがモーツァルト好きで、流れている音楽はいつもモーツァルトです。マスターは主人公に、モーツァルトについて色々なことを教えてくれるのですが、交響曲第39番のことを「十六分音符の奇跡」と言います。なるほどモーツァルトのこの曲の姿をよく言い表していると思います。
それでは、僕の愛聴盤のご紹介に移ることにします。
ブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1960年録音/CBS盤) 昔はニューヨークPOとのモノラル盤の方が好きでしたが、それは随分とベートーヴェン寄りの演奏ですので、現在はもっぱらステレオ盤を好んでいます。ゆとりのあるテンポで、あたかもウイーンの音のような柔らかい表情を持つのが非常に心地よいです。若いころの師であるマーラーの指揮するモーツァルトを「少々ロマンティックに過ぎる」と語ったワルターでしたが、どうしてどうして自分の晩年の演奏も相当にロマンティックです。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1960年録音/CBS盤) 昔はセルの演奏はどうも冷たいイメージが有って好みませんでしたし、今聴いても同じように感じることはあります。このモーツァルトもスマートでクリーン、不純物ゼロという印象です。けれども元々、ある意味「孤高の音楽」であるこの曲の表現としては、それもまた大いに魅力となります。いまだ人間が汚していない山の清流のように清らかな美しさを持っています。
ピエール・モントゥー指揮北ドイツ放送響(1964年録音/DENON盤) 元々メカニカルに整えた演奏では無いので、残響の少ない録音が余計に粗さを感じさせるかもしれません。けれども、このおおらかさがモントゥーの魅力です。少しも神経質にならないウォームな音楽には心がとことん癒されます。このような演奏の良さを感じ取れないような、いわば現代病のような精神状態にはなりたくないと、日頃から思っています。
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1965年録音/メロディア盤) 昔から宇野功芳先生が絶賛していて、僕も長い間愛聴してきました。演奏には余分な脂肪分を落とし切った純度の高さが有ります。アクセントやフレージングにも豊かなニュアンスが込められていて飽ることがありません。4楽章だけは速過ぎて腰の軽さを感じますが、非常に個性的で、ベートーヴェンの4番と並んで、この39番は孤高の演奏だと思います。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィル(1968年録音/グラモフォン盤) なるほどベームらしい立派で威厳の有る演奏です。ベルリンPOも重厚な響きを聴かせてくれます。但し、一方で余りに常識的で、いくらか四角四面に過ぎる印象も残ります。全集の演奏としては充分素晴らしいですが、この辺りの曲になると、更にプラスアルファの魅力を感じさせてほしいと思ってしまいます。
パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管(1968年録音/SONY盤) 序奏後の第一主題の豊かな歌に惹きつけられます。アレグロに入っての力強さも凄いです。2楽章でも短調部分の激しさに驚きます。老カザルスのこの情熱は何なのでしょうか。3楽章の激しさもやはり同様です。4楽章も速いテンポでどんどん高揚します。他の誰よりも命の燃える炎を感じさせてくれます。これこそが「芸術は爆発だ!」ではないでしょうか。
ヨーゼフ・クリップス指揮コンセルトへボウ管(1972年録音/DECCA盤) 序奏部の柔らかく溶け合った響きの美しさに驚きます。やはりこのオケは音の美しさではウイーンPO、SKドレスデンと並びます。クリップスの指揮はフォルテでも柔らかいので、聴き手によっては物足りなく感じるかもしれませんが、これがこの人の味なのです。そして、それを100%生かすコンセルトへボウの音と上手さです。ここには「爆発しない芸術」が有ります。
ハンス・シュミット‐イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響(1972年録音/GreenHill盤) 北ドイツの雄NDRはほの暗く厚い音が魅力的です。ウイーン風でなく純ドイツ風のモーツァルトなのですが、シンフォニックなこの曲にはこれもまた良いのです。イッセルシュテットにこの曲の正規盤があったかどうか忘れましたが、これは海賊盤ながら優れたステレオ録音です。しかも最良の姿の演奏が聴けますので、有り難い気持ちで一杯です。
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1976年録音/Berlin Classics盤) 三大交響曲については後述の日本ライブ盤もありますが、このSKドレスデン盤も本当に素晴らしいです。全盛期のこのオケの各楽器が柔らかく溶け合った典雅な響きが実に美しいですし、スウィトナーの速いイン・テンポによる古典的な造形性も秀逸です。べたべたした演奏が嫌いで、古楽器では味気ないと思う方には最適ではないでしょうか。
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン(1978年録音/TDK盤) 東京の厚生年金会館で開かれた後期三大シンフォニーのコンサートですが、この時僕は客席で聴いていました。僕がこれまで実演で聴いた最高のモーツァルトです。SKドレスデンとのスタジオ盤も良いですが、こちらのライブ録音も素晴らしいです。精緻さでは僅かに劣りますが、SKベルリンのしなやかさは魅力的で、まるで目の前で演奏されているような臨場感がとても新鮮です。
カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1979年録音/グラモフォン盤) ベルリンPO盤と比べると、ゆったりした印象です。けれども決してもたれることはありません。この絶妙な味わいは晩年のベーム以外には中々聴くことが出来ないと思います。ウイーンPOの音も非常に美しく、1950年代の柔らかさががかなり減退したとはいえ、まだまだ魅力的です。3楽章が遅過ぎには感じますが、全体的には四角四面のベルリンPO盤よりもずっと好きです。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1980年録音/SONY盤) まず序奏の和音の美しさに惹きつけられます。アレグロ部のアンサンブルも素晴らしく、相当に弾きこんだ印象です。ベーム/ベルリンのような四角四面さは感じますが、明るいオーストリア的な音色が固さを中和しています。リファレンス的な演奏としては、クリップス盤以上だと思いますが、少々一本調子なので反復されると幾らか退屈感が残ります。そうなると、もう少し閃きが欲しくなります。
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ウイーン・フィル(1983年録音/Altus盤) 最近リリースされたばかりのザルツブルクでのライブです。メインのブルックナー9番については、別にまた記事にしたいと思います。モーツァルトは、ウイーンPOの室内楽的な自発性を感じるのが愉しいです。テンポはやや速めで躍動感がありますが、音楽には落ち着きを感じます。録音も自然で臨場感が有り、ウイーンPOの弦楽を主体にした美しい音を捕えています。
レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1984年録音/グラモフォン盤) ウイーンPOの音はそれなりに美しいですし、音楽に躍動感が有りますが、録音時期の近いベームやサヴァリッシュと比べると、音そのものが上滑りをしているような気がします。それにウイーンPOにしては、何となく音が雑に感じられます。終楽章を速いテンポで煽ってみるのも、いかにもありそうな表現で、大きな感銘を受けるに至りません。
以上を聴いた上でのマイ・フェイヴァリットなのですが、この曲にシューリヒトの録音が無いのはつくづく残念です。そこでベスト盤は、ずばりスウィトナー/SKドレスデン盤です。心情的には生演奏に接したSKベルリン盤にしたいのですが、CDで聴き比べた場合には、この曲に関してはドレスデン盤を上にします。
その他で絶対に外せないのは、ムラヴィンスキー盤、カザルス盤、ベーム/ウイーンPO盤です。そう言いながら、ワルター、セル、モントゥー、サヴァリッシュにも非常に後ろ髪を引かれる想いです。
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